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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
新しい春の訪れと入学式と中央からお客様

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新しい春の訪れと入学式と中央からお客様 その3

「古老樹の造ったカマクラ…… 年末に作ったと聞いていましたけど…… やっぱり崩れた様子すらないのですね……」

 サリー教授は裏山の頂上に来ていた。

 そして、荷物持ち君が造ったというカマクラを改めて確認する。

 この地方はまだ寒いとはいえ、日の当たる場所に、山の頂上で雪が残っているのはこのカマクラだけだ。

 それが解けた様子がないのだから、サリー教授も感心せざる得ない。

 アビゲイルの魔方陣も裏山の頂上に描かれたため、その確認の度にこのカマクラも確認しているが、何度見ても感想は一緒だ。素晴らしい、の一言だけだ。

 中に入って、その天井に描かれている魔方陣を見るが、サリー教授でもその魔法陣の内容を理解することはできない。

 ただ魔方陣ではあるので、そのまま書き写せば他のカマクラにも再利用することができるはずだ。

 魔法陣の内容が不明なだけにカマクラの維持以外に使うのは、どんな危険があるかわからないが。

 だが、古老樹が作ったものなだけあって、カマクラの維持という点では、とても素晴らしいものには違いはない。

 必要な魔力は地脈から得ているようで、乱雑で強力な地脈の魔力を直接魔方陣へと導いている。

 人間が作る様な魔法陣では地脈を流れるような乱雑で強弱の幅があるような魔力を直接利用することはできず、陣の方が対応できずに破損してしまう。

 だが地脈の管理者といわれている古老樹であれば、地脈の力を利用することなどお手の物なのだろう。

 それを考えるとこの魔法陣は人が造る魔方陣とはまるで別物なのだ。

 それどころか恐らく魔方陣に使われている文字は神与文字ですらない。そもそも文字でもないのかもしれないが。

 今わかることは、荷物持ち君が描いた魔法陣は正常に機能しているということだけだ。

 だから、数か月たった今でもこのカマクラは崩れることなくその存在を維持している。

 そして、間違いなく夏が来ても、このカマクラは溶けだすことはない。

 このままの状態を維持されるに違いない。

 それどころか、来年も再来年も、そのずっと先まで、このカマクラは存在していてもおかしくはない。

「教授!」

 と、サリー教授の下に着く、唯一の助教授であるインラムがサリーを呼ぶ。

 カマクラからサリー教授は顔を出して、その呼び声に応える。

「例の魔方陣は完全に効力を失っています。この様子なら心配はないと思われます」

「はい、ありがとうございます」

 そう言ってサリー教授はカマクラをでて自身も、裏山の頂上にアビゲイルが描いた魔方陣を見る。

 こちらも常人が理解できる内容の魔方陣ではない。

 もちろん荷物持ち君が描いたものよりは、まだ理解できる範囲内だが。

 ただこちらの魔法陣は何かと混沌としている。

 すでに数か所ほど破損しており魔方陣としては機能はしてないが、魔法陣の効果が効果だけに長い間様子をみて来たが、それも今日で終わりで問題なさそうだ。

 神嫌いであるサリー教授にはどの神の神与文字で描かれているのかすらもわからないほど混沌とした魔方陣だ。

 サリー教授の婚約者であるフーベルト教授の話では、複数の神の神与文字が使われた複合魔方陣とのことだが、その内容は複雑すぎて全く解読不明との話だ。

 これほどの魔方陣を即興で想像し、そのまま一発で描いたというのだからアビゲイルの才能はずば抜けているどころの話ではない。

 きっと頭の構造が常人とは異なっているのだろう。

 あのマリユ教授が、少々その性格に問題があるとしても自分の後継者にと推薦するわけだとサリー教授は納得する。

「では…… 帰りましょうか……」

 なんだかんだで昼過ぎにの時間になってしまっている。

 今から裏山を降りて、アビゲイルの魔法陣にたいする経過報告書を作らなければならない。

 面倒だ、とサリー教授は思いつつも、友人でもあるポラリス学院長の仕事をこれ以上増やすのも悪い。

 なるべく早く報告書を作って渡さなければならない。

 なにせ、ポラリス学院長が忙しい理由は未だに自分の実父であるオーケンがこの魔術学院に滞在しているせいが大半を占めているのだから。

 なにか、あのオーケンという男を大人しくさせる方法はないのかと、サリー教授は本気で考えるが、そんな方法はあるわけがない。

 オーケンが竜の因子でも持っていれば、ミアの命令で大人しくさせることもできたのだろうが、あのオーケンが竜の因子を持つわけがない。

 サリー教授はそのことをよく理解している。

 竜の因子を持つということは、竜王の命令を断れなくなるということだ。

 オーケンがそのことを知らないわけがなく、自由の申し子でであるオーケンがそんなことをするわけがないのだから。

 事実オーケンは、竜の英雄のことを竜の奴隷と言って蔑んでいるのをサリー教授は知っている。

 だが、サリー教授は今夜、オーケンが竜の英雄であるハベルを飲みに誘うことを知らない。

 知っていたら、またしたり顔で嘘をついて人を騙して、とサリーは憤慨していたかもしれない。

 そして、学院に帰ったサリーをミアがすかさず訪問し、報告書を書くどころではなくなることも知らない。


「今日も服の補修に行くのよね?」

 ミアが起きたことを察知したスティフィが今日の予定を確認する為にミアの部屋を訪れる。

 ミアの昨日の話では内部が想像以上に虫食いの被害にあっており、一度巫女服をばらす必要があったそうだ。

 なので、巫女服の補修に時間がかかっているとスティフィは聞いている。

 なにせ何重にも縫い合わされ、内部に衣嚢などをたくさん有する服なのだ。

 それをばらすだけでも大変である。

 ただ話はそれだけではない。

「そうなんですが…… 巫女服の中から護符のようなものが出てきてしまい、フーベルト教授とライという方がそれをちょっと研究させてくれと……」

 と、ミアは少し困ったような表情を浮かべながらそう言った。

「護符ねぇ…… そう言えば昨日もそう言ってたわよね」

 一応、自分も確認してダーウィック大神官に報告しておかないといけないかもしれない、とスティフィは思う。

 ただそんな護符が出てきたのであれば、ミアも舞い上がるかと思っていたが、そんな様子はまるで見せていない。

 そこにスティフィは引っかかるものがあるし、やはり護符の確認はしておきたい。

 それに巫女服が虫食いにあったことも、一日経ちもう大分落ち着いている。

 これならば一緒に行動していてもとばっちりを受けることはない、とスティフィは判断し今日はいつも通りにミアに同行するつもりでいる。

「でも、巫女服の内部にあったようなものを公にしてよかったんでしょうか?」

 そう言ってミアは不安そうにしている。

 スティフィもそれはそう思う。

 内部に隠しているような護符であれば、目についてはいけないものなのかもしれない。

 それだけにスティフィの興味もそそられる。

「今までは、巫女服をばらすようなことはしてこなかったの?」

 ミアの巫女服自体相当年季の入っているものだ。

 ロロカカ神の巫女服はリッケルト村で作っているらしいのだが、その作成に巫女であるミアは関わったことはない、とのことだ。

 なので内部に護符が仕込まれていたことすらミアは今まで知らなかった。

「はい。冬は割と普段着でも着ていましたし……」

 たしかにあの巫女服は、巫女服というよりも防寒着としての役割のほうが高そうだ。

 貧困な村と聞いているので、巫女とはいえ他に服が用意できていなくても不思議ではない。

 それにそもそも、巫女の用事で山に入るように作られている服だ。

 修繕することを前提で作られているのだろう。

 それならついでに普段使いも想定されて作られていてもおかしくはない。

「山に入る服なのよね? 洗わなかったの?」

 護符と聞いてスティフィは紙の護符を思い浮かべてその質問をミアにする。

 ただミアは洗っていないと思われたことに、少しだけ怒ったように反応する。

「もちろん洗ってましたよ! 流石に山に入った後はどうしても汚れてしまいますし。後よく煙で燻してました」

「そうやって防虫もしてたのね。護符って紙じゃないの?」

 スティフィにそう聞かれて、ミアもやっとスティフィの意図を理解する。

 紙の護符だったら、今頃紙くずになっていてもおかしくはない。

「見た感じは布でした。リッケルト村では布より紙のほうが高価でしたし」

 スティフィはミアの発言から、リッケルト村では紙は作れずに布は生産できているのではと予想する。

 そして、その予想はその通りだ。

 月に一度、外からの行商人が来るかどうかのリッケルト村では紙はとても高級品となるし、その紙も用がなければわざわざ仕入れない。

「なるほどね。私も今日は同行するわ。外で待ってるのも暇だし寒いし」

 とりあえずロロカカ神の巫女服の中にあった護符とやらはスティフィも興味があり、確認もしないといけない。

 謎すぎる神であるロロカカ神のことが何かわかるかもしれない。

「昨日はなんで外で待ってたんですか?」

 ミアは不思議そうにそう聞いてきた。

「そう言う日もあるのよ」

 と、スティフィは何とも言えない顔を見せる。

「そうなんですか」


 サリー教授の持つ工房に行くと、フーベルト教授とライという学会という魔術学院全体の上位組織の職員が、ロロカカ神の巫女服から出てきたという護符を観察していた。

 少し離れたところに工房の主であるサリー教授もいる。

 サリー教授は二人に様子を遠くから眺めてはいるが近づこうとしない。

 ロロカカ神の巫女服から出てきた護符を避けているのか、もしくは別の理由かはわからないが。

「あの、できれば講義が始まる前に巫女服は元の状態にしたいのですが…… あとその護符どういったものか、わかりましたか?」

 ミアがそう声を掛けると、フーベルト教授が護符から視線をそらしてその問いに答える。

「まじないの一種で、安全祈願など全般的なものですね…… かなり古い術式で独特なもので、どの神の物かもわかりませんが、恐らく、いえ、間違いなくロロカカ神の物ではないですよ」

 フーベルト教授は迷いはしたが最終的に断言した。

 昨日見つかった護符がロロカカ神由来のものではないと。

「やっぱり、そうなのですね」

 と、ミアは残念そうな表情を見せる。

 ミアも内心そう思っていたのか、特に反論などはでてこない。

 それでミアが余り護符が見つかったことに興奮してない理由をスティフィも理解できた。

「はい、少なくともロロカカ神の神与文字とは似ても似つかないし、文法も違うようなので」

 フーベルト教授もミアからロロカカ神の神与文字を学び少しは理解できる。この護符に縫い込まれている文字はロロカカ神の神与文字とは似つかないものだ。

 ミアも一目見たときから、そんな気はしていた。

 何よりもミアもこの護符からはロロカカ神の力を感じることはない。

「恐らく少なくとも五百年、いえ、もっと古い頃のまじないの術式だと思います…… 下手をしたら神代大戦の時期のころどこかしらの流派から分岐した独自のものなのではないでしょか?」

 ライがそう判断する。

 ただ学会の職員であるライの知識をもってしても、その流派どころか時代すら特定することが困難だった。

 ただわかるのは酷く大昔の物が元になっていると言うことだけだ。

 それに付け加える様に、サリー教授が補足する。

「です…… ね。かなり昔の物らしいです…… 当時、流行っていたと言われる放浪の塔の神の神与文字に近い…… らしいです。あと、み、巫女服は…… 私のほうで修繕だけはしておきましたので、いつでも直せ…… ますよ」

 らしい、という表現をサリー教授が使ったのは、マリユ教授にその護符を見せて見解を聞いているからだ。

 流石に古すぎる仕様の術式でサリー教授やフーベルト教授でも、理解しがたいものがあったので、昨晩のうちにサリー教授がマリユ教授に相談してきた結果だ。

 ただマリユ教授の話でも、判断がつかない、とのことだ。

 長い間、閉ざされた環境で受け継がれてきたもので、独自の進化を遂げたまじないの術式であり、その大元を特定するのは不可能に近い。

 先ほど挙げた神も一番可能性が高そうな神の一つに過ぎない。

 マリユ教授の話では他にもたくさん候補があり、そのどれもが十分に可能性がある、という話だ。

「ありがとうございます! サリー教授!!」

 いつでも巫女服が直せると聞いてミアは笑顔になる。

 虫食いが内部にまで及んでいると聞かされた時、ミアは絶望的な表情を浮かべ、巫女服を一度ばらさないといけない、と聞かされた時は泣きそうな顔をしていた。

 サリー教授は疲れた顔をしているので、もしかしたら徹夜で作業していてくれたのかもしれない。

 実際はそれに加え、マリユ教授の元を訪ねてさえいるのだが。

「ミアの神様の護符ではないのね」

 スティフィもそう言ってその護符を見る。

 それは布でできていて、文字のようなものが刺繍により描かれている。

 ただ円形をしておらず魔法陣のようなものではない事だけは理解できる。

 スティフィが見てもただの古い布製の護符と言うことしかわからない。

「みたいです」

「だからミアがそれほど興味もってなかったのね」

 そう言ってスティフィも護符に興味がなくなったのか、ばらばらにされている巫女服の方を見る。

 一枚一枚巫女服を構成する布が丁寧に置かれていて、更にどれがどこの布かわかるように付箋が括りつけられている。

 想像以上に布というか、巫女服を構成する部品が多い。中には革の部分まであるし、留め具としてだろうか金属の部品も使われてもいる。

 かなり複雑な構造だったようだ。

「まあ、はい。昨日の時点でそうではないかと言われていましたし、私もなんとなくそう思っていたので」

 そう言ってミアは護符を凝視した。

 ミアも色々と思うところはあるのかもしれない。

「リッケルト村は流浪の民が造った村だそうなので、それ由来の護符なんですかね。まあ、悪いものではないので、この護符もしっかり戻しておきましょう」

 フーベルト教授はそう言った。

「となると、やはりロロカカ神は元から、その地に住まう神と言う説が正しいことの補強になりますね。リッケルト村の先祖と共にやって来た神ではく……」

 ライはそう言って帳面にそのことを書き記した。

「ですね。元々この大陸は巨人達の住む地であったと聞きますし、だからロロカカ神の御使いが元巨人? ですが、そう考えるのは流石に安易すぎますか」

 フーベルト教授は思いついたように、そう言った後自らその説を否定して、楽しそうに考察し始める。

「もし仮に神代大戦以前からその地に住まう神であるならば、神格が高くとも今まで情報がまるでないのも分からなくはないですね。外周部東の僻地ですし、他の神も避けているようですし」

 と、ライがそう一緒瞬間、一気に不穏な気配が増す。

「ハァ? 僻地? ロロカカ様が避けられている?」

 ミアがライを睨んでそう言った。

 魔力感知能力がずば抜けているライは、どうしても強い魔力や不吉な魔力に反応してしまうし、必要以上に恐れてしまう。

 今のミアは神由来の魔力を身に宿しているわけではないのだが、それでも不穏な気を発している。

「あっ、いえ、ち、違います! 神格が…… 神格が! 高い…… 高いがゆえに恐れ多くて、という意味です!」

 慌てて、ライがそう言い訳をすると、

「そうですか…… なら、ちゃんとそう言ってください!」

 と、睨んだままミアは答えた。

 オーケンやダーウィック教授が纏う暗黒神の魔力の残滓も大概だが、ミアの纏うロロカカ神の残滓のほうがライにはどうしても不吉に思えてならない。

 神から印を貰っていないミアから、感じるほのかな残り香のようなロロカカ神の魔力ですらそうなのだ。

 ライにはロロカカ神がどんな神なのか、興味はあるが知りたいとは思わない。

 仕事で調べに来ていなければ、関わり合いになりたくない類の神であることは間違いはない。

 こんな魔力の残り香だけで不吉な気配を漂わせている神など他に聞いたこともない。

「は、はい! 以後気を付けます!」

 ライはそう言ってミアから距離を取った。

「でも、そうなるとますます謎の神になりますね。元々、ほとんどの神も人も、今は暗黒大陸と呼ばれる地に住んでいたというのが今の通説ですよね」

 フーベルト教授はミアとライのやり取りを微笑ましく見守った後、確認するように口にする。

 今ここのはその疑問に答えられる人物は多いはずだ。

「はい、学会ではそう定義してます。もちろん例外もありますが」

 ライがミアを恐れていた情けない顔から、学者の顔に戻り、そう答える。

「なら、ますます古代神の可能性が高まりましたね」

 フーベルト教授がそう言ったので、ミアは満足そうにうなずく。

 古代神というのはこの世界の成り立ちから関わるような神格が特に高い神々のことをさしているからだ。

「今、私たちが住んでる大陸は、大昔は、元々は巨人さん達のものなんですよね? なんで今は私達が住んでいるんですか?」

 ミアはカリナのことを思い出し心からそう思う。

 あの始祖虫をいとも簡単に倒しているような存在が、どうして、と思う。

 もちろん講義でそれとなく話を聞いたことはミアにもあるのだが、カリナの強さを知ってしまうと信じられないところもある。

「まず第一に、神代大戦よりもはるか前に、あったかどうかも定かではない巨神戦争という巨人と神々の戦いがあり、それにより巨人族は滅ぼされています。巨人が神々の意向により滅ぼされた、それだけは事実ですね」

 それにライが答える。

 学会と呼ばれる組織はそう言ったことをことを確認し、定義づけていくのが本来の役割なのだ。

 ただ、今は魔術学院という組織全体での権力争いに使われることが多い組織でもある。

「はい、それは講義でそれとなく習いました」

「で、今暗黒大陸と言われている大地は神代戦争の主戦地であり、神々の戦いの傷跡は酷く、今も人が住めない土地となっています。なので、神々と人は暗黒大陸よりこちらの大陸に移り住んできた、と言われているんですよ。正確な年代はわかりませんが、それがおおよそ千年ほど前と言われています」

 更にライがミアに説明の捕捉をする。

「神々の戦いの痕跡は強力な呪詛となり…… 今も暗黒大陸を蝕んでいるという話です」

 それ故に暗黒大陸と呼ばれる地には精霊もいなく生物もほとんどいない。

 今は変わり者の神と外道が住まう地として、存在している。

 今、その大陸がどうなっているか、ほとんど知る者はいない。中には本当に人類未踏の地で元々人も神も住んでいなかった、という説すら出ている。

 まさに暗黒の大陸なのだ。

「へー、そうなんですね」

 ミアはそう言って、音を出さない程度の拍手をした。

「それは講義で習わなかったんですか?」

 ライが少し怪訝そうな顔をしてミアに聞き返すが、

「それとなく聞いた覚えはありますが、不確かな話なので試験には出さないと、ダーウィック教授が言っていたので。ちゃんと覚えてないです。それは巨神戦争の方もですけど」

 と、ミアからそう答えられ、ライは押し黙った。

「あー、ダーウィック教授らしいですね」

 フーベルト教授が少し困り顔でそう言った。

 ただダーウィック教授が言っていることも事実で、神代大戦以前の記録はどうも信用がならないものが多い。

 特に年代に関しては矛盾している出来事が多く存在している。

 これは学会でも頭痛の種で何年もの間、結論の出ない会議を繰り返している理由だ。

 基本的に新しい文献が見つかっても矛盾が増えていくだけと言われているほどだ。

「まあ…… そういう教授も…… たまにはいらっしゃりますよね……」

 ライは偶然見かけたダーウィック教授を思い出してそう言った。

 オーケンのように暗黒神の魔力の残滓を隠そうともしていないダーウィック教授はライからすると恐怖の対象でしかない。


 その後、ミアとサリー教授の手により、ミアの巫女服は再度組み立てられていった。

 サリー教授がいてくれたおかげで、ミアだけなら数日はかかるような作業を半日で終わらすことが出来ていた。

 その間も、フーベルト教授とライは何か議論し合っている。

 学者として相性は良いのかもしれない。

 そんな二人をサリーは少し困ったように見ている。

「どうしたんですが、サリー教授」

「いえ…… その…… 実は…… 内緒ですよ? あのライって方、昔から苦手で……」

 そう言って、サリー教授は困ったように笑った。

「そうなんですか?」

「ええ、父に、オーケンの子孫だけあって、なんか笑った時の顔が似てて…… 生理的に苦手なんですよ」

 サリー教授はそう言って大きなため息を吐きだした。

 そう言われたミアはオーケンの顔を思い出し、ライの顔を比べる。

 確かに顔を構成する部品は似通っているところはあると思うが、似ているか、と聞かれたらそれほど似てはいない。

 そもそもミアからすると纏う雰囲気が違いすぎる。

「え? 似てますか? 確かに目付きは似ている気がしますが」

「ですよね。特に目が…… 目付きも…… 似ているんですよ…… はぁ……」

 とサリー教授がそう言うと、向こうで話していたライが固まっているのにミアも気が付いた。

「不思議ですよね、ライさんからすれば、サリー教授も先祖なんですから」

 ミアから見た見た目だけの年齢は、サリー教授もフーベルト教授も、そしてライもそう変わらないように思える。

 ライの年齢はミアは知らないが、なんとなく聞いた話では、サリー教授が一番年上で、フーベルト教授とライはそれほど年齢が変わらないとの話だった。

 恐らくはライも、フーベルト教授も自分の見た目の年齢を止めてはいないのだろう。

 女性の魔術師はともかく、男性の魔術師はそれほど加齢を気に留める者は少ないという話だ。

「まあ、そう…… なるんですかね? 実感もなにもないですね……」

 サリー教授はそう言って更に眉をひそめた。

 もしかしたら、余り年齢の話はしたくないのかもしれない。

「ライさんもデミアス教の方なんですか?」

 ミアもそう感じ取ったのか、会話の内容を変える。

「違うわよ。どっちかというと、敵陣営」

 それに答えたのは暇そうにしているスティフィだ。

「え? そうなんですか?」

 ミアが振り返ってスティフィの方を見る。

「ええ、オーケン大神官が、昔、光の神々の巫女の一人を口説き落としたって話よ」

 スティフィが何とも言えない表情を見せてそう言った。

「はぁ…… 本当に節操がない人…… しかも、その後、子供を産ませるだけ産ませて本人は逃げたって話なんですから……」

 そう言ってサリー教授は何とも言えない顔をして、更に深いため息をついた。

 そう言う訳だけという理由ではないが、タンデン家は厄災のタンデン家などと言われている。

 またそう言われる理由も、その血筋故と、オーケンの血故と言われている。

「今はマリユ教授を口説いていて、それでマリユ教授が教授を辞めるって話ですよね」

 ミアは不満そうにそう言った。

 それをスティフィとサリー教授は何とも言えない顔で見守る。

「まあ、そう…… ですね。マリユも色々とある人なので……」

 そう言いつつもサリー教授は何か嬉しそうな表情を見せた。

 マリユ教授の心の奥底にある本当の心境を知っているが故の表情だ。

「マリユ教授がサリー教授の継母になるってことよね?」

 ミアのその言葉に、サリー教授はハッとする。

 確かにそうなのだが、サリー教授はそのことを全く考えてなかった。

 それはそうなのだが、そうなったとき父であるオーケンはこの世にはいない、と言うことをサリー教授は知っている。

「さあ? どうでしょうか? 父に…… 本当にくっつく気があるとは…… 思えないんですけど……」

 それを思うと、サリー教授はオーケンがどうせ途中で逃げ出すと思えてしまう。

「え? そうなんですか?」

「まあ、相手が無月の女神の巫女では……」

 恐らくミアはマリユ教授を抱けば、無月の女神の神罰により逃れられない決定的な死があることを知らない。

 もしミアが知ったらどんな表情を見せるか、サリー教授は心配でならない。

「でも、マリユ教授はその気になってるんですよね? それは酷くないですか?」

 ミアはそう言ってマリユ教授のために怒っている。

 ただ二人共、既に人間というには人外の域の人物なのだ。

 常人の考えが及ぶ話ではない。

「二人共、大人というか、既に人間という範疇に居ないので…… その辺は気にするだけ無駄ですよ…… マリユは全て知っていて喜んでいるみたいなので、私はそれで…… 良いと思ってます」

 少なくとも友人として、マリユの悪夢のような人生が終わるのであれば、サリー教授は祝福する気でいる。

 それにより実父が死んだところで、サリー教授としては気にはしない。

 むしろ、もうそろそろ大人しく墓に入ってくれないか、とマリユ教授のこととは別に常々思ってはいる。

 その理由はオーケンが周りに迷惑をかけるからだからだ。

 今はサリー教授とフーベルト教授の結婚式があるので大人しくしてはいる。

 そうでなければ、オーケンが滞在するだけでその気もないのに潰した町や村は一つや二つどころの話ではないのだ。

 まさに歩く厄災である。

「そういうものなんですか? そもそも私には理解できないですが……」

 ミアはそう言って怒りを抜くように息を吐き出した。

「ミアは巫女なんだから、あんまり理解しちゃダメなんじゃない?」

 それに対し、スティフィがそんな言葉をミアに投げかけた。

「そうなんですか?」

「神様は処女が好きって言うのが定説だしね」

 スティフィはそう言って笑った。

 特に魔術的な意味で実証されたわけではないが、そう言われているし、実際そうである。

 神々は処女だけでなく童貞も好む傾向にある、と言われている。

「そうなんですか!? それ、初耳です!」

 ミアが驚いたようにそう言った。

 少なくとも講義でミアが習った覚えはない。

「諸説ありますよ」

 と、フーベルト教授が少し離れたところから声を掛ける。

「こら、そっち、女子の話を聞き耳しない!」

 スティフィが信じられない、という顔をわざと作ってフーベルト教授に抗議の声を上げる。

「す、すいません……」

 フーベルト教授はすぐにそう言って頭を下げた。

 魔術学院の教授としては思えないほど、その頭が低い。

「女の話に聞き耳立てるのが旦那でいいの?」

 さらにスティフィはサリー教授にもそんなことを聞きは始める。

「い、いや、ま、まあ……」

 そう言いうつサリー教授は顔を赤らめはするものの、嬉しそうな表情を浮かべている。

 スティフィはもしかしたら、惚気でもしたいんじゃないかと、思うほどだった。

「聞き耳ならスティフィはいつも立ててるじゃないですか」

 ミアがそう言いながらスティフィを軽く睨む。

「そうだ! 聞き耳は良くないですよ!」

 それに乗っかるように、ライがフーベルト教授に向かいそう言った。

 何とも言えない表情をフーベルト教授が浮かべる。

「あなたもでしょうが……」

 と、スティフィが誰に言うでもなくつぶやく。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。



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