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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

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真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その7

 ミアが微妙な距離感の人達と時間を持て余していたとき、スティフィは騎士隊が主軸となって強行する外道種掃討戦に参加していた。

 今はまだ学院の敷地内に集まり、進軍の始まりを、その時を待ち待機している。

 集まった人間の中には太陽の戦士団のローラン教授や使魔魔術のグランドン教授、使徒魔術のカーレン教授などの学院の教授達も参加している。

 領主が送ってきた騎士団の援軍もすでに到着しており、その中にはスティフィから見ても数人ほど恐ろしく雰囲気の鋭い、通常の騎士とは言い難い連中もいた。

 もちろん竜の英雄と呼ばれるハベル隊長もいて、この討伐隊の総指揮をとっている。

 ただハベル隊長は片足を失っており険しい山中を強行するのは無理なので、今回の作戦では学院に残り指示を飛ばす立場ではあるが。

 そんな一団の中、スティフィはマーカスとエリックを見つけ出し声をかけていた。

「マーカス、あんた、それを連れて行く気?」

 スティフィは雪の中で堂々としている白い鰐を白い目で見る。

 その白い姿に似合った鰐用なのだろうか、金属製の鎧を身に着けていて、雪の上でも平気そうにしている。

 この極寒の中、金属製の鎧を直につけているのは逆に寒そうなのではあるが、白い鰐、白竜丸は雪の冷たさを楽しんでいるかのようにすら見える。

 寒さだけには弱いと聞いていたが、この姿を見る限りこの極寒の雪の中でも問題がなさそうにスティフィには思えてしまう。

「はい、サリー教授に頼んで、この雪の中でも平気な鎧を作っていただいたので、それの試用がてらにと」

 それを聞いてスティフィも納得する。

 この金属製の鰐の鎧もあのサリー教授が作ったものだ、創意工夫の塊なのだろう。

 なぜサリー教授がわざわざ鰐の鎧を、とスティフィは思ったが、少し考えればわかることだった。

 マーカスはサリー教授の父であるオーケン大神官に多大な迷惑を掛けられている。

 本人たちがどう思っているかまではわからないが、少なくともはたから見ればマーカスはひどい扱いを受けているように思える。

 その償い、と言うわけではないだろうが、せめてもの気持ちでもあったのかもしれない。

 その白い大きな鰐で白竜丸と名付けられた鰐は今はミアを通してマーカスの支配下にある。

 竜王鰐と呼ばれる種類の鰐で通常の鰐より大きく力強く育つ。

 マーカスはそんな鰐が身に着けている鎧の一部、搭乗席ともいうべき鞍にエリックと共にまたがっている。

 一見しただけではその姿は竜に乗っている騎士にも見えなくもない。

「スティフィちゃんはミアちゃんのそばにいると思ってたんだけど、こっちに来るのか?」

 マーカスと同じく鰐に乗っているエリックが会話に入り込んでくる。

 竜に乗っているとでも考えているのか、竜好きのエリックもかなり上機嫌だ。

 スティフィにしたら珍しくエリックにまともに答えてやる。

「まあ、外道種が集まっちゃったの、少しだけ私のせいらしいし、デミアス教の教義的にこちらにも参加しないといけないのよ」

「デミアス教にそんな教義が?」

 そう聞き返してきたのはエリックではなくマーカスだった。

 スティフィはマーカスに対して何とも言えない表情を見せた後、

「まあ、願い、というか欲望に関するものだと割とあるのよ」

 と、伝えた。

 自分の力に似合わない無謀な願いを抱くものはその身を滅ぼす、なので自らの欲望から出た後始末は自らの力でしなければならない。

 これはデミアス教の教義と言うより、後からできた一種の規律のようなものだ。

 欲望を是とするデミアス教でも人の集まる集団ではあるのだ。

 力無き者が際限なく欲望を望めば、それは周りを巻き込んでの破滅に繋がる。

 それを防ぐため、というのもある。

 またそれと同時に力無き者は力ある者に従いその願いを、その欲望を、力ある者に叶えてもらうための物でもある。

 それは上の者が下の者に服従を強いるものではあるが、上の者も下の者の欲望を叶えてやらなければならなくなる一種の契約のような物となっている。

 力無き者も力ある者に従うことで、自分に不釣り合いな欲望を叶えてもらうことが出来るのだ

 これがあるからこそ、デミアス教と言う宗教が組織として成り立っている。

 自由を謳っている宗教ではあるが、真に自由なのは自らの望みを、その欲望を叶えられる強者のみだけだ。

 それがデミアス教というものだ。

「なるほど。欲望の宗教ですからね」

 スティフィの返答にマーカスも納得する。

 そこへ、グランドン教授が彼の助教授を伴ってやってくる。

 助教授達に交じって、ティンチルで出会った使い魔の操者、ライアンの姿もある。

「おんやぁ、スティフィ君ではありませんか。あなたはミア君についているものばかりと思っていましたが」

 グランドン教授のその言葉は、少し遅れてやってきた数体の鉄騎が放つ足音と駆動音によってかき消される。

 スティフィの耳には届いていたが、スティフィはあえて聞こえなかったことにする。

 先ほど同じことを聞かれたばかりであるからだ。

「こんばんは。グランドン教授。教授自らでられるんですか?」

 スティフィはグランドン教授が外道退治に参加していることに驚きはしつつも、ティンチルでの使い魔大会の時も外道を自分で倒していたという発言を思い返す。

 スティフィ的には研究室や工房に篭って使い魔ばかり作っている教授と勝手に思っていたが、意外と活動的な教授なのかもしれない、と認識を改める。

「ふむ、今日は、まあ、新生ライアン君のお披露目会、といったところですな」

 そう言ってティンチルの使い魔大会でミアに、というよりは荷物持ち君に手も足も出なかったライアンに注目を注ぐ。

 ライアンも敬愛する教授に注目され高揚し恭しくしている。

 その様子を見ても、どこがどう変わったのかスティフィにはわからない。

「その割には連れてる使い魔、鉄騎なんですね」

 流石にグランドン教授は鉄騎ではなく銀色の人型の、スティフィから見てよくわからない使い魔を連れてはいるが、その他の助教授やライアンが連れている使い魔は鉄騎と言う種類の使い魔だ。

 多少専用の改造はしてあるかもしれないだろうが、騎士隊が良く使う使い魔である鉄騎であることに変わりはない。

「まあ、騎士隊への協力という形ですからな。それはいかしかたありませんよ。鉄騎は数をそろえて真価を発揮するところもありますしな。それに外道種の素材は何かと面白いものが多いので、なるべくこういった機会には参加はしておきたいですからな」

 グランドン教授の何気ない言葉にスティフィは驚愕する。

 悪しきものである外道種、その死骸をも利用しようとするグランドン教授にスティフィも驚きを隠せない。

 神への信仰が厳格な北や西の土地では、それだけで異端扱いされかねない発言だ。

「使い魔にでも使うんですか?」

 だが、南の出身であるマーカスは、当たり前とばかりにグランドン教授に質問を投げかける。

 その問い自体にはグランドン教授は答えない。それが答えのような物ではあるが。

「これはこれは、マーカス君。君が我が物顔で乗っている鰐。元々は我に届けられるものだったと聞き及んでいますよ」

 そう言ってマーカスが乗っている白竜丸をその眼で観察する。

 恐らくグランドン教授がわざわざここに来た理由は、この白竜丸をその眼で見ることなのだろう。

 自分に届けられるはずだった鰐と言う珍しい生物を見に来たのだ。

「でも今はミアの物ですよ。俺はそれを借りているだけです」

 マーカスは笑顔で即座にそう言い返した。

 その言葉には白竜丸の所有権はミアにあり、教授だからとはいえそう簡単には渡さない、と言うマーカスの意志が込められている。

 とはいっても、ミアは既にこの鰐のことを、いらない、と明言してはいるのだが。

 だから、マーカスが面倒を見ているだけだ。

 恐らくグランドン教授がミアに鰐を返してくれ、と言えばミアはすぐに首を縦に振ることだろう。

 あるいはマーカスにあげたものだから本人に聞いてください、と、それくらいは言うかもしれない。

「私もそこにはとやかく言いませんよ。もう何年も前のことですし。取り寄せを依頼した業者には補填もいただきましたしな。ただ後で少し調べさせていただけはしませんかね? なに、傷などはつけませんよ。呪術に対する鰐の免疫性というものを調べたいだけですので」

 元よりそのために取り寄せたのだ。

 使い魔は何かと壁役にされることが多い。

 そう言った意味ではほぼ完全に近い呪術や呪いへの免疫を持つ鰐と言う存在は、グランドン教授にとって詳しく調べるに値する生物なのだ。

 ただグランドン教授が調べた限りではだが、鰐の皮を使った使い魔を作ったからと言って呪術に免疫のある使い魔が作れるわけではない、とのことだ。

 なのでグランドン教授もそれほど興味深いとは思ってない。

 それでもグランドン教授という男は気になりはする。なにせ彼は珍しいものに弱い。

 それが白子の竜王鰐ともなれば猶更だ。

「まあ、俺は構いませんが、一応言っておきますと、今この白竜丸が大人しくしているのは卵とはいえ竜王の支配下だからですよ。その卵の主であるミアの許可は取ってくださいね」

 マーカスもこれだけは嫌がらせで言っているわけではない。

 この鰐がマーカスの言うことを聞くのは、ミアからその所有権を認められているからであり、ミアが、またはミアが所有する竜王の卵が、非とすればマーカスがどうのと言う話ではないのだ。

 そして、それが原因で鰐が暴れれば、この鰐をそう簡単に止めることはできない。

 スティフィの使徒魔術どころか、オーケン大神官が用意した呪具の効果をも結果として跳ねのけているのだ。

 竜王の卵がなければ、捕獲は困難を極め大人しくさせるにはその命を絶つしかない。

 だが、呪術どころか魔術にすら強い耐性を持ち、その硬い皮と鱗は鉄の剣ですらそう簡単に通さない。

 そんな生物を容易くどうにかできるわけはない。竜王鰐の名は伊達ではないのだ。

「ふ、ふむ…… それはまた荷物持ち君に貢がないといけませんね、これは……」

 グランドン教授は荷物持ち君が喜びそうな素材を頭の中でいくつか挙げて、その中で在庫が豊富な物で検討を進め始めた。

 ただグランドン教授も、それが嫌と言うわけではない。

 泥人形という使い魔としては最低位の使い魔がどこまで強くなるのか、それはその眼で見て見たいと思っている。

 恐らく古老樹という上位種が人間の使い魔になるようなことは、もう二度と起きやしない珍事でもある。

 そして、その使い魔である荷物持ち君は、現在最強の使い魔と名高い守護騎オーゼンブルグをも凌ぐでのはないかと、そうグランドン教授は期待を寄せている。

 荷物持ち君が守護騎オーゼンブルグを打ち破る姿を見れるのであれば、それらの出費はグランドン教授にとって安いものである。

 またその使い魔に自分が関われているのであるならば、むしろ喜んで手を貸す話でもある。

 グランドン教授も中央の王都にのさばる神から与えられた使い魔に頼りきりであり、自ら使い魔を作ることを諦めた使魔魔術師ともいえないような連中のほえ面を見られるのであれば、それこそ喜んで手を貸すことでもある。

 ついでに上位種である古老樹の朽木様が施した制御術式は、グランドン教授が数度見たところで欠片も解析できるものではなかった。

 いや、人間と言う存在が理解できるようなものではなかったので、グランドン教授もそちらのほうは半ば諦めてはいるのだが、諦めきれずにいるところもある。

 まあ、グランドン教授にも荷物持ち君に肩入れする理由はいくつもあると言うことだ。

「教授がどんどん餌をやるから、あの泥人形えげつないですよ。俺じゃもう相手にもらないっすよ」

 エリックがそんなことをぼやいている。

「それは元々でしょう。我がやっていることなど些細な相違でしかないですよ」

 グランドン教授はなにを言っているのだ、と言う目をエリックに向けるが、エリックは特に気にしている様子はない。

 そこへ珍しく、人付き合いが苦手と噂のカーレン教授がやってくる。

 そして、グランドン教授に気づき軽く無言で会釈した後、マーカスに声をかける。

「お前がマーカスか?」

「え? はい、そうですがなんですか?」

 予想外の人物に話しかけられ、マーカスは少し戸惑う。

 カーレン教授も去年からこの学院の教授となった人物で、使徒魔術、特に悪魔の力を使う黒魔術と呼ばれる魔術の専門家だ。

 ついでに悪魔崇拝者であり、神ではなくその御使いを崇拝している珍しい人物でもある。

 話ではウオールド老がどこからか見つけた来た人物らしいが、その使徒魔術の腕前は、同じく使徒魔術の教授であり太陽の戦士団の神官長でもあるローラン教授も認めるほどだ。

「冥府の神デスカトロカの信者を探していると聞いてな。それになら心当たりがある」

 マーカスの境遇を聞き、それを理解しわざわざ探し会いに来てくれたようだ。

 顔に大きな火傷のような跡を負っていて近寄りがたい風体なのは確かだが、その性格はかなり律儀なようだ。

「それは本当ですか?」

 嬉しそうにマーカスが答える。

「ああ。お前も冥府の神デスカトロカと縁を持っているそうだな。後で…… むっ、この掃討戦が終わったら、そやつの居場所を教えてやろう」

 カーレン教授は周りがどよめきだしたので、会話を中断した。

 どうも出発が近いようで、ここで長々と話込んでいる暇はなさそうだ。

 この掃討戦は速攻の強襲だ。一度行軍が始まったら話している暇などない。

「ありがとうございます」

「ただ、少し…… まあ、偏屈な男だ。対応には気を付けてくれ」

 手短にそれだけを伝えて、カーレン教授は自分の持ち場へと返っていく。

 カーレン教授も一部隊の将として兵を騎士隊から預かっている。

 元よりこの学院の教授として、そう長々と持ち場を離れるわけにもいかない。

「わかりました」

 と、去り行くカーレン教授にマーカスが声を書けると、更に強いどよめきが起こり、一部では掛け声が上がり始めた。

 それだけではなく喇叭も鳴り響く。

「おっ、旗もあがったぞ! おしゃべりはここまでだな」

 エリックが嬉しそうにそう言った。

 エリックもマーカスも、そして、スティフィも正規の騎士隊ではない。

 その役目は取りこぼしの逃げ出した外道を狩る遊撃隊で、その出番はほぼないかもしれない。

 まだ鰐の背にある鞍に余裕があったので、スティフィもエリックの後から抱き着くように鰐に乗る。

「そういやあんた、謹慎中じゃなかった?」

 そして、行軍が始まる中、エリックにそう声を掛ける。

「うっひょ! これに参加することで帳消しになったよ」

 スティフィに背中から抱き着かれ、エリックは歓喜の声を上げてから答える。

「二人とも口を閉じてください。舌を噛みますよ。乗り心地はあまり良くないですからね」


 白竜丸の乗り心地は確かに良くなかった。

 それに馬に比べて背がかなり低いため、速度はそれほど出てないが体感では速度がかなり早く感じられる。

 それだけに乗り心地が悪い。

 しかも低木などをまるで気にせず雪を中を、そのすべてをなぎ倒して直進するため、その背にある鞍に乗っていても、掻き出された雪を頭からかぶったり、木々の枝などがぶつかったりして来ている。

 スティフィはそれをエリックを盾にすることで被害を最小限にしていたが、下り坂で白竜丸が鎧の腹をソリの様に使い滑り出したときは流石に声を上げた。

「ちょ、ちょっとこれ平気なの?」

「わ、わかりません! でも場所は黒次郎を白竜丸に同調させて伝えてあるので、外道種が居る場所へと向かってくれ…… うおぉぉぉぉぉっ!」

 マーカスの言葉は途中で叫び声に変わった。

 スティフィが慌てて前方を確認すると小さな谷があった。

 そこへ白竜丸は勢いよく滑り降りて行っているのだ。

「ちょっ!」

 と、スティフィも声を上げ、

「やっほぉぉぉぉっぉぉ!!!」

 と、エリックが歓声を上げた。

 そして、雲で月が覆われた夜空を白竜丸が舞った。


 無事かはどうかはともかく対岸まで飛び着地した白竜丸は何事もなく物凄い勢いで前進していく。

 既にマーカスの握る手綱は意味をなさず、白竜丸に落とされないようにしているので精いっぱいだ。

 白竜丸は背に乗せている人間などお構いなしとばかりに、ひらすらにどこかへと向かいばく進して行く。

「ちょっ、ちょっと、他の連中と離れて行ってるけど平気なの? というか、鰐ってそんな長距離を移動できんの?」

 明らかに白竜丸は騎士隊の一団からは離れて行っている。

 すでに遊撃部隊だからという範疇を超えている。

「わ、わかりません! そのあたりの実験をか、兼ねての……」

 マーカスの発言の最中に白竜丸が藪に突っ込み遮られる。

 物凄い勢いで白竜丸はどこかへと止まることなく突き進んでいる。

「と、とりあえず、黒次郎と感覚を共有させているので、外道種が集まっているところには向かってくれているはずなのは、ま、間違いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

 白竜丸が再び坂を滑り降り始める。

「こ、これ、山を越えるっていうよりは谷底に向かってない? 降るというか、滑り降りている方が多いでしょう! それに目的地は北西って聞いたけど、西には行ってなくない?」

 スティフィがうっすらと雲に隠れ見える月の位置、それと地形からそれとなく方向を割り出すと、白竜丸は外道種達が集まっていると言われている北西方向ではなく、真北の方に向かっているように思える。

 ただ流石にスティフィもこの状況でどの方向かまでは確かな自信がない。

 しかも、騎士隊の一行とはぐれてから、それなりに突き進んでしまっている。

 そんな時だ、マーカスは白竜丸の制御を取り戻そうとして必死で気づかなかったが、白竜丸が滑り降りる遥前方に怪しい集団をエリックが見つける。

「って、いたぞ、あの奇妙な集団、外道種だろ!」

 エリックが叫ぶように声を荒げる。

 白竜丸が突き進む先、その遥先に凍り付いた谷底を行く奇妙な集団が確かに存在している。

 その集団一つ一つの影が異形だ。

 まだかなり距離があるが、それが獣でも人でもないことが一目でわかる異様な集団だ。

 敵意にも満ちた禍々しい気配をマーカス、エリック、スティフィが肌で感じとる。

「移動していた? すでに学院のこんな近くまで? 谷底を使って? エリック! 信号弾を上げろ!! かなりの量がいるぞ! あれが恐らく外道種の本隊だ! 騎士隊に知らせるんだ!」

 マーカスが状況を判断し終え、エリックにそう告げる。

「いや、今は無理だろ! 鞍から片手でも離したら投げ出されるぞ!」

 エリックの反論はもっともだ。

 気を抜けばこの白竜丸から投げ出されるだけだ。

 それほどの速度と荒々しい乗り心地なのだ。

 だが、このまま白竜丸が滑り続ければ、外道種達のど真ん中に突撃しかねない。

 なのに、白竜丸は止まる気配すらない。

 むしろ望むところとばかりにその手足を動かし加速し、尻尾で方向を変えど外道種達の真ん中に向かっている。

「信号弾はどこよ、私がやるから!」

 スティフィもどんな外道種が居るかわからないが、流石にあの量の外道種は自分達だけではどうにもならないとばかりに動き出す。

「せ、背負い袋の中だ! 割とすぐの上のほう!」

 エリックが必死にそう伝えて来るので、スティフィはどうにかしようと思った。

 だが、スティフィ自身も忘れていた。

 自分の左手はもう動かないことを。

 流石にこの状況下で手を離せば、スティフィの体幹をもってしても白竜丸の背から投げ出されるのは防ぎ様がない。

「あー、左手動かないんだった……」

 スティフィのその絶望に満ちた小さなつぶやきが、谷底へと滑り落ちる雪をかき分ける轟音の中、エリックとマーカスには確かに聞こえた。


 白竜丸は一番大きな外道に狙いを定める。

 あれが今日の獲物だとばかりに。

 外道種は青白い炎で明かりを得ていたので場所を特定するには苦労しなかった。

 その明かりの中心を目指し一直線に、尻尾を舵代わりにして、中心にいる一つ目で一本足の大きな外道種に向かい、その口を大きく開き白竜丸は突進する。


 一瞬、白い竜とも見間違うその生物に一つ目の外道は驚くが、ここまで来ているのだ、相手が竜であれ、なんであれ、もう引くわけにもいかない。

 我らは積もりに積もった恨みを晴らすためにと、遥々やって来たのだ。

 一つ目の外道はその邪眼の力を使い滑りくる相手に術をかける。

 これで相手は金縛りにあい身動き一つできなくなるはずだ。

 あの白い竜のような生物はかなりの速度で滑り降りてきている。

 制御できなくなればその勢いを殺しきれず谷底で激突する。それだけで助かりはしないと、そう一つ目の外道は考えていた。

 だが、滑り落ちて来るその白い生物に邪眼が効いた手応えがまるでない。

 一つ目の外道はその一本しかない脚を踏ん張り、大きな両手を掲げ迎え撃つ体制をとる。


 金縛りの術など意にも留めない白竜丸は直前で尻尾を地面に強く叩きつけ、その巨躯を大きく空へと浮かび上がらせる。

 それに合わせてスティフィは自ら白竜丸から一早く飛び降りる。

 マーカスの危険を察知した幽霊犬の黒次郎はマーカスの襟を咥え、無理やり白竜丸から脱出させる。

 エリックだけが、なにも行動できずに白竜丸の鞍にしがみついている。

 その丸太のように太い外道種の腕に、白竜丸は飛び掛かり大きな口で噛みつく。

 白竜丸の圧倒的な咬合力とその鋭い牙に、一つ目の外道がたまらずに大きく呻き声をあげる。

 そこへ一匹の四足獣、一見して狐や狼に見える獣が素早くやって来て白竜丸に呪詛の炎とも言える青白く猛々しく燃える火を浴びせるが白竜丸はそれさえも意に介さない。

 この寒い中で暖かくしてくれて喜んでいるようにすら見える。

 その青白い火が白竜丸へと燃え移ることもない。

 その事実にその四足獣の外道種、妖狐が驚く。

 ただ、その白竜丸の背にしがみ付いているエリックには、その青白い炎がしっかりと燃え移り大慌てで投げ出されるように逃げ出していた。

 雪の上を転げまわりやっとの思いで、エリックはその青白い炎を消すことに成功する。

 そんなエリックに自力で白竜丸から脱出していたスティフィが声をかける。

「エリック! 早く信号弾の用意を…… もう遅いかもしれないけど持ちこたえているうちに援軍が到着するのを祈るわよ」

 そのスティフィは険しい表情を見せて、取り囲んできている外道種達を睨み着けた。

 少なく見積もってもその外道種達の数は百を超えている。

 エリックやマーカスの目にはまだ映らないだろうが、夜目も利くスティフィの目には数十どころではない外道種に囲まれた絶望的な情景が映っている。

 しかも、スティフィ達はその外道種達のど真ん中にいる。これではそう簡単に逃げることすらできない。

 だが、それらの間に割って入るかのように、一つ目一本足の外道の腕を噛み飽きたのか、白竜丸がその巨躯を横たわらせた。

「不味いですよ」

 と、黒次郎によって白竜丸から無事脱出できたマーカスが茫然とした表情で言う。

「そんなの見ればわかるでしょう」

 と、スティフィが苛立ちながら吠える様にスティフィが答える。

 ただ見てこの状況がわかるのは、夜目の利くスティフィだけだ。

 マーカスやエリックはこの絶望的な状況をまだ理解できていないはずだ。

「白竜丸、ミアから距離を取ったからか、制御がまるで利かなくなっているんです!」

「は?」

 マーカスは先ほどから必死に白竜丸に命令を飛ばしているのだが、白竜丸からの返答はない。

 完全に白竜丸に無視されている。

 魔術的なつながりは切れてはいないが、竜因子による強制力は効果がとても弱まっているように思える。

「即座に我々に襲いかかる様な事はしなさそうですが……」

 マーカスの言う通り、一応白竜丸はマーカス達を庇うように、外道種達との間に立ちはだかっている。

 だが、その凶悪な尾っぽが勢いよく左右に勢いよく振られており、それにまともに当たればただじゃ済まされそうにない。

 鰐は嬉しいからと言う理由で、その尾っぽを振ることはない。

 白竜丸はたくさんの獲物を前にして、興奮し気が粗ぶっているだけだ。

「ここはこの鰐に任せて一旦逃げるわよ」

 スティフィは現状見てすぐにそう判断する。

 現状ではこの量の外道種相手に勝ち目はない。

 いや、逃げることもままらない。

「いやぁ、この数に囲まれて逃げられるか?」

 エリックが背負い袋をいじりながらそんなことを言った。

 辺りは暗くよく見えないがエリックの見える範囲には外道種がうじゃうじゃいる。

 エリックが呑気なのは、その性格からか、エリックの視界にはそこまで多くの、なんとかなると思える量の外道種しか見えていないのか、それは判断がつかない、と言うよりもそんなことを気にしている余裕もスティフィにはない。

「私だけなら逃げられる」

 白竜丸、それとマーカスとエリックも囮にすれば、自分だけはなんとか帰れる自信はスティフィにはある。

 ミアには嫌われることになるかもしれないが、ここで死ぬよりはマシだとスティフィは即座に判断し、それ以外のことに見切りをつける。

「いんや、ここで出来る限り倒させてもらいますよ」

 スティフィの言葉に、神よりミアを守る使命を貰ったマーカスがスティフィに反論し、使徒魔術の触媒である杖を構える。

 マーカスにも外道種達の総数は見えていないはずだ。

 だが、マーカスはそんなことは関係ないとばかりに、はなから命を懸ける気でいるかのようだ。

 その杖はスティフィには向けられてはいないが、この戦いに付き合ってもらうとばかりに、スティフィにも意識が向けられている。

 それにスティフィが気づかない訳もない。

 これではスティフィも逃げるに逃げれない。

 スティフィが初めにマーカスを殺すべきか迷う。マーカスを殺して逃げられるのかも頭の中で計算する。

 そして、マーカスを殺した場合、白竜丸がどう出るか、それを考えると安易に答えを出せずにいる。

 なにもかもがギリギリの状態だ。

「貴様ら、あの魔女の仲間か!?」

 スティフィが判断できずにいると、一つ目一本足の外道が白竜丸に噛みつかれた右手を血塗れにさせながらも、飛ぶように跳ねて地面を揺らしながらスティフィ達の前までやって来て言葉を発した。

 その外道種が発した言葉が、共通語と呼ばれる人間の言葉だったので、スティフィもマーカスも驚きを隠せない。

 外道種達の中で共通語を理解し、話すものは極端に少ないはずだ。

「共通語? それより魔女って…… ミアのことかしらね? それは門の巫女のことを言っているの?」

 挑発するように、半ばやけくそで、逃げることをあきらめて剣を抜き放ち、それを構えながらスティフィは聞き返す。

 抜き放たれた剣は刺殺剣の類ではあるが、随分と剣身が随分と肉厚で頑丈に作られている。

 外見だけで見れば細身のスティフィが振り回すような剣ではない、大剣に分類されるような大型の刺突剣だ。

 念のため長期戦にも耐えうるものを選んで持ってきているのだが、荷物を増やしたくなかったし、なにより準備する時間もなかったので持ってきている剣はこれ一本だけだ。

 それを一つ目の外道へと向けている。

「門の巫女だと? この近くにいるのか!」

 だが、一つ目の外道から返って来た言葉はスティフィの予想していなかった言葉だ。

「は? え?」

 スティフィも素でそんな言葉を発し、一瞬頭が真っ白になる。

「ん? なんだ、おらぬのか?」

 外道種の方もスティフィの反応に訳がわからないと言ったように聞き返してくる。

「魔女って誰よ……」

 スティフィが嫌な予感を感じながら、そう聞くと、

「我らが沼地に我が物顔でのさばっていた人間の魔女だ」

 と、怒りを露わにしてその外道種が罵るように、呪詛を履くかのように、憎々しげにそう言って来た。

「それを追って、ここまで来たの?」

 この外道種が言っている魔女にスティフィもエリックもマーカスも心当たりがある。

 それが、その人物が元住んでいた場所となると中央の内陸部東部の沼地だ。

 そんな遠く離れた地から、アビゲイルを追ってこの外道種達はやって来たと言うことになる。

 どれだけの恨みを買っているのかも想像がつかない。

「そうだとも。だが、門の巫女がいるとなれば、これは運が良い。共々に食い殺して始末してやろう」

 一つ目の外道種はそう言ってその全身のほとんどを占める巨大な赤い顔を笑わせた。

「あ、あのクソ女! アビゲイルの奴は学院にいるわよ、さっさとそっちに向かえ!」

 スティフィがやけくそでそう叫ぶと、その言葉に騎士隊訓練生のエリックが驚く。

「え? ス、スティフィちゃん?」

 騎士隊希望のエリック的には、アビゲイルがどうのよりも、戦略的撤退ならまだしも、外道種を見逃す方が信じられない。

 外道種を見かけたら殲滅する。それが騎士隊の本分だ。

 ただエリックは自分達を取り囲んでいる外道種達の総数を確認できていない状況下ではあるが。

「ここまでやられて、そのまま帰すわけがなかろう?」

 一つ目の外道種がそう言って両手を威嚇するように揚げる。

 白竜丸に噛みつかれた右手は既にずたぼろにまでなっており、見ているだけでとても痛々しい。

 そこからどす黒い血が今もどくどくと流れ出ている。

 人間であれば、たいそうな怪我だ。

 確かにそこまでされたなら、ただで済むわけもない。

 だが、グルルルルゥと外道種の威嚇を受けて白竜丸も低く唸り返す。

 その唸り声に、一つ目の外道が一瞬たじろぐ。

 一つ目の外道としても初めて見るこの竜のような生物に、多少なりとも恐怖を抱いているようだ。

 そこに、プシュゥ~、と何かが打ちあがる音が鳴り光が夜空へと昇っていく。

 エリックが信号弾をやっと見つけ出し、打ち上げたのだ。

 そして、暗い真っ暗な夜空に、外道種との会敵を意味する赤い光が煌々と灯る。

 その光に映し出された外道種の数に、エリックとマーカスが絶句する。

 辺り一面を様々な外道に取り囲まれている。

 戦うどうの以前に、ここから逃げることも不可能だ。先ほどからやけにスティフィが苛立っている理由も二人はやっと理解できた。

 これは今あげた信号弾を見て、今すぐ援軍が向かってきても助かりはしないと。

 それだけの外道種に囲まれている。

 そして、図らずともそれが開戦の合図となった。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。



 今回のお話は、珍しくタイトル通りだな!




 ついでに、マーカスくんの目を通してみているオーケンさんは大笑いで大満足してます。

 もちろん、それで助けに行くような人物ではないですが。



 さらに捕捉、この世界の悪魔崇拝者は、特に邪悪な狂信者と言う位置づけではないです。

 この世界の、魔術的な意味合いでの「悪魔」は、神に自由意志を与えられた御使い、と言うだけです。

 変な話ですが、善神の御使いでも自由意志を持っていれば、魔術的には悪魔と分類されることになっています。

 もちろん人間達が勝手にそう言っているだけですが。

 なのでカーレン教授がとりわけ悪人と言うわけではないです。

 ただ御使いは神に仕える存在であり、御使い自体を敬っていても、それ自体を崇拝したりする人は少ない世界となっています。

 どうせ崇拝するなら、その主たる神の方を崇拝したほうが良いので。

 なので、天使や悪魔、それ自体を崇拝している人は珍しいのです。




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