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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
金と欲望と私

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26/187

金と欲望と私 その6

 今はあの暗い教会から出て、その前のちょっとした広場にいる。

 ミアは一心不乱に捧げ物用のロロカカ神の召喚陣を地面に描いている。

 スティフィはミアに話かけたかったが、ダーウィック大神官の手前、ただ地面に魔法陣を描くミアを見ている事しかできなかった。

 ミアがダーウィック大神官に会いに行くと言った時はミアの身を案じたが、まさかスティフィ自身、自分が今日ここで生涯を終えることになるとは思いもしなかった。

 色々と思い残すことはあるが、ダーウィック大神官の命であるならば、スティフィに違えることなどできず、元より命を差し出すことだってやぶさかではない。

 ただの一信者ではなく、その記憶に少しでも残るのであれば、それはスティフィにとってその命よりも重要なことだった。

 ただ自分が信じる暗黒神ではなくミアの信じる神、ロロカカ神への生贄にされるだなんて思いもよらなかったが。

 ミアは死後また友達に、と言ってはいたが恐らくそれはない。

 少なくともスティフィの知る常識では、神に捧げられた生贄の魂は神の糧となって消えるだけだ。

 人が食事をとるように、神はその魂を喰らうだけだ。

 人は元々そのために作られたのだ。

 人は神の家畜であり作物の一つにしか過ぎない。

 そうなる運命だからこそ、神は人にやさしく力を貸してくれるのだ。

 もしかしたら神に気にいられているミアなら、神の元でそれこそ永遠の安寧を手に入れることができるかもしれない。

 だが、スティフィは違う。そもそも他の神を信じているよそ者なのだ。

 ロロカカ神の元に生贄として送られたとしてもそれこそ、その魂を喰われて終わりだ。

 死後もミアと会うことなどないだろう。

 死ぬこと自体に恐怖はあるが覚悟がないわけではない。

 ただ死後、会えると思って神の元にやってきたミアはどう思うだろうか。それを考えるとスティフィも少しだけ心残りはある。

「ねぇ、スティフィ……」

 地面に這いつくばり魔法陣を書いているミアから急に話しかけられた。

「なに?」

 と、答えると少し間があってから、

「ロロカカ様の元へいったら…… ダメ元でもいいのでロロカカ様の御使いになることを希望してください」

 と、訳も分からないことをミアから言われた。

「は?」

 と、素でスティフィは全てを忘れて素で返事を返す。

 こいつは何を言っているんだろう、スティフィは本気でそう思った。

 人が神の御使いになる。それ自体は大変稀有なことではあるが不可能なことではない。

 が、それは本当に選ばれた者に与えられる、それこそ本当の意味で神に選ばれた信者のみが辿り着ける信仰の極致と言ってもいいかもしれない。

 少なくとも他の神を信じている者に与えられるようなものではない。

「大丈夫です。ロロカカ様はお優しい神なので、聞いていただけるかもしれません」

 ミヤはやはり魔法陣から目を離さずそう言ってくる。

 スティフィはどんな顔でミアがそう言っているのか気になったが、きっと普段と変わらない顔だとなんとなく想像していた。

「ダメ元ってあなたが言ったじゃない?」

 そうスティフィが言葉を返すが、その言葉は無視される。

「そしたら、私、スティフィと契約してスティフィの魔術を使いますから……」

 ミアから言葉が続いたことで、スティフィはなんとなく、ミアも死後に会えるだなんてことをは本当は思ってないんじゃないか、そう思い始める。

 それでもロロカカ神への生贄にと差し出された物を、ミアは断れないだけなのでは、と。そんなことも一瞬考えたりもする。

「はぁ…… わかったわ。その機会があればダメ元で言ってみる。それでもし御使いになれたのならば、無条件であなたと契約してあげるわよ。ただ私は暗黒神の信者よ。それは変わらないわ」

 スティフィ自身そうは言ってみたものの、それは叶うことがないことは理解できている。

 それこそダメで元々の話だ。

「ありがとうございます……」

 それ以降ミアは魔法陣が完成するまで言葉を発せず、魔法陣を描くことに専念した。


「二人ともこの魔法陣の中に立っていてください。多分、痛みはありませんし、あったとしても一瞬ですから」

 魔法陣を書き終えたミアは笑顔でそう言ってきた。

 ミアの表情は普段と変わらないようにも見える。スティフィの鍛えられた観察眼からしても普段のミアと違いがわからない。

 スティフィは、少しくらい動揺してくれてもいいのに、と思うのと同時に、私ごときではミアの信仰心に揺らぎすらでないか、とも感じていた。

 命じられて、なおかつ大変であり、短い期間ではあったが、それはそれで中々良い関係を築けていたとスティフィは思っていたし、スティフィ自身それなりに楽しくはあった。

「先に殺しておかなくて良いのですか?」

 と、ダーウィック教授がミアに確認をする。

 ミアという生徒を受け持つにあたって、フーベルト教授からミアの儀式のことも聞いているのかもしれない。

 フーベルト教授は一度ミアがその神に捧げものを送るところをその眼で見ているのだから。

 それに加え、自らの手で親友を殺させるということでミアに罪悪感を植え付けたいのかもしれない。

「獲物を、動物を捧げるときは暴れるのでそうですが、そうでないなら生きていた方が魂の状態も良いので。できれば、ですが、動物も動きだけ封じて生きたまま生贄に捧げるほうが良し、とされてはいます。少なくとも私は先代の巫女からそう教わりました。他の神でどうなのかは知らないですが。とはいえ、野生動物相手にそれは中々できないので、ほとんどの場合は止め刺しが先になり、その後すぐに儀式をすることになるんですが」

「そうですか」

 ミアの言葉が嘘に感じられなかったダーウィック教授は簡単に納得しそのまま引き下がった。

 その表情から何を考えているかはなにも読み取れない。

「では、ロロカカ様をお呼びします…… と、その前にお二人とも何か思い残すことはありますか?」

 とミアが聴いた。

「いっぱいあるけど、まあ、いいわ」

 色々と言いたいことはあった。が、これで終わりだ、そう思うとスティフィは特になんも浮かばなかった。いや、言葉を選べなかった。

 狩り手をやっていた時から、ロクな死に方はしない、そう確信してはいたが、まさか無理やりというわけでもなく他の神への生贄になるとは思わなかった。

 これによってミアがどういう風にデミアス教に傾いていくのかはスティフィにはわからない。ただダーウィック大神官の命なのだ。スティフィに選択肢などない。

「ダーウィック大神官。わたしの妻と子、家族のことを頼んでもよろしいでしょうか」

 ラウド・ダッハ。そう呼ばれた信者がその場に跪き、ダーウィック教授に向かい懇願する。

 ダーウィック教授はゆっくりと頷き。

「わかりました。あなたの家族の欲望をできる限り叶えると約束しましょう」

「ありがとうございます」

 そのやり取りにミアが少なからず反応する。

「ご家族がいるんですか?」

 と、心配そうにラウドに声をかける。

「はい……」

 と、ラウドが少し言いずらそうに答える。

「どうしましたか?」

 と、すぐにダーウィック教授はラウドとミアの間に入り込むように割って入った。

 ここで儀式をやめられてもダーウィック教授からすると意にそぐわないことなのかもしれない。

「いえ、ご希望であればご家族もロロカカ様の元へと……」

 と、ミアが予想外のことを口にしだす。

 さすがにダーウィック教授も少し驚いた表情を見せた。

 スティフィは顔を引きつらせ、ああ、この子は本気で生贄にされる人間が、安寧を得る事ができると考えているんだ、と再び考えを正した。

 信者にとってそれは幸福なことなのかもしれないが、捧げられる先の神が根本的に違う。

 だけれども、ミアの中では神はロロカカ神しかいないのだ。

 ミアにとってはロロカカ神こそが唯一の神なのだ。誰であれロロカカ神の元に行けば幸福になれると本気で考えているのだろう。

「だ、大丈夫です。ミア殿。大丈夫ですので……」

 と、少し上ずった声でそう返事が返ってきた。

「そ、そうですか? 遠慮はいりませんよ?」

 と、きょとんとした表情でミアが言う。

 ダーウィック教授はもう無表情に戻ってはいたが、少しつまらなそうにも見える。

 ミアの反応が予想と違っているのかもしれない。

 少なくとも罪悪感など微塵もなさそうだ。

「大丈夫ですので」

 と、強い否定の意思を込めてラウドがそう言うとやっとミアは引き下がった。

 そのやり取りを見て、ダーウィック教授も下がりミアとスティフィの様子を無言で交互に見つめた。

 今更ではあるが、良い関係を築けているようだし少しもったいなかったか。そんなことを考えているのかもしれない。

「そうですか。では、儀式を始めます。お二人以外は魔法陣から少し距離を取ってください」

 そう言ってミアも魔法陣の外へと移動する。

 その際、ミアと視線が合ったのでスティフィは、

「じゃあね、ミア……」

 できる限り笑顔を作り、ミアに向かって手を振った。

 それに対し、ミアは真顔で答える。

「何言ってるんですかスティフィ。ロロカカ様の元へ行くんですよ。私と常に一緒にいるような物ですよ」

 そう言っているミアは普段と変わりないようにも見えたし、少し寂しそうにもスティフィには見えた。

 いや、そう見えたのは、スティフィの願望だったかもしれない。

「ははっ、まあ、そうね……」


「フゥベフゥベロアロロアニーア、フゥベフゥベロアロロアニーア……」

 ミアが拝借呪文を唱え始める。

 ロロカカ神からその強い魔力がミアに流れ込む。

 その魔力はとても強く澄んでいながら、それでいて底が見えないほど深い、そして何よりも禍々しく不吉な気を孕んだ魔力だった。

 その魔力はダーウィック教授が感じても、なお、深淵の触れてはいけない冒涜的な魔力と感じざるえなかった。

 薄々は感じていたが、ダーウィック教授が考えていたよりも、ずっとその神格が高く、それでいてあまり良くない神のように、少なくともその魔力からはそう感じれた。

 その魔力をミアは魔法陣へと流し込む。

 魔法陣に意味と力が宿る。この時点でロロカカ神への霊的な道が繋がったはずだ。

 魔法陣に向かいミアが語り掛ける。

「ロロカカ様、ロロカカ様。本日は別の神を信じる者達ですが、ロロカカ様への捧げ物としていただきました。どうぞ、お受け取りください」

 ミアがそう言葉にすると、魔法陣からより強い不吉な気配が、この世のありとあらゆる忌み事よりも不吉と思えるような、気配を感じただけで震えあがるほどの禍々しい、そんなものが近づいてくる、いや、迫ってくる気配を感じることがきる。

 ダーウィック教授はともかくその他のデミアス教信者たちはその気配だけで恐れおののいていた。

 生贄としてささげられる魔法陣の中に立っている二人はなおのことだ。恐怖でおかしくなるんじゃないか、そう思えるほど正気が削られていくのがわかる。

 禍々しいほどの狂気に自分たちの正気が侵食されていくようにすら思えた。

 そして、それは唐突に表れた。

 青白い半透明の、恐らくは女性の物で、とても美しい腕。

 魔法陣から急に生えていた。その手は微動だにしないし、生えてくるところを誰も目にしていない。

 急にそのような形で現れた。

 次の瞬間、その手は伸びた。それは異様な光景だった。

 その手は肘までは普通の人の手と、青白く半透明ではあるが、形自体は違いがなかった。

 が、二の腕から先、肩がある場所には再び肘がありその先にはまた二の腕がついていてその先にはまた肘、そして二の腕、そう言ったようにその手は繋がっていた。

 しかも、その手は動く動作がない。急に形が変わる。形が変わることで動いている。それも関節が増えることで動くというとても奇妙な動き方だ。

 それを見たダーウィック教授が、

「動いたという結果のみを残しているのですか……」

 という言葉を恐恐とつぶやいた。

 動いたという過程を省き結果のみを残す。神だからと言ってそう易々とできることではない。

 そして、その過程がない、という事は防ぐことも避けることもできない、という事だ。そして力なき人間があの禍々しい気を放つ手に触れられたらどうなるかなど想像もつかない。

 その不気味な手は生贄の二人、その心臓に狙いを定めるような形を取っている。次動けば、スティフィかラウドそのどちらかの心臓と魂を掴まれるか、抜き取られるかしている事だろう。

 スティフィは恐怖からか目を閉じ、心の中で自らの神の名を必死に唱え繰り返した。

 何の前触れもなく青白い手は消えた。

 それに一番驚いたのはミアだった。

「え?」

 と、信じられないものを見るように言葉を漏らした。

 数瞬の間の無音の間があり、そしてその場にいる者全員が聞いた、いや、頭の中に直接鳴り響いた。

『いらん』

 という女の声を。

 ミアが一度も見せたことのない表情を露わにして取り乱し始める。

 そのまま崩れ落ち、地べたに額をこすりつけ始める。

「もうしわけありません、ロロカカ様!! お気に召しませんでしたか!! 申し訳ありませんでした!!! 申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 申し訳ありません!! 申し訳ありません!!」

 と、うわ言のように繰り返し始めた。

「生贄を拒否されたというのですか……」

 そう言ってダーウィック教授が目を細める。

 デミアス教徒達も、生贄予定だったスティフィもラウドも、どうしていいものか放心状態になっていた。

「これはまずいかもしれません。ロロカカ神を怒らせてしまったかもしれません」

 ダーウィック教授がそう声を荒げる。

 神の前ではどんな人間であろうと人など無力だ。

 まず生贄に人を使うという行為は、その捧げる先が神であるのならばそれほど禁忌ではないし、むしろ正常なことだ。

 この世界では人は神の糧として作られたのだから。

 捧げ物を神が受け取らない、という事も珍しくはあるがないことではない。

 だが、直接神が言葉を返す、しかも、否定的な言葉を直接残す、という事になると話は変わってくる。

 ミアは地面に顔をうずめたまま泡を吹いて小刻みに震えだしている。既に痙攣しながら気を失っているのかもしれない。

 ダーウィック教授は深呼吸をし、ミアの被っている帽子を手に取った。

 そして、ミアの書いた魔法陣から少し距離を取る。

 ミアの流し込んだ強力な魔力はすでにない。おそらくあの手と共に去った。今、この魔法陣は力を持たず意味しか持っていないので起動はしていない。

 魔法陣から距離をとったのは、魔法陣に魔力を流し込んで不用意に起動させたくなかったからだ。

 だが、現状どういう状況かわからない以上、まだあの魔法陣を破棄するわけにはいかない。

 場合によってはあの魔法陣を通じてロロカカ神に許しを請わなくてはいけない。

「私にできるかどうかわかりませんが…… まずはこの帽子に宿るという御使いから情報を聞くしかありませんねぇ」

 そして、ダーウィック教授は、小さく誰にも聞こえない程度の小声でなにかをブツブツとつぶやきだした。

 デミアス教徒であれば、それが暗黒神の拝借呪文であることがわかる。

 ダーウィック教授の肉体に暗黒神の魔力が宿る。

 暗くよどんだその強力な魔力を身に宿す。

 ダーウィック教授ならその魔力を完全に制御し、ミアの描いた魔法陣に流し込むようなへまはしない。

 ダーウィック教授は暗黒神より借りた魔力を使い、ミアの三角帽に描かれた目の模様に向き合う。

 しばらくそんな状態が続いてから、ダーウィック教授は深いため息をして、帽子をミアの頭に置き直した。

「あの帽子に宿る御使いによれば、ですが。ロロカカ神は少々不機嫌になってはいるが怒ってはいない、そうです。今回の件で祟りなども起こすつもりはないそうですが、今後このような捧げ物は避けるように、とのことです。人を生贄にしたのが気に入らなかったのか、あるいは……」

 そう言って言葉の途中ではあるが、ダーウィック教授は少し考えこむ。

「……」

 寸前のところで生贄になるところだったスティフィとラウドが未だに魔法陣の中で未だに呆けている。

 ただ神がそれほどお怒りではない、というのであればこちら側ですることはない。

 それこそ、何か余計なことをすれば、藪蛇になりかねない。

 触らぬ神に祟りなし。

 ならば、この魔法陣も残しておくのは危険だ。

「まずは、この魔法陣を無力化してください。不意に発動されても困りますので。あと、スティフィ、ラウド。ご苦労でした」

 ダーウィック教授がそう言うと、やっと周りの信者たちが動き出した。

 そして即座にミアの書いた魔法陣を消しにかかった。

 魔法陣がある程度消されてから、スティフィとラウドは、

「い、いえ、とんでもありません」

 と、声を揃えてそういった。

 ダーウィック教授は、スティフィに向き直り、

「ミア君を自室まで運んでおいてください。それと…… そうですね、デミアス教としてはフィルロック親子に手出しはしないと目覚めたら伝えておいてください。しかし、話には聞いていましたが、恐ろしく冒涜的で高い神性を持った神でしたねぇ」

 と、いつも通りの無表情ではあったが、毒気の抜けた表情でそう言った。

 そして、この時ダーウィック教授が厳かにほくそ笑んでいたことは誰にも気づかれはしない。


 ミアが目覚めたのは翌朝になってからのことだ。

 目覚めるまで酷くうなされ続けていたし、目覚めたときも酷くげっそりとしている。

 うっすらと目をあけたミアをスティフィが覗き込む。

「スティフィ…… ああ、ああっ!! 私も…… ロロカカ様を怒らせてしまった罰を受けて死んでしまったのですね……」

 ミアはそう言って手で顔を覆って嘆き始めた。もちろん嘆く理由は死んだことではなく、ロロカカ神を怒らせてしまったと思っているからだ。

 その様子を冷ややかな目で見ながらスティフィは、

「私もあなたも生きてるわよ」

 と、冷静に言葉をかけた。

「え? そ、そうなんですか?」

 と、ミアが驚いた表情と狼狽えた表情を混ぜつつ悲鳴のように返事をする。

 そして、ミアがまた騒ぎ出そうとしていたので、スティフィは自分の口に立てた人差し指をそっと当てて、ミアにそっと声をかける。

「静かに。まだ朝よ、日が昇ったばかり」

「すいません…… いらないってどういう事でしょうか…… あんなことは初めてなんです」

 ミアは素直に謝り、興奮しながらも小声でそうスティフィに聞いてきた。その表情はわかりやすく取り乱している。

「ダーウィック大神官様の話でも、神が、神の座にいる神が、直接あのような御言葉を残されるようなことは前代未聞の話だということらしいわよ」

 神の座にいる神。

 神の座とは神のいるべき処、として法の神が作った言わば神界そのものである。

 神の座にいる神は常に悟りを持ち、真理を知り、全世界を見渡し、超常的な力を持ちて人に力を貸し、人を導く存在として君臨している。

 拝借呪文でその御力を借りることができるのは、神が神の座にいるからだ。

 だから拝借呪文の内容は人にはわからないのだが、それは神の居場所を指し示すものだと言われている。

 ジュダ神のように地上にいる神はまた例外的ではあるが、神の座にいる神は不用意に、それこそ神を怒らすようなことをしない限り、人界に神のほうから関わろうとしない。

 その神の座にいるはずのロロカカ神が、直接言葉を残した。

 人の世に必要とされる神託の類や、人のほうから接触を試みたのではなく、神の座にいる神が意思表示、しかも言葉を残すようなことをすると言うことは、ほぼ間違いなくその神を怒らした時といっても過言ではない。

 少なくとも、神の座にいる神が少々苛立ったから、と言って直接言葉を残すなどということは前代未聞である。

 これがジュダ神のように地上で暮らしている神であれば、それほど異例というわけではない。地上で暮らしている神は悟りを開いておらず、肉体も持っているためか非常に人間的でもある。

 ただ今回のロロカカ神はミアが直前に拝借呪文でその魔力を借りている。つまりロロカカ神は神の座にいて悟りを開いているはずだ。

 その神があのような言葉を残すということは異例なことなのだ。

「で、でも、わ、私は、ロロカカ様を怒らせてしまいました…… どうしましょう。死んで詫びるしかないです」

 ミアはそう言ってうなだれる。恐らく本気だろう。

 スティフィが目を離せばすぐにでもその命を絶ちそうな雰囲気を出している。

「ロロカカ神に見捨てられたら、それこそデミアス教に来なさいよ、ね?」

 と、スティフィが言うがその言葉はミアの耳に届いてない。

「い、いえ、死んで詫びる…… いえ、償いをしてから死んで詫びるしかありません……」

 そうミアは決意をあらわにする。

 スティフィはからかっている猶予もなさそうだ、そう判断しダーウィック教授から聞いていたことをミアに告げる。

「そのロロカカ神、不機嫌ではあるけれども怒ってはいないそうよ」

「え? ど、どうしてわかるんですか?」

 ミアが顔を上げスティフィを見上げる。

 そのミアの瞳は不安で焦点が定まっておらず、今にも崩壊してしまいそうな印象を与える。

 スティフィは机の上に置かれているミアの帽子を指さした。

「ダーウィック大神官様がミアの帽子を通して御使いに聞いたから間違いはないわよ」

 スティフィがそう言うと、ミアが目を見開く。

「そ、そうなんですか……?」

 そう問いかけるミアにほんのわずかに希望の灯がともる。

 自分はまだ神に見捨てられていなかったと。

「ただ今回みたいなことは繰り返さないように、って、その御使いに言われたらしいけど」

 それを聞いたミアは心底安堵する。繰り返さないように、という言葉から、ミアはまだ自分はロロカカ様に仕えていて良いんだと判断したからだ。

「何がいけなかったのでしょうか?」

 少し落ち着いたミアはスティフィに聞くでもなく、自問するように呟いた。

 確かに人間を生贄として捧げたことは初めてだが、それでロロカカ神が怒ったとは思えない。

 本来、獣も人も変わらないはずなのだから。

「さあ? とりあえず人を捧げ物にするのはやめた方がいいのかもね」

「でも途中までは…… わ、わかりません……」

 ミアはその時のことを思い出す。

 いつもと同じだった。

 何も違いはなかったはずだ。

 いつも通りに、神の御手は生贄の心臓を掴み帰っていくはずだった。

 だが、そうはならなかった。いきなり消えた。

 ミアからしても訳が分からない。

 少なくとも人間を捧げたことが理由なら、召喚されてすぐにお帰りになるはずだ。もしくはそもそも召喚に応じないはずだ。

 何かきっかけがあるはずなのだが、ミアには見当もつかない。

「ミアにわからないなら、他の人ならもっとわからないわよ」

 と、スティフィが少し投げ槍に答える。

「私も帽子の御使い様とお話できればいいのですが……」

 そうすればロロカカ様がお怒りになった原因がわかり、それを繰り返すような真似は今後一切しない。

 だが理由がわからなければ、自分の知らないうちに繰り返してしまう可能性も出てくる。ミアはそれが怖い。

「その御使いと契約すれば…… あるいは?」

 と、スティフィがそうつぶやいた。

 使徒魔術の契約次第では、何らかの知識を授かる、という事もできる。

 与えられた知識に神与知識のような特別な権利などは発生しないが、有用なことを教えてもらえることも多い。

 ロロカカ神に関する知識、として弱点などはもちろん教えてはくれないだろうが、主を怒らせないための捧げ物くらいなら教えてもらえるはずだ。

「出来るのですか?」

「すぐにとは言えないけど、ミアならいずれできるんじゃない?」

 御使いから知識を聞き出すには、その御使いとかなり親密にならなければならない。

 術を行使するために力を貸してもらうことよりもよっぽど難しいことだ。

 それは、知識は神より授かるもの、というこの世界の常識があり、御使いもやたらに知識を与えたがらないからだ。

 ただ話をするだけであれば、御使いの名がわかっていれば実はそう難しい話ではないが、スティフィはそのことを黙っておく。

 今のミアには何か目標を持たせておいたほうが良さそうな気がしたからだ。

「そうでしょうか?」

 そう言ってミアは少し考えこんだ。

 そのまま黙りこくってしまったので、スティフィの方から話しかける。

「ねえ、ミア? ミアは神に捧げられた魂が神の元で安寧を得るって本気で考えているの?」

 ちょっと、いや、スティフィはかなり気になっていたことだ。

 少なくともミア自身友人と言ってくれているにもかかわらず、生贄にするのに一切の抵抗が無いようにも思えた。

 ミアの狂ったような信仰心からすれば、当然の対応のような気がするが、スティフィにも少し思うところはある。

「え? そう教わりました」

「その…… 先代の巫女って人から?」

 その先代の巫女とやらも恐らくは魔術学院などで正式な魔術を学んでいたとは考えにくい。

 ただミアの魔術を見る限り独自ではあるがかなり高い水準の魔術を扱えるようにも思える。

 ただその知識が正しいかどうかまではわからないし、何なら学院で教えている知識の方が間違っている可能性もある。

 学院の知識なども人間たちが勝手に推測し決めた物も多い。

 そう考えるとどちらが正しいかなど分からないのではあるが。

「はい」

 と、ミアは不思議そうな表情で答えた。

 嘘をついているようには思えないし、そもそもミアがロロカカ神のことで嘘をつくとも思えない。

 本気でそう思っているんだろう。

 スティフィが知る真実を知ったらミアがどういう反応をするか、スティフィ的には少し楽しみではある。

 少しは悔やんで悩んで欲しい、とも願う。

「そう…… 生贄に捧げられた魂は…… いや、そのうち講義で教えてくれるわね。その時を楽しみにしてて」

「どういうことですか?」

 とミアは少し不思議そうな顔を見せる。

「ちょっとした意地悪よ。ああ、そうそう、フィルロック親子にはデミアス教は手出ししない、ってダーウィック大神官様も言ってたわよ」

 と、そう告げると、

「そう…… ですか…… そんなことより、私はどうしましょう……」

 と、ミアは本当に興味が無いようにそう言い捨てた。

「あんた…… そんなことって……」

 スティフィは心底呆れた。

 そのために自分は生贄にされかけたのにだ。なのに、そんなこと、の一言で片づけられてしまうとは思いもしなかった。

 ミアからしたら恩を受けた人より、信仰している神を少しでも怒らせてしまったことのほうが重要なことなのだろうけれども。

「ロロカカ様を不機嫌に…… あっ、スティフィは狩りできますか?」

 急にミアから気力が溢れてきてそれがスティフィにすべて向けられた。

 スティフィは少し引きつつも、嫌な予感を感じられない。

「狩り? なんの?」

「猪、鹿でもいいです!!」

 獣か、とスティフィは安心する。

 スティフィの中で狩り、という言葉の対象は主に人に向けられるものだ。

 その上で考える。野生の獣など狩ったことなどないと。

 ただ弓の腕はそれなりにあったし、人を狩れるなら野生の獣だって狩れなくはないはずだ。

「出来なくはないけど…… 弓はいるわね…… と、この手で弓はもう無理か」

 それなりの弓の腕は持っていると思っている、が、スティフィの左腕はもうまともに動くことはない。

 使徒魔術の失敗によりその左手はもう二度と機能しない。

 少なくともこの左手で弓を使うことは不可能だ。

「今日は講義を休んで、裏山に狩りに行ってその獲物をロロカカ様に捧げましょう」

 ミアは必至に考え思いついたことを、真剣な表情を見せてそう言ってきた。

 その気迫は有無を言わさない差し迫った気迫を感じる。もうミアの中では決定事項なのだろう。たとえスティフィが同行しなくてもミアは一人で狩りをしに山に入るつもりだろう。

 またスティフィの左手が満足に動かない、ということを知ってはいるのだが、今のミアの頭からは完全に抜け落ちているようだ。

 それに、スティフィに頼んでくるところを見ると、ミアの狩りの技術はそう高くはないのかもしれない。

 それを考えると護衛役も命じられているスティフィも同行せざる得ない。なにせミアはこの間、野生の猪にミアは殺されかけたばかりなのだ。

「今日はダーウィック大神官様の講義があるんだけど?」

 と、スティフィは左腕のことは言わずに、少し不機嫌にそう言うと、

「たまには休むのも良いと言ったのはスティフィです。弓、弓ですか…… 購買部で狩猟用の弓も売っていたはずです。買ってください!」

 一応反応はしたものの、既に講義を休む方向で行動を起こそうとしている。

「買ってくださいって、私が?」

 普段にも増して遠慮がないミアにスティフィが押されつつも、スティフィはすでに弓の値段がいくらだったか頭の中で考え始めている。

 その後すぐに自分はもう弓は使えないんだった、と思い返しもする。

 買うなら右手だけでも扱える弩でないといけない。ただ左手が使えないのでは矢を装填するのも一苦労だし、値段も弓とは比べ物にならないほど高い。

「はい! 今日はロロカカ様に捧げ物をしまくりましょう。この時間ならまだ獲物は狙えます!!」

 ミアは無邪気に言っている。もはや狩りをして獲物を捧げることしか頭にないようだ。

 スティフィの都合など一切考えてないように思える。

「いや、購買部がまだ開いてないわよ」

 そう言いつつ購買部には、さすがに弩は売ってない事にも気づく。

 弩を手に入れるなら知り合いを頼るか、騎士隊に掛け合った方がいいかもしれない。

 スティフィはデミアス教の信者に弩を所有していた者がいたか記憶を探り始める。

 そっちのほうが金もかからないし、弩はかなり値段が高いものだが、ミア関連であれば文句も出てこないだろう。

 なにせダーウィック教授が未来のデミアス教大神官候補として熱望しているのだ。

「無理を言って開いてもらいましょう!! 早く! 一刻も早く!! ロロカカ様のご機嫌を取らなければなりません!!」

 そう言って寝台から飛び起きて山に入る支度をし始めている。

 もはやスティフィの返事すら聞いてないようにも思える。

「ミア、あんた本当にデミアス教に入るべきだわ……」

 スティフィは呆れながらにそう言った。

 ダーウィック教授が言っていた通りミアはきっとデミアス教の大神官としての適性が高いように思える。

 ミアがデミアス教に入り、自分の上司になりでもしたら、きっとこんな毎日がやってくるのだろうと、なんとなくスティフィは思い始めていた。

 そんな未来も悪くはないと。






 誤字脱字は山のようにあるかと思います。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は助かります。



 この世界の世界観として、人は神の供物として存在している、という事があります。

 常識というほどではないですが、ある程度知れ渡っているという感じです。

 ついでに神側からすると、特に食事と言ったことも必要なく人間の魂を喰らうという行為は、どちらかというと嗜好品の類になります。

 通常、神側から特にアクションは取ることなく寿命が尽きて死んだ自分の信者たちの魂を食らう(神に喰らわれることで人に再び生まれ変わらせる)事はあります。

 作物で言うところの実だけ食べて種を再びまく、と言った感じです。

 ただ人の知識では、生まれまかれるということまでは知られてはいませんが。

(要はそう言う設定だけ存在している!)

 ほとんどの神は神自ら生贄を求めたり捧げ物を要求するようなことは少ないです。

 神の中にはそういう神も存在はしますが少数で、邪神や悪神の類に分類されます。

 その邪神や悪神でも神自ら生贄を求めるような存在は少数派です。

 ただ人間側からすすんで、捧げられるものはなんでも喜んで受け取る傾向があったりはします。

 そう言う世界観です。


 あっ、ついでに最後のほうに出てきた弩とは、クロスボウとかボウガン的な奴のことですね。



 次の更新もおそらくこっちです。





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― 新着の感想 ―
そう言う世界観なのだと思っていても拒否感が否めない。白痴とも感じる主人公への没入も潰えた。 私にはこの物語は無理のようだ。
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