最東の呑気な守護者たち その10
スティフィが失いかけた意識の中で死を覚悟した時だ。
何かが転がり込んで来てスティフィとグレッサーの間に割って入る。
赤芋軍団の赤芋だ。
一抱えほどある赤い芋だ。
赤芋からは綺麗な薄い紫の根が生え、それを使い移動していた。
転がり込んできた赤芋はグレッサーに向かい鋭く根を伸ばすが、グレッサーはそれを容易に回避する。
他の赤芋も転がってきて複数でグレッサーを取り囲む。
その姿をスティフィが見たところでスティフィの意識は完全になくなる。
そこへアランが来て、自分が作った血だまりに崩れ落ちているスティフィを見つける。
アランはスティフィに駆け寄り、その傷を見る。
左肩から左胸にかなり深い傷を負っている。
まだ息はあるが、このままでは助からない、アランは即座にそう判断するほどの傷だ。
なにより出血量が多い。下手にこの場から動かすのさえ危険なほどだ。
そんなスティフィの近くには、既に息絶えた黒い獣が横たわっている。
どうやらグレッサーの爪についた血を見る限り、相打ちとなったようだ。
だが、もう一匹のグレッサーにはさすがに対処できなかったようだ。
それにしても、まだスティフィに息があるのが不思議なくらい深い傷だ。
赤芋軍団の一本が少し遅れて転がりよって来て、スティフィに根を伸ばし傷口に包帯のように覆う。
そうすると気を失っていても苦悶に満ちていたスティフィの顔が和らいでいく。
包帯のように包んでいる根がほんのりと発光までしている。
しばらくするとスティフィの出血が止まる。
これなら、抱きかかえて運ぶことも可能かもしれない。
この赤芋は治癒魔術まで使えるのかと、アランも感心するが今はそんなことをしている時間も惜しい。
この少女はまだ死んでいない。助けられる命だ。
「おい、大丈夫か? 意識を保てよ」
アランはスティフィに声をかけるが返事は返ってこない。
スティフィに根を巻き付けている赤芋ごとアランはスティフィを抱きかかえる。
そして、魔術学院の教授がいる中央広場の天幕を目指して走り出す。
あの教授なら、この勇敢な少女を助けられるはずだ。
「赤芋軍団達、この場とその外道種のことは任せたぞ」
それだけを言い残し、アランはその場を後にする。
スティフィと赤芋一つを抱えてアランは来た道を引き返していく。
その言葉に呼応するようにその場に残った赤芋達が震える。
グレッサーは奇妙な芋を見ても動転しなかった。
それが神の下僕であり地脈の管理者である古老樹の眷属であることはすぐに分かった。
だが、なぜ古老樹の眷属が人間に協力しているのかはグレッサーには理解できない。
ただ同胞の一匹が"狩り"で敗れたのだ。
それは事実だ。
その狩りを同胞である自分が引き継がねばならない。
あの獲物の息の根を完全に止め、喰わらなければならない。
獲物は逃すつもりはないのだが、目の前の芋達はそう簡単にはそれをさせてくれそうにない。
一つ一つの芋が、芋ごときが、非常に強い力を秘めた古老樹の眷属なのだ。
この辺りには地脈を管理する古老樹もいないはずなのに、なぜこのように強い古老樹の眷属がいるのかがグレッサーには理解できない。
だが、そんなことはグレッサーにとってどうでもいいことだ。
今は取り逃した獲物のほうが大事だ。
狩りを生業とする獣として、獲物を捕り逃すだなんてことはあってはならない。
同胞の狩りを引き継いだ身として、あの獲物だけは確実に狩らなければならない。
グレッサーは背から生える二本の触手を音もなく振り回しくねらせる。
この芋どもをどうにかして、あの獲物を追い確実に仕留めなくてはならない。
幸い、あの獲物の血の臭いは覚えた。
取り逃がすようなことはしない。
ディアナに憑く魔術の神、その御使いが現れると名もない外道の王が、巨大な蛸のような、闇よりもなお暗い外道種が、瞬時に炎の柱に包まれた。
凄まじい程の火柱に辺りが赤く照らされる。
だが、それだけでは終わりはしないとばかりに、黒い霧、もしくはコバエの塊のような闇、闇に浮かぶ闇そのものが御使いに向かっていく。
御使いが作り出した火柱により明かりで浮き彫りになったが、マーカスが想像していた以上に、シキノサキブレの胞子は多くこのあたりの空中すべてに展開されている。
それが御使いに向かい一斉に襲い掛かって来ているのだ。
まるで闇が、夜そのものが、襲い掛かってくるようなそんな錯覚を起こすかのようだ。
御使いはそれを複数の炎の翼を使い打ち払う。
辺りが、夜空が炎で照らされていく。
「これが…… 御使いと外道の王の戦いですか……」
目を見開きその戦いに驚いているマーカスに向かいアビゲイルが声をかける。
「マーちゃん、見惚れている暇はそんなにないようですよぉ」
アビゲイルに言われマーカスが周りを見ると、様々な外道種に取り囲まれている。
グアーランと呼ばれる外道種、それと皮を剥いだような白い様々な生物の形をした外道種、死蝋化した死体に憑りつき動き出したシキノサキブレが多い。
それ以外にもかなりの種類の外道種に取り囲まれている。
マーカスは滅んだ村で見つけた神器である大地の槍を構える。
それと同時に自分の影に潜ませていた幽霊犬の黒次郎を解き放つ。
白竜丸も威嚇するように喉を唸らせ始める。
「黒次郎、白竜丸! 自由に暴れていいですよ!」
マーカスは冥府の神の二匹の下僕にそう命じる。
それと同時に白竜丸は一番近くにいたグアーランに強烈な尻尾の一撃を与える。
尻尾の一撃を受けたグアーランは冗談かと思うほど遠くへと吹き飛ばされていく。
そのグアーランに向かって巨大な狼のように育っている黒次郎が追撃をかけていく。
「黒次郎でしたっけ? 以前見かけた時よりも、ずいぶんと大きく育ってますねぇ?」
以前見た時は、幽霊犬ながらにまだ犬という体格ではあったのだが、今はどう見ても大型の狼と同じ体格をしている。
黒次郎も恐らく聖獣と呼ばれる類の獣だ。
生きていれば、だが。
少なくとも幽霊の犬が神の聖獣になったという話をアビゲイルも聞いたことはない。
「冥府の神に会いに冥府まで行った時、黒次郎も強くなっていますよ。もはや幽霊犬ではなく冥府の猟犬ですよ!」
マーカスが自慢するように言って、白竜丸の上で大地の槍を振るう。
ただ大地の槍は短い片手槍だ。
いくら白竜丸の上で振り回しても、牽制程度の意味でしかない。
「頼もしいですねぇ。その槍は白竜丸の上から振るうには少し短そうですがぁ」
一生懸命に白竜丸の上で大地の槍を振り回しているマーカスにアビゲイルはからかうように声をかける。
マーカスの牽制も意味がないわけではない。
白竜丸は巨体があるが故に、小回りが利かない。
そこをマーカスが牽制し補っているのだ。
さらに冥府の猟犬となった黒次郎が外道種の間を素早く走り回り、撹乱し、隙さえあれば飛び掛かりかみ殺している。
二匹と一人で良い連携がしっかりと取れている。
恐らくは冥府の神から戦闘訓練、修行でもさせられていたのかもしれない。
「そ、そうですね。牽制くらいにしか使えませんが!」
マーカスもそう言って的確に白竜丸の死角を攻められないように動いている。
「その槍も死者に対して効果がありますよぉ、もし狙えるなら、シキノサキブレを狙ってみてください。何か効果があると思いますよぉ。でも、マーちゃんは少し死者と縁を結び過ぎですねぇ」
マーカスの持つ大地の槍は、死者を止めるための槍だ。
死者に憑りつくシキノサキブレに対しても何らかの効果を望めるはずだ。
そもそも、死蝋化した死体を操るシキノサキブレを倒すには高火力の炎で燃やすしかない。
そうでもしない限りシキノサキブレは動きを止めることはない。
非常に厄介な相手だ。
しかも、シキノサキブレ単体であれば緩慢な動きではあるのだが、今は本体がすぐそばにいるためか、その動きも緩慢とは言い難い。
死蝋化した死体をどういう原理で動かしているのか、アビゲイルにも分からないが、まるで野生の猿のように飛び回り、白竜丸から引きずり降ろそうと飛び掛かってきている。
「そうは言ってもですね、これも神器ですので、捨ておくのは勿体ないじゃないですか」
マーカスはアビゲイルの言った、死者と縁を結び過ぎている、という言葉に反応する。
自覚はあるのだろう。
そして、覚悟ももうできているに違いない。
飛び掛かってくるシキノサキブレから、御使いを顕現させ放心状態となっているディアナを庇いながらアビゲイルは、
「その槍で狙うなら、白い外道種、シキノサキブレを狙ってください。あれは死者に巣くう外道種なので効果が期待できるかもしれないですよぉ」
再度、マーカスにその槍でシキノサキブレを狙えと促す。
アビゲイルの魔術で数体を燃やし尽くすことは可能だが、さすがにシキノサキブレの数が多い。
そのすべてを燃やし尽くすことはアビゲイルでも不可能だ。
何せあたり一面にシキノサキブレ、動き出した死蝋化した死体はいる。
「白竜丸から降りて戦えと?」
この短い片手槍でシキノサキブレを狙うなら、白竜丸から降りて戦うしかない。
だけど、それはあまりにも危険すぎる。
巨体を振り回して暴れている白竜丸の尻尾に巻き込まれでもしたら、それだけで人間は致命傷になりかねない。
「それはお勧めしませんよぉ、下を、地面を見てくださいよぉ」
それだけでない、と、ばかりにアビゲイルはマーカスに下を、地面を見ろと指さす。
「黒い…… 泥? これは石油ですか?」
今まで気にしていなかったマーカスが地面を確認すると、御使いの放った炎の明かりに照らされて、揺れる水面のようなものが見える。
それは湧き出た油田のようにも思えるほど真っ黒でドロドロとしている。
「これも外道の王の一部ですよぉ、聖獣の白竜丸ちゃんだから取り込まれないですが、私達が降り立ったら、そのまま飲み込まれて死んじゃいますねぇ」
アビゲイルはそんなことを笑顔で、張り付いた笑顔で平然と言ってのける。
白竜丸の上から振り落とされた時点で死だというのだ。
マーカスもそれには肝を冷やす。
「そういうことは先に言ってください!」
そう叫んで、すぐに思い出して、白竜丸の頭を軽くたたき、
「白竜丸! お得意の噛みつき回転はなしにしてくださいね」
と、白竜丸に言い聞かせる。
自身も落ちないように槍を持たない左手で白竜丸に掛けられた手綱をしっかりと握る。
白竜丸は噛みついた後、相手を細切れにする勢いで自身の身を回転させることがある。
とても強力な攻撃だが、それを今やられたら間違いなく白竜丸から投げ出されることになる。
「さて、私も少し試しておきたい呪術があるんですよぉ」
そう言って、アビゲイルも左袖の中に右手を突っ込んで何かを探し始める。
「なら早く使ってください! 出し惜しみしていられる状況じゃないですよ」
やっと動き出したアビゲイルにマーカスがそんな軽口を叩く。
周りを見渡しても外道種ばかりなので、御使いが外道の王を仕留めるまで耐えきれなければならない。
行動し始めるにしても遅すぎるくらいだ。
だが、そのマーカスの軽口に対し、アビゲイルは張り付いた笑顔で答える。
「はぁい、ちゃんとマーちゃんの許可とりましたからねぇ?」
と、何かを確認するかのようにそう言った。
「え?」
と、マーカスが反応したところで、アビゲイルは左袖の中から一つの小さな土器の瓶を取り出す。
「取れたて新鮮な淀んだ地脈を使った凶悪な呪術ですよぉ」
数百年、いや、千年を超える年月淀み続けた地脈で作ったアビゲイル特製の呪術だ。
その危険性は想像もつかない。
「なっ、なんてもんを!」
と、マーカスが叫ぶ。
冥府の神の信徒となったマーカスにはわかる。
あの淀んだ地脈は冥府の空気よりも淀んでいる。
冥府の神が管理する冥府は新鮮さ、という言葉を使うのはなんだが、ある種の神聖さを感じさせるものがあるのだ。
あくまで死後の世界、冥府でさえ神が管轄している場所であるのは間違いはない。
それに対してあの地脈は腐り果てた上に溜まり濁り切った、本当になれ果ての淀みなのだ。
神すら嫌う淀みに淀み切った気の塊なのだ。
そんなもので稀代の天才が作った呪術だ。
どんなものかマーカスには想像もできない。
アビゲイルはその土器の瓶をグアーランが数匹集まっている場所に無造作に投げつける。
粗末な土器で作られた瓶はグアーランに当たり簡単に砕け散る。
そこから淀んだ臭気が溢れ出す。
臭気は広がり黒い何かへと形を変える。
それは黒い煙のようであり人の形をしたなにかだった。
口どころか頭部らしきものがあるだけで目も口もないのだが、口を開くように大きく頭部を広げ、グアーランを一飲みにしていく。
グアーランも抵抗するのだが、相手は煙のようなもので抵抗もなにもできない。
手に持つ武器をやたらめったらに振るうのだが、煙相手にそれは意味がない。
まとわりつく煙を振り払えずにいると、グアーランの頭部が急激に溶け出し、骨を露わにし目玉が転げ落ち脳が垂れ落ちていく。
続いて体も急激に溶け内臓が垂れ落ちていく。
黒い煙の人影は次の獲物を探すように近くのグアーランに、にじり寄っていく。
グアーランも手に持つ武器を振るうが、煙相手にはやはり効果がない。
「なんですか、あのおっかない術は……」
マーカスが畏怖を抱いている後ろで、アビゲイルはあれほどの淀みで、これだけしか効果がないことを反省する。
「うーん、急造で作ったとはいえ、想定よりいまいちでしたねぇ、もう少し練り直しが必要ですねぇ」
アビゲイルの想定ではもっと強烈な効果があるはずだと考えていたようだ。
少々作りが甘かったと反省する。
「何をしているんですか? クリーネ嬢? 使い魔に卵なんて与えて」
グランドン教授が昼食を終え、自分の研究室に戻るとクリーネが、あのアビゲイルがグランドン教授に危険だからいない間は預かってて欲しい、と言われ預かった壺、その中に住む蛇型の使い魔に卵を与えている姿を見て発した。
使い魔に卵を、鶏卵を与えている姿はグランドン教授からしても奇妙に思える。
そもそも使い魔には食事を取らせる意味はない。
少なくともグランドン教授の知識ではそうだ。
「グランドン教授、これはジンさんとの取引です。毎日卵を与える代わりに、色々な知識を教えてもらっています!」
だが、次にクリーネが放った言葉にグランドン教授は驚きを隠せない。
「知識を? 使い魔から? そういえば大元は人格を有する呪いなのでしたか。それも学会の検査官で…… 今はウオールドの後継者の。なるほど」
中央でも優秀な学者だったと聞く。
しかも、この使い魔の元は神がタンデンという一族にかけた呪いだ。
数世代にわたり優秀な魔術師の一族を呪い続けていた人格ある呪いだ。
それが有する知識など、どれほど価値のあるものかなど言うまでもない。
確かにそんな存在から知識を引き出せるなら、毎日鶏卵を捧げるくらい安すぎる話だ。
「今は鰐型使い魔の機工部分の相談に乗ってもらっていたところです」
クリーネは胸を張ってそう言い切った。
だが、グランドン教授は軽くため息をつく。
消費魔力を軽減するために使い魔に機工を組み込むことはある。
騎士隊でも正式採用している鉄騎と呼ばれる種類の使い魔もそれにあたる。
使い魔の体を魔力で動かすのではなく、機工を用いることで消費魔力を節約し、使い魔の稼働時間を大幅に伸ばしているのだ。
確かに優れた技術ではあるが、使い魔制作の初心者であるクリーネが手を出して技術ではない。
それはとても高度な技術で職人ともいえる技術が必要となってくるものだ。
初めて作る使い魔で使用する技術ではない。
だから、ため息をついたのだ。失敗は目に見えている。
それに今はそんなことよりも気になることがある。
「どうやって意思疎通を?」
そもそも意識がある使い魔など荷物持ち君とこのジン以外、見たこともない。
神から与えられた神器である使い魔にも、そんな存在はいない。
それに荷物持ち君もジンという使い魔も喋れるわけではない。
疑似的に喋れたり、やはり疑似的に人格を持つような使い魔を作ることは可能だが、それはやはり疑似でしかない。
事前に用意し設定しておいた音声を流すだけの機能でしかない。
本当の意味で意思を持っている使い魔と、どうやって意思疎通しているのか不思議でならない。
「目を見るとジンさんの言いたいことがなんとなく伝わってきますよ」
グランドン教授にはにわかに信じがたい話だが、このジンの制作者はあのアビゲイルなのだ。
あまり自分の常識に囚われていたら、損をするだけだ。
ただグランドン教授もアビゲイルのことは少なからず理解している。
真っ当な方法ではないことくらいはわかるが、グランドン教授もそのあたりのことはあまり気にしない。
「ほう! どんな仕組みでそんなことができるのですかね。作ったのがアビゲイルさんでなければ、信じていないところですよ」
そう言って、ジンの前、呪物の壺の前に座り込んでいるクリーネをグランドン教授は見る。
早くどいてくれ、と言わんがばかりにだ。
「あの方、本当に天才なのですね。驚きです」
そんなグランドン教授の視線には気づかず、クリーネは目を輝かせてアビゲイルのことを褒めたたえる。
もちろん、グランドン教授の視線の意図には気づいた様子はない。
「ですね、嫉妬するのも馬鹿らしくなるほどの天才ですよ。ふむ…… 我も少し相談してみたいのですが、よろしいですかな?」
そんなクリーネに痺れを切らしたグランドン教授はそれを口にする。
「あ、はい、私のほうは大体終わったので、教授のほうをどうぞお願いいたします」
そうすると、クリーネもやっと気づき、その場から立ち上がり、使い魔の蛇に向かい声をかけた。
クリーネと入れ替わりにグランドン教授は壺の前に座り、壺からひれ付きの頭を出している蛇と視線を合わせる。
ついでに、自分の実家では蛇神を信仰していたことも思い出す。
使魔魔術としてはあまり有益な神ではないので、今は蜘蛛の神を信仰するようになっている。
それもグランドン教授がこの辺境の地にいる理由のうちの一つだが、最大の理由ではない。
「ふむふむ、目を合わせて…… 確かに、使い魔の言いたいことが…… ジンと名で呼べ? それと報酬をよこせ、ですか、わかりました。この学院の下水道で取れた呪痕などいかがですか? 元呪いであるあなたなら…… なに現物を見たい? 今持ってきますぞ」
実際視線を合わせるとジンという使い魔の感情が流れ込んでくる。
そのほとんどは憤りだが。
その感情を省いていくと、ジンという使い魔の要望がじんわりと伝わってくる。
どういう仕組みか、グランドン教授にはわからないが、これは間違いなく使魔魔術、特に使い魔を操作するときに応用できる技術だ。
これもアビゲイルが帰ってきたら教わりたい技術の一つだ。
代わりに何を要求されるか分かったものじゃないが、それもそれでグランドン教授的には心躍る未知の技術だ。
「あ、教授! あとで見てもらってもいいですか、右前足の試作品が出来ているので」
色々と楽しみができた。グランドン教授がそんなことを考えていると、クリーネが声をかけてくる。
少し興味がある。
クリーネがこの太古の呪いからどんな技術を引き出したのか気になりはするところだ。
だが、クリーネは使魔魔術を習いだしてから一ヶ月にも満たない。
グランドン教授が何か期待するようなことはない、そう判断する。
「あー、はいはい、ずいぶんと早いですね。待ってください。先にライアンにでも見てもらってください。我は先にこちらの用事を済ませますので」
グランドン教授は自分の助教授として戻ってきたライアンに話を振る。
今はこの蛇の使い魔がどんな知識を授けてくれるか、そちらのほうに興味がある。
「どれだ」
ライアンもライアンでグランドン教授の意図をくみ、仕方がないとばかりにクリーネの対応をする。
「これです」
と、クリーネは特に気にすることなく、ジンから得た知識で作った右前足の試作品を手渡す。
それは金属の骨格に金属の骨、そして油圧で稼働する機工と魔力で物体を直接動かす複合的機工を兼ね備えた物となっていた。
とてもじゃないが初めて使い魔を作った人間が作ったと信じられないほどのものなのだが、見た目はただの金属の塊でできた前足にしか見えない。
ライアンも一目見てそれに使い魔的機工が仕込まれているとは思いもよらない。
ただの魔力で物体を無理やり動かす魔動型の使い魔の一部だと思い込んでしまう。
「ずいぶんと大きいな。これでは機工型だとしても魔力をだいぶ使うぞ」
魔力で無理やり物体を動かす魔動型であれば、なおさらで大した時間動けないはずだ。
手にもって見ても前足部分のみでかなりの重量感がある。
下手をしたらこの前足を持ち上げることすらできないかもしれない、ライアンはそう考える。
何の金属を使ってるかまでライアンは知らないが、さすがにこれを動かすには膨大な魔力が必要となってくる。
「核はグラスフィール谷の魔水晶を予定しています」
クリーネの返事にライアンは驚くとともに目を見張る。
グラスフィールと呼ばれる谷で採れる一部の特別な水晶は魔水晶と呼ばれ、魔力との親和性が抜群に高い。
確かにその素材であれば、これほど重い物でも動かすことは十分に可能なほど魔力を蓄えられる核となるはずだ。
ただ魔水晶と呼ばれるほどのものが採取されるのは非常に稀で、その値段も目が飛び出るほど高い。
ライアンはクリーネの立場を知っているので、もうそちらには驚きはしないが、それでもため息は出る。
「そんな高価な物…… そういやリチャード様がついていたんでしたな。魔水晶の手配は終わっているんですか?」
ただ金があったからと言ってそうそう手に入るものではないはずだ。
ライアンがそれを確認すると、
「はい、もう現物が届いていて私の部屋にあります」
と、回答が返ってきて、さらに驚かされる。
自室に魔水晶があるとか、ライアンの常識からするとあまり信じられることではない。
「……ずいぶんとリチャード様に気に入られているな」
「一応、妃候補の愛人ですので」
そう言って、クリーネはほほを赤らめる。
ライアンもリチャードのことをよく知っている。
一言で言ってしまえば道楽を生きがいとした男だ。
だからこそ、ティンチルのような町を作っているのだが。
ライアンは密かにクリーネには甘く接しようと、そう考える。
確かにリチャードには数人の恋人というか、愛人がいるが、その中でもクリーネは特に気に入られているように思える。
それは本当にリチャードの妻になる可能性があるほどだ。
「笑えない冗談だ」
ライアンはいろんな意味でその言葉を発する。
自室に魔水晶があることや、クリーネについて本当に色々についてだ。
何せクリーネとリチャードは親子ほど歳が離れている。
「冗談ではありません」
と、少しクリーネは怒ったようなそぶりで言い返してくる。
だが、あまり踏み込んでもいい話ではない。
「話を戻そう。しかし全身金属製なのだろ? 機工を使っても対して動けないのではないか?」
例え魔水晶をいう核を得ても、これだけの重量を長時間動かすことは不可能なはずだ。
全身この調子で金属の体を作りでもしたら、さすがに魔水晶の核といえど限界はある。
「そこをジンさんに相談していたのですよ、なので複合型にしようかと」
そのクリーネの回答を聞いて、ライアンは慌てて再度手に持った前足を確認する。
そして、それがただの金属の塊ではなく、中に機工を兼ね備えた物であることにようやく気づく。
「魔動型と機工型の複合? 確かに技術的には不可能ではないが初めて作る使い魔で使う技術ではないぞ?」
機工型ですら初めて使い魔を作る者からしたら難しいというのに、さらに魔力で無理やり動かす魔動型と組み合わせる複合型の製造はそう簡単にできるものではない。
もし、この前足が稼働するのであれば、目の前の少女は正真正銘、使魔魔術の天才技師となる。
「でも、右前足の試作品は、その通りできてましてよ?」
と、クリーネはまるでそのことを理解できてないかのように不思議そうな顔をしている。
「これが…… 本当に複合型だと? 試しに操作しても?」
ライアンは恐る恐るクリーネに確認を取る。
既にライアンは知っている。
クリーネは普段から少々鼻持ちならない性格をしてはいるが、嘘をつくような人間ではない。
そのクリーネが複合型で前足の試作品を作ったというのだ。
「はい、まだ制限前なのでライアン様でも自由に操作できるはずです」
そう言って、クリーネは手慣れた手つきで透明な糸状の配線を試作品の前足に接続していく。
その手際の良さは、本当にクリーネ自身がこの前足を作ったという証拠そのものだ。
透明な配線に魔力の水薬から魔力を誘導して通し、命令を前足に下す。
グランドン教授の一派で使っている共通の制御術式であるために、それを知っているライアンでも自由に操れるし、また通常は乗っ取られない為に最終的には特定の魔力だけに反応するようにするのだが、その制限も今はない。
その前足はライアンの概ねではあるが意図通りにちゃんと動く。
多少作りが甘く引っかかるような場所があるが、それも簡単に修正できる程度のものだ。
機工部分も魔動部分もそれほど問題ない。
何より機工部分と魔動部分が見事にかみ合っている。
これなら全身この調子で作っても魔水晶の核なら問題ないはずだ。
「これは…… 動作に少し癖があるが許容範囲内だ。これを使い魔を初めて作る人間が作ったというのか!? 教授! グランドン教授!」
さすがにこれはグランドン教授に知らせねばならない、とライアンはグランドン教授を呼ぶ。
「なんですか、今大事なところで……」
ジンという使い魔に瓶に入った呪痕を見せ、これをどんな知識と交換してくれるのかと交渉していたグランドン教授がライアンに呼ばれ頭を上げる。
「これを見てください、クリーネ嬢が作った前足なのですが、見事な複合型です」
ライアンは鰐型使い魔の前足の試作品を、その金属の塊を丁寧にグランドン教授に手渡す。
それを一目見たグランドン教授の表情が変わる。
素晴らしい、と言葉を発するのを何とか抑え、平静さを保つ。
「ふむ…… これは…… 確かに荒は目立つがよくできていますね。これをクリーネ嬢が? だとしたら彼女もまた天才の類ですね」
例え、ジンから知識を得たとしていても一人でこれを作り切ったのであれば、それはすでに天才の領域で間違いない。
リチャードもそれを見抜き自分に託したのではないか、そう思えてくる。
確かにリチャードには人の才能を見抜く目がある。
リチャードがクリーネに高価な素材を際限なしに与えている理由もこれでよくわかる。
クリーネには投資する価値が十二分にあるとリチャードは判断していたのだ。
「いえ、教授。ほとんどジンさんに教えていただいた知識ですよ」
クリーネはそう言って少し照れている。
初めての使い魔作成で、これほどのものを作り上げていてだ。
グランドン教授の評価からすれば、既に中央でふんぞり返り、自分で使い魔を作ろうとしない使魔魔術師達より学び始めたばかりのクリーネのほうが評価に値するというものだ。
「我が驚いているのはそこではありません。これを一人で作り上げた職人としての技量にですよ。クリーネ嬢、正直、見直しました。あなたは賞賛に値する職人ですよ」
グランドン教授は素直にクリーネを称賛する。
「え? あ、ありがとうございます!?」
今までどこか邪険に扱われていた気がしたクリーネは急に褒められて驚く。
クリーネからすればジンから教わった技術をそのまま使っただけなのだ。
「本当に逸材でしたか。使い魔王戦に新人戦もあるのですが、折角です。出てみますか?」
前に冗談言ったつもりだったのだが、グランドン教授は本気でそれを考え始める。
「え?」
それに出るつもりで使い魔を作っていたクリーネは少しだけ訳の分からない顔をした。
グレッサーは正直芋達のことを侮っていた。
なぜなら芋だからだ。
古老樹の眷属とは言え、芋は芋だ。
なによりグレッサーから見れば動作が遅い。
触手を使い立体的に行動できる自分の敵ではないはずだった。
だが、芋達はまるで闇に溶け込んでいる自分を見えているかのように動き、その動きは牽制され、隙さえ見せれば的確に攻めてきたのだ。
さらに厄介なことに芋同士の連携がすさまじい。
まるで複数の芋が一つの意思の元行動しているかのような、そんな動きをしているのだ。
これを倒しきるには相当苦労する。
先に逃した獲物のほうを追ったほうがいい、グレッサーはそう考えなおす。
それに芋達は確かに強いが、爪や牙で切り裂いても血を流さない芋は自分の獲物にはならないのだ。
純粋な肉食であるグレッサーに対して、赤芋はそもそも狩りの対象外なのだ。
グレッサーはあくまで喰らうために狩りをする。
とはいえ、底なしの胃袋を持っているため、その狩りは際限なく、飽きることなく続けられることにはなるが、グレッサーには食べれない芋は狩りの対象ではないのだ。
グレッサーはめんどくさい芋達の戦いを避け、背中に生えた触手を遠くの木に巻きつけ、それを引き寄せるようにして空中を音もなく移動する。
音もなく、素早く、闇に紛れて移動する自分をあの愚鈍な芋達が追ってこれるわけがない。
グレッサーはやはり侮っていたのだ。
赤芋軍団はいわば植物の王、自然の守護者である古老樹の眷属だ。
ならば、赤芋軍団も植物に干渉することができるのは通りだ。
触手を巻きつけていたはずの動かないはず木が、赤芋の命令を受け突如として動き、逆に触手を逃さないとばかりに締め付け始める。
さすがのグレッサーもそれには慌てて、触手の一部を切り離す。
蜥蜴の尻尾切りではないが、グレッサーの触手も似たようなことができる。
便利で強靭な触手だけに再生させるのにそれ相応の時間を有することにはなるが、切り離したところで何も問題はない。
だが、空中での移動中に触手を切り離したことで体勢を崩し、無様にも地面に叩きつけられる。
グレッサーにしたら屈辱以外の何物でもない。
すぐにグレッサーは体勢を立て直し、爪としては長すぎる黒くつややかな爪を露わにする。
そして、爪も牙も持たない芋達をこの場で引き裂くことを決める。
自分をコケにしたことを後悔させてやるとばかりにだ。
そんなグレッサーの周りに赤芋達がゴロゴロと転がりながら集まってくる。
エリックは赤芋大将の上で車輪召喚の札を取り出し、札に書き足し簡易魔法陣を完成させ、仮借呪文を唱えて、魔法陣を発動させて札を蛙貴人の乗る神輿に向けて投げた。
雷を纏った黄金の車輪、神の力の一端を召喚した魔術は蛙貴人の乗る神輿に向けて雷をまき散らしながら突き進む。
それに対して蛙貴人は吸盤のある手で持つ扇を閉めて、それで車輪を指し示す。
そするとひと際大きい蛙人が前に飛び出てきて、大きく口を開きその長い舌を車輪に向ける。
舌は車輪に絡みつき、焼け焦げるが、そのまま引き寄せ蛙人は雷の纏う車輪を大きな口で一飲みにする。
巨大な蛙人はその強靭な足を使い、車輪を腹に飲み込んだまま上空に飛ぶ。
そして、そのまま雷を放つ車輪と共に爆散する。
蛙貴人はいつの間にかに傘を取り出し、飛び散リ降り注ぐ血肉と臓物から汚れないように身を守る。
「なっ、仲間を犠牲にして防ぎやがった!?」
エリックがその光景に驚く。
赤芋大将も押し寄せる蛙人の対処で蛙貴人には近づけない。
たまに超高速で飛んでくる蛙人の舌からエリックを守ることで精一杯だ。
そんな中でも竜鱗の剣を持った根を一薙ぎすると、そこには血の雨が降る。
蛙人の持つ粗末な武器や盾では竜鱗の剣を防ぐことはできず、そのまま武器ごと切り裂かれていく。
だが、どこからともなく蛙人が次々と現れるのだ。
そこへ、蛙貴人が再び扇で赤芋大将を指し示す。
そうすると腹が膨れ上がったしかもその腹が青白く発光した苦しそうな蛙人達が闇の中、いや、蛙貴人の乗る神輿が歩みできてぬかるみとなった場所から、その泥の中から這いあがるように現れ出てきたのだ。
しかも、明らかに何かを腹の中に抱え込んでいる。
そして、蛙人達も蛙の顔ながらにとても苦しんでいるように見える。
腹が膨れ淡く青白く発光している蛙人はその強靭な足で飛び跳ねる。
それを赤芋軍曹が根で持った武器で迎撃し、撃ち落とす。
すると青白い炎が爆散する。
その爆散した炎の中から青白い鬼火が何匹も飛び出してくる。
「コイツ!! エンラキエラか!? それを腹の中に抱え込んで自爆特攻してくんのかよ!」
青白い炎の爆発に巻き込まれ、赤芋大将の根の一つが爛れ落ちる。
さらに一回り小さくなったエンラキエラ達も自爆するために特攻してくる。
それにはさすがの赤芋大将も後退して対処せざる得ない。
まだ腹が膨れている蛙人は四匹もいる。
「なんだよ、このえげつない奴はよ」
自爆特攻をするが動きは緩慢なエンラキエラを飲み込んで、死をも恐れない特攻してくる蛙人にエリックは戦慄する。
万が一、いや、千が一、百が一……
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