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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者

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84/186

真冬にやって来た非常識ではた迷惑な来訪者 その1

【人物紹介】


・ミア

 はるか遠くの辺境の村よりやって来た少女。

 祟り神の巫女と目されている。


・スティフィ・マイヤー

 デミアス教徒の信者。ダーウィックに憧れ態々この魔術学院に入学してきた。

 元ではあるがデミアス教の狩り手という懲罰部隊に所属していた。


・エリック・ラムネイル

 騎士隊訓練校の訓練生。

 かなりいい加減な性格をしている。


・マーカス・ヴィクター

 行方不明とされていた騎士隊科の訓練生。

 今はデミアス教の大司祭オーケンの使いっ走り。

 動物が好き。


・白竜丸

 学院の下水道に住み着いていた白子症の鰐。

 呪術に対する完璧な耐性を持っている。


・アビゲイル・ブッカー

 中央部の東に広がる沼地から来た魔女。



 しんしんと雪が降る。

 吹雪いてはいないが雪が降り止むようなこともない。

 たまに北の山から吹く風かとても寒く身に染みる。

 辺り一面が真っ白でどこが道なのかもわからない。

 そんな一面雪景色の中でもいくつか目立つ建物はある。

 その中でも一番目立つのは、シュトルムルン魔術学院で最も高い人工物だ。

 正式な名称はあえてつけられてないが、便宜上、天地の塔、もしくは魔女の塔と呼ばれている塔、もしくはただ塔と呼び捨てられている。

 その入り口に一人の少女が立ち往生していた。

 この辺りではあまり見ない少女で、恐らくは自分で作ったであろうあまり出来の良くない毛皮の服を着ている。

「で、寒いのでいい加減、入れてもらえませんかね?」

 少女が立ち往生している理由は、大きな顔の付いた扉に阻まれ塔の中に入れないからだ。

 少し紫がかった癖のある銀髪。

 それも珍しいのだが、何よりも目がとても印象的だ。

 紫水曜のような綺麗な紫の瞳をしているのだが、右目はほとんど動かない。

 左目だけがせわしなく、その扉についている顔を観察するように動いている。

 見る人が見れば、すぐに右目が義眼とわかるかもしれない。

 また素人の手作りであろう毛皮の服もまたよく目立ち、どす黒く汚れている。

 どれだけ洗濯してないか想像もつかないほどだ。

 周りが雪で白一色なので、なおのこと黒く汚れた服はよく目立つ。

「残念ながら許可無き者、しかもこの学院の生徒でもない者をここに通すことはできません」

 何度目かの同じ回答を扉の顔が告げる。

 義眼の少女は扉につけられた、恐らくは小鬼を模した顔を隠しもせずに観察する。

「この扉自体が使い魔なんですかね? しかし、よくできた使い魔ですね」

 義眼の少女も喋る使い魔は何度か見たことはあるが、これほど流暢に言葉を話し、違和感なく受け答えをする使い魔は初めて見た。

 相当腕の立つ使魔魔術師が作った代物なのだろう。

 義眼の少女は密かに魔力の流れを感じ取る。

 恐らくは地脈から魔力を得ている使い魔であり、それにより魔力切れを起こすこともない。

 地脈に流れている魔力は荒々しくこういった精密な使い魔には向かないはずだが、こうやって扉に使われているところを見ると、地脈の魔力を使えるように調律する自然魔術の分野にも明るい制作者なのだと言うことがわかる。

 相当腕の立つ魔術師が造った代物で義眼の少女も驚きを隠せないでいる。

 こんなところで門番をやらせるのももったいないと思えるできの使い魔だが、この塔に住んでいるのが無月の女神の巫女と言うことを考えれば、それはやはり妥当とも言える。

「ありがとうございます。我を創りし創造主殿もお喜びになるでしょう」

「そんな返答も用意されているんですか? 本当に凄い作り込みですね。分解してその核に刻まれている陣を見たくなりますね」

 見たところで神与文字で描かれている上に、圧縮されて刻印されているので解読するのも一苦労ではあるのだが、それを知ってて、なお義眼の少女はそう言った。

 ただその少女の発言に、扉に張り付いている小鬼の顔が目を赤く光らせて反応する。

 赤く光らせているのは警告と取るべきか。

「我に危害を加えようとすると警報がなります。おやめなさい」

 その警告に少女は嬉しそうに笑って見せた。

「こんな受け答え迄用意されているんですか? それとも、そもそも共通語を理解しているのかしら? どちらにせよ、凄いですねぇ」

「ありがとうございます。我を創りし創造主殿もお喜びになるでしょう」

 同じ言葉を言われて少女は、今度は少しつまらなそうな表情を浮かべる。

 確かに素晴らしい使い魔だが、それでも底が見えた気がしたからだ。

 それでも素晴らしい使い魔だと言うことは変わらない。

「これほど高度な使い魔なら中にいる師匠に連絡がつくはずですよね。あなたの弟子のアビゲイル・ ブッカーが呼ばれて遥々やってきましたよ、と師匠に、マリユ・ナバーナに伝えてくれませんか? この塔の中って聞いているんですよ」

「伝言は承りました」

 扉に張り付けられた小鬼の顔は少々訝し気な表情を見せながらそう答えた。

 この表情も作られた表情なのだろうかと、少女は扉に張り付いている小鬼の顔をもう一度よく観察する。

 金属とも土器とも判断の付かない艶のある素材で作られていていくつかの部品が組み合わさり複雑な表情を作っている。

 これを作った人物は相当な凝り性で、この使い魔にわざわざ表情を付けたのだろうか。

 いや、恐らくはこの塔の主を少しでも楽しませるための努力だったのかもしれない。

 本来は使い魔に表情などつける意味はないのだから。

 少女、アビゲイルは再度この使い魔を見直し感心もする。

「さすがですね、本当に伝えられるんですか? けど、師匠ですからね、まだ寝てるんじゃないんでしょうか」

 まだ朝が早い。

 マリユ・ナバーナは無月の女神の巫女である。

 つまりは月無き夜空の女神である。

 一晩中、朝日が登るまでは起きていたはずだ。そして、今は日が昇ったばかり早朝だ。

 もう少し早く着けば起きていたのだろうが、恐らく今は熟睡中のはずだ。

 アビゲイルが知っているマリユ・ナバーナと言う人物であれば、一度寝たら早々に起きない、そのはずだ。

「しかしながら今、我の主は就寝中にて反応はありません」

 扉の顔からアビゲイルの予想通りの返答が返ってくる。

 もしかしたら無理に起こせるのかもしれないが、アビゲイルは師匠であるマリユが寝起きの悪いことを知っている。

 ならば、無理に起こす必要もない。

 それは命に係わるかもしれないのだから。

「やっぱり寝ているんですね。仕方がないですね。どこぞで時間を潰してきます。また、そうねですね、昼過ぎ、いや、夕方前くらいですかね。それくらいにでも訪れるとしますよ。扉さん」

「はい、またの訪問をお待ちしております」


 とりあえずアビゲイルは暖を取れるところを探すことにした。

 ここが魔術学院と言うことであれば、それを見つけるのも容易いと思っていたが、雪が想像以上に降り積もっていて、どれがどの建物かもわからない。

 当てもなくただただ雪に埋もれた魔術学院を見学ついでに彷徨っているが、人の足、しかも、雪に囚われた人の足ではそれもままならない。

「しかし、本当に広い魔術学院ですね、中央の魔術学院ではまず見ない広さですねぇ。しかも、中立の学院でこれほど広い敷地が確保できるのは南側ならではなのですかね」

 そんな独り言をアビゲイルは口にした。

 長い事アビゲイルは一人でいたので、独り言が癖になっている。

 それを直そうとしないのは、しゃべり方を忘れない為にだ。

 魔術学院の端から端へ、気が付けばお昼を回ったころだろうか、それくらいの時間に一軒の建物に目が行く。

 それと良い匂いもする。

「おや、随分と良い匂いがしますね。食堂でしょうか。暖かそうですし、ここで師匠が起きるまで時間と暖を取らさせてもらいましょうか」

 そう独り言をつぶやきつつも、師匠がいる塔からは大分離れた位置にはなってしまっているが、戻るのもおっくうだしそろそろ体力的にも限界が近い。

 金は一切持っていないがどうにかなるだろうし、最悪師匠につけておけばいい、とアビゲイルは判断し、その建物に入っていった。

 アビゲイルの予想した通り、その建物は食堂だった。

 昼時はもう過ぎていたのか、それともこの雪だからか、客はほとんどいない。

 一つの集団がわいわいと騒いでいるだけだ。

 それとこの食堂はどうも会計は前払いのようだ。後払いなら食べてしまってから考えればいいと、アビゲイルは考えていたがその目論見は外れることとなった。

 仕方なくその騒いでる集団の近くに座りその様子を見る。

 アビゲイルからすれば、座れて暖を取れるだけでもありがたい。

 あと一人の時間がとても長かったため、人恋しかった、と言うのもある。

 ただ、アビゲイルが座った直後、その集団の一人がアビゲイルに気づき観察してくる。

 それに対し、アビゲイルは敵意はないよとばかりに、笑顔で両手を上げて振り、その後、視線だけを外した。

 そうすると、アビゲイルに向けられていた意識が薄れていくのを感じ取ることが出来る。

 その後もアビゲイルは騒いでいる中の数人に注意を向けられる。

 中には恐ろしく気配の鋭い者や、信じがたいほどの気配を持つ者までいる。

 どれもこれも化け物のような雰囲気の持ち主だ。

 アビゲイルが考えていたよりも魔術学院と言うところは、高度な場所なのだと思いなおすほどだ。

 あれらが生徒ともなると師匠がわざわざ教授なんて職をやっているのもうなずける、と。

 アビゲイルは一息ついたところで、やることもないので、その集団の会話に聞き耳を立てる。


「ジュリー、そんなに落ち込んでどうしたんですか」

 食堂の机に身を預けながら座り落ち込んでいるジュリーに向かいミアが声をかける。

「ダメだったんですよ、シェルムの木、あの木は植林なんてできないんですよ」

 ジュリーは机に顔を付けながら、そんな返事を若干の涙声でする。

「なんでです?」

 ミアが心配よりも興味から聞き返す。

「過去にもシェルムの木を植林しようとした事があって、その資料を故郷から取り寄せてサリー教授にもみてもらったんですけどね」

 ジュリーは顔だけをミアの方向に向けて語りだした。

 その眼にはやはり涙が溜まっている。

 よほど悲しかったのだろうか。

「はい」

 初対面での印象がほぼほぼなくなってしまった先輩にミアは、何か思うところはあるのだが、それは口には出さずに返事をする。

「まずシェルムの木は荒れ地でしか育たないんです。肥沃な土地だと逆に栄養過多で枯れてしまうんです」

「あー、なんかミミノの木みたいですね」

 それを聞いてミアの故郷のミミノと言う柑橘系の低木のことを思い出す。

 土地が痩せているほど甘い実をつけることから、貧者の果実などと言われている植物だ。

 ただミミノの木は肥沃な土地で育てても、酸っぱい実をつけるだけに収まり、枯れたりはしない。

 それを考えると、ミミノの木以上に育てるのが難しい植物なのかもしれない。

「そうなんですよ、しかも荒れ地の土地の栄養を根こそぎ吸収してしまう木でもあるんです。なので、ある程度離して植えないといけないし、実ができるまで五年かかるんですよ。その上で実をつけはじめて大体三年で枯れるです」

「え? 三年で枯れちゃうんですか?」

 流石のミアもそれには驚く。

 五年かけて育ち、実を付けれるようになってからたった三年で枯れる。

 しかも、土地の栄養を根こそぎ吸収してしまうともなると、確かにジュリーの言うように植林も相当大変な物になるのだろう。

「はい、その土地の栄養を全て吸収しきって枯れるそうです。五年かけて三度しか収穫できなくて、その後、その土地は不毛の地になる様な木なんですよ、さすがに割に合いませんよ」

「それは…… そうですね」

 ミアも割に合わないと思う。

 よくそんな木が今も絶滅せずに残っていると感心するほどだ。

「それはもう品種改良するしかないですね」

 ルイーズがその話を聞いて、そう提案する。

「いえ、ルイーズ様、それがですね。シェルムの木はうちの神様、アンバー神から授けて頂いた木なんですよ、それを品種改良ともなると……」

 ジュリーは机に体を預けたまま頭の向きだけをルイーズの方を向き、涙ながらにそんなことを告げた。

「それはできませんね。荒れ地の神様なんでしたっけ」

 神に与えられた木を人間の都合で作り替えるなどもってのほかだ。

「はい。そうです。うちの土地はなんでも神代大戦前からの荒れ地で、筋金入りの荒れ地らしいです」

 ジュリーも知らなった。いや、自分の生まれ故郷に何の思い入れもなかったので、知ろうともしなかったのだが、シェルムの木の資料で送られてきたものの中にはそんなことまで書かれていた。

「荒れ地の神…… そんなところの土地によく運河なんて通せたわね」

 スティフィが思いついたようにそんなこと言った。

 ジュリーの故郷、アンバー領には南側の領地と西側の領地を結ぶ巨大な運河が通っている。

 それを上手く利用すれば今頃、アンバー領が貧困に困る様な事はなかったのだが、ジュリーの先祖は一括での大金を得ることで運河を通すことを許諾してしまっている。

 その大金とやらも、もはや使いつくされとうの昔になくなっている。

 船が通過するごとに使用料なり税なり取っておけば、とジュリーは先祖を恨んでも恨み切れないでいる。

「他の領地が逆にその領地の神からの許可が降りなくて、うちに回って来た話だそうですよ。うちの領地でも端っこの方なので許可が出たと送ってもらった資料にはありましたが」

「あんたんところが筋金入りの貧乏だって言うことは理解できたわよ」

 スティフィにそう断言され、もしかしたら荒れ地の神であるからそう言う宿命なのかもしれない、とジュリーは思って諦めることにした。

 幸いなことにジュリーには、上に兄と姉がいるので自分がアンバー領の領主を継がなくていい。そのことに安心するほどだ。

「シェルムの木が枯れた後の不毛の地に肥料まくのはどうなんですか?」

 ルイーズはシェルム油を諦めきれずにそう提案するが、

「そこはサリー教授に相談済みなんですが、サリー教授の返答待ちです。普通の肥料だと効果がありすぎてシェルムの木は枯れてしまうので」

 という、回答が返ってきてさすがのルイーズも絶句した。

 そこまで来ると、ジュリーでなくとも、そういう神の意図があるのでは、と思ってしまう。

「あんたの領地同様に難儀な木ね」

 とどめとばかりにスティフィがそんなことを言う。

「そうなると逆に植林が成功しちゃったらジュリーのところの神様は怒ったりしないんですか?」

 ミアが少し心配そうにジュリーに声をかける。

「それも不安要素の一つですよ。だから、植林なんかできないと落ち込んでいるんですよ」

 そう言ってジュリーは顔を誰とも視線を合わせたくない、と言ったように再び机に向くようにうつぶせた。

「ああ、なるほど。なら、もう諦めましょう。神様がそう生きろと言っているんですよ」

 ただミアはその返答を受けて、素直に、本心からそう言った。

 神をより身近に感じ、神のために生きるミアならではの回答かもしれない。

「ミアさんまでそんなことを……」

 ジュリーが、涙目でミアに返事を返す。


 その名を聞いて、アビゲイルが即座に反応し席を立つ。

 師匠から届けられた言伝にその名があり、彼女の髪と被っている帽子はアビゲイルの気を引くものだと言うことだったからだ。

 居てもたってもいられなくなり、立ち上がったアビゲイルはミア達が囲んでいる食卓まで行く。

「初めまして。えーと、私はアビゲイル・ ブッカーと言います。親しみを込めてアビィちゃんと呼んでください」

 と、言ったところで、数人の尋常ならざる視線がアビゲイルを貫く。

 常人であればそれだけで逃げ出すところだが、アビゲイルは動じない。

 特に禿げた軍人のような男と銀髪の少女の視線が鋭い。それとはまた別に視線は鋭くはないが、醸し出す雰囲気が人間とか確実に違う真っ白な少女がいる。

 とりあえず気を付けるべきは、この三人だとアビゲイルはその三人に注目する。

「ミアさんって、あのミアさんなんですよね?」

 アビゲイルはできる限りの笑顔で、しかし、それは作り笑顔ではなく、あふれ出て来る自然の笑顔で接した。

 ただし、その笑顔は酷く歪んだ笑顔ではある。

 普通の精神を持つ人間なら、その笑顔を見ただけで距離を置きたいと思うほどの歪んだ笑顔だ。

 自然にあふれ出た笑顔が歪んでいる。

 アビゲイルはそう言う少女だ。いや、見た目こそ少女だかその実年齢が、少女のものとはわからないが。

「で、あなたは……」

 ルイーズがその少女をどんな人間なのか聞こうとしたところで、悪魔憑きの少女ディアナが会話に割り込んでくる。

「あなたダメ、ダメダメ、嫌な感じ感じ感じ感じ感じ……」

 真っ白な少女がそう言ってアビゲイルをまっすぐに見つめる。

 流石にアビゲイルもその視線には肝を冷やす。

 ただの白い少女なのだが、その少女に視線を向けられただけで生きた心地がまるでしない。

 あのマリユに睨まれても、それほど動じないアビゲイルが命の危機を感じる程度には、肝を冷やす。

「あ、あの、敵意はないですよ、わ、私はですね、ここの教授をしている……」

 と、アビゲイルがそう言うが、白い少女、ディアナは人の話を聞くわけもなく、暴れ始めた。

「ディアナ様、少し落ち着いてください。とりあえず話だけでも」

 仕方なくミアがそう声をかけディアナをなだめると、

「巫女様がそう言うなら、言うなら言うなら、ダメはダメだけど」

 ディアナはそう言いつつも大人しくなった。

 アビゲイルはこの食堂に人がいない理由はこの白い少女が原因なのでは、と思い始める。

 アビゲイル自身も自分は大概なほどの曰く付きの人間だとは自覚しているが、この白い少女は自分など足元にも及ばないほどの存在であると感じずにはいられない。

 それほどまでに人ならざる何か強大な気をこの少女から、嫌でも感じとれてしまう。

 師匠であるマリユから聞いていた、ミアと言う少女よりもこの白い少女の方が特別だと、アビゲイルにはそう思えてならない。

「はは、随分と嫌われたようですね」

 そう言って、今度は普通の、作り笑顔をアビゲイルは見せる。

「で、ここで教授をしているなに?」

 スティフィという名の銀髪の美しい少女が少し不機嫌そうに聞いてくる。

 最初に自分を睨んだのはこの少女だと、アビゲイルは注目する。

 アビゲイルのスティフィへの印象は、ダラダラしているのに隙が全く無い、だった。

 それとは引き換えに、軍人風の男、ブノアは今はアビゲイルに注意はしているものの、それほど警戒はしていない。

 恐らくはこの中の誰かの護衛なのだろう、白い少女か貴族風の娘か、それとも件のミアか。

 アビゲイルにはそれはわからないが、そうであるのならばアビゲイルとしても敵意もないし相手を害するつもりもない。

 なので、アビゲイルからすれば、それほど気にする相手ではない。

「ああ、はいはい、ここで教授をしているはずのマリユ・ナバーナの弟子でして」

 そう言うと、一気に警戒が解かれるのがアビゲイルにはわかった。

 白い少女以外だが。

 この白い少女は常識に囚われていないようだ。

 それだけに、アビゲイルにとって一番注意しなければならないのはこのディアナと言う白い少女だ。

「え? マリユ教授の? ですか?」

 その言葉にミアが驚く。

「じゃあ、あんたも無月の女神の巫女なの?」

 スティフィが無遠慮にそう聞いてくる。

 このリズウィッド領ではそんなことはないが、別の地域の領地では、無月の女神の巫女、と言うだけで領地内に入ることを禁止されたり、捕らえられ幽閉されるる程危険な巫女でもある。

 祟り神の巫女とはこの世界では本来そんな扱われ方をする。

「いえ、正式な巫女じゃないですよ。巫女見習いって言ったところですかね。まあ、うちでは見習いの地位とかはなくてですね、弟子と言う立場がそれにあたるんですがね」

「ふーん、で、なによ?」

 スティフィはそんなことには興味なし、と言った感じで要件を聞き出そうとしてくる。

 それをわかっているアビゲイルはちょっとした意趣返しのつもりで少しだけとぼける。

「いやー、私、師匠に呼ばれて遥々内陸の地より来たんですよ」

「内陸? じゃあ、中央の人間?」

 中央と呼ばれる地域にもいろいろな領地はあるが、祟り神の巫女の弟子と言う立場ではあまり住みやすい場所ではないはずだ。

 それをわかっているスティフィが少し驚いた、風を装っているようにアビゲイルには見て取れる。

 そして、スティフィと言う少女が自分を再度警戒しなおしたのにも気づいている。

「いえ、私は中央ではなくその東に居たんですよ」

 その言葉にスティフィが目を丸くして驚く。

 これは本当に驚いたようだとアビゲイルも笑みを浮かべる。

「は? 嘘おっしゃい、中央の東は延々と沼地しかないはずよ」

 そして、その沼地は人が住めるような場所ではない。

「そうですよ、私はその沼地に居たんですよ」

 と、アビゲイルは笑顔でそう言った。

「なんでそんなところに?」

 スティフィがそう言って他の者もアビゲイルの回答を待っている。

 アビゲイルは少し考えたが、自分ですらそこにいた理由が思い浮かばないし、その理由も思い出せない。

 しいて言うならば、なんとなく、だったのかもしれない。

「まあ、呪術の研究…… ですかね? そうでなければ暇つぶしです」

 これも嘘ではない。

 実際に新しい呪術の触媒をいくつも見つけ出している。

 そして、気を抜けば即座に死ぬような危険な沼地は確かに良い暇つぶしではあった。

 ただ本当の理由は、昔過ぎてアビゲイル自身が完全に忘れている。

「それはいいとして、そのあんたがなんでミアに?」

 嘘か本当か、判断しかねたスティフィは、そのことを問い詰めずに要件のみを聞き出そうとしてきた。

 アビゲイルも特に隠す必要はないので、その点は嘘偽りなく話す。

「はい、ミアさんのその帽子、なんでも他人が被ると凄い祟りがもらえるとかで?」

「え? まあ、そうですけれども?」

 ミアが帽子を両手で押さえながらそう返すと、

「ちょっと被らせてもらえませんかね?」

 と、アビゲイルは堪えきれないほどあふれ出て来た歪んだ笑顔でそう答えた。

「えぇ? いや、一週間ほど高熱に悩まされて動けなくなりますよ? その上で上も下も大変なことになりますよ?」

 ミアが若干、アビゲイルから良からぬものを感じ始め、珍しく怯えながらそう忠告をすると、

「でも死なないんですよね? なら体験してみたいんです! 私の趣味は死なない程度の祟りや呪いをこの身に受けることなので!」

 と、歪んだ笑顔を近づけてそう言ってくるアビゲイルは息を荒くして興奮している。

「えぇ……」

 それが本心で言っていると分かったミアは流石にどうしていいものか反応に困った。


「で、来て早々一週間寝込んだ感想は?」

 マリユ教授はアビゲイルが最初に訪れてから、きっかり一週間後に再び訪ねて来た弟子を塔に招き入れていた。

「はいぃ、中々良質な祟りでした! いやぁ、死なないと分かっているともう一度、いえ、もう二、三度は体験したいですねぇ」

 嬉しそうにそう答える弟子にマリユ教授は呆れた顔を見せた。

 そして、もう百年以上も会ってなかった弟子だが、まるで変ってないことに安心も覚える。

「相変わらずでほっとしたわ」

「それより師匠。なんですか呼び出しとか珍しいですね」

「私ねぇ、そろそろ引退しようかと考えてて、後継をあなたにとねぇ? ほらぁ、他の子はもういないし」

 そうは言っているが、いなくなった原因のほとんどは師匠じゃないですか、その言葉をアビゲイルは飲み込んだ。

 アビゲイルも弟子でいたかったし、師匠の研究材料になどなるつもりもない、だから言葉を飲み込んだのだ。

 ただ、このマリユと言う女が、引退する、と言う言葉はアビゲイルには理解できない。

「え? マジですか? 師匠が? 最後の原初の巫女である師匠がですか?」

 原初の巫女、と言う言葉に眉をひそめつつもマリユ教授は気だるそうに答える。

「もう生きるのに飽きちゃったのよ、それにふさわしい人も見つけたしね」

 その一言を聞いて、とうとう御眼鏡にかなう人物を見つけたのか、それならあり得るとアビゲイルは一応の理解を示す。

「えぇ、マジですか。いやでも、確かに人生最後に受ける祟りとしては主の祟りは最有力候補ですね」

 確かに死ぬと言うのであれば、無月の女神の祟りはアビゲイルとしても味わっておきたい祟りではある。

 なにせ祟り神の代名詞などと言われているような神なのだから。

「あなたと一緒にしないで貰える?」

 アビゲイルの恍惚とした表情を見て、呆れたようにマリユが返す。

「で、どんな祟りなんですか?」

 アビゲイルは興味ありとばかりにそう聞くと、マリユは楽しそう、嬉しそうに、自らに降りかかるかもしれない祟りを語った。

「私が受けるのが他の巫女達と一緒かどうかまではわからないけど、通例なら、主を裏切った後、最大限の幸福の最中に自分の娘に殺されるらしいわ」

「娘ですか?」

 余りその内容が想像できなかったのか、アビゲイルはそう聞き返した。

「そうよ、主を裏切ると必ず身籠って娘を生むの。そして私はその子をどうしょうもなく愛おしく思うようになるの。その最愛の娘に必ず殺される、そういう呪いなのよ」

「流石、主の呪いですね、なかなか味わい深くえげつないですね」

 アビゲイルも確かに祟りで死ぬのにうってつけなものだと感心している。

 しかも、娘が母を殺せるまで成長するほど長い時間を、殺されると分かっていながらも、愛おしくて手放せず育てるのだ。

 死と母性の境界に悩まされながら長い間、自分を殺す娘を育てなくてはならない。

 まさに呪いというにふさわしいものだ。

「でもね、最大限の幸福の最中に死ねるのよぉ? それは嬉しい事じゃない? だって、それ以降それを超える幸福はないんだもの」

 だが、マリユは嬉しそうにそう語った。

 最高潮の幸せの中、人としては長すぎた人生を終えれるのだ。

 それはある意味、最高の終わり方ではないか、とマリユは考えているのだ。

「なるほど。そういう考え方もできますね」

「で、私の後継者になってくれるわよねぇ?」

 マリユは笑みを浮かべ、弟子を、アビゲイルを獲物を狙う蛇のように見つめる。

「嫌だなぁ、師匠。断ったらそもそも私の命ないですよね? それに私としても願ったりかなったりですよ!」

 そんなマリユに対して、アビゲイルは笑顔でそう言って見せる。

 そして、それはアビゲイルの本心でもある。

「そう、良かったわ。じゃあ、春からこの学校の生徒ね」

 だが、その言葉にアビゲイルが驚いた声をあげる。

 自分が今更生徒になる、と言うことがアビゲイルには信じられない。

「え? 私、今更生徒になるんですか? 助教授ではなく?」

 少なくともその実力くらいはあると、アビゲイルは自負してはいたのだが、どうも自意識過剰だったようだ。

 その表情を見たマリユがクスクスと笑う。

「だってあなた、確かに天才だけど、いえ、天才だからかしらね。魔術学院の資格、何一つ持ってないじゃない。全部独学で学んでしまったでしょう?」

 そうマリユに言われ、確かにそうだったとアビゲイルもそれを認める。

 だから、魔術師としての定職に着けずに苦労して生活していたことも思い出す。

 それで芋づる的に、なぜ自分が東の沼地に住んでいたのかも、やっと思い出す。

 生活に困り返す当てもないのに借金をして、借金取りに追われて逃げ込んだだけの話だった。

「ああ、そう言えばそうでした。なるほど。それと師匠、質問なんですがいいですか?」

「なにぃ?」

「この辺りって外法の者、多いんですか?」

 アビゲイルの質問にマリユは少し驚くものの、その現認に心当たりがないわけでもない。

「え? そんなことはないと思うけど? 居たのぉ?」

 少しとぼけつつもマリユ教授は興味があるとばかりに、アビゲイルに聞き返す。

 魔術学院、しかも、今は破壊神の後ろ盾を得た魔術学院である。

 外道としても近寄りたくはないはずなのに、中央東の湿地帯に住んでいたような人物が、多いと聞いてくるほどだ。

 常人からすれば、かなりの数の、外法の者、ようは外道種がいたということだ。

「はい。小さいのばかりですけどね。なにかの様子見ですかね? この学院を取り巻くようにちょくちょくいましたよ。私に手を出してくるようなことはありませんでしたし、学院には強い加護があるようで近づけないみたいですけども」

「それは恐らくミアちゃんの影響ね。本格化してきたと言うことかしら? これが破壊神の? うーん…… ちょっと違うわよね。これはさほど気にしなくていいって事かしらね」

 そう判断しつつも、後で学院長である友人のポラリスには話しておかないと、とマリユ教授は思う。

 なんだかんだでマリユもポラリス学院長とカリナには世話になっていて頭が上がらないでいる。

 この塔に大人しく引きこもっているのもそのためだ。

「へぇ、ミアちゃんって外法の者に狙われてるんですか? 人間個人が狙われるとかあるんですか?」

「彼女もまた特別なのよ」

 そう言って、マリユは面白そうに、いや、きっとあの方も面白がるのだろう、とばかりに笑って見せた。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。


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