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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常

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試験が終わった後の夏休みと海でのいつもとちょっと違う日常 その10

「よぅ、ダーウィック。これから飲みに行こうぜぇ?」

 ダーウィック教授が学院内にあるデミアス教の教会の自室にて読書にふけっていると、扉を蹴り開けてオーケン大神官が入ってきた。

 講義もなくゆったりとした自分の時間を過ごしていたダーウィックはオーケンに不機嫌な眼差しを向ける。

 常人であればそれだけで震え上がるほどの視線だったが、相手はダーウィック以上の化け物である。気にも留めない。

 既に酒を飲んでいるのか、その顔は赤く火照っている。

 それを眼にしたダーウィック教授はあからさまなしかめっ面をしてみせる。

「おぅ、そんな顔すんなよ、今日はちょっとばかし良い収入があったから、おごってやるからよぉ」

 オーケンがそう言うとダーウィックは更に顔を渋らせた。

 いつも無表情のいかつくしかめっ面なのは確かだが、今のダーウィックの表情は心の底から遠慮したい、と言っているのが如実に顔に出ている。

「なんだ、俺が誘っているのに嫌だというのか?」

「はい、その通りですが?」

 ダーウィックは心の奥底から出た本心を何も隠さずに即座に答えた。

 オーケンは確かにダーウィックより位が上の大神官だが、そもそもそんなことが意味あるような相手でもない。

 オーケンとの付き合い方は、まず第一に近寄らないこそが正しい。祟り神のそれと同じだ。関わるとろくなことにならない。

「なんだよ、たまには付き合えよ。俺の方が偉いんだぞ?」

 オーケンはダーウィックを見下すようにそう言うと、

「確かに。大神官としての責務は何一つなされてはいませんが、それは確かなことです」

 と、嫌見たらしくダーウィックは答えた。

 そうすると、オーケンは嫌な笑みを浮かべて、

「おまえだって、ここでイチャついてるだけじゃねーかよ」

 と、茶化すようにそう言った。

 ダーウィックはそれに対して眉一つ動かさない。それどころか満ち足りた表情を見せた。

「それが私の責務です。私と我妻であるカリナが、この地にいることが、どれだけデミアス教、ひいては世界に取って意味あることなのか、わからないわけではないでしょう?」

 そう答えたダーウィックの表情は自信にあふれ満足そうにしている。

 その表情をみたオーケンの方が嫌な表情を見せる。

「あー、はいはい、誰が好き好んでおまえののろけなんて聞きたいっていうのかよ。まあ、それはともかく、おまえは断れないんだけどな?」

 オーケンはその表情のまま、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「ほう、その理由を聞きましょう」

 ダーウィックの頭の中で色々な可能性を瞬時に探る。

 そして、飲みに誘う程度でどの弱みを突いてくるのかを模索する。それがオーケン相手に意味のないことだとわかっていてもだ。

 それを嘲笑うかのようにその結論が出る前にオーケンが口を開く。

「おまえのカミさんに既に許可を取ってある。たまには気晴らしに飲みに行くのもいいだろう、だってよ、ハハッ! 講義もないと一日中ひきこもって本を読んでるらしいじゃねーかよ」

「む……」

 それを言われたダーウィックは押し黙るしかなかった。

 想像していなかったわけではない。ただあまり考えたくない、特にオーケンには気づかれたくなかった、ダーウィック最大の弱点でもある。

 ダーウィックは、シュタインベルト家は、言ってしまえば、かかあ天下である。

 それもそのはずだ。ダーウィックはデミアス教の大神官であり、デミアス教は強者を正とする。

 そして、ダーウィックの妻、カリナは世界最強の人間である。

 生物的に人間かどうか、そう聞かれれば誰もが口を閉ざすが、カリナは法の神が認めた、正式な人類だ。それに異を唱える者は人にも神にもいない。

 そして、強者を正とするダーウィックがカリナに従うのはデミアス教としても正しいことなのだ。ある意味自然な事でもある。そこになんの問題もない。

「おまえ、本当に尻に敷かれてんのな、アホらしい」

 そんなダーウィックを哀れむようにオーケンがそう言った。

 だがダーウィック当人はまるで気にしてはいない。

「悪いですか」

 と、観念したようにダーウィックが答えると、珍しく含みのない笑顔を見せた。

 そして、

「いや、悪くはねーよ」

 と少し冗談めかして言った。


「で、なぜこの酒場なのですか?」

 オーケンに連れ出されたダーウィックが不満たらたらに、微細ではあるが怒りも込めてそう言った。

 それもそのはずだ。

 ここはよくカリナ、サリー、マリユ、ポラリスらが飲み会をする学院内の酒場で、今日も、ポラリスの姿はないものの、その飲み会は開催されている。

 席の場所こそ離れはしているが、人外めいたこの者達ににその距離は意味がない。

 お互いの会話など筒抜けになっている。

「気にすんなよ、態々おまえのカミさんの席からは離してやったんだから感謝しろよ?」

 その言葉にダーウィックは深いため息を吐きだす。

「はぁ…… で、今日はいかような要件があってこのような場に?」

 ダーウィックも流石に本当に飲みに誘われただけとは考えていない。

 魔人ともいえるデミアス教の大神官の二人が、このような大衆向けの酒場で酒を酌み交わすなど本来なら考えにくい話だ。

 おかげで、カリナたちを除いた他の客たちは早々に逃げ出してしまっているし、新たに客が来てもその場にいる客を見ては即座に逃げ出していっている始末だ。

 もはや貸し切り状態だ。

「いやね、一応話だけは通しておこうと思って、さ。へへっ、まあ、これを見てくれよ」

 そう言ってオーケンは一枚の、綺麗に切り取られた長方形のかなり紙質の良い紙を一枚だけ机の上に置いた。

 今見えている面は裏側らしく、少なくともその面は白紙だ。

 実際に手に取って触るとかなり厚い紙で固く何かしらの、ちょっとやそっと水に濡れてもふやけないような、そんな加工さえされている。

 ダーウィックはそれを裏返して、その裏側を見る。

 そこには絵があった。とても精巧な絵だ。本物とそう変わらないほどの。

 その絵はスティフィの姿絵なのだが、水場の近くで妙に躍動感があり、動いている一瞬を切り取って絵にそのまま封じ込めたようなものだ。

 それと非常にあられもない姿をしている。ほぼ裸といっていいような、隠している方がより淫靡な印象さえ与える、そんな衣装を身に着けている。

「これがどうかしたのですか?」

 確かに驚くべきほど精巧な絵だがそれだけだ。態々オーケンという男が酒をおごるまでことではない。

 所詮はただの絵だ。ダーウィックにはそれ以上の感想はない。

「マーカスの奴を通じて見た物をそのまま印刷したんだよ。サリーちゃんと、えーと、クラムボン? とか何とかって言うやつが協力して作ったっていう機械を使ってな。あれも神与知識の技術だろうに、ホイホイと使いやがって。だけど、そのおかげで俺は儲けさせてもらったんだがな、ハッハ!」

 確かにそのような魔道具とも機械ともいえないようなものを開発した、という話はダーウィックも聞いている。

 数年ほど昔のはずだ。

 思考に留めておいた映像を絵として印刷する、本来は言葉にもできないような神託などを映像化するための機械だったはずだが、試作機ということもあり使用者の魔力容量がとてつもなく大きくないと、そもそも動作しないようなものだった。

 その後も試行錯誤はしているらしいが明るい続報を聞いたことはない。そのため、試作機の段階のまま、ほぼ機能することはなかった機械だ。

 オーケンはそれを起動して、こんなくだらないことに使ったのだろう。

 もしかしたら、その機械の存在を知ったからこそ、なにか企んでいたのかもしれない。

 いや、実のところは、ただ酒代の小銭を稼ぐ、それだけの話だったのかもしれない。

「この絵がなにか?」

 だが、それがどうかしたのかという話だ。

 ダーウィックには、何も関係ないし、儲け話にも興味がない。

「それが三枚一組で銀貨一枚でも飛ぶように売れんのよ。その紙も学院の備品だからただよ、ただ! いやー、想像以上に売れて売れて笑いが止まらねぇ」

 オーケンは本当に楽しそうに、笑いが自然と出てくるように笑みをこぼし続けている。

「またくだらないことを……」

 こんなくだらないことで、飲みに付きわさることになったのかと、ダーウィックが落胆する。

 ただそこで安堵するほどダーウィックは、このオーケンという男を甘く見てはいない。

 どうせ裏がある。もしくは何もない。さもなくばダーウィックの命そのものが狙いか。そのいずれでもないのか、見当もつかないのがオーケンだ。

「まあ、遊びの一環さ、酒代稼ぎも兼ねてるがな。一応、お前んとこの犬だろ? あの娘。だから、こうして、おまえにもおごってやってんのさ、へへっ、感謝しろよ? 俺が酒を他人におごるなんざ、滅多になりことだぞ、ありゃ? 俺も記憶にねぇな。初めてか? んなわけないよな?」

 オーケンはそう言って酒を一気に煽った。すぐに別の酒を注文し、ついでに酒のつまみも適当に注文する。

 注文を受けた女給が去った後、ゆっくりとダーウィックが口を開く。それまでに目の前の盃の葡萄酒を一口だけ口に含む。

 カリナも飲んでいる酒だと思えば、そう悪くない。だが、酒を味わうには目の前の男を前にして無理な話だ、どうしても酒はまずくなる。

「なら、クラウディオ大神官にこそなのでは? 彼女はクラウディオ大神官の間者ですよ」

 ダーウィックはそう言いつつも、オーケンとクラウディオが酒を飲み交わせば、それは一晩のうちにでも殺し合いに発展するのでは、と思いそうなれば良いとも思っている。

 どちらかでも死んでくれれば、ダーウィックにとってはありがたい話だ。今更デミアス教の位に興味はないが、色々と横槍を入れられるのは何かと腹立たしい。

「いやだよ、俺、あいつ、嫌いだし」

 悪びれもせずオーケンはそう言った。

「私はあなたの方が嫌いですが」

 ダーウィックも悪びれもせず、それどころか表情一つ変えずに、本人を目の前にして、本心を語った。

 クラウディオ大神官は北の本殿に引きこもり、何だかんだでデミアス教をより強大にすることに尽力している。

 いつしか再開されるという神代大戦に備えているのだ。

 今、デミアス教が邪教と呼ばれながらにも、ここまで勢力を増大させているのは、ひとえにクラウディオ大神官の功績が大きい。

 世界を放浪して、悪評ばかり広めるような伝承ばかりこさえている大神官とは比べるまでもない。

「俺はそーでもない。これでもおまえのことは気に言ってるんだぜ? 少し辛気臭いがな。で、実際どーなのよ? 話には聞いてると一度殺そうとしたらしいじゃないか」

 どうもダーウィックが想像していた以上に、ダーウィックの内情は筒抜けのようだ。

 根回しにおいて、恐らく現デミアス教を切り盛りしているクラウディオ大神官でさえも、オーケンにはかなう事はない。

 どんなに信頼のおける人物の心の中にも土足で踏み入り、なし崩し的に居座るような男だ。

 この男の前では秘密などあってないようなものだ。

 ダーウィックにとって、オーケンが敵でなかったことは幸運なのかもしれない。ただ同じ宗教の大神官同士ではあるが、味方というわけでもない。

 ダーウィックからしたら、ひたすら迷惑な隣人程度の認識でしかない。

「他の神に捧げようとしただけですよ。その方がお互いの為と思ったのですが。彼女も内心そう思っていたのでは?」

 ダーウィックは顔色一つ変えずそう言った。

 それに、あの選択は間違いではなかった、ダーウィックは今でもそう確信している。

「どうだろうな? 案外、生きたいって思ってんじゃねーの?」

 オーケンはどうでも良さそうに、運ばれてきたつまみの、何かの動物の皮らしき焼きものを口にしながら話した。

 皮の焼き物は串焼きで、甘辛いタレに十分に付け込まれていて旨い。ただなんの皮か見当がつかない。鶏のようだが、鶏にしては分厚い。また豚とも牛とも違う。だが旨いならそれでいい。

「彼女は人間ではない。人形とそう変わりないですよ。知っているでしょう?」

 スティフィ・マイヤーは生物上は人間だ。

 だけれども、あれを人間と呼ぶには、その精神構造は歪に作り変えられている。

 あれは人間に擬態した人形のような、ただクラウディオ大神官の命に従う人形のようなものでしかない。そう言う風に幼いころから育てられるのだ、狩り手と呼ばれる者達は。

 スティフィの本来の精神にあるものは、デミアス教信徒として、ただただクラウディオ大神官に忠誠を誓う信者というものである。

 それ以外の人格などただの偽りの仮面で、使い捨てのお面のようなものでしかない。

「元狩り手かぁ、まあ、確かにな。クラウディオの奴が作り上げた人形、最も従順なデミアス教徒、なんだろうなぁ」

 オーケンもそう言ってつまらない物を見る様に、先ほど口にした皮の焼き物を見た。

 味は悪くないが、どうにも皮が分厚く中々噛み切れない。酒の肴には悪くないが、話ながら食うものではない。

 と、判断しながら、まだ口に前の物が残っているにもかかわらず、新しい物を口に入れる。そして今度は噛まずに酒で胃の中へと流し込んでいく。

「そうです。彼女の…… その精神の土台にあるのは、クラウディオ大神官に従順なデミアス教徒という人形です。人のように振舞っているのは、周りに紛れ込むための擬態でしかありません」

 ダーウィックはつまらなそうにそう言った。

 スティフィが人のように振舞っているのはただの擬態。本人すらそう思い込んでいるほどの、自己暗示でしかない。

 その実態はただの虚ろな人形で、その擬態部分は任務のたびに使い捨てられる。だから人形なのだ。

「その割にはおまえに入れ込んでいるようじゃんか」

 少しからかうように、すべてを知っていてなお、あえてからかうようにオーケンはそう言うと、ダーウィックもそれに答える。

「それもただの自己暗示です。任務を潤滑に遂行させるための…… 自己暗示により作られた偽りの記憶や思想です。私を尊敬していた人間だと、ただそう強く思い込んでいるだけです。自分でもそれがただの思い込みだと気づかないほど深く。そんなものは欲望でもなんでもない。狩り手は任務ごとに、その人格すら変えてくるような者達です。なにも…… なにも信じるに値しません」

 ダーウィックはスティフィが定期的にクラウディオ大神官に自分の動向を伝えていることは既に知っている。

 ただ知られても特にやましいことはない。

 なので放置してただけだが、処分する機会があれば、処分してしまいたかったということもある。

 覗かれているのはやはり気分のいいものではない。

「でも、元、なんだろ? 案外、今のスティフィちゃんが本来の彼女なのかもしれないぜ?」

 確かにそれはそうだ。

 スティフィ・マイヤーは正式に狩り手を辞めている。

 人形のように作られた人間がその役割を失ったらどうなるか。

 実は意外と普通に暮らしていける。

 急に自由を与えられ戸惑う者もいるかもしれないが、所詮は人間だ。それに自由に欲望のまま生きるのがデミアス教徒だ。

 遅咲きながらも、本来の自我を取り戻し、普通にデミアス教徒として暮らしていくのだ。

 そう言った事例は既にたくさんある。元狩り手だから役割が終われば殺して処分、というには狩り手という組織は大きくなりすぎている。

 それに狩り手という人種は皆長生きできるような者達ではない。無理な肉体改造からその寿命はそれほど長くない。

 現役を引退する頃には既に寿命近くなっている者達がほとんどだ。

 クラウディオ大神官にも、自分のために働いてくれた者達が、その余生を数年くらい、抑えられた本来の欲望を解放して自由に楽しませるくらいの慈悲は持っている。

 ただスティフィには怪我により引退したため、その寿命は恐らくまだ十年近くは残っている。

 クラウディオ大神官はそれを利用してダーウィックの動向を知りたいと思っていたのかもしれない。

「どうでしょうか。クラウディオ大神官によって作り上げられた人形に、人のような感情があるとも思えないですが」

 スティフィは狩り手を正式にやめたとはいえ、クラウディオ大神官の間者のようなことを今もやらされているのも事実だ。

 その対象のダーウィックからすれば、そもそもが信じられるような相手でもない。

「だから、祟り神の巫女につけたと?」

「ええ。予想では祟りであっさり死んでくれると思っていました。祟り神の祟りで死んだのであれば、クラウディオ大神官も何も言ってこないでしょうし。あの子の纏うかすかな魔力の残滓はとても深く暗い。人が到底迎え合えるような神とは思えませんでしたので」

 そう言ってダーウィックはミアの纏っている、その彼女が信じる神の魔力、その僅かな残滓に底知れぬ何かを感じたことを思い出す。

 あんな魔力と普段から触れあっているのであれば、ダーウィックから発せられる暗黒神の魔力の残滓により与えられる潜在的な恐怖も、ミアには届かないのだろう。

 恐らくロロカカ神の神格はかなり高い。それこそ暗黒神にすら届くほどに、しかもなんかしらの関りまであるようにも思える、そのようにダーウィックは考え、そして、興味を持ち、また、警戒もしている。

 そう評価できるからこそ、デミアス教にミアを引き込みたいとも思っている。

「それは同感だ。ロロカカ神か。俺も聞いたことない神だ。なんだありゃ、あの残滓は確かに異様なほどだ。まっとうな神ではないことは確かだ」

 オーケンも珍しく真剣な表情を見せ、何度か感じている。

 神の魔力。神の御力。それはすなわち神の一部であり、神そのものである。

 ならば、その魔力から感じたものは、その神の本質とみて間違いはない。

 あの混沌とした深く仄暗い魔力の波動は、まっとうな神が発するものではない。

 あんな魔力を持つ神の巫女というのであれば、祟り神で間違いないし、カリナという存在がいてなお、こんな学院に置いておいていい存在ですらない。

 それこそ、身近に神がいるような学院でもない限り預かれもしないほどの存在だ。

 それがどういうことか、祟り神と半ば確信していた神が、門の守護神だという事が知れた。オーケンにとってはそれが楽しくてしょうがない。

「カリナですら、その名を知っているという程度です」

「言えないんじゃなくて知らないのか? そいつはすごいな。まあ、神代大戦に参加してないような神なら、そうなのかもしれないがな。あれだろ、誰の領地でもない東の外周の端っこにいるんだろ? なら大戦に参加してないのもわかる話だ」

 だが、法の神に『人間』と認められたとは言え、巨人の末裔が、それこそ、神代大戦の時代から生きているような正真正銘の怪物が、その神の名しか知らないと言うことは、恐らくは神々の間でも禁忌とされるような神なのかもしれない。

 そんな禁忌とも言えるほど力を持つ神だからこそ、法の神により門の守護神の一柱を任されている、ともとれる。

 だが、ダーウィックにとってそれらすらもどうでもいいことだ。

「結局、あなたは何を言いに来たのですか?」

 早くこのくだらない飲み会を終わらせたいダーウィックは、オーケンの目的を探ることを諦め、その真意を無駄だと分かりつつも問うことにした。

 オーケンはそれをつまらなそうにそれを聞いた後、一呼吸おいて口を開いた。

「スティフィちゃんは面白いから処分するなって話だよ、ミアちゃんとも仲いいしな」

 それは聞いたダーウィックは、そんなことで? と、ため息をつく。

 オーケン相手に真意を探るなど無意味なことだ。オーケンがその時どういう真意を持っていたとしても、何かしらの思い付きで、次の瞬間には、その真意そのものが全く別の物になっているような男だ。

 考えるだけ無駄だ。

 そんなオーケンがここまで大人しいのは、その娘、サリー教授の結婚が控えているだけだ。

 そうでなければ、今頃この学院は、例えカリナがいたとしても、廃院に追い込まれていても不思議ではない。

「今は考えていませんよ」

 ダーウィックも今はスティフィを処分することは考えていない。

 そもそもダーウィックは、クラウディオ大神官にやましいことはないのだから、無理に処理するつもりもなかった。ただ機会があれば別というだけだ。

 むしろ、ダーウィックが煩わしいと思うような、デミアス教の運営を一手に引き受けてくれいるクラウディオ大神官には、そのことだけに関しては感謝すらしている。

 ただそれとは別にやはり監視されるようなことは腹立たしいことだ。

 それだけの理由でスティフィを、機会があればだが、処分しようと思っていただけだ。

 他に利用価値が見いだせたのなら、利用すればいいだけの話で、その利用価値も見出している。

「ロロカカ神に生贄を拒否されたからか?」

 ダーウィックはオーケンのこの言葉に少し違和感を覚える。

 今日のオーケンは妙に核心ばかりついてくる。

 本来なら、オーケンという男はもっとわかりにくく回りくどい。

 それほどミアにご執心なのかもしれない。

「ええ、面白い反応でした。ロロカカ神のことを知る切っ掛けにはなってくれるかもしれません」

 確かにあれは面白い反応だった。

 最初はロロカカ神も贄として受け取る気だったのに、何かがきっかけで急に贄を拒否した。

 それはロロカカ神という謎の神を知るきっかけになるかもしれない。

「ん? 珍しいな。おまえが他の神に興味を示すだなんて。サリーちゃんの旦那候補じゃあるまいに」

 オーケンはそう言って何が気に入らないのか不貞腐れた。

 フーベルトとサリーのことでまだ何か思うところがあるのかもしれない。

 そう思ったダーウィックは珍しく人をからかうような事を口にした。

「カリナが少し気にしていたのでね」

 ダーウィックからするとちょっとした意趣返しのつもりだった。夫婦とは存外良いものだと。

 そんな些細の事は置いておいて、カリナが気にしていたのは、ロロカカ神の御使いの名がとある巨人の名と言うことだ。

 神は時として、様々な者達を御使いとして招き入れることはある。だが巨人を御使いにした神など聞いたこともない。

 そもそも巨人は神に弓を引いた敵対者達だ。

 そんな者を御使いにするなど神として、考えられない話だ。

 だからこそ、カリナですらも慌てたのだろう。

 流石にオーケンと言えど、そのことまでは知られていないようだが。

 オーケンはニタニタと笑いながら、

「またのろけかよ。んなこと、聞きたかねーよ」

 と、言って酒を飲み干し、また女給を呼びつけ、次の酒とつまみを注文する。

 その間、少しの間、会話が途切れる。

 女給が去った後、それと入れ替わるように一人の女が、この机の席に着いた。

「あら、じゃあ、私とお話しながら一杯どうですかぁ?」

 別の席、とはいえ、今この酒場にいるのは、ダーウィックとオーケン、それと別の席で集まっている、サリー、カリナ、そして、今ここに来たマリユだ。

「おやおや、お綺麗な教授さんじゃないか、向こうは良いのかい?」

 そう言ってオーケンがむこうの席を見ると、サリーが酒で顔を赤らめつつも鋭い視線を向けていた。

 オーケンは慌てて目をそらして、マリユに視線を戻す。

 デミアス教の大神官の一人と言えど、娘には弱いらしい。

「マリユ・ナバーナと申します。大神官様。サリーちゃんがお父様のことを気にして少し気がたっているので、私が様子を見に来ただけですよ」

 そう言って、マリユは微笑む。そこらの男性であれば、それだけで恋に落ちてしまいそうなほどの妖艶な微笑みだが、その恋の行き先は破滅しかない。

 マリユという女は、あらゆる意味でそう言う女性だ。それゆえ彼女は彼女の神にいたく気に入られている。

「マリユちゃんか。酒の肴としては悪くないが、無月の女神の巫女さんとはあんまり仲良くなりたくねーな」

 オーケンは苦笑いしつつ、おっかない、という顔と仕草を大げさにして見せる。

「あら、どうしてです?」

 とぼけた様にマリユが、その艶めかしい髪を、顔に掛かった髪をすくい、丁寧に跳ねのけていった。

 一瞬真顔に戻ったオーケンはすぐに破顔し、

「あんた抱いたら死ぬじゃん」

 と、言い放った。

 そして、それは事実だ。それが誰であれ、マリユという女性を一晩抱いたのなら、それは死を意味する。

 無月の女神の巫女とはそう言う存在だ。故に無月の女神の巫女は魔女とも言われる。

 魔術学院の巫女科という科に対して魔女科という呼び名も、そこから来ていると言われている。

「大丈夫ですよ、後ろの方なら神もお許しになってくれますもの」

 マリユはクスクスと笑い。その魅惑的な臀部を少しだけ見える様に体勢をねじる。

 その姿も仕草も何とも言えない性的な魅力を醸し出している。

「うっわ、ちょっと興味が出ちまった。無月の女神。月の無き夜空の神。暗き夜の闇の女神…… それこそ第一級の祟り神の一柱じゃねーかよ」

 マリユが魅力的なだけに、オーケンは残念そうに嘆いている。

 オーケンにはマリユが、喰えば間違いなく死ぬ猛毒入りだが、とても旨そうな料理にでも見えているかのようだ。

「神は祟り神ではなく、深淵なる太古の呪詛と処女の守り神ですよ。よく祟り神と混同する方もいらっしゃりますが、それは違いますよ」

 マリユはそう言うが、無月の女神というのは有名な祟り神の一柱だ。

 ただ狂った神ではなく一応は話しの通じる神ではあるが、この女神に祟られて生き残れた人間の話は聞いたことはない。

 そんな神だ。中央と呼ばれる地域では、この神を信仰する者が魔術学院の教授につけるようなことはない。それほど危険視されている。

 マリユが教授の職につけているのは、ここ南側の地域自体が田舎で大らかというだけのことだ。

「はーん。まあ、あんまり仲良くはなりたくねーな。お前さんみたいな美人だと、ついつい手を出したくなるからなぁ」

 そう言ってオーケンは口惜しそうにマリユを見ている。

「あら、いいじゃないですか? 構いませんよ」

 そんなオーケンにマリユが熱い視線を送る。

「手を出したら祟りで死ぬじゃねーかよ」

 オーケンがマリユに噛みつく様な勢いでそう言うが、当のマリユは全く臆した様子がない。

「あら、残念。あなたなら私を巫女から解放してくれると思ったのだけれども」

「いやー、それはかい被りすぎだぜ? なにせ相手が悪い。悪すぎる。だけども、あれだな。手を出しちゃいけないとなると、逆に手を出したくなるもんだよな、なあ、ダーウィック」

 オーケンはそう言ってダーウィックに向けて笑顔を向けるが、ダーウィックは怪訝そうな表情を見せた。

「なぜ私に?」

 ダーウィックは不機嫌そうにそう言うと、また一口、葡萄酒を今度は少し多く飲み込んだ。

「おまえのカミさんだって、一番手を出しちゃダメな奴だろ?」

 オーケンは本当にいい笑顔で、ある意味、無心で殴りたくなるような笑顔で、そう言った。

「なぜです?」

 当然ダーウィックは不機嫌そうに、何も同意できないとばかりに、そう返す。

「なぜって、なあ? マリユちゃん」

 なので、オーケンはマリユに同意を求めるが、

「あら、カリナは良い女で良き妻ですよ。でなければ、私の友人などしてくれてませんよ。それは、まあ、サリーちゃんもですけども。はぁ、独身も残すところ私とポラリスだけになりました。寂しいですね」

 と、友人であるカリナとその旦那の肩を持ちつつも、その友人らが結婚できることを少しばかり妬みもしている。

 無月の女神の巫女であるならば、結婚など夢のまた夢の話だろう。

「はぁあー、そこの集まりもどういった集まりなんだよ。あれだろ? あの学院長もたまに参加する飲み会なんだろ?」

「ええ、ポラリスは忙しいので余り参加できてないですけどね。みんな仲良しのただの女子会ですよ。話している内容は主に愚痴ばかりですけど」

 愚痴という言葉に、ダーウィックが少しばかり反応する。

 どんな愚痴を言われているのか、気になるようだ。

 それをオーケンが無言でにやついて見ている。

 そこでマリユが何かに気づいたようにふと立ち上がる。

「じゃあ、サリーちゃんが物凄い目で睨んでるから、もう行きますね。それと…… 私から巫女を取り上げたくなったら、いつでも来てくださいね、お待ちしておりますよ、オーケン様」

 そう言ってマリユはオーケンに再度熱い視線をうっとりと送る。

「いやいやいや、流石にねーわ」

 そう言いつつも、いくつか無月の女神の祟りを回避できないか頭の中でオーケンは考えるが、それらはオーケンの頭の中だけでもすべて無駄に終わる。

 恐らく暗黒神でも、法の神ですらも、その祟りを取り去ることはできない。

 だが、マリユを抱くだけなら方法がないわけではない。

 先に誰かにマリユを抱かせ、無月の女神の巫女でなくしてしまえばいいだけの話だ。

 ただそれではオーケン的に面白くないし、そうなったマリユに興味もない。

 だけれども、そのことはオーケンに、この場にいる理由がまた一つできた瞬間でもあった。

「珍しいですね、あなたが手を出さないとか」

 そんな様子を、本当につまらなそうに見ていたダーウィックは、手を出して死ねばいいのに、と思いながらそう言った。

「何言ってんだよ、無月の女神と言えばその祟りは解除できた記録もない、事実上解除不能な祟りの代名詞じゃねーかよ」

 その祟りは法の神でも解呪できた試しはない。

 それはつまり、どの神でも解呪できない祟りであり呪いであると言うことだ。祟られれば間違いなく苦しみぬいて死ぬ、そんな祟りだ。

「なら、あなたがその最初の一人になればいいだけでは? 中々良いものですよ、夫婦というものは」

 ダーウィックは、目の前の男に死んでくれと思いながらも、それと同時に充実した結婚生活を思い起こす。

 それは一般的な結婚生活とはかけ離れたものだが、本人たちは至って幸せを享受している。

「なにたきつけていやがる。それにな、夫婦という話でも、俺の方が先輩だぞ」

 その言葉に、ダーウィックが若干の驚きを示す。

「おや、これは失礼。それは知りませんでした。結婚もしていたのですね」

「まあな。もう死別して数百年だ」

 オーケンは寂しそうにそう吐き捨てた。

 ただオーケンは何人もの息子や娘を持つが、そのいずれも母親は別だ。結婚も何もあった物でもない。

 それでも、オーケンが少しばかりしんみりとしているので、ダーウィックはここぞとばかりに焚きつける。遠慮や配慮なんてものはあるわけもない。

「なら、遠慮しないでいいじゃないですか。マリユ教授なら、あなたの御眼鏡にかなうのでは?」

 ダーウィックはいい笑顔で、それで死んでください、と念じながらそう言った。

「おまえ、俺を殺そうとしているな?」

「いえ、私は、あくまで、愛を説いているのですよ」

 ダーウィックは真顔で返事をする。

「デミアス教の神官がやることじゃねーだろーよ。まあ、いい、そろそろ、本題にはいる。実はな、ミアちゃんだが、やっぱり外道に襲われたみたいだぜ?」

 少々分が悪いとでも思ったのか、オーケンは話しを変える。

 オーケンは本題などと言っているが、話を変えようと思い、一番最初に思いついたことを述べただけだ。

 面白い観測対象だが、別に心配しているわけではない。

「そうですか」

 ただダーウィックの反応は薄い。

「つまらんな、驚かないんだな」

「予想は誰にでもできます。問題はそれを私に伝えてどうしようと?」

「いや、なんか、こう、面白くならんかなー、と」

「私は何もする気はないですよ」

 ダーウィックにとっては、ミアも優秀で目にかけ、将来デミアス教の大神官にと思ってはいるが、それでも一生徒に過ぎない事も確かだ。

 それに上位種に守られているような人間を人が心配しても意味はない事も知っている。

「そうか。ほんとにつまらん奴だな、テメーは! それじゃあ、スティフィちゃんの話に戻そうぜ?」

 まるでミアのことより、スティフィの方が本題とばかりにオーケンはそう言った。

「は?」

 と、それは予想にすらしていなかったと、怪訝そうに声を上げるダーウィックを無視してオーケンは話しを続ける。

「あの娘は狩り手としてはもう壊れてるぜ?」

 オーケンはしたり顔でそう言うが、そんなことは見れば誰でもわかることだ。

「それは見ればわかります」

 仕方なくダーウィックも相手をする。一応はオーケンの方が位は上なのだからと。

 確かにスティフィの左手は再起不能だ。

 肉体の見た目は再生できても、その魂までは人では復元できない。

 彼女の魂の左手にあたる部分は完膚なきまでに破壊されている。これは自然には癒えることはない。

「体や魂じゃない。精神の方だ。恐らくは精霊に対する恐怖、魂の欠損、そのあたりが潜在的な生存本能を呼び起こして…… まあ、うんぬんかんぬんで、その精神の基盤であるデミアス教徒としての彼女にひびを入れた。そこにミアちゃんとの学院生活が根を降ろしつつある。それがどう成長するか、面白いとは思わねーか? なんなら、クラウディオの奴に一泡吹かせられるかもしんねーぜ?」

 ダーウィックもやっとオーケンの真意が分かった。

 クラウディオ大神官に一泡吹かせたいだけのようだ。

 そう言った意味ではスティフィは確かに良い駒にはなりうる。

 が、遠く離れた地にいる旧知の大神官にダーウィックは興味がない。お互いに干渉しないのが一番良いとさえ考えている。

 オーケンのやろうとしていることは、それこそ火種になりかねない。

 クラウディオ大神官はそもそも神経質で疑り深く、権力に固執するような男だ。

 何が火種になるか分かった物ではない。

 やるならやるで構わないが、それに自分を巻き込むな、というのがダーウィックの本心だ。

「確かにそうかもしれませんね。それでも私は、スティフィ・マイヤーがロロカカ神に贄として受け取られた方が良かったと、今でも考えていますよ。その方が恐らくは…… お互いの為となったでしょう」

 そう、色々な意味でお互いの為だったはずだ。

 そう言いつつも、ダーウィックの視野は少しおぼつかなくなる。

「はいはい、お優しいことで。まあ、いい。うへへへへ、なんだかんだで結構飲んでんな、おまえ? おまえはそのなりに似合わず酒に弱いからな。ハハッ!! 今日は色々と喋ってもらうぜ? 最後にあったのはいつだったか、もう覚えちゃないがかなり昔のはずだ。積もる話も秘密もたくさんあるだろ? なあ、おい、このまま朝まで付き合ってもらおうじゃねーかよ!!」

 そうオーケンが独白したところで、オーケンは背筋に寒気を感じる。

 数百年生きてきた伝説の魔人が、命の危機を感じるほどの寒気だ。

「……と、言いたいところだが、やっぱこの酒場はダメだ。怖い奥様が睨んでらっしゃる。今日は、まあ、なんだ。ほどほどのところでお開きとしようか、ハハ! はぁ~あ、この酒場を選んだのは間違いだったか? クソッ、からかうにはちょうどいいと思ってたんだがな」

 オーケンはカリナにボコボコにされるのだけは、もう勘弁とばかりに弁明するように独り言を言って、その後、ほろ酔いのダーウィックを肴に一人、酒を楽しんだ。




 誤字脱字は山のようにあるかと思います。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は助かります。


 デミアス教は(力さえあれば)自由な宗教なので、教会だったり神殿だったりとその建物も伝統も縛りも裏表もない素敵な宗教です。






▽こっちじゃないほうは不定期連載となりました。

【現在:32%くらいの進行度】

https://ncode.syosetu.com/n2070ht/



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― 新着の感想 ―
[良い点] なんか割とリアリストなんですねダーウィック。 てか生贄に捧げた理由に納得できはしたけどもう1人捧げられようとしてた男は何でなんw 気にする価値もないモブということか
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