日常と年越しと再び訪れた者 その8
ここは学院内にある酒場に、と言っても昼は普通に数ある食堂の一つだが、この学院のとある教授が独りで新年早々から物寂しそうに酒を嗜んでいる。
それはとても美しく、どこまでも妖艶な女性だ。
だが、彼女に声をかける者はいない。
新年だから客がいない、と言うわけではない。客自体はそこそこいるが、彼女が店に入ってからは、一人、また一人と少しづつ人が減っていっている。
それらは彼女が無月の女神の巫女であるからだ。
祟り神の代名詞ともいって良い無月の女神。その女神に選ばれし巫女の一人。
そんな彼女に話しかけるどころか近づこうとする者は少ない。
それでもこの学院には数少ない彼女の友と呼べる人間が複数存在する。
普段はその友人らと食事や酒を楽しんでいるのだが、今日は一人だ。
これも新年早々だからではない、ここ最近、よく彼女は一人で酒を嗜んでいることがある。
特に彼女の友人らと約束したわけではない。
また別の者とも約束したわけではない。
だが、彼女、マリユ教授が一人でここで飲んでいると、どこからともなく男が現れマリユ教授の同じ机の席に着く。
それが最近の流れだ。
「へへへ、新年早々寂しく一人で飲んでるのか?」
男、オーケンがニヤリと嫌な笑みを浮かべつつ、マリユ教授を見つめる。
マリユ教授は気だるそうにしながらも、嬉しそうなのを隠さずに少し微笑んで返事をする。
「いえ、オーケン様、今日もあなたを待っていたんですよぉ?」
「そうかいそうか。そういや、今日すんげぇ神が来てたの知ってるかい?」
オーケンはその返答に満足し、更に上機嫌に今日起きたことを話題にあげる。
「ええ、聞きましたよ。破壊神が来ていたそうですね。私も長いこと生きていますが、生の破壊神をこんな間近に感じたのは初めてですね、身が震えてしまいましたよぉ」
そう言ってマリユ教授はオーケンに微笑みかける。
その魔性の笑みにオーケンも顔を緩める。
「あれは流石に俺も直接会おうとは思えねぇな。なんであんなのが神の座にひきこもりもしないで、ほっつき歩いてんだよ。おっかねぇなぁ、もう」
破壊神。
世界が終わりを迎えるときに、次なる世界のために世界と神を壊す役割を持つ神々だ。
その役割から本来不滅である神すら滅ぼすことが出来る存在であるが、未だ始まってもいないこの創りかけの世界では、当然ながらそんな神々の役割はない。
多くの破壊神は天空にある神の座に篭り、世界の終焉迄眠っている神がほとんどのはずだ。
分霊や化身でもなく、神本来の身で地上に降りてきている神ですら珍しいと言うのに、それが破壊神ともなると本当に稀な事だ。
「オーケン様でも怖がることあるんですねぇ?」
少しからかうようにマリユ教授が言うと、オーケンは少しムッとしながらもそれを認める。
「そりゃそうよ。俺は死ぬのが怖いからな。だから、今もあんたを抱けずにいる」
そして、そう言ってマリユ教授をまっすぐに見る。
マリユ教授は無月の女神の巫女の一人だ。
処女の守護神であると共に祟り神でもある無月の女神の巫女を抱くと言うことは、無月の女神の怒りを買うこととなる。
それは人の身では逃れなれない確実な死を意味している。
「あら、私の方はいつでも良いんですよ?」
そう言って、マリユ教授はいたずらっぽく笑う。
「いいのかよ? 無月の巫女が欠けちゃうんじゃねぇのか?」
無月の女神の巫女は、世界にいついかなる時でも一定数存在し、無月の女神を崇め、祀り、讃えなければならない。
そうでないとその神はすぐでも厄災を起こすような神なのだ。
祟り神の代表とも言えるような厄介な神である。
「私の弟子を一人、呼び寄せてますよ。今は遠くにいるんですが、春になる前にはこちらに着きますもの」
そう言って、マリユ教授はクスクスと笑った。
自分が巫女ではなくなったらその弟子に後を継がせるつもりなのだろう。
「ハハッ、随分と用意万端なことで。俺は死ぬのが怖いから、マリユちゃんは抱かないぜ?」
そうやってオーケンはおどけて見せるが、オーケンは無月の女神の祟りを回避か解除する方法を必死に探している。
今のところ成果はない。
だが、手掛かりがないわけでもない。
「それでもオーケン様なら…… そうでしょう?」
縋るような目でマリユ教授はオーケンをじっと見つめる。
「そんな目で見ないでくれよぉ、迷っちまうじゃねぇかよ」
オーケンはおどけて見せるが、目は笑っていない。
その眼はマリユ教授の願いを一身に受けている。
そんなオーケンに対して、マリユ教授はからかうよに笑みを浮かべる。
「あら、デミアス教の大神官ともあろうお方が迷うだなんて」
「そりゃな。己の命との天秤だぜ? 迷いもするぜ? まあ、今はこの話はやめようぜ」
少々分が悪い、と思ったオーケンは話しを変える。
それに今はこの話は結論が出ない。
「ええ、そうですね。今は、答えが出ませんもんね」
それを見透かしたかのようにマリユ教授がそう言って、オーケンの手を取り、指を絡ませて来る。
「答えは出てるだろ? まあ、いい。それにしてもこの学院、印持ちがちょっと集まりすぎじゃねぇか?」
絡ました指の感触とぬくもりを楽しみながら、オーケンは印持ちと呼ばれる。神に印を頂いた人間の数を数える。
「元々三人もいて、魔術学院と言うことでも、一カ所に印持ちが三人もいること自体珍しいのに、オーケン様と後もう一人増えて、一カ所に五人もいるとか前代未聞ですねぇ」
神々が人間に印と呼ばれる物を授けることは稀だ。
その印を持つ者は死後、その神の御使いにもなれる、そんな噂すらある。
それは優れた人間の証でもあり、神の寵愛の証でもあり、まさしく選ばれた者の証なのだ。
「ダーウィックの奴と学院長、それとマリユちゃんか」
それと自分、そして今日やって来た元神がかりで悪魔付きの少女とオーケンは数え、いくら何でも集まりすぎだろ、と思う。
とはいえ、この学院も成り立ちから特殊と言えば特殊だ。
この学院、設立当初から印持ちは二名も居て、更にそれ以上の化け物がいる。
その化物を頼り、印持ちの魔女が流れ着いた。
そこに面白そうだとオーケンが立ち寄り、更に今日、門の巫女を手助けするためにもう一人、印持ちの人間が現れた。
特に最後に現れた人間は印を与えられただけではなくその身に、御使い迄宿している。
ここまでくるともう仕組まれているとしか、オーケンには思えない。
「もう、ちゃん付はやめてください、そんな歳じゃないんですよぉ」
ただ同じく印持ちの目の前の妖艶な美女はそんなこと気にもしていないようだ。
「ハハッ、俺から見れば…… いや、マリユちゃん、あんた何歳だ? 俺より年上ってことはねぇだろうけどよ?」
ふとオーケンは考える。
腕の立つ魔術師は自分の老化を止めることが出来る。
それは寿命を延ばすことはできても、なくすことはできない。
どんなに優れた魔術師でも人間の力だけでは、二百五十年から三百年程度が限界だ。
そういう意味では副学院長であるウォールドの寿命は実は近かったりする。
ただし、それは神から授けられた印の力により、望めば寿命を限りなく永遠に近い時間にまで伸ばすことが出来る。
マリユ教授も神から印を与えられた巫女であり魔女だ。
オーケンが想像しているよりも長く生きている可能性も十分にある。
何よりマリユ教授の経歴はオーケンが調べてもよくわからない。
この学院に来る前の経歴が全く見当たらない。
「女に歳を聞いちゃダメですよぉ。でも、少しだけ。この学院ができたのが大体百五十年前。メリッサとウォールド、それにダーウィックとカリナの夫婦。その四人でここに学院を立てたんです」
「ああ、確かそれくらいのはずだよな。ダーウィックが結婚して南にひきこもったのは」
確かにその頃、ダーウィックがデミアス教の大本山のある北を離れ、この地にやって来た。
だから、デミアス教的には北側はクラウディオ大神官の物となり、南側はダーウィック大神官の物となった。
これによりデミアス教内部の権力争いは一旦収まりを見せ、デミアス教としては異例の安定した時代へと突入している。
ついでに、オーケン大神官はいつの時代も世界を歩き回り、権力争いとは無縁の存在だ。
「その中でぇ、私が誰よりも一番付き合いの長いのがカリナなんですよねぇ、後はご想像にお任せしますよ」
オーケンが調べた情報では、カリナは神代戦争の時代から存在している巨人、その唯一の生き残りだ。
下手をすれば更にその昔、巨人が神々に戦いを挑み、巨人が滅びるきっかけとなった巨神戦争の頃から生きている可能性すらある。
カリナの年齢は最低でも優に四桁なのはオーケンにはわかっているが、目の前のマリユと言う魔女も、下手をすれば四桁の年数を生きている可能性もないわけではない。
「ん? んん? 待て待て待て、ひょっとしてあんた俺より年上なのか?」
オーケンとて既に五百年以上生きている。
自分より年上の人間など片手で足りるほどしか存在していない。
もしかしたら、今日、今ここでそれが片手で足りなくなるかもしれない。ただそれだけのことだが。
「ないしょですよぉ」
そう言って、指をさらに絡ませマリユ教授はただただ笑みを浮かべている。
「まさかこの歳になって姉さん女房と出会えるとは思いもしなかったが、ふむ……」
まあ、それも悪くない。
オーケンがそんなことを考えていると、絡まっていた指がすっとほどけ、そのぬくもりが失われた。
「あら、やだ。私、結婚するだなんて言ってないですよ?」
マリユ教授は嬉しそうに微笑みながら、それでからかうようにそう言った。
「人生最後の女が年上って言うのも悪い話じゃねぇーよなぁ?」
それを見たオーケンはやはりニヤリと笑うだけだ。
「なら、早く決心してくださいねぇ?」
マリユ教授はオーケンの眼をじっと見つめながら、そう言うのだがオーケンのは目線を外さないままはぐらかす。
「はぁ、それはミアちゃん次第だな。知ってるか? 今日来ていた破壊神が言ったらしいぞ。神々に何か言われたら破壊神よりもロロカカ神の名を出した方が良いんだってよぉ」
そして、ミアこそが、ミアの崇める神こそが、無月の女神攻略の鍵ではないかと、オーケンは考えている。
少なくとも既存の方法では、無月の女神の祟りを回避することはできない。
であるのならば、その方法は未知の神に頼るしかない。
「ええ、聞きました。だから、今日こうして待っていたんですよ、居てもたってもいられずに」
そう言ってマリユ教授も嬉しそうにオーケンの瞳をじっと見つめる。
「無月の女神の祟り、ロロカカ神なら解けると思うか?」
オーケンはマリユ教授の目をまっすぐ見ながらそう聞くと、マリユ教授はつまらなそうに、嘲笑するように笑った。
「それを私に聞くのは無意味じゃないですか? 答えは無理ですよぉ」
長年巫女を続けて来たからこそマリユ教授には分かる。
無月の女神の恐ろしさを。その執念深さを。
あの神を裏切って無事で済むわけがないと。
無月の女神は嫉妬の女神とも言われている。本当に執念深い神だと言うことは、マリユ教授自身が良く知っていることだ。
裏切った者を許すとは到底思えない。
あの女神は他の神を敵に回しても自分を裏切った者に復讐を果たす。マリユ教授が崇めている神はそんな神だ。
「そうか? 俺は案外いけるんじゃないかと考えている。あの今は悪魔憑きについてた神」
「魔術の神でしたっけぇ?」
「ああ、そう神格が低い神じゃねぇんだよ。分霊だったとしても名を聞いただけで逃げ出すなんてことは普通じゃあり得ない」
今、オーケンが思い出しても面白い、威張り腐った神が、その名を聞いただけで分霊とはいえ裸足で逃げ出したのだから。
それを考えるとオーケンは笑いを堪えずにはいられない。
しかも、その神が特に神格が低い神でもない。それなりに名の通った神だ。
ロロカカ神、オーケンですら聞いたことのない未知の神だが、だからこそ希望が持てると言うものだ。
そんなオーケンを嘲笑うかのようにマリユ教授が口を開く。
「そうですねぇ、実は私も神託を頂いているんですよ」
これは誰にも言ってないことだ。
学院長にもカリナにすらも言っていない。
「はぁ?」
と、オーケンが間抜けな顔を見せる。
「あの子を手助けしてやれって」
「無月の女神が?」
一瞬で鋭い表情になったオーケンが、また一瞬で面白そうな笑みを浮かべて確認してくる。
マリユ教授は、あの子、ミアを手助けしろと、無月の神から神託を頂いているというのだ。
嫉妬深い女神が他の神の巫女を助けろ、だなんて自分の巫女に普通なら言う訳がない。
「ええ、長いことあの方の巫女をしていますが、こんなことは初めてです。他の神の巫女を助けろだなんて。そうじゃなければ私だってあの子の髪の毛、欲しかったですよぉ」
確かにミアの髪の毛は呪物のような物であり、マリユ教授の手にさえ余る様な品物だ。
だからこそ、逆に欲しくなる。マリユ教授はそう言う人間だ。
それを神はわかっているのか、事前に、それこそミアが学院に訪れる前に、無月の神はマリユ教授に神託を受けている。
だから、マリユ教授は最初からミアに協力的だったのだ。
他の生徒であれば、そもそも助けなどしないし、逆に利用してやろうと考える人間であり、まさしく魔女の本質を持っているのがマリユ教授と言う女だ。
だが、それを止めるかのように、無月の女神が事前に神託を下している。
それは無月の女神がロロカカ神の巫女に気を使っているようにも思えるし、ミアが門の巫女と言う世界の行く末にも関わる存在だからなのか、その判断はマリユ教授にも付かない。
他の神の巫女を手助けしろだなんて神託は、気が遠くなるほど長く巫女を続けていたマリユ教授にとっても初めての事なのだから。
「あの髪の毛も化け物じみてるな。あの帽子で隠してはいるが…… あれも謎すぎる。少なくとも人間の髪の毛じゃねぇよな」
オーケンの眼にもミアの髪の毛は異様だと映っている。
だが、危険すぎる。恐らく祟り神であるロロカカ神の御力が籠っている、それを身近に置きたいとすら思わないほどに。
珍しいものが好きなオーケンですら、しりごみする程の呪物。
無理やり、いや、偶然にでも手に入れても、まず間違いなく祟られるような代物だ。
今まで大事に至らなかったのは、あの帽子のおかげなのだろう。
あの帽子がなければ、ミアは行く先々で災いを振りまいていたことだろう。
それこそ魔女のように。
「確かに手に余るものではあるけれど、だからこそ、手に入れてしまいたい。そう思うのが人間ですものねぇ。まあ、手に入れたところで私では扱えないですけれども」
手に余る品であるからこそ、切り札にもなる。
当時は本当に手に余るものだし神に言われているので、マリユ教授もそれほど興味を持とうとも思わなかった。
ただオーケンと出会っている今なら喉から手が出るほど欲しい物でもある。
しかし、それを神に先んじて潰されている。
釘を刺されてた以上、その神の巫女であるマリユ教授も流石に動くこともできない。
だが、それだけにマリユ教授にも希望を持たせてしまう代物ではある。
オーケンの言う通りロロカカ神は無月の女神の攻略になりうる存在なのかもしれない。
「マリユちゃんが扱えないなら、誰も扱えないじゃねぇのかよ」
「あら? オーケン様なら扱えるのではなくて?」
「俺がかぁ、流石にあれは自信ねぇなぁ」
そう言ってミアの黒髪を思い出す。
身震いするほど不吉で鮮やかな漆黒の髪。
なんであんな呪物を頭から生やして平気でいられるのかわからないほどの呪物だ。
耐性がある、そんな話ではない。
恐らくあの髪の毛はミアを害することはない。まさしく神に寵愛された少女なのだろう、ミアは。
ではミア以外が、それをミア以外のために利用とすればどうなるか。
考えるまでもない。
「あら、意外ですね」
「あれを扱うなら、それこそ命がけじゃねぇかよ。あんたを抱くのにどれだけ命かけなきゃなんねぇなんだよ。猫でも足りねぇんじゃねぇか?」
オーケンは結局話が戻っていることに気づいて、マリユ教授が飲んでいた酒を奪い一気に胃に流し込んだ。
「おや、その肉どうしたんですか?」
フーベルト教授が台所を訪れると、そこには大きな肉の塊が置かれている。
白い脂身が多いが、かなり上等な物に思える。
「ミアちゃんに頂いたんですよ」
肉の状態を見ていたサリー教授が振り返らずにフーベルト教授に答えた。
今日はマリユ教授が一人で飲みに行く、と言うのを聞いている。
で、あるならば、オーケンも恐らくそちらへ行くはずだ。
昨晩の大晦日のように、婚約者との一時を邪魔されることは今日はないはずだ。
サリー教授の機嫌も自然とよくなる。
「へぇ、なんの肉ですか?」
「立派な猪でした。完璧に血抜きされているし鮮度も良いので、きっとおいしいですよ、これで新年のお祝いをしましょう」
普段のたどたどしい口調ではなく、サリー教授は普通に答える。
これが本来のサリー教授の口調だ。
普段のたどたどしい口調も演技などではない。
彼女は極度の人見知りであると共に人間不信であり、神に対してもそれ以上に不信を抱き、恐れているからだ。
彼女が本来の口調でいられるのは、心から安心しているときだけだ。
「となると、それはロロカカ神に捧げられた物ですが平気ですか?」
婚約者の神嫌いを理解しているフーベルト教授は、先にそのことを伝えてやる。
どうせ後でわかることだ。
ならば先に、教えてやるのが優しさだ。
とりあえず、サリー教授の手はピタリと止まる。
「あっ、あぁ…… ま、まあ、平気…… ですよ。それに少しづつ慣れていかないと…… いけない事ですし。この世界に神は溢れているんですから…… それにフー君は…… 神様大好きじゃないですか」
口調がたどたどしくなり、口元が少し引きつっている。
ただ彼女の言うことはもっともなことで、この世界に神の力は溢れている。
いずれ克服しなければならないことだ。
「それは…… そうですが。えっと、では、その肉の調理は任せていいですか?」
返答に困ったフーベルト教授は結局は、その判断を当人に任せることにした。
「ええ、問題…… ない…… ですよ……」
サリー教授は肉の塊から目を離せなくなりながら、おどおどと答えた。
そして、その場を行ったり来たりしだした。
「緊張してるじゃないですか」
そう言って、フーベルト教授は引き攣った顔をしているサリー教授を眺める。
そんな顔も悪くないと。
その視線に気が付いたサリー教授は顔を真っ赤にさせる。
「もう! んー、何か食べたい物ありますか?」
そう文句を言ってくるサリー教授は既にフーベルト教授が知っている普段の彼女だった。
サリー教授は全てにおいて自分より強い。
フーベルト教授はそのことをよくわかっている。
「サリーが作ってくれるのであれば、なんでもかまいませんよ。どれも美味しいですからね」
そう言われてサリー教授も迷いもしたが、もう日が暮れている。
もう手の込んだ物も作る暇はない。
「寒いですし鍋で良いですよね。お野菜を保存庫から取ってきますね」
「はい、ボクも手伝いますよ。そうそう、もう知ってると思いますが、破壊神が、それも神の本体が来ていたそうですよ、ボクも会いたかったですよ」
本当に残念そうにフーベルト教授はそう言った。
「よくそう思えますね……」
サリー教授は破壊神にすら会いたいという自分の婚約者に少し呆れた表情を見せた。
「巫女様巫女様! ここ空気、良くない、良くない! 違う場所、違う場所、うつるうつる」
まだ日が上がり切ったばかりの朝からミアの部屋にディアナが押し掛け、ミアの布団をはぎ取りミアに先ほどから同じような言葉を掛けて来る。
朝の冷気に身を震わせて、流石に迷惑そうに寝ぼけ眼でミアがディアナを見て、
「えぇ、引っ越せってことですか? 流石に無理ですよ」
そう言った。そして、剥がされた布団を取り戻し肩から掛けなおす。
部屋は冷え切っておりとてつもなく寒いからだ。
「引っ越すなら私の部屋もお願い、貴族で親友のミア様」
そんなミアに、ミアの部屋の入口から、頭を右手で押さえたスティフィが無気力に言葉を投げかけて来た。
ディアナがやって来たので、二日酔いに苦しみながらもミアの様子を見にやって来たのだ。
「だから、無理ですってば。まあ、とりあえず食堂へ行きましょう。昨日の猪の残りを料理してくれているはずですよ!」
ミアはそう言いつつも流石に朝早すぎる。ともわかっているが、このままディアナにここで騒がれたら周りに迷惑だ。
それに食堂であれば、暖炉があり暖かいはず、ともわかっている。
スティフィも起きているので、このまま食堂へ行ってもいい。
「今日はさっぱりしたものが食べたい」
それを聞いたスティフィが、頭からおでこ、おでこから更に顔伝いに手を下げ、顔を覆った手の指の隙間からミアを見ながらそう言った。
スティフィにしては珍しく髪の毛までぼさぼさだ。
「スティフィ、昨日もお昼から、ずっとお酒飲んでましたよね? そのせいじゃないんですか?」
ミアはどう見ても体調の悪そうなスティフィにそう声をかける。
「そうよ。久しぶりにあんなに飲んだから、頭が今もグワングワンするわよ。ねぇ、二日酔いの薬ってないの?」
スティフィは助けを求める様にミアに視線を送る。
左肘に仕込まれている使徒魔術を使えば、この苦しみから解放されるかもしれないが、流石に二日酔いで使う気にはなれないし、あの使徒魔術は契約上の使用制限の多い魔術でもある。
少なくとも今使える魔術ではない。
「そう言う薬ならジュリーの方がもう得意ですよ。内服薬はそもそも私じゃまだ教われないんですよ」
「あんなに講義受けてるのに?」
スティフィのその言葉に、同じ講義を受けてるじゃないですか、とミアが冷たい視線を送るが、今のスティフィにそれを向けるのも酷なのかもしれない。
「やっぱり口に入れるからですかね? 調べたら基準が厳しいんですよ。購買部に卸さなければ作ること自体は平気ですけど」
恐らく今のミアでも知識的には作る事はできる。
だが、それを売ったりするには資格が足りない。
と言うことは、ミアにとって作る意味は薄く、もちろん手持ちはない。
今から作っているのでは間に合わない、というかスティフィの症状は午後には治っていることだろう。
今から作る意味などない。
「うぅ、とりあえず食堂へ行ってジュリーを待つわ」
それでも期待は薄いだろうが特にできることもないのでスティフィは身支度しに戻ろうとする。
「今日は来るでしょうか? あっちはあっちで行事があるそうじゃないですか」
そこへミアが声をかける。
輝く大地の教団も太陽の戦士団ほとではないが、新年の行事は多い。本当は昨日こそ重要な行事があったのだが、ジュリーはミアに付き合うことでその行事への参加を免除されている。
「そう言えばそんなこと言ってたわね…… まあ、食堂行ってから考えましょう……」
そう言って、スティフィは頭右手を置きながら一旦自室へと戻って行った。
「巫女様! 巫女様! ここ空気! わるい! わるい!」
と、早朝から周りを気にせず大声で叫ぶディアナにミアは視線を戻し、
「そうですね」
と、ミアも少し困りながら返事をした。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
あと感想などいただけると大変励みになります。
さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。
その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。
その他の小説の進捗は、活動報告からどうぞ!