新しい春の訪れと入学式と中央からお客様 その1
【人物紹介】
・ミア
はるか遠くの辺境の村よりやって来た少女。
祟り神の巫女と目されている。
・スティフィ・マイヤー
デミアス教徒の信者。ダーウィックに憧れ態々この魔術学院に入学してきた。
元ではあるがデミアス教の狩り手という懲罰部隊に所属していた。
・マーカス・ヴィクター
行方不明とされていた騎士隊科の訓練生。
今はデミアス教の大司祭オーケンの使いっ走り。
動物が好き。
・アビゲイル・ブッカー
中央部の東に広がる沼地から来た魔女。
・ライ・タンデン
中央の学会という魔術学院の上位組織ともいえる組織に所属している学者。
厄介な性分を抱えている。
・デュガン・アルマーニ
王都第十七騎士隊所属の副隊長だが、ライのお目付け役としてライに同行している。
・荷物持ち君
ミアが作った泥人形の使い魔。
ミアを守る護衛者と使命を持っている。
・ハベル・ハーネル
騎士隊科の教官。竜信仰者。
北の領地出身で地元では竜の英雄と呼ばれるまでの傑物。
現在は右足を怪我し一線を退いていたが始祖虫以降は人材不足のため騎士隊に復帰。
・フーベルト・フーネル
今春より教授という役職についた新任教授。
様々な神に対する見識を持つ。その知識は広く、浅いというわけでもない。
・サリー・マサリー
自然魔術の教授。
腕は確かだが、講義を受けてくれる生徒が少なく嘆いている。
フーベルトと婚約中
・ウオールド・レンファンス
ウオールド老と言われている年老いた風貌の教授。
副学院長でもある。
「ポラリス学院長の祝詞、素敵でしたねぇ…… 私には何言ってるのかはわかりませんでしたが、とにかくすごい雰囲気でした! 祝詞の意味を調べたくなりました!」
いつものミア達以外客がいない食堂。
今日は入学式があり、入学式は無事終わったが新入生は、今この学院での色々な説明を聞いているはずなのだが、新入生のはずのアビゲイルとディアナもなぜかここにいる。
それでも、普段より人数が少ないのは幾人か入学式や説明会の手伝いなどで出払っているからだ。
そんな中、入学式でポラリス学院長が披露した祝詞を思い出して、ミアが恍惚とした表情をしている。
自分もロロカカ神の祝詞をあんな風に言えたら、と考えているのだが、ミアでもロロカカ神の祝詞など知らない。
恐らくは存在すらしていないものだ。
夢のまた夢である。
「あれは法の神の祝詞の一節ね。まあ、どこの神の庇護下にもない魔術学院じゃ法の神の祝詞が一般的よね」
スティフィも確かにあの祝詞は素晴らしい出来だったということは認めているが、スティフィ的にはあれがダーウィック大神官で暗黒神の祝詞であれば、という願望もある。
「ここはジュダ神の庇護下じゃあないんですか?」
スティフィの言葉にミアが少し不思議そうに聞き返す。
今年からこの学院は破壊神であるジュダ神の庇護下になったはずだ。
「あのね、ミア。確かにそれはそうだけど、破壊神の祝詞なんてものが存在すると思うの? そもそも入学式に破壊神の祝詞とか意味わからないでしょう……」
ミアの問いに、スティフィが呆れるように答える。
破壊神は終わりをもたらす神だ。
少なくとも入学式で名をあげる神ではない。
「それは、そうかもですね……」
ミアも少し考えて、それもそうだと思うのだが、そもそもミアは祝詞がどうしたら作れるのかも知らないでいる。
「さらに言ってしまうと、どう崇めるのかも確立されてないですからねぇ。とりあえずお社を作って崇め奉ることで、こちらに敵意はないですよ、敬っています、って、意思表示しているだけの段階ですからね」
アビゲイルが会話に入り込んでくる。
「でも、直接現れて庇護を約束してくれたんですよね?」
少なくともミアはそう聞かされている。
「それはそうですが、そっからが長いんですよ。破壊神相手に適当な儀式や祝詞を捧げるわけにもいかないですし、向こうからこうしてくれって言ってくる神様でもないみたいですしねぇ」
アビゲイルはそう言って笑った。
特に相手が悪い。相手は万物すべての破壊を司る神なのだ。
もし怒らせでもしたら、この辺り一帯が滅びかねない。
なら、どの神からも敬われ、どの神からも中立である法の神の祝詞を捧げるほうが無難なのだ。
「まあ、それは…… そうですね」
ミアも何となくだが納得はできる。
神を怒らせてよいことなど何一つない。
それに神々の常識と人間の常識ではかなり隔たりがある。
人が良かれと思ってやっても、神が怒ることもあるのだ。
「そう言うのは長い年月をかけて探り探りやっていき、やがてそれが信仰となり、そして、宗教になっていくんですよ。まあ、いわば宗教の始まりかもしれませんねぇ」
結局のところ、神は神なのだ。
触らぬ神に祟りなし、というのが当てはまる。
ある程度、人間と関りと持ち、どういう神かわかっていれば、その神への作法もわかるのだが、ジュダ神もほぼ未知の神と言って良い。
どういった作法が正しいのか、非礼に当たるのか、それを長い年月をかけてこれから探っていかなければならない。
そうやって、少なくともこの世界では信仰が生まれ、更にその積み重ねで宗教と言うものが出来ていっている。
それはこの学院に課された課題だが、本当に長い年月をかけて少しづつ理解を深めて行けばよいものだ。
急いでも良いことはない。
急いで触りでもしたら、それこそ祟られるというものだ。
「宗教の始まり……」
と、ミアはその言葉に反応を示し、何かを考え始める。
それを見て、スティフィがあからさまに嫌な表情を見せる。
とりあえずミアがロロカカ神の宗教を、と言い出す前に話題を変える。
ミアがロロカカ神の話をしだしたら、どうせろくなことにならないのは分かり切っている。
「でも、破壊神の宗教ってのは聞いたことないわよ?」
アビゲイルもそれは理解できているので、
「そうですねぇ、それは確かに少ないですねぇ。そもそもがほとんどの破壊神様は寝ておられるという話ですし。ただないわけじゃないですよ。その力の強さから軍神として崇めているところもありますしねぇ」
と、スティフィの話題に乗る。
「へぇ、そうなんですね」
二人が話し始めたので、ミアは考えるのをやめて話題に入ってくる。
「そう言えば、ミアは入学式見たの、今年が初めてなのか」
スティフィは会話を途切れさせないように次の話題をふる。
文句を言うだけのルイーズや、我関さずのマーカス、我欲のエリックなど、話の続かない連中ばかりだったが、話好きで察しの良いアビゲイルはこういう時には助かる。
「はい、一週間くらい遅れてつきましたので。夏の試験まではその期の入学者扱いだそうですよ」
ミアはそう言って一年前のことを思い出す。
今思い返してもよくこの魔術学院にたどり着けたと我ながらに思う。
それもこれも、多機能巫女服ともいうべき、ロロカカ神の巫女服のおかげだったとミアは感謝し、近いうちに箪笥から出して陰干しでもしようと心に誓う。
「ってか、アビゲイル。あんたも新入生よね? 今は説明会の時間じゃないの?」
今は、ある意味入学式なんかよりも重要な説明会の時間だ。
魔術学院は各魔術学院ごとに独特の規則のような物が多々存在する。
この魔術学院で学ぶものは必然的にここで暮らしていくことになるので、それはとても大事な物となる。
あと、アビゲイルやディアナには関係ないのだろうが、どの教授がどの講義をしていて、どういった講義が受けられるか、なども説明しているはずだ。
「そうですが、それを言ったらディアナちゃんだって、そうじゃないですか」
そう言ってアビゲイルは、ミアの膝に寄り添うように寝ているディアナを見る。
「まあ、その子は…… お世話係が聞いているでしょうし」
ディアナまで入学するとはスティフィも思ってなかった。
そもそもディアナは既にほとんどの人の言葉が届かなくなっている。
講義を受ける意味もないし、元神憑きの、今は悪魔憑きの巫女として地位を既に確立しているため、職業魔術師としての資格もいらない。
しかも、ディアナの場合は彼女自身が魔術を行使するわけでもないので魔術を使うための資格もいらない。
それでもディアナ自身が入学を希望したようだ。
そんなディアナだが、ミアとなぜかスティフィの言葉にはしっかりと反応する。
それ以外の者が話しかけても、無視ではなく言葉自体がディアナにほとんど届いていないようだ。
最近は、ディアナのお付きの者達の言葉にすら、あんまり反応しなくなっているし、寝ている時間も徐々に増えているとのことだ。
「ルイーズ様は、ここにいないのでしっかりと説明会に出ているようですね」
ミアは感心するようにそう言った。
そして、ディアナの頭の髪の毛を無意識で撫でる。
ルイーズはこの領主の娘であり、本来なら魔術学院で態々学ばなくとも、独自の講師を付けて学べる立場の人間である。
ただ、ルイーズは今、領主である父と親子喧嘩をしており、その滞在場所としてこの魔術学院を選び入学するまでに至っている。
ついでに、この食堂に人気がないのは、ルイーズの安全のために人払いの結界がなされているせいだ。
「ジュリーやマーカスさんは賃金欲しさにお手伝いをしに行ってますし、エリックさんも騎士隊のほうのお手伝いで今日は居ませんね」
「そんな中、新入生が二人も食堂で暇をつぶしているのってどうなのよ……」
そう言ってスティフィもミアの膝の上で寝ているディアナを見る。
とはいえ、スティフィもこの二人が大人しく説明会を聞く意味はないと言うことは理解している。
そもそもディアナは魔術学院の生徒になる意味も不明だ。
「もう春とはいえ、まだ寒いですからね。最近はもう雪は降らなくなりましたが」
スティフィの視線に気づき、ミアはディアナがくるまっている毛布を整えてやる。
「ここから一気に暑くなるのよね、信じられないほどに。朝霧が合図だったわよね……」
もう滅多に雪は降らなくなったものの、まだ酷く冷え込む。
なのに後数週間もすれば、酷く蒸し暑くなるのがこの地方だ。
春などは一週間あればいい方だ。
「ですね。夏服の準備しなくちゃいけないですね」
そう言ってミアはため息をついた。
ミア的にもここの蒸し暑さは気が滅入るものがある。
だからと言って、このまま寒いのもごめんこうむりたくはある。
なんにせよ、ここの夏と冬は極端すぎる。
「また都に買いに行く?」
スティフィがミアにそう提案する。
結局ミアは外道種に狙われはしているものの、それほど明確に狙われているわけではないようだ。
外道種の口ぶりから考えると、門の巫女と言う存在は狙っていてもミアがその門の巫女であると言うことはわかっていないようである。
一度だけ、ティンチルで襲われそうになったことはあったが、それが例外だけだったのかもしれない。
なにせ明確に荷物持ち君とミアに憑いている精霊が反応したのはあの時だけだ。
それであるならば、都と呼ばれるリグレスまで買出しに行くくらいは平気だろう。
「いえ、去年買ったのがあるのでそれでいいですよ。私は結局山に入るので」
一瞬嬉しそうな表情を浮かべたミアだが、そう言って買出しの話を断った。
ただ、アビゲイルを追って来た外道種の一件以来、裏山も今は立ち入り禁止となっている。
裏山にいつ入れる様になるかも目途が立っていない。
もしかしたら今年はもう裏山への立ち入りはできないかもしれない。
それでもミアは去年こしらえた野外活動用の夏服を気に入っている。
ミアも新しい服も欲しくはあるが、外道種に狙わてれいる自分がどこかへ出かけると迷惑を掛けるかもと思うとどうしても億劫になってしまう。
欲望を是とするスティフィはミアが欲望を抑え込むところを見て目を細めるが、
「ああ、そうね。ミアは山に入るからそれ用のじゃないとね」
と、表向きはそう言って同意する。
近頃のミアは外道種を気にしてか、引きごもりがちだ。
その方がスティフィ的には助かるのだが、欲を抑え込んでいるミアを見ると思うところはある。
スティフィ的にはデミアス教に引きづり込ませるため、ミアには欲に溺れていて欲しいところもある。
「にしても、ディアナちゃん、ミアちゃんの膝の上が定位置になりましたねぇ」
今度はアビゲイルがディアナに目をやる。
「私ももう慣れましたし、暖かいので私も助かってますよ」
雪は降らなくなったとはいえ、まだまだ冷え込んでいる。ディアナの体温は高く、暖かいのでミア的にも助かっている。
暑くなってからも、この調子でベタベタされるのはミアも困るが、まだ寒い今は助かるくらいだ。
「にしても、いつも寝てるわね、この子」
スティフィがそう言うのをミアは少し困った顔で返す。
「やっぱり精神がかなり摩耗しているそうです」
ディアナについてきている魔術の神の信徒達の話では、そもそもが去年の夏、この魔術学院を訪れた時点でディアナの寿命はそれほど残ってはいなかった、との話を聞いている。
社に惹かれていたのも、自身を、その身に宿す神を自分が死んだ後に祀ってもらう場所を探していたのかもしれない、と言う話だ。
だが、ミアの手により意図的ではないにしろ、神払いが行われ、ディアナは解放されてしまった。
それでもディアナの寿命はもうあまり残っていないはずだった。
だが、どういう訳かディアナの信じる魔術の神は、自分の御使いを宿させることでディアナの寿命を引き伸ばし、その上でミアの元へと寄こしたのだ。
何か意図あってのことだろうが、それをミア達も理解できるとは考えていない。
それはそれとして、最近の様子を見ている限りではディアナの限界は近いのかもしれない。
「まあ、そもそも神憑きは長く生きられないですからねぇ。ただディアナちゃんの場合は、今現在は御使いの方が中から支えてくれてはいるようですけどねぇ」
アビゲイルがディアナの現状を観察しながらそう述べた。
人には耐えれないような負荷を持つ神が去ったとはいえ、今、ディアナについている御使いの手助けがなければ、ディアナは既にこの世を去っているような状態なのだ。
実際に御使いが抜けたディアナは昏睡状態となり完全に昏倒してしまっている。
ディアナの人としての精神はそれほど摩耗してしまっている。
「自分の中に神様がいるってどんな感じなんですかね…… 私も体験してみたいです!」
ミアはディアナの様子を間近で見ながらも、恐れつことなく心からそう願い、目を輝かせてそう言った。
「寿命があっという間になくなっちゃいますよぉ?」
アビゲイルはそう言うが、ミアもそんなことは百も承知だろう。
それでもなお、自分の信じる神を身近に感じたいのだ。
その神の一部であれ、その身に宿せるのであれば、それは神に仕える者にとってどれほど幸福なことであるか。
ディアナやミアにとって自分の命などよりもよっぽど大切な事なのだ。
なのに、意図的ではないにしろミアはディアナからその神を引き剥がしてしまっている。
本来なら恨まれても仕方がないし、実際に当初はかなり恨まれていたはずだ。
だが、今はこうして、神の言いつけがあるとはいえ、自分になついてくれているディアナをミアは愛おしく感じている。
同じ巫女と言う立場がミアを共感させている。
「ロロカカ様を自分の身に宿せるというのであれば、私は本望ですよ! ただ私なんかの体では不服に思われるかもしれませんが」
ミアがそんなこと言って苦笑いを見せたときだ。
食堂の扉が開かれる。
入ってきたのはミア達の知らない人物だ。
「ん? おやおや、お客様ですねぇ」
アビゲイルはそう言って入ってきた人物を観察する。
「ここ、ルイーズの使用人が結界張ってるのよね? しかも、もうルイーズにもバレたから、公に強力なのを張っているのよね? そこに入り込んでくるってことは……」
スティフィもそう言って気を引き締める。
今この食堂に許可なく入り込んできているだけで、それなりの使い手だと言うことだ。
「それなりの腕を持った人達ですねぇ、新入生というわけじゃなさそうですねぇ」
食堂に入り込ん出来たのは二人の男だった。
一人はその格好から騎士隊の関係者とすぐにわかる。
もう一人は白に黒の模様が描かれた法衣を着ている。
「あの法衣は…… 学会の者ね、あー、厄介そうね。教授達が忙しい説明会の時を狙われたって感じか……」
ただこの食堂の表にいる荷物持ち君が通したということは、ミアに敵意を持っているということだけは確かだ。
その二人組はミア達がだらだらと集まっているほうへとやってくる。
それはわかりきったことだ。この食堂は今やいつでもミア達の貸し切り状態なのだから。
ミアはそんな二人を見て、また厄介ごとですか? この食堂はそういう場所なんですか? と一人そんなことを口には出さずに考えた。
その理由のほとんどが自分であることには気づいてない。
「お前が門の巫女とか言うのは」
騎士隊の格好をした男が不躾にそう言って来た。
その視線はミアの帽子に行っている。
どうやら帽子で判断したようだ。
その代わりにと言うわけではないが、スティフィはその騎士隊の男に視線を送る。
なかなかの使い手だ。
そして、正面からでは自分では勝てない、とスティフィは判断する。
逆に言えば不意を突ければ倒せると言うことでもある。
もう一人は、やけにオドオドして辺りを、いや、ミアを非常に警戒をしている。
「はい、私ですか」
と、ミアは答える。
「この結界はなんだ?」
少し怒ったように、騎士隊の恰好をした男はそう聞き返してくる。
「ここには普段この領地のお姫様がいますので、その配下の方がお姫様の安全のために張っているそうです」
ミアは素直に答える。
特に騎士隊の関係者相手に隠し立てすることでもない。
「そうか。では、ここの前にいるあの恐ろしい泥人形はなんだ」
「私の護衛者と言う奴です」
結界のことには、それで納得したのか、今度は荷物持ち君のことを聞かれて、それもミアは正直に答える。
「そうか。では、おまえの膝で寝ているのが魔術の神の巫女であり、その身に御使いを宿しているディアナ様だな?」
その男はミアの回答に納得し、さらに質問、と言うよりは確認をしてくる。
「そうですが……」
と、続く質問にミアが困惑し始めたとき、
「うむ、わかった。確認は取れた。用事はすんだ」
と、騎士隊の恰好の男はそう言って頷き、納得した顔を見せた。
「え? あっ、はい?」
逆の意味でミアは困惑し、あっけに取られる。
「ああ、すまぬ。名乗っていなかったな。我は王都第十七騎士隊所属、副隊長のデュガン・アルマーニである」
騎士隊の恰好の男、デュガンはそう名乗り、丁寧にお辞儀をして見せた。
「はあ?」
あっけに取られているミアは、間の抜けた返事を返すことで精いっぱいだった。
「門の巫女と言うものがどういったものであるか確認にしきた次第である。そして、今まさに、確認がすんだ。以上だ」
そう言って、デュガンは満足そうに微笑んだ。
あの短いやり取りに何の意味があったかミアにはわからなった。
「はあ…… あの、私、恐らくはまだ正式な門の巫女と言うわけではないのですが?」
そもそも、ミア自身でさえ、門の巫女という存在を理解できていない。
それでも精霊霊王や朽木様の話では、門の巫女候補と言う話だ。
「確かに。そう聞いておる。君は正直者だ。正直者は美徳である、これをやろう」
デュガンはそう言ってニッコリと笑い、ミアに何かを差し出した。
ミアはそれを受け取る。
丸い物を包み紙でくるんでいるような物で、ほのかに甘い匂いが漂ってくる。
「これは?」
「王都の飴ちゃんだ」
デュガンはそう言って笑った。
「あ、ありがとうございます?」
訳も分からずそうミアは返し、多分、恐らくではあるが、不躾ではあったが思ったほど悪い人物ではないと、思いなおすことにした。
決して飴で買収されたわけではない。
「うむ。気にするな。我はただの付き添いだ。本命はこちらだ」
そう言って、デュガンは自分の影に隠れている、白い法衣を来たオドオドしたした人物を前に出した。
「ああ、あっ、ど、どうも…… がっ、がっ学会から、は、派遣…… さ、されてきた、ライ・タンデンと、い、言います」
そう言ってライと名乗った人物は何度も頭を下げた。
その名を聞いてスティフィとアビゲイルが反応する。
「タンデン? タンデン家ですかぁ? あのぉ? 学会と言うことはそうですよねぇ?」
アビゲイルは興味あり、と言ったようにその男を嘗め回すように観察する。
スティフィは逆に顔をしかめ、そして、無言で席を立ち、その男から距離を取った。
「は、はいぃ、学会ということで、ま、間違っては…… ないかと…… その、タンデン家で…… 厄災のタンデン家です……」
ライと名乗った学者はそれを残念そうに認める。
ミアには聞き覚えがない名だ。
スティフィとアビゲイルには聞き覚えがある様な反応だが、スティフィの反応を見る限り、余り良いものとは言い難いようだ。
「タンデン家って有名なんですか? あっ、失礼しました。私はミアです。ミア・ステッサです」
あのタンデン家とやらを知らないミアはついそう聞き返してしまった後、慌てて自己紹介をする。
デュガンが丁寧に挨拶をしてくれたので、ミアも習い始めた貴族としての挨拶を披露しようと思ったのだが、膝の上をディアナが陣取っていたので座ったまま挨拶を済ませる。
「はぃぃ、存じています、存じていますぅ」
ライはミアと目が合うと数歩ほど後ろに後ずさる。
元々おどおどはしているのだが、ミアを必要以上に恐れているような感じだ。
「何か微妙にサリー教授を思い出しますね……」
そんなライと言う学者を見てミアは思ったことを口にしてしまう。
「確かに。それはそうね」
と、スティフィもそれに深くうなずいて同意する。
「あ、自然魔術の? サ、サリー教授です、か?」
ライはサリー教授の名を聞いて顔を明るくさせた。
「はい、ご存じなんですか?」
「ゆ、有名な…… 方なので…… そ、そそそそ、そんなことよりもです。できれば、で、い、いいんですが…… 門の巫女と言うものと、あ、あなたの神様について、く、詳しくお話を、き、聞かせていただいても……?」
その言葉にミアが目を輝かせたのは言うまでもない。
そして、スティフィとアビゲイルが嫌そうな顔をした。
ディアナはミアの膝の上で相変わらず寝ている。
ルイーズが説明会を終え、食堂を訪れたのは日が暮れ始めたころだ。
ミアが楽しそうに早口で何かを説明している場面に遭遇する。
スティフィはその様子を疲れた顔で少し離れた位置で見ており、アビゲイルは少し興味がありそうにミアの話を近くで聞いている。
騎士隊の恰好をした男は別の机で優雅にお茶を嗜んでいる。
その近くには、ミアから離れたディアナがごきげんな様子で笑みを浮かべている。
そして、ミアの目の前の白いローブを着た男が必死でミアの喋ることを全て必死に帳面に書き記している。
そんな光景だった。
ルイーズは護衛のブノアを共って、スティフィの隣の席に座る。
「これはなにがあったんですか?」
と、尋ねる。
「中央の連中がミアのことを聞きに来て、ミアがそれに答えているだけよ」
と疲れた表情でそう答えた。
書き記された帳面は既に三冊目だ。
どれだけ時間がたっているのかルイーズには見当がつかない。
それからもうしばらくして、ジュリーやマーカス、エリックが食堂にやって来ては、同じことを繰り返した。
それでもミアの口はまるで止まらない。
ただわかるのは、ミアが喋っているその内容は、ほぼミアの感想であり、ロロカカ神への賛美だけだと言うことだ。
少なくとも学問での魔術的な内容はほぼ伴っていない。
帳面が五冊目に突入したところで、ミアが一旦落ち着く。
そして、ライが良い笑顔で言った。
「ミアさんも、門の巫女のことも、その神のことも、実はよく知らないんですね」
と。
長時間、ミアと話し合ったことでライはもうおどおどとしてはいなかった。
がだ、そう言った、そう言ってしまった瞬間、ライは口を滑らせてしまった自分を後悔する。
「そ、それは…… そうなのですが……」
そう答えるミアは笑ってはいなかった。
怒った表情も浮かべてはなかったが。
ミアの放つ何とも言えない不吉で不穏な怒気は、その場を雰囲気を一気に塗り替えていった。
「あっ……」
ライはその気を感じ取り震えだす。
「魔術的なお話なら、フーベルト教授を訪ねてください!」
ミアはそう言って、そっぽを向いた。
その様子を見ていたデュガンが軽くため息を吐いた後、助け舟を出す。
「ライ殿。今日はもう遅い、これくらいににしようではないか」
「は、はい…… す、すみません…… た、他意は、な、なんいんです……」
そう言った後、その二人は丁寧にお辞儀をして食堂を去っていった。
「まあ、確かに…… そうなんですけども! そうなんですけども!」
ミアはそう言って少し遅くなった夕食を食べ始める。
デュガンにより差し出された飴をひたすら舐めていたディアナが最後の飴の包みを開けてそれを口の中へと放り込む。
そして、とても良い無邪気な笑顔を浮かべる。
「ディアナちゃんは甘いものが好きみたいですねぇ…… この食堂の甘味も食べますかね? なんだか餌付けしている気分になりますねぇ」
などと、ディアナの様子を見たアビゲイルがそんなことを言っている。
「んー、王都騎士隊のデュガン副隊長と言えば、名物副隊長だな。なんか新しい武術を編み出したとかで」
エリックがそんなことを言って、
「見かけによらず切れ者って話ですね。そんな方がわざわざ王都からミアに会いにですか」
マーカスは少し気がかりになるのか、少し考えこむ。
「厄災のタンデン家ってなんですか? なんなんですか、あの人は!」
そこでミアが思い出したかのように、気になっていたことを口にする。
「あー、うん、それは一言で説明できるわ。まあ、なんて言うか、オーケン大神官の子孫の方よ。子孫と言っても、ご本人が健在ですけど……」
その言葉でミアも、なんでスティフィが距離を取ったか理解できた。
それと、
「それでサリー教授と似てると…… でも本人と違いすぎませんか?」
理解できたことと、新しい疑問がミアに生まれる。
「まあ、それは反動って奴じゃないんですかねぇ」
それに対し、アビゲイルが笑顔で答えた
「で、ライ殿。どうでしたかな。門の巫女と言うのは」
デュガンは暗くなった夜道を歩きながらライに話しかける。
デュガン的にはそもそもこんな辺境の地にまで赴いてくる必要はなかったと思っていた。
今は明確に関わるべきではない、と思っている。
本人と会う以前に、食堂の前に居た泥人形を見てすべて理解した。
これは神の政で人間が関わり合いになるべきことではない、と。
ただ、学会から正式に依頼されているので付き合っただけなのだが、今更ながらにも付き合うべきではなかったと後悔もしているくらいだ。
「物凄いですね。とりあえず魔術師としての才能も素晴らしいですし、特にあの髪の毛はヤバいです。人間が生やしていて良いものではないです」
ライがいつもの口調に戻っている。
よほどミアと言う巫女が恐ろしかったのだろう。
ライという男は臆病者のくせに大した野心家でもある。
「そんなにですかな?」
デュガンは荷物持ち君を見た時点で深くかかわらないと判断したため、そこまでミアのことを注意深く見ていなかった。
いや、注意深く見たところでデュガンには、神器である帽子に隠されたミアの髪の毛の異様さに気づくことはできなかっただろうが。
「はい、あの帽子の神器で封じられてはいますが、とてもじゃないですが……」
そう言ってライは身を震わせた。
今思い出してもあの髪はとんでもないものだ。
「で、ロロカカ神と言うのは祟り神で間違いないのですかな?」
デュガンがそう聞くと、ライは少し考えてから、
「んー、そちらは正直よくわかりません。フーベルト教授とやらの話も聞いてみませんと。ただあの巫女の話を聞いた限りでは祟り神なのではと」
と、そう判断を下した。
デュガンもそれは同意見だ。
ミアと言う巫女はしきりにその神のことを賛辞していたが、話を聞く限り祟り神で間違いはない。
「ふむ。そうか。本人は至って素直な娘に見えたが」
デュガンの目にはミアが如何にも神が好みそうな娘と映っていた。
「ですね。思っていた以上に素直な子です。ただあの子は神の言いなりなので、巫女の人柄など意味がないですよ」
と、ライはそう言った。
デュガンは顔をしかめながらも、その考えには同意するが、ライとの感情は真逆だ。
「そうか。どちらにせよ、これ以上人が関わらぬ方が良さそうだ。騎士隊の方ではそう報告するつもりだ」
どちらにせよ、人が関与すべきではない、いや、関わってはいけない、と、デュガンは判断する。
それをそのまま上に報告するつもりだ。
場合によっては騎士隊から護衛も、という話もあったがデュガンが見る限り必要なさそうであるし、なにより関わり合いになるべきですらない。
「ですね。唯一返って来た神からの返答が、大変危険な神なので注意されたし、ですからね」
そう言って、ライは苦々しい笑みを浮かべる。
「博識の神だったか」
「はい、そのはずです。ですが博識の神だとすると、その神託を告げたのは御使いのはずですね」
ライは投げやりにそう言った。
神そのもの言葉と、御使いを挟んだ言葉では少し意味合いが変わってくる場合がある。
特にその御使いが、自由意志を持つ悪魔であった場合、それは御使いの意図が介入してくることすらある。
「それは厄介じゃの。博識の神というならば天使か悪魔かもわらんぞ」
既にデュガンは上の空だ。
ただ単に話を合わせているだけだ。デュガンとしては、もう関わりになりたくない案件となっている。
「知恵の神と博識の神。どちらかが兄で妹、もしくは姉で弟か。どちらかの御使いは天使でもう片方は悪魔。そもそも、どちらが知恵の神で、どちらが博識の神かすら不明ですからね」
そう言ってライは失笑する。
「じゃが、信徒は分かれているじゃろ?」
知恵の神と博識の神で宗教、いやこの場合は宗派自体が分かれている。
「あの人たちはなにを信じているかもわかっていないんですよ」
そう言ってライが見下したように笑う。
「そういや、話に出ていたフーベルト教授も知恵の神の信徒じゃったはずだな」
「そうなのですか?」
つまらなそうにライは、そう言って深く息を吐き出した。
「ああ、あと、サリー教授の婚約者と言う話だ」
何の気なしにデュガンがそう言うと、一気にライから発生られる雰囲気が変わった。
「は? そ、それ、な、なんですか? 聞いていないんですか?」
「そういや、一応は血縁になるのか?」
そんなことをデュガンは思い出し、呑気そうにそう言った。
そして、ライの先祖にして、サリー教授の親であるオーケンと言うほぼ伝説上の人物が今もこの地に滞在しているとも思い出す。
「そのフーベルト教授とか言う人物には一度会わないと行けないようですね」
鋭く目を細めたライは体をわなわなと震わせながらそう言った。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
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