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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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181/187

最東の呑気な守護者たち その8

 アランは東門へと急いでいた。

 その途中で伝令役を頼んでいた者が道の真ん中で倒れているのを発見する。

 背中に大きな爪で切り裂かれたような傷があり、出血量からして既に絶命している。

 それを視界にとらえたアランは周囲を警戒する。

 既に外道種が町の中へと入ってきていたのだ。

 第六感とでもいうものが働いたのか、何か気配のようなものを感じたアランは急に自分の右側の前方に目をやる。

 闇がまるで実体化したかのように、大きな案山子のような存在が闇の中から溶け出て来た。

 案山子と違うとすれば、その両手には大きな鍵爪がついていることだろうか。

 ヤミホウシ。

 そう名付けられた正体不明の外道種だ。

 外道種の暗殺者などと言われているこの外道種について人間が知ることは少ない。

 闇から溶け出たような外道種で、たとえ撃退できてヤミホウシを倒しても、まるで闇のように溶けて後には何も残らない。

 そのため、生態は謎のままなのだ。

 アランはそんな案山子相手に無言で剣を抜き構える。

 自分ではこの不気味な外道種に勝てない。

 アランは対峙してすぐにそのことを理解する。

 闇から溶け出てきたような、いや、闇そのものを相手取るような、そんな気持ちにさせられる相手だ。

 そもそも通常の剣がこの相手に効くのかどうかすら、アランにはわからない。

 実体を持っていないのではないか、それともいるのか、それすらも不安になるような虚無感がこの外道種からは感じられる。

 フーベルト教授やサリー教授が言っていた通り、外道種との戦いは、相手の情報が重要だということが対峙しただけでよく理解できる。

 アランではこの外道種相手にどう戦ってよいのか、まるで分からなかった。

 それでもアランはこの闇そのもののような存在によく気が付いたと、自分を褒めてやりたい。

 気づかずに目の前に倒れている伝令役のもとに駆け寄っていたら、そのまま背後から奇襲され伝令役と同じ末路をたどっていたはずだ。

 もしかしたら、自分にはこういった隠れている相手を見つけ出す才能があったのかもしれない、アランはそんなことを考える。

 だから、グレッサーにも気づけたし、こうして、この外道種を発見することができた。

 アランはそんなことを考えつつ、構えた剣を強く握る。

 相手は大きな鍵爪のついた、まるで熊手のような手をだらんと力なくぶら下げている。

 その様子は紛れもなく案山子のようだ。

 案山子の両手が鋭い鍵爪の熊手になっているそんな容姿だ。

 それに生きている感じがなくとても不気味だ。

 足自体ないように思えるのだが、宙に浮いているかと言われるとそれも疑問だ。ただ非常に安定はしていて微動だせずにその場にたたずんでいる。

 それでいて隙らしい隙が、この外道種には全くない。

 どう攻めていいか、アランにはわからないし、そもそも闇そのもののような、この外道種にどう打って出ていいかすら、わからない。

 正直、アランは攻めあぐねていた。

 けれど、それはヤミホウシも同じで、なぜこの人間は闇の中にいた自分に気づけたのだと、不思議に思い様子を伺っていた。

 闇と完全に同化できる自分に気づける人間など、今まで出会ったことはなかったからだ。

 警戒に値すると、ヤミホウシも様子を見ることにしたのだ。

 両者が両者とも、そうして攻めあぐねていると、一抱えもある大きな赤芋が一つ、道を転がって来る。

 そして、その赤芋はアランとヤミホウシの間に割って入り、両者が反応するよりも早く、ヤミホウシに向かいその根を伸ばした。

 その根はヤミホウシの中心、人間でいうところの心臓を的確に狙い伸ばされた。

 ヤミホウシはその根を大きな熊手のような左手で振り払う。

 そこへ別の赤芋が道の脇より突如として現れ干草叉を根で絡め持ち、それをヤミホウシの右手に突き刺した。

 虚を突かれたヤミホウシはそのまま干草叉により右手を突き刺され、倒れこみ、干草叉で鍵爪ごと右手を大地に縫い付けられる。

 それを見たアランも通常の武器でも効果があると分かり、一気に距離を詰めるために走り出す。

 まだ自由な左の鍵爪でアランを迎え撃とうとヤミホウシはするが、最初に割って入った赤芋が根をヤミホウシの左手に絡ませ、それを妨害する。

 走り寄り一気に距離を詰めたアランは、干草叉に右手を、赤芋の根により左手を拘束されているヤミホウシに迫る。

 ヤミホウシはまだ自由な足、足というか下半身でアランを打とうとする。

 ヤミホウシの下半身は細い一本の棘のようなものであり、それを使い跳ねて音もなく移動している。

 そういう意味では、案山子というよりは釣合人形、ヤジロベエなのかもしれない。

 普段は移動にしか使わない、その下半身である棘をアランに突き刺すように向ける。

 細く鋭く、日が落ち視認性の悪い今では、それはアランを貫く必殺の一撃となったはずだった。

 だが、アランはその攻撃を寸前のところでかわして見せる。

 それは勘だよりの避けだったが、的確にヤミホウシの一撃をかわすことができた。

 アランに何か才能があるとすれば、それは隠れているものを見つけ出すことではなく、非常に勘が良い、という一点だ。

 その一撃をかわされたことにヤミホウシは驚愕する。

 まるで攻撃が前もって分かっていたかのように、ヤミホウシにはそう思えるほど見事にかわされたのだ。

 アランは詰め寄り最初の赤芋が狙おうとしていたヤミホウシの体の中央へと剣をためらいなく突き刺す。

 そうするとヤミホウシは体を虫のように痙攣させ、しばらくしてから動きを止める。

 次の瞬間、闇が溶けるようにしてその場から跡形もないように消えていく。

 奇襲特化であるがゆえに、弱点さえ突ければ、案外脆い外道種なのかもしれない。

 そして、後には何も残らないのだ。

「なんなんだ、この外道種は…… 赤芋達もありがとう助かった。あのままでは勝てなかったよ。先を急ごう」

 アランは自分が倒した外道種の名もわからないまま、他に外道種が侵入していないか警戒しながら東門へと急ぐ。

 伝令役の者を弔ってやりたがったが、今はそんな暇もない。




 フーベルト教授は少し困っていた。

 土でできた塀の上に立ち、近づいてくる巨大な外道種にどう対処するか迷う。

 自分の妻、サリーの話では恐らく南西にかけて外道種は包囲してくるだけで攻めてくることはない。

 そういう話だったのだが、一匹の外道種が町へと向かってきているのを発見してしまったからだ。

 その外道種は二足歩行の大きな蜥蜴、いや、翼と鱗のない竜とでもいうのか、そう見える。

 なら鰐の白竜丸に似ているか、と言われるとそうでもない。

 それよりは地上に住む鳥類に似ている。

 大きな鶏に爬虫類の顔がついている、そんななりだ。

 全身を包むのは羽毛か鱗か、実際はそのどちらでもない。その肌は腐食したように溶け、腐敗した粘液に包まれている。

 一歩踏み出すごとに粘液か体液かが周囲に振りまいている。

 その体液が飛び散った大地は白く泡立ち、煙と嫌な臭気を立ち昇らせている。

 フーベルト教授はその外道種の名を知っている。

 グエルドン。

 腐った竜とも言われる西側の領地で目撃されることがある危険な外道種だ。

 その体液は強い腐食性をもっていて、歩き回るだけで大地を汚すとても厄介な外道種として有名だ。

 グエルドンが出た地域では大地が腐って死ぬとまで言われている。

「ボクはあんまり戦闘は得意ではないのですが…… 赤芋達をグエルドンにぶつけるのは不味いですよね」

 サリー教授の話ではある程度の戦力で南と西を巡回していれば、外道種は攻めてこない、という話だった。

 恐らくは、とそういう条件付けではあったが。

 実は外道種側でもそのはずだった。

 実際グエルドン以外、大した外道種は西南方面にはいなく、周囲を取り囲むだけで町に近づいてこようとはしていない。

 町が塀で囲まれていたので、急遽塀を壊す役としてグエルドンが南西側に配置されたのだ。

 ただ、グエルドンは外道の王の命令を聞く気がない。

 いや、命令を理解できるだけの知性を持ち合わせていない。

 だから、単独でこうしてやって来てしまったのだ。

 グエルドンにある欲望はただ一つで、ただただ世界を腐食させたい、それだけなのだから。

 それにフーベルト教授もサリー教授もまだ知らないが、今回外道種達をまとめ上げている外道の王、シキノサキブレの大元の外道種とグエルドンは色々と相性が悪かった。

 すべてを腐敗させたいグエルドンに対して、シキノサキブレの大元は生物の死体を死蝋化させたいのだから。

 その外道種としての特性が、グエルドンを更に暴走させたのかもしれない。

「仕方がない、ボクがやるしかないですかね」

 赤芋達に戦闘を任せることはできるが、相手の体液は強い腐食性を持っている。

 戦って負けることはないだろうが、さすがの赤芋達も無事では済まないはずだ。

 かなりの損害を出してしまうことになる。

 そうなれば、今周囲を囲っているだけの外道種達までもが攻めだしてくるかもしれない。

 それは避けなければならない。

 またフーベルト教授は元々失敗したと、そう考えていた。

 もっと早くミアに赤芋達を巨大化させておくべきだったと。

 最初に巨大化させた赤芋達と襲撃があってから巨大化させた赤芋達ではその成長の差なのか持っている力が違いすぎる。

 二本の塔から砲撃を行っている赤芋達と、自分の指揮下に入っている赤芋達とではその成長度合いが明らかに違う。

 最初に巨大化させた赤芋達は根どころか既に蔦まで生やしているが、自分の配下の赤芋達はまだ根しか生やしていない。

 赤芋自体の大きさも大分差がある。

 それに塔の上の赤芋の力は、自分の配下となった赤芋達よりも明らかに強い力を有している。

 自分の配下に入った赤芋達に、塔の上から行っている砲撃のような攻撃をすることはできない。

 恐らく植物として成長することで、その力を増大化させていっているのだ。

 短時間でも時間を経ることで赤芋軍団達は植物として成長し、その力を増大させていくのだ。

 そのことが分かっていたならば、もう少し早く赤芋達を巨大化させ、有利に運べていたはずだ。

 ただ襲撃がいつ来るかわからなかったことを考えると、やはりこうするしかなかったのだろうが。

 フーベルト教授はため息交じりに腰につけている杖を取り出す。

 銀製の小さな杖で杖の先には青い宝石がついている。

 特別な物でもないがそれほど悪い杖でもない。ただ彼の役職、魔術学院の教授が持つものとしては、かなり粗末なものだろうか。

「さて、使徒魔術を使うのはいつ以来でしたか……」

 自信なさそうにフーベルト教授はつぶやくと、使徒魔術を発動させるために動作を行う。

「知恵の閃きを伝える者よ、その御力を今こそ我が前に見せよ、決して外さぬ光の矢を放て!」

 銀の杖を持ち、グエルドンに向け、使徒魔術を発動するための合言葉ともいえる呪文を唱える。

 杖の先につく青色の宝石から、一筋の閃光が放たれ、グエルドンの体の中心を的確に打ち抜く。

 打ち抜かれたグエルドンは一瞬体をビクッと痙攣させるが、それだけだ。

 その歩みを止めるわけではない。

「やはりダメですか。けど、知恵の矢があそこを打ち抜いたということは、頭部ではなく体の中心が弱点というわけですかね」

 この使徒魔術は対象の弱点を確実に打ち抜く特性を持っている。

 その知恵の矢がグエルドンの頭部ではなく体の中心のほうを打ち抜いたということは、そちらに弱点があるのだろう。

 それが分かれば十分だ。

 フーベルト教授は肩にかけている鞄から、布に包まれた銀色に輝く筒を一つ取り出す。

 主に苦土、それと少しの軽銀からできている合金の筒だ。

 最近何かと仲良くなったグランドン教授から分けてもらった素材の一つだ。

 その素材を調合し作った兵器、とでもいうべきものだ。

 中には同じく苦土と呼ばれる苦く下剤にも使われる金属の粉末、軽銀と呼ばれる金属の粉末、それと酸化した鉄の粉末が詰まっている。

 ただそれだけのものだ。

 それをカバンから取り出したフーベルト教授は、それを赤芋の一体に手渡す。

「それをあの外道種の体の真ん中部分に正確に投げつけてもらえますか?」

 と、お願いする。

 銀色の筒を受け取った赤芋は根で器用にそれを持ち、狙いを定め、腐り果てた竜の外道種へと投げつける。

 ものすごい勢いで投げ出されたそれはグエルドンの体に深く突き刺さる。

 先ほど知恵の矢で打ち抜いた場所に正確に突き刺さってくれる。

 驚くほど正確な投擲にフーベルト教授も満足する。

 自分で投げたら、あれほど正確にぶつけられなかったし、そもそもまだ届くような距離でもない。

 ただ銀色の筒を投げつけられたグエルドンはそれを意にも返していない。

 それを確認したフーベルト教授は、再び杖を構え、呪文を詠唱する。

「知恵の閃きを伝える者よ、その御力を今こそ我が前に見せよ、消して外さぬ光の矢を放て!」

 光の矢はグエルドンに深く突き刺さった銀色の筒に正確に命中する。

 筒に命中した光の矢は大量の光を伴って、その力の大半を熱へと変換していく。

 そして、それは起こった。

 銀色の筒が激しい閃光を発し始め、ものすごい勢いで燃え始めたのだ。

 グエルドンの巨体を火と閃光が包むほどだ。

 その炎は赤ではなく、目を覆うほど眩しく白く発光し燃え続けた。

 それこそ刺すほど眩しく直視できないほどの光量だ。

 もう日が落ちているというのに周囲だけを昼間のように照らすほどの光量を持ち、それ以上の熱量をもって燃え始めたのだ。

 グエルドンの体内から腐食性の体液がとめどなくあふれ出しその炎を消そうとするのだが、その閃光のような炎は消えることがなく燃え続ける。

「さて、その炎はしばらく燃え続け、なおかつ水の中でも消えることのない炎ですが、耐えきれますかね?」

 そう言って炎に包まれ燃え続け崩れ落ちていくグエルドンを見て、一安心したようにフーベルト教授は言った。

 それでも閃光のような炎はしばらく光と熱を発し続けグエルドンを焼き続け、辺りを明るく照らし続けている。

 冶金にも使われる技術で、これは魔術ではない。一度起きた反応を止めることは非常に難しく、ただ触媒が反応を終えるまで待つしかない。

 反応が収まるまでは、しばらくの間、光と超高温の炎を出し続ける。

 それに対して、グエルドンという外道種は竜の形を真似ているのが、実際のところグエルドンは粘菌の外道種である。

 群生体の外道種であり、どんな攻撃も一見効果がないかのように思える外道種だが、この群生体、一つ一つの存在はある程度集まっていないとその生命活動を維持できないほど弱い存在でもある。

 ただ群生体としている間は一つの強靭な外道種として存在している。

 それを倒すには、腐食性の粘液が飛び散る中、絶えず攻撃をし続けなければならないという消耗戦を強いられるのだが、フーベルト教授はそれを拒み、奥の手の一つを使った。

 知恵の神の信徒らしく、決め手は魔術ではなく人知を使い強敵を排除したのだ。

 彼もまた、若いながらにして魔術学院の教授という役職にふさわしい人物だということは間違いはない。




 ピッカブーの二股の舌の内、片方を切り落としたエリックはさらに距離を詰める。

 また妖術でも使われたら厄介だったからだ。

 距離を詰めたエリックは竜鱗の剣を振り下ろす。

 ピッカブーは手に持つ玩具の杖でそれを受けようとするが、竜鱗の剣の一撃をそんなもので防ぐことは不可能だ。

 玩具の杖ごとピッカブーの右手を切り落とす。

 だが、外道種相手にその攻撃だけでは浅い、そう判断したエリックは振り下ろした剣を反転させ斬り返す。

 ピッカブーは残っている舌を離れた場所に突き刺し、それを起点として舌で体を引き寄せて、その斬り返しを避けエリックから距離を取る。

「はっ、杖はもうないぜ?」

 エリックは追撃をかわされたことを嘆きつつ、距離を取られたところで杖を失えば即座に魔術を発動させらない、そう思いそんな言葉を吐き出す。

 確かにそうだ。相手が普通の人間であれば、の話だが。

 ピッカブーは頭の王冠を左手で持ち、それを掲げる。

 そうすると黒く発光する雷が地を走りエリックに向かってくる。

 エリックはとっさに円形の小盾を前方に放り出し、盾に雷を直撃させる。

 だが、盾だけでは黒い雷の勢いは削り切れずエリック自身も雷に打たれる。

「ぐわっぁぁぁぁぁぁぁぁ……」

 エリックの悲痛な叫びが辺りに響き渡る。

 それでもエリックが片膝をつくだけにとどめられたのは、とっさに盾を投げ出せたおかげだ。

 盾が雷の大半を請け負ってくれた。

 その盾は黒い雷撃に撃たれ焼け焦げている。

 もう盾として扱う強度も残っていなさそうだ。

 だが、それもなしに直撃していたら、エリックも今ほど無事では済まなかったはずだ。

 使い物にならなくなっていたのは、エリック自身の方だったはずだ。。

 だが、そんなことを考えるよりも早くエリックはすぐに行動にでる。

 盾を失い自由になった左手でエリックが腰の鞄から一枚の札を取り出す。

 魔術が苦手なエリックでも前もって時間をかけておけば、簡易魔法陣の描かれた札くらい作っておける。

 欠けている魔法陣の一部を雷に打たれ炭となった篭手の一部で書き足してやる。

 そして、素早く拝借呪文と小声で唱える。

 拝借呪文と唱えている際に、こんなことなら使徒魔術の講義をもっと真面目に受けておけばよかったとエリックは後悔する。

 今は拝借呪文を唱えている時間が惜しい。

 ピッカブーがそれをおとなしく待ってくれているわけがない。

 エリックに向け、花のように十字に割れた頭部から触手のように伸びる舌をエリックに突き刺すように飛ばす。

 それをエリックは竜鱗の剣で受ける。

 さすがに切り払うまでの動作はエリックにはできなかった。

 強酸性の唾液がピッカブーの舌から滴り落ちる。

 鉄製の剣であったならば、それだけで溶かされ剣としては使えなくなっていただろうが、竜鱗の剣を溶かす程ではない。

 そのことにピッカブーが気づくよりも早くエリックは簡易魔法陣を発動させる。

 エリックの生家、ラムネイル家は商家だ。

 その一族が崇めているのは黄金の車輪の神で、長距離を商隊として旅をするラムネイル商会としてはぴったりの神だ。

 騎士隊志望であり竜の英雄に憧れるエリックとしては、あまりぱっとしない神だとそう思ってはいたが、その実際はそんなこともない。

 長距離を移動しなければならない商隊の一族が崇める神なのだ。

 荒事にだって対応してないわけがない。

 完成させた簡易魔法陣の描かれた札に魔力を流し込んで魔術を発動させる。

 エリックがその札を投げると札はすぐに燃え上がり、その炎の中から雷鳴と共に黄金の車輪が現れる。

 青白い稲光を放ちその車輪はピッカブーへとものすごい勢いで転がっていく。

 ピッカブーは何とかよけようとするが、ぬいぐるみの体では上手くよけることができないし、緊急移動にも使用できる舌は竜鱗の剣に絡みついたままだ。

 本来二つに分かれている舌が残っていたら避けられてはいただろうが、それもエリックにより切り落とされている。

 竜鱗の剣の巻きつけられた舌を戻すのでは、今からではさすがに間に合わない。

「車輪に引かれてどっか行きやがれ!」

 エリックが口汚く罵ると、車輪は速度を速め勢いよく転がって行き、そのままピッカブーを引き殺す。

 引き殺しただけではなく、車輪が纏う雷撃がピッカブーの死体を何度もうち払いその死体を粉々にし焼き尽くす。

 竜鱗の剣が伝導体であったならば、舌を伝ってエリックにも雷撃の影響が出ていたかもしれない。

 ピッカブーを文字通りボロボロにした車輪は辺りに雷撃を放ちつつ虚空へと消えていく。

「とんでもない外道種だったぜ……」

 エリックが一息つく。

 そして、他に外道種がいないか辺りを見回す。

 エリックが周囲を警戒していると、ボロボロにされたピッカブーが重力に反するように勢いよく立ち上がった。

「嘘だろ? あれでまだ生きてんのかよ」

 エリックは再度、竜鱗の剣を構えピッカブーのほうに意識を集中させる。

 竜鱗の剣に巻き付いていた舌も既に雷撃で焼け焦げて朽ちている。

 だが、それと同様のものがピッカブーのぬいぐるみのような体から、いくつも溢れ出してきている。

 それは蔦、いや、触手のみで形成される外道種だった。

 触手のみで形成される外道種が熊のぬいぐるみの中に潜んでいた、そう表すのが的確だった。

 今は熊のぬいぐるみを外側から触手で操り人形のように立たせている。

 いや、触手がピッカブーの内臓で、熊のぬいぐるみが皮だったのかもしれない。

 それが今は逆になってはいるが、触手が本体であり、熊のぬいぐるみが外敵からの攻撃を守る外皮ということは変わらないのだろうか。

 事実、今も熊のぬいぐるみを盾か壁のように扱っている。

 生物としてあり得ない不可解な生態をしている。

 それは法の外にいる、外道種だからなのだろう。

 だがエリックにとっては、そんなことどうでもいいことだ。

 敵はまだ生きている。

 それだけが事実なのだから。

 ボロボロになった熊のぬいぐるみから、赤子の声がンギャー、ンギャーと響き渡る。

 それが触手の化け物から発せられると思うととても不快だ。

 触手は焼け焦げた王冠と切り捨てられた杖を拾い上げる。

「オイオイオイ、洒落になんねぇぞ」

 ピッカブーまで距離がある。

 その上、黒い雷撃を受け、今はまだ自由に体を動かせるわけではない。

 それどころか全身痛みでまともに動かせない。

 今から走り寄ってあの触手の化け物を切り裂くことなどエリックには不可能だ。

 エリックは自分の死を覚悟した。

 その瞬間だ。

 ピッカブーこと触手の化け物は何かによって叩き潰される。

 何度も何度も、完膚なきまでに。

 それは一抱えもある大金槌だった。

 それが闇の中から突如として現れ空でも舞うように不可解に動き、何度もピッカブーを叩き潰したのだ。

「あっ、え?」

 エリックが呆気にとられていると、闇の中から巨大な赤芋がぬるりと現れる。

 最初に試しで巨大化させられた赤芋の一体だ。

 それは複数の根と蔦を生やし、芋からは立派な茎が伸び、芋自体もかなり大きく育っていた。

「おまえ、助けてくれたのか…… はは、赤芋軍団の大将だな。おまえは赤芋大将だ!」

 エリックはその立派な赤芋に勝手にそう名付ける。

 そして、痛む全身を引きずるように動かし、赤芋大将の上によじ登る。

「力を貸してくれよ、大将! 一緒にこの町を守ろうぜ!」

 エリックがそう言うと、肯定するかのように赤芋大将は身を振るわせた。

 完全に赤芋大将に登り切った後、その上から周囲を見回すと青白い鬼火のようなものに、既に取り囲まれていた。

 エリックはすぐに思い出す。

 目録にちゃんと名前が上がっていた外道種の特徴だ。

 この特徴はエンラキエラという外道種で、青白い鬼火のような外道種だ。

 炎のように見えるが熱はない。

 この鬼火のような外道種は、青白く燃える火の妖術を使い、そちらも熱はないが凍えるように冷たく、その炎が燃え移ると切り刻まれるような痛みと凍えるような冷たさを感じるというのだ。

 その火も普通の炎と同じく燃え移るのだが、それは生ある生物に対してのみだ。

 それに対して、エンラキエラ自身が纏う青白い炎は燃え移ることはないし、熱くも冷たくもない。

 ただ、妖術で扱う術とエンラキエラ自体の炎を見分けることは難しいという話だ。

 さらにこのエンラキエラは、なにかしらの攻撃を受けると自爆して四方にはじけ飛び、一回り小さなエンラキエラとなる。

 ある程度、小さくなると自爆しなくなりそのまま消え、そこでやっと倒せると注意書きには書かれていた。

 元は火の精霊だったとも言われていて、その不死性の名残がそのような形になっているのかもしれない、とも、サリー教授が書いたエンラキエラへの目録の注意書きにはあった。

「大将! 気をつけろ! 火の妖術を使うらしいぞ。それと何度か自爆もするらしい!」

 エリックは赤芋大将と名付けた赤芋に大声で伝える。

 その後、赤芋大将に戦いを任せ、赤芋大将の上でまずはエリックは自分の傷を確かめる。

 自分がこのまま戦えるのかを確認する必要がある。

 黒い雷に打たれ、防具がいくつか炭化してしまっているが、なんとか防具だけで済んでいるようだ。

 だが、全身にはくまなく強い痛み残っている。

 しばらくはまともに動けそうにない。

 エリックが自分の体の具合を調べているうちに赤芋大将はエンラキエラの自爆を物ともせず、蔓や根で持つ武器で滅多打ちにしていく。




 スティフィは妖刀を構え、黒い獣と対峙する。

 先に動いたのは黒い獣、グレッサーだ。

 グレッサーは背中に生える触手を使い、鞭のようにスティフィを打とうとする。

 鞭と違うとすれば、それは風切り音すらならない本当の無音で、この闇の中で同化した黒色の触手は視認すらできないものだった。

 的確にスティフィを捉えた一撃で触手故に事前動作すらない一撃だったが、それをスティフィは妖刀、血水黒蛇で打ち払う。

 スティフィは触手を切り落とすつもりでいたが、そこまでは至らない。

 しなやかな触手であるだけでなく想像以上に硬い。

 まるで鋼鉄の鎖が意思をもって動いているような物だった。

 それに触手での一撃が想像以上に重かった。

 危うく血水黒蛇を弾き飛ばされそうになるほどだった。

「クソッ」

 動かない左手を今ほど恨んだことはない。

 両手でこの妖刀を握れたら力負けもしなかっただろうにと。

 何度もあの触手による打撃を受けることは今のスティフィには不可能だ、スティフィはそう判断した。

 いや、そんなことはない。

 スティフィが手に持つのは血を吸う妖刀だ。

 うっすらとだが真っ黒い血が、すでに血水黒蛇の刃についている。

 触手の一撃を払った時、かすり傷程度ではあろうが触手を傷つけれたのだ。

 その黒い血を血水黒蛇が啜る。

 そのとたん、スティフィに力が流れ込んでくる。

 その力は自分が、なんで弱気になっていたと不思議に思わせるほどの万能感をスティフィに与える。

 スティフィもサリー教授が言っていた意味を理解する。

 この妖刀が今まで以上に自分に力を与えてくれる。

 スティフィの体に刻まれていた数々の魔術は様々な術を発動するとともに、それは外部からの魔術的影響からスティフィを遮る鎧でもあったのだ。

 その鎧はすべての魔術の効果からスティフィを遠ざけていた。

 良い効果からも悪い効果からもだ。

 それがなくなった今、妖刀が授ける力すべてをスティフィは直に受け取ることができる。

 力が溢れ出したスティフィは一気に距離を詰める。

 まさにひとっ飛びだ。

 以前のスティフィなら特殊な足運びで地を這うように距離を詰めていたが、今の妖刀から力を得たスティフィは一歩でその距離を詰めれる。

 そして、勢いに任せて刀で薙ぐ。

 グレッサーはその斬撃を慌てることなく後方へ飛び間合いの外へと出ていく。

 スティフィは少し力に振り回されていることに気づき、追撃をやめ冷静になる。

 精度を欠いた力任せの攻撃過ぎた。あんな攻撃で追撃をかけても、グレッサー相手に当たるとも思えない。

 あまりものに力に自身がついていけていない。

 その間に、グレッサーは再び闇の中へと消えるように姿を消す。

 だが、グレッサーの血を少量ながらも啜った血水黒蛇は獲物を逃しはしない。

 闇の中から打ち出された触手の一撃をスティフィは獲物が向こうからやってきたとばかりに叩き切る。

 目には見えないが、耳にも聞こえないが、スティフィには黒色の触手の動きを感じることができた。

 それに対応することもスティフィの技量なら容易い。

 首を切られた蛇のように切断された触手は地面でのたうち回る。

 触手を切られたことでグレッサーは驚いて闇の中から再び姿を現す。

 更に血を吸いスティフィは自分に力があふれていくのを感じる。

 だが、グレッサーもその切られた触手をペロリと自分の舌で舐めた。

 そうすると触手から流れ出ていた血が止まり、触手の傷が急激にふさがっていく。

 特異な再生能力もこの外道種は持っているようだ。

 再びスティフィとグレッサーは睨み合う。

 スティフィから弱気が消え、あふれんばかりの力を滾らせる。

 グレッサーはそんな獲物を冷静に見極める。







 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 フーベルト教授の使った技術はテルミット反応です。

 本当に危険な技術だから試しちゃダメだよ。


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