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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
新しい春の訪れと入学式と中央からお客様

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新しい春の訪れと入学式と中央からお客様 その2

 そう早い朝ではない。

 ただ夜に活動する者が多い魔女寮と呼ばれる第二女子寮としては、まだ朝早い時間だったかもしれない。

 そんな時間、そんな場所に、ミアの絶叫が響き渡った。

 すぐにスティフィが駆けつけてくる。

 そこには涙を流すミアの姿があった。

「ミア!? どうした…… の……」

 と、言いつつも、ミアが抱きかかえている物とその状況を見てスティフィはすぐに理解した。

「あぁ…… 虫に食われちゃったか…… まだ寒いのに」

 ミアが抱えていた物、それはぱっと見では野外用の外套にしか見えないロロカカ神の巫女服だった。

 多機能な巫女服で、巫女服というよりは山で過ごすための多機能外套といったほうが良い、見た目も実用性もその通りのものだ。

 その巫女服に小さなほつれたような穴がいくつか開いている。

「はい…… ロロカカ様の巫女服がぁ…… ちゃんと洗って丁寧にしまったのにぃ……」

「防虫のまじないはしといたの?」

 スティフィがそう聞くと、ぼろぼろと涙をこぼしながら、ミアは大きくうなずく。

 とはいえ、まじない、と言うのは魔力を利用しない不確かな術の総称であり、その効果も曖昧なものが多い。

「もちろんですぅ……」

 そう言って一枚の紙きれをミアはスティフィに見せる。

 とある神の名と防虫願いの文言が書かれている。防虫のまじないとしては有名な神の名だ。

 それなりに効果があるものではあるが、必ず効果があるものではない。

 それがまじないというものだ。

 特に違う世界から来たと言われていて、この世界の神を敬う気持ちもない虫種相手では効果が薄い。

「あー、直せないの?」

 と、再度スティフィが聞くと、

「もちろん、直せます、直せますけどもぉ!」

 と、怒りを露わにしながらミアが答えた。

 これはろくなことにならない、とすぐに悟ったスティフィだが、ここで逃げ出すわけにもいかない。

「とりあえず…… どんな虫?」

 スティフィのできることは、ミアの怒りの矛先を自分に向けさせない事だけだ。

「紙魚という奴ですか? これ……」

 ミアがそう言って床にのたうちまわっている虫を指さす。

 何とも奇妙な虫で、毛虫ほどではないが毛の生えた幼虫だ。特に尻尾の方にまとまって毛が生えている。

 また幼虫なのに甲殻を持っているかのようにも見える。

 この虫のことをスティフィは知っている。

 確かに衣服につく虫種だ。

「紙魚じゃないわね。名前は知らないけど成長すると黒い小さな甲虫になる虫ね」

 ミアが大事にしまいすぎたために、箪笥の中の環境がよくなり、まだ寒いと言うのに幼虫が孵化してしまったのかもしれない。

 それに、まだ寒いとはいえ、ミアが室内を魔術で温める術を覚え、それを使用して比較的ミアの部屋の室温が高かったのも影響しているだろう。

 まあ、要因は色々ある。

 だが、そんなことはミアにとってどうでもいいことだ。

「と、とりあえず罰をくれてやります!」

「え?」

 そう言ってミアは丁寧に巫女服を箪笥に戻し、その代わりとばかりに机から大きな紙をとりだし、その紙に何やら魔方陣を書き始める。

 普通はお手本となる陣を見ながら書くものだが、ミアはお手本などなしに記憶だけを頼りだけに書いていっている。

 それでいて、ミアが魔法陣を書く手は迷いがなく、書かれた魔法陣もとても綺麗な物だ。

 羽筆以外の筆記用具を一切使わずにここまで器用に描くものだと、スティフィは声に出しこそしないが心底感嘆する。

 ただそれはミアが普段、捧げ物をするときに書いている魔法陣ではない。

 だけれども、その陣にはスティフィも見覚えがある。

「フーベルト教授の殺虫陣か。ここ二階だけど、地上から近いほうが効果あるんじゃなかったけ?」

 確かそんなような魔術だったはずだ。

「そんなものロロカカ様の偉大なる魔力でごり押しします! ロロカカ様の巫女服にかじりついて一匹たりとも生きて居られると思うなよ!」

 早々と魔方陣を書き終えたミアはそれを部屋の床に固定する。

 怒りに任せて書いたせいか、そこそこ大きな魔方陣が書きあがっている。

 魔法陣は大きければ大きいほど、必要な魔力総量も多くなり、その発動させたときの効果も高くなる。

 大規模魔法陣と言う大きさではないが、それなりに広範囲に影響がある魔法陣であるはずだ。

 目の座ったミアが拝借呪文を唱え始める。

 ミアの体にロロカカ神より貸し出された魔力が流れ込む。

 普段から不吉な魔力であるとスティフィも常々思っていたが、今日は格段に、ミアの怒りに呼応するように凶悪なほど不吉な魔力だ。

 それに何よりミアが身に纏っている魔力総量はかなりの量だ。

 そこへ寝ぼけ眼のアビゲイルがやってきて、一目で現状を理解し、その上で異様に不吉な魔力にぎょっとする。

「いやぁ、今日は一段とすごい魔力ですねぇ…… この寮には虫を触媒として飼っている方もいると思うんですが……」

 と、アビゲイルはスティフィに話しかける。

 アビゲイルはこの魔法陣を見るのは初めてのはずだが、魔法陣を見ただけでその効力を読み取ってしまったようだ。

 そんなアビゲイルの声は怒りに身を任せているミアにはその声は届いていない。

「そう言うなら止めなさいよ」

 スティフィが真顔で、今のミアを見ながらそう言った。

「いやぁ、止められます?」

 アビゲイルは笑顔でそう聞き返す。

「元々、私は止めるつもりはないわよ」

「ですよねぇ」

 そして、凶悪なほど強力な魔力で殺虫陣はミアの手により発動する。

 この陣は普通、発動するとちょっとした青い火花を伴うのだが、ミアが怒りに任せて発動した今回は、部屋を一瞬だけ稲光が走ったという。

 その結果、第二女子寮どころか周囲の虫種が全滅した。虫種にしか効果ないはずなのに、中には気分が悪くなる寮生も複数人いたとかいう話だ。

 もちろん、この魔女寮と呼ばれる第二女子寮には様々な魔術の触媒にと虫種を飼っていた生徒も少なくはない。

 その一切を即死させている。

 ミアも後々それらのことについて深く反省はしているが、それに対してなにかミアに対して文句が届くことはなかった。

 皆、一様にミアが借りた魔力の不吉さとその魔力の強さを肌で感じていて、直感的に関わらないほうが良い、と悟ったからだ。

 それほどミアが今日纏った魔力は不吉を孕んだ魔力だった。

 まだミア自身の耳には届いてないが、数々の事件の中心にいるミアは魔女と呼ばれるようになって来ている。

 以前はこの学院で魔女といえば、マリユ教授を指す言葉であったが、今は、どっちの? と、聞きかす者が多くなってきているほどだ。

「ミア、気は済んだ?」

「はい…… サリー教授のところへ行って服を修繕するための施設を借ります」

 目が依然としてすわったままのミアが答える。

「裁縫道具持ってなかったけ?」

 簡単な裁縫道具ならミアも持っていたはずだ。

 山に入ることが多いミアにとっては衣服を修繕するための必須道具でもあるはずだ。

「ロロカカ様の巫女服を修繕するんですよ? ちゃんとした物で、できる限り良い物で直さないとダメに決まっているじゃないですか!」

 ミアは叫ぶようにそう言って、大事そうに巫女服を箪笥から再度取り出し抱え込んだ。

「ああ、うん」

 と、スティフィは適当に言葉を返し、今日は少し距離を取らないとまずいかもしれない、と再度確信する。

 アビゲイルもそれはわかっているのか、

「んー、今日はその服の修繕なのですねぇ…… はぁ~、私はもうひと眠りしてきますよぉ、昨晩は新月だったので寝てないんですよぉ」

 そう言って、足早に退散していった。


「あなたが、フーベルト・フーネルですか?」

 朝、誰かを訪ねるにしてはまだ早い時間にも拘らず、ライ・タンデンとそれに付き合わされたデュガン・アルマーニはフーベルト教授宅を訪問していた。

 ライはいてもたってもいられなかったようだ。

 また昨晩一睡もできなかったのか異様に血走った眼をしている。

「はい、えっと、騎士隊と…… 学会の方がなんの用でしょうか、後、今、実はちょっと来客中でして……」

 まだ早朝と言える時間にこんなにも来客があるとは思っていなかったフーベルト教授は少し焦りながら対応する。

 ただその服装から訪ねて来た人物がどこに所属しているのかは、フーベルト教授には一目でわかる。

「私はライ・タンデンといいます。お察しの通り学会の命でやってきました」

 ライがそう言って、それにフーベルト教授が何か答えるよりも早く、扉から半身を出して対応していたフーベルト教授が家の中に引っ込んだ。

 いや、引っ張り込まれたというのが正しい。

 そして、何か話し声が聞こえた後、今度はちゃんと玄関の扉が開かれる。

「と、とりあえずお入りください。けど、その…… お気を付けください……」

 少し青い顔をしたフーベルト教授はそう言って、ライとデュガンを自分の家に招き入れた。


「えっと、何か大事な要件があるのですよね? 僕でよければ……」

 と、フーベルト教授がお茶と茶菓子を用意しながらそう聞くと、

「いつですか?」

 と、ライと名乗った者から鋭く質問される。

 が、フーベルト教授には、なにがいつからなのか、まったくわからない。

「いつ? なにがです?」

「最近、婚約なされたとお聞きしましてな」

 そう、補足してくれたのはすまなそうな表情を浮かべているデュガンと名乗った騎士隊の制服を着た大男だ。

「最近、というわけでも無くて去年ですね。サリーがあまり大事にしたくないということで公にしていなかったのですが、とある事情で公になってしまって」

「サリー様を、呼び捨てですか……」

 フーベルト教授の言葉に、ライが敵意を剥き出しにして答える。

「ああ、学会のタンデン家…… 一応、サリーとは遠い血縁ということになるんですよね?」

 フーベルト教授はそう言いつつも、血縁としてはもうかなり離れているはずだとも思う、のだが、目の前のライと言う人物はそう思ってはいないようだ。

「はい…… で、です。いつ、どうやって、サリー様のような方を、あなたのような人間が誑かしたんですか?」

「た、誑かす!?」

 その言葉にフーベルト教授が驚く。

 とてもじゃないが、サリー・サマリーと言う人物は自分が誑かせるような人物ではないと思っていたからだ。

「だって、そうじゃないですか。あなたのような、一応は教授という立場にあるだけの人間が、あのサリー様と婚約するとかありえないですよ? なにか弱みでも握っているんでしょう? そうでしょう?」

「い、いや、ち、違いますよ! そんなもの知りはしませんよ」

 フーベルト教授は馬鹿にされたことに気づきながらも、それよりもサリー教授の弱みなど握っていない、という方を先に否定する。

「じゃあ、どうしてサリー様が!」

 と、殺気を纏わせてライがフーベルト教授を睨んだ時、どこからともなく声が聞こえてくる。

「顔だとよ。顔」

 そう言って、呆れた顔をしながら音も気配もなく部屋にオーケンが入り込んでくる。

 フーベルト教授が言っていた来客中の客とはオーケンのことだ。

「あ、お父さん……」

 と、フーベルト教授がそう言うと、オーケンが目を細めて、

「おい、まだその名で呼ぶな。まだだ。まだだぞ、殺すぞ」

 と、フーベルト教授を睨んでそう言った。

「す、すいません……」

 フーベルト教授が平謝りして、ライとデュガンがオーケンの登場に驚愕している。

「オ、オーケン様!?」

 と、ライが一目でその人物を、自分の先祖であるオーケン・アズメイルと見抜く。

 いや、直接会ったことはなくとも、その姿を知っていても不思議なことではない。

 そのことにオーケン自身はため息を吐きだす。

「この方が…… 生きる伝説の……」

 ライの発言を聞いて、デュガンもオーケンを驚いた表情で見る。

 そして、オーケンの放つ存在感と雰囲気に並々ならぬものを感じ納得する。

「よぉ、よく俺がわかったな。おまえとは初めてだったと思うが、ライ、だったか。ただ、話には聞いているよぉ。お前はそうだよな、昔からサリーちゃんのことが好きだったらしいじゃないか、へへっ」

 オーケンが顔を歪ませてからかうようにそう言った。

 それでフーベルト教授もやっと状況を理解できた。自分が嫉妬されていたと。

「いや、あの…… そ、それは……」

 オーケンの登場にライは完全に委縮する。

 先ほどまでの強気なライの姿はもう見る影もない。

「ついでにな、どうも話を聞く限り、サリーちゃんのほうから口説いたらしいぞ」

 オーケンは不服そうに、本当に不服そうにそう言って、フーベルト教授を見た。

 その眼は、なんでこいつだよ、と言う眼をあからさまにしている。

「そ、そんなことは…… なくもないですか……」

 それでも、フーベルト教授は照れたように嬉しそうに答えた。

「サリー様から? なんで…… どうして!?」

 ただライにはそれがどうしても理解できなかったようで酷く困惑している。

「だから、顔だよ、顔。見ろよ、コイツの顔。優男でいかにも優しそうな顔だろ? 俺やお前みたいな悪人面は嫌いなんだとよ。サリーちゃんはこういうのが好きなんだってよ、はぁー、やってらんねぇよなぁ? よりにもよって顔だってよぉ」

 オーケンがやはり呆れた表情を見せて、フーベルト教授の頭を小突きながらそう言った。

 フーベルト教授はそれを笑顔で耐えるしかない。

「その…… オーケン様はお認めになられたんですか?」

 ライが懇願するようにそう聞くが、オーケンは諦めた顔を見せるだけだ。

 ついでにだが、オーケンは元々末の娘であるサリー教授の結婚を祝うためにこの地へ来ただけであり、そもそも止める気で来たわけではない。

「認めるもなにも、サリーちゃんのほうが惚れちゃってるんだから。何も言えないんだよ。少しでも俺がコイツのことを口にすると凄い形相で睨んできやがるんだからな」

 自分を睨んでくる愛娘を思い出してオーケンは苦笑いを浮かべる。

「そ、そんな……」

 それをライが絶望したように受け入れる。

 それしかライにはできない。

「あっ、そーだ。ライ君よ、ちょっと金貸してくれねぇかな? 酒代が足らなくてなぁ。マーカスの奴は鰐に稼いだ金を使い込むし、コイツはサリーちゃんに言われてて貸してくれねぇんだよ」

 その言葉にライは気づいていないがデュガンが驚く。

 このオーケンという男の頼みを、フーベルトと言う男が断れるのかと。

 自分であればオーケンの強すぎる気に飲まれ、どんな頼みごとでも聞いてしまうのでは、という気さえする。

 どう見てもフーベルト教授にそんな器量はなさそうであるが、人は見かけによらないものだとデュガンはフーベルト教授を見直す。

「は、はい、それはもちろんです!」

 ライは喜んで財布袋を懐から取り出す。

「じゃあ、とりあえず今持ってる手持ち全部な」

「はい!」

 そして、ライはオーケンの言葉通りに財布袋を全て喜んで差し出す。

 その様子を見ていたフーベルト教授が、

「あぁ……」

 と、声を上げた。

 このことをサリー教授が知ったら、また揉め事になると知っているからだ。

「なんだよ?」

 その揉め事すらも楽しいと言ったように、オーケンはフーベルト教授に反応する。

「いえ、なんでも…… けど、昨日は新月でしたし、しばらく来ないのでは、と」

 それに対して、酒代とやらの使用先に心当たりのあるフーベルト教授はそう答える。

「なんだよ、お前も随分と口を利くようになったじゃないか、えぇ?」

 オーケンにそう言われて睨まれては、フーベルト教授も何も言えなくなる。

「い、いえ……」

「今日は別口なんだよぉ。あー、ライ」

 そして、オーケンが何かを急に思い出したかのように、もしかしたら、それこそが本来の目的であったかのように、ライに向かい忠告するように言った。

「はい」

 と、ライは喜んで返事をするが、オーケンの目が今までと違い笑ってないことに気づき背筋が寒くなる。

「俺はこう見えて子煩悩なんだ。特に末の娘のサリーちゃんのことは特に目をかけているんだよ」

「はい……」

「結婚式も楽しみなんだ。わかるな?」

 オーケンはただ睨んでいるだけではあるが、ライにとってはまるで喉元に抜き身の刃を突き付けられたかのような感覚だった。

「は…… い……」

 そうとしか、ライは返事できなかった。

 それ以外の言葉を言える気はライにはしなかった。

 この時初めて、ライもフーベルト教授がオーケンの頼みごとを断れたと言う事実に気づく。

 常人であれば、それは不可能なことだ。

 掴みどころがまるでないようで、それでいて恐ろしく力強く逆らい難いオーケンの気に飲まれない人間などそう居るものではない。

「ならいい。俺はもう出ていくからよ。仲良くやってくれよ、な?」

 そう言ってオーケンは笑い、受け取った財布袋の重さに満足する。

「はい……」

「おっと、いけない。もうそこまで来ちまっているな。あんまり会わないようにしてんだ、どうしても手を出したくちっちまうからな。じゃあなぁ」

 そして、オーケンはそう言い残し、急いでこの場から逃げるかのように出ていく。


「フーベルト教授! サリー教授どこにいらっしゃられるか…… あ、すいません。どなたか来客ちゅ…… 昨日の学会の方?」

 フーベルト邸の玄関扉が文字通り蹴り開けられて、ミアが遠慮もなしに部屋に入り込んで来る。

「ミア君、いきなり扉を蹴り飛ばして開けて入ってくるのはいい加減やめれくれません?」

 フーベルト教授は困ったようにそう言うが、ミアの頭には疑問符が浮いたままだ。

「すいません、まだ早朝だったもので、お客様がいるとは……」

 そう言って、ミアは一応は頭を下げた。

「いや、それもそうですが玄関の扉を蹴り開けないでと……」

 そもそもの反省点が違うのだが、それにミアは気づいていない。

「こ、こんな子供とはいえ若い娘を家に入れるような!」

 無遠慮に入ってきたミアにライが何か勘違いをして、そう言うが、

「子供って何ですか! 私のことですか!?」

 ミアにそう言われて黙ってしまう。

 昨日のこともあり、今朝の巫女服の件もある機嫌の悪いミアはライにそう言って食って掛かる。

「あっ、いえ……」

 昨日よりも格段に不吉な気を纏うミアにライは完全に尻込みする。

 それはロロカカ神の凶悪な魔力を身に宿して、まだ間もないからだが。

 魔力感知能力が高いライからすると、今のミアは不吉の塊でしかない。

「ついでにミア君はサリーとも仲が良いですよ?」

 フーベルト教授はにこやかにそう言った。

「あっ、はい……」

 完全に委縮したライを尻目にフーベルト教授は、ミアがここに来た要件について答えてやる。

「サリーなら、今日は朝から裏山に行ってますよ。アビゲイルさんの使った外道寄せの魔術の後始末ですよ…… まあ、今回が最後の経過確認になるとは思いますが」

 現在も裏山が立ち入り禁止となっている理由の一つだ。

 アビゲイルは山々に散らばってしまった外道種達を、禁呪とも言えるような外道寄せの魔術を使いまとめて呼び寄せ、一網打尽にしている。

 その魔術の効果は一時的な物と、アビゲイル自身から説明はあったが、その魔術の痕跡を調べるとかなり大規模な魔術だったことがわかり、違う地域から新たに外道種を呼び寄せてしまっているのでは、と言う新しい懸念を呼んだ。

 経過と結果だけを見ればそのようなことはなく、アビゲイルを追ってついてきた外道種達だけをおびき寄せ、完全に殲滅できた、と言うことになっている。

 念には念を、と言うことで今朝もサリー教授が山へ入り確認して経過も見ているというところだ。

「あー、二カ月も前の術なのにそんなに影響があったんですね……」

 ミアがしみじみとそう言った。

 外道種達を倒したはいいが新しい問題を作り、物理的にボコボコにされたアビゲイルをミアは思い出した。

 その姿を見てしまうと、その人物が新しい教授候補と言われても、ミアからしても不安でしかない。

「術の内容が内容ですからね…… 強力すぎて別の地域から外道種を呼びこむのでは、と色々言われてましたが、まあ、流石と言うべきがそれらの影響はなかったようですが」

 フーベルト教授も少し困り果てた顔を見せてそう言った。

 ただその発言に、騎士隊副隊長のデュガンの片方の眉が跳ね上がる。

「何ですかな、その話は? 外道寄せの術とは穏やかではありませんな」

 大男であるデュガンに睨まれるようにそう言われ、

「あっ、はい、詳しくはここの騎士隊からどうぞ。詳しく調書が作成されていたはずですので。ハベル隊長からでも聞いてください」

 と、フーベルト教授は答えた。

 下手にフーベルト教授が説明するより、そっちへ行ってもらった方が正確で詳細を知れるはずだ。

「ふむ。ライ殿。先ほどの話が気になるので、我はこれから、ここの騎士隊詰め所へと向かいますがよろしいですかな?」

「はい……」

 ライは色々と意気消沈している。

 これなら自分がいなくとも平気だろう、とデュガンはそう判断し、騎士隊の詰め所へと向かうことを決める。

 オーケンの血を引き、厄災のタンデン家など言われているには、それなりの理由がある。

 デュガンは門の巫女のことを調べるのとは他に、ライのお目付け役としての役割もある。

「ライ殿も本来の目的を忘れないでください。では、これで失礼させていただきます。ああ、それと巫女よ。これを使徒憑きの少女に」

 そう言って、デュガンは大きな紙袋をミアに手渡す。

 ミアはその袋を受け取り、開けなくともその袋から通ってくる甘い匂いで中身を察する。

「あ、飴ですね…… 渡しておきます。ありがとうございます!」

 これだけの量があれば、ディアナも当分は笑顔でいてくれるだろう。

 ミアとしても嬉しい。

「うむ。では、これにて」

 そう言って、デュガンはフーベルト邸を後にした。


 その後、毒気を抜かれたライは大人しく、フーベルト教授からロロカカ神に対する魔術的見解を聞かされる。

 それはライにとって重要な情報となったことは言うまでもない。

 だが、ロロカカ神の話、しかも、魔術学院の教授と学会と言う組織の構成員の話だ。

 ミアもその場に残り、話を聞いていたのは言うまでもない。

 当然、その場の雰囲気は、発する言葉一言一句に神経を研ぎ澄まさなければならないほどに凍り付いていた。

 ついでにスティフィは荷物持ち君と共に、まだ寒い外で数時間ほど待機していた。

 かなり冷え込んではいるが、それでも今日のミアと一緒にいるよりかはましだと判断しているからだ。


 その夜、オーケンがよく足を運んでいる酒場に珍しい客を連れてきていた。

 この地域の騎士隊長をしているハベルだ。

「で、オーケン殿。吾輩を酒にさそうとは何事かな?」

 ハベルはこのオーケンと言う厄介極まりない男が自分に何ようかと、考えていた。

 用などないはずだ。

 どちらかと言えば、治安維持活動もしている騎士隊と、いるだけで治安が悪化するようなオーケンとでは相性は良くないはずだと思っていただけに、酒の席にオーケンから誘われたときにハベルは少なからず驚いていた。

 ただ目の前の人物は伝説的な人物であることも事実で、ハベルとしても興味がないわけでもない。

 特に武人としてハベルは個人的には興味がある。

 数人の生物的に人類とは言い難い例外を除けば、恐らく人類最強の男である。

 武人として興味がないわけがない。

「いやな、んー、俺も少々困ってんだよ」

 オーケンには珍しく、いや、最近では、そう珍しくもなくなってきたが、困り果てた顔を見せた。

 その表情はハベルには作っているものには到底思えず、本当に困り果てているように思える。

「何がですか?」

 だが、この生きる伝説のような男が何に困っているか見当がつかない。

「いやな、実は俺も持っているんだよ」

 オーケンは周りに視線を送り、誰にも聞かれていないことを確認してからそうハベルに伝えて来た。

「何をです?」

 だが、ますますハベルには理解が及ばない。

 オーケンは「俺も」と言った。

 と言うことは、ハベルも持っている物だと言うことなのだが、ハベルにはそれに心当たりがない。

 いや、一つだけある。

 それにハベルが思い当たったとき、オーケンはニヤリと笑った。

「竜の因子を、な?」

 オーケンがそう愚痴をこぼすかのようにそう言って、ハベルもすべて合点が言った。

 竜の因子をオーケンも持っているのなら、ミアの持つ竜王の卵の影響を受けるはずである。

 それは困りもするだろう。

 なにせ自分自身もあれには大変困らされているのだから。

「あぁ…… あなたなら持っていても不思議じゃないですからな」

 たしかに、オーケンほどの人物なら、竜の英雄として竜に認められていても何ら不思議ではない。

 つまり、この目の前にいる伝説の人物とも言えるオーケンもミアの命に逆らえないのだ。

 竜の因子を持つ者は、群れの長たる竜王の命に逆らうことが出来ない。

 本来、個人主義であるはずの竜がまとまって世界と世界を渡り歩ける理由の一つだ。

「で、どうなんだ、ミアちゃんの持っている卵は影響あんのかよ?」

 オーケンは苛立つように、ハベルを問い詰める。

「あります…… 想像以上に」

 ここで隠し立てしても仕方がない、とばかりにハベルも白状する。

 竜王の卵の支配力は想像以上に高い。

 そもそもが竜が竜に言うことをきかすための能力なのだ。人間が抗える物ではない。

「まじかよ……」

 ハベルの深刻そうな表情を見てオーケンも理解する。

 そして、今までミアの前に現れなくてよかったと、なによりマーカスに自分も竜の力を使えると自慢しなくて良かったと、心底安心するような顔をハベルに見せる。

「なるべく会わないほうがいいですな。あと距離も関係あるという話、あれは事実です」

 ハベルも周りに聞こえないように小声でそう伝えて来た。

 ハベルとしても、竜の英雄として、騎士隊の隊長として、ミアの命令を断れないともなると色々と沽券にかかわってくる。

「やっぱりそうか…… まじかぁ……」

 そう言ってオーケンは酒を飲み、盛大に息を吐き出す。

「はい、吾輩も詰め所の移転をしてからは大分マシに」

「だよな。ミアちゃん近づくと妙にぞわぞわしだすもんな!」

 ハベルもオーケンも今まで誰とも共感できなかった悩みを打ち明けられ笑顔になる。

 ミアの命令を断れないとはいえ、ミアはオーケンやハベルに対して無理なことう言う娘でもない。

 ロロカカ神のことが絡まなければ。

 もしくは第三者に入れ知恵でもされなければ、だが。

 竜の因子を持つ者からすると、最大の弱点となるべき問題でもある。

「はい、逆らい難い強制力を感じずにはいられません」

 ハベルは真剣な表情でそう言って、やってられないとばかりに酒を一気に飲み込む。

「竜の因子を捨てることなんてこと出来ねぇしなぁ……」

 竜が人に与える因子は、竜王鰐のように子孫にまで影響を及ぼすような物ではないが、それでも人と言う種からすれば強い強制力をもたらすものだ。

 また一度与えられた因子を捨てることはできない。

「はい…… 私は飛竜の因子なので…… そこまでですが、もしや?」

 竜は大きく分けて、飛竜と地竜に分けられている。

 ついでに翼を持ち空を飛ぶから飛竜と言うわけではない。空を自由に飛び回る地竜も存在する。だが飛竜は全員翼を持ち、少なくとも空を飛ぶことはできる。

 いずれ、この世界より飛び立ち、旅を再開するのが飛竜と呼ばれる竜であり、竜としての旅を止めこの世界に残り続けるのが地竜なのだと言われている。

「そうだよ、俺のは地竜の因子だよ、クッソ、なんてもんを護衛者にしやがる……」

 ミアの持つ竜王の卵は、地竜の王が産んだ卵だ。

 地竜の因子を持つ者には特に効果絶大である。

「カリナ殿はそれをわかってて……」

 と、ハベルも憐れみの目をオーケンに向ける。

 それに対し、オーケンは嫌な表情を浮かべるだけだ。

 だが、ハベルの言うことには概同意のようだ。

「だよな。だからあの巨人女め、自分の髪の毛を編んで首飾りにしやがって…… あれじゃどうあがいても手を出せないじゃねぇかよ!!」

 ミアの持つ竜王の卵は、カリナの髪の毛で編まれた紐で固定され首飾りとなっている。

 巨人の髪の毛ともなるとそう簡単に切ることもできないし、もしオーケンが触ればカリナにはすぐに気づかれてしまう。

 流石のオーケンも手出しができない。

「まあ、関わらないのが良いかと」

 ハベルは諦めたようにそう進言する。

 そもそも竜の因子を持つ者にとってはどうにもできない話だ。

「そうなんだけどよぉ、あんなに面白い逸材、今まで見たことねぇぞ! あぁ、クソ! もっと引っ掻きまわしてやりてぇのによぉ」

 オーケンは駄々っ子のようにそう言って、酒を飲み干し、そのおかわりを注文する。

「ハハハッ、かのオーケン殿もミアにかかれば形無しですな」

 デミアス教の大神官であり、歩く厄災とも言われるオーケンのことをハベルはもっと邪悪な人物と思っていたが、邪悪ではあるのだろうが、想像以上に人間臭く信頼はできなくともなんとなく好感は持てると思ってしまった。

「まったくだぜ、ここには俺より強い奴がいすぎだよな」

 さらにオーケンは呆れる様にそう言った。

 人間の中では自分が最強であると今でもそう自負してはいるが、最近は色々と例外が多く出てきている。

「そうなんですか? カリナ殿くらいでは?」

 オーケンの発言に、ハベルは少し驚いてそう聞き返す。

 名のある古老樹に「代弁者」とまで言われいたカリナは例外として、それ以外にハベルが思い当たるのは、最近来たその身に御使いを宿すという少女くらいしか思い当たらない。

「あれもそうだが、あれを人間と言うには無理があるだろう? それに元々神霊術だけというなら、ダーウィックの奴の方が腕は上だ。呪術に関してもマリユちゃんのほうが数段上だ。まさか俺が呪術で負けを認める日が来るとは思わなったがなぁ」

 そう言うオーケンの表情はどこか楽しそうである。

 ただその二人でも、総合的にはオーケンには敵わないのだろう。

「マリユ教授ですか…… 彼女も謎多き人ではあるがそこまでとは……」

 ただオーケンの伝説的な逸話の多くに呪術の達人であるという逸話は多い。

 そのオーケン自らが自分よりも呪術の腕前が上と認めているのだ。

 マリユ教授は元々底知れぬ人物ではあったが、そこまでとはハベルも思っていなかった。

「後、ミアちゃん自身だ。あの子もどうにもならん」

 オーケンはそう言ってはいるが、その顔はやはり楽しそうだ。

 いや、面白くて仕方がないとと言った子供のような笑みを浮かべている。

「む? 悪魔憑きの巫女ではなくミア自身なのですか?」

 ただハベルからすれば、その回答は予想外だった。

 確かにミアの従える護衛者と呼ばれる者達は上位者ばかりで人間のかなう存在ではない。

 だが、ミア自身は、何と言うか間が抜けている。

 隙だらけだ。

 隙だらけ、と言う意味ではディアナもそうだが、御使いをその身に宿しているディアナは恐らくではあるが、首を跳ねたところで絶命させることすら不可能だ。

 その身に宿る御使いの力により、そうなったとしてもディアナの寿命は短くはなるだろうが、それが直接の要因で死ぬことはないだろう。

 ハベルにとっては、ミアよりもディアナを殺すことの方が難しいと思える。

「ミアちゃん自身というか、まあ、護衛者の方だがな。今は三体いるようだが、どれを取ってもどうにもならねぇよ」

「まあ、特に竜の因子を持つ我々では……」

 古老樹に、大精霊に、卵とはいえ竜王だ。

 確かに考えれば、人間に手出しして良い相手ではない。

 ただその主たるミアは隙だらけだ。

 隙だらけでも問題がないディアナとは根本的に違う。

「ああ、ついでに、あの悪魔憑きの巫女の方はどうとでもなる。問題にすらならない。御使いと対峙しなければいいだけだからな」

 オーケンはそう言ってつまらなそうに笑った。

「なるほど。吾輩にはできない戦い方です」

 確かにオーケンの言う通りやりようはいくらでもありそうだ。

 ミアの護衛者たちは基本的にミアから離れはしないが、ディアナについている御使いは、既にディアナから離れていることも確認されている。

 しかも、その原因もちょっとした話遊びのような物でだ。

 ハベルにできる芸当ではないが、オーケンであるのなら、その言葉通り何の問題もないのだろう。

「いや、逆に考えれば、あの巨人女とあの御使いをぶつければ…… どっちが勝つんだ?」

 ただ、オーケンは何か思いついたかのように楽しそうな、悪ガキがいたずらを思いついたかのような表情を浮かべる。

「カリナ殿は、朽木様が代弁者と呼ばれていましたよ。そんな方と神の御使いが戦うようになるとは思えませんよ」

 ハベルはオーケンを嗜めるようにそう言った。

 それが無駄だとわかっていてもだ。

 それにハベルにはわかっている。たとえオーケンが本気でそのことを企んでもいてもそんなことにはならないと。

「まあ、そうだよな。でも、巨神戦争と言っても、結局は巨人を直接滅ぼしたのは御使い達だぜ? なら流石に御使いの方が強い、はずだよな?」

 オーケンはそう言って考え込んだ。

 ハベルには巨人を直接滅ぼしたのが、神か御使いか、それはわからない。

 ただ確かに、どちらが強いか、と言われるとハベルにも判断がつかないし、単純に武人として興味もあることだ。

 あることなのだが、

「吾輩にそれを同意させないでください」

 それに巻き込まれでもしたら、厄介ごと、の一言で片づけられる問題ではない。

 なにせ、神代大戦と言われる神々の戦争も、人々のこういった話から始まったと言われている。

「けど、始祖虫をあんなにあっさり倒した巨人女が御使いに負けるところも想像できねぇよな?」

 オーケンはハベルの言うことは耳に入らないかのように、何かと同意を求めて来る。

 それに同意してしまえば、間違いなく巻き込まれると思ったハベルは注意深く答える。

「そもそも、そんなことは実現しないと吾輩は思いますが」

 ハベルがそう言うと、妄想にふけっていたオーケンの目が現実に戻ってくる。

「だよなぁ、色々と策を考えたが無理だ。使徒の奴をけしかけれても、恐らく巨人女の方は使徒には手を出さねぇだろうからな…… はぁ、つまらん」

 本当につまらなさそうにオーケンはそう言った。

「そんな不穏な計画に吾輩を巻き込まないでください」

 念押しでハベルはそう言って、酒を飲み干した。

 だが、おかわりは頼まない。

 ここで酔いでもしたらろくな結果にならないのはわかりきっているからだ。

「話は戻って、だ。竜の因子による強制力の件で何か分かったことがあったら、共に情報共有してこうぜ、な?」

「それは…… そうですね」

 その申し出だけはありがたいと、ハベルも同意せざる得なかった。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。



 なんとなくの追記。


 魔術で寿命を延ばしても、人としての性欲は年齢と共に枯れていく設定となっております。

 なので百歳を超えたあたりからは、性欲とは無縁の生活になるはずなのですが……


 オーケンさんやマリユさんが少し変わった人達と言う感じです。



 あ、アビゲイルさんもか……

 彼女は根っからの変態さんなので、そもそも例外かもしれないけど。


 ダーウィック夫妻の所はつまり……

 愛はあるが、げふんげふん。



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