日常と収穫祭と下水道の白竜 その6
ミア達は地下下水道の鰐を捕まえるために、再び地下下水道に来ていた。
「今日は鰐さん、いませんね」
ミアは少しつまらなそうにそう言った。
明らかにミアは退屈している様子だった。
この学院に来るまで同世代の友人と遊んだこともなかったミアにとっては期待が大きかったのかもしれない。
「そもそも広い下水道だし、人はいないし、早々見つからないでしょうね」
ミアの言葉と態度に少しだけ疲れた表情を見せたスティフィがそう答える。
ただスティフィの表情は防護服で見えなくはあるのだが、ミアとは違いどこか楽しそうでもある。
白い鰐は居ない。その気配すらない。
ミアちゃん係の一行は、ただただ汚い地下下水道を練り歩いていただけだ。
そうしているとミアが地下下水道の天井になんかいるのを発見する。
「天井についてるアレなんですか? なんか瘤みたいなのです、いっぱいありますよ」
ミアが指を指し、と言っても防護服の指は、親指とその他の指でしかわかれていない。
指さし、というよりは手そのもので指し示している。
「え? なにあれ?」
刺された方向を見たスティフィもよくわからないが、若干であるけど動いている大量の瘤のようなものに戦慄する。
何かの生物のようだが、スティフィには感じ取ることができなかった。
同時にそれは敵意を持っていない、という事でもあるのだが、その蠢く瘤からは何とも言えない嫌悪感を抱いていた。
「なんかいっぱいついてますね」
ジュリーもそれを見てそんなことを言うが、やはりぞわぞわっとしたものをその瘤から感じる。
ふとミアが気配を感じて横を見ると壁をゆっくりと天井へと昇っていく瘤を発見する。
それをミアは何の気なしに手に取る。
「あっ、ここにも…… って、取れ…… う、うわぁ…… これカタツムリですよ。こんなにおっきなの初めて見ました……」
ネチャっとした粘液が糸を引いて、そのカタツムリは壁から引きはがされる。
ミアの拳より大きく、防護服を着た着ぶくれした手と同じくらいの大きさの殻を持つカタツムリだ。
カタツムリの裏側がウネウネと不気味に粘液と共に蠢いている。
「うへぇ…… ミア、汚いから捨てなさいよ、まさか食べるとか言わないわよね?」
しばらくミアがカタツムリの様子を観察していたので、スティフィはそんなことを言った。
「流石に私もカタツムリは食べませんよ」
ミアは呆れた顔を防護服の中で見せるが、マーカスがからかうように、
「でも貝の仲間ですよ。そもそもカタツムリは陸に適応した巻貝といわれてますね」
と、声をかける。
そう言われるとミアは顔の表情を変える。
「え? そういえば、貝を背負ってますね……」
そして、じっと大きなカタツムリの殻をミアは見つめる。
ミアの行動に嫌な予感がしたスティフィは恐る恐る声をかける。
「ミア、何言ってるの? 本気で食べるとか言わないわよね?」
「流石に下水道にいたのは私も嫌ですよ……」
ミアはそう言って手に取っていたこぶし大のカタツムリを下水の壁に戻した。
「生息地が下水道じゃなければ食べるような口ぶりだけど?」
スティフィが信じられない、といった様子でそう言うのだが、ミアは少し考えるような素振りを見せている。
「どうでしょう? 私はカタツムリを食べたことがないので…… でも貝の仲間なら実は美味しいかもしれませんね」
その言葉を受けてマーカスが、
「西側の領地では食べることもあると聞いたことがありますね。また美味とも。品種は違うのでしょうけれども」
と補足する。
その言葉を聞いたエリックが壁付いていたカタツムリを手に取るが、汚水と粘液まみれのそれを目にして、顔を横に振り無言で壁に戻した。
「これだから西側の連中は……」
呆れる様な素振りでスティフィはわざとらしく大げさにそう言った。
「あー、スティフィは西側の人と仲悪いんでしたっけ?」
ミアは以前そんなことをスティフィが言っていたことを思い出す。
「西側は光の勢力の連中が多いってだけよ」
スティフィがミアの言葉に答え、さらにマーカスが付け加える。
「逆に北側は闇の勢力、デミアス教が幅をきかしているって話ですよね、まあ、どちらも本拠地があるのだから当たり前ですけどね」
「ん? 俺んちも北側だけど、そうでもないぞ? あんまりデミアス教の人は見なかったな」
エリックが不思議そうにそう言うと、
「あんたの地元は北側は北側でも竜たりの山脈を挟んで西側だからでしょう」
スティフィがその理由を答えてやる。
「まじかよ! 東側にいけばデミアス教のお姉様方がいたのかよ!」
エリックが盛大に残念がるのを、冷ややかな目でエリック以外の全員が見ている。
そんなことを話しつつ、地下下水道を練り歩いている。
既に鰐を探すことに飽きて、会話に花を咲かせるようだ。
それでも足は止めずに一応は、あてもなく鰐を探して下水道内を歩き回っていた。
そんな中ミアは違和感を感じて足を止める。
なにか薄い膜のようなものを破いて中に入ったかのような、そんな感覚だ。
さらに別の違和感にミアが気づく。
何かにじっと見られているような、そんな感覚だ。
ミアが新しい違和感、何者かの視線、その視線の元の場所、足場と壁その境目に視線をやる。
それは床に、足場と壁の境目にいた。いや、存在していた。
それはそれほど大きくない。
あまり良くない例えだが、ちょうど人の眼球くらいの大きさぐらいだろうか。
確実なのは先ほどのカタツムリよりは、かなり小さいと言うことだ。
一見してただの汚泥に見える。
そう、泥の塊。
ただし両目と口のような穴があり、人の顔のように見える汚泥。一見して三つの穴が空いたただの汚泥。
けれど、それはただの汚泥ではない。
それは時折、小刻みに震えているし、何なら小さな声で「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛」と声のような、音のような、そんなものを発していた。
「え? なんですか、これ、気持ち悪いです……」
ミアが、その小さな声とも音とも取れないものを聞いて、若干後ずさる。
「これは…… 呪詛痕ですね、危険ですので触らないようにしてください」
先にを歩いていたマーカスが振り返り、遅れてその存在に気づく。
しゃがみこんでそれをじっくりと観察してそう言った。
そして、マーカスは疑問に思う。なぜこの存在を自分は気づけなかったのだろうと。
自分であればすぐに気づけたはずだと。
これでも呪術に関しては、あのマリユ教授からお墨付きをもらっているにも拘らず、と。
「呪詛痕? なんでそんなもんがここにあるのよ」
ミアの後に控えているスティフィが怒りと呆れの感情を見せながらそう言った。
ミアと一緒にいると厄介ごとに会いすぎる。
ひっきりなしに次から次へと厄介ごとが舞い込んでくる。
さすがにスティフィも一息つきたいと思っても仕方がない。
ただこの大きさのものが一個だけなら大した問題ではない。
「ここは魔術学院の地下下水道ですからね、後処理が甘い魔術なんかが破棄されて絡み合い、呪詛となってその果てに、これは汚泥に憑りついたんでしょうね。まあ、それが呪詛痕と言うものです」
マーカスはそう言って腰の小物入れから一つの瓶を取り出す。
その瓶をよく確かめてから、蓋を開けようとするが防護服を着た手では中々上手く開けられない。
「それは?」
と、興味ありげにミアがマーカスに聞くとすぐに答えが返ってくる。
「神に捧げて聖別した水、ようは聖水です」
そう答えた後、ようやく瓶の蓋が取れてそれを顔の形に見える汚泥にふりかける。
ジュッと水なのに焼けるような音がして、呪詛痕は形を崩して行く。
「なんでこの、呪詛痕? は声を上げていたんですか?」
ミアのその質問にマーカスは少し難しい顔をする。
少なくとも声ではない。呪詛痕の発する音ではある、ある種の鳴き声のようなものではあるが、呪詛痕は生き物ではない。
どう答えるべきかマーカスは少し迷いはしたが、知っている知識をそのまま話すことにした。
「呪詛痕が声を上げていたわけではないですよ、そういう風に聞こえる音というか怨嗟の念として発していただけですね。要は自然発生した、まあ、ここは下水道なので自然ではないんですが、ある種の呪いのようなものですね。これも地下下水道を定期的に掃除しなくちゃいけない理由の一つですよ」
「じゃあ、見つけたらまた知らせればいいですか? 私は聖水とやらは持ってないですよ」
そう言ってミアは同じような気配を、しかも複数を前方から感じ取っていた。
「ええ、でも早々あるもんじゃないですけどね」
マーカスは笑ってそう言うが、ミアが前方を指し示す。
「そうなんですか、じゃあ、そこにあるのは違うんですか?」
そう言ってミアが少し先の通路を指し示す先には、複数の呪詛痕がひしめき合っていた。
「え? こんな近くに呪詛痕がまた…… この量はまずいですね」
マーカスが慌てている。
これは自然にできた呪詛痕の量じゃない。
誰かが意図的にでも作らないと、この量は流石におかしい。
しかも、ミアに指摘されるまでまるで気づけなかった。この量を気づけないのは流石におかしい。
恐らくは意図されて隠されていた物なのだろう。
マーカスはスティフィを目配せをして頷きあう。
「ちょ、ちょっとマーカス…… 前回掃除したのっていつよ……」
頷きあった後、スティフィがそんなことを言う。
なるべく自然にミアをこの場から離れさせる作戦のようだ。
意図的に呪詛痕のような危険な物が、これほど大量に作られているとミアが知ったら、首を突っ込むとスティフィは考えているからだ。
スティフィと同様に、ミアを守る使命を持っているマーカスもスティフィの芝居に乗る。
「地下下水道の掃除は毎年一回やってるはずですけど? 俺が知っているのと変わってなければですが。そもそも、この学院にいなかったので知らないですよ」
そう言って、マーカスは前に行こうとしているミアを引き留め、後ろに下がらせる。
「じゃあ、なんでそこらへんに呪詛痕がこんなにあるのよ…… 昨日はすぐ鰐が見つかったから誰もこの辺りまでこなかったのかしらね」
マーカスに押され下げられたミアをスティフィが後ろから抱きかかえるようにして、さらにミアを呪詛痕から距離を取らせる。
スティフィも気づいている。
この大量の呪詛痕は誰かに隠されていた物だと。
恐らくは何かのきっかけで、それが暴かれて認識できるようになったのだと。
なんにしてもあの量の呪詛痕ともなるとかなり危険だ。その名の通り呪詛の塊で、目に見える不幸の塊のような存在だ。あまり関わり合いになりたくないものの類だ。
しかも、この下水の様々に混ざった魔力と魔術の痕跡を喰らい成長している。
どんな不幸を振りまくかもわかったものではない。
「とりあえず、これは…… 我々で対処できる量じゃないですね…… マリユ教授に相談しましょう、我々でどうにかできる量じゃないですよ」
そう言ってマーカスは後ずさるように手で指示を出す。
スティフィがそれを受けてミアを引きずるように運ぶ。
「え? 鰐は?」
と、ミアが言うが、
「鰐よりもこっちのほうが危険ですよ。前回清掃した連中サボリやがったな…… にしても量が多い」
そう言いつつも、数回さぼった程度で、この量の呪詛痕ができないということはマーカスにはわかっている。
今はとにかくミアをこの場から離れさせることが優先だ。
呪詛痕は生物ではない。もちろん感情などもない、ただの魔術的現象の一つだ。それ故に神を恐れると言うこともない。
ミアであろうと、呪詛痕に呪われ不幸を擦り付けられてしまう。
あの量の呪詛痕に一斉に呪われでもしたら死んでもおかしくはない。それくらいの量は目視で確認できている。
「マリユ教授ねぇ、あの女が地下下水道なんて来るわけないわよね……」
スティフィが言った意味は、この呪詛痕はマリユ教授が作ったものではない、という意味でのものだったが、ミアはマリユ教授は地下下水道に着たがらないから助けてくれない、と言葉を受け取ったようだ。
「ほっておいたらまずいんですか?」
なので、スティフィの言葉にミアが反応する。
しまった、という顔をスティフィが浮かべる。
「良くないですね、災いを呼びます。不運の塊とでも思ってください」
マーカスが振り返りミアを見てそう言った直後、マーカスの視界の端に白いものが映る。
マーカスが声をあげるよりも早くエリックが反応する。
「あっ、鰐いたぞ」
そして、エリックが白いそれ、鰐を指し示す。
マーカスとスティフィが冷や汗を書きながら鰐を見守る。
鰐はミア達に目もくれずに下水の溝を悠々と泳ぎ、ミア達の横を通り過ぎ、呪詛痕の場所まで行き、そこで一旦深く下水に潜った。
次の瞬間、鰐は水面から跳ね上がり、天井に着いていた呪詛痕に喰いつき、そのいくつからを口に入れ、再び下水に落ちていき、何事もなかったかのように泳ぎ去っていっていった。
「ん? おい、捕まえなくていいのか?」
エリックが不思議そうにしながら口を開く。
が、次の瞬間、
「呪詛痕を喰った!?」
「嘘でしょう?」
と、マーカスとスティフィが驚きの表情を見せて同時に声を上げる。
二人とも想像以上のことが起きて理解が追い付かなくなる。
「え? 鰐って呪詛痕を食べる生物なんですか? 実家の近くでたまにいると聞いたことありますが、そんな怖い生物だったんですか?」
と、ジュリーが驚いて声を上げる。
今、目にした事実で、あの白い鰐がただの鰐ではない可能性が出て来てしまった。
下手をするとマーカスの手どころか、スティフィの手にも余る事態となった事は、現時点では、ある程度呪術の知識があるマーカスとスティフィしか気づいていない。
「そんなわけないですよ、とりあえず一旦引き返しますよ、ハベル隊長に報告して、マリユ教授の判断を仰ぎますよ」
そうして、マーカスはスティフィと共にミアを押して運びながら、全力で呪詛痕の群生地と鰐が泳いでいった方向から遠ざかる。
「えぇ!! 今日も早々に撤退するんですか? もう三日目ですよ? 毎度少し地下下水道を探検して引き上げているじゃないですか、そろそろ成果を……」
と、状況のわかってないミアがそう声を上げる。
そこでスティフィがもう隠してても仕方がない、とばかりに声を上げミアを説得する。
「ミア、そんなこと言ってる場合じゃなくなったのよ。あの鰐自体が生きた呪詛かもしれないって話よ!」
「呪詛だったらどうなるんですか?」
「呪詛生物って奴ですよ」
マーカスの言葉にミアはよくわからないと言った表情を浮かべる。
「私、マリユ教授の講義はまだ出てないので呪術関係はまるで分らないんですよね」
「有名なのは蟲毒とかだけど、聞いたことない?」
と、スティフィがミアに聞くが、
「ないです」
と、疑問符を頭に浮かべながらミアはそう答えた。
「とにかく危険なのよ、マーカスの言う通り一旦撤退するわよ!」
「えぇ……」
スティフィの言葉にミアは嫌な顔をするが、反対することなく向きを変えて出口の方向へと足を向けた。
そのことに、スティフィとマーカスがホッと胸を撫で下ろす。
「え? あの鰐、蟲毒なんですか?」
と、ジュリーが驚いたように声を上げる。
明らかにジュリーは、そのことに驚き恐怖している。
それを見たミアも、ああ、危険な物なのか、と再確認する。
「呪詛痕を喰らってるんだからその可能性もあるわよ、とにかく離脱よ。正直に言うとね、あの呪詛痕の量だけでも私達には手に余るのよ」
スティフィは隠すだけ無駄だったと、素直に自分には手に余ると白状する。
呪術はそれだけ危険な分野の魔術であることをスティフィは知っている。
「そんなに危険なんですね」
と、ミアが他人事のようにつぶやいた。
「とにかく戻りましょう。これはスティフィの言う通り我々には手に余る案件ですよ」
「は? 鰐が呪詛痕を喰らっただと? マーカス、鰐って言うのは……」
さすがにハベル隊長もマーカスからの報告を聴いて目を丸くする。
呪詛痕は目に見える不幸の塊のような存在だ。不幸が物質化したと言っても過言でもない。
そんなものを喰らう生物など通常はあり得ない。それこそ、本物の竜種くらいなものだ。
「普通の肉食獣ですよ。通常は好き好んでそんなもの食べませんよ。体が白かったのは突然変異ではなく呪詛生物だったからかもしれないですね」
あくまでマーカスの考えではあるがそれをハベル隊長に伝える。
今も騎士隊の詰め所本部は忙しそうにしている。
とはいえ、ここにいるのは書類処理をしている事務員ばかりだが。
「呪詛生物か…… これまたおかしなものを呼び寄せたものだな」
ハベル隊長も難しい表情を浮かべる。
相手が呪詛生物ともなると、安易に殺すこともできない。
対象を殺すことで成立する呪術もあるからだ。
少なくともろくなことにならないのは確かだ。
「恐らくは鰐を基にした呪詛を造ろうとして、あの呪詛痕を大量に作ったのかもしれません。それに失敗したかどうかはわかりませんが、下水道を使っての大掛かりな呪術じゃないんですかね? 我々では手に負えませんよ」
「その呪詛痕が大量にあったのはどのあたりだ」
ハベル隊長はすぐに呪詛痕の場所を確認する。
「恐らくはこの辺り、三号路の六番のはずです」
マーカスが的確にその場所を伝える。
ミアがそれに感心する。
マーカス以外の人間は下水道に割り振られている番号など誰も覚えていない。
「わかった。聖水の用意はこちらでやっておく。おまえらは…… 今日中にマリユ教授に、マリユ教授か…… すまんガスタル、忙しいところ申し訳ないが付き添ってやってくれないか」
ハベル隊長はマリユ教授のことを思いだして渋い表情を見せる。
この学院で一番厄介な、それこそダーウィック教授よりも厄介な教授だ。
あまり良い噂も聞かない。そんな相手だ。さすがに生徒達で会いに行かせるわけにはいかない。
「はい、ハベル隊長。あの階段はその足では辛いですからね。マリユ教授相手に生徒だけで会いに行かせるのも酷ですし」
ガスタル副隊長は嫌な顔をせずに快諾する。
普段は書類仕事など気にも留めない人間なのだが、ここしばらく書類と睨めっこだったので、ガスタル副隊長も気晴らししたかったのかもしれない。
「すまんな」
「いえいえ。とはいえ、少し仕事のきりが着くまで待っていてください」
「最初に言っておくと私じゃないわよぉ」
マリユ教授の開口一番の言葉はそれだった。
まだ何も告げてはないので、既にある程度の状況は理解できているようだ。
ガスタル副隊長を伴ったミア達はマリユ教授の塔に来て、特に拒まれることなく塔に入ることを許可され、長い階段を上って待っていたマリユ教授の言葉がそれだった。
「何か知っているんですね?」
ガスタル副隊長が確認する。
「今、この学院でぇ、私じゃなくて、そんなことするの、一人しかいないでしょう?」
そう、甘い猫なで声でマリユ教授はゆっくりと答える。
その言葉にマーカスがあからさまに嫌な表情を見せ、ガスタル副隊長も渋い表情を見せる。
「あっ…… あぁ…… 師匠ですか?」
マーカスが呆れたようにそう言うと、マリユ教授はニヤリと妖艶な笑みを浮かべる。
「そうよ、オーケン様が呪詛痕を大量に作って、何するかまでは知らないけどねぇ」
「師匠は、また鰐に呪詛痕を喰わせて一体何を……」
マーカスがぼやくと、それを聞いたマリユ教授が意外そうな顔を見せる。
「鰐? え? 鰐って、あの鰐?」
「え? ええ、暗黒大陸にいる鰐ですが?」
マーカスの答えに、マリユ教授の顔から笑みが消える。
「それはおかしいわね、鰐はね、呪術に対してものすごい耐性を持ってるのよ。呪詛痕を食べさせているということは、蠱毒派生の呪術でしょうけど、その対象が鰐っていうのは、少しおかしいわね」
そう言ってマリユ教授は珍しく少し難しい表情を見せた。
「耐性が高い?」
と、マーカスが聞き返すと、
「そもそも神に呪われた暗黒大陸に住んでいる生物なのよ? ほとんどの呪術が効かないほどの耐性なのよ。ほぼ完全な免疫って言い換えても良いわよ。そんな生物を核とした呪術なんて意味ないのよ。いくら呪詛痕を食べさせても呪術として成立しないわよ」
鰐にとって呪詛痕を喰らったところで、毒にも薬にもならない。
呪詛に対する免疫を持つ鰐の中では、その呪詛も育つこともない。
「そんな生物だったんですか、それは流石に知りませんでした。たしかに、それならあの下水道でも悠々と生きていけるわけですね」
マーカスも鰐は劣悪な環境でも生き残れる生物という事は理解できていた。
だから下水道でも平気で居られるのだと。
しかし、この魔術学院の下水道は汚いだけでない。捨てられた魔術の痕跡から呪詛ができていてもおかしくないのだ。
そんな中で生物が長く生きながらえるには、劣悪な環境と呪詛にも耐えうるさまざな耐性が必要となって来る。
鰐はその両方を兼ね備えていたという事だ。
「もうご本人に直接聞いた方が良いわよ。その上で私の力が必要なら、またいらっしゃい、マーカス。私はあなたを気に入ってるんだからね」
そう言って、マリユ教授は片目だけを閉じて目配せをする。
マーカスはそれを冷や汗ながらに受け止める。
それを見たエリックが、俺もと挙手しながら発言する。
「マリユ教授! 俺は!?」
「エリック、あなた…… ティンチルで遊びすぎじゃない? もう興味ないわね」
エリックを見たマリユ教授はため息交じりにそう言った。
「え? やっぱりわかるんすか?」
と、エリックが照れてそう言っていたが、それを気にしている人間はエリック本人だけだった。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
あと感想などいただけると大変励みになります。
さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。
その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。
その他の小説の進捗は、活動報告からどうぞ!
実はカタツムリの話は前回の探索で入れるべき話でした。
すっかり忘れてた……
ダメじゃん……
本当にダメダメじゃん……




