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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その11

「あわわわわわあわわわわわわわわわぁぁぁ」

 激しく揺れる椅子にしがみ付きながらミアは奇声を上げていた。

 何も理解できていない。

 何がどうなったのか、自分が今どこにいるのか、周囲の状況も戦況もまるでわからない。

 周囲から得られる情報は、芋が激しく転がる音と、吹き鳴らされる突撃ラッパの曲、そして定期的に鳴り響く地響きのような轟音だけだ。

 空を見上げれば満点の星と砂煙が見える。

 周囲はもう完全に日が落ちてしまったため真っ暗だ。

 ミアが見える範囲で見渡して確認できるものは転がる芋くらいだ。

 訳も分からない状態に放り出されて、その途方もない芋の流れに身をゆだねざるを得なかったときだ。

 連れまわされたミアは方角まで理解できていなかったが、遠くの空が明るく光った。

 かなり遠くの場所がまるで日が昇るかのように明るく光ったのだ。

 その光のおかげでミアは気づく。

 舞いあげられた砂煙に交じり、熊のぬいぐるみのようなものが宙を舞っていることに。

 それを見たミアはすぐに理解する。

 あれがピッカブーという外道種なのだと。

 赤芋軍団の行進に弾かれ、宙を舞っているのだと。

 次の瞬間、その熊のぬいぐるみが、赤芋軍団の様々な武器で突き刺され、細切れにされる。

 赤芋軍団が持つ武器はちゃんとした武器から、ただの農具、果てにはただの棒や石ころなど、何でもありだった。

 そんな様々な武器で、熊のぬいぐるみは一瞬でズタボロに切り裂かれる。

 どんな外道種だったか、ミアが理解する間もなく引き裂かれていく。

 ミアはなんとなくちゃんとした熊のぬいぐるみの状態を一度見てみたかった、そんなことを考えていた時だ。

 引き裂かれてボロ布のような状態のピッカブーの中から、何かが飛び出す。

 触手の塊、いや、集まったイトミミズの塊のような、触手状の内臓というのが、もっとも正しかったのかもしれない。

 それが、内臓だけがボロボロになったピッカブーの毛皮の中から飛び出し、ミアに飛び掛かったのだ。

 夜空を舞う触手の内臓が広がりながらミアに襲い掛かる。

 だが、それはミアに触れることはない。

 その触手一本、滴る粘液一滴までもがミアに触れることはない。

 不可視の強力な触手がそれらのものすべてを、必要もないほどの膂力をもって薙ぎ払ったのだ。

 薙ぎ払われたピッカブーの内臓は凄まじいほどの衝撃を受けて闇の中へと吹き飛ばされていく。

 ミアに憑く大精霊の一撃だ。

 反撃でしか行動を起こせない大精霊は、やっと自分も動き出せるとばかりに周囲に雨を降らし始める。

 豪雨というものではない。

 パラパラと降る小雨程度の雨だ。

 だが、その雨は敵である外道種には針の雨となって突き刺さり負傷させ、逆に赤芋軍団には恵みの雨として潤した。

 精霊からの雨で潤った赤芋達は根だけではなく芽を生やしはじめ、赤芋軍団達を急激に成長させ始める。




「師匠! 伝令です、北の空が、この町からはかなり遠い位置なのだそうですが、何度か強い発光が観測されたそうです、日の出のような、そんな光だそうです。瞬間的に何度か目撃されています。かなりの光量だということです」

 ジュリーは伝わってきた伝令をサリー教授に伝えるが、ジュリー自身、それがどういったことなのか理解できていない。

「北? それによる…… 影響は…… なにかありますか?」

 それを聞いたサリー教授も不安そうな顔をする。

 様々な想定はしていたが、サリー教授の想定にはないことだ。

 それにそのような強い光を放つ外道種をサリー教授も聞いたことがない。

 北の森から間違いなく外道種が来ていることだけは確かだ。

 だとすると、外道種達の仕業か、その外道種の本体に何者かが仕掛けたか、だ。

 サリー教授はどっちもあり得ない、そう考えつつも後者のほうが、まだ可能性は高いと考える。

 なぜなら基本的に外道種は光を嫌う。

 それは外道種を追放した法の神が光り輝いていたから、という話もある。

 また太陽の神々が外道種の討伐に積極的だったから光を嫌うようになったという説もあるが、どちらにせよ、外道種の多くが光を嫌うというのは事実だ。

 だから、日の出のような光量を外道種が放つとは思えない。

「今のところなにも報告はきてません」

 それに、その光で何か起こっているわけでもないという話だ。

 今のことは、だが。

「なにが…… 起きているんですか……」

 サリー教授は援軍、それもかなり力を持った援軍が外道種に攻撃を仕掛けてくれている、かもしれない。

 そう考えつつも、それをあてにすることはない。

 あまりにも情報が少なすぎて判断できない。

 サリー教授がいったんこのことは置いておこうと判断したときだ。

 アランがスティフィを抱えて天幕に走り込んでくる。

「教授! 魔術学院の教授!」

「アランさん?」

 と、ジュリーが反応する。

「どうしま…… スティフィ……」

 サリー教授もアランが抱えているスティフィを見て大体の事情を察する。

 そして、アランを東側に派遣して正解だったと確信する。

 アランはスティフィを大事そうに抱えたまま、サリー教授のところまでやってくる。

「傷が深い、あんたなら治せるだろ?」

 アランはそう言うのだが、スティフィの傷は赤芋の根に包まれ確かめることはできない。

 かなりの出血した跡はあるが、今は止血できているようにも見える。

 それに赤芋が何かしらの魔術を使っているのは一目でサリー教授には分かった。

 今は古老樹の眷属である赤芋に任せておくほうがいい。

 古老樹の眷属が治療しているということは、助けられるから治療しているということだ。

 そして、サリー教授よりも眷属と言えど、古老樹に属する者のほうが魔術には長けているのだから、治療は任せておいたほうがいい。

「グレッサーは?」

 そのことをサリー教授は一瞬で理解して、まずはグレッサーの所在を確認する。

 野放しにしていい外道種ではない。

 放っておいては危険すぎる獣だ。

「え? ああ、一体はこの少女が、けど、二体目がいて、そちらは赤芋軍団が対処してくれているはずだ。俺は彼女の怪我がひどかったので……」

 目の前の教授が傷ついた少女より、外道種のことのほうを気にかけていることに一瞬アランは戸惑いながらも答える。

 それを聞いたサリー教授は目を細め唇を噛む。

 グレッサーは通常、集団行動する外道種ではない。

 グアーランも基本単独行動はそうなのだが、グレッサーという外道種はその隠密性から群れることを嫌う。

 性能的にも単独行動するはずなのだ。

 だから、複数はいない、そうサリー教授は判断していたのだが、その判断は間違っていたようだ。

 サリー教授とて、外道の王がまとめ上げた外道種と戦ったことはない。

 これまでの常識が、知識が、経験が、すべて通じないのだ。

「二体目が…… そうですか、こちらへ準備はできています」

 ただ、サリー教授はスティフィが怪我をすること、いや、相打ちを狙うことはある程度想像できていた。

 スティフィは自分の命を軽く扱う節があるのは気づいている。

 以前からそれはそうだったのだが、この旅に出てから、なお一層その傾向が強いようにサリー教授には感じられていた。

「準備?」

 と、アランは呆気にとられる。

 まるでスティフィが大怪我を負うことが分かっていたかのようだと。

「はい…… スティフィは…… 己の身を顧みない…… ところがあるので…… その予想はある程度……」

 サリー教授もそれが分かっていたから、その準備は既にしてある。

 そして、スティフィほどの戦士であれば命までは落とさない、そう考えていた。

 それで例え戦えない身になったとしても、スティフィにはそちらのほうがいいのではないか、そうサリー教授は考えている。

 サリー教授の見立てでも、恐らくスティフィの寿命はもう十年もない。

 なら、デミアス教の本拠地である北側とは離れたこの南の地で、穏やかに人らしく生涯を終えられれば、と。

 ほんとに戦えなくなったスティフィをほっておくくらいの慈悲は、デミアス教と言えどあるはずだ。

 それに見合うだけの働きをスティフィはしてきたのだから。

 それすら無視されるようでは、さすがに宗教として、ここまで大きな組織として成り立たない。

 だが、アランはそんなことまで知るわけもない。

「あんた…… 分かっててこの少女を死地に?」

 アランに言われて、サリー教授は顔を顰める。

 確かにある程度の怪我は負うだろうとは思っていたが、スティフィの様子を見るにかなり深手のようだ。

 想像以上にスティフィとグレッサーの力量を見誤っていたようだ。

 今のスティフィの顔は青白く、まるで死人のように見える。

 呼吸も浅く弱々しい。

 サリー教授は、また自分のせいでこの少女を死地に追いやってしまったと、深く悔いる。

「ここまで深手を…… 負うのは想定外…… でした…… それよりも早く…… この魔法陣の上に寝かせて…… ください……」

 だが、今はそれを悔いている暇はない。

 とりあえず、この用意しておいた魔法陣でスティフィの容体を調べてからだ。

「わ、分かった」

 アランは丁寧に天幕の床に用意されていた魔法陣の上にスティフィを赤芋ごと丁寧に寝かせる。

「グレッサーの他に…… 別の外道種は東側にいません…… でしたか?」

 欠けている簡易魔法陣に必要なものを描き込みながら、サリー教授はその質問をする。

「あ? ああ、カカシみたいなのがいたが、それは赤芋軍団と一緒に倒したぞ、跡形もなく消えちまったが」

 アランの答えに、驚きと喜びをサリー教授は感じる。

 カカシのような姿で跡形もなく消えるというのであれば、ヤミホウシで間違いがない。

 スティフィの命に関わるとしたら、ヤミホウシの奇襲が一番可能性が高い、そうサリー教授は考えてが、そのヤミホウシをアランが倒したというのだ。

「カカシ…… ヤミホウシを倒せたのですか? よくその存在に気づけましたね…… スティフィも…… よくやってくれました……」

 スティフィがここまでの深手を負ったのは想定外だったが、残りの一体のグレッサーも赤芋軍団が相手をしているのであれば、とりあえずは問題はないはずだ。

 他にヤミホウシやグレッサーが隠れている可能性も捨てきれないが、それらを警戒できる戦力は手元にはもうない。

 戦力の大多数を占める北側の赤芋軍団が打って出てしまわなければ、まだ色々と対応はできたのだが。

「助かるのか?」

 アランが心配そうに聞いてくる。

「命は…… 何が何でも繋ぎ留めます…… 左腕は…… 不幸中の幸いですが…… 元から治療不可能ですから……」

 仮借呪文ではなく地脈の力を使いサリー教授は魔法陣を発動させる。

 そして、魔法陣の、神の力を借りて、まずはスティフィの怪我の具合を確かめる。

 神嫌いであるサリー教授が神与文字の魔法陣を使うことは本当に稀だ。必要に迫られなければ使うことはない。

 だが、スティフィを助けるためには今は神の力にすがるしかない。

 そのおかげで今のスティフィの容体を詳しく知ることができる。

 左肩から左胸にかけてかなりの深手、いや、致命傷といってよい傷を負っていたようだが、それはすでに治療され出血もすでにない。

 恐らく治療される前の傷は肺にまで達していたはずで、ほぼ致命傷だったはずだ。

 赤芋軍団、古老樹の即席の眷属でもこれほどの力と魔術、それも神の力に頼らない魔術を扱えることに、サリー教授は感動すら覚える。

 だが、スティフィの容態は決して良いとは言えない。恐らくはその傷から大量の血液が流れ出てしまっている。

 今は傷そのものよりも血を失いすぎていることのほうが問題だ。

「そ、そうか……」

 アランはサリー教授が考えていることが分からずに、スティフィの治療を見守る。

「師匠、これは?」

 ジュリーもやってきてサリー教授の手伝いをしようとするが、傷口に巻きつけられている根を見て困惑する。

「古老樹の眷属による治癒魔術…… ですね……」

 スティフィの左肩には未だに赤芋の根が巻きついている。

 止血され傷は治っているように見えるが、内部はまだ治療が終わってない。が、それも時間の問題で傷自体は赤芋に任せておけばよさそうだ。

 スティフィを治療している赤芋もまずは止血を優先しているようだ。

 止血が終わり、今は内部の傷をじっくりと治療しているといったところだ。

 魔術でおおよその怪我の具合は知れたが、実際に傷口を目で見れたわけではないのでサリー教授も不安は残る。

 けれど、今この根を引き剥がすのは、それこそスティフィの命に関わることだ。

 今は見守るしかない。

「これほどの傷を助けられるのか?」

 実際に傷口を見ているアランは心配でならない。

 アランからすると、致命傷とも言える傷口に思えた。

「傷はもうほぼ塞がっています…… ですが、これは…… 彼女は大量の血を流していましたか?」

 魔術による視診でも外傷はほぼ完治しているが、スティフィの容態は危うい。

「はい、血だまりができるほどの出血をしていました」

 現場を思い出しアランは答える。

 暗くてアランも明確に見たわけではないが、すごい勢いで血が噴き出ていた気さえする。

「血を失いすぎて…… います……」

 スティフィの顔は蒼白で体温も低く、早く浅い呼吸を繰り返している。

 血液が足りていない症状だ。

「輸血はできないのか?」

 と、アランがサリー教授に提案する。

「血液には型というものがあって…… むやみには……」

 一番良いのは確かに輸血だ。

 だが、血には型がある。

 今の弱った状態のスティフィに違う型の血を輸血してしまうと、それが死因になりかねない。

「救えないのか?」

 悔しそうにアランが言葉を吐き捨てる。

 それに対して、サリー教授は、

「繋ぎ止める…… と、私は言いました」

 と、強い意志を見せて答える。

 そのサリー教授の顔を見て、アランも決心する。

 今は確かにこの少女一人にかまっている暇はない。

「わ、分かった。彼女のことは教授に任せる。俺は…… 今できることをやりたい。また東に戻ればいいか?」

 自分がここにいてももうできることはない。

 なら、今は自分にできることをやらなければならない。

 今はこの町自体の危機なのだ。スティフィ一人を心配だけしていることはできない。

 アランはそうして立ち上がる。

 赤芋軍団と連携を取れば、自分も十分に外道種と戦えるはずだと。

「いえ、まずは東の状況を詳しく話してください……」

 東側の情報だけ届いてない。

 まずは情報を聞きたい。

「とはいっても、駆け付けた時には相打ち状態になっていて、一匹目のグレッサーは見事な一撃で仕留められていて……」

 アランが今思い出すと確かに東側は恐ろしく静かだ。

 町の外で乱戦が続いている北側や大きな外道種が攻めてきた西側とは、何かが違う。

 とにかく町の東側自体が静かなのだ。

「グレッサーの爪で…… スティフィはやられたのですか? 怪我の跡がもうほとんどなく…… 判断ができません」

 グレッサーの背中に生える触手で出血は起きないはずだ。

 そうなると爪や牙を使われたということだ。

 グレッサーという外道種が爪や牙を使うのは獲物を喰らう時だ。

 触手のみを使い倒した獲物をグレッサーは食べない。獲物とすら認識しない。

 けれど、グレッサーは爪や牙で仕留めた獲物を逃しはしない。

 恐らく残ったグレッサーはスティフィを追ってくるはずだ。

「すごいですね…… スティフィさんの革鎧、刃物のようなもので切り裂かれていますよ? これが爪で切り裂かれたんですか? 刃物ではなく?」

 ジュリーが赤芋の根が巻き付いていない革鎧部分を見てそう言った。

 鎧には細い針金のような金属繊維も織り込まれていたが、それごと簡単に引き裂かれている。

 相当鋭い刃でも使わない限りこういった切り裂かれ方はしないはずだ。

 さらにジュリーには分からないが、この金属繊維は防刃機能がある特殊な金属であることがサリー教授にはわかる。

 スティフィはこの革鎧の防御力、防刃性能を信じて一撃を受けたのだと分かる。

 こうもあっさりこの革鎧を引き裂かれるとは、スティフィも考えていなかったのかもしれない。

「仕留められたグレッサーの爪にも彼女の血はついていた。そこに笑ったような顔のもう一体の黒い獣がいて……」

 アランはスティフィが倒れ込もうとしていた時の状況をなるべく思い出し言葉にする。

「なら、そのグレッサーは…… 狩りを引き継ぎスティフィーを狙ってきます…… アランさんはこの場にいて…… 天幕の外でグレッサーの警戒を赤芋軍団と…… お願いします……」

 間違いなく残りのグレッサーは狩りの引継ぎをした。

 あの黒い魔獣は極々稀に人が笑うような嫌な笑みを見せる。

 それは仲間の狩りを受け継ぐための仕草なのだという話だ。

 ならば、今残っているグレッサーはスティフィを完全に仕留め喰らう為に、ここにやってくるはずだ。

「わかった。その少女は邪教の信徒だが戦士だ。それは認める。だから、助けてやってくれ」

 アランはそう言って天幕から出ていく。

 アランとしてもあの黒い獣放置することは確かに危険に感じる。

 あの獣を倒すことがこの町の安全につながるなら、騎士隊として、この町を任される隊長として、それをやるだけだ。

「当たり前です…… 私の…… 大切な生徒…… ですから」

 その背に向かい、聞こえないようにサリー教授は、自分自身に言い聞かせるようにそう言った。




 何度目かの火柱が上がる。

 闇に浮かぶような外道の王の顔は、それが実は模様なんじゃないか、そう思えるほどに今も笑っている。

 火柱の中でそれは燃えながら笑っている。

 御使いの攻撃が効いていないわけではない。

 実際外道の王の体は、燃え尽き無に帰って行っている。

 だが、そんなこと関係ないと言うばかりに、地下から新しい体が、黒い粘液が、ものすごい勢いで湧き出てくるのだ。

 実際、白竜丸の足元にも黒い粘液が泥濘のように今も漂っているのだ。

 これも外道の王の一部というのであれば、この外道の王の全身は想像できないほどに巨大ということだ。

 マーカス達が見た地上部分など、外道の王のほんの一部にしか過ぎなかったのだ。

 外道の王は常識では測れないほど巨大な存在で、その本体は未だに地中の奥底に潜んでいるのだ。

 けれど、御使いも、その憑依元であるディアナを焼き払わないように攻撃範囲やその火力を絞るしかない。

 そんな攻撃では外道の王にとっては意にも返さない攻撃でしかない。

「想像以上に巨大な存在のようですねぇ、本体はまだまだ地中の中といった感じでしょうかぁ?」

 御使いと外道の王の戦いをチラ見しているアビゲイルの感想はそんなところだ。

「向こうは御使いに任せてこちらに集中してくださいよ! 見とれている暇はないって言ったのはアナタでしょう!」

 必死に届かない、ただの牽制でしかない槍を振りながら、マーカスはアビゲイルに文句を言う。

 ただ、白竜丸が暴れまわるだけで、その強靭な尻尾を振り回すだけで、外道種達も近づけずにいる。

 巨体である白竜丸も隙が大きいが、それをマーカスの牽制が絶妙に補っている。

 よく連携が取れていると言える。

「そう言ってもですよぉ、ほら、見てください、あのシキノサキブレを。上半身を白竜丸ちゃんの尻尾で吹き飛ばされても集まってまた動き出してますよぉ」

 アビゲイルが指さしたところにマーカスが視線を向ける。

 そうすると上半身を吹き飛ばされた死体に、他の吹き飛んだ死蝋が集まり、再び形をなし動き出そうとしている。

 粉微塵に吹き飛ばしても、そうなのだ。恐らく燃やしでもしない限り、シキノサキブレはその動きを止めることはないのだろう。

「確かに上半身が再生していっていますね」

 マーカスが見ている目の前でシキノサキブレは上半身を形成しつつある。

 白竜丸はそれが気に入らなかったのか、それを再び尻尾で一薙ぎする。

 今度は下半身を含め、散り散りになりながら吹き飛んでいくが、吹き飛んだその先で、別のシキノサキブレの体と合流している始末だ。

「言ってしまえば蝋化したものを無理やり動かしているだけですからねぇ…… 蝋を継ぎ足せば、また形作られて動き出すってことみたいですねぇ」

 アビゲイルはそう言いつつ、ある程度まとめて一気に燃やせないかと、そう考えるのだが、すぐにその考えを否定する。

 なにせ全体の数が、総数が多すぎる。

 一まとめにしたところで一気に燃やすこともできないし、沼のような黒い汚泥の中から新しいシキノサキブレが際限ないように湧き出てきている。

 恐らくこの外道の王は相当数のシキノサキブレをその体内に保有しているのだろう。

「骨とかどうしているんですか? そもそもなんで動いているんですか!」

 マーカスの常識では、蝋だけで動けるわけはなく体を支える骨のようなものがあり、それを砕いてしまえばいいと考えた。

 だが、粉微塵にしたところで動くような存在だし、相手は外道種だ。

 そもそも常識で捉えるほうが間違っている。

 相手は法の外にいるのだから。骨などあってもなくてもその動作に関係などないのだ。

「私に聞かれてもぉ、知りませんよぉ」

 アビゲイルは色々と思考を巡らす。

 すべて使徒任せにすればいいという考えは、いくら何でも考えが甘かった。

「クソッ、どうしたらいいんですか?」

 そう言ってマーカスは飛び掛かってきそうなシキノサキブレの一体に大地の槍を向ける。

 そうするとシキノサキブレは大地の槍を怖がるように縮こまり動きを止める。

 アビゲイルの言う通りこの槍で攻撃できれば、何かしらの効果はありそうなことは確かだ。

「その槍か燃やすしかないみたいですねぇ。この量を全部燃やすのはまず無理ですよぉ」

 気づくと周りはシキノサキブレばかりになっている。

 アビゲイルが放った淀んだ地脈で作った呪術の黒い靄の化け物もまだ存在しているが、シキノサキブレ相手には大した効果を与えられずに互いに絡み合いじゃれあっているようにすら見える。

「だから、この槍なんですか?」

 確かにマーカスの目から見てもこの量のシキノサキブレ達を燃やすのは無理だ。

 それに地面は沼のような黒い粘液だ。

 そこへ転がれば燃えだした火も消えてしまうはずだ。

「そうですそうですぅ、アイちゃん様が手助けしてくれたらいいのですが、機嫌悪そうにしているだけで助けてはくれないみたいですねぇ」

 どうにかまとめて大地の槍で止めを刺すのが効率がいい、アビゲイルはそう答えを出す。

 御使いを解き放ち恍惚状態となっているディアナの左肩につくもう一柱の御使い、アイちゃん様が動き出してくれれば話は早いのだが、そう上手く話はいかない。

 ディアナの左肩にいるアイちゃん様は不機嫌そうな目つきをするだけで全く動こうとしない。

「ミアのほうに危険が迫ってて、そっちに意識を向けているとかですか? こいつらの目的はミアなんですよね?」

「それは…… 十分にありますねぇ…… こんな時こそ、ミアちゃんの使徒魔術で一気に焼き払ってもらいたいのですがぁ」

 ミアの使徒魔術ならこういった状況下では最適なはずだ。

 そして、その力の源はアイちゃん様なのだ。

 アイちゃん様なら一睨みでこのシキノサキブレ達を無に帰せるはずなのだが、今は力を貸してくれる様子はない。

「アビゲイルは似たようなことできないんですか?」

 マーカスはアビゲイルなら似たようなことができるのでは、とアビゲイルに聞く。

 確かに似たようなことはアビゲイルにもできる。

 指定した物だけを燃やすことはアビゲイルにも可能だ。

 ただミアと決定的に違うのはその規模だ。

 アビゲイルでも、せいぜい人一人を指定して燃やす程度が限界だ。

 ミアのように広範囲で指定した物だけを燃やすなど不可能だ。

「あれはミアちゃんが神や使徒に好かれているからできることであって、魔術の才能とかそういうのが問題じゃないんですよぉ」

 アビゲイルが使徒にそんな魔術の契約を持ちかけたら、恐らくその時点で使徒から契約破棄されるだけでなく、使徒の怒りを買い殺されかねない。

 もしくは途方もない量の魔力を要求されることになる。

 ミアの無茶な要望を使徒が破棄しないのは、その神に、使徒に、愛されている他ならない。

「ということは、今のところこの槍頼みですか? せめて地面に降り立てないと当てるのは無理ですよ」

 マーカスの持つ儀式用の槍はいかんせん白竜丸の上から振るうには短すぎる。

 地面に降りようものなら、間違いなく黒い粘液にのまれシキノサキブレの仲間入りは免れない。

「それもそうですよねぇ。まあ、御使いが外道の王を倒すまでこうして時間稼ぎをしましょうかぁ」

 実質的にマーカス達には打つ手がない。

「気楽ですね」

 アビゲイルはそう言っていつもの張り付いた笑顔を浮かべる。

 いや、少し、心底楽しそうな狂気が、張り付いた笑顔からにじみ出てきている。

「いえいえ、結構焦ってますよぉ。外道の王、想像以上の存在でしたぁ。同じ外道の王である小鬼の王とは訳が違いますねぇ」

 不死なだけが取り柄の外道の王とは訳が違う。

 まあ、シキノサキブレを操る外道の王も人からすれば、倒しようがないのだから不死とさほど変わりはないのかもしれないが。

「あれもリグレスでかなりの被害が出たと聞いていますよ」

 小鬼の王もリグレスでかなりの被害を出したとマーカスは聞き及んでいる。

「この外道の王がリグレスの町に出現したら、被害の比較ができないほどの違いがありますよぉ」

 アビゲイルはそう言いつつ、神の加護が集まる町々を気軽に襲えるのは小鬼の王が不死だからだと、理解できている。

 この強大な外道の王ですら神々を恐れているのだ。





 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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