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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

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真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その6

 ふとミアが窓の外に目をやると、厚い雲の隙間から赤く染まった空が見えていた。

 珍しく今日は雪が降ってもいない。

 この暖炉がある暖かで豪華な部屋にて優雅に、出がらしでないお茶を飲んでのんびりと過ごしていたら、もうそんな時間と少しミアが驚く。

「もう夕方なんですね、ご飯食べに行かないと……」

 お茶と茶菓子でお腹は満たされてはいるが、それはそれとして夕食を食べなくてはならない。

 なぜなら、夕食とは夕方に食べるご飯だからだ。そこに理由はない。

 しいて上げるとするのならば、食べられるときに食べておく、特に冬場は。と言うのがミアの故郷、リッケルト村での生き残るための格言ともいうべきものだからだ。

 ミアにとっては多少腹が膨れているからと言ってご飯を抜く理由にはならない。

「もうしばらくすれば、お食事がこちらに届きますのでご辛抱ください」

 ミアのその言葉を聞いた、ルイーズの給仕であるマルタが答える。

「え? ご飯もここで食べるんですか?」

 そう言って自分の膝に寄りかかるように寝ているディアナからずれ落ちた毛布をミアが被せ直す。

 そうするとディアナが寝返りというほどではないが、ミアの膝の上でもぞもぞと動き何かこそばゆい物を感じる。

「はい、こちらで食べていただきます。それとこの部屋には厠や浴室も専用の物がついているので心配いりません」

「浴室? お風呂なんてあるんですか? そういえばルイーズ様が共同浴場に行くのを見たことないですね……」

 部屋に個別に厠や浴室がついているなどミアからすると驚きだ。

 豪華な客室なだけでなく、この部屋だけでもある程度不自由なく暮らしていけるのではないか、ミアはそんなことまで感じてしまう。

 なにせお茶や茶菓子なら、ミアがいくら飲み食いしても次から次へと出てきている。

 それと今の話を踏まえると生活に必要な物がすべてそろっているようにミアには思えてしまう。

「まあ、そりゃそうでしょうね。ところでミア」

 ずっと物静かに何かを考えていたスティフィが改まってミアに語り掛けた。

「なんですか?」

「私はしばらく留守にするから」

 スティフィの言葉にミアは少し驚いた。

 ミアが危険な時はずっとそばで守ってくれていたはずのスティフィが、今まさに危険だからとこの部屋に避難してきているのにミアを残して留守にするというのだ。

「え? なんでです?」

 今は、ミア的には大して危険を感じてはいないが、危険が迫って来ているはずとミアは大人しくこの部屋で、無限とも思える感じで茶菓子と美味しいお茶が出て来るこの快適な暖かい部屋で怠惰な時間をむさぼっていたのだ。

 それはそれで、十分すぎるほどに堪能したミアではあったが、ミアには使命がある。

 講義が休みの期間ではあるとはいえ、自分の工房も持っているのだ。

 魔術の研究をしたい時期でもある。

 ミアは魔術を学ぶために、この学院に来ているのだから。

 美味しいお茶を飲むためにこの学院に来ているわけではない。

 それはミアにとっては自分の命よりも大事なことなのだ。

 それでも周りに迷惑が掛かるからと、一時的にではあるが安全なこの場所に篭っている。

 スティフィはそんなミアを置いてどこかへと行こうというのだ。

「この騒動の原因の一端が私にあるとしたら私も働かないといけないのよ、デミアス教的に。そんなわけで私も騎士隊を手伝ってくる」

 そう言われるとミアも止めようがない。

 宗教のことはミアにはまだ良く理解はまだできないが、それを神様が決めたことと置き換えれば、その重要性はミアにも理解できる。

「そうなんですね、なら仕方ないですね、心細いですが」

 スティフィの狙い通り、ミアはスティフィに依存してきている。

 とくに精神的依存は大きい。

 この地は本来の生まれ故郷なのかもしれないが、ミアにとっての故郷はやはりリッケルト村であり、ここは遠く離れた地で知り合いもいない中で、自分の傍にいてくれたミアにとっての初めての同世代の友人なのだ。

 それに依存しないはずがない。

「なんかあったら荷物持ち君とディアナを頼りなさい、あー、あと精霊も一応ね」

 ミアも精霊魔術の講義を受け、精霊の制御方法を学んではいるが、ミアに憑いている精霊は力が強すぎてそう簡単に制御できるものではない。

 この学院の精霊魔術の教授であるカール教授からしても、ミアに憑いている精霊は力が強すぎるため、下手に干渉しないほうが良い、としている。

 下手に干渉すれば、この地を洪水が襲うことになりかねない、とカール教授は危惧しているほどだ。

 精霊の考え方と人の考え方では大きなずれがある、ただ命令を伝えればよいだけの話でもない。

 その精霊の考え方を理解し、通じ合い、初めて自由自在にその精霊を使えるようになる。

 自我が希薄な精霊であるならばそれはたやすいが、長い年月生き力をつけた精霊は独自の自我というものを持ち始める。

 それを把握していないと一歩間違えば、この学院とて壊滅しかねない、それほど力を持つ大精霊がミアに憑いているのだ。

 恐らくミアを狙う存在にとっては最後の難関になる。ミアが命令をくださなくともその精霊はミアを守るのだから。

「そう言えば、ミアちゃんにはかなり力の強い精霊が憑いてるって話ですよねぇ、どんな精霊ですか?」

 アビゲイルの義眼では魔力の流れを見ることはできても、精霊を見ることはできない。

 そして、一度精霊に取り込まれてしまった魔力もアビゲイルにはもう見ることはできない。

 それ故にミアにどれほどの精霊が憑いているのか、アビゲイルには見当がついていない。

「スティフィの天敵です」

 そんなアビゲイルに向かい知ってか知らずか、ミアは嬉々としてそう答えた。

「いや、まあ、そうなんだけど…… アビゲイルとディアナ、二人ともミアのことを頼んだわよ」

 スティフィが二人にそう言うと、

「巫女様、守る、守る、守る……」

 ディアナが半ば寝言のようにそう繰り返した。

 半分寝ているようだが、一応は意識は起きてはいるらしい。

「任せるも何も、この部屋に危険が及ぶようなときは学院が壊滅しているような時でしょうし、そんな場面では私の出番はないし、そうなったら私ではもう手の打ちようがない時ですよぉ」

 アビゲイルからはそんな返答が返って来た。

 そして、それはその通りだ。

 護衛者である荷物持ち君と大精霊が憑いている限り、人間の護衛などあまり意味がない。

 もちろん、その身に御使いを宿すディアナは例外ではあるが。

「それは…… そうでしょうけども。まあ、そんなわけでミアはここにいれば安全だからね。私は私の仕事をしてくるから、ミアもここで大人しくしてるのよ」

「はい、スティフィもお気をつけてください」

 ミアは大人しくスティフィを見送った。

 宗教での決め事、と言われたらミアも何も言えない。そのおかげでスティフィはミアの傍に居続けてくれるようなものなのだから。

 ただミアは少し不安そうな表情を見せた。

「はいはい、じゃあ、行ってくるから、大人しくしてなさいよ」

 そう言って右手を振りながらスティフィは振り替えもせずに部屋を出ていった。

 そして、やることもなく心配になったミアが、

「今、山にいる外道種ってどんなのがいるんですか?」

 と、アビゲイルにそう聞いた。

「あら、スティフィちゃんのこと心配なんですかぁ?」

 アビゲイルがからかうようにそう言うと、ミアは少し怒ったように、

「当たり前ですよ、親友なんですから心配ですよ」

 と、当然とばかりに言った。

 それで毒気を抜かれたアビゲイルは素直に自分が見かけた外道種の評価を告げてやる。

「からかいがいがないですねぇ。まあ、たいしたのはいないですよ。スティフィちゃんの腕なら問題ないですねぇ」

「流石スティフィですね」

 そう言ってミアがなぜか息巻いた。

「私が見かけた中で一番厄介そうなのは、一本足の赤鬼ですかねぇ。古くから各所の山に住む外法で、特に決まった名前もない奴ですね。大きな一本足に大きな赤い顔だけがついた鬼で顔から両腕が生えた変な奴ですよぉ」

 そう言ってアビゲイルはその姿を思い出してケタケタと笑った。

「それは…… 一つ目の赤鬼の話ですか? かなり強い外道種のはずですが?」

 マルタは驚いた表情を見せた。

 主のいない山に住み着く外道種であり、人食いの外道種でもある。

 決まった名前がないのは、単に山のヌシと言われたり、その山の名前そのもので呼ばれたりするためだ。

「え? そう? 特に術を使うわけでもないし、ちょっとしぶとい位で特に注意するところないじゃないですか」

 そう本気で言ってくるアビゲイルに、マルタは目を細める。

 そして、マルタはこのアビゲイルと言う人物の力量を、まだ見誤っていたことを再認識する。

「ミア様、この方の話はあまり信じてはいけません。この方の基準で大した外道種じゃないのかもしれないですが、一本足で一つ目の赤鬼はかなり危険な外道種ですので」

 そもそも、山のヌシとまで言われるような外道種がアビゲイルの言うような雑魚であるわけがない。

 神の住んでいない山を不当に占拠しているとはいえ、山のヌシとまで言われるような存在なのだ。

 少なくともその山の中では一番強い存在である。

 アビゲイルは、そんな存在を大した連中じゃない、の一言で片づけられるほどの実力者と言うことだ。

「え? スティフィ大丈夫なんですか?」

 ミアは心配そうな顔を隠しもしない。

「単独ではなく騎士隊として参加なされるなら、まず問題はないかと。それにルイ様が派遣した騎士団の方も増援も期待できるはずですので」

 マルタの言葉を聞いてミアは安堵の息を吐き出す。

 それにマルタは口には出さないが、ルイのミアへの執着を考えれば、恐らく元外道集の人間も数人その騎士団と共に派遣されるはずだ。

 彼らが来るのであれば一つ目一本足の赤鬼の外道など物の数ではない。

 その名の通り外道狩りの専門家なのだ。

「ついでにその赤鬼はどんな外道種なんですか?」

 ミアは興味が出てきたのか、暇を持て余しているのか、そんなことをさらに聞いてきた。

「んー? 一言で言うと、怪力自慢ですかね? 人を手で掴んでそのまま大きな口に入れてバリボリと噛み砕く様な奴ですよぉ、手で掴まれなければ問題ないですねぇ」

 アビゲイルが思い出しながら、その外道種のことを思い出す。

 それを聞いたマルタが補足というか、訂正をする。

「その大きな一つ目の瞳には人を惑わす催眠効果があるずです」

 マルタが憮然としてアビゲイルに突っかかる。

「あれ? そういえばそうだっけかな? 私には効果ないので忘れてましたねぇ。まあ、スティフィちゃんなら平気でしょう」

 そう言ってアビゲイルは今度はスティフィの瞳を思い出す。

 普通の瞳ではない、常人には見えない魔法陣がいくつも刻み込まれた痛々しい瞳。

 あの瞳であれば、外道種の邪眼も無効化できないまでも軽減は可能だろうし、軽減できるのであればスティフィならどうにかできるだろうとアビゲイルは考えている。

「さっき術を使わないって言ってたのに催眠術使うじゃないですか!」

 と、ミアが文句を言ってくるが、アビゲイルはそれを完全に無視する。

「あとは告死鳥や妖狐なんかもいましたねぇ、それ以外は本当に兎耳茸とそう変わらないのばかりですよぉ」

 外法、外道種と言っても全部が全部、邪悪ではあるのかもしれないが攻撃的な種というわけでもない。

 数だけで言うのならば、兎耳茸のように訳の分からない種類の方が多い。

 アビゲイルがこの学院に来る際、見かけた外道種の中で人に害をなすようなものは、一つ目で一本足の赤鬼、告死鳥の群れ、妖狐の順で脅威だった。その他の外道種はアビゲイルにとって脅威ですらない。

「それらは、どんな外道種なんですか?」

 ミアはそれにも興味ありとばかりに、アビゲイルに話を聞こうとする。

「告死鳥はその名の通り死が近い者がいるところに来て、人を馬鹿にしたような鳴き声で死を告げる鳥の外道です。妖狐は…… 種類の数が多いので場合により、尾の本数次第ですが、先ほど話していた一つ目の赤鬼などよりもよっぽど厄介な連中です」

 アビゲイルが口を開く前に、マルタが割り込んでミアに教える。

 アビゲイルの説明では、またミアに誤解を招く必要があると思ってのことだ。

「告死鳥はその鳴き声に呪詛が込められてて、数が多いと意外と危険ですよぉ? ついでに私が見かけた妖狐は二本尾なので大したことないですねぇ」

 単体では告死鳥より二本尾の妖狐の方が危険ではあるが、アビゲイルは告死鳥を群れでいるのを見ている。

 あの数の告死鳥が一斉に鳴き呪詛を放てば、その名の通り死を告げられるようなものだ。

「二本尾ですか。なら確かに一つ目の赤鬼の方が厄介ですね」

 二本尾と聞いて、マルタは少し安心して表情を浮かべた。

 妖狐と呼ばれる外道種は尾が増えるごとにその妖力を増すという。

 妖狐自体も危険な外道種ではあるが、二本尾であるならば騎士隊にとっても敵ではない。

「ここの騎士隊には竜の英雄さんもいるんですよねぇ? なら、全部まとめて物の数ではないですよぉ、そもそも外法なんて王でも出てこない限り慌てる必要ないんですよぉ」

 そう言ってアビゲイルは余裕の表情を見せた。

「王…… 外道の王。そう言えばこの辺りにもいるんですよね? 確か小鬼の王でしたっけ?」

 ミアが依然聞かされた話を口にする。

「あー、いますねぇ、この辺り、と言ってもそこそこ離れてはいますが、キシリア半島とかいう場所でしたっけ? 殺しきれないのでそこに閉じ込めている奴ですねぇ」

 キシリア半島は海岸沿いが全て険しい崖となっているような半島で、それ以外の、陸に面している部分に高く厚い強固な石壁を立てて不死の小鬼達を閉じ込めている。

 石壁は騎士隊の基地があり、絶えず小鬼達を逃さないように監視している。

 その石壁の歴史はシュトゥルムルン魔術学院よりも古く今から二百年以上も昔から存在している。

「不死で倒せないって聞きました」

「そうなんですよねぇ、元精霊の外法だけあって限りなく不死に近いんですよぉ…… 倒しても倒した次の瞬間にその辺の物陰から湧いて出てくるような面倒な連中なんですよぉ」

 アビゲイルはそう言ってため息をついた。

 その表情は実物を見たことある様な、そして相手したことある様な、そんな表情をしている。

「どんな風に不死なんですか? さっき言ったように殺しても蘇るってことですか?」

 ミアは興味がある、と言うよりは気が付けば自分の周りにいるのは、それほど長い付き合いでない人物ばかりになっていたことになっていたので、とりあえず会話を続けるために聞いている、そのような感じになっていた。

 ミア自身、自分が狙われているとはいえ、それほど外道種に興味があるわけではない。

「興味津々ですねぇ、元々闇を操ることに長けた精霊だったと言われていますねぇ、それが外法に落ちて、姿形を持ち、小鬼の姿になったとか。青白い色をした人の子供くらいの鬼で、とてもずる賢く残虐な性格をしていますね」

 ミアが特に興味を持っているわけではないことをわかっていながら、そんなこと言ってアビゲイルはまずは基本的な説明してやる。

「子供くらいなんですか?」

 ミアは少し拍子抜けしたようにそう聞き返した。

 外道の王と言うくらいだから、もっと訳がわからないくらい強そうな姿をしていると思っていたが、そうではなさそうだ。

「ええ、一匹一匹の戦闘能力も人間の子供とそう変わりないですよぉ。ただ何が厄介って、必ず群れで行動していて、その中の一匹が小鬼の王なのですが、その王を完全に倒すまで他の小鬼を殺しても物陰からすぐに新しくわいてくるですよぉ、ついでに王とその他の小鬼の違いは外見上では判断できないですねぇ」

「じゃあ、その王を倒すまでその群れをどうにかしないと行けないんですか?」

 それは確かに大変だ、とミアはそう思うが、それと同時にそれだけ? と拍子抜けしたところもある。

 始祖虫をその眼で見たミアは、そちらの方がよっぽど強そうに思えてしまう。

「それだけなら、別に大したことないんですよ。所詮一匹一匹は残虐ではあるとはいえ子供程度ですので。小鬼の王の何が厄介って例え王を倒しても別の小鬼が王に即座に成り代わるんですよ」

「ええー、じゃあ、群れ全体を倒すまで終わらないと…… あれ? でも倒したそばから新しくわいてくるんですよね? ああ、だから倒せずに隔離されているんですね……」

 確かのそれは厄介、と言うよりも倒しようがないとミアも納得する。

「そうなんですけどね、倒した端から湧いて出て来るし、拘束しようもなら自爆してその毒性のある血をまき散らして、再び湧いて出て来るし、そもそもどいつが王か見わけもつかないし、例え王を倒しても違う奴が王になるんですよ、厄介極まりないんですよぉ」

 アビゲイルが嫌そうな笑みをこぼしながらそう言った。

 そして、それを補足するようにマルタがミアに告げる。

「一部の学者たちの間で、どうしたら小鬼の王を倒せるか、などと言う思考遊戯があるくらいです」

 実際の闇の小鬼はともかく、その遊戯は二人の学者が交互に闇の小鬼を倒す策を出し合い、それをもう片方が屁理屈のような理由で小鬼の群れを行き残させ相手の策を否定していく、と言う思考遊戯だ。

 遊戯と言うよりは暇つぶしの類のものである。

 そう言う物ができるほど、闇の小鬼、その王はある種の不死性を持った、倒せそうで倒せない、そんな外道種として知られている。

「なんですかそれ、倒しようがないじゃないですか」

 確かにそれは倒しようがない事はミアも理解できる。

「ただ小鬼の王は世界に七匹いて、あっ、この数は諸説あるので突っ込まないでくださいね。まあ、この場はとりあえず七匹と言うことにして、その中の二匹は退治されていると言われてますねぇ、まっ、これも実は定かではないんですが」

 ミアは気づいてないが、マルタが一瞬口を開きかけて閉じた。

 マルタの知識では小鬼の王は世界に五匹いて二匹倒されて、現在は残り三匹と教わっているからだ。

 まあ、そのあたりは諸説ある話だ。実際小鬼の王と呼ばれる存在が世界にどれだけいるかなど、人の身ではわからない。

 その中の一匹、いや一群れと表現したほうがいいのか、それがこの領地にも存在している。

 そう言う話だ。

「そうなんですか。ついでにどうやって倒されたんですか?」

「これも諸説あります。随分と昔のことなので、そもそもが定かじゃないんですよ。一匹は神の御力を借りて倒されたと言われています。こちらはほぼ確実と言われてますが、もう一方が曖昧で、竜に群れごと喰われたとか、世界から追放されたとか、まあ、色々言われていますねぇ」

「でも、それなら、どうにかできそうな気もしますね」

 前例があるのなら、神の力が通じのであれば、倒せるのでは、とミアが考えているが実際問題として、闇の小鬼、その王の過半数はまだこの世界に存在しているのだ。

 それが容易い事でないのは歴史が物語っている。

「まあ、どうにかできるからこそ、半島に閉じ込めておくことが出来たわけですけどね。それでも、まあ、厄介な連中ですよ。もし解き放たれたら被害は尋常じゃないどころか、再び閉じ込められておけるかどうかもわからないですかねぇ。いくらこちらが強くても相手が複数いて不死で殺しようがないのであればどうにもならないですからねぇ」

 確かにそれではどうしょうもない、とミアも考えるし、よくそれを長年、封じ込めておける物だと感心すらする。

「あ、群れってどれくらいの数なんですか?」

「正確な数はわかっていません。でも百から二百くらい、もしくはそれ以上と言われてますねぇ」

 その数にミアは驚く。

 ミアの想像では精々二十から三十程度の群れだと思っていたが、その数が解き放たれたら確かに被害は尋常ではない。

 そんな外道種に襲われたら普通の村では対処のしようがない。

 いや、大きな町でも時間をかければ落とされてしまうかもしれない。相手は不死の化け物なのだ。

「そんな大勢の群れなのですね。確かに厄介そうです。図書館の外道事典でも持ってくればよかったですね」

 事典の話はミアの冗談だが、講義の教本でも持ってくればよかったとはミアは本気で思っている。

 この部屋でお茶を啜り続けるのもたまには悪くないが、ミア的には暇な時間にこそ魔術の勉強もしておきたい気持ちが強い。

「暇なんですか? 狙われていると自覚している割には呑気ですねぇ」

 アビゲイルはミアを見て、危機感がまるでないことに少し驚いている。

 普通の人間が外道種に狙われていると知れば、かなり動揺するはずなのだと。

 肝が据わっているのか、それとも危機管理能力がないのか、もしくは自分の命の重さすら感じていないのか、アビゲイルにもそれは判断がつかない。

「とはいえ、することないじゃないですか、スティフィも行っちゃいましたし」

 ミアはそう言って、部屋の中を見渡す。

 すごく豪華な部屋で調度品も洗練されている。

 ただ洗練されすぎててミアからしたらよくわからない。

 なんか触らないほうが良さそう、程度の感想しか出てこないほどに。

「なら、ミアちゃんが信仰している神様の話を……」

 暇なら、とアビゲイルがその話を聞きかけて、それをマルタに止められる。

「それはダメです。この部屋の加護には神霊術も使われているんです」

「あー、確かにそれはダメですねぇ」

 アビゲイル的にはその加護とやらがなくなっても問題ないのだが、マルタ的にはそれはやめて欲しいようだ。

「え? どうしてですか?」

 と、ミアは少し表情を硬くしてマルタの方を見つめた。

 そのミアの鋭い刺すような視線に少し驚いていたので、マルタの代わりにアビゲイルが答える。

「その名を聞いただけで神の分霊が退散してしまった実例があるんですよぉ? その神様の話をしただけで加護がなくなってしまう場合だって十分にあるんですよ。そんなわけでミアちゃんの神様のお話はまた今度ですねぇ」

「それは…… 残念です……」

 と、ミアは本当に残念そうな表情を露わにさせる。アビゲイルの説明で納得はしてくれてはいるようだ。

 マルタを釘付けにしていた視線も既になくなっている。

「そうなると確かに暇ですねぇ、この部屋に何か時間を潰せるものとかあるんですか?」

 そう聞かれたマルタは気持ちを切り替える。

 それを表情には出さない。

 暇を潰せるもの、と言われてマルタは数冊の本を思い浮かべる。だが、それをこの二人に見せるわけにもいかない。

 この部屋には主人であるルイーズが書き留めた秘密の詩集がいくつか保管されている。

 それで時間を潰せなくはないが、ルイーズは恐らく隠して置きたい物の類だろう。

 それを使用人のマルタが主人にだまって差し出すわけにはいかない。

「ありません」

 と、マルタは少し間をおいてから答える。

 マルタ自身としては大変すばらしい詩集と心から思ってはいて自慢するように二人に見せたい気持ちなのだが。

「今の間はなにか隠してそうですねぇ」

 アビゲイルが面白そうにマルタに絡んだので、小さなため息をついた後、ミアはそれを止めるべく話を変える。

「なにか魔術の勉強になる教材でも持ってくればよかったです」

 マルタの表情を見るにそれすら取りに行かせてもらえなさそうな雰囲気をしている。

 ミアは諦めて口には出さなかったが、とりあえずもうすぐ届くという夕食に心を寄せておく事にした。

「呪術ならお教えできると思いますよぉ? まあ、ミアちゃんの場合はあまりお勧めでもないですが」

 そんなミアを見てそう言うが、アビゲイルの顔は少し悩んでいるようにも思える。

「呪術ですか、今のところあんまり興味がわかないんですよね」

 ミアの中の知識では、遅効性の魔術で効果は強いが副次的な負の要素の強い魔術という認識だ。

 後、生贄や怪しい儀式も多い。

 それは実際にその通りであり、さらに付け加えるなら、何かと縛りが多かったり禁忌が多かったり、血筋が大事だったりと難しい魔術の系統でもある。

「そうなんですかぁ? 使い方次第では凄い便利で面白いですよぉ? そう言えば、ミアちゃんの母上さんも呪術師だったんですよねぇ?」

 師匠の話では性格はミアに似ておらず、随分と達観した人物だったとアビゲイルはマリユ教授から聞いていたことを思い出す。

 確かに、ミアは達観などしてはいない。

 どちらかと言うと好奇心旺盛な真逆の性質だとアビゲイルも思う。

「そうらしいですね。ブノアさんと同系統の呪術らしいですが、ああ、これはマルタさんの方が詳しいですか?」

 ミアがそうマルタに聞くと、マルタはアビゲイルを見つめながら難しそうな表情を浮かべる。

「正確には、ベッキオ様率いるステッサ家とブノア様率いるビアンド家とで少しだけ流派は違うのですが、大きな目で見れば系統としては同じ系統です」

 ステッサ家では月を、ビアンド家では太陽の、その呪印を宿し受け継いでいく。

 月の呪印はミアの母が持ち出し行方不明となっているが、太陽の呪印はブノアの身に今も宿り封印されている。

 遥か古来に巨人より伝えられたとされるこの呪印は人の身では扱うことが難しく、また巨人が神に戦いを挑み負け滅ぼされたため、悪しき力としてひた隠しにされてきたものだ。

 それをこの場で部外者のアビゲイルがいる前で話すわけにもいかない。

「そうなんですね、なら、マーカスさんはビアンド家の流派なんですね? マルタさんは?」

「私はステッサ家の流派となります。マーカス様は…… 特に呪術を習ってはいないので何とも。あと、どちらの流派も門外不出なので、ここではあまりお話しすることはできません」

 マルタはそう言ってミアを見る。

 ミアが、あのステッサ家の当主であり、外道集の頭でもあったベッキオの孫であることが、マルタには余りにも信じられない。

 ブノアからして、鬼と言わしめたあのベッキオの孫が、こんな呑気そうな娘であると言うのが信じられないでいるのだ。

 それはそれとして、今のマルタはルイーズの使用人である。

 外道狩り衆は既に、その所属していた誰もが望み解散した物なので未練も何もない。

 本来ならマルタはミアを頭領の孫として扱わなければならないのだが、どうもそう言った気持ちにマルタもなれないでいる。

 今となってはルイーズこそがマルタの主人なのだ。

 だからと言って、危険な門外不出の術を怪しい人物のアビゲイルの前で説明していいと言うことにはならない。

「あらー、私、お邪魔でしたかぁ。まあ、学ぶにしても呪術は色々と厄介ですからねぇ。血族での流派があるなら、そちらで学び始めたほうが、なにかと無難なんですよねぇ」

「あれ? でも母はマリユ教授にも習ったと聞いてますよ?」

 アビゲイルの言葉にミアが疑問符を頭に浮かべる。

「それは違いますよぉ、ある程度、一人前になるまで呪術を習って自分の呪術を確立した後に、別の呪術を参考に学ぶのと、一から別の流派の呪術を学ぶのとでは雲泥の差があるんですよぉ、呪術って他の魔術より制約がやたらと多いので、特にミアちゃんの場合は私や師匠からは学ばないほうが良いですねぇ」

「それは…… その通りです」

 マルタもそれは認める。

 ミアの祖父であるベッキオはミアに呪術、特にステッサ家の、外道狩り衆の呪術を学ばせることには難色を示している。

 外道狩り衆の呪術などすたれてしまった方が良いとまで思っているのだから、せっかく今までその呪術を知らずに育ってきたミアに教えようとは思わないだろう。

 ただそれを止めようとも考えてはいない。あくまでベッキオはミアの自主性に任せているようにマルタには思えている。

「こう見えましても、未来の教授候補なのでぇ、そのあたりは真面目に考えたいなぁと思っているんですよ」

 ただその顔はにやついていて本気でそう言っているようには見えない。

「なら、ますます暇になりましたね……」

 ミアがそうぽつりと言葉を漏らした。

「ついでにですが、恐らくこの件は今夜中に片が付きますよぉ」

 アビゲイルはそう言って、念のためであるならば今日は徹夜して備えておいた方が良いと考えている。

 なにせ相手は法の外にいる連中なのだ。

 取るに足らない相手ではあるが、思いにもよらない方法でミアに危害を加えようとしてくるかもしれない。

 それに告死鳥が群れでいたのだ。寝ていて精神が無防備な状態で呪詛の影響を受けるのはとても危険だ。

 今日はミアにも念のためではあるが、起きておいて貰わないといけない。

「え? そうなんですか?」

 状況を理解できていないミアはそう聞き返す。

「はい、山に散らばっていた外道種が一カ所に集まってくれていますので。この雪の中でも、山狩りは出来なくとも、一カ所を襲撃することは可能です」

 マルタもアビゲイルと同じ結論を持っているようで、今日中、遅くとも明日の午前中には決着をつけているのではと考えている。

 散らばっていただけに手出しができなかった外道種がむこうから一カ所に集まってくれているのだ、外道種殲滅の絶好の好機でもある。

「なら、スティフィが責任を感じることはなかったじゃないですか」

「スティフィちゃんの場合は、ダーウィック教授がどう判断するかじゃないんですかねぇ?」

 アビゲイルの言葉に、ミアが何気ない一言を告げる。

「ダーウィック教授は表情がないので何考えているかいまいち理解できないんですよ」

 ミアは何の気ないその言葉はアビゲイルとマルタの空気を一変させる。

 その言葉を聞いてマルタもアビゲイルも表情をゆがめている。

「私は喧嘩売りたくはないので何も言わないですよぉ?」

 流石にアビゲイルも喧嘩を売る相手は選ぶつもりでいるらしい。

 マルタも口には出さないが、渋い表情を浮かべている。

「え? いや、非常に良い教授だとは私も思ってますよ? 講義もとても分かりやすいですし」

 ミアも二人の空気が分かりやすく変わったので、失言だったと気づいた。

「まあ、この話題もやめましょうかぁ、さてはて、暇なことは事実ですねぇ……」

 こうして微妙な距離感の四人は何とも言えない空気の中、長い、とても長いと感じるような暇な夜を過ごすこととなった。




 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。


 (余りにも暇でやることがなく)長い夜を過ごした。

 嘘は言ってません。


 お、怒らないで!

 あ、お話はまだ続きます。ミアちゃんはいつにもまして蚊帳の外、いや、蚊帳の中にミアちゃんがいて、蚊帳の外で事件が起こっている感じですが。



 あとついでにわかりにくいと思うで、ちょっとだけ捕捉!


 騎士隊 → 立場的には王直属なんだけれども、民兵的な組織でいろんな領地で主に外道種を狩っている。治安維持にも積極的に協力するが外道種退治が優先。

 騎士団 → その領地の本来の騎士、もしくは軍隊。


 って、いう感じです。

 国境が神によって定められて、領地問題が起きないので冷戦的な物はあっても人間同士での大きな戦争は表向きは、ない世界です。



 その他の小説の進捗は、活動報告からどうぞ!




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