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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
日常と収穫祭と下水道の白竜

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日常と収穫祭と下水道の白竜 その5

 竜を発見した。

 その言葉を聞いてまず動いたのがエリックだった。

 エリックが声のしたほうへと駆けだす。

 それにミアも続く。

 なし崩し的に、マーカス、スティフィも続き、ジュリーだけが置いて行かれるのが嫌でそれに続く。

 竜を発見した場所はすぐに分かった。

 この下水道はそれほど入り組んでいるわけではない。

 基本的には、一カ所下水が詰まっても汚水が迂回して流れれるように格子状に下水道が作られている。

 その上、下水道にも通路の番号がしっかりと振り当てられているので、迷うこともない。

 ある程度まっすぐ通路を進み、十字路を右に曲がったところにそれは居た。

 白い大きな、それでも竜としては幼体ほどの大きさの、竜、に似た生物。

 それを一目見たマーカスは声を上げる。

「これ、竜じゃないですよ、鰐ですよ!!」

「鰐? なんだそりゃ? これ、竜じゃないのかよ!」

 と、エリックが反応しているが、エリックはそれはそれで嬉しそうな表情を防護服の中で浮かべている。

 見た目は確かに竜種と似ているが、竜とは決定的に違う。

 竜の涎や胃液などの消化液、いや、延焼液とでもいうべきか、それは基本的に絶えず燃えている。

 それは竜は対象を燃やすことで消化吸収する生態をしているからだ。

 それがたとえ幼体の竜種だったとしても変わらない。

 のだが、目の前の生物は威嚇のつもりか大きく口を開けたそれの口の中には炎を確認することない。

「え? 鰐? 鰐ってなによ!! 竜種でしょう?」

 スティフィが少し混乱したようにそう言うが、生物について何かと詳しいマーカスに断言されてしまい、動揺を隠せないでいる。

 それにスティフィ自身が、こうやって二度目でちゃんと見ると、見かけこそ確かに竜ではあるが、その生物から感じる気配は竜に遠く及ぶものではない、とも感じてしまっている。

「主な生息域が暗黒大陸なのであまり知られてないですが、れっきとした動物です。これは竜種ではありません」

 さらにマーカスが補足する。

 神々が争い荒れ果てた暗黒大陸に今も住むと言われている生物で、本来はその見た目もこのように白色ではなく黒や濃い緑、または灰色の生物だ。

 ただ暗国大陸以外では珍しい生物であまり知られていない。

 またスティフィの故郷は雪に閉ざされた地域だ。そこに住む竜もまた白い鱗をしているし、本来違う色のはずの鰐が白色の見た目をしている。

 スティフィがこの鰐と竜を見間違えるのも無理はない。

 鰐という生物を知っているマーカスでさえ、口の中を見て炎の有無を確認しない限り判断不可能だ。

「は? こんなに竜ぽいのに、おまえ竜じゃねーのかよ」

 そう言ってエリックが鰐に不用意に近づく。

「エリック、鰐は狂暴な肉食獣です、余り近づかないでください!」

 マーカスが慌ててそれを制止するが、エリックは既に鰐に向かって既に手を伸ばしていた。

「え?」

 マーカスの言葉で振り返っていたエリックの手は鰐に噛まれる。

「まずい、エリック! 鰐の頭にしがみつけ!!」

 それを見たマーカスがとっさに叫ぶ。

 次の瞬間、鰐がものすごい勢いで回転し始める。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!!!!!!!」

 エリックは言われた通り鰐の頭に何とかしがみつけた。

 下水の溝の中で鰐はエリックを巻き込み、ものすごい勢いで回転する。

 辺り一面に汚水を飛び散らかしながら。

 もしエリックが防護服を着て居なかったら、仮に鰐の頭にしがみつけていても、この回転で石の煉瓦に体中をぶつけ生きていないかったかもしれない。

 しばらくエリックの巨体をも汚水の中で回転させた鰐は疲れ果てたのか、防護服が想像以上に頑丈で噛み切れなかったからか、あっさりエリックを開放して逃げるように下水道を泳いで逃げていった。

 汚水まみれで下水に浮くエリックを騎士隊が助け出している間に、鰐は完全に姿を消した。


「やはり竜はいなかったわけか」

 ハベル隊長が何とも言えない表情でマーカスの報告を受けての一言だ。

 この防護服を着て長時間作業するのは過酷というものだ。

 今は下水道から出て地上に戻り、防護服を洗っている真っ最中だ。

 それだけに地上ではあるのだが汚水の臭いが辺りに満ちてもいる。

 その臭いだけで顔をしかめている者も多い。

「で、でも…… あれは竜種そのものだったのよ!」

 防護服を脱ぐ途中のスティフィが少し離れた位置から、大声でそう言ってくる。

 左手を使えないスティフィはこの服を着るのも脱ぐのも困難を極めるのだが、それでも大きな声ですぐに言ってくるあたりスティフィも何か感じるところがあったのかもしれない。

「まあ、鰐を発見した者も竜種と見間違えていたからな、わからない話ではない」

 ハベル隊長は苦笑しつつスティフィを責めたりはしない。

 他の物の報告を聴く限り、竜種と見間違えても仕方がないとハベル隊長も判断している。

「確かにあれは竜種に見えたな! 姿だけなら完全に竜種ですよ! ハベルさん!」

 腕を少し捻りはしたものの、それ以外の怪我のなかったエリックが元気そうにスティフィの言葉を後押しする。

 ただエリックが着ていた防護服の噛まれた部分の鋼鉄製の輪が少しひしゃげているという。

 相当、噛む力が強くないとこうはならないはずだ、という報告をハベル隊長は受けている。

 よくそれでエリックは軽傷で済んでいるものだと呆れかえる者も居る。

 それに対して、ハベル隊長も今もこうして笑っているエリックに少し呆れた顔を見せる。

「エリック…… おまえが下手に手を出さなければ、吾輩もその眼で確認できたのだがな。で、マーカス、その鰐とはどのような生物だ?」

「水中に適応した肉食獣の一種ですね。陸でも生活できます。見た目は俗に言うところの地竜によく似ていますが、火は噴きません。あと今回、白い姿をしているのは恐らく突然変異かと。通常は白い鰐なんて聞いたことありませんね。まあ、まだ発見されていないだけかもしれないですけど」

 ちょうど防護服から脱皮したように出て来たマーカスがハベル隊長の問いに答える。

「ふむ、危険な生物か?」

 ハベル隊長からすれば、そこが一番重要だ。

「エリックが襲われたように人も襲いますね。エリックが無事だったので防護服を着ていれば致命傷は避けれるかもしれませんが、奴は噛みついた後、食いちぎるためにものすごい勢いでその身を回転するんです。それにまともに巻き込まれたら防護服を着ていてもただじゃすみませんね」

 そう言われたハベル隊長は少し考える。

 あくまで相手は通常の生物で上位種でもなく魔術を操る生物でもない、ましてや外道でもない。

「ふむ…… まあ、熊程度の危険度か?」

 そう言われたマーカスは逆に難しい表情をする。

「比べようがないですが、まあ、そんな感じかと。ただ場所が水中になる事を考慮すると熊以上に危険は危険ですね」

 そう言われたハベル隊長は、何か思いついた表情を見せる。

「おい、エリック。おまえのせいで取り逃がしたのだ。おまえが責任をもって捕まえてこい」

「は、はい!!」

 エリックはハベル隊長にそう言われて敬礼をする。

 エリック的にはこれは罰ではなく、あこがれの英雄から託された使命と受け取ったようだ。

「あっ、俺も同行していいですか? 恐らくは首飾りが効くと思うので」

 そんなエリックを見てマーカスが申し出る。

 エリックを不憫に思ったからではなく、マーカスにも目論見があるからだ。

「首飾り?」

 と、ハベル隊長は訝し気な表情をする。

 ハベル隊長は知っている。このマーカスという男、有能ではあるが時にとんでもないことを突然衝動的に始めることがあることを。

「動物と仲良くなれる首飾りですよ」

 マーカスはいい笑顔でそう言って返した。

「好きにしろ」

 ハベル隊長は迷うことなくそう言い切った。。

 それに今ここで止めたところで、マーカスが言うことを守るような輩ではないことも知っている。

 それとこれはあくまでついでだが、鰐という生物の捕獲を、流石にエリック一人に任せるには酷だとも。

「じゃあ、私達もお手伝いしましょう! スティフィ!!」

 それにミアが面白そうとばかりに首を突っ込む。

 それもハベル隊長の思惑通りだ。

 これでミアも今は厄介ごとを招き寄せることはない、もしくはその予防になるとハベル隊長は願っている。

 願掛けの類の物だが、意外と効果があることをハベル隊長はその経験則から心得ている。

 これも巫女であるミアに与えられた試練のようなものだと勝手にハベル隊長が考えているだけだが。

「えぇ…… また下水道行くの…… まあ、相手が竜種じゃないならどうにでもなるか……」

 スティフィは、やれやれといった感じではあるが、竜種が居ないのであれば、危険がないのであれば、ミアの希望を、その欲望を叶えてやりたいと判断する。

 スティフィの目的はミアの護衛もそうなのだが、最終的にはミアをデミアス教の深淵に引きずり込むことなのだから、ミアが欲望を叶えられる喜びをできるだけ多く知っておいて損はない。

「ということは私もですね……」

 ジュリーだけが、うんざりした表情でそう言った。

 その様子を見たエリックが、

「じゃあ、この件はミアちゃん係にお任せください!!」

 笑顔でそうハベル隊長に報告した。

「何かあったら全てエリックの責任にしていいぞ」

 エリックの無責任な笑顔を見てハベル隊長はそう言って笑った。

 そして、何かあった場合、本当にエリックに全責任を押し付けるつもりでいる。

 そんなハベル隊長の元に、防護服を脱ぎ終わったミアが駆け寄ってくる。

「下水処理場の見学もいいですか!!」

「構わんが…… あれは見た目はただの池だぞ」

 ハベル隊長は、また妙な物に興味を持っているな、と、ミアを見る。

 ミアの顔は、なにか期待した顔をしているがハベル隊長の知っている下水処理場はつまらな施設だ。

「え? そうなんですか?」

 と、意外そうな顔をしてミアは聞き返す。

 ミアの中ではとんでもなく高度な施設を想像していたようだ。

「詳しく聞きたければサリー教授に聞くんだな」

 あの施設もサリー教授の設計で新しく作り直されたと聞いている。

 その原理はハベル隊長には理解でいないものだったが、以前の物より良い性能だと聞き及んでいる。

「はい!」

 と、ミアが元気に返事をする。

 ミア的には仲良くしてもらっている教授の一人なので嬉しい限りだ。

「ミアさん、また妙な物に興味を持ってるんですね……」

 ジュリーもそう思っているのか、そのことを口にする。

 ジュリーの知る限りでも下水処理場はただの地下にある池に思える。

「そうよ、なんでミアは地下下水道なんて入りたがるのよ!」

 スティフィが呆れたようにそう言う。

 ミアの欲望を叶えてあげたい反面、スティフィ自身も嫌なものは嫌なことに変わりはない。

「楽しいじゃないですか、探検!」

 と、ミアは笑顔でそう言うが、スティフィからすると厄介でしかない。

 ミアはリッケルト村という限られた地域、巫女という特別な立場で育ってきたせいか、物を知らないことも多い。

 それだけにミアの知的好奇心は様々な物に向くときがある。

 今回は、いや、オオグロヤマアリ退治の時から、ミアの知的好奇心は地下探索にどうも向いているようだ。

「まあ、地下探索の浪漫はあるとは思いますが……」

 と、マーカスがそう言うが、その笑顔は半笑いだ。

 ちょっと前に、オオグロヤマアリの巣に閉じ込められて生きるか死ぬかを味わった者の発言ではないとマーカスですら思う。

「そうですよ、蟻の巣もろくに探索できなかったんですよ」

 そんなマーカスの考えなど、ミアは関係ないとばかりにそんなことを言う。

 その発言にはハベル隊長も半笑いだ。

「あれで地下道が嫌になる者もいるなか、豪気なものだな。まあ、鰐のことは任せた。吾輩も竜に瓜二つというその姿を見て見たい、ぜひにでも捕まえてこい」

「了解ッス!!」

 エリックが騎士隊の敬礼をしながら元気に返事を返した。


「はぁ、やっぱり地下下水道行った後は、しばらくは食欲でないわね……」

 スティフィがそう言い、ミアが同意とばかりにため息をつきながらも、食堂で席に着き机にその半身を投げだした。

 ミア、スティフィ、ジュリーの前には何も料理が置かれていない。

 臭いのせいで食欲がないからだ。

 ただエリックとマーカスは普通に夕食をとっている。

「お風呂入った後でも下水の臭いがする気がします」

 スティフィの発言にジュリーも臭いが気になるのか、確かめるように自分の鼻で臭いを嗅いで確かめている。

「せっかく暑さが落ち着いたっていのに、なんで自ら蒸し暑い上に臭い防護服なんか着なくちゃいけなのよ……」

 スティフィもさらに愚痴をもらす。

 その愚痴を漏らしたスティフィの方をミアが向き鼻を鳴らす。

「スティフィ、あの酸っぱい臭いしますよ」

 ミアがからかうようにそう言うと、スティフィは嫌な表情を浮かべる。

 下水捜索のあと一応は公衆浴場に入り、体を洗いはしたのだが、あの強烈な臭いがすぐに落ちてくれるわけもない。

「ミアだって、あの草の苦い臭いがしてるわよ」

 スティフィからは若干汗の酸っぱい臭いがし、ミアとジュリーからはラダナ草の苦い臭いが漂ってくる。

「どっちもどっちですね、夕食は臭いがしないものが良いですね」

 ミアは諦めた様にそう言って何を食べるか考えるが、どうしても色々な臭いを思い出して食欲が出てこない。

 昨日もそうだったが、それでもしばらくすれば食欲も戻ってくる。

 今の内から何を食べるか思案しておいても無駄にはならない。

「じゃあ、久しぶりに素のサァーナでも食べれば?」

 スティフィが、お返しとばかりにからかうように言ってくる。

「それは嫌ですよ、流石にもうそれは卒業したんです!」

 今のミアの財力であれば、食堂の好きな物をいくらでも食べられる。

 ただこの地方の主食はサァーナという麺類だ。

 鳴き芋という里芋の仲間が主食だったミアからすると、未だに慣れない食文化ではある。

 なにより長細い麺類がミアには未だに食べづらい。

 ただサァーナという料理自体は嫌いではない。

 素のサァーナでさえ泣き芋とは比べ物にならないほど美味しいとミアも思っている。

 ではあるのだが、下水などの様々な臭いが染み付いている今は食欲がわかない。

 頭の中で色々と候補が浮かんでは消えを繰り返している。

「ほら、見なさい、ミア、男どもは臭いなんか気にせずにモリモリ食べてるわよ」

 スティフィに言われ視線をやると、エリックもマーカスも食事を取っている。

「ん? ああ、臭いなんて気になんねーしな!」

「そこそこ長い間、師匠と山籠もりしてましたからね、臭いなんか気にしてられませんよ」

 エリックとマーカスがそのように答える。

 ミアはこの二人を見て要は慣れなんだ、と思うことにした。

 確かに下水の臭いは肥溜めの臭いに近いものがある。リッケルト村自体ではそんなに珍しくない臭いなのだ。

 ただ巫女であるミアは、肥溜めは不浄だからと近寄ったことは余りなかったため慣れてはいない。

 スティフィは逆に慣れてはいるが、鼻が鋭敏なせいでやはり食欲がわかないでいる。

 ジュリーに至っては元から気が滅入っているせいで、臭いに関わらず食欲がない。

「で、鰐っての? どうやって捕まえるのよ?」

 スティフィが諦めて、とはいえ、しばらくすれば食欲が戻ってくることはわかっているので、暇つぶしとばかりに明日の作戦会議を始める。

「鰐相手に要注意なのは、噛まれることと、後は尾っぽによる薙ぎ払いですかね」

 マーカスがそう答えるが、あの分厚い防護服を着て、さらに狭く足場の悪い地下下水道ではどちらも避けようがない。

「あの防護服を着てたら避けれないわよ」

 スティフィの得意な体捌きも、防護服を着ていてはできたものではない。

 野生動物相手にあの服を着てその攻撃を避けるのは不可能に近い。

 ただ噛まれても喰い破られることはない、と言うことはエリックで一応は実証されている。

「防護服なしで下水道へ行きたいですか?」

 スティフィの言葉にマーカスは笑顔でそう言うと、スティフィにきつく睨まれてしまう。

「死んでも嫌」

 スティフィの答えにマーカスも頷いて同意する。

 あの下水はただの下水ではない。衛生的に汚い、だけではなく、魔術的廃棄物も多く流れ着く下水道は魔術的にも汚染されていると言える。

 もはやあの汚水は呪詛の一種でもあり、場合によっては命の危険すらある。

 そのための防護服だ。

 ただ汚いから、という理由だけであの服を着ているわけではない。

「まあ、そうですよね。動きを封じて、後はこれの出番です」

 マーカスは懐から一つの首飾りを取り出す。

 野性味あふれるその首飾りは、スティフィの目には何かしらの呪具に見え、さらにそれには見おぼえもある。

「その首飾りは…… 猪がつけてた奴よね?」

「流石スティフィですね、よく覚えてますね。これは俺の家で飼っていたグレイスという名の牛の魂を使って造られた獣操具、いや、呪具の一種ですね」

 マーカスはスティフィがこの首飾り迄覚えていたことに驚きつつ、首飾りの説明をする。

「牛の魂って…… 人の命を使ってはないですが死霊術ですか?」

 ミアが若干青い顔をしてそう聞いてくる。

 死霊術は場所によっては禁忌とされる魔術の一つではある。ついでに、呪術に寛容なこのシュトゥルムルン魔術学院では特に禁忌とされてはいない。

 が、その術を行うとあまりいい顔はされない魔術ではあり、好き好んで使用する者もいない。

 それに死者は冥界の神の物である。それを人間が無断で横取りしたらどうなるか、考えるまでもない。

「死霊術の定義は、人の魂や死体を利用した呪術ですので、これは死霊術には含まれませんよ。まあ、マリユ教授に作ってもらったというか、半強制的に作られた品なので呪具であることは間違いないんですがね」

 マリユ教授に言われて、実家で飼っていた牛を連れてきたら、翌日にはこの首飾りにされていたことをマーカスは思い出す。

 マーカスも憤りはしたが相手が、あのマリユ教授なので当時は泣き寝入りするしかなかったのを思い出す。

 ただこの首飾りの効果はとても強く、獣であり首飾りを付けられるのであれば、どんな獣だろうと飼牛のグレイスの魂を憑依させ、マーカスとの友情を獣に強制させることができるものだ。

 その制約の一つに、首飾りを付けた相手を元となった牛のグレイスと同じ名で呼ぶという制約もある。

「獣操具ということは、あの鰐を操るってこと?」

 スティフィが少し思案顔になりそんな事を聞いてきた。

 恐らくマーカスがあの鰐と幽霊犬を用いて敵対した場合、自分で対処できるかどうか検討でもしているのだろう。

 デミアス教徒であるスティフィにとっては、どちらが強いか、それはとても重要なことだ。

「ええ、恐らくは。この首飾りを付けられた獣は、グレイス君と同程度ですが俺を友達と認識するようになります」

「結構えげつない呪具ね」

 呪具の効果を聞いたスティフィの感想はそれだった。

 マーカスはあえて説明しなかったが、スティフィは術具の効果から、おおよその原理を予想できている。

 それに対してミアは、その原理がわからないので机に置かれた首飾りをじっくりと観察している。

 これらの差は魔術に関わっている時間の長さからくる経験差ともいえる。

 ついでにジュリーとエリックは元々興味がないようだ。

「まあ、ほとんどマリユ教授の作った物ですからね」

 マーカスのその言葉は、マリユ教授が関わっているんだから碌な呪具なわけがない、と言っているようなものだ。

「で、肝心のあの鰐をどうやって動きを封じるんだよ、物凄い力だったぞ」

 夕食を早々に食べ終わったエリックが会話に参戦してくる。

 ただ実際に噛まれ、無理やりに回転までさせられたエリックの意見は貴重だ。

 防護服を着ていたとはいえ、ほぼ腕を捻っただけで済んだのは偏にエリックの身体能力の高さからだろう。

 噛まれたのがジュリーやミアだったら同じようにはなっていない。

 ジュリーはともかくミアが噛まれていた場合、ミアに憑いている精霊によって、鰐の方が痛い目を見る羽目になるどころか、鰐の命すら怪しいが。

「下水道じゃ束縛陣を描くのも難しいですよね」

 あの汚れていて、足場も狭い地下下水道では新しく陣を描くのは無理だ。

 ミアも少し擦っただけで、不気味に泡立つあの足場のことを思い出して、また身震いをする。

 そうなると簡易魔法陣を持ち込んで、それを起動させるしかないが、それも実は厄介だ。

 まず分厚い防護服を着ていては簡易魔法陣でも完成させるのは一苦労だ。

 さらにそれを見越して先に簡易魔法陣を完成させ持ち込むという手もあるが、あの下水道には不純な魔力が満ち満ちている。

 下手に完成させた簡易魔法陣を持ち込めば、勝手に起動するだけではなく、暴発し意図しない効果が発揮される可能性も非常に高い。

「ええ、それに雑多な魔力と汚水とはいえ、汚水だからこそですか、色々な流れのある場所での魔力制御自体が困難ですよ」

 ジュリーがそう発言する。

 不純物が多く不浄な汚水にどんな属性の魔力が宿っているかなど分かったものじゃない。

 あそこまで様々な属性の魔力が混ざり合って溶け合った魔力を制御するだけでも一苦労だ。

「じゃあ使徒魔術だよりですか?」

 ミアがそんなことを言うが、あの地下下水道に古老樹の杖を持っていくのは嫌だと考えていた。。

 荷物持ち君のように洗えないわけではないが、始祖虫の時にも助けてくれた朽木様の一部をあんな場所に持っていくのは流石に失礼にあたると思っている。

「そうですね。この中で捕縛を目的とした使徒魔術を扱える人はいますか?」

 マーカスの問いに誰も答えない。

 そもそもミアやジュリーは対象を捕縛できるような使徒魔術は使えないし、スティフィは使えても協力する気すらない。

「エリックは鎮圧用に覚えさせられているはずでは?」

 騎士隊は時として治安維持のような仕事も回ってくるため、相手を捕縛するための何らかの術は学んでいるはずだ。

 そう思ってマーカスはエリックに声をかけたのだが、

「ん? ああ、一応は使えなくはないぞ。ただ自信はない!」

 エリックは自信満々に自信がないと答えた。

 とてもじゃないが、任せられる気はしない。

 ならば仕方がないとばかりに、

「スティフィも使えそうな顔をしていますが、ここは俺が使います」

 と、マーカスが自分で鰐を拘束すると宣言をする。

 その後で、呪具の特性上マーカス自身の手で鰐に首飾りを付けなくてはならないので、ほぼマーカスが苦労し、働くだけになるのだが、現状では仕方がない。

 だが、それだけに鰐の所有権を大手を振って主張もできる。

「私のは対人用がほとんど。あんな竜みたいなのに有効なのは持ってないわよ」

 スティフィはそう言っているが、その顔は余裕に満ちている。

 恐らくあの鰐を足止めどころか捕縛する使徒魔術もその身に刻まれているのだろうが、それをマーカスのために使う気はないようだ。

「まあ、そちらは俺がやりますので、スティフィはミアと、後ジュリーの護衛を……」

「私はミアしか守らないわよ」

 きっぱりとスティフィは宣言する。

 そして、スティフィはその宣言通り、ジュリーを助けるようなことはしない。

「じゃあ、ジュリーはなるべく壁側に引っ付いていてください」

「はい……」

 と、ジュリーが悲壮な顔で返事をする。

 ミアは少し困った顔でスティフィを見るが、スティフィはプイとその視線をそらした。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、いいね、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。


 その他の小説の進捗は、活動報告からどうぞ!



 今回作中で「俗に言うところの地竜」という表現がありましたが、俗に言わない所の飛竜と地竜にはまた別の意味が、げふんげふん……



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