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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
夏の終わりは地底で涼みながらの虫駆除な非日常

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夏の終わりは地底で涼みながらの虫駆除な非日常 その9

 完全に頭部も再生しきっていないのにもかかわらず始祖虫は触手を使い立体的な軌道で地竜鞭の攻撃をかわしつつ、猛毒の銛というべき特殊な触手でカリナを狙う。

 頭部を失うも死ぬどころか、ここまで動ける始祖虫は、別の世界からの来訪者であり、この世界の常識とは別の常識を持っている生物であり、やはり化物なのだ。

「あの毒銛、五本角でも使えたのか、少々甘く見すぎていたか」

 そう言ってカリナは地竜鞭を両手で持ち力を込める。

 地竜鞭を振るうのではなくそのまま強く握る。

 そうすると地竜鞭の先端、竜の口が開き巨大化していく。

 その竜の口、いや、頭部は猛々しく口を広げる。

 その大きく開かれた口からこぼれ落ちるかのように、真っ赤に燃える炎に包まれた舌が辺りの地面を舐める。

 そこにあった物が根こそぎ舌にからめとられ、燃やされ、竜の口の中へと運ばれ消えていく。

 カリナは更に地竜鞭に力を込める。

 そうすると、その竜の口の奥底から光り輝く、猛々しく燃えバチバチをはじけるような、何かがあふれ出てくる。

 あふれ出たものは竜の一息ですべて吐き出される。

 それは言わば竜の唾液だ。竜の消化液とも燃焼液とも言っても良い。

 広範囲に吐き出されたそれはすべてを焼き尽くしながら、始祖虫へと飛散していく。

 地竜からすれば、ただ唾を吐きだしたに過ぎない。

 だが、それは広範囲のなにもかもを焼き払い飛散していく地獄のような光景を作り出している。

 ここが新しく作り出されたばかりの縦穴の底でなかったのなら、すべて焼き尽くされた焦土のみが広がった景色になっていたことだろう。

 始祖虫も応戦するように毒銛をカリナに向けて放つ。

 超高速で軌道を変えながら、竜の放った唾をかわし、その毒銛はカリナに迫る。

 が、カリナは超高速で飛来する毒銛を右手で軽々と掴む。

 本来、掴むどころか、その毒銛の周囲にいるだけで、どんな生物も即死するほどの強力な毒が大量に滴る毒銛をカリナは平然と掴んでいる。

「悪いが、この毒では私を害せない」

 そう言って毒銛を掴む手に力を込めて、毒の結晶ともいうべきもので、異様に硬いはずの毒銛を握力だけでへし折った。

 そして、逃さないとばかりに繋がっている触手を握りしめる。

 圧倒的な膂力でそれを引き、他の触手を使い立体的に移動している始祖虫の動きを一瞬止める。

 それだけで十分だ。

 ちょうど飛散した竜の唾による炎の海に始祖虫が飲み込まれる。

 魔力を一切通さないはずの虹色に輝く鱗が簡単に焼け落ちその身を燃やす。

 竜の消化液を浴びた始祖虫は、口から生やしていた触手もそのすべてが焼け落ち、もう立体的に移動もできず、地に落ちのたうち回ることしかできない。

「グロロロロロロロォォォ」

 と、始祖虫が奇妙な鳴き声を上げる。

 まるで生へしがみ付く命乞いのようにも、助けを求める叫び声にも聞こえる。

「悪いな、虫よ。この世界は、おまえらが生きられるようにはできていない」

 カリナは心から憐れみを持ってそう言う。そして、地竜鞭の口をもがき苦しむ始祖虫に叩き込んだ。


「お、終わったの? あっけない……」

 スティフィが信じられないものを見たかのようにそうつぶやいた。

 五本角の始祖虫も地竜鞭に丸呑みされ、今やその姿を確認することもできない。

 人間からすると何もかもが規格外すぎて理解することも難しいほどの戦いだ。

 ただ実際はスティフィの言う通りあっけなく決着がついたことには変わりない。

 カリナという存在は、スティフィが想像していた以上にとんでもない存在だと言うことだけは理解できた。

「まだだ、始祖虫に生み出された虫種が大量にいる。カリナ殿はおそらくそこまで処理はしてくれない、我々でどうにかしないといけない」

 ハベル教官はそう言いつつも山場は超えれたとばかりにそう言ってから一息つく。

 あとはどうにかなる。最悪自分が囮になれば、他の生徒たちは無事にこの地を離れることは可能だろう、と、ハベル教官は考えているし、それだけの実力は今もあるつもりだ。

 それでもミアという少女を中心に行動してもらわないとならないが。

 だが、始祖虫という最大の危機は去った事には変わりない。山場はもう超えたのだ。

「と、言っても、この量はどうにもならないんじゃないですか?」

 マーカスはまだ疲労しているのか、地面を這いながらも縦穴を覗き込み、そこにまだ大量にいる大型の虫種を確認しながらそう言った。

 縦穴を覗き込んだマーカスの視線の先には、うじゃうじゃと今も地中から虫種がいまだに湧き出ている。

 ただ主を失い本来の虫としての本能通りに大量の虫種達が動き始めてはいる。

 中には虫種同士で既に喰い合いが始まっている。

 これなら防虫の陣を描ければ虫種達は陣の中には入ってこないかもしれない。

 始祖虫の命令があったからこそ、虫種達も防虫の陣に侵入してきていたのだから。

 それでも、普通の人間にとってこの量の大型虫種は危険な存在でしかない。

「そこで門の巫女だ。彼女の近くにいれば、その重要性からカリナ殿も捨て置けないかもしれない。今はそれに賭けるしかない」

 ハベル教官は確信しているようにそう言った。

 それに始祖虫がいなければ、ミアの使い魔が虫種に後れを取ることもないだろう。

 どうにかなってくれるはずだ。

「それでミアを……」

 と、スティフィもハベル教官の意図をわかり頷く。

 確かに今生き残っている生徒達を全員生きて返すのならミアとその使い魔、荷物持ち君の存在は非常に大きい。

 この量の大型虫種の中、帰路につくにはその力に頼るしかない。

「まずはあの殺虫陣で耐えつつ、防虫陣でも描ければよいのだがな。どちらにせよ、ミアの近くにいることが最後に生き残るための鍵だ」

 ハベル教官はそう断言する。

 食料を持てるだけ持ち、帰還の準備をしなければならないが、帰路につくための道が今は大きな縦穴となっている。

 一旦は防虫の陣でも張り、あの巣穴で準備してまずは通れる道を探すことが必要となる。

 なんなら、マーカスの幽霊犬に縦穴に降りなくても帰路につける道を探してもらわなくてはならないかもしれない。

 始祖虫が駆除されたとはいえ、未だに大量の大型虫種のいる縦穴を通って帰るはあまりにも危険すぎる。

「三匹目の始祖虫とか、いませんよね?」

 マーカスも弱気になっていたのか、そんなことをつい洩らしてしまう。

「縁起でもないこと言わないでよ」

 と、ため息を吐きながらスティフィもそういうが、二匹目がいたのだ、三匹目がいたところで何の不思議でもない。

 そうこうしていると、ハベル教官の足元から一本の根が生えてくる。

 それはすぐに成長して人の顔をかたどる。

 そんな話をしてた後なので、ハベル教官も一瞬だけだが、三匹目の始祖虫がいたかと驚いてしまう。

「朽木様…… か。門の巫女のためでしょうがご助力、感謝いたします」

 ハベル教官は慌ててその場に跪き、頭を垂れて朽木様に感謝を伝える。

「ふむ。まあ、それもあるが私怨もある。気にするな。それと代弁者殿からの伝言だ」

「はい」

 と、ハベル教官は代弁者という余り聞いたことのない言葉とその言葉がさす人物を思い浮かべながら返事をする。

「毒を浴びたのでそちらには行けぬが、残っている虫どもの大半は処理してから帰るそうだ」

「なんと……」

 これはハベル教官にとっても嬉しい誤算だ。

 カリナは厳しい制限の中、この世界にいる。

 それを考えると、危険な大型虫種であろうが、人助けの為であろうが、この世界にとって大事ないのであれば、彼女の方からは動けないはずなのだ。

 学院内の小さなごたごたならともかく、この地までわざわざ出向いてくれたのは始祖虫という世界崩壊につながる様な存在がいたからに過ぎない。

 なので、始祖虫はともかくその後処理なら、人間の方でやらなければならないとハベル教官は考えていた。

 だが、大型虫種の処理までしてくれるのであれば、無理にこの地を離れるよりこの地にとどまって救援を待つ方が安全かもしれない。

「まあ、実際のところは久しぶりに使った地竜への餌やりじゃがな」

 朽木様がそんなことをポツリと漏らした。

「なるほど…… で、始祖虫はすべて片付いたのですか?」

 この地に残るにせよ、帰るにせよ、ハベル教官、いや、この地に暮らす人間にとってはそれが重要だ。

 始祖虫の存在は人ではどうにもならない相手だ。

 どうあがいても人が倒せる域にいない生物なのだ。そして、何よりも恐ろしいのは、一度増えだすと大量に繁殖しだすことだ。

 それこそが竜種に追われながらも滅びることがなかった一番の理由だ。

「わからぬ。始祖虫は、おぬしら人が魔力と呼ばれる力では探せぬ故、まだどこぞに潜んでいる可能性はある。竜共の鼻でもない限り探しきれん。ほんに厄介な虫じゃて」

 朽木様は苦々しそうにそう言った。

 その言葉には恨みが込められていることがその場にいる者達にはわかる。

 その恨みが自分達に向けられたものでないと分かりつつも、人間にとっては肝を冷やすには十分過ぎる。

「なるほど、しかし、いるかいないかわからないのでは竜達は動きませんな……」

 竜と交流が深いハベル教官だからこそわかる。

 いくら金銀財宝を積もうが不確かな情報では竜達は動かない。

 仮に、大型虫種の処理だけで若い竜達を呼び、その後に始祖虫でも現れて若い竜が皆殺しにでもされたら、今度は竜種の怒りを買いかねない。

 始祖虫がいるかいないか、わからない状況で竜種に頼るのは非常に危険だ。

 これでうかつに竜種に頼れなくもなってしまった。

「まあ、この地には代弁者殿がおる。どうとでもなろうよ。ワシもミアと我が子に挨拶してから去ることとする」

「ありがとうございました」

 ハベル教官は再び朽木様に頭を下げた。

 少なくともハベル教官が聞いている話では、朽木様の助力なしにミア達ですら生き残れた可能性は低いし、朽木様が四本角の始祖虫を足止めしてくれていなかったら今生きている人間はこの地にはいないはずだ。

 旧友と騎士隊員の命は失われたが感謝するには十分な理由にはなる。

「うむ」

 朽木様は満足そうにうなずき、そのまま地の底へと沈んでいった。

「今のが朽木様ですか……」

「私、古老樹をこんな間近で初めて見たわ。ミアはよくあんな恐ろしい存在とお茶して来たわね」

 マーカスとスティフィが思い思いのことを言う。

 

「ミア、エリックの様子はどう? 外は何とかなったわよ」

 オオグロヤマアリの巣に戻ったスティフィは、エリックの傍で看護をしているミアに声をかけた。

 既に朽木様が去った後なのか、この場にはもういない。

「かなりの重傷だったんですが、朽木様から頂いた樹液でどうにかなりました。まだ意識は戻ってないですが、もう峠は越えたと思います」

 ミアがそう答えたので、スティフィはエリックに視線を送ると、その頭部はかなり深い傷を負っているようだった。

 そこに樹液のようなものが塗られていている。

 一見してそれが治療の後には見えないが、それがなかったらエリックの命は失われていたかもしれない。

「あら、そんな重症だったのね」

 スティフィはまるで他人事のようにそう言った。

「ええ、かなり出血が酷くて…… けど、もう大丈夫という話です」

 普通の樹液ならそれで傷が癒える事もないだろうが、古老樹の樹液ともなればまた話も別なのだろう。

 エリックも今は安らかな寝息を立てている。

「そうか。では、これからのことを伝える。始祖虫という脅威は取り除かれた。だが、まだ大量の大型虫種と始祖虫の開けた大きな縦穴により今すぐ帰還は困難と吾輩は判断した」

 ハベル教官はエリックの無事を確認すると、この場にいる全員に聞こえるような大声でこれからどうするつもりかを話し出した。

「……」

 ハベル教官の言葉に、この場にいる誰もが返事をしない。

 安堵する者もいれば、未だに不安そうな表情を浮かべている者もいる。

「幸いこの地には、幾分かの物資も食料もある。吾輩は救援を待つつもりではあるが、異論がある者はいるか?」

 ハベル教官の問いかけに異論の声を上げる者もいない。

 すでに生き残っているのは怪我人と魔術学院の生徒と訓練生だけだ。

 怪我人を運び出すだけでも一苦労するだろう。

 それに下手にうろついたところで大型虫種に襲われる。それよりはここに篭って助けを待つ方が安全であることは素人にも分かる。

「異論はないな。では、まず防虫陣を敷く。その準備に取り掛かるぞ」

「今まで描いていた陣は?」

 一人の生徒の誰かがそんな声を上げる。

「防虫陣の邪魔にならない限りはそのままにしておけ、虫種が入り込んできたら使えばいい」

 そこでスティフィが一つの疑問とも問題とも取れることを発言する。

「防虫の陣、描ける人この中にいるの? しかもかなり巨大な奴でしょう? 免許がいるやつでしょう?」

 陣を使った魔術は基本的にその描く陣が大きければ大きいほどその力を強める。

 そのため、ある程度大きい陣を描くには、魔術学院の発行する免許が必要となってくる。

 もちろんスティフィも本気で免許がないから描けない、と言っているわけではない。

 人員の減った今、そこまで難しい陣をそもそも描ける人材が残っているかが重要なのだ。

 精巧さが求められる陣を用いた魔術で描く陣が大きければ、それだけその難易度は上がるし、それが暴発したときの惨劇も大きくなるからだ。

「運び込まれた物資の中に写しはあるはずだ」

 ハベル教官はそう答える。

「問題は巨大な陣を描ける人材の方ね、マーカスは描けないの?」

「んー、描けなくはないですが得意な方ではありませんね、一応大型陣を描く免許は持ってますが。少なくともしばらく休まないと無理ですね」

 マーカスはへたり込みながらそんな返事をした。

 この状態では確かに大型陣どことか普通の陣ですら描くのが難しそうだ。

 どうも長時間幽霊犬を呼び出し繋がっていたせいで、魔力酔いも誘発してるようだ。

 陣は精巧に描いてこそ、その効果を発揮するのだからこんな状態の人間に任せられるものじゃない。

「他にいないなら、休ませた後のマーカスに任せるしかないんじゃないかしらね。私は免許持ってないし。少なくとも三年は学院に通わないと教えてもらえないのよね? 大型陣」

 そう言うスティフィも陣を描くのは苦手な方だったりする。

 そもそもスティフィの考えでは陣を使った魔術は、簡易魔法陣を使えばいい、と言った考え方だ。

 簡易魔法陣がなければ選択肢から省く。スティフィにとってはただそれだけのことだ。

「他に、大型陣を描けるものはいないか? いないなら吾輩が描くしかあるまい」

 ハベル教官は笑顔でそう言った。

 元から自分で描くつもりでいたかのようだ。

「その足で描けるの?」

 大型の陣を描くなら、ハベル教官の足では一苦労なことだろう。 

「そうも言ってはいられまい。餌やりが始まれば逃げ出してきた虫共がこちらに押し寄せて来るやもしれん」

 ハベル教官に言われ、そのことに関してはスティフィも同意する。

「まあ、確かに。でもまあ、あれね」

「なんだ?」

「ここにいる全員、一休みはしたいかなって?」

 スティフィとハベル教官は、確かにこういった荒事には慣れている。

 が、今生き残っている者達は、ただの生徒や訓練生ばかりなのだ。

 そろそろ限界が近いのも事実だ。

「なら、ちょうどよかろう。吾輩が陣を描いている間、皆で休んでいるがいい。それくらいはさせてくれ。これでも教官の身分なのでね」

 そう言って、ハベル教官はやはり笑顔で応えた。


 ミア達は無事二日後にやって来たガスタル隊長らによって全員保護される。

 ただシュトゥルムルン魔術学院に常駐していた騎士隊の壊滅、始祖虫という伝説の虫種が複数確認されたことにより、シュトゥルムルン魔術学院での騎士隊再編が行われ、ハベル教官がこの地の騎士隊隊長に復帰し、現隊長であったガスタルが副隊長となった。

 またガスタルの伝手で訓練校の教官も補充されることとなる。

 色々と後始末はあったが、始祖虫が出現した割には、その被害は歴史的に見ても少なかったと言える。




 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 あと感想などいただけると大変励みになります。

 さらに、評価、レビュー、ブックマークなどもいただけたら幸いです。

 その際には、一人嬉しさのあまり部屋で壁に腰をぶつけながら踊り狂います。


その他の小説の進捗は、活動報告にて。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶望的な緊迫感の演出とそれらが解決するまでの過程がこれまでの展開と世界観にマッチしててとても良い
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