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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その7

 町に警鐘が鳴り響く少し前、ミアは赤芋が運び込まれている、大きな民家の庭にたどり着いていた。

 大量の赤芋を前にミアは古老樹の杖を強く握り、その時を待っていた。

 気が付くとミアの左手にはめている秘匿の神がくれた黄金の腕輪にはめられた宝石が赤く光っている。

 ミアもそれを見て、ああ、この腕輪は本当に危険が迫ると教えてくれるのだと気づく。

 滅んだ村では一切反応しなかったので、反応する条件はなにかあるのかもしれない。

 ミアがそんなことを考えていると、日が落ち、辺りから光が失われ始めたころ、鐘を打ち鳴らす音が二基の塔から聞こえてくる。

 その音を聞いたミアは古老樹の杖を天にかざして祈る。

 古老樹の杖はミアの祈りに呼応して光り輝く。

 この町を流れる地脈から力を得て、それらが山積みされている赤芋に流れ込んでいく。

 赤芋達はすぐに巨大化しはじめ、栄養を得るための根ではなく、動き回るために根や蔦を生やし、ミアの周りに次々に整列していく。

 その光景を見ていた町民達は驚きと敬意、頼もしさと恐怖を、それらの感情を同時にミアに対して覚える。

 そんなことは気にも留めないミアは、巨大化した赤芋達に命じる。

「七割くらいはこの北側に残り襲い来る脅威を排除してください! 残り三割はこの町の中央広場にあるサリー教授の元へ行ってその指揮下に入って、その命令に従ってください、お願いします!」

 ミアがそう赤芋達にお願いすると、赤芋達は一斉に動き出す。

 その総数はかなりの数で数百、もしかしたら数千もの赤芋軍団が一斉に行動を開始した。

 赤芋の一体がどこからともなく豪華な椅子をミアの元へと運んできて、それに座れとばかりにミアの後ろに置く。

「え? なんですかこの椅子は? どこから持ってきたんですか?」

 とミアが赤芋達に問う。

 そうすると、荷物持ち君がミアに椅子に座れとばかりに腕を使い指し示す。

「座れということですか?」

 ミアが聞くと荷物持ち君が頷く。

 ミアがその椅子に恐る恐る座ると、周囲に赤芋達が群がってきて、その椅子ごとミアを神輿のように担ぎ上げる。

 そして、大量の赤芋軍団と共にミアの座った椅子を持ったまま進軍し始める。

「え? なに? これは何が起きているんですか? なんで私、担がれているんですか!?」

 ミアの疑問に答える者はいない。

 赤芋軍団も荷物持ち君も喋ることはできないのだから。


 芋の塔、その頂上にいる赤芋が自らの蔦と根を絡ませて作った弓に矢を構える。

 自前の根と蔦で作った弓を限界まで引き絞る。

 さらに矢に地脈から流れた気を大量に、何より凝縮させて篭らせる。

 そして、それを闇の中で蠢く者達へ、北の森より押し寄せてくる外道種達に向かい放つ。

 圧倒的な力で放たれた矢は超加速し、音を置き去りにして、あまりにも速度により赤く熱せられ発熱し発光しながら、半ば燃えながら、それは衝撃波を伴って外道種に群れの中へと飛んでいく。

 そして、それは大地に突き刺さる。

 大地に突き刺さるまでに、数体の外道種を完膚なきまでに破壊し尽くし、残っている力をすべてその場へと開放する。

 結果、辺りの大地を吹き飛ばし、大量の土砂をまき散らし、さらに一瞬遅れてきた衝撃波が、爆音とともにその場のすべてを薙ぎ払って行く。

 そのたった一撃で外道種達は、その歩みを止めてしまう。

 いや、あまりにも威力に何が起こったのか、外道種達ですら理解できなかったのだ。

 そんなえげつない威力の矢が二基の塔から次々に放たれる。

 正確無比で無慈悲な、尋常でない威力の矢は的確に外道種達の歩みを止め、外道種達自身も木っ端微塵に吹き飛ばしていった。

 その光景は日の落ちた今、町民達から確認することはできない。

 ただ二基の塔から光の矢が放たれ、轟音と地響きを定期的に鳴り響かせていた。

 町民達は今何が起きているのか、理解することもできなかった。


 北から襲い来る脅威を排除するための赤芋軍団はミアを担ぎ進軍する。

 周囲にある武器やら何やらを勝手に押収し装備して進軍する。

 大量の赤芋達が外道種の群れ目指して、ミアを担いだまま突撃を開始したのだ。

 それを止めることのできる存在は誰もいない。

 いつの間にかに赤芋達はラッパまで押収し、それを景気づけにと吹き鳴らす。

 赤芋にラッパを吹くための口も、息を吹くための肺もあるわけはないのだが、ラッパの音は景気よく鳴る。

 しかも、ただ鳴るだけではない。突撃を意味する曲を器用にも吹き鳴らしている。

 実際のところ、それは赤芋が吐き出す息で吹かれているわけではない。

 地脈の力、魔力の流れで音を吹き鳴らしているのだ。

 それは一種の超高度な魔術であり、ラッパの音自体が、吹き鳴らされた曲自体が、結界であり、攻撃であり、祝福であった。

 それに合わせて武装した大量の赤芋達が村を取り囲む塀を内側から打ち破り、町の外へと流れ出る。

「なに? 何が起きているんですか? さっきから聞こえてくる轟音はなに? このラッパの音はどこから? なんで私は担がれているんですか!?」

 ミアは何もわからずにこの戦場で最も安全な場所、凶悪な戦闘能力を持つ赤芋軍団のまっただ中にいる。


 赤芋軍団の戦闘力は異常だった。

 その上、ミアが制限なく祈ったため、大量の赤芋が巨大化して驚異の排除に動いている。

 二足歩行の鹿の姿をしたグアーランが大きな斧を蹄の手で器用に持ち、唸り声を上げて赤芋軍団に立ち向かうが雪崩れ込む赤芋に飲み込まれ、そのまま畑の肥料となった。

 さすがに事前に確認して戦力と現状がかけ離れていることに気づいた外道種達も即座に行動に移る。

 赤芋軍団に対抗するため、外道種達も集まり、陣形を築こうとしたのだ。

 そこへ超高速で飛来する矢がすべてを吹き飛ばす。

 外道種達に集団戦をさせるつもりは赤芋達にはない。

 赤芋軍団が外道種の群れ相手にここまで圧倒的なのは虚をついたからで、いきなり打って出たのは外道種達が組織的襲撃に出る前にできる限り戦力を削っておきたかったからだ。

 まさに外道種達は出鼻を挫かれたというわけだ。

 そのまま勢いに任せ赤芋軍団は外道種達を蹂躙していく。




 サリー教授に襲撃が近いことを知らせた後、エリックは北側へ戻って来ている時に芋の塔から打ち鳴らされる鐘の音を聞いた。

 エリックは急いで北側へ向かう。

 そこで見たものは大量に保管されていた赤芋すべてが巨大化して、町の塀の一部を破壊し突撃していく姿だった。

「え? なに? 何が起きているんだよ、これは!?」

 エリックも訳が分からずに叫ぶ。

「エ、エリックさん、お連れの巫女様が赤芋達に担がれて連れていかれましたが、良かったんですか?」

 町の住人にそう言われ、エリックですら理解することを拒んだ。

「はぁ? えぇ…… いいわけないだろ! どうなってんだよ、何が起きてんだよ! とにかく少しでも戦える者は塀の近くに行って外道種達の侵入を防ぐぞ!」

 だが、エリックはすぐに思考を切り替える。

 今は町を守ることだけに集中すればいい。

 ミアには荷物持ち君や精霊もついているだ。

 心配するようなことは何もないはずだ、とエリックは自分に言い聞かせる。

 町の外に行ってしまったミアを追いかけるのはいくらなんでも危険すぎる。

「わ、分かりました! あ、あとこの定期的に聞こえてくる爆音と振動はなんなんですか?」

 町民の言う通り、爆音と振動が定期的に、それも短い期間で聞こえてくる。

 外道種の攻撃かと思ったが、芋の塔から一筋の閃光が放たれ、その直後に爆音と振動が伝わって来ている。

 それでエリックにもそれが芋の塔からの攻撃なのだと理解できた。

「分かるわけな…… これは芋の塔からの攻撃か? と、とりあえずはこちらに被害は出てないんだよな?」

 エリックは町民に確認すると、

「恐らく今のところ聞いている被害は、赤芋達に壊された塀くらいのはずです」

 と、うろたえながらも答える。

「俺はその壊された塀のところに行くから、他の塀を乗り越えて来た外道種達の対処を頼んだぞ。必ず複数で囲んで叩け、一人で対処しようと思うな!」

 エリックはともかく急いで壊された塀の場所へと向かいたかった。

 そこに答えがあるわけではないが、とりあえず今はそこへ行かなければならない、そんな気がしていた。

「は、はい! わかりました」

 町民たちは震えながらも、エリックに言われたことを実践しようと動き出す。

「本当に何が起きてんだよ! 誰か説明してくれよ」

 エリックはぼやきながら壊された塀のところまで行く。


 かなりの幅を塀は内側から破壊されている。

 エリック一人でどうにかできる話ではない。

 それでもとりあえず、エリックはその中央に立ち、竜鱗の剣を鞘から抜き、盾を構える。

 そして、あたりを警戒する。

 明かりは塀の上に設置した松明だけで、光源としては不足だ。

 もう日が落ちていて、辺りは闇に包まれていると言っていい。

 そんな闇の中から、小さな何かが、トテトテとかわいらしい足音を鳴らして現れる。

 それは場違いに思えるかもしれないが、王冠を被った熊のぬいぐるみだった。

 この場に似つかわしくないかわいらしい容姿なのだが、エリックはその存在から強い嫌悪感を抱く。

「こいつがピッカブー…… か? 本当にぬいぐるみじゃないかよ」

 熊のぬいぐるみにしか見えないピッカブーは手に持つ玩具のような杖をエリックに向けて振るう。

 暗闇の中で可視性は悪いが、黒い火の玉のような物がエリックに向かい放たれる。

 エリックは盾で受けるか、剣で撃ち落とすか、判断を迫られそのどちらでもない、飛んで避けることを選択する。

 放物線を描いて飛来する黒い火の玉はエリックが飛んで避けたことで地面にぶつかり黒い爆炎を周囲にまき散らす。

 エリックの持つ丸い小盾で防いだり、竜鱗の剣でうち払いでもしていたら、その後まき散らされる爆炎に巻き込まれていたかもしれない。

「魔術? こいつ魔術使うのかよ! あっ、外道種の使う術は魔術って言わないんだけか? まあ、今はそんなことはどうでもいいよな!」

 エリックはそんな愚痴を吐き捨てながら、ピッカブーの元へと走り寄る。

 そうすると、かわいらしい熊のぬいぐるみの顔が十字に裂ける。

 それは大きな四枚の花びらから構成されるような花にも見えるが、それがピッカブーの口だ。

 鋭く涎が滴る牙を何本も生やし、そこから垂れ下がる舌は二本あり獲物を探すように空中を獲物を探して漂う。

「バケモンかよ!」

 と、エリックはそれを掛け声にして竜鱗の剣を振り下ろす。

 ピッカブーはその刃を舌を使い受け止めようとするが、竜鱗の剣の一撃を防げるわけもない。

 そのまま二本あるうちの舌の片方を断ち切る。

 ンギャー、ンギャーとピッカブーは赤子が泣くような声声を上げる。

 その声は本当に赤子が母を求めて泣く声のように聞こえ、エリックも不快感をあらわにする。

「本当に嫌な外道種だな」

 赤子の鳴き声のような声を聴いたエリックは顔を顰めて再度剣を構える。




 スティフィは東門の前に一人佇んでいた。

 妖刀、血水黒蛇は既に抜いている。

 目を凝らし、耳を研ぎ澄まさせて辺りを探る。

 遠くから爆音や振動が聞こえてくるが、それらに惑わされない。

 この付近だけの周囲の変化に集中する。

 違和感はなにもない。

 今は静かな田舎の町の寂れた門だ。

 それに違いないはずだ。

 なのにスティフィは周囲の空気が明らかに変わったのを感じる。

 長年、潜入任務をしてきたスティフィだから、感じ取れるだけの空気の変化。

 潜入がばれた時の独特の空気感にも似ている。

 予兆も何もなくスティフィはさっと後ろに飛んだ。

 風切り音すらなく、スティフィが直前までいた場所を何かが打ち据える。

 鞭のような何かだ。

 依然として姿も音も、周囲の気配も何も変化を感じることすらできない。

 だが、グレッサーの初撃をスティフィが回避できたことだけは確かだ。




 サリー教授は頭を抱えていた。

 赤芋軍団の数はサリー教授が想像していた数倍多くその戦闘力も高かった。

 物見櫓からの狙撃、いや、もはや砲撃と言ってよい攻撃も想像以上のものだ。それらのことは朗報でしかない。

 一番懸念していた赤芋軍団がミア以外の命令を聞かないこともなく、サリー教授の指示にしっかり従ってくれる。

 だが、北で防衛に当たっているはずのミアが赤芋軍団に抱えられて戦場に出て行ったという報告は、さすがのサリー教授の予想外だ。

 それでもサリー教授はこの場を動くわけにはいかない。

 まず自分の指揮下に入った赤芋軍団を二つに分け、片方はフーベルト教授のもとへ、もう半分を東側の侵入されそうな位置に配置する。

 さらにスティフィが危機的状況になったら独自の判断で乱入し、スティフィを助けるように赤芋達に言い聞かせる。

 それを赤芋軍団達は理解できる知性を持っていた。

 困っていることは赤芋軍団に連れまわされているミアだ。

 ミアに何かあれば、赤芋軍団もどうなるかわからない。

 最悪ただの赤芋へと戻ってしまうこともある。

 その場合は、いうまでもなくこの戦いは負けだ。

 さらにミアに状況を伝える手段が、サリー教授側からなくなってしまったことも問題だ。

 それらもあるのだが、一番問題なのは、赤芋軍団が、古老樹モドキともいえる存在がそんな手段に出たことだ。

 だが、サリー教授とて分かっている。

 なぜ赤芋軍団がミアを連れて行ったのかを。

 ミアのいた場所も安全ではなかった、そういうことだ。

 つまり外道種達は間違いなく村の内部まで入り込んでくると、荷物持ち君や赤芋軍団がそう判断してミアを連れて打って出たということだ。

 それはサリー教授の想定していなかったことで、恐らく想像以上に外道種達の戦力が高かったのかもしれない。

 相手の規模を見誤っていたことにサリー教授は頭を抱えているのだ。

 そうなってくると、北以外の、スティフィの防衛している東側やフーベルト教授が担当している西と南も問題があるかもしれない。

 サリー教授は頭を抱えながらも、即座に敵の戦力を計算する。

 自分が想定して安全と判断しミアを配置した場所にまで攻め入られる想定の戦力、そこから予測し再度計算して作戦を組み上げていく。

 それでも恐らくフーベルト教授の担当する地域は安全のはずだ。

 問題なのは主力の北側と遊撃部隊がくる東側だ。

 北側は恐らく自分の指示は、赤芋軍団には届かない。

 ミアに伝えればいいのだが、赤芋軍団に担がれ戦場へと出てしまった以上、そのミアに伝えることができない。

 もう北側は赤芋軍団と荷物持ち君に任せるしかない。

 だが、報告ではすべての赤芋軍団が打って出てしまったという話だ。

 町民達だけで外道種の侵入を防げるはずもない。

 ミアは安全だろうが、町の被害は覚悟しなければならない。

 それでも、赤芋軍団達は北側からくる脅威を結果的にはすべて排除してくれるはずだ。

 そうでなくては困る。

 問題は東側だ。

 外道種の遊撃部隊など、どんな混成部隊なのか想像もつかない。

「アランさん…… 想像以上に険しい戦いになりそうです……」

 一通りの試算を終え、サリー教授は今自分にできることをし始める。

 その第一手がアラン自身を東へ援軍として派遣することだ。

「そうなのですか? 来ている情報では赤芋達が外道種を蹂躙していると?」

「それは…… 恐らく苦肉の策です…… 北側は塔を、物見櫓を死守してください。あれが我々の防衛の要です……」

 恐らくミアの命令の仕方が町の防衛でなく脅威の排除だったのだろう。

 だから、赤芋軍団達はミアを抱え込んだまま、打って出たのだ。

 ただ芋の塔は物見櫓としての機能、要は町の防衛施設として機能している。

 それはミアが物見櫓を望んだからだ。

 あの芋の塔の性能は常軌を逸している。

 あの塔があれば外道種も個々としてはともかく、組織的に町を攻めることはできない。

 芋の塔こそが防衛の要なのだ。

「わかりました」

 と、アランは返事をし、騎士隊の部下たちに命令を出そうとしているのを、サリー教授が止める。

「それと…… アラン隊長には個人的に東側に援軍に行ってもらっても…… 良いですが? 大変危険な戦場です……」

 アランはここにいる騎士隊としては隊長をしているだけあり、頭一つ抜けている戦士だ。

 だが、それでもスティフィの援軍にはなりえない。

「俺がですか? 危険なのはかまいませんが?」

 それでもアランに頼むしかない。

 赤芋軍団は優秀な戦力だが、融通が聞かない。

 簡単な命令しか聞いてくれない。

 細かい命令となると理解できなかったとして基本的に無視される。

 サリー教授はそのことを既に理解している。

 ただ強力な戦力ではあるので、この町の防衛だけを命令し、あとは赤芋軍団に任せてしまうのが一番効率的なのだ。

 そうなるとサリー教授の負担が大きい。

 外道種の動きに加え、赤芋軍団の動きも予想して動かないとならない。

 特に東側は非常に絶妙なさじ加減で、グレッサーという外道種をおびき出し、できればその場で仕留めておきたい。

 そのためにはアランの勘にでも頼るしかない。

「仮に…… 偶然でもグレッサーに気づけた…… あなたにしか頼れません」

 一番厄介なのはグレッサーの居場所がわからないことだ。

 居場所さえ特定できれば、あとはスティフィの実力ならどうにかしてくれるはずだ。

「わかりました。東側へ向かいます。残りの騎士隊は櫓の防衛でいいんですよね?」

「はい……」

 アランはサリー教授の返事を待ち、サリー教授は少しの間をもって答えた。

 アランはニヤリと笑い、この場にいる中で一番自分が頼りにしている騎士隊員の名を呼ぶ。

「聞いたか? ウィル。お前に北側の現場指揮を任すぞ。俺は東門へと向かう」

 そう言ってアランは自分の剣を取り、天幕を走って出ていく。

「は、はい! あの櫓を最優先で防衛ですよね、わかりました!」

 それに続くようにウィルという名の騎士隊員が続く。

「師匠! 町の北側で多数外道種の存在が確認されたと報告が来てます!」

 そこへ伝令から話を聞いたジュリーが悲鳴のように声を上げる。

 意図して声を大きくしているつもりはジュリーにはないが、外道種という化け物の存在がジュリーに声を荒げさせるのだ。

「はい…… ウィルさん、急いでください」

 天幕を出ていこうとするウィルにサリー教授が声をかける。

「伝令達も塔を最優先で守ることを広めるように伝えてくれ!」

 既に天幕を出て行ったアランが外から大声で追加の指示を飛ばすのが聞こえてくる。

「わ、わかりました!」

 ウィルが返事をして今度こそ天幕から出ていく。

「そ、それと赤芋達が外に出て行った場所でエリックさんと熊のぬいぐるみが戦闘中とのことです! 今しがた追加で届いた情報です」

 さらに追加で届いた情報をジュリーはサリー教授に伝える。

「ピッカブーですか…… エリックさんは戦の才能があります…… この状況では彼には自由に動いてもらったほうがいいです…… そのように伝令を」

 実はピッカブーという外道種の目撃例は少なくはない。

 だが、どういうわけかピッカブーの情報はあいまいなものが多く要領を得ない。

 いつまでたってもピッカブーに対する情報は、熊のぬいぐるみのような外道種ということ止まりなのだ。

 そこを不安に思いつつも、今は手ごまが足りない。

 エリックには現場の判断で動いてもらったほうがいい。

 一人の兵士としての才能もあるが、それ以上に戦での大局を見る目を持っている。

 ミアと連絡が取れなくなった今、エリックには現場で独自の判断で動いてもらいたい。

「はい。続いて西南にかけて外道種の存在は確認できたが襲ってくる様子はないそうです! ええっと、外道種の存在はフーベルト教授が魔術で確認したそうです!」

 次々と町のいたるところから届く情報をジュリーは受理し整理して、サリー教授に伝える。

「西から南にかけては…… ある程度の戦力を置いておけば…… 終始そのようなはずです…… いえ、フーベルトに…… 少しだけ赤芋軍団を北側の防衛へ回すように伝令を……」

 サリー教授の予想ではそのはずだ。

 西から南にかけては人間を逃さないための外道種でそれほど戦力を確保していないはずだ。

 さらに赤芋軍団の能力が想像以上だった今、多少北側の防衛に回しても問題ないはずだ。

 それでかなりの被害を抑えられるはずだ。

「わかりました。伝令さん、戻ってきたこところで申し訳ないですが……」

 ジュリーはサリー教授の言葉を聞いて、今しがた走ってきて息を切らしている若者に頭を下げてお願いする。

「はぁはぁ、わ、分かった。赤芋軍団を少しだけ北に回すようにだな? いくらでも走ってやるさ。この町のためだからな」

 若者もすぐに息を整えて、今しがた走って来た道を引き返していく。

 その姿を見てジュリーは頼もしく思う。そして、東側だけ情報がまったく届いていないことを少し不思議に思う。

 だが、それを考える間もなく別の報告が届き、そんなことを考えている余裕がなくなっていく。




 スティフィは妖刀を闇へと向かい構える。

 何もない闇だが、この先に何かがいる。

 少しの間をおいて、闇がまるで実体かでもしたかのように、一匹の大きな獣が姿を現す。

 黒豹、もしくは狼、その中間くらいか、姿形としては。

 色はいうまでもなく黒一色だ。

 短刀のように口から飛び出している牙まで黒く、なんなら鋭く爪も黒曜石のように黒い。

 だが、それ以上に黒豹や狼との違いは、その大きさが二回り以上も大きい。

 そして、赤黒い瞳だけが宝石のように闇の毛並みの中にはめられている。

 さらにその背中から、太い触手が二本生えていて、音もなく空中を漂っている。

 先ほどの攻撃はこの触手によるものだ。

 スティフィはグレッサー以外の外道種がいるかどうか、それを探ろうとしてすぐにやめた。

 この獣を前にして、他のことを気にしている余裕がない。

 目の前にいるのは間違いなく自分より数段上の強者だと、だからこそグレッサーも自ら姿を現したのだ。

 そのことをスティフィは身をもって感じていた。

 グレッサーの位置は確認した。

 あとは赤芋軍団の到着を待つだけだ。

 それだけでいいはずだ。

 スティフィはそう思いながらも、額を冷や汗が垂れていくのを感じた。

 




 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 ジュリーは情報を受理する。

 ジュリーだけに。

 ジュリーだけに……






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