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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その14

 ミアは古老樹の杖を強く握り、杖に願う。

 スティフィを助けてください、と、ただそれだけを。

 その願いに呼応するように杖が濃い緑色に光りだす。

 今までスティフィに根を巻きつけていた赤芋がその光を受けて、スティフィから自分の役割は終わったとばかりに離れていく。

 それで効果があるかわからないが、緑色に光る杖をミアはできる限りスティフィに近づける。

 スティフィの青白い顔が、古老樹の杖が発する緑色の光に照らされる。

「師匠、あれはいったい何が起こっているんですか?」

 ジュリーが心配そうにその様子を見守る。

 ジュリーから見ても、どこか異様な雰囲気を感じている。

 自然の摂理とは違う、それを捻じ曲げるほどの力を、その光から感じ取っている。

「肉体の再生……? それも本人の体力を一切使わない…… いえ、これはそれ以上の……」

 サリー教授は信じられないものを見るように、それ以上に間近で上位種である古老樹が起こす奇跡に感動しながら、その様子を観察する。

 どういう原理か、いや、原理もなにもない。

 事象のみが起きている。

 スティフィの肉体が、失われた血が、ただ復元されていくだけのことだ。

 もっとも優れた自然な状態へと戻っていくだけのことだ。

 それをスティフィの体力を使うことなく行っているだけのことなのだ。

 古老樹の杖を通じ、強力な生命力、そのものともいえるものを直接送って、それを使いスティフィの肉体を復元させている。

 人からすれば、それはもう奇跡でしかない。

「そんなことできるんですか?」

 サリー教授の言葉を聞いて、ジュリーがポツリとその言葉を漏らす。

「よく見ておきなさい、目の前で起きていることこそが…… それです……」

 その奇跡が目の前で実際に起きているのだ。

 人が人のままでは、絶対に到達しえない領域に、ミアは神ではなく、杖に祈るだけで、その力を行使できるのだ。

 いくらなんでも常軌を逸している。

 古老樹が許しても他の神がこんなことを許すのか、サリー教授が不安になるほどに。

 サリー教授はそんなことを思いつつ、立ち上がる。

 もう少しこの奇跡を目にしておきたかったが、状況がそうはさせてくれないらしい。

 この町に来て、もっとも良い出会いは、アランという男に出会ったことだ。

 サリー教授はそう考えている。

 あの青年はとても稀有な才能を有している。

 その青年が、天幕の外にいるアランが、慌てふためいている。

 グレッサーの接近に気づけなくとも、アランの気配の差異なら、サリー教授は気づくことができる。

「はっ、はい! 師匠? どこへ?」

 不意に立ち上がり天幕の外へと向かおうとしている、自分の師匠にジュリーは声をかける。

 魔術学院の教授であり、自身も学者であるサリー教授が、目の前の奇跡をほっておいてどこかに行くとか、ジュリーからすれば考えにくい。

「後始末です…… それに…… 生徒が受けた借りは師である私が…… 返さないとならないですから……」

 サリー教授はそう言って、ジュリーに微笑みかける。

「え?」

 その笑みに、確かに笑っている笑顔なのに、どこか怖さのあるサリー教授の微笑みに、ジュリーはゾッとしたものを感じた。


「アランさん……」

 天幕から出て、サリー教授はすぐに一点を見つめるアランに声をかける。

「教授、来ましたよ」

 アランはすでに居場所が分かっているのか、何もない闇を指さす。

 そこにいるのだろう、闇の獣、森の暗殺者グレッサーが。

「後は私がやります。闇に隠れたら、大まかな場所でいいので、また指し示してください」

 サリー教授は決意を決めてその言葉を発する。

 いつものおどおどした雰囲気など一切ない。

 どこか近寄りがたい気をサリー教授は放っていた。

「毎回わかるわけじゃないですが、善処します」

 アランの才能、隠れた外道種を感じ取る才能ともいうべきものは、とても感覚的なもので確実性はない。

 それでも、それは素晴らしい才能であり、恐らく唯一無二の物だろう。

 言ってしまえば、ただ勘がいいだけではあるのだが。

 ただ逼迫した状況下であれば、危険であればあるほど、その精度は飛躍的に向上する。

 既にやられている伝令、相打ちにまで持ち込んだ少女に前にいる外道種、それを必要なまで追ってここまで来た強力な外道種を前にして、その感覚は研ぎ澄まされたものとなった。

 アランに指さされた闇を見て、サリー教授もその所在を感じ取る。

 確かにそこには何かがいる。

 ただの暗闇のようで、一見して何もないただの闇のようで、そこには恐ろしい魔物が潜んでいることが。

 アランが指し示してくれなければ、サリー教授でも気づけない程の、ほんのわずかな違和感でしかない。

「はぁ…… まさか再びこの剣を抜くことになるとは思っても見ませんでした。結局人は…… 神に頼らなければ何もできないんですね……」

 深いため息の後、サリー教授は銀色の剣を抜く。

 神器ではないが、マサリー家に古くから伝わる製法で作られた神の、正確には御使い、しかも神を騙った悪魔の力が込められている宝剣だ。

 銀製の剣で本来は儀式用のものではあるが、戦巫女と呼ばれるマサリー家に伝わる剣に実用性が備わっていないわけがない。

 その剣はサリー教授がまだ巫女だった頃から愛用し、数えきれないほどの外道種の血を啜ってきたものだ。

 また、その剣に宿った力も、神を騙ったことで悪魔自体は神に狩られはしたが、込められた力が失われたわけではない。

 その宝剣は今も人知を超えた力をその刀身に宿したままだ。

 宝剣は銀色に、それでいて淡く紫に輝き僅かな光を放つ直剣であり、闇夜の中でも淡い光を放ち破邪の力を有している。

「教授! 前方です! 来ます!」

 アランが叫ぶのとほぼ同時に、呼び動作もなく無音で暗闇の中から何かが高速で飛来する。

 サリー教授はそれをこともなさげに手に持った剣で打ち払う。

 岩を砕くほどの膂力を有した触手による打撃であったが、サリー教授は技量だけでそれを受け流し、打ち払って見せたのだ。

 はたから見たらただはじき返しただけにしか見えなかったが。

 しかも、無音で暗闇から飛来する視認すらできないような攻撃をだ。

 それだけで既に達人の領域を超えるような技量だ。

「久しぶりに剣を握りますね…… 錆びついていなければ…… 良いのですが」

 サリー教授は触手による攻撃を打ち払った後、試すように何度か剣の素振りをする。

 そして、今の自分の感覚と頭で想像していた過去の自分とすり合わせを行う。

 剣を握るのも久しぶりで随分と衰えてしまったが、それでも目の前の外道種だけを倒すのであれば問題はない。

「あれを防いだのか? 分かっていても防げるもんじゃないぞ?」

 闇から何かされたのはアランにもわかる。

 だが、それを、どんな攻撃かも分からない攻撃を的確に打ち払ったサリー教授に技量にただただ驚きを見せる。

「私は…… 戦闘に立つつもりはなかったんですよ…… 頭に血が上りやすい…… 質なので……」

 サリー教授は闇を見据えながら、その中に潜む魔獣を見抜きながら、愚痴をこぼすかのように一人で語りだす。

 本当は、こんな剣など握りたくもない、そう言っているかのようにだ。

「戦いの最中に何を?」

 アランはその常軌を逸しているかと思えるような、サリー教授の行動にも驚きだす。

 グレッサーという外道種を前にいきなり何を言い出しているのかと。

「だって、頭に血が登ったら、大規模な戦闘の指揮なんてやって…… られないでしょう?」

 アランに返事はするが、サリー教授の視線は闇を見据えたままだ。

「だから何を?」

 アランはまるで理解できない。

 サリー教授が恐ろしい魔獣が目の前にいると分かっていて、なぜそんな愚痴のようなことを急に話し出したのか。

 まるで理解できないものを見るかのように、アランはサリー教授を見つめる。

 闇に潜む魔獣よりも、目の前に立つサリー教授のほうが、アランには理解しがたい存在に思えて仕方がない。

「でも、もう頭に血が上ってしまったんですよ…… 私…… 自分の不甲斐なさ…… それと、自分の生徒をやられたことにも……」

 そう言ってサリー教授は剣の柄を強く握る。

 再びグレッサーの触手が闇の中より放たれるが、それをサリー教授はやはりこともなさそうに手に持った剣で簡単に打ち払う。

 そうすると闇の中よりグレッサーが姿を現す。

「私が、この獣を初めて退治したときは…… スティフィさんよりもずっと若い時でしたね……」

 そう言って、サリー教授は闇から出てきた魔物、グレッサーを見下す。

 体格としてはグレッサーのほうが大きいはずなのに、どうしてか、サリー教授のほうが大きく見えてしまう、そんな錯覚をアランは目に見えるのではなく感じる。

「へ?」

 アランは訳が分からない。

 サリー教授がなぜこんな状況下で今も話を続けているのか、それがまるで理解できない。

「だから、彼女にも…… できると、そう思い違いを…… してしまったんですかね……」

 サリー教授はそう言いながら、ゆっくりとグレッサーに向かい歩き出す。

 まるで散歩でもするかのような、そんなゆったりとした歩みではあるのだが、どこか違和感がある。

「グレッサーを退治した?」

 何度か頭の中でサリー教授の発言を噛み砕いて、改めてアランは理解する。

 こんな状況下でなければ、すぐに理解した言葉ではあるのだが、極限ともいえる緊張下でアランの思考力はそんなことすら理解できなくなっていた。

「非常に厄介な外道種ですが、こうやって姿を現してくれれば…… 初めから何も問題なかったんですよ……」

 サリー教授はそう言ってゆっくり歩きグレッサーに近づいていく。

 その歩みはまるで警戒がなく無造作にも思えるほどだ。

 一見して隙だらけにも思える。

 だが、グレッサーは何度か触手でサリー教授を攻撃するが、その触手はすべて正確に打ち払われる。

 二本の触手を使い連続で攻撃するのだが、それすらも難なく打ち払われる。

 サリー教授の間合いに入ったとたん、まるで不可侵の壁でもあるかのように触手が剣ではじかれるのだ。

 グレッサーにも得体のしれない感覚に恐怖する。

 目の前にいるのはただの人間でしかない。

 しかも、見るからに隙だらけなのだ。

 なのに、まるで攻撃が当たらない。届かない。不思議と当たる気さえ起きない。

 触手が打ち払われることこそが、当たり前のことのように思えてくる。

 グレッサーの獣としての勘は伝えてくる。

 あの人間のあの剣の間合いに入ったら、入ってしまったら、あるのは死のみだ、と。

 まるで死神を相手取ったような感覚をグレッサーは感じていた。

「はぁ、嫌ですね…… 本当に嫌です…… 心底…… 心の奥から…… 心底嫌っていても…… あの人の血を引いていると…… 嫌でも実感させられますね……」

 その言葉を、人語自体をグレッサーは理解できなかったが、恐怖というものを感じ、闇の中に溶け込むように姿を消す。

 サリー教授がその言葉と共に放った圧は、それほどの嫌気ともいうべきものを孕んだ言葉だった。

 その後、グレッサーは怯えたように大きく後ろに跳び、大回りしてから獲物がいるはずの天幕を目指す。

 周りにいる赤芋達が警戒し入るが、姿を闇に隠した自分に気づけている様子はない。

 天幕の中に飛び込み、獲物だけを掻っ攫い、一目散に今は逃げる。

 今はそれでいい、とグレッサーは判断する。

 目の前にいる人間はどこか異様だ。

 戦闘は避けるべきだと、獣としての本能が告げてくる。

 そんな姿を完璧に隠ぺいしたはずのグレッサーに対して、

「そうですよね…… あなた達は勝てないと分かると、すぐに戦闘を避け、勝てる相手だけを狙う…… 本当に嫌な獣……」

 と、サリー教授は吐き捨てる。

 この獣は、やはり獣であり、狩人でも、戦士でもない。

 ただの姑息な獣でしかない。

 しかも、こそこそと隠れ、勝てると踏んだ相手の前にしか姿を現さない。

 勝てない相手には闇の中から不意打ちをしてくるだけの、ただの姑息な獣でしかない。

 そう、サリー教授は吐き捨てたのだ。

「教授! 右側です! 大きく迂回して、右側から天幕を狙っているようです!」

 闇に隠れたグレッサーを素早く察知して、指で居場所を指し示しながらアランが叫ぶ。

「それだけ分かれば十分です!」

 特殊な足運びでサリー教授は、闇に潜んだグレッサーと一気に距離を詰める。

 大まかな場所への移動ではあったが、剣の間合いに捉えられれば、それで問題はない。

 それは縮地と呼ばれる技術だ。

 武術における運足の到達点の一つだ。

 瞬時に間合いを詰めることができる技術であり、魔術ではないのか、そう言われるほどの、そう勘違いされるほどの、ただの技術であり技法だ。

 それを使い、サリー教授は一瞬でグレッサーとの間合いを詰めた。

 剣が届く、その間合いまで。

 グレッサーは不運だった。

 闇に溶け込んで隠密状態にある自分を発見できるものなどいないはずだった。

 なのに居場所を特定された。

 だが、それでも距離は十分に取っておいたはずだ。

 あの人間の間合いには決して近づかないように避けていたはずだ。

 だが、あの人間は瞬間的に移動した。グレッサーでさえもそう感じた程の技術だった。

 魔術の類ではない。

 もし魔術であるのならば、グレッサーはそれを事前に感知できる。そういった器官を体内に有している。

 だが、その発動をグレッサーは感知できなかった。

 だから、グレッサーは訳の分からないまま、その首と胴が分離していたのだ。

 グレッサーが驚く間もない。

 その太刀筋をグレッサーが見ることもない。

 グレッサーの予感通り、剣が届く距離に入られた時点で終わっていたのだ。

「な、なにが!? 瞬間移動? ま、魔術ですか?」

 アランから見ても瞬時に移動したようにしか見えない。

 更に言ってしまえば、直前まで剣を構えてすらいなかった。

 ただその手に剣を持っていただけだ。

 なのに、移動した後は、その剣を降り終わった後だったのだ。

 一瞬の間をおいて、グレッサーの首が地面に落ちた。

 頭部を失ったその獣の肉体も盛大にどす黒いその血を噴出させながら、大地に倒れ込む。

 しばらくの間、その背から生えた触手のみが無造作に動いていたが、それもやがて力を失い動きを止めた。

「久々に…… 使用すると…… 負荷がやっぱり多いですね…… 明日は筋肉痛でしょうか…… それとも明後日でしょうか…… 歳は取りたくないですね」

 体を確かめながら、サリー教授はアランに微笑みかける。

 彼の才能が本物であり、それにもっと早く気づき確信を持てていたのであれば、スティフィを危険な目に合わすことはなかったのに。

 そう思いながら、サリー教授は微笑んでアランを見たのだが、アランはまるで人ではない何かを見るかのような視線をサリー教授に返すだけだった。




「なんだよ、この白い化け物どもは!」

 エリックは赤芋大将の上で吠える。

 赤芋大将が、いくら倒しても、いくら地の底へ引きずり込んでも、それは動き続ける。

 どこからともなく這い出て来て切りがない。

 それに数が多い。

 赤芋大将の根も蔓も、妖狐に大多数は燃やされ、武器を持っている蔓も竜鱗の剣を持つ一本だけだ。

 それ以外は何も持たない根や蔓だ。

 それらを使い応戦するが、竜鱗の剣も使いどんなに切り裂こうと、蔓で締め上げようと、根で地の底へ引きずり込もうと、効果がまるでない。

 そんな連中が群れを成して押し寄せてくるのだ。

「畜生、せめて魔術が使えれば……」

 と、エリックは言葉をこぼすが、もうエリックにできることは何もない。

 魔鏡も地面に落としてしまい、所在がわからないままだ。

 それにエリック自身も限界が近い。

 ピッカブーによる電撃で負傷し、そんな状態での立て続けの魔術行使、それにより魔力酔いを引き起こし、立つどころか動くことすらままならない。

 もう少し自分のことをタフだと、そう思っていたエリックは自身がこんなにも不甲斐ないとは思ってもみなかった。

 今は赤芋大将の上で、戦況を見守ることしかできない。

 そんなエリックは赤芋大将の上に、張り付くようにしているせいか持続的な地鳴りを感じ始める。

 芋の塔からの砲撃の余波の地鳴りは今も感じてはいるが、それとはまた違う種類の地鳴りだ。

「ん? 地鳴り? いや、援軍か? 赤芋達の援軍が来てくれたぞ! 大将!」

 地鳴りを感じるほうを見て、エリックの顔が綻ぶ。

 大量の赤芋達が転がりながら駆け付けてくるのが見える。

 これで戦況が変わると、エリックは喜ぶのだが、赤芋大将は自分の上に避難させていたエリックに根を絡ませて持ち上げ、寄ってきた赤芋達にエリックを託す。

 そうするとエリックが援軍だと思っていた赤芋達は踵を返し、町へと撤退していく。

 地に根を下ろし移動することができなくなった赤芋大将を残してだ。

「大将? おい、大将! どういうことよ! 今まで俺達一緒に戦って来ただろ! 俺も最後まで戦わせろよ! 離せ!」

 その様子を見て、エリックは力の限り叫んだ。

 だが、彼にはもう自ら動く力も残されていない。

 ただ赤芋に担がれ、運ばれていくことしかできない。




「師匠!」

 サリー教授がグレッサーを倒し、天幕に戻るとジュリーが駆け寄ってくる。

 サリー教授を心配して、という様子ではない。

 その顔は絶望に染まっている。

「なんですか……」

 と、サリー教授が聞くと、

「北側より大量の白く汚らわしい外道種が現れたと……」

 伝令から来たばかりの情報を要約して、ジュリーは伝える。

「白い……? シキノサキブレですか……」

 恐らくは事前にも目撃例のあったシキノサキブレだとあたりをつける。

 だが、シキノサキブレは死蝋化した死体に憑りつく外道種で、その存在自体が珍しい外道種なのだ。

 そんな大量に発生する外道種ではないはずだ。

 まず死蝋化した死体自体が珍しいのだから。

「それで、その外道種には通常武器では大した効果が見込めないと報告が……」

 その特徴もシキノサキブレのものと合っている。

 だが、サリー教授の中でそんなに大量に発生する外道種ではないと葛藤が起き始める。

「シキノサキブレなら、燃やすしかないですが…… 大量とはどれほどですか?」

 ただしシキノサキブレに火をつけたからといって、蝋燭のように簡単に燃えてくれるわけでもない。

 一体のシキノサキブレを燃やすにしても相当な火力の炎が必要となってくる。

「視界すべてが埋め尽くされるほどだそうです……」

 その言葉にサリー教授も息を飲む。

 信じられる報告ではない。

 そして、普通に考えれば対処できる量でもない。

 別の外道種の検討をサリー教授がし始めるが、自然に口から、

「そんなに大量のシキノサキブレが? 珍しいはずの外道種のはずがどうして……」

 と、言葉が漏れてしまう。

 この戦局になって投入される敵側の援軍。

 シキノサキブレも不死ともいえるような相手で、シキノサキブレの能力的には最初に投入し相手を消耗させるのが効果的な外道種のはずだ。

 それが今になって大量に追加で戦場に投入される意味が分からない。

 遅れて到着するにしても、それを待ってから攻めたほうが効果的なはずだ。

 それを今になって投入してくることを考えると、シキノサキブレではないのではないか、そう思えてくる。

 だが、どちらにせよ、通常の武器ではどうしようもない相手であることは報告が届いている。

「ど、どうしますか?」

 思考の迷路に迷い込んでいたサリー教授をジュリーが引き戻す。

 どちらにせよ、解決方法がないわけではない。

 が、あまりに一人に頼りすぎている気がする。

「はぁ…… またミアさんだよりになってしまいますね……」

 ミアの行使する使徒魔術でなら打開できる。

 彼女の、ミアの行使できる使徒魔術であるならば、シキノサキブレかどうかまだ未確定だが、敵だけを選定し燃やし尽くすことができるはずだ。

 問題があるとしたら、尋常ないほどミアに負荷が掛かるということくらいだ。

「ミアさんだより? あっ、ミアさんの使徒魔術ですね! 敵を指定して燃やす! 私、聞きましたよ、闇の小鬼もまとめて焼いたと!」

 ジュリーもその案にたどり着いたのか、顔を明るくさせる。

 だが、ミアに掛かるであろう負荷のことまではその考えは及んでいない。

「ミアさん、スティフィさんの治療は?」

 だが、現状では打開案はそれしかない。

 サリー教授がミアに声をかけると、スティフィのそばからミアが立ち上がる。

 その手に持つ杖はすでに光を発していなかった。

「た、多分…… 大丈夫かと、顔色は大分赤みを取り戻しました」

 ミアは少し安心した表情でそう言った。

 サリー教授もスティフィの具合を確かめる。見るだけでなく額に手を当てて体温も確かめる。

「体温も…… 戻って来ていますね。どういう原理か…… 今は考えている時間はないですね」

 先ほどまで死人のように冷たく青白かったスティフィの顔が血色を取り戻し、額からも熱を感じることができた。

 失ったはずの血を、血液をスティフィは取り戻せたのだろう。

 どういう原理なのか、サリー教授にも今は分からないが、それを気にしている暇はない。

 ミアもサリー教授とジュリーの話を聞いていたようで、

「話は聞いていました。燃やせばいいんですよね?」

 そう言って、ミアは古老樹の杖を強く握る。

「ですが…… 数が多いですよ? ミアさんに掛かる負荷が……」

 シキノサキブレの数次第では、人間であるミアには処理しきれずに、術が暴走してしまう可能性がある。

 下手をすればミアが廃人になってしまう可能性だってある。

 そもそも通常であれば、御使いに盟約を破棄され、術さえ発動しないはずだ。

 だが、ミアは笑顔でサリー教授に答える。

「大丈夫です! 巨人の火の術も改良を加えて、再契約していますので! アイちゃん様に燃やす対象をほぼほぼお任せにしましたので私に対する負荷はそんないないはずです!」

 ミアの言葉にサリー教授はゾッとする。

 御使いを信頼しているとかしていないとか、そういう問題ではない。

 御使いと人間では価値観が違いすぎる。

 そんな相手に燃やす対象を選定させるなど正気の沙汰ではない。

 下手をしなくとも、ミアのことを嫌っている、というだけの無関係な人間をも選定され燃やされてしまう可能性だって十分にあるのだ。

 それどころか、この町ごと、ミアを厄介事に巻き込んだとして、燃やされてしまうことすら考えられる話だ。

 価値観が人と御使いでは違いすぎて、術の対象に何が選ばれるかなど想像のしようがない。

 殺傷能力がなくただ相手を釘付けにする魔術ならともかく、相手を燃やすような魔術で、それはあまりにも危険すぎる。

「どんな契約を結んだんですか…… フーベルトを問い詰めないといけないかも…… しれませんね」

 そもそも通常の使徒魔術では、そんな術者有利で便利な盟約など御使いは人間と結びはしない。

 それでもなお、盟約を結べたということは、それほどミアがその御使いに愛され大事にされているか、分かるようなことだ。

 だからと言って、それが魔術の安全性につながる話ではない。

「カーレン教授と相談したので、フーベルト教授はあんまり関与してないですよ? 何度かカーレン教授の元、実験も行っているので平気です!」

 サリー教授が恐れていることを知ってか知らずか、ミアはそう言った。

 それを聞いたサリー教授は少しだけ顔を顰める。

 悪魔崇拝者であるカーレン教授は使徒魔術において、特に自由意思を持つ御使い、悪魔との契約においては右に出るものがいない、という話だ。

 彼自身も悪魔と信じられないような盟約をいくつも結んでいるという話だ。

 そんな人材をウオールド教授はどこから見つけてきたのか気になることだが、今はそのカーレン教授を、しいてはミアの崇める神の御使いを信じるほかない。

 ちょっと前までミアの左肩についていて、今はどこにいるかも不明な御使いだが。

 それを考えると、確かにあの目玉の化け物のような御使いがミアを困らせるようなことはしないだろうと、そう思えてくる。

 力を貸す御使いがすぐそばにいたからこそ、カーレン教授もミアにそんな提案をしたのかもしれない。

 そうでなければ、さすがに無謀すぎる話だ。

「そ、そうですか…… それは、ここからでも可能ですか?」

 サリー教授の問いにミアは少し考えて答える。

 どちらにせよ、今はその術に頼るしかない。

 そうしなければ、時期にこの村はシキノサキブレの大軍に飲み込まれるだけだ。

「さすがにどれだけいるかわかりませんから、北側まで行きます! 燃やす対象をアイちゃん様に任せた分、使用できる回数は大分減ってしまったので」

 それ程度に済んでいることのほうがサリー教授としては信じられない。

 そんな盟約を御使いに申し出ても、普通は御使いの怒りを買うだけだ。

「わかりました。ここにいる赤芋達を護衛として連れて北側へと…… 向かってください……」

「え? またあの椅子で担がれるんですか……」

 ミアが嫌そうな顔をする。

 だが、そこにジュリーが待ったをかける。

「ま、待ってください…… それ本当ですか?」

 駆けこんできた息も絶え絶えの伝令と何かを話している。

「どうしたんですか?」

「西側にも…… 白い外道種が現れ、様子を見ていた他の外道種と共に進軍してきたそうです! フーベルト教授と赤芋軍団がその迎撃に当たっているそうですが……」

 それを伝えたジュリーの顔が恐怖に歪んでいる。

「この調子では…… 東側からもですね…… もしかしたら南からも? なら…… ある程度、引き付けてから、この場、町の中心であるこの場所でミアさんにお願いするしかないですね……」

 恐らくシキノサキブレの大軍にこの町は囲まれている。

 幸い事前に塀を赤芋達に作ってもらっているので、シキノサキブレもそう簡単には町の中に入って来れないだろう。

 超が付くほどの広範囲でミアの使徒魔術が何度使えるかわからない。

 いや、町すべてを覆うほどの範囲で、対象は無数にいるはずだ。恐らく御使いに好かれているミアですら一回限りだろう。

 通常であれば、即座に契約破棄される様なことだろうが、恐らくミアは契約破棄されることもない。

 仮に契約破棄されたところで、ミアの使徒魔術の触媒である古老樹の杖は破棄され、壊されても再生するというのを古老樹である朽木様本人からサリー教授も聞いている。

「は、はい、範囲的に少し不安ですが、やるしかないですよね?」

 ミアもさすがに町よりも広い範囲となるとさすがに自信はなさそうにしている。

 それに視界を覆い尽くすほどの大群ともなると、通常では御使いに相手もされないはずだ。

 事前にどんな量の魔力を支払っておいても契約を破棄されて、契約を結んだ証拠である触媒を破壊されて終わるだけだ。

 術の発動さえも、ままならないはずだ。

 だが、恐らく使徒魔術は発動される。理由はミアだから。そして、ミアが神が欲している門の巫女だからだ。

「そうですね、すべて焼き払えなくても数を減らせれば……」

 ミアであれば、神とその御使いに愛されているミアであれば、術は発動する。

 それでも、すべてのシキノサキブレを焼き払えないかもしれないが、それで数を減らせれば、戦況はまた変わるかもしれない。




「アビゲイルの術で一旦は余裕ができましたが……」

 確かにアビゲイルの放った禁呪ともいえる炎は凄まじい火力であり今も様々な物を燃やしてはいるが、それで打開できるようなこともない。

 一旦は壁のように迫って来ていたシキノサキブレを燃やし尽くしはしたが、シキノサキブレが燃え尽きるよりも早く新たなシキノサキブレが押し寄せて来る。

 しかも、シキノサキブレ自体はアビゲイルの放った炎すら特に気にしてはいない。

 炎が燃え移ろうが怯みもしない。

 火力は凄まじいが、さすがにシキノサキブレが行動できなくなるまで燃やし尽くすには、それなりの時間を要する。

 むしろマーカスの持つ槍のほうをシキノサキブレ達は恐れているくらいだ。

「すぐにまた埋め尽くされましたねぇ、本当にどれだけシキノサキブレを抱え込んでいるんですかねぇ」

 アビゲイルも珍しく顔を顰める。

 いくつかまだ奥義ともいえる術もあるが、今、何の準備もなく即座に発動できる術で現状をどうにかできる術は、さすがのアビゲイルの手持ちにはない。

 そもそも呪術は儀式に重きを置いた術の形態をしている。

 何の準備もなしにやって来てしまったアビゲイルのほうに手落ちがあるのだ。

 こちらには御使いが二体もいるのだからと、慢心していたのだろう。

「どうしますか? そろそろ限界ですよ。このままでは数で摺りつぶされます」

 壁のように迫ってくるシキノサキブレに届かない槍を振るい牽制しながらマーカスが叫ぶ。

 この槍がなければ、本当に今頃は摺りつぶされていたことだろう。

「どうするも何もないですよぉ、そもそも退路もありませんし。そろそろアイちゃん様が…… アイちゃん様?」

 アビゲイルがアイちゃん様、意識のないディアナの左肩についている目玉と肉塊の化け物を見ると、そこには明確な変化があった。

「どうしたんですか?」

「アイちゃん様がやっとやる気になってくれたようですよぉ! 目が光ってますよぉ!」

 今まで不機嫌そうに半目だったアイちゃん様がしっかりと目を開くだけでなく、その目を赤く光らせている。

「へ? 目が光る?」

 と、マーカスが振り返ろうとした瞬間だ。

 マーカスとアビゲイルの視界がすべて炎に包まれる。








 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!



 前回ちょっと七本尾の妖狐を簡単に倒しすぎたかなって反省シテマース。

 いってしまうと、火力が強い魔法使いタイプのような感じで、打たれ弱くはあるんだけど、それにしてもあっさり倒されすぎたかなって……

 まあ、いいか。

 エリックくん活躍できたし。


 ついでにグレッサー君とサリー教授の戦闘は予定していた通りです。

 次回でこの章も終われるか…… な?

 あんまり自信ない……


 というか、次の章の内容をそのまま続けるか?

 そっちのほうがタイトル的にありなんだよな。

 うん、ありかもしれない……





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