真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その4
「ねえ、師匠、ミアちゃんの母上ってどんな人だったんですか?」
エリックが外道種の兎耳茸を狩ったその日の夕方、アビゲイルはマリユ教授の元を訪れていた。
定期報告というのもあったし、師匠であるマリユ教授に少し確認しておきたいこともあったからだ。
それがミアの母親のことだ。
「なぁに? 急に? んー、なんて言うか妙に達観した生徒だったわねぇ、あの子とは似ても似つかないような。まあ、外見は似てると言われると、そうかも。って、程度かなぁ、どうしたのぉ?」
マリユ教授の話ぶりでは、あまり親子と言う印象はなさそうだと、アビゲイルは感じた。
そして、アビゲイルが予想して事のようでもない。
「そうなんですねぇ。まあ、師匠が言うようにミアちゃんが色んな意味で魅力的な娘ってことはわかりましたよ。けど、師匠が手助けするだなんて、余りにも珍しくて…… もしかして母親の方に何かが、と勘繰っただけですよ。それも違いそうですねぇ」
確かにミアと言う巫女は、特別な存在である、とアビゲイルにも思える。
だからと言って、アビゲイルの師匠であるマリユが、無月の女神の原初の巫女である、もう何年生きているかもわからないほどの大魔女が目にかけるほどの、特別視するほどの存在なのか、と言う疑問がアビゲイルの中にあった。
そうして、アビゲイルが思い至ったのが、実は以前に生徒であったミアの母親と何かしらの因縁のような物があったのではないかと、アビゲイルは考えていたのだが、どうもそれも違いそうだ。
「あー、その話ねぇ…… あなたには伝えておくべきだったわね。主からの、ご主人様からのご神託なのよ、あの子を手助けしろって、ねぇ」
マリユ教授はアビゲイルの言葉に思いあたり、そして、余りにも説明しなさすぎたと思い返す。
弟子であり、無月の女神の信徒であり、自分の代わりにミアを任せたアビゲイルには、一言くらい言っておくべきだったと。
「は? 無月の女神様がですか?」
それを聞いたアビゲイルは目を丸くして、わかりやすく驚いて、いや、動揺している。
その言葉は、マリユ教授がミアを目にかける、と言うこと以上にアビゲイルにとって信じられない言葉だった。
自分の信じる理不尽の塊のような神が、あのミアと言う娘に目を掛けること自体が、いや、あの神が人個人を認識していること自体が、アビゲイルには信じられない。
「そうなのよぉ」
と、マリユ教授は気だるそうに、それでいてマリユ教授自体も信じられない、と言った感じだ。
「門の巫女ってそんなに重要なんですかねぇ」
と、アビゲイルは考えるが、恐らくは大事なのだろう。
世界の鍵となる巫女という話なのだから。
それはわかるのだが、長年信じ信仰してきたからこそアビゲイルにはわかる。
無月の女神はそんなこと気にするようなまともな女神ではない。
そうアビゲイルは断言できる。だからこそ長い年月の間、生涯をかけて信仰してきたのだと。
「さあ、それは…… どうなのかしらね」
マリユ教授はアビゲイルの問いに少し懐疑的だ。
門の巫女だからではない。
恐らくはロロカカ神の巫女だから、と、マリユ教授は考えている。
ただ、アビゲイルは信じられはしないことだが、無月の女神が、その巫女たるマリユがそう言ったのであれば、それにただ盲目的に従うだけだ。
そこには疑問を持たない。抱かない。
アビゲイルは自分がどこまでも忠実な信徒であることも理解している。
それは、まあ、自分なりにはなのだが。
「なるほど。承知しました。真面目に門の巫女を手助けします」
アビゲイルの表情が引き締まり、そして、視線が鋭くなる。
アビゲイルはアビゲイルで、また、ある意味においては狂信的な信者なのだ。
「あら? あなたが本気になるだなんて言うのも、また珍しいわね。あんまり騒ぎすぎないでよ? 私まで沼暮らしは嫌だからねぇ?」
一応釘だけは刺しておく。
今ある自分の環境や立場を台無しにされても、マリユ教授はそれはそれで困る。
「嫌だなぁ、師匠。沼暮らしになったのは借金取りに追われてですよ。私がなにかやらかしたからじゃないですよ」
そう言って作り笑顔をアビゲイルは見せる。
その笑顔だけに、マリユ教授は少し心配になる。
このアビゲイルという弟子は本物の天才なのだ。自分のようにただ長い間、生きて来ただけの人間とは違う、本当の意味での天才なのだ。
それでいて性格もマリユ教授以上に破綻している。
それだけにマリユ教授も気がかりではある。
「なら、良いんだけどぉ?」
マリユ教授も微笑んだが、アビゲイルを見るその眼は笑ってはいない。
今更ながらに、マリユ教授もめんどくさいからと言う理由で、ミアのことをアビゲイルに、この厄介な弟子に任せてしまったことを悔いているのかもしれない。
「で、どうだったんですか、兎耳茸の解剖は?」
アビゲイルがマリユ教授に話をしにった次の日、ミアは午前中、サリー教授が行った外道種である兎耳茸の解剖を見学してきている。
見学した上で、そう聞かれたミアはなんとも微妙そうな表情を浮かべる。
「あの外道種、本当に茸だったんですね。解剖も何も、裂いたら普通に茸だったんで私も見ていて驚きましたよ」
エリックによって仕留められた兎耳茸は、本当に奇妙な物だった。
掘り起こされたそれは羊の頭部に確かに見える。
もこもこの毛玉の中に黒い羊の顔がある。
羊独特の線の入っているような瞳があり、普通の羊の耳があり、それとは別に頭の上から兎の耳が生えている、そして、噛みつくための口がある。
ただそれだけの、それだけで完結している生き物、と言って良いかも判断がつかない外道種だった。
それをサリー教授の指示のもと、刃物で裂くと、それはミアもよく知る茸のものと変わらない内部をしていた。
内臓やらなにやらが詰まっているわけでもない。
外側だけが模様のようになっているだけだ。
ただ白い繊維質が並んでいるだけの中身で、どうやって動いていたり思考していたのかも謎だ。
エリックの話では本当に剣で一突きしたら動かなくなった、と言う話だが、内臓などがないならか、生き死にの差がスティフィには理解できなかったほどだ。
「私も初めて見たけど、あんな外道種いるものね」
スティフィも少し驚いたようにミアの言葉に同意した。
「東の沼地に面している山では割とよくいる種ですよ」
アビゲイルはそう言って、少し昔を思い出し、そして目線を下に移す。
そこには皿に盛られたサァーナがあるのだが、その上に白い繊維状の物体が乗っている。
火は良く通っているようだが、異様な雰囲気を醸し出している。
「で、今あなたが食べてるそれって……」
スティフィが呆れながら、アビゲイルに問うと、
「そうですよ、兎耳茸ですよ。本当に伝承通り腹を壊すかどうかの検証をするというので立候補しましたぁ」
笑顔でアビゲイルは答える。
ついでに言うのならば、アビゲイルが兎耳茸を口にするのはこれが初めてではない。
伝承通り腹を壊すのも分かっているし、そこそこ苦しむのもちゃんと理解しているし、自分で既に体験してきていることだ。
それでいてそれを食べる。アビゲイルとはそういう人間である。
「えぇ、外道種を食べるって本気?」
スティフィは顔をしかめそう言うが、アビゲイルは笑顔のままだ。
「ええ、特に毒はないですし、おなかを壊すのも、ただ消化できないっていうだけですしね」
結果を知っていて、しかも、それの体験も一度だけでなく何度も体験しているのにもかかわらずアビゲイルはそう言った。
「それをわかっていて食べるんですか?」
ミアも信じられないと、そうアビゲイルに聞き返す。
「当たり前じゃないですか、おなかを壊せて、羊肉の味の美味しいきのこを食べれて、更にお金まで貰えるんですよぉ」
そう言い終わるや否や、アビゲイルは躊躇なく兎耳茸にかぶりついた。
少し臭みがあり確かに羊の肉の味がする。
ただやはり食感は茸であり、羊肉よりは若干さっぱりしている。
味だけで言うならば、美味しいとアビゲイルは思う。
「それはともかく、不思議ですよね。兎耳茸。歯の部分もちゃんと茸だったんですよ? なのに、ジュリーは噛みつかれて出血までしているんです」
兎耳茸を美味しそうに食べるアビゲイルをミアも見なかったことにして、解剖を見ていたミアは不思議そうに自分が思った疑問を口にする。
「それは違いますよぉ、歯の部分はその辺の尖った石を仕込んでいるだけなんですよ。一度噛みつくとそれは抜けちゃうんですけどね」
兎耳茸は、単体では動けるとはいえ茸とそう変わりがない。
独自に動ける、と言う大きな変わりはもちろんあるし、なんならそれが一番の茸との違いだ。
毒がない分、普通の茸よりも安全だ、という学者すらいる。
外道種とはいえ本当に訳が分からない存在だ。
まず兎の耳を地上に出しその下に埋まっているのが羊の頭部を模したもの、と言うのも理解が出来ない。
恐らくそれらに理由はない。
外道種は法の外側に生きる存在なのだから。
「え? そうなんですか? ますます訳が分からない外道種ですね」
ミアがある種の感心を持ちながら、驚くように反応する。
「石って…… それジュリーじゃなかったら、噛まれることもないんじゃない?」
そこまで聞いたスティフィもジュリーがどんくさいから噛まれたのでは、とさえ思えてしまう。
「いやー、どうでしょう? 結構な速さで噛みついてくるんですよ。スティフィちゃんならかわせると思いますが、それを知らない人がかわせる速度ではないですね」
そう言うアビゲイルも実は一度噛まれたことがある。
羊のような草をすり潰す歯ではなく、その代わりに尖った石をよく仕込んでいるので、そこそこ酷い怪我にはなる。
ただ大体は地面から生える兎の耳に手を伸ばし、その手を噛まれることとなる。また噛まれた後も簡単に振り払えるので致命傷にはなりにくい。
そもそもが石を歯の代わりに仕込んでいるだけで、その石も固定されているわけでもなく、兎耳茸からは簡単に抜け落ちてしまう。
ついでに噛みついた後の兎耳茸は、跳ねる様に逃げていくだけで追加で襲って来ることすらない。
一種の防衛反応とすら思える行動でしかない。
「へぇー、しかし、茸の外道種ねぇ、また生えてきたりしないわよね。ほら、茸って同じ場所に生えるし」
スティフィが、アビゲイルの食べている物を顔を顰めながらそう言うと、
「普通に兎耳茸も生えますよ。なので駆除だけは少しめんどくさい外法ですねぇ」
当然とばかりにアビゲイルがそう言った。
その上、夜になると動き回り居場所を変える。
なので、離れた場所で翌年に生えてきたりと完全に駆除するのだけは面倒な外道種ではある。
「え? そんなのを持って帰ってきて平気だったの? エリックの奴……」
スティフィはその話を聞いて、実は感染力だけは強い外道種かと思い当たる。
生きとし生きるもの敵たる外道種がただ噛むだけの茸なわけがないと。
「逆ですよ。茸っていうのは胞子でふえるんですよ。それは兎耳茸もかわらないんですよ。でも兎耳茸は本体を仕留めるとなぜか胞子も同時に死滅するんですよ。理由はかわりませんけども。なので、できるだけ早く仕留めるのが実は正解で、エリックちゃんの行動は実は正しかったんですねぇ」
そう言いつつも、恐らくこの辺りは既に兎耳茸に汚染されてしまっていると、アビゲイルは考えている。
その上、自発的に襲ってくる外道種でもないため、完全に駆逐するのは、もう非常に困難だとも。
この近くに精霊王がいるというので、その精霊王にでも頼り、精霊の数の力で駆除でもしてもらわないと完全な駆除自体は難しいだろうとアビゲイルが知っているのだが、それをこの場では誰にも言わない。
アビゲイルとしては兎耳茸が身近に生えていた方が、なんとなく面白いからだ。
「そうなんですか? では、なんで昨日、エリックさんが怒られているのをただ見てたんですか?」
昨日、エリックが騎士隊の上官にずっと怒られていたのをアビゲイルも見ていたはずだ。
アビゲイルの知識とマリユ教授の弟子と言う立場なら、それを止めるのは容易だったはずだ。
実は素早く倒してしまった方が良い外道種だと知らせれば、エリックもあそこまで絞られることもなかっただろう。
今もエリックは謹慎中で寮の部屋から出られずにいる。
「いや、だって人が怒られている姿見ているの楽しいじゃないですかぁ!」
アビゲイルは、本当にいい笑顔でそう言った。
それだけにミアは何とも言えない気持ちになる。
「まあ、確かに」
と、スティフィがしみじみと同意したことで、ミアは更に何とも言えない気持ちになる。
「スティフィも確かに、じゃないですよ、なにしみじみ言ってるんですか」
「まあまあ、落ち着いてください。今日は私のお腹を壊しまくる姿が見れますよぉ! やりましたね!」
そう笑顔で伝えて来るアビゲイルにミアは若干の恐怖を感じながら、
「いえ、見たくないです。というか、もう十分に見ましたよ。もうこりごりです」
と、そう言った。
アビゲイルのそんな姿は、アビゲイルがミアの帽子の祟りを受けている一週間、嫌と言うほど見て来た。
それにミアにとっては元々みたいものでもない。
「あら、そうなんですか? 他人の痴態程見ていて面白いものはないじゃないですか。まあ、そんなわけで私は今日、サリー教授のところで経過報告をしなければならないので、午後はからはご一緒できませんね、ごめんなさい」
本気でそう謝ってくるアビゲイルにミアもどうしていいかわからないでいる。
「いえ、いいですよ。なら、ディアナ様の所にでも行きましょうか。アビゲイルさんがいじめるので、ディアナ様はまだ固まったまんまらしいんですよ」
とりあえずその話題を続けるのも嫌だったので、ミアは思考を停止しそのまま固まってしまったディアナのことを思い出し、お見舞いがてら今日は様子を見に行ってみようと考えた。
白い服の信徒たちは平気です、と言ってはいたが、今日も来てない所を見るとミアも気がかりではある。
「よっぽどミアちゃんの髪の毛が魅力的で、それでいて怖いんですねぇ」
しみじみとアビゲイルがミアの帽子、その奥の髪の毛を思い浮かべながらそう言った。
「御使い様がですか?」
ミアからすると、神の御使いたる者にとってそこまで恐れるものなのか判断がつかない。
確かに呪物だなんだと言われてはいるが、古老樹である荷物持ち君はミアの抜け毛を毎日取り込んでいっている。
それにより荷物持ち君が弱ることはないし、なんなら力を増しているかのようにすら、ミアには思えている。
なので、御使いや神そのものが、恐れるような物とはミアには思えないのだ。
「そうですよ。その御使いの主たる神が名を聞いただけで逃げ出すような神、その巫女であり恐らくはその神から祝福を受けた髪。御使い様も判断に困って主人にお伺いに行ってしまったんじゃないんですかね。まあ、そのうち戻ってきますよ」
アビゲイルは無責任にそう言った。
「そ、そんなわけ…… ミアの神様だと、ないとも言い切れないのよね……」
使徒魔術の使い手で御使いにはそれなりに詳しいスティフィからしても、ないとも言い切れない。
なにせ、その名だけで神そのものを退散させてしまっている事実があるのだ。
もしかしたら、ロロカカ神は神に近ければ近いものほど、恐れられている、そんな存在なのかもしれない。
スティフィの聞いている話では精霊王や古老樹は恐れておらず慕っているようなことを聞いている。
ただ情報源がミアなのであんまり信用できないのではあるが。
「なにが言いたいんですか?」
そんな雰囲気を感じとったミアが、少し憮然とした表情でそう言った。
スティフィとアビゲイルは、ミアから怒りではないが、なにかちりちりとしたものを感じずにはいられない。
これ以上、ロロカカ神の話を続けるのは良くないと二人とも判断する。
これがあるからロロカカ神の研究が進まない、と言うのではないかと、スティフィは常々思っているほどだ。
「それだけ凄い神様ってことですよ、ミアちゃんの崇めている神様は」
アビゲイルがあからさまな世辞を言うと、ミアは途端に機嫌が良くなる。
不穏な圧がすっと引いていく。
「なるほど。それなら話は分かります! ロロカカ様は偉大な神様であられますから!」
目を輝かせてそういうミアに、スティフィも軽くため息を吐き出す。
「でも結局のところ、ミアも何の神様かすらわかってないんでしょう?」
そして、そうスティフィは覚悟を決めて言った。
そろそろ一歩踏み出す時期なのではと。
ミアと言う人間と付き合っていく上で、ミアが崇めるロロカカ神と言う神がどういった神なのか知った方が良いと、スティフィも考えてはいる。
結局のところ、ミアと本当の意味で親しくなるにはロロカカ神を理解しなくてはならないのだから。
今はその機会なのではと、スティフィは勇気をもって一歩踏み込んだのだ。
今のままではロロカカ神と言う存在は謎が多すぎる。
「そ、それは……」
と、ミアもそう思っているのか言葉には詰まる。
「恐らくはですが、女神なので月曜種。また、月曜種と言うのは女神の他に、夜関連の神様が多くいると言われているので、そちらの方面かもしれませんねぇ」
アビゲイルが得意顔でそう告げて来る。
「夜ですか……」
と、ミアは少し不満そうにそう言った。
ミア的には太陽のように優しい神であると思っているのかもしれない。
「私が信仰している女神、無月の女神様も月曜種で夜関連の神様ですよ」
何なら夜その物の神である。しかも月のない真っ暗闇の夜空の女神である。
それ故か、古い時代から呪詛の神とも言われ、呪術は月のない晩にすると成功しやすい、などと言われたりもしている。
また、その名を軽々しく口にしてはいけない程に危険な神でもある。
その上で、その女神を讃える六人の巫女が欠けると大災厄を引き起こすような非情に厄介な神で、祟り神の代名詞と言われるほどの神だ。
ただそんな無月の女神であっても、その名を聞いただけで他の神が逃げ出すなんてことはない。
「後、た…… いや、なんでもない」
スティフィは、後祟り神なところも、と軽口を言いかけてそれを寸前のところで止める。
スティフィの背中にひんやりと冷たい汗が流れていくのを感じた。
流石にそれはまだ危険すぎる。
現状ロロカカ神は祟り神だと誰もが推測している。
ただミアはそのことを決して認めない。
いつしかミアに認めさせなければならない事なのかもしれないが、スティフィは少なくとも今ではない、と自分に向けられたミアからの圧でそう感じた、いや、わからされた。
瞬間的に放たれたミアの尋常ならざる圧がそう語っている。
何度も死線をくぐって来たスティフィですら、生きた心地がしなかった。
スティフィがこんな状態のミアと何時間も話していられるフーベルト教授を、初めて尊敬したとも言える瞬間だった。
それと共に確かにミアはデミアス教の大神官にふさわしい器であるとも改めて思う。
「ま、まあ、どんな神であれ、人間が勝手に言っているだけですからね。神の本質なんてものは人には到底理解できないですよ」
アビゲイルも今日はこの辺にしておいた方が良い、と、そう感じ取ってそう言った。
それほどの圧をミアは無意識の中、放っていた。
「そうですよね、人の崇める、しかも、心優しいロロカカ様をそんな風に言うだなんて、その人はわかっていないんですよ」
そう笑顔でミアはスティフィを睨みつけながらそう言った。
「そうね、そうかもね……」
スティフィもミアに同意するようにそう言って、やはり今はロロカカ神のことについて踏み込むべき時ではない、と悟った。
そんな日が来るのか、それは誰にもわからないが。
そんなようなことがあった後、ディアナの見舞いをしに来たミアが見たものは死んだように眠るディアナの姿だった。
学院側が用意した最上級の宿泊室。その豪華な寝台の上でディアナは浅い息をしながら死んだように眠っている。
「あの、ディアナ様は大丈夫なのですか?」
ミアがディアナのお付きの者にそう聞くと、
「今は御使い様がディアナ様から離れているのです。しばらくすれば戻ってくるので心配はご無用です」
と言う答えが返って来た。
「え? アビィさんが言ってたように本当に御使い様はお伺いを立てに行ってしまったんですか?」
「それほどまでの案件だったことなんでしょう? ミアの神様がそれだけ重要な神様ってことなんでしょうけども」
スティフィは気を使い言葉を選びながらその言葉を口にした。
今日はもうミアを刺激するようなことを言ったら何をされるかわからない気がしていたからだ。
「じゃあ、私の髪の毛を抜いて、ディアナ様に一本持たせておいてあげましょう! きっとお守りになってくれます!」
ミアは本気でそう思い、そう考え、そう行動しようとしている。
それを慌ててスティフィが止める。
「いや、やめなさいよ。少なくとも人間にとっては呪物のような物なんだから」
「でも、ロロカカ様に祝福された物なんですよ? 縁起物に決まっているじゃないですか」
ミアは善意で心の底からそう言っている。
スティフィ的には普段ならディアナが大人しいことは好ましかったりするのだが、今はそうでもない。
「いや、えーと、力の強すぎるものは身を亡ぼすって奴よ。その祝福は人には強すぎる力なのよ」
スティフィは言葉を選びながらそう言った。
そして、自分で言っておいてスティフィは確かにそう思う。
ミアの髪の毛は人では扱えないほどの強力な呪いのようなものが掛けられた、不吉すぎて人の手には有り余るものだ。
そんな髪の毛を御使いの留守中にディアナにこっそり渡しておくなど、人に例えるならば、出かけて帰ってきたら家が燃えていた、と言うようなものだ。
家に入りたくても入れない、それどころか家自体が火に飲まれている、そんなところがそっくりであると。
魔術学院の傍にまでミアを狙って外道種が来ている最中、最大の戦力となりうるディアナをこのまま寝かしておくのはまずいとスティフィは考えている。
なにせ相手は外道種だ。法の外にいるような連中なのだ。何が起きるかなど推測のしようがない。
確かに破壊神の加護がこの学院を守ってくれて入るが、それだけで完全に安全だとは言い切れない。
だから、ミアの行動をスティフィが止めたのだ。
下手をすれば、ディアナに憑いている御使いまで払ってしまう行為にスティフィには思えたからだ。
もし仮に、お伺いを立てに行った御使いに、その主たる神が髪の毛を受け取るな、と命を下せば、御使いは死んでもその命を守る。
ところが、既にディアナの手にミアの髪の毛が手渡されていたら、ディアナに憑いていた御使いは神の命ゆえにディアナに再び憑りつくことはできなくなってしまう。
そして、その名を聞いて逃げ出した神がその御使いに、ロロカカ神の祝福を与えられた髪の毛を受け取ることを了承するとはスティフィには思えない。
下手そうればディアナはこのまま永遠とただ眠り続けるだけの存在になってしまうかもしれない。
外道種の危機が迫っている現状では、スティフィ的にもそれは避けたいのだ。
「確かに。それはそうかもしれないですね。さすがロロカカ様です。凄い御力なのですね!」
そう言ってミアは嬉しそうにしている。
スティフィは心の中で、このことを感謝するならしっかりミアを守りなさいよ、とディアナに憑いているであろう御使いに心の中で語り掛けた。
そして、そう願って、語り掛けてしまったことをスティフィは悔やむこととなる。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
あと感想などいただけると大変励みになります。
さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。
その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。
アビィちゃんは自分が忠実な信者と自覚しつつ、その次の日はその仕事をさぼる様な人なんです!
そんな人なんです!
それがアビィちゃんにとっての真面目なんです!
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