夏の終わりは地底で涼みながらの虫駆除な非日常 その3
「何が起きてるんですか、あのおっきな蜻蛉、リュウヤンマでしたっけ? なんであんなものが」
さすがにミアも危険を感じ始めたのか騒ぎ出している。
オオグロヤマアリ、その巣の中で完全に制圧した部分に入り、今は体制を立て直している最中だが、巣に逃げ込んでいる者達はミアに限らず騒然としている。
ただ巣内部はすでに制圧している部分もかなり多く、広さ的には問題はないが、あの混乱の中、十分な物資を運び込めているわけではない。
いつまでここに籠っていられるかもわからない。
「だから言ったでしょ、なんかおかしいって! ミア、流石に悠長なこと言ってられないわよ、さっさと学院に帰るわよ」
スティフィがここぞとばかりにそう言うが、リュウヤンマが外に居座る限りそれも不可能だ。
ただリュウヤンマがこの場所を去ればだが、騎士隊としても魔術学院の生徒は帰らす選択を取るかもしれない。
さすがにこの現状は危険すぎる。
オオグロヤマアリも厄介だが、ここまで来てしまうと竜種に頼み込んで虫達を一掃してもらった方が良いと判断するはずだ。
「でも、どうやってです? 外にあんなのがいるのに」
外にいるリュウヤンマの轟音ともいえる羽音が、付かず離れず今も聞こえてくる。まるでなんらかの意志でもあるかのように、必要にこの駐屯地に居座り荒らしている。
今、数人の騎士隊がどうにか、巣の中からでも魔術で攻撃できないかと試しているところだ。
うまくいけばだが、それで追い払うことができるかもしれない。
だが、しばらくして、
「おいおい、信じられるかよ。外のリュウヤンマ、使徒魔術に反応して避けるらしいぞ。しかも、この辺りから離れる様子もない。当分この巣から出れそうにないかも、って話だぞ」
エリックが騎士隊から聞いてきた話をミアとスティフィにも伝える。
「なにそれ、ほんとに虫種なの? もう荷物持ち君かミアの精霊に頼るしか方法ないんじゃないの?」
実際問題として、人間が扱える魔術の中で最も発動が早く実戦的と言われている使徒魔術を避け、高速で空を飛びまわるような相手は人間では不可能だ。
しかも飛び回るだけではない、空中での旋回能力もさることながら、空中で同じ場所に止まり続けることすらできる相手なのだ。あれでは手の出しようがない。
「流石に荷物持ち君でも空飛ぶあの蜻蛉の相手は無理ですよね?」
ミアが荷物持ち君に聞くと、荷物持ち君も頷いた。
荷物持ち君でもリュウヤンマに近づくことはできない。荷物持ち君ではリュウヤンマの起こす突風で飛ばされてしまう。
「じゃあ、ミアの精霊だよりだけど、ミアがあの精霊に命令を下せるのは……」
「まだ無理ですよ……」
と、ミアは申し訳なさそうにそう言った。
ミアについている精霊は大精霊といっても過言ではない精霊で、それを制御するのは並大抵のことではない。
ミアがまだ扱えなくて当然の存在だ。
ミアの精霊が、命令を取り違いでもして暴走したら、それこそ、ここに居る全員が全滅する可能性すらある。
「なら、ミアの身を危険にさらさないと無理なのね? じゃあ却下。ミアの身を最優先で」
スティフィはすぐにそう判断する。荷物持ち君も頷いて同意する。
リュウヤンマがミアを狙えば、精霊の反撃で恐らくは倒せはするだろうが、万が一と言うこともある。
あの大きさの空飛ぶ蜻蛉となると、ミアに憑いている精霊でもどうなるか想像するのは難しい。
ミアにそんな危険な賭けをさせるわけにはいかない。
「ハベル教官ならどうかな? 竜の英雄だぜ?」
エリックが提案する。
確かにハベル教官は、竜と契約し竜の力を扱える数少ない竜の英雄の一人だ。
「あの教官、脚を怪我して現役引退したんでしょう? さすがに空を飛び回るような相手は無理じゃない?」
不自由な足では流石に高速で空を飛ぶリュウヤンマ相手では、ただの的でしかない。
また発動の早い使徒魔術ですら避けるような相手に竜の魔術も当てる事自体が困難を極める。
「そうか、そうだよなぁ」
エリックもそう言って少し落ち込んだ。エリックはハベル教官に憧れて遠い北の地より態々シュトゥルムルン魔術学院の騎士隊訓練校に来ている。
それだけに、あまり認めたくはないようだが、現状ではハベル教官でも勝てる要素がないのだから。
「じゃあ、この古老樹の杖の出番ですね!」
そう言ってミアは古老樹の杖をかざして見せた。
それをスティフィは冷めた目で見て、現実を突きつける。
「ミアの腕じゃ当てるのがまず無理でしょう? それとも出が早くて遠距離まで届く様なの契約してるの?」
その言葉だけでミアが狼狽える。
「私が契約している御使い様は、炎の術がお得意なのですが、私がまだ未熟なので遠距離はちょっと…… 使うのが不安になります…… 制御を失敗すると周りに燃え広がってしまいますし、特に遠距離だと場所指定もかなりぶれるので、無理です……」
ミアがロロカカ神の御使いと契約し今使用できる使徒魔術は一種類だけだ。
まだ使徒魔術自体が覚えたてのため、まずはその一種類を使い慣れ感覚を学ぶ必要があるからだ。
ただミアの契約している使徒魔術は、場所を指定してその場所のみを焼きはらえるという特異な物だ。
それだけに扱いが難しく距離が離れるとその制御を失敗しやすくなるという欠点があるし、それ以上にリュウヤンマ相手には向いてない理由もある。
「そもそもダメじゃない…… まあ、あの蜻蛉の討伐は騎士隊に任せればいいわよ。それよりここの安全性よ。入口で制圧済みとはいえオオグロヤマアリの巣よ? 気を抜いたらダメだからね?」
「でも、もう防虫の陣を展開したらしいじゃないですか」
ミアのその言葉に、スティフィは深いため息を吐く。
これはミアだけに限ったことではないのだが、魔術を学びたての人間がよく陥ることで、魔術が万能だと勘違いしてしまうことだ。
確かに魔術は便利だが、決して万能な力ではない。
「ミア、そう言ってて虫除けの陣を突破されたの忘れたの?」
そう言われたミアは、ビクッと身を震わす。
それでも今敷かれている陣の性能はかなりいいはずだ、と、ミアは教えられそれを信じている。
「防虫の陣は虫除けの陣とは違いますよ。本格的に虫種は侵入できないはずです」
ミアは自信たっぷりにそう言った。それはその通りだ。
防虫の陣は虫を寄せ付けないだけの虫除けの陣とは違い、その陣を敷かれた場所に虫種を物理的に侵入させない陣だ。
この陣がある限りは虫種が外部から侵入してくることはない。ただ魔術は万能ではない。
「そうね。けどね、大量に押しかけられたら今度は陣の方が持たないのよ、だから駐屯地の方は燃費もよく陣が破壊されにくい虫除けの陣を使ってたの」
スティフィはそう言った後一呼吸おいて、
「確かに防虫の陣は虫が入り込めはしないけど、その度に魔力を消費するのよ。大量に来られたら魔力の補給が追い付かずに一気に崩壊するのよ」
と続けた。
防虫の陣が突破されると言うことは、大量の虫種が雪崩れ込んでくると言うことでもある。
そうなってはこんな逃げ場のない場所では一巻の終わりだ。
「そ、そうなんですね。あれ? 今って結構まずくないですか?」
やっと現状を理解したミアが焦り始める。
「今頃気が付いたの? だいぶ前から私は忠告してたからね?」
と、スティフィはミアに言って聞かせる。
スティフィは少し苛立ちつつも、これでミアも自分の話をもう少し聞いてくれるようになる、とも、心の中でほくそ笑んでいる。
あとはリュウヤンマの件さえ解決すれば、ミアも学院に帰ることに嫌とは言うこともないだろう。
説得の手間が省けたと、スティフィは内心喜んですらいるのだが、それはリュウヤンマという難敵を排除できて初めて喜んでいいことだ。
スティフィはそれを騎士隊に押し付けたいようだが。
この時は、数々の死線を潜り抜けてきているスティフィですら油断していたといっていいかもしれない。
襲ってくる虫種がリュウヤンマだけであれば、それは確かにそうだったのだが。
事態はスティフィが考えているよりずっと深刻だ。
「は、はい、すいません、スティフィ……」
ミアが想像以上にしゅんとしたので、スティフィも若干慌てる。
「まあ、それにしてもここの虫種はおかしすぎるけど……」
そう言ってミアを擁護するような言葉をかけた。
そうこうしていると、
「ああ、いたいた。皆さん、無事ですか?」
巣の奥から、魔力灯の角灯を持って朝から巣穴に潜っていたマーカスが戻ってきた。
「マーカスさん、こちらはみんな無事です」
ミアがそう告げると、マーカスも安堵の表情を一瞬見せるが、すぐにその表情は険しいものに変わる。
「不味いですね、地底にいた虫種も活気づいてますよ。どうやら誘い込まれたみたいですね」
マーカスのその言葉にスティフィが反応する。
「いや、待ってよ。いろんな虫種が連携して人をここに誘導したとでも言うの?」
スティフィも自分でそう言いつつも、現状を見ればその通りだと言うことがわかる。ただ虫種がそんな連携をするわけがないという常識がそれを認めさせない。
マーカスはゆっくりと頷いて、
「状況だけをみるにそう言えますね。と、言う訳で虫を操る外道種とか聞いたことないですか?」
と、言いつつマーカスはミアの顔を見る。
もしかしたら外道種が裏で糸を引いてミアを狙っているのではと勘ぐっている。
「いるのそんなの?」
「聞いたことないです」
と、スティフィとミアが答える。
「ですよね、俺も聞いたことありませんよ、なんなんですかね、この状況は」
マーカスも心当たりがないとばかりに神妙な表情を見せた。
「騎士隊はどうするつもりなの?」
今度はスティフィが真剣な表情でマーカスに聞いてくる。
スティフィとしては現状を早く把握したい。
場合によっては騎士隊や他の生徒を見捨ててでも、ミアを連れて決死の覚悟で学院に戻らないといけないかもしれない。
幸い森の深い場所にに入ってしまえばリュウヤンマもその巨体では追っては来れない。ただ他の大型虫種もこの調子ではいるだろうがリュウヤンマよりはましだろうし、リュウヤンマでないならば荷物持ち君がどうにかしてくれるはずだ。
「とりあえず本隊は地下から上がってきている蟻を抑えているのに精いっぱいといった感じですね。具体的な話はまだ聞いてないですね。
外には巨大なリュウヤンマがいるんですっけ?」
マーカスが知ってる限りの状況を説明してくれるが、余り希望的な情報はない。
「ああ、くそでっけえのがいるよ、惚れ惚れしちゃうような奴が。あとオオムカデも。あの様子じゃ、おそらく他の大型の虫種もいるんじゃないか?」
とエリックが興奮して言った直後、巣の入口の方から叫び声が上がる。
「ムルンオオカブトだ!! 陣を破る気だぞ! 敵襲!! 敵襲!!」
騎士隊の隊員からそんな声が聞こえてくる。その声に応じるように休憩中の騎士隊が入口に集まっていく。
逆に魔術学院の生徒は自然と巣の入口から離れて奥へと逃げていく。
そして、数度、地響きを響かせ、この巣自体を大きく揺らす。
何か巨大なものが無理やりこの巣に入ろうとしているようだ。
「ムルンオオカブト? 巨人の名を冠するカブトムシかよ、見に行こうぜ!!」
と、エリックが興味津々でそんなことを言っている。
「あんたねぇ!!」
スティフィが怒りと呆れでそう叫ぶが、ミアが意を決したようにエリックに同意する。
「いえ、行きましょう、私達にも出来ることはあるかもしれません」
入口に着くと、騎士隊数名が入口を破壊しつつ這いこんで来ようとしている大きなカブトムシと争っていた。
騎士隊は槍と使徒魔術を使い防戦しているが、ムルンオオカブトの強靭な外骨格に阻まれ致命打を与えられずにいる。
巣の入口とはいえ、ここは内部なので規模が大きく高火力な使徒魔術は制限され使えないのが大きい。
下手に魔術を使って、入口が崩落でも引き起こしたら、生き埋めになりかねない。
「でかっ、まるで戦車じゃねーかよ!」
エリックが興奮してそう叫ぶ。実際、ムルンオオカブトは馬車と同じ位の大きさがあり、その巨大な角で陣を破壊しようと何度も突撃を繰り返している。
「なんでこんなバカでかい虫が今まで見つかってないのよ、山狩りしたんでしょう?」
スティフィが避難がましくエリックに詰め寄るが、
「羽化したてなのかもな」
と、少し慌てながらエリックが返す。
エリック達が山狩りした時はこの大きさの大型虫種は居なかった。
さすがに見逃す大きさではない。
「というか、あのカブトムシは肉食じゃないのよね?」
「いいえ、肉は食いませんが血ぐらいは啜りますよ。あと幼虫のほうは肉も食いますね」
マーカスがスティフィの問いにそう言い返す。
ただマーカスの知識では進んで獲物を狩るような種ではないはずだ。
主食はあくまで蜜や果物で、それらを好んでいるいるはずだ。
「あ、これなら私の使徒魔術も届きます! やりますか? やっちゃっていいですか?」
ミアはやっと出番が着た、とばかりにやる気を出している。
「え? でもミアの使徒魔術は炎なのよね? こんな洞窟内で……」
そう言いつつスティフィも思い出す。ミアの魔術はその効果範囲を指定できる類い稀な使徒魔術であると。
それならばこの空間の限られた巣内でも、比較的安全に使うことができるはずだ。
「忘れたんですか、スティフィ。私の使徒魔術は場所指定できるんですよ! 指定した場所以外に被害はでないんです!!」
ミアも得意げにそう言って杖を掲げている。
「ああ、そう言えばそうだったわね」
スティフィも一瞬迷いはしたがここは任せても良いと判断する。
どちらにせよ、このカブトムシは排除しなければ外にも出られないのだから。
「使徒魔術を使いますのでカブトムシから離れてください!」
ミアはそう叫んで古老樹の杖を右手で持ち先端をカブトムシに向ける。さらに左手の親指と人差し指で円を作りそれを通して杖の先端で狙いを付ける。
「大いなる御方、その御威光をお示しください」
呪文というよりは祈りにも似た言葉をミアが唱える。
ミアの視界が暗く閉ざされていく、その代わりミアが注視する場所だけが色鮮やかに、そして鮮明に、遠くまでもが詳細に見通すことができるようになる。
ミアは前方にいるムルンオオカブトだけを注力し、その他を魔術の範囲から排除していく。
最後にミアが目を一度しっかりと閉じ、そして、その瞼をゆっくりと開く。
そうするとムルンオオカブトだけが炎の渦に巻き込まれる。
火災旋風にも似た炎の渦はムルンオオカブトの一切合切を強烈に焼き尽くしていく。
だが、カブトムシ以外に被害はない。近くにいても熱すら感じない。
防戦に徹していた騎士隊もあっけに取られて、巨大なカブトムシが焼け落ちていくのを見ている。
ムルンオオカブトが本当に馬車程の大きさだったため、しばらく時間はかかったが、後にはムルンオオカブトの形をした黒い消し炭と焼けた嫌な臭いだけを残した。
「どうです! これが古老樹の杖の力です! 前の時よりも火力が段違いです!!」
ミアは嬉しそうに古老樹の杖を掲げた。
「本当に凄いわね、指定した対象? 場所? それだけ焼き尽くすとか…… 外の蜻蛉も行けるんじゃないの?」
スティフィにはどういう仕組みか理解できてないが、一度捕らえてしまえばその対象が燃え続けると考えているが、それは間違いだ。
ミアの扱う魔術は場所を指定し、更にその場所になにかしらの"ミアの見ることができるもの"が存在しないと術がそもそも発動しない。
空を高速で飛び回るリュウヤンマとは相性は最悪で、そもそも術の不発に終わるだけだ。
これがミアの使徒魔術がリュウヤンマに相性最悪の理由だ。
「先ほど自分で言っといてなんなんですが、動かれるとやっぱり無理ですね…… まずその対象を指定できません。久しぶりに使って実感しました」
だが、ミアの使徒魔術を目の当たりにした騎士隊の隊員がその魔術に感心しつつも、あの状況で高火力な炎の魔術を使ったことで話しかけてくる。
「なんだ、今の術は? い、いや、まずはありがとう、助かった。しかし、こんな狭い空間で炎の魔術とは危険では?」
ムルンオオカブトを相手にしていた騎士隊の隊員が感謝しながらも、危く巻き込まれるところだったとそんな表情を浮かべている。
それに対して、エリックが前に出て説明する。どうも顔見知りの隊員のようだ。
「ああ、それは平気っすよ、ミアちゃんの魔術は場所指定できるらしいんで、それ以外には効果がないらしいですよ。実際熱くなかったでしょう?」
それを聞いて、その隊員も確かに間近で炎が渦巻いていたのに、熱を全く感じなかったことを思い出す。
それどころか巣の入口の天井にも、あれだけ激しい炎であったにもかかわらず焦げ跡どころか煤すらついていない。
「場所指定できる? 魔術の効果場所を限定できるのか? そんな魔術もあるのか? 確かに近くにいたのに全く熱さを感じなかった。いや、今はそんなこといい。そういうことなら…… 巣内部でも十分活躍できる…… のか?」
そう言ってその騎士隊員は少し考え始める。
そのことにスティフィが嫌な顔をして何か言う前に、騎士隊のほうが先に口を開く。
「ええっと、ミア君だったか、ちょっと地下の方でも手伝ってほしいのだが、まださっきの魔術、使徒魔術だよな? まだ使えるか? いや、あと何度使える?」
矢継ぎ早に質問され、ミアが若干焦りつつも答える。
「え? ええ、使えます。多分、あと三回くらいは…… それ以上はちょっと不安です。まだ慣れてないので正確にはわからないですが」
その答えに騎士隊の隊員は納得して、ミアに提案をする。
「そうか。とりあえず下へ、下も大変なんだ。いや、下こそ大変なんだ。無数のオオグロヤマアリが急に活性化していて、本当に範囲を限定できるのであればキミの魔術で焼き払ってもらいたい」
「わ、わかりました」
とミアは二つ返事で了承する。
「ちょっと、ミア!! 下は更に危険よ!! マーカス! マーカスもミアを止めて!!」
と、スティフィがそう言うが、マーカスは下の今オオグロヤマアリを抑えている騎士隊が崩壊したら、それこそ終わりだということを理解している。
ミアの魔術、その性能と火力なら、それを打開することも可能だろう。
「俺もついていきます。その子を守ると神との約束があるので」
「わかった、ついて来い!」
マーカスが同行を申し出て騎士隊の隊員がそれを了承する。
「ああ、もう!! エリックもついてきてミアの盾になりなさいよ!」
「えぇ、盾は嫌だけど、ついていくよ、スティフィちゃんの頼みは断れないからなぁ」
オオグロヤマアリの巣の通路は想像以上に大きい。人間が掘る坑道などよりも大きい通路が続いている。
兵隊蟻の大きさが馬程度なのでそれが通れないのでは話にならないのだから当たり前ではあるのだが。
建築班によりところどころ崩落しないように補強され、等間隔に魔力灯の角灯が置かれ明かりも確保されている。
また入口のムルンオオカブトを排除したことにより、入口からの送風が再開されている。
ゆったりとした風が巣の内部を通っていく。
ここら辺は倉庫代わりに使われているのか、それなりの物資も運び込まれている。あの混乱の中、良くこれだけの物資を巣迄運び込めたものだ。
これなら、一日二日程度なら耐えれるが、そこが限界だろう。
この場所は魔術学院から遠い、援軍が来るのに三、四日はかかる。
助けを待つのは絶望的だとスティフィも理解できている。
外にいるリュウヤンマのことを考えるとオオグロヤマアリを退け、この巣に籠るほうがまだ安全かもしれない。
地下の蟻を殲滅でき、リュウヤンマの対処に騎士隊が集中出来るのであれば流石にどうにかできるだろう。
ある程度進んだところで、入口にいた騎士隊の隊員から注意が入る。
「この先から防虫陣の効果範囲外だ。注意してくれ」
「俺が先導します。索敵係でした」
マーカスがそう名乗り出る。
「索敵なら荷物持ち君が……」
とミアも立候補するが、
「荷物持ち君はミアちゃんの護衛を優先させてください。俺にも黒次郎がいるので大丈夫ですよ」
と、却下された。
その影に幽霊犬を住まわせ、その力を利用できるマーカスであれば索敵もお手の物だ。
「マーカスの言うとおりにして。この先は本当に危険よ、気を張り詰めて。あと、エリックは殿をお願い。ミアを守ってよね。私はマーカスの援護に着くから」
スティフィが連弩を構えて、マーカスの後ろについた。
「君ら本当に生徒かい? 随分と手馴れてるな」
と騎士隊の隊員が手際の良さに感心する。
「まあ、ミアちゃん係だからな。慣れてるんだろう」
と、エリックが他人事のようにそう言った。
「ああ、ミアってそのミアか。なるほどな…… 件の巫女か。納得だ。俺も二番手でついていく。俺は索敵は下手だから頼んだぞ。あと俺の盾は蟻鉄加工された盾だ。この盾の影に隠れれば酸は防いでやれる」
その言葉に、スティフィは二番手を譲り、盾の効果範囲内に位置取りをする。
「了解しました。俺が担当したところは、今のところ抜けなしですよ。安心してください」
マーカスはそう言って周りを安心させる。
「黒次郎のおかげでしょう?」
「まあ、そうですけどね」
「それなら逆に安心ね」
などと、軽口のやり取りをしていると、マーカスの視線が鋭くなる。
「おっと、いきなりです。スティフィ、あの岩陰の少し後ろ、見えますか? 若干壁が違う感じの土砂になっている場所です。壁の中に穴があって一匹潜んでます」
オオグロヤマアリはその酸を使って岩壁などを溶かし補強するのでその表面はツルツルになるのだが、それが一カ所だけ土砂のようなもので埋まった場所がある。
それほど不自然な場所ではないが、たしかに違和感もある。
「了解」
スティフィは連弩を慣れた手つきで、狙った場所に打ち込む。
ギュウィィという甲高い鳴き声で目と目の間、眉間を撃ち抜かれた蟻が這い出て来る。
「あの状態で動けるんですか?」
とそれを見たミアが驚きの声を上げる。
蟻が何かする前に再度連弩を、胴と腹に叩き込む。連弩の矢で貼り付けにする形にまでするが、それでも蟻はまだもがいている。
そこに騎士隊の隊員が槍を何度か突き刺し止めをさす。
「おお、初めてにしてはいい連携じゃないっすか?」
後ろで見ていたエリックがそんな声をかけた。
それ以上に、騎士隊の隊員は驚いた表情を見せている。
「君ら、本当に生徒かい? もう騎士隊で十分にやっていけるんじゃないか? ミア君の魔術も素晴らしかったし」
「私は騎士隊なんかに興味ないわ」
と、スティフィが言い放ち、
「俺も昔は希望していたのですが、今は神から使命を貰ってしまいまして。騎士隊に入っている暇はないですね」
と、マーカスも否定的な返事を返した。
数度、潜んでいる蟻を撃退しつつ、ミア達は最前線までやって来た。
オオグロヤマアリとの戦闘は熾烈を極めていた。
鉄騎と呼ばれる使い魔を前面に押し出し、蟻を押しとどめながら戦っている。
鉄騎の合間から槍などを突き出したり、精霊魔術での小規模な攻撃で蟻を撃退している。
巣の内部なので、火力のあるような規模の大きい魔術もろくに使えず地道にこうして撃退するしかない状況で苦戦を強いられているようだ。
「マージル副隊長! 巣穴内でも安全にかつ広範囲に蟻共のみを焼き散らす魔術の使い手を連れてきました!」
「馬鹿野郎、俺はもう副隊長ではない、ハベル教官と同じただの教官だ! って、キミはミア君が…… ああ、色々と話は聞いている。で、本当にこの巣穴内に影響を与えない魔術で蟻共を焼きはらえるんだな? 酸欠で死ぬのも生き埋めになるのも、俺は御免だぞ」
ミアは以前、その男が会議で見たことのある教官だと気づく。
大柄な筋肉質の男で確か戦の神の信徒でもあるはずだ。
「生き埋めの方は大丈夫です。指定した範囲だけを焼けますので。酸欠の方はよくわかりませんが……」
とミアは若干不安そうにそう言ったが、ミア達が到着すると同時に、入口からの送風も届き始めているのをマージル教官も感じている。
これなら、ある程度離れていれば酸欠の方も心配ないだろう、と判断する。
それ以前に前線を維持している鉄騎も限界だ。鉄騎の代わりを人間がすることはできない。鉄騎が一体でもつぶされてしまったらこの戦線は崩壊する。もう迷っている暇がない。
そんな時に来た希望だ。頼ってみるのもいいだろう。なにせ門の巫女という世界に関する巫女らしいのだ。頼る価値はあるはずだ。
「わかった、鉄騎ももう持たない。鉄騎ごとでかまわないので盛大にやってくれ、あの黒いのが全部蟻共だ!」
マジール教官はそう返事をしつつ、ミアが失敗した時のために部下数名に、失敗した時は構わず使徒魔術をぶっ放せ、と小声で指示を飛ばす。
今は数体の鉄騎と呼ばれる使い魔が通路を阻むように踏ん張ってはいるが、どの鉄騎も満身創痍だ。
騎士隊が鉄騎の防壁を抜け出した蟻を優先して倒しているがそれも限界だ。
なんとか踏ん張っている鉄騎の奥には黒い無数の塊が蠢いている。まさしく黒く蠢く壁で、その壁の厚さがどれくらいあるかもわからない。
あれが全部巨大な蟻だと思うと絶望しかない。
飲み込まれたら、それこそ一環の終わりだ。
「は、はい!! でも、これは…… 範囲が広すぎます。魔力を拝借して増強し追加で範囲を拡大します!」
ミアは拝借呪文を唱えロロカカ神の魔力を身にまとう。それを古老樹の杖へと誘導し、その魔力を基にして交わしている契約を一時的にではあるが、その内容の拡大解釈を行う。
これで普段よりもより術者に多少負荷がかかるがより広い範囲を選択することができる。
ミアが祈りのような使徒魔術の呪文を唱え終わった後、その視界が限りなく広がる。
そして大型の虫種だけを大急ぎで選択していく、虫の大群の中にはオオグロ蟻以外の虫種も存在しているがそれも選択していく。
虫種以外を除外し、目を閉じ、そして開く。
オオグロヤマアリで黒い蠢く壁となっていたところが紅蓮の渦巻く炎に置き換わる。
それに触れている鉄騎も多少被害を受けるが、それが原因で鉄騎が朽ちることはなく、燃え移ることもなく被害もほとんどない。
辺りから虫の焼ける匂いが漂い、それを入口から続いている送風が押し流していく。
ほんの一瞬で、オオグロヤマアリの大群はすべて炎の渦に包まれ、焼け落ちていく。
兵隊アリなど一部の大型の虫種だけまだ炎に包まれているが、それも時間の問題だろう。
「これが門の巫女の力の一端か。凄まじいな。これだけの火力を出しながら、巣の崩落を一切招いてないどころか、鉄騎すら巻き込まないとはな」
マジール教官がミアの魔術を目の当たりにして驚嘆した。
だが、そのミアは苦しそうにしている。
「はぁ、はぁ、はぁ…… ちょっと範囲が広すぎました……」
ミアは自分の能力以上の力を使ってしまい、その反動を受けている。
頭の血管が脈打つごとに痛みを発し、痛みが視界を歪ませる。
「ミア大丈夫? どれだけ焼き払ったの?」
「見える範囲全ての蟻を……」
見える範囲と言っても、それは魔術で拡張された範囲であり、急いで選択したため相当な広範囲と数を選択してしまっている。
ミアが今、酷い負荷を受けているのは、それらを処理するには人間の脳では容量が足りないせいだ。
契約の拡大解釈を行い無理やり術を行使したため、処理できないほどの情報を無理やり処理させられることになったのだ。
「送風を待って進軍し、状況を確認するぞ。用意と確認を怠るな! 掃討が確認され次第ここにも陣を張るぞ。準備を急げ!! それとミア、ありがとう、助かった。その様子ではさすがに何度もできる芸当ではないようだな?」
「少し休めば、あと二回は……」
ミアはそう言ってはいるが、今は杖を頼りにどうにか立っているような状況だ。
「ミア!」
それに見かねたスティフィがかなり強くミアの名前を呼ぶ。
ミアもハッとなって気づく。さすがにこれ以上は危険であると。スティフィの意見ももっともであると言うことに気が付く。
「スティフィ…… わ、わかりました。一旦、入口のほうへと戻ります、そこで休憩します」
ミアも今は危険だということは理解している。だからこそ何かできることはないのかと思ってはいたが、流石にこれ以上は逆に足手まといになりかねない。
それに、ミアの活躍は十分にした。まだ魔術学院に通い出して半年程度の少女にしては、十分すぎる戦果だ。
「それがいいですね。この辺りの蟻は一掃できたようですし、とりあえずは防虫の陣が突破されることもないでしょう」
マーカスもそう判断する。
黒次郎から送られてくる情報でも周辺の蟻は全滅しているようだ。
驚くべきはミアの視線から死角になっているような場所にいた蟻も焼き払っているところだ。
魔術の影響で視野が拡張されているようだが、それにしても凄い範囲を一度に焼き払っている。
「にしても、凄い魔術だな。ハベル教官の竜炎にも勝るとも劣らないんじゃないか?」
マジール教官が広範囲にわたり焼き払われた現状を見て、お世辞でもなしにそう言った。
周囲に影響を及ぼさない、という点ではミアの魔術のほうが優れてさえいる。
「竜の炎と巨人の炎ですが。どちらが優れているということはないでしょうが、どちらも凄まじい力ですね」
マーカスもあれだけいたオオグロヤマアリを一掃したミアの使徒魔術に驚きを隠せない。
「なにはともあれ感謝する。何人か護衛につけるので上まで戻って十分に休んでくれ。今ので蟻の大半はやれたはずだ。あとの処理は我々に任せてくれ! おまえらもさぼってないで騎士隊の意地を見せろ!!」
マジール教官がそう叱咤を飛ばし、ミア達も入口のほうへと戻ろうとした時、地面が激しく揺れた。
「うお、地震かよ? でかいな、まずいんじゃないか?」
エリックがそう言いながら剣を地面に突き立てて体制を保っている。
「とにかく入口を目指すわよ、ミアも急いで」
「は、はい!!」
と返事をしながらもミアは先ほどの術の影響と揺れのせいで、うまくたつこともできずにその場に腰を下ろしてしまう。
その存在に、いち早くマーカスと荷物持ち君が気づく。
荷物持ち君がミアの前に立ち、マーカスが大声で注意を促す。
「これ、地震じゃないですよ!! 何かが、巨大なものが地中から来ます! 備えてください!! 黒次郎! 出てこい!!」
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
リュウヤンマ戦でのほそく!
リュウヤンマは遠距離攻撃を持たないけど、戦闘機並みの速度で、自由自在に空を飛び回る戦闘ヘリのような存在で、基本人間では対処できません。
リュウヤンマに対して、精霊魔術が話題にも出されないし、使われてないのは、基本的に人間が扱える精霊魔術とは近距離専用だからです。
人と契約している精霊は術者から離れ過ぎるとその命令自体を忘れてしまうことが多いのが理由です。
ミアの精霊はとても力の強い精霊なので、ミアから離れずリュウヤンマを撃退することは可能です。
ただミアがまだまともに精霊を扱えておらず、ミアと精霊の意思の疎通も実は余りで来ていないので頼れない状況です。
精霊王ならともかく、それ以外の精霊と直接意思疎通をちゃんと取るにはかなりの訓練が必要となってきます。
基本的に人間と精神構造が違うため、わかり合うには時間を要するし、力の強い精霊程わかり合うのが難しい、それを理解し合っていくのが精霊魔術の醍醐味です。
ただ実は裏技があって古老樹の荷物持ち君経由で命令を飛ばしてもらうとミアの精霊もちゃんとミアの意図した通りに働いてくれたりします。
そのことは、古老樹と大精霊が同時に人間の下に着くなんてことはなかったことなので知られていないだけです。
と、言うことをここに書いたので、それ以外の方法でリュウヤンマを倒す方法を考えてください、未来の私!!
いや、もうちゃんと考えてますよ。
ほんとですって!!
▽こっちじゃないほうは不定期連載となりました。
【現在の進行度:12%】
https://ncode.syosetu.com/n2070ht/
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GW開けたら書き始めると言ったな! あれは嘘だ!
こちらの第2部分から第4部分を書き直すのでさらに遅れます。
▽カクヨムにも別の話を投稿し始めましたが不定期です。
https://kakuyomu.jp/works/16817330656065205636
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元々そんなに長いお話じゃないので、こっちもちゃんと完結させる予定です。
ただ、不定期です……




