新しい春の訪れと入学式と中央からお客様 その6
「で、そのあやしいのどうするの? というか、なんなの?」
未だに地面にへばりつけられている存在を見てスティフィがそんなことを言った。
スティフィの目から見ても、ライという人物とは、その本質がまるで違うのはわかる。
雰囲気が余りにも違いすぎるし、スティフィの目にはこのライの姿をしている人物が人間には見えない。
そんな異質な雰囲気を感じさせている。
「ライさんではないんですよね?」
ミアは少し離れた位置から、荷物持ち君越しにそれを見て聞き返す。
ミアも警戒はしているし、荷物持ち君が必ずミアとオージンの間に割って入っている。
荷物持ち君が反応しているということは、危険な存在であることは間違いはないということだ。
「うーん、ライさんはライさんですねぇ、人格? が違うだけで。まあ、良くないものに憑りつかれている感じですねぇ」
アビゲイルは割と近い位置で、ライ、というか、ミアが行使した使徒魔術を観察している。
そうしているとスティフィがアビゲイルに縄のような物を投げて渡した。
口には出してないがそれでそいつを縛れということなのだろう。
呪われていると聞いて、スティフィも近寄りたくはないのかもしれない。
そして、そろそろミアの術の効果がなくなってきている。
術の効果がなくなっても、すぐに動けるわけではないが、その前に縛ってしまえ、ということなのだろう。
「憑りつかれてんじゃねぇよ、俺様はコイツの別人格だぜ?」
術の効果が弱まってきているのは確かなようで、ライ、いや、オージンが顔だけをあげてそう言った。
「多重人格って奴? 私も初めて見た」
その言葉にスティフィが反応する。
任務の度に別人に成りすましてきたスティフィにすれば、なにかと聞きなれた言葉だ。
「なんですか? それ」
逆にミアは聞いたことないのか不思議そうな顔をしている。
「んー、それとは違う感じですねぇ。これはやっぱり呪いですよぉ。呪いが意思を持っていて体を乗っ取っている感じですねぇ。しかも、相当強力な呪いですねぇ」
しかし、それをアビゲイルは嬉しそうに否定する。
これは元来の多重人格とは違う。
強力な呪いにより無理やり生み出された人格が意思を持ったようなものだ。
まさに闇の人格とも言える存在だ。
アビゲイルは物欲しそうにオージンを見る。
「なんでそこまでわかるんだよぉ、なんなんだ、てめぇはよ」
オージンはいとも簡単に自分の正体を見破られてしまい、アビゲイルを睨む。
ただオージンの体はまだ動かない。
そうこうしている間に、アビゲイルの手によってどんどん縛り上げられていく。
まだミアの術の効果があるが、オージンだけに作用し、オージンに触れているアビゲイルにも全く作用していない。
ただかなり強い力で地面に張り付かされているようで、オージンをこの場から移動させるのは無理だ。
それにしても、対象を選択できる魔術など相当高等な魔術だ。
アビゲイルが見ていた限りミア自身が対象を選択していない、恐らくミアが呼び出した不気味な燃える目が術の対象を決めているのだろう。
恐らくは戦闘の素人であるミアがもたもたと対象を選択するよりも、使徒に任せたほうが確実で早い、という判断からだろうが術者が思いついたところで、そんな内容の契約を通常の使徒は結ばない。
それはミアが相当、使徒かそれが仕える神に気に入られている証拠だ。
それも気になることだが、アビゲイルは一旦そのことは置いておく。
ミアのこの使徒魔術はアビゲイルでも再現はできなさそうだからだ。
なので、アビゲイルは正体が簡単に分かった理由をオージンに教えてやる。
「ちょっと特殊な目を持ってるんですよ」
そう言ってアビゲイルは自分の右目をオージンに見せつける。
オージンもそう言われてアビゲイルを何とか見上げるか、オージンにはアビゲイルが纏っている呪いが濃すぎてアビゲイルのその眼を見ることもままならない。
「あーん? わかんねぇ、纏ってる呪いが酷すぎてそこまで見えねぇよ」
オージンの目から見れば、ミアもアビゲイルもその姿をまともな人間の姿として捉えていない。
二人ともその方向性は違うが、纏っている物が濃すぎてオージンの目には黒い闇、自分と同じく呪いの塊のような物にしか見えていない。
ミアは神器の帽子により隠され、アビゲイルは自身の術により隠しているのだが、呪いそのもののオージンには、それが見えてしまうようだ。
「あなたも…… あっ、お名前はライさんでいいんですか?」
「オージンだ! 俺様のことはオージンと呼んでくれ! あのオーケンにあやかった名だぜぃ? カッコイイだろ?」
オージンは完全に縛り上げられた後でも、得意そうにそう言った。
「あやかる? 名前がなかったってことは生まれたばかりなんですかねぇ?」
それを聞いたアビゲイルはそんな推察を立てる。
「そうだぜぇ? 今日、今さっき生まれたばっかりだ」
それをオージン自体が肯定するが、それは嘘だ。
実は昨日の夜には生まれている。
そこからデュガンをたばかり、落ち込んでいるライを装い一晩の間、時間をかけてデュガンの張った結界を解析し、改造していたのだ。
デュガンの目を盗み、魔法陣を書き換えることは困難だったが、オージンはそれを成し遂げている。
成し遂げたのだが、今はあっさり地面に這いつくばっている。
「その割には色々、あんな高度な術を」
スティフィはどちらの話も信じていないようだ。
この手の輩の話は何一つ信じず相手にしないほうが良い、そのことをスティフィは知っている。
「記憶は引き継いでるんだよぉ、んなことよりも、お前らにはもう構わないから、開放してくんねぇかな?」
オージンもせっかくデュガンをやり込めたのに、まさかこんなにも簡単に自分が捕まるとは思ってもいなかった。
しかも、今は逃げ出すことも困難だ。
特にアビゲイルという女が色々とおかしい。
姿を消せるさっきの隠形術もそう簡単に破られる術ではない。
指の骨を折ることで発動する呪術の類なのだが、基本的には指さえ折れば即座に発動できるようにライが仕組んでいた術だ。
拝借呪文すらいらない、魔力を先払いしている使徒魔術と呪術を同時に併用している独自の魔術だ。
少なくとも人間の視界からは、即座に姿を消せる術だった。
それを一瞬で解除されてしまうとは思いもしなかった。
「ダメです!」
と、ミアがオージンの希望を否定する。
「でもミア、どうすんのよ、これ」
スティフィにそう言われて、ミアも困惑するがすぐに思いつく。
こういう輩は騎士隊に突き出せばいいと。
「騎士隊に引き渡せばいんですかね? あっ、あの一緒にいた人は?」
そこで、あのデュガンという飴をくれる大男のことをミアも思い出す。
現時点で敵か味方かはわからないが、あの人物も騎士隊であることは間違いがない。
「あー、あの筋肉大男…… あいつはどこに居んのよ?」
スティフィはそう言いながら周りを観察し、注意を怠らない。
デュガンがオージンの味方だった場合を考慮しているが、少なくとも周辺にはいないようだ。
「あの旦那なら、部屋に閉じ込めて来たぜぇ? なにせ俺様の天敵だからなぁ」
オージンは自らそう言って笑う。
その事を特に隠したりもしない。
「もしかして、あんたのお目付け役かなんかなの?」
スティフィはそう言いつつも、オージンの発言自体があやしいとまともに取り合いはしない。
「だぜぃ、へへへっ」
オージンは自分の弱点も素直に認め語る。
それは生まれて来る人格が自身に対しても破滅的な願望を持っているからだ。
なるべく多くを巻き込んで最終的には自身も破滅したい、そうオージンは考えている。
そうすることで次に生まれて来る闇の人格がより強固なものとなることを知っている。
「となると、誰かが呼びに行かなくちゃいけないんですがぁ、この中では…… 私ですかねぇ。スティフィちゃんはミアちゃんから離れないですよねぇ?」
ミアの術の効果がまだ残っている以上、ライ自体はまだ動かせない。
となると、誰かが呼びに行かなければならないのだが、スティフィはこの場面では恐らくミアから離れないことはアビゲイルも想像がつく。
ミアとスティフィを一組と考えると、アビゲイル自身が呼びに行くか、この場に残りミアとスティフィに呼んで来てもらうか、の二択になる。
アビゲイルとしては、今後のことを考えると自分がこの場に残るのはあまり良くない、と考えつつもそれも悪くない、と、どちら付かずなことを考えている。
「そうね。それに私としては、これが神の呪いっていう話なら、関わりたくはないし」
スティフィ的には、こちらに手を出さないというオージンの言葉が本当であればだが、逃がしてもかまわないとすら考えている。
アビゲイルの言う通り、この人格そのものが呪いであるのであれば、関わらないほうが得策だ。
荷物持ち君がいる以上、相手も無暗に手出しはしてこれないはずだ。
「うーん、私が見ていて、お二人で呼びに、というのもありなんですがぁ、私一人で男の人を見ているっていうのは少々不安ですねぇ」
不安でしかない。
アビゲイルという魔術師がこれほどの呪いを前にして、平然と待っているわけがないのだから。
恐らく、いや、間違いなくアビゲイルに魔が差す。
それを魔が差すという言葉で表してよいかどうかはまた別だが。
「あんたが? 何が不安って言うのよ」
スティフィが疑わしそうにそう言うが、
「いえいえ、力業で来られたら私じゃ抵抗のしようがないですよぉ?」
と、アビゲイルは張り付いた笑顔でそう言って返す。
スティフィやミアから見たら、アビゲイルが何を考えているかわからない。
「そもそもデュガンさんを信じてもいいんですか? ハベル隊長のほうが良くないですか?」
ミアがそう言うと、スティフィが少し驚いた表情を見せる。
「ミアも成長したね、そうやって疑っていくことは良いことよ」
「とはいえ、私の見た手ではあのデュガンっていう人は、こうなった時のための人なんじゃないんですかねぇ? 恐らく対処法も知っているんじゃないんですかねぇ」
アビゲイルの見立てではそんな感じだ。
あのデュガンという男は、ライの隣に居ながら、ライをもっとも警戒していたのだから、恐らくはそうなのだろう。
「あー、なるほど。まあ、ハベル隊長でも教授の誰かでも、そのデュガンでも良いから、とりあえずコイツを引き渡せる人物を連れてきてよ」
スティフィ的にはミアに手を出さないのあれば、何でもいい話だ。
何ならこの場にそのまま放置しておくのが一番良いとさえ思っている。
「やっぱり私がですかぁ?」
アビゲイルはそう言いつつも、それが、今後のことを考えるのであるならば、一番良い選択だと分かっている。
「私はこの状況でミアから離れるほど馬鹿じゃないわよ。荷物持ち君達は私以上にミアから離れないでしょうし。あんた一人でコイツの見張りも嫌なんでしょう?」
「いやー、私一人にしちゃったら、多分ライさん死んじゃいますよ?」
アビゲイルは頭を掻きながらそんなことを言い出した。
「なんでよ」
「こんな珍しくも面白い呪いですよ? 無理やりにでも引きはがしたくなっちゃうじゃないですかぁ!」
そして目を輝かしてそう言った。
独自の人格を形成する呪いなどそう見れるものではない。
恐らくは神の手による呪いで間違いはない。
そんな呪いを目の前にして、アビゲイルが手を出さないわけがない。
スティフィもその言葉には納得しつつも引く。
「引きはがすだぁ? 代々引き継がれる俺様を引きはがせるわけないだろう?」
オージンが自信満々にそう言うが、
「だから、ライさんは死んじゃうんですよぉ」
と、笑顔で、張り付いた笑顔でアビゲイルは言い返した。
「うぉ、あんた中々いかした女だな。気に入ったぜぃ? なぁなぁ、俺様の女にならねぇか?」
それに対して破滅的な性格のオージンは理解を示す。
「ダメですよぉ、私は無月の女神の巫女候補なのでぇ」
まんざらでもないように品をつくってアビゲイルは答える。
「これでまだ候補ってんだから、ほんととんでもないわね…… で、ミア、あんたが捕まえたんだから、あんたが決めなさいよ」
スティフィがミアに選択を迫る。
ミアは少し考えた後、考えるまでもなく選択肢などないことに気が付く。
少なくともアビゲイルをこの場に一人で残しておくのは様々な理由で危険だということだ。
「えぇ…… じゃあ、アビゲイルさん、だれか呼んできてくれますか? ここはスティフィと荷物持ち君でどうにかしますので」
「はいはいっと。あー、次の講義は休まないとダメですねぇ…… 流石に今回は師匠も怒らないでくださいよぉ」
そうなるだろうとは、予想していたアビゲイルはすぐに了承する。
それと講義をさぼると怒る師匠のことを愚痴る。
「あんた、講義さぼると怒られるの?」
「ええ、サボリ癖があるのでねぇ」
マリユ教授としては早く資格を取ってほしいのかもしれない。
アビゲイルがどこかへと人を呼びに行った後、ミアとスティフィは縛られたオージンを前にすることもなく呆然としていた。
広い敷地を持つ魔術学院だ。他に人が来ることもない。
それなのに最初にオージンがミアと出会ってしまうあたりオージンには本当に運がない。
恐らくアビゲイルがここにやって来たのは偶然ではないのだろうが。
「なあ、あんたデミアス教徒だろ? ならタンデン家のこと知ってんだろ? 俺様を逃がせよ、オーケン大神官の子孫だぞ」
オージンは無駄だと分かっていても、とりあえずそう言ってみる。
「タンデン家自体は光の勢力の貴族でしょうが」
と、スティフィにそう言われて言い返す言葉もない。
「チッ、そーかよぉ」
「その縄はそう簡単に切れないわよ」
通常の縄ではない。
中に金属繊維で編まれた物も編み込まれている特製の縄だ。
例え刃物を隠し持っていてもそう簡単に切れるものでもない。
「まあ、切れないだろうな。さっきから、何度か試したがダメだった。しかし、よかった。あのアビゲイルとかいう化物、あれが居なければどうにかなるからなぁ」
そう言ってオージンは笑って見せる。
「逃げれると思ってんの?」
とスティフィは言いつつも、まともに取り合わない。
ただ警戒だけは怠らない。
「あー、うん、あれだよあれ」
「なによ」
「俺様を縛るんならお前がすべきだったという話だよ」
そう言ってオージンは縄を切るのではなくほどいた。
スティフィも警戒を怠っていたわけではない。
恐らくは使徒魔術か自然魔術、それらの系統の魔術をスティフィにも気づかれずに使われたのだ。
「あのクソ女、適当に縛りやがって」
スティフィがそう言って即座に短刀を抜き放ち構える。
「んじゃ、行かせてもらうぜ?」
そう言ってオージンは今度は自分の薬指に手をかける。
「え? そんなわけ、あっ、に、荷物持ち君! 杖、杖を返してください!」
ミアが慌てて再度術をかけようとするが、杖が手持ちにない。
ミアは既に安心しきって杖を再び荷物持ち君に預けてしまっている。
「じゃあな!」
そうこうしている間に、オージンが自分の薬指をためらわずに折る。
そうすることでミアとスティフィの視界からオージンが即座に消える。
「消えた……」
そして、オージンの気配がどんどん遠ざかっていく。
「あー、ちょっとスティフィ!」
そう言ってミアは慌てるが、スティフィは一息つく。
少なくともスティフィ的には神に呪われた人物どころか、その呪いから生まれた人格が宿った人間を近くにおいておきたくはない。
これでよかったとさえ思っている。
「仕方がないじゃない。見えないんだもの」
スティフィは周囲を一応警戒しながらも、横目で荷物持ち君を見て、荷物持ち君が警戒を解いていることに安心した。
時間は少し戻る。
「はーん? ライの奴を? あれは俺が言うのもなんだが厄介な奴だぜ?」
元々、力のある貴族で神の巫女を輩出する家柄でもあった。
厄介な性分を背負い込みはしたものの、タンデン家は貴族の家柄として今も健在だった。
その結果、厄災を背負いこんだ、そして、厄災を今も振りまいている、という二つの意味で、厄災のタンデン家と言われるようになったのだ。
「わかっておる。しかしな、あのアビゲイルという者がマリユの後を継ぐとなるとな。おぬしの息子になる男ではワシの後任はきついじゃろうと思うてなぁ」
マリユ教授がそのままであるならば、いずれではあるが、ウオールドはフーベルトを副学院長に押すつもりでいた。
本人はまだまだの若造ではあるが、周りが支えてくれるだろうと、そう考えていた。
特にマリユ教授とサリー教授は仲がいい。マリユ教授が味方になれば、グランドン教授も邪険にはしない。
もともとフーベルト教授はカール教授の教え子でカール教授を頼り、この魔術学院に来ている。
カール教授としても教え子が副学院長になることに反対はしないだろうし、カール教授自体には最早出世する野心も向上心もない。
なによりサリー教授とマリユ教授はカリナとも仲がいいのだ。
ああ見えて愛妻家であるダーウィック教授もフーベルト教授を敵視はしないだろう。
それに一応は光の勢力の教授であるフーベルト教授ならば、うるさいエルセンヌ教授も何も反対はしない。フーベルト教授でなければ、ダーウィック教授が副学院長をついでしまうのだから。
私情を挟む人物ではないが、学院長のポラリスも力にはなってくれるはずだ。
つまり大半の教授はフーベルト教授についてくれる。
そうであるならば、フーベルト教授でもどうにかなると、ウオールドはそう考えていた。
だが、ここにきてマリユ教授の引退だ。
それだけならまだしも、あのアビゲイルと言う能力はあるが危険すぎる魔術師がマリユ教授の後任となる。
そうなれば、フーベルト教授では言うまでもなく力不足だ。
ウオールドの計画がそもそも成り立たない。
人柄的には問題なくとも、フーベルト教授ではあまりに力不足なのだ。
「ハハッ、ライをあんたの後任にと考えているのか? それはともかく、まあ、きついだろうな。あの優男じゃぁな」
オーケンもそれには同意だ。
ライはともかくフーベルト教授は魔術師としては素直すぎる。
アビゲイルの相手などもってのほかで、振り回された挙句、尻拭いで責任を取らされて潰れるのが関の山だ。
「マリユは、ほれ、サリーとも仲が良いじゃろう? だから、ワシの後任にはフーベルトがもってこいだと考えていたんじゃが、マリユが引退しあのアビゲイルが教授になると思うとなぁ」
どう考えてもフーベルト教授では、いや、誰であろうとアビゲイルは手が余る相手だ。
だが、アビゲイルのせいでフーベルト教授がつぶれれば、サリー教授も黙っていない。
下手をすれば学院内で争いが起きかねない。
それは学院として避けたい。
ただウオールドは自分が健在である間は、どうにか策をめぐらしそうさせないつもりではいる。
のだが、例え、ウオールドにフーベルト教授が弟子入りしたとしても、フーベルト教授ではアビゲイルを抑えておくことはできない。
生まれ持っての性分が違いすぎる。
そこで、ライだ。
まだ同じく若造ではあるが、ウオールドは自分が鍛えれば自分の代わりになってくれると考えている。
「爺さんが、がんばりゃいいじゃねぇかよ」
「ワシはもうそう長くない、せいぜい生きて後五十年といったところじゃろうな」
そう言って、ウオールドはわざとらしく肩を落とす。
「そういう割には随分と長生きするつもりじゃねぇかよ」
そう言いつつオーケンにもわかる。
それは最大で、の話だ。
神に印を貰えない魔術師では、老化を止めれても寿命はいつか訪れる。
オーケンの見立てでは、恐らく後二十年前後といったところだろう。
まだ十分に時間はある。
ただこの辺境の地で希望通りの人材が得られる機会はそう多くない。
それこそ、ライが最後の機会だった、と言うことすらあり得る。
「いやいや、ライをワシの後任にとするなると、育成にせめて十年は欲しい。そこまでワシが生きている保証もない」
それでどうにかアビゲイルを抑えるつける術を見つけ、それをライに教え込まなければならないとなると、それでも不安だ。
なるべく早い方が良いし、学会の学者であるライは適切な人材とも言える。
学会と言う組織は何かと陰謀が蠢く場所だ。
そういうことに自然と長けていくものだ。
「で、光鯨の髭か、なるほどなぁ」
オーケンはそう言って物欲しそうに硝子の箱に納められた光鯨の髭を見る。
「ワシにとっては思い出の品でしかないが、あんたからすれば欲しい品じゃろうて」
「ああ、まったくもってそうだ。爺さん考えてやがるな。それだけに嫌なんだよぉ」
この自分の半分程度しか生きていない、老人の姿をした若造の思い通りに動くのが、オーケンは気に入らないのだ。
「まあ、そう言ってくださるな」
「それにライのことは調べがついてんだろう? あれは神の呪いだぜ? そんな奴を後任に選ぶのかよぉ」
あの闇の人格を作り出す呪いは神の手によるものだ。
オーケンですら、おいそれと手を出せない。
いくら適材の人材でもそんな人物を副学院長にするのは危険すぎる。
「光の神の一柱、戦いと勝利の女神、メリ・フェーベスの呪いじゃな…… 世間一般ではあんたのせいになっておるが」
オーケンが原因ではあるが、オーケンの仕業ではない。
神の巫女の責務より、恋を、しかも暗黒神の大神官に心奪われたことに対する神罰で、カイデン家にはそんな呪いが課されたのだ。
「巫女を寝取ったもんだから嫉妬して巫女の一族にかけたんだよぉ、ひでぇ神もいたもんだよなぁ。ありゃどうしょうもない」
それを現在のタンデン家では、世間体もありそれを全てオーケン一人に擦り付けている。
「それが、もし解けるとしたら?」
ウオールドから笑みが消え、まっすぐにオーケンを見る。
「あん?」
「戦いと勝利の女神は、ディアナの崇める魔術の神と同程度の神格という話じゃよ」
ウオールドはその先は口に出さない。
出さないが、それならロロカカ神の名を出せば、あるいは、その力を借りれるのであれば、その神罰も、呪いも払えるのではないか、そう考えている。
そして、それはオーケンからしても、とても興味深い話だ。
「そう上手くいくのかね?」
「さすがにわからん。それも含めての、これじゃよ」
つまり、ウオールドはライを自分の後継者にくれと言いつつも、神の呪いを祓う実験をも容認せよ、と言っているのだ。
その代わりに、海の精霊王の一部である、光鯨の髭をオーケンに差し出すと。
「あー、まあ、あの呪いが解けるかどうかってのは俺様も興味がある」
ロロカカ神がどんな神であるか、オーケンにもわからないが尋常な神ではないことはわかっている。
それでも無月の女神の呪いは解呪できないであろうが、弱めることはできるかもしれない。
それならば十分に可能性はある。
その為の検証と言うには、持って来いの話でもある。
「じゃろう?」
「爺さんの思惑通りに動くのは気に入らないが、今回はしゃーねぇな。乗ってやるよぉ。ライのことも俺から口を添えてやるし、解呪のほうも認めるし、もちろん俺も立ち合わせろ」
「ああ、ありがとう。オーケン大神官殿」
そう言って、ウオールドはにっこりと笑い、頭を深々と下げた。
「やめてくれ、大神官って呼ばれるの、嫌なんだよぉ」
オーケンはそう言って、空いている盃をウオールドに差し出した。
「あちゃー、逃がしちゃったんですかぁ?」
デュガンを連れ戻って来たアビゲイルは一言目、ミアとスティフィが何か言う前にそう言った。
ついでに、デュガンの部屋の結界はアビゲイルが即座に解いている。
「あんたがしっかり縛り上げないからよ」
と、スティフィがそう責任をアビゲイルに擦り付けようとする。
スティフィとしても遠くから見てはいたが、しっかりと縛っていたように思えるし、逃げてもいいとは思っていたがわざと逃がしたわけではない。
「えぇ…… ちゃんと縛ったんですけどねぇ」
「恐らくは縄抜けの術でしょう」
と、デュガンはそのことに心当たりがある。
ライはライで学会の学者として様々な術を学んでいる。
またサリー教授に憧れていた通り、ライ自身も自然魔術の達人でもある。
それくらいのことは難なくやってのけるだろう。
「で、あんたは敵なの味方なの?」
そこでスティフィの矛先はデュガンに向く。
「こうなった時の備えてとしてついて来たのだが、まんまとしてやられましたな」
デュガンとしては言い訳もできない。
今まではデュガン一人で対処できていたが、今度の人格はデュガン一人では荷が重いようだ。
今までの人格は、破滅的な性格だとはいえ、演技どころか嘘もつかないような、直接暴力に打って出るような、そんな性格の人格だったのだが、今回生み出された人格は異質とも言っていい。
「どうするんですか? このままほって置くわけにはいかないですよね?」
ミアがそわそわしながらそう言うと、不意に人数が増える。
「そうだぜぃ、俺達で捕まえなきゃ行けないなぁ?」
と、急にわいて出たオーケンがミアに同意する。
「そうじゃな、ワシらで捕まえないといけん」
頷くようにウオールド教授もいつの間にやら話に入り込んできている。
が、二人ともとても酒臭い。
「オーケン大神官!? とウオールド教授?」
スティフィが驚きながら二人を見る。
二人が近づいてきたことに気づけたのはアビゲイルくらいだ。
それ以外の人物には二人が急に現れたようにすら感じた。
「お酒の匂いがします……」
と、そんなことは気にせずにミアが素直な感想を述べる。
「お二人で飲んでたんですかぁ?」
珍しい組み合わせとばかりにアビゲイルもミアに乗っかりそう聞くが、もちろん二人はその言葉を無視して話を進める。
「マーカスにも既に探させてる、探すぜ! 俺らでな。スティフィちゃんもがんばれよ、なぁ?」
と、オーケンが半ば脅すようにスティフィに声を掛ける。
「え? は、はい!」
デミアス教徒のスティフィからすれば、その言葉に従わなければならない。
大神官の命だ、断れるわけもない。
「なら、よくわかりませんが早く探しましょう!」
それにミアも同意する。
「じゃあ、あれだな、爺さん」
「ですな、オーケン殿。まずは二組に分けるぞ。ワシとオーケン殿、そしてミアの組で。後は残りで適当に探してくれ」
ウオールド教授があからさまな班分けをする。
酔っているせいか、なんか色々と雑に組み分けに思える。
「え? いや、わ、私はミアから……」
と、スティフィが喰い下がるが、
「俺はダーウィックの奴より位が高いんだぜぃ?」
と、オーケンに言われ、やはりスティフィは従うしかない。
まず間違いなくこの二人はミアに何かをさせるつもりではあるが、スティフィにはそれを止める術がない。
それはダーウィック教授自身であってもだが。
「は、はい……」
「つまり私たちは、邪魔をするなぁと? どうせ面白い事するんですよねぇ? 邪魔はしないので私も見たいですよぉ」
アビゲイルは何かを察しているかのようにそう言った。
きっと面白いことをするのだとアビゲイルは確信している。
恐らくそれは魔術師としても、アビゲイル自身としても興味をとても引くことだ。
「だってよ、爺さん」
「仕方がないのぉ…… 他言無用じゃぞ。皆、ついて来い! 世紀の瞬間って奴を拝めるかもしれんぞ」
ウオールド教授はそう言って元からするつもりもない隠ぺいを完全に諦める。
「おっ、マーカスが見つけたぞ。おまえら急ぐぞ!」
「はい!」
と、ミアが元気に返事をし、オーケンに続く。
「何がどうなってんの?」
とりあえず従うしかないスティフィは嫌々ながらも、一向についていく。
あとがき
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
オージンさん、まだ何もできてないし、してもないのに、なんかかわいそう。




