First GIG 2
吟遊詩人のギフトが無い、吟遊詩人の才能がない、言い換えれば……音楽の才能がない。そう言われた気がした。
自覚はあったが、こんな形で突きつけられるとは思わなかった。
「はぁ……」
行き成りつまづいた。まさか、職を得るのに才能がいるとは。
どれだけ努力しても、結局才能が無ければ望む場所へは行けないのか。
これじゃ、元居た世界と変わらないじゃないか……。
「オレに、何が出来るんだよ……」
アイツが言った、オレの新たな可能性って、いったい何なんだろう。
その夜、悶々としたオレは宿屋へ戻る気が起きず、町の商店街を徘徊していた。
多くの露店は店仕舞いとなり、残っているのは酒を提供する飲食店のみ。
憂さ晴らしに酒でも飲もうか……そう考え始めた時、どこからか聞き覚えのある音が聞こえてきた。
「コレは、楽器の音……」
オレは、その音色に吸い寄せられるかように、商店街の中心部へと進む。
酔っ払いが行き交う大通り、昼間とは別の喧騒に包まれる中、人通りを避けるよう、道端に座り込む少女が居た。
歳は10歳位か?
少女は藤色のワンピース姿で、全体的に茶色い髪をしているが、後ろの毛先の方だけ黒くなっている。
大きな琥珀色の瞳は、ドコか潤んでいる様にも見えた。
少女は、手にした弦楽器らしきものを弾いている……と言うよりは、適当に鳴らしている様に見える。
現代日本と比べても意味は無いかもしれないが、流石に場違いな気がした。
「こんばんは」
この世界で初めて見る楽器に、少なからず興味を引かれた事もあるのだろう。オレは、出来る限り優しく、座り込んだ少女に声をかけた。
「こ……こんばんは」
少女は、あからさまに警戒している。まぁ、そうりゃそうだろうな。
「こんな所に一人でいたら危ないよ。お父さんかお母さんは?」
「お父さんも……お母さんも……死んじゃって……いません」
少女が消え入りそうな声で呟く。
藪蛇だった……。
「ごめん……辛い事を思い出させちゃったね」
少女は無言で首を横に振る。気にするなと言いたいのだろうか。
「でもね、やっぱりココは子供が来るところじゃないんだ。お家は? 良かったら送ってくよ」
元の世界なら、即事案になりそうなシーンだな。かと言って、放っておくわけに行かないし……。
「お家は……おじいちゃんのトコロ……」
「そっか、おじいちゃんの家に住んでるんだ。じゃあ、おじいちゃんのお家まで送るよ」
オレはそう言って手を差し出す。しかし少女は、激しく首を振って拒否をした。
「どうして? きっと、おじいちゃんも心配してる。早く帰った方が良い。オジサンが怖いなら、衛兵の人でも呼んでこようか?」
少女は更に首を振ると、ついには泣き出してしまった。
「ど、どうした? どっか痛いのか?」
突然の涙に、オレはあからさまに狼狽してしまう。
困ったな……子供は嫌いじゃないが、ずっと独り身だったオレに子供をあやす能力は無いぞ?
「わたし……こわしちゃった……から」
少女が、嗚咽を交じえながら、ポツリポツリと語り出した。
「おじいちゃんが大切にしてた……お母さんの楽器……こわしちゃった……から」
「楽器を?」
オレは少女の抱えた楽器を見る。
洋ナシを半分に切ったような木製ボディ、特徴的なサウンドホール、短めのネック、ガット製の複弦、ネックから90度の角度が付いたヘッド。
その形状は、オレが居た世界の弦楽器、リュートに良く似ていた。
「どこが壊れちゃったのかな?」
少女は、恐る恐るリュートの一部を指さした。それは弦を支える部分、ナットだ。
見れば、確かにナットが中央辺りでパックリと割れている。
お母さんが亡くなっているなら、コレは遺品と言う事。その大切な遺品を壊してしまった為、怒られるのが怖くて帰れない……そんな所だろう。
「ね、良かったらオジサンが直して上げようか?」
オレがそう言うと、少女は訝しむ様に眉をひそめ、オレを見上げる。
「ほんと……に?」
「あぁ、これくらいなら大丈夫」
少女は暫く悩んでいたが、やがておずおずとリュートを差し出した。
オレはリュートを受け取り、改めて全体を眺める。
使い込まれてはいるが、作りはしっかりしている。目立つ汚れもないし、丁寧に扱われているのだろう。
消耗品の摩耗以外に目立つ破損や傷は無く、ナットさえ直せば大丈夫そうだ。
オレは、ジャケットの内ポケットを探る。
オレが転移した際、衣服と一緒に所持品も持ち込んでいたのだが、電源の切れたスマホやカード等、この世界では使えなさそうな物以外に、持ち運びできるギターのメンテナンスキットがあった。
「それは……なに?」
「楽器を直す為の道具だよ」
ナットは割れた部分を接着するだけでも良いんだけど、だいぶ古そうだし、交換してしまった方が良いだろう。
オレは自分のギター用に予備で購入していた、ナット材である牛骨を取り出した。
リュートのナットは、象牙か動物骨が一般的だったと思う。この世界のリュートが同じかは分からないけど、恐らく質感的に牛骨で大丈夫だろう。
オレは少女の隣に座り込み、ナット材をカッターやヤスリで整形していく。運良く幅がピッタリなので、大きく削る必要はない。
昔は金が無かった為、簡単な修理は自分でしていた。この程度なら朝飯前だ。
その作業が物珍しいのか、少女はオレの手元をジッと眺めている。
形が整ったらリュートに取り付け、弦高を確認しながら溝を掘って行く。弦と溝の幅が合わないと、チューニングが狂ったり、ビビりの原因になる、ここは慎重に……。
ギターよりも弦の数が多いため、やや手間取ったが、程なくして調整が完了した。
リュートのチューニングが分からないので、適当に調律して鳴らしてみる。
ガット弦の優しい音と共に、弦の振動がリュート全体に伝わり、その振動がリュートに触れた掌などから感じられる。
うん、良い鳴りをしている。
「ネックの歪みや反りもないし、取り合えずナットだけ交換しておいた。出来れば弦交換とかもした方が良いけど、暫くは大丈夫だと思う」
オレが楽器を差し出すと、少女は目をパチクリさせていた。
「すごい……オジサンも……吟遊詩人なんですか?」
「ぐっ!」
無垢な言葉が胸に刺さる。
「いや、オレは違うんだけど……」
ん? 「も」って事は……。
「君は吟遊詩人なの?」
「はい……お母さんもお父さんも……だから、何時か私も立派な吟遊詩人になりたくて……」
それで、形見のリュートを練習しようとして、ナットが割れてしまったんだろうな。
少女にリュートを渡すと、少女はそれをギュッと抱きしめた。
「コレで、お家に帰れるね?」
少女は笑顔で頷く。
「……ありがとう……ございました」
「どういたしまして、それよりも早く帰らないと」
「あっ……」
少女は慌てて立ち上がると、大通りに向かって走り出す。
「転ばない様に気を付けて!」
こちらに向かって手を振りながら、少女は笑顔のまま暗闇の中に溶けて行く。
その笑顔が、なぜだかとても印象的で、オレは少女の消えた大通りをずっと見つめていた。