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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
日常と収穫祭と下水道の白竜

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72/187

日常と収穫祭と下水道の白竜 その7

「よぉ、どうしたよ、雁首揃えてよぉ」

 オーケンはにやけ顔でミアちゃん係一行とガスタル副隊長を迎え入れる。

 ここはオーケンが住んでいる借家だ。

 部屋は掃除されておらず、床にはいたるところに空の酒瓶が転がっている。

 かろうじて足の踏み場だけはあるような状態だ。

 ミアは何となくエリックの部屋を思い出し、顔をしかめる。

 そのエリックはやはり部屋の汚さには何も感じていない。

「師匠、地下下水道の呪詛痕、あれはいったい何ですか? 場合によってはカリナさんに言いますよ」

 すぐにマーカスがオーケンに食って掛かる。

 ガスタル副隊長でさえ、どう話を切り出すか様子を見ていると言うのに。

 法の神に人類と認められたカリナを除けばだが、人類最強にほど近いオーケン、しかも、デミアス教という邪教の大神官であり、関わるだけでろくなことにならないと言われている伝説の魔人に好き好んで接触したがる人間は少ない。

 同じデミアス教徒のスティフィなどはかしこまってその場に跪いており、その目線はオーケンの足元のみを見ている。

 ジュリーはガスタル副隊長の陰に隠れていて目も合わせていない。

 物怖じしていないのは、慣れているマーカス、誰に対しても物怖じしないミアとエリックくらいだ。

 ある意味、ミアとエリックはとても稀有な存在とも言える。

「チッ、すぐダーウィックのカミさんに頼るよな、ケッ!」

 オーケンはカリナの名を出されて悪態をつく。

 そのオーケンでさえ、カリナと始祖虫の戦いをマーカスの額の刺青の目を通して見て、ただただ驚愕しかできなかった。

 あまりにも力量が違いすぎて、どうこうできる相手ではないことだけは理解してしまっている。

 ただそれはオーケンにとっては嬉しいことでもある。

「師匠を止められるのは彼女くらいですので」

 マーカスがニヤリと笑ってオーケンを見て、オーケンはそんなマーカスを睨むように見つめる。

 しばらく、そんな緊張感のある静寂がその場を支配していたが、その張り詰めた緊張感が急に溶けるように消えていく。

「あー、はいはい、あれは俺の魔術の触媒を育てているだけで他意はねぇーよ」

 オーケンが観念したように、右手をパタパタと振りながらそんなことを言った。

「呪詛痕を魔術の触媒に? ですか?」

 マーカスが信じられないことを聞いたように驚いた。

 そのマーカスの表情を見てオーケンは満足気にニヤリと笑う。

「おぅよ、今は失われし古代の魔術触媒って奴だな。魔力を借りる代わりに、呪詛痕を使徒に捧げて術の効果を得るんだよ。拝借呪文なんてもんが流行る前には何かしらを捧げてたんだよぉ」

 オーケンが得意そうに説明すると、その説明を聞いてミアが目を輝かせる。

「そうなんですね、勉強になります」

「おぅ、ミアちゃんよ、おじさん、為になるだろぉ?」

 そう言って、オーケンはミアを面白いものを見るように、それでいて、舐め回すように観察する。

 そうしているうちにオーケンの目がぎらついて行くのにマーカスは気づく。

 このままではまずいと、マーカスがオーケンに話しかける。

「そうだとしても、あの量の呪詛痕はまずいですよ、全部払ってしまいますからね」

 マーカスにそう言われ、オーケンは少し嫌そうな表情を見せた。

「隠しておいたんだがな。ミアちゃんの精霊に干渉されてすべて術がおじゃんだ。まあ、隠されているうちは安全だったんだがな。今はたしかに危険だし、いいよぉ、好きにしな。あぁ、せっかくカタツムリを一匹一匹丁寧に変えていったっていうのによ」

 そう言ってオーケンは、ため息をついた。

 夜な夜な汚い下水道に行き、カタツムリに呪詛を埋め込み呪詛痕として育て上げた苦労がすべて水の泡だ。

 その呪詛痕を隠していた術も、そう簡単に解除できる術でもなかったはずだが相手が悪かった。

「え? あの呪詛痕、元はカタツムリなんですか……」

 跪いたままのスティフィが少しあっけにとられて、その言葉を口にした。

 スティフィが我も忘れてそう口にしたことに、オーケンは嬉しそうな顔を見せる。

「おぅよ。あのカタツムリは良質な呪詛痕の元だったんだがねぇ、まあ、仕方ない」

 オーケンにとって、それなりの痛手にはなるのだが、必須というわけでもない。それに予想だにしていなかった面白い物も見れた。

 オーケンにとってはそっちの方が重要だ。

「精霊が干渉したって言うのは何でですか?」

 ミアがそう聞くと、

「その精霊はさ、ミアちゃんになんかしようとすると、反撃してくんだよ。俺の掛けてた術は呪詛痕を認識できないようする術でな。呪詛痕っていう物は、そもそも認識していない相手には何もしないから安全だったんだよ」

「それがミアの精霊の反撃にあい、その術が破壊されたと?」

 マーカスがそう確認すると、オーケンはそれを素直に認める。

「そういう訳だよ」

「では、あの鰐はなんなんですか? 呪詛痕を食べるってことは蠱毒の一種ですよね?」

 マーカスがそれが本題とばかりに、オーケンを睨む。

 そんなマーカスを見てオーケンはやはりニヤリと笑うだけだ。

「はぁん? マーカス、おまえはあの鰐なんだと思う? 全部、俺に聞かないとダメなんかよぉ?」

 マーカスを挑発するようにオーケンがそう言う。

 その答えは自分で考えろ、そう言っているかのようだが、マーカスにはまるで見当がつかない。

 呪詛に完全な免疫を持つ鰐に呪詛痕を喰わせても何も起こるわけもない。

 だが、このオーケンという生きる厄災のような男が仕組んだことだ。

 なにか良からぬことに違いない、そうマーカスは考えるのだが、考えれば考えるほど訳が分からないし意味がない。

「くっ、良いです。こちらで対処しますが、どうなっても文句は言わないで下さいよ」

 マーカスは苦し紛れにそう言った。

 どちらにしろあの呪詛痕は払わなければならない。

 その上であの鰐もどうにかしないといけない。

 マリユ教授の話を信じるならば、鰐は呪詛生物にはなりえないはずだ。なら、少なくとも鰐の方はどうにでもなる。

「ハハッ、好きにしなよぉ、まあ、がんばれよ。俺は見ているだけでも楽しいからな。もう出てけよ、俺は酒でも飲みながらじっくりここから見学させてもらからよぉ」

 そう言って、オーケンは一行を睨んで、手で追い払うような仕草を見せた。


 訪ねてきた全員が去った後、オーケンは酒瓶から直接酒を飲んで一息ついた。

「っていうか、あの白い鰐、なんで呪詛痕なんてもんを食べてんだ? ありゃ一体何なんだよ、ほんと楽しいな、ここは」

 オーケンは誰に言うでもなくつぶやいて、再び酒を煽る。


「クソッ、今回も師匠が裏で糸を引いていたんですか!!」

 マーカスがオーケンの借家の前で地団駄を踏んで悔しがる。

 その姿をスティフィが少し感心したように見ている。

「あんた、よくあのオーケン大神官相手にため口で話せるわね……」

 スティフィからすれば雲の上の人間だ。

 なにせ敬愛するダーウィック大神官よりも位の高い大神官なのだ。

 それにその実力もダーウィック大神官を超えていると言われている。そんな相手にスティフィはため口などで話せるわけはない。

「師匠はため口で話したほうが喜びますよ、そう言う人ですよ。まあ、そんなことは良いんですよ。これからどうしますか?」

 スティフィの気なども知らずにマーカスはそう言って、ガスタル副隊長に相談する。

 ガスタル副隊長は少し考えてから、

「どうもこうも。とりあえずマリユ教授の話では鰐は呪詛生物になりえない、ってことですよね。なら話は簡単です。まず呪詛痕を排除して、後はエリックを筆頭にあなた方が鰐を捕まえればいいだけです」

 そう判断した。

 元よりそんな話だったとガスタル副隊長は聞いている。

「おぅよ! 任せてくださいよ!」

 と、エリックは元気よく返事をするが現状を理解しているともガスタル副隊長には思えない。

 エリックの返事で逆に心配になるほどだ。

「まあ、そうなりますよね、問題は呪詛痕ですよね」

 ただマーカスの方はちゃんと現状を理解できているようで、難しそうな顔をしつつガスタル副隊長を見ている。

「呪詛痕の量にもよりますが、まあ、それはこちらで処理しますよ。マーカスとスティフィが判断して手に負えない量という事なのですよね?」

 確認するようにガスタル副隊長は聞いてくる。

「あれの量は無理よ」

「ですね、下手をしなくても死人が出ますね」

 スティフィとマーカスは地下下水道にあった呪詛痕をの量を思い出してそう言った。

 あそこにあった呪詛痕に呪われれば、その一つ一つでも命にかかわるような不幸を体験できる代物だ。それが無数に存在している。

 とてもじゃないが、生徒に任せられるようなものでもない。

「そこまでの量というならば、生徒や訓練生に任すことはできないですね。まあ、確認もこちらで一応はしますが」

「今日はこれで終わりです? 謎解きみたいで楽しかったのですが」

 ミアが少し残念そうにそんなことを言った。

 その言葉でスティフィはピンときた。

 ここ最近ミアが色々なことに首を突っ込みたがっている理由がやっとわかったからだ。

「ミア…… あんた娯楽に飢えているのね? ティンチルで娯楽を知ってしまったせいで」

「え? そ、そんなことは……」

 スティフィの言葉にミアはうろたえる。

 今まで気づきはしなかったが、そう言われてミア自身、初めて自覚したかもしれない。

 ただそれはスティフィにとっては好都合だ。よりミアをデミアス教に引きずり込みやすくなることでもある。

 ミアが必要以上にうろたえているのを尻目に、ジュリーがふと気づいたことを口にする。

「でも、鰐なんて珍しい生き物ですよね? 暗黒大陸との境目にある実家の方でも珍しい生き物でしたよ。事務所で聞けば鰐の出どころがわかるんじゃないんですか?」

 少なくともこの辺りには鰐は居ない。

 仮にいたとしても、この辺りの極端な気候に耐えきれずに住み着くことは不可能だ。

 夏は異様に蒸し暑く、冬は北国並みに寒くなるこの地方の夏と冬は独特なものだ。

 だが、たしかに気温差の影響を地上よりは受けにくい地下下水道であれば、鰐も生き残ることができたかもしれない。

 地下下水道に逃げ込むにしても、ある程度は人の手がないと流石にこの辺りまで鰐が来ることはない事には変わりない。

 その人の手を、この魔術学院で一手に引き受け、手引きしているのが事務の人間達だ。無論、正規の手続きを踏んでいるならば、という条件付きだが。

「それは…… 確かにそうですね。ガスタル副隊長はどうしますか?」

 マーカスにとって事務所は怒られ説教される場所という認識だったので思いもよらなかった言葉だ。

 確かに魔術学院の敷地内にいる珍しい生物なら、事務所に記録が残っていても不思議ではない。

「私も行きましょう、その方が話が早いでしょうし、少し興味があります」


「え? 鰐ですか…… えーと、少し待ってください、っというか、本来は明かせないんですけど…… ガスタル副隊長がご一緒という事で特別ですよ?」

 本格的にミアちゃん係の事務員となったミネリアがそう言い、ミアに憑いている精霊を警戒しながらも書類に目を通していく。

 彼女の目は特別な目で常人には見えないはずの精霊を直接、見ることができる水晶眼と呼ばれる特別な目を持っている。

 ミアに憑いている大精霊ともいうべき強大な精霊を今も見ることができているのだ。

 いつ見ても海にいるという蛸のような姿のそれは、人では扱えないほどの大きな力の塊、台風そのものが凝縮したかのようにミネリアには感じる。

 そんなものが身近にあるのだ。慣れてきているとはいえ、気にならない訳がない。

 それでも今は鰐のことに集中する。早く仕事を終わらせればそれだけ早くこの状況下から抜け出せることは確かなのだから。

 ただ少なくともミネリアの記憶では鰐なんてものを扱った記憶はない。

 外部からの取り寄せ記録の名簿をどんどん過去へと遡っていく。

「すいませんね。ちょっとしたもめ事が起きてまして」

 ガスタル副隊長がそう言って、軽く頭を下げると、ミネリアのほうがかしこまってしまう。

「いえいえ、そういう事であれば…… 鰐、鰐…… あ、ありました! でも、近年ではこれしかないですね。五年前にグランドン教授が卵を取り寄せていますが、未受理となっています」

「未受理?」

 ガスタル副隊長が怪訝そうにそう聞き返すと、ミネリアが書類を見ながら深く頷いた。

「はい、配達途中で紛失したらしくて、グランドン教授には届いていませんね」

「どうします? グランドン教授に話を聞きに行きますか?」

 探偵ごっこでもやっているつもりなのか楽しそうに、ミアが目を輝かせながらガスタル副隊長に聞く。

 そんなミアにガスタル副隊長は少し困った顔を見せる。

「紛失した理由は?」

 そして、再度ミネリアに詳細を聞いていく。

「輸送途中に卵が孵ってしまい逃げ出したと当時の書類には書かれています」

 ミネリアの言葉にガスタル副隊長も頷く。

 鰐の卵など貴重なもので、いつ孵化するのかもわからなかっただろうし、もしかするとそもそも孵化するとは考えてなかったのかもしれない。

「という事は、グランドン教授の手にはわたってもいないと?」

「はい、たしか、目的は…… 対呪術用の研究という名目になってますね」

 そう言って、ミネリアはその書類自体をガスタル副隊長に渡してくれる。

 ガスタル副隊長が書類に目を通す。

 確かにミネリアの言葉通りのことが書かれているが、それ以上のことも書かれていない。

「五年前? という事は師匠は関わっていない?」

 マーカスがそのことを聞いて、ハッとする。

 あの鰐の件にはオーケンが関わっていなかったことにマーカスがやっと気づく。

 もしかしたら、あの鰐は呪詛痕の元がカタツムリだと知っていて、それを食べただけなのでは、なんてことをマーカスは考える。

 さぞ熟成されたカタツムリだったのだろう。

 マーカスは自分で想像しておいて嫌な表情を浮かべる。

「じゃあ、なんで鰐が呪詛痕なんて食べたって言うのよ?」

 マーカスがなぜか固まっているので、スティフィがそんなこを口にする。

「え? その鰐が生きていたんですか? 呪詛を食べる? なんですか? それ本当ですか? 大事件じゃないですか!!」

 と、事務員のミネリアがその事実を知って騒ぎ出す。

 そして、ハッと気づいたようにミアを見る。

 ミアももう慣れたもので、私じゃないですよ、と首を振るだけにとどまった。

「ですから、私もこうやって同行しているんですよ」

 その様子を見て、ガスタル副隊長がミアを擁護するようにそう言った。

「あっ、な、なるほど……」

 と、ガスタル副隊長の言葉でミネリアも納得する。

 騎士隊の副隊長がわざわざついてまわっているほどのことなのも、それなら理解できることだ。

「ガスタル副隊長、どうしましょうか?」

 背の低いミアがガスタル副隊長を見上げてそう言った。

 ただその視線は、もう少し楽しみたい、そう言った想いを強く内包している。

 しばらく、その視線にガスタル副隊長は困った後、決断する。

「そうですね、どちらにせよ。呪詛痕を排除してからですね。それまでは地下下水道の立ち入り禁止、というところですか。とりあえず鰐は呪詛生物にはなりえない、とのことで、その後のことは、やはりエリックにおまかせしますよ」

 ガスタル副隊長はそう言って一息ついた。

 今日の気晴らしはこれで終了で、後は意識がなくなるまでまた書類仕事をするだけだ、とガスタル副隊長はため息をついた。

 もうしばらくミア達と行動を共にして気晴らししていたい気持ちもあったが、詰め所に残してきた者達のことを考えるとそうも言ってられないことをガスタル副隊長もわかっている。

「そう言えば呪術には強い耐性があるんでしたよね。じゃあ、マーカスさんの首飾りも効かないんじゃないんですか?」

 ミアが気づいたようにそんなことを言う。

「まあ、そうですね。首飾りを付けて油断していたら危なかったかもですね」

 マーカス自身もそのことには気づいているらしく特に驚くようなこともなく答える。

「今日はこんなところだろう。今日は上がっていいぞ」

 そのやり取りを見てガスタル副隊長がそう言った。

 その言葉にミアがあからさまに不満そうな顔を見せる。

「ミア、不満そうね」

 と、スティフィがからかうように言う。

「今日も何もできませんでした」

 と、やはり不満そうにミアはそう答えた。


 地下下水道の呪詛痕がすべて払われたのは一週間後、既に後期の講義は始まった頃だ。

 後期の講義が始まってしまい、さらに騎士隊関連がまだ忙しいので中々五人がそろうことがなかった。

 忙しいエリック抜きで行こうにも、この件はエリックが責任者であるし、下水道への鍵もエリックが預かっているとのことだ。

 どうにかこうにか、エリックの予定に合わせ全員が集合できたのは、収穫祭の三日前だった。

「明日からは収穫祭の準備があるので私たちも忙しんですが?」

 と、ミアがエリックに言うと、目に下に黒い隈を作っているエリックが頷く。

「なら、これが最後の機会だな! 今日こそは鰐を捕まえるぞ……」

 と、ふらふらになりながらエリックが言った。

 さすがにミアも心配になるが、声をかけたのはミアではなくスティフィだった。

「ちょっと、ふらふらじゃない? 大丈夫なの?」

 スティフィはからかうようにそう言った。

 実際にスティフィの表情からに、心配しているといった物は微塵も出ていない。からかっているだけなんだろう。

「ちょっとダメかもしんない…… ここ数日まともに寝れてねぇ……」

 エリックはふらふらしながらそう答えた。

 呪詛痕払いにも参加していたエリックは昼は肉体労働、夜は事務処理の手伝いとほとんど休んでいない。

「あ、あとやっぱり師匠は鰐のこと知らなかったらしいです。やっと白状しました。その上で、捕まえてこいって例の首飾りもいろいろと改良されて、多分これなら鰐にも効くはずだと……」

 そう言ってマーカスは少し飾りが多くなった首飾りを見せた。

 黒い、恐らくは黒曜石の飾りがいくつかと、見たこともない石がいくつか追加されている。

「呪術の類は効かないって話じゃなかったですか?」

 それを見たミアがそう言うと、

「呪術、つまりは呪いの類はそうですね。なので、それ以外の術を施されたんですよ」

 と、マーカスは少し困ったように言った。

「え? なにそれ、聞いて大丈夫な奴?」

 と、スティフィが顔をしかめながら聞く。

「き、聞かないでください……」

 マーカスは視線を合わせずにそう言った。

「わ、わかったわ…… 私は聞かないし、聞けない」

 マーカスの後ろにいるのはオーケン大神官だ。

 スティフィがどうこうできる範疇にないどころか、スティフィの立場的には協力しないといけない。

「あ、あとカタツムリで作った呪詛痕ですが…… 師匠が言うには割と美味だったと…… あれなら鰐も食べるんじゃねーのと……」

 マーカスは歯切れが悪そうにそう言った。

「はっ? あれを食べたの?」

 スティフィがその言葉に驚く。

 呪詛痕を人間が食べるだなんて正気の沙汰ではない。しかも、地下下水道にいたようなものをだ。

「俺は食べてないですよ! というか、流石に俺が食べたら寝込むような代物ですよ」

 人間にとっては完全に毒でしかないものを食べる勇気はマーカスにはない。

 食べて平気なのはオーケンが既に人間という枠組みから、大きくはみ出しているからだ。

「流石はデミアス教の大神官ですね、やることが違いますね」

 ジュリーが引きながらも感心したようにそう言って、

「珍味って奴ですか?」

 と、ミアが不思議そうにそう聞いてきた。

 ただその質問に答えれる人間はここにはいなかった。

「いや、まあ、知らないわよ、そんなの。私は絶対に食べたくないけどね、いろんな意味で」

 げっそりした嫌そうな顔でスティフィがそう言った。

 その顔を見てミアは話題を変える。

「あっ、私も暇だったので新しい使徒魔術を契約したんですよ! 自分で契約更新もできるようになったので。で、せっかくなので出の速い上に拘束できる魔術を契約しました!」

 少し自慢げにミアは胸をはる。

 今日も荷物持ち君は下水道に入れられないが、古老樹の杖は下水道に持ち込むつもりでいる。

 エリックはともかく、ミアにとっては今日が鰐捕獲に参加できる最後の機会だ。

 ぜひとも鰐を捕獲してこのバカげた騒動に蹴りを付けたいと思っている。

「色々と手早いというか、もう自力で契約更新出来るんですが…… さすがですね」

 マーカスが半ば呆れたようにそう言った。

 出会ったころにはまだ覚えたての使徒魔術をつかっていたのに、もう自分で契約更新を行えるようになっており新しい魔術の契約までしている。

 ミアの魔術の才能は本物なのだろう。

「本当にね。魔術の才能はえげつないのよ、ミアは」

 スティフィも憎たらしそうにそう言った。

 自分がそこまでできるようになるまでに、三倍の時間はかかったはずだ。

 しかも、厳しい狩り手の訓練の中でだ。

 まさに神に愛された才能とでもいうべきなのだろうか。

「でも元火の巨人って話ですよね? どんな魔術を?」

 ミアの契約している御使いが、元炎の巨人だったという話は知っているが、そんな御使いは他に例を見ないのでマーカスも、いや、この場にいるミアを含めた全員がよく理解できていない。

「今回は火は関係なく眼力で相手を拘束する瞳術的なものらしいのですが、意志疎通がまだ完全ではなくて、どういう原理かまでは」

 ミアはそんなことを言っているが、よくそんな状態で魔術の契約をできたものだと感心する。

 とはいえ、魔術の原理まで理解して行使している魔術師など一握りだ。

 スティフィなどはそもそも扱えればいいと考え、原理まで理解したいとも思わない。また、そう言う魔術師の方が多いのも事実だ。

「ミアの契約している使徒は特別中の特別だしね。巨人から使徒になった変わり者だし」

 スティフィがそう言うと、ミアが即座に反応する。

「変わり者じゃないですよ! 偉大な御使い様です!!」

 ミアの怒気にスティフィがびくつきながら、

「いや、悪い意味で言ったんじゃなくてね、元が巨人だから普通の使徒とは違うっていう意味でよ」

 と、本心を語る。これは嘘ではない。

 実際に前例のない話なので、ロロカカ神の御使いは他の御使いとはまるで違う対応をしなければならなかった。

 これは使徒魔術の教授であるカーレン教授も相当苦労させられた。

 通常の御使いとの契約とは色々と勝手が違い、カーレン教授も悩みに悩んだほどだ。

 それをミアはもうすでに一人で行っているのだから、スティフィやマーカスが驚くのも無理のないことだ。

「それならいいです」

 と、ミアの怒気はすぐに収まる。

 それはロロカカ神の御使いが特別な存在でもある、とミアの頭の中で変換されたからだ。

「まあ、相手が呪術無効化するような生物なので、いくつか束縛する方法は確保しておいたほうが良さそうですね。今回はスティフィも協力してくれるのですよね?」

 マーカスは期待するかのようにスティフィを見る。

 正直、才能は飛びぬけていても、その術を覚えたてのミアよりは、スティフィの方が頼りになるとマーカスは考えている。

 契約したての使徒魔術など、そう使えたもんじゃない、というのがマーカスの経験則だ。

「オーケン大神官が捕まえろって言ったなら、手伝うしかないじゃない」

 スティフィも今回は観念したようにそう言った。

 オーケン大神官がそう望んでいるのであれば、デミアス教徒として、それを叶えねばならない。

 確かにスティフィは恐らくはあの鰐を拘束できるであろう術をいくつか持っている。

 ただ呪術に完全な免疫を持つような生物相手を生け捕りできるか、と聞かれればそれはスティフィでもわからない。

「なんだ、じゃあ、俺が抑える必要はないんだな?」

 それらの話を何となく聞いていたエリックふらふらとしながらそんなこと言った。

「抑えるって、まさかエリックが腕力でですか?」

 マーカスがその言葉に驚いたように反応する。

「おうよ」

 と、エリックは力こぶを作って見せる。

「流石に無理ですよ。色々と鰐について聞いて回りましたが、前回エリックが噛まれて軽症で済んだのは、だいぶ運が良かったみたいですね。かなり噛む力が強くて防護服でも耐えれない可能性のほうが高いそうです」

 マーカスが困った表情を浮かべながらそう言った。

 実際のところエリックが腕をひねっただけで済んだのは、エリックの身体能力のなせる技だ。

「そうなのか? まあ、今回は俺が言われたことだからな、俺にやれることがあるなら言ってくれよ」

 エリックは胸を張ってそう言うが、その顔は疲れ切っている。

 そのまま休んでいてもらっていた方が良いのでは、とミアですらそう思うほどだ。

「まあ、俺とミア、頼みの綱のスティフィの使徒魔術が通じない時はお願いするよ」

 マーカスはエリックの意気込みを受け取ってそう言った。

 今回はスティフィがただついてくるだけではなく、手伝ってくれると言うことで、ミアも期待している。

「というか、スティフィが本格的に手伝ってくれるなら鰐の居場所もすぐわかるんですよね?」

 ミアはスティフィを見ながらそう言うが、当のスティフィは少し困った表情を見せる。

「そっちはあんまり期待しないで」

「どうしてです? 感知できるんですよね?」

 以前にもスティフィはそんな魔術を使っていたことをミアは覚えている。

 そのおかげで尾行も待ち伏せも見破っていたはずだと。

「流石にあの雑多で混沌とした魔力が、溢れかえっている地下下水道で感知魔術は無理があるわよ」

 なにかを感知する魔術は繊細なものが多い。

 いや、精度を求めるには繊細にならざる得ない、というべきか。

 スティフィの扱う魔術は言うまでもなく繊細な物で、雑多な魔力が渦巻き、淀んでいるあの地下下水道ではまともに動作しない。

「そうなんですか、じゃあ、地道に探すしかないですね」

 ミアは残念そうにそう言った。

 そのミアの顔をみて、ジュリーがここだと、手を挙げて発言する。

「あっ、私、サリー教授にまじないの類ですけど、一つ探し物を見つける方法を教わってますよ」

 その発言にミアは明るい表情を見せる。

「そう言えばジュリーは最近、サリー教授に弟子入りしているかのような感じですよね」

「はい、何かとお金稼ぎになることが多いので、ミアさんに習ってサリー教授と仲良くさせてもらってます」

 ジュリーが大金を得たとはいえ、それは一時的な物だ。

 ジュリーは今まで図書館で係員をして賃金をもらっていたのだが、図書館の係員は大変な仕事ではないが、長い時間を拘束される仕事だ。

 なるべく長い時間ミアについて回らなくてはならないミアちゃん係との相性が良くない。

 そこで、ジュリーもミアと同様に魔術具作成に手を出し始めている。

 ある程度の腕があれば食べるのに困らなくなる技術ではあるし、ジュリーにとっても嬉しいことだ。

「あんたも魔術具作成始めたの?」

 スティフィが呆れたようにそう言った。

 スティフィからすれば、魔術具作成など戦闘のできない二流の魔術師がやることだ。

 ただ単純にスティフィの認識が正しいというわけではないが、ジュリーが戦闘が苦手な事だけは確かだ。

 本人も荒事より何か役に立つ道具を作って支援に徹している方がまだましとも考えている。

「はい、自然魔術の講義を受けることを条件に色々教わってます!」

 ジュリーは後期の講義からミア、スティフィと共に、サリー教授の講義に出始めている。

 ジュリーも自然魔術と侮ってはいたが、生活費を稼ぐという点では自然魔術の魔術具作成は悪くないと考える様になっている。

「そのまじないって言うのはどういうのですか?」

 マーカスが期待するようにそう聞くと、ジュリーは役に立てるのが嬉しいとばかりに説明しだす。

「本来は水脈を探すためのまじないなんですが、金属の折れ曲がった棒をこうやって二本持ってですね、探したい物を強く念じるとそっちの方向を指し示すんですよ」

 そう言って二本の針金のような物と、それが刺さる細い筒のようなものを取り出した。

 この程度なら防護服を着た後でも使うことができる。

 ただ、それを見たスティフィは、

「本当におまじないの類ね…… 少なくとも魔術ではないじゃない」

 と、馬鹿にしたようにそう言った。

「でも、一応は自然魔術の一つって私は教わりましたよ」

 ジュリーがそう反論すると、スティフィもサリー教授のことを思い出す。

「まあ、あの教授がそう言うのならば、そうなんでしょうね…… 最近サリー教授の怖さをだんだんとわかってきたわ…… さすがはあのオーケン大神官の娘ね……」

 当初自然魔術の教授と侮っていた自分をスティフィは恥ずかしく思う。

 まさか自分の得意分野で出しぬかれた上に、あのオーケン大神官の娘なのだ。

 侮れるわけがなかった。

「今日こそ、鰐さんを捕まえましょう!」

 ミアがそう掛け声を上げ、全員がそれに半ば強引に続くように掛け声を上げた。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。


 その他の小説の進捗は、活動報告からどうぞ!


 今回から、呪い(マジナイ)をまじない、と書くことにしました。

 今更感あるけど。

 流石に呪い(ノロイ)と同時に出てくると行間の力ではどうにもできそうにないので……


 次に全体を手直しすることがあれば、以前のもの順次、手直ししていきます。


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