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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その13

 奇妙な表現だが、悍ましい寒気がする熱気、それが最も合う表現だとマーカスは感じた。

 それは見た目はただの炎だ。

 熱い。とても熱く燃え盛る炎に違いない。

 なのにそれから感じるものはどういうわけか寒気だ。凍えるほど、身を震わせるほどの寒気を、その炎からマーカスは感じた。

 アビゲイルを中心にその炎は解き放たれた。

 何もない空間から唐突に炎が漏れ出るように溢れ出し、周囲に広がっていった。

 その炎を見てアビゲイルは珍しく本性をさらけ出して、声高らかに笑う。

「アハハハハハハハハッ、高慢なる者達の嫉妬の炎よ! 贄とされた者達の恨みの炎よ! 広がれ、燃えろ! すべてを焼き尽くして、なお燃え盛れ!」

 アビゲイルはすべてを、世界を呪うかのようにその言葉を絶叫する。

 普段のアビゲイルからは想像もできないほど、その顔を歪ませて楽しそうに笑う。

 呼び出された炎はアビゲイル、いや、白竜丸を中心に地面を浸す黒い粘液に燃え移り、周囲に外側へと燃え広がっていく。

 マーカスは黒次郎を白竜丸の影に退避させておいてよかったと心底思う。

 死蝋化した死体、シキノサキブレにも燃え移りその身を容赦なく貪り喰らうように焼き尽くしていく。

「な、なんですか、この炎は…… こんな異様な炎は見たことがありません……」

 明るく光を発する炎のはずが、どこか仄暗い、闇を、何もない暗闇を見つめているかのような感覚に襲われる。

 なにより、炎を見て背筋を震わせるほどの寒気を感じるのだ。

 普通の炎とは真逆の印象を受ける。

 周囲を取り囲む死蝋化した死体を操る外道種などよりも、より禁忌で道を踏み外しているような、そんな気配を、妬みと恨みの感情をその炎から感じるのだ。

 一度絶叫して気が済んだのか、アビゲイルはいつもの落ち着きを、張り付いた笑顔を取り戻す。

「無数のありとあらゆる外道種で作った蟲毒、それを薪にした炎ですよぉ! 素晴らしい、本当に素晴らしい炎ですぅ!! 外道種で作った蟲毒に火をともし、長い年月をかけて外道種を薪として継ぎ足していって育て上げた年季のあるものですよぉ! それだけに外道種相手にはよく燃えますねぇ! それ以外のものもよく燃やしてしまいますがぁ!」

 アビゲイルは自信作である呪術を自慢するように解説する。

 それを聞いた、いや、聞かされたマーカスは顔を顰めることしかできない。

 外道種などよりもよっぽどアビゲイルのほうが法から、道を踏み外しているような気さえする。

「これが呪術…… ですか…… これほどの術を神や御使いに頼らなくとも行使できるものなのですか」

 その炎の火力は凄まじく自分達以外の周囲にどんどんと燃え広がっていく。

 アビゲイルの言う通り制御などできていない。ただ自分達の方へと向かわないだけ、その最低限のことしかできていない。

 後は無軌道にすべての物に燃え移り一切合切を燃やし尽くしていく。

 その勢いを止めることは誰にもできないように思えるほどだ。

 外道の王、その体の一部である大地を覆う黒い粘液にさえ燃え移り、伝わり炎は広がっていく。

 だが、冷静に周囲を、術の効果を観察してアビゲイルは落胆する。

「呪術の奥義ともいえるものの一つですがぁ…… これでもダメですか、シキノサキブレの親玉さんを燃やすには、まだまだ不足しているようですねぇ」

 確かに外道の王に燃え移りはしているが、それは表面を焦がす程度でしかない。

 これでは外道の王に危害を与えているとは言い難い。

 それでも炎が燃え移ったシキノサキブレはその身を焼き尽くすには十分な火力を持っている。

 それどころか、周囲の木々にまで燃え移り炎の勢いはより激しくなっていっているのだが、この光景を見てもアビゲイルは落胆するのだ。

 人の力では外道の王にすら届きはしない、と。

「十分に燃えていませんか? それにシキノサキブレ自体には効果はありそうですが」

 マーカス的には黒い粘液を燃やし、十分に被害を与えているように思えるし、シキノサキブレにも燃え移り業火でその不死身の外道種を包んでいる。

 あまりにも火力でシキノサキブレなどは形を保てずに崩れ落ち、まさしく消し炭のようになるまで燃やし尽くしている。

 それがあちらこちらで起きている。

 周囲から漂ってくる臭いは腐敗臭や人が焼ける臭いとは違い、古い台所の油が焦げたような、そんなどちらにせよ嫌な臭いが周囲を立ち込めている。

 マーカスからすれば十分な成果だし、アビゲイルが放った炎は未だに燃え広がっているのだ、これ以上何を求めるというのかが理解できない。

「次から次へと新しいのが湧いて出てきますねぇ…… 本当にきりがない」

 だが、炎が燃やし尽くすより早く死蝋化した死体を操るシキノサキブレが次々と湧き出てくる。

 一体どれだけの死体をこの黒い粘液の底に抱え込んでいるのか、アビゲイルにも想像がつかない。

 相当数の人間や生物を気が遠くなるほどの年月をかけてため込んできたのだろう。

 アビゲイルの禁呪ともいえる呪術も効果があったが、次々とシキノサキブレが現れる現状を打開できるほどの効果はない。

 その成果に、アビゲイルとしては落胆するしかない。

 これが人の限界だと、突きつけられたような気分だ。

 神や御使いの力に頼らなければ、この程度のことしか人はできないのだと。

「どうしますか?」

 マーカスにそう聞かれ、アビゲイルは軽くため息をついて答える。

「外道種に操られているとはいえ死者は死者でしょうぉ? マーちゃんの方が専門家なんじゃないんですかぁ?」

 シキノサキブレも外道に操られているとはいえ死者のはずだ。

 なら、冥府の神の信者となったマーカスの専門分野だ。

 そもそも自分よりマーカスのほうが対処しやすいはずなのだ。

 アビゲイルは少し拗ねたようにそれを指摘する。

「いえ、これらの死体は確かに死者ではありますが、既に魂そのものがもうないんですよ。これでは冥府に送ってやることもできないです。あれはただの元生物だった物体にしかすぎません」

 だが、マーカスから返ってきた言葉は、自分の専門外、という言葉だった。

 通りで冥府の神の聖獣である白竜丸が、シキノサキブレを飲み込まないはずだ。

 冥府に導くべき死者であるなら、白竜丸は問答無用で死者を飲み込み冥府に送ることができるはずだ。

 この死蝋化した死体は、死者ではなくただの物体、生物だった物でしかない、そういうわけだ。

「死者だけど死者じゃないんですか? なら、その槍も期待できないですかねぇ?」

 アビゲイルもそこまでは見抜けてなかったのか、切り札の一つに、打開のきっかけくらいにはなるかも、と考えていたことの一つが潰えたことを知る。

 ただ、アビゲイルにとって、それもあくまで数ある方法の一つでしかない。

「いえ、シキノサキブレ達は確かにこの槍を恐れてはいますね」

 だが、マーカスはこの槍自体はシキノサキブレに確かな効果があると、確信している。

 死者を弔うのではなく、この槍は縛り付ける何かから死者を開放する力があるのではないか、そう思える。

「一定の効果はあると見ても問題はなさそうですがぁ……」

 マーカスの言う通り、シキノサキブレは大地の槍を向けると、怯み逃げていくのが確認できている。

 淀んだ地脈の村の現状を考えると、死者の開放、死者をあるべき姿に戻す、そういった力を持った槍なのかもしれない。

「にしても、白竜丸の上から振るうには短すぎますね」

 確かに効果はありそうなのだが、白竜丸の巨体の上から振るうには短すぎる槍だ。

 いくら振り回したところで、牽制くらいにしかならない。

「切り札の一つを切っても、結局、人間程度の存在では見ているだけなんですかねぇ」

 アビゲイルは大きなため息をつく。

 そして、どういうわけか力を絞り、この期に及んで消極的な戦いしかしていない御使いと何もしない御使いに辟易する。




 戦場駆ける赤芋軍団、その先頭を走るのが荷物持ち君だ。

 今まで畑の上を無軌道に動き回っていたが、荷物持ち君は方向を町へと変える。

 その途中で、大きく白く、尾が何本も生えた狐のような外道種を発見する。

 それに突撃し体内の骨格ともいえる支えを変化させ体外へと伸ばした槍で通り過ぎ様に突き刺し、更に後に続く無数の赤芋軍団で轢き飛ばして行った。

 その際、大地に根を下ろし巨大化した赤芋大将の横を通り過ぎていく。

「あれ? エリックさん?」

 椅子にしがみ付いていたミアが唐突に巨大な赤芋の上にいるエリックと視線が合う。

 エリックのほうも、妖狐が現れたと思った瞬間、その背後から突如として現れた荷物持ち君に不意打ちをもらい無数の赤芋に轢かれていく妖狐を見失い、辺りを見回してミアの目が合ったのだ。

 二人とも訳が分からない。

 片方は豪華な椅子にしがみ付き無数の赤芋に担ぎ上げられ、もう片方は巨大な赤芋の天辺にしがみ付いているのだ。

 無理もない話だ。

「え? ミア…… ちゃん? な、何やってるんだ? まだ戦場にいたのか? 町の方へやっと戻っているのか? それよりも妖狐はどうなった?」

 妖狐を見失ったエリックを尻目に、赤芋達は戦場をひた走る。

 町を目指してひた走る。


 乗せられた椅子にしがみ付いていたミアは揺れが止まったことで周囲を確認する。

 暗くて確信は持てないが、どうも町中に戻ってきたようで、家屋などを周囲に確認することができる。

「町? 町に戻ったんですか!? いい加減おろしてもらえませんか?」

 豪華な椅子とはいえ、座り心地、いや、乗り心地はすこぶる最悪だった。

 ひどく揺れたせいで全身が痛い。特に尻が痛い。

 ミアが半泣きになりながら、痛む体で椅子から降りようとしていると、

「あなたが芋の巫女、ミア様ですか!?」

 と、声をかけられる。

 振り返ると、そこには息を切らした町民が、恐らくは伝令役の男がいた。

「芋の巫女!? ミアはミアですが、私はロロカカ様の巫女です!」

 芋の巫女と呼ばれて、ミアは怪訝そうにする。

 それと同時に、無数の赤芋に担ぎ上げられた現状では、そう呼ばれても仕方がないのかも知れない、と心のどこかでは思う。

「この芋はロロカカ様というのですか?」

 ミアの返答を聞いた伝令役の男が嬉しそうにそう声を上げた。

 それを聞いたミアは即座に憤慨する。

「違います!!!! あなた、ロロカカ様を愚弄するつもりですか?」

 ミアが鬼の形相で伝令役の男を睨みつける。

「いえ、そんなつもりは…… と、とりあえずミア様なのですね?」

 ミアがなぜ怒っているのか伝令役の男は理解できなかったが、兎に角ものすごくミアが怒っていることだけは理解できた。

 伝令役からすると、この芋達は村を救ってくれる救世主なのだ。

 その名を知りたいとそう思っていただけだ。

「はい、それはそうですけど……」

 ミアが何か言いたそうに返事をする。

「教授が、魔術師学院の教授が。巫女様に至急中央広場の天幕まで来てほしいと、伝令を受けていまして」

 伝令の男がその言葉を発すると、ミアも今は怒っている場合ではことを思い出す。

「は、はい! 教授…… サリー教授でしょうか? わかりました。すぐに向かいます!」

 ミアは伝令役にそう返事をして、担ぎ上げられた椅子から再度降りようとする。

 それを赤芋の根や蔦が支える、のではなく、押しとどめる。

「えっと、赤芋さん達は…… このまま北側を守ってください、いいですか? わ、私は一度中央広場へと向かいます! え? もう町中なのでおろしてください! 椅子に乗せたまま運ばないで! お尻、お尻がもう痛いんです!!」

 赤芋達に椅子から降りることを押しとどめられたミアは、赤芋達にそう命令をする。

 それで多くの赤芋達は町の北側を防衛するために散り散りに転がっていくのだが、ミアが座る椅子を担ぎ上げた赤芋達と荷物持ち君だけはその場に残り、ミアを椅子の上に無理やり戻し、村の中央広場へと向かい運んでいく。




「なんか呼ばれたので…… やっと帰ってこれました」

 町の中央広場まで運ばれたミアはやっと自分の足で大地を踏みしめる。

 なのにまだ体は揺られているような感覚に囚われたままだ。

 痛む尻をさすりながら、天幕へ入ると、顔を上げたサリー教授と視線が合う。

「ミアさん…… お待ちしていました……」

 悲痛な顔のサリー教授がそう言って、サリー教授の前には青白い顔をしたスティフィが横たわっているのが見える。

 それと本当に戻ってきたと、驚いているジュリーの姿も目に入る。

 ジュリーは置いておいて、スティフィの容態は明らかによくなさそうだ。

 それが自分が呼ばれた理由だとミアにもわかる。

「スティフィ!?」

「ミアさんの…… 古老樹の杖の力が必要です…… スティフィさんには、今、絶対的に血が足りていません……」

 サリー教授の言葉を聞いて、おおよその現状をミアは理解する。

 怪我の治療は済んでいるが血が足らずにこのままでは危ういのだと。

「古老樹の杖にそんな能力があるんですか? スティフィは無事なんですか?」

 確かにこの古老樹の杖には朽木様が施した様々な力が宿っている。

 その中にスティフィを助けるような力があってもおかしくはない。

「古老樹の杖、もしくは荷物持ち君、古老樹なら…… 今のスティフィさんを救うのはたやすいはずです…… もう人の手では…… 延命させることしか…… もうできません」

 例え古老樹の杖にそんな力がなくとも、荷物持ち君、大地に根をおろしていなく、まだ若木であるとはいえ、古老樹である荷物持ち君であれば、スティフィを助けるなど容易いはずだ。

 人にはできなくとも、上位種ならば簡単なことだ。

「に、荷物持ち君! 天幕内に入ってきてください! スティフィの容体を見てください! お願いします!」

 ミアがそう声を荒げると、天幕の中に荷物持ち君が入ってくる。

「それと杖! 杖を貸してください! この杖なら助けられるんですね?」

 ミアはスティフィを見つめながら、荷物持ち君から古老樹の杖を受け取り、その確認をする。

 すると、荷物持ち君は大きく頷いて見せる。

 その杖には死に掛けの少女を救う力を持っていると、荷物持ち君は肯定する。

「わかりました、私がやります!」

 古老樹の杖を握りしめ、ミアは気を引き締める。

「お願いします……」

 サリー教授が己の無力さを感じつつ、今は託し、見守るしかない。

 そんなサリー教授へジュリーが遠慮がちに話しかける。

「し、師匠、あの……」

「なんですか?」

 ミアを見守りつつジュリーの報告を聞く。

「スティフィは私が助けます!」

 ミアの返事を聞いた後、ジュリーは振るえる声でサリー教授に伝える。

「七本尾の妖狐が出て、大きな赤芋と対峙しているそうです…… その赤芋の上にはエリックさんが乗っていると……」

 それを聞いたサリー教授も目を見開く。

 七本尾の妖狐となると、個人の手では負えなくなる外道種だ。

 軍単位で相手をしなければならない、それでも相当な被害を覚悟しなければならないほどの相手だ。

「七本尾…… ですか……」

 スティフィの容態を見てサリー教授は不安に思う。

 少し自分の生徒達に期待しすぎていたのではないかと。

 外道種達の戦力を見誤っていたのではないかと。

 その結果が自分では助けられないほどの怪我を負ったスティフィだ。

 七本尾の妖狐と対峙したエリックの安否も不明のままだが、一人で倒せるような相手でもない。

「それと、こちらは朗報で、戻ってきた赤芋達が北側の守備にあたり、塀にとりついていた外道種達を殲滅して回っているそうです」

 ジュリーが少しだけ嬉しそうに報告をする。

 エリックのことはジュリーも心配だが、巨大な赤芋の上にいるというのであれば安全だろうと、そう考えている。




 ミアを担いだ赤芋達が去った後、本当に静かになった戦場をエリックは見渡す。

 少しだけ降っていた雨は、すでに止んでしまっている。

「ミアちゃんは本当になんだったんだよ! 妖狐はどうなった?」

 突然闇の中から現れて、妖狐に一撃を与え、芋の大群で轢いて、そのまま町のほうへと去っていった。

 何もかもが突然すぎて、エリックでさえ困惑を隠しきれない。

 周囲は暗く妖狐の姿をしばらく発見できずにいると、荷物持ち君に精霊銀の刃のついた槍の一撃を受け傷ついた七本尾の妖狐が闇の中から現れる。

 赤芋の大群に轢かれ、相当な距離を跳ね飛ばされて行ったようだ。

 見るからに怒り狂っている。

 その白い毛は逆立ち、赤い瞳の目は怒りに満ちている。

 満を持して登場したのに、急な不意打ちを受けたのだ。

 妖狐の怒りももっともな物だ。

「荷物持ち君が一撃入れていったようだけど…… まだまだ元気そうだな…… でも、俺達ならやれるよな? 大将!!」

 妖狐も深手を負っている。

 それに赤芋大将は大地に根を下ろしている。

 この場からもう動くことはできず撤退もままならない。

 ここで迎え撃つしかないし、この獣を町へ向かわせたら被害が計り知れない。

 なにより防衛の要でもある芋の塔を破壊されかねない。

「相手もかなり深手を負っているようだぞ。俺は後三枚ほど札が残ってて、その枚数だけ車輪の召喚ができる。俺の援護はそれだけだけど、やるしかないぞ、大将!」

 エリックも満身創痍だ。

 そもそもピッカブーの雷撃を受けた時点で、本来は戦闘の継続などできないほど負傷していたのだ。

 それを赤芋大将に治療してもらいつつ、赤芋大将を補佐して戦い続けているのだ。

 また赤芋大将にも奇妙な友情のようなものを感じ、赤芋大将を見捨てて自分だけ逃げるような真似はエリックにもできないでいた。

 もう赤芋大将の上で、外道種を殲滅するまで戦い続けるしかない。

 そう決意していたのだ。

 深手を負った妖狐が深く唸る。

 すると妖狐の周囲に青白い火の玉が何個も出現する。

「妖狐が使うっていう妖術の鬼火か? 大将! あれは危険だ、避けろって、無理か、無理だよな、大将は! どうする? どうすればいい?」

 エリックが悩んでいる間に、赤芋大将は根や蔦でつかんでいる武器を妖狐に振るう。

 妖狐の全方位から数々の武器が妖狐を襲う。

 だが、妖狐がコォォォォォォンンと一鳴きすると、無数の鬼火も全方位へと飛び、赤芋大将の武器を巻きつけた蔦や根を鬼火で焼き払う。

 それだけではなく三つの鬼火が、赤芋大将本体へと向かい飛来する。

 その鬼火一つ一つがとてつもない火力だ。一つでも直撃すれば、赤芋大将とて無事では済まされない。

 だが、そんな鬼火を赤芋大将は竜鱗の剣を巻きつけた蔦で、その三つすべてを打ち払う。

 他の武器を持った蔓や根は鬼火に武器ごと焼き払われたが、竜鱗の剣を持つ蔦だけはそれを打ち払い焼かれるどころか、逆に打ち払う。

「鬼火を打ち払った!? すげぇっ! 大将! 竜鱗の剣ってそんなことも可能なのかよ! すごいな! さすが竜鱗だぜ!」

 エリックは興奮してそう言った後、その感動のままに魔力を借り受けるために仮借呪文を唱える。

 それと同時に視界が歪む。

 心身共に弱った状態で短時間に何度も魔力を借り続けたせいだ。

 エリックは魔力酔いを起こし始めている。

 三枚の札を使い切る前に先に魔力酔いで魔術を扱えなくなる。

 そう判断したエリックは仮借呪文を唱えながら、三枚の札、そこに描かれている簡易魔法陣、そのすべて書き足して魔法陣を完成させる。

 それらの魔法陣に魔力を流し込み回転させていく。

 エリックの視界も頭の中もぐるぐると回転する。

 魔力酔いを起こしかけているような状態で、三つの魔法陣を同時に起動させるような離れ業を使ったのだ。

 グルグルと回る視界の中で、エリックは妖狐を視界に何とか捉え、三枚の札を投げつける。

 宙に投げられた三枚の札は燃えて爆ぜ、その爆炎の中から雷を纏った黄金の車輪が現れる。

 三つの車輪はそれぞれ転がり、雷を放出しながら妖狐へと高速で転がっていく。

 妖狐は一つの車輪を鬼火で迎撃し、一つの車輪を飛んでかわし、最後の車輪を前足で押さえつける。

 押さえつけた車輪から雷撃を浴びせられも、妖狐は多少怯む程度の反応しか見せない。

 その様子を見てエリックは笑う。

「へっ、それでかわしたつもりかよ」

 エリックが赤芋大将の天辺にしがみ付きながらそう言うのと同時に、飛んでかわしたはずの車輪が妖狐の背中に当たる。

 かわされた後も対象を見失わずに戻って来て、妖狐の無防備な背中に当たったのだ。

 踏みつけられた車輪が放った雷撃が妖狐の気を引き、そのことに気づかせなかった。

 そして、背中に当たり雷撃を放ち、踏みつけられてなお雷撃を放つ二つの車輪は同時に爆散する。

 妖狐の悲痛な叫びが響き渡る。

 だが、魔力酔いを起こしたエリックは赤芋大将にしがみ付くこともままならなくなり、そのまま地上へと落下する。

 それを赤芋大将の蔦が優しく受け止め、エリックを大地へと降ろす。

 そのまま町へ戻れとエリックに言っているかのようにだ。

 それと同時に赤芋大将は竜鱗の剣を巻きつけた蔦で妖狐を攻撃する。

 爪や牙を持たない赤芋にとっては敵を引き裂くことができる貴重な武器だ。

 車輪が爆発し、怯んだ妖狐へと竜鱗の剣が迫る。

 それを妖狐は己の牙で受け止めようとするが、竜鱗の剣という規格外の武器に対してそれは愚策でしかない。

 牙ごと妖狐の口を切り裂く。

 だが、致命傷どころか深手ですらない。

 かすり傷というわけでもないが。

 妖狐は己の牙が簡単に折られるというか、断ち切られたことに驚く。

 そして、怒りをあらわにする。

 まさか七本尾になった自分がここまで苦戦するなど夢にも思ってなかった。

 外道の王という存在を除けばだが、今回集まった外道種の中では一番自分が強かったはずだ。

 それがこの体たらくだ。

 古老樹による予想外の不意打ちはともかく、人間の術と侮り、芋の攻撃だと侮った結果、この身に数々の傷を負ったのだと。

 目を燃えるように真っ赤にさせ、妖狐は怒り、吠える。

 もう侮りはしない、と。

 全力で目の前の芋を焼き、あの不意打ちしてきた古老樹も焼き、この身に負った傷を癒す糧にしてやると、吠える。

 それに赤芋の武器は一つを残して、鬼火で燃やしてやった。

 気を付けるのは残る一本の剣だけだ。

 非常に強力な剣ではあるが、それだけ気を付ければいいことだ。

 そう思っている妖狐の足に地面から現れた赤芋大将の根が絡む。

 妖狐はそれを見て笑う。

 それと同時に妖狐の全身が青白い鬼火に包まれる。

 強靭なはずの蔦や根が一瞬で焼き切れる。

 これで武器を持たない蔦や根による攻撃は意味をなさない。

 遠くの塔から飛来する矢が直撃すれば致命傷となるが、妖狐の感覚はそれを事前に察知しかわすことなど容易だ。

 今、自分を害せるものは、塔からの砲撃のような矢による攻撃、それと目の前にいる赤芋の振るう一振りの剣だけだ。

 それ以外は鬼火と化した毛皮を貫けるものは周囲には存在しない。

 自分を傷つけた古老樹なら自分を害せるだろうが、古老樹は戦いの場からどんどん離れて行っている。

 今、この場にはいないのだ。

 まずは目障りな大きな芋だ、と妖狐は赤芋大将に飛び掛かる。

 赤芋大将は根と蔦を使いそれを迎撃しようとするのだが相性と相手が悪い。

 蔦を巻きつけても妖狐の身にまとう鬼火に瞬時に燃やされる。

 芋の塔の赤芋達と連携を試みるが、芋の塔の赤芋が狙いを定めると同時に妖狐は素早く移動してしまう。

 まるで芋の塔からの狙撃にも気が付いているかのようだ。

 赤芋大将は決意する。

 この外道種を倒すには相打ちにするしかない、と。

 自分を攻撃させ、その隙に友より預かった竜鱗の剣を差し込む他はない。

 友にこの剣を自分で返せなかったのは心残りだったが、仕方がないことだ。

 せめて自分はこの外道種と相打ちとなり、焼き芋となって、人々の糧になろう、そう決意したのだ。


 大地に降ろされたエリックはふらつきながらも立ち上がり走る。

 町に向かう?

 否、エリックは町とは反対方向へと必死に走る。

 そして、目的の場所にたどり着く。

 そこには焼け焦げた蛙貴人が、炭と化した蛙貴人が横たわる場所だ。

 エリックの思惑通り、それは軍神の雷にも耐え残っている。

 蛙貴人がそれで雷の矢を受けようとしていたのをエリックも見ていたため、その予感はしていた。

 蛙貴人の秘宝であるこの紫色に輝く鏡は雷に打たれ、燻りはしているが、その怪しい輝きは失われていない。

 エリックはそれを手に取る。

 一抱えもある鏡を両手で持つ。

 雷に打たれ、まだ熱を持つ鏡はエリックの両手を焼くがエリックは友を助けるために気に留めることもない。

 そして、赤芋大将に飛び掛かった妖狐を、その炎の獣と化した姿を魔鏡に映す。

 すると魔鏡は再び怪しい輝きを取り戻し、紫の光を発し始める。

 魔鏡は映し出したものの力を奪う。エリックはそのことに、ある種の直感で既に気づいている。

 全身の毛皮が鬼火となっていた妖狐から、力を奪い、その身を包む鬼火がかき消える。

 だが、妖狐には鋭い爪がまだある。

 あいにく牙は断ち切られたばかりだが。

 鬼火を消されたことに驚きはしたが、妖狐ももう侮りはしない。

 飛び掛かった勢いに任せ、前足を使い巨大な赤芋の身を深く抉る。

 もし全身が鬼火で包まれていたら、赤芋大将にとってそれだけで致命傷になっていたかもしれない。

 身を抉られたお返しとばかりに、赤芋大将は相打ち覚悟で構えて置いた竜鱗の剣を絡ませた蔦を使い妖狐の額に突き刺す。

 さすがの妖狐も脳天を竜鱗の剣で貫かれ即死する。

 通常の武器であれば、妖狐の毛皮を貫けなかったかもしれないが、竜鱗の剣であればそれも容易い。

 エリックは魔鏡に赤芋大将を映さないようにして赤芋大将に近寄ってくる。

 雷に打たれた魔鏡は未だに発熱していて、エリックの手に焼き付いてしまい離せなくなっているからだ。

 そんなエリックの手に赤芋大将は蔦を伸ばし巻きつける。

 それでエリックの手の痛みが引いて行き、それと同時に焼き付いて手放せなかった魔鏡が自然と地面に落ちる。

 魔力酔いでフラフラとしながらもエリックは赤芋大将に笑顔を向ける。

「やったな、大将! 俺達で七本尾の妖狐を倒したぞ!」

 エリックがそう言うのと同時に、赤芋大将は別の蔦をエリックに巻き付け、素早く自分の上へと持ち上げる。

 その寸前までエリックがいた場所に、白い何かが飛び掛かってくる。

 それは薄汚くも白く死蝋化した様々な種類の生き物達だ。

「な、なんだ、こいつら……」

 その名は知っていても動く死体となったシキノサキブレを知らずにエリックは叫ぶ。

 その声には絶望が込められていた。

 なにせ、赤芋大将の上から見える限り、エリックの視界は夜ということもありそれほど広いものではなかったが、その薄汚くも白い外道種でエリックの視界は埋め尽くされていたのだから。







 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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