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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その6

 ミアがこの町の地図につけられた丸印の場所に行くと既に櫓というよりは土と根、それと茎でできた塔とでもいうべき物が建っていた。

 そのほとんどが土で作られただけの塔なのだが、塔の頂上に赤芋が鎮座しそこから根を下ろし、茎を外壁に沿って絡ませて塔自体を補強している。

 根が塔内部にも複雑に絡み合い、茎が塔を締め上げることで強固な塔になっている。

 そもそも、土自体もこの町を囲う塀と同じく人知を超えた魔術で強化されたもので、塔の強度は計り知れない。

 また地上部分は簡易的な倉庫も作られていて、小さな武器庫としても使えそうだ。

 さらに塔の天辺にいる赤芋は自身から生えている茎と根を編み合わせて弓のような物を形成し携えている。

 すでにその倉庫に試験的に運び込まれた矢を根で受け取り、塔の上まで自前で運び、茎と根の弓に矢をつがえていたりもする。

 自ら砲台のような役割もこなしているようだ。

 さらにさらに塔の上には、外道種の接近をしらせる鐘までもが、巨大化した赤芋により設置させられている。

 これにより外道種の接近を周囲に知らせることも可能だ。

 ミア達の要望を叶えた結果、この様な物が即座に出来上がったのだ。

「なんかすごいものが出来上がってますね」

 ミアは土の塔を見上げそう言った。

 傍目から見れば、いびつな塔ではあるが、魔術師の目から見れば、それはすさまじい塔だ。

 さすがは古老樹の眷属だけあって地脈の力を吸い上げ、それを魔術の触媒とし、塔の強度を上げている。

 魔術を扱う者からすると圧倒的な存在感として、その塔はそびえ立っている。

「え? あの赤芋自身があそこから弓を放つっていうの?」

 スティフィも信じられないというような顔をしている。

 ただ今のスティフィには、この塔の凄さまでは完全に理解できていない。

 未だに魔力の感覚を鈍らせる薬を飲んでいて、塔に篭る魔力をあまり感じられていない。

 その圧倒的なまでの存在感もスティフィには感じられていない。

「おい、なんだこの、なんだ?」

 ミアとスティフィを探しに来たエリックが塔を見て判断に困る。

 塔を見上げて、天辺に鎮座している赤芋を見て何とも言えない顔をする。

「エリックさん、ここ、武器庫として使ってください」

 そんなエリックに対して、塔の根元に作られている倉庫を指さしてそう言った。

 場所的にはありがたく、弓矢や武器の補充に適した位置に、この塔は建てられている。

 フーベルト教授がそこまで考えてこの位置を指定したのかまでは、ミアにはわからない。

「お? おう、それは助かるんだけどよ」

 エリックはそう言われて、塔の一階にある部屋を覗き込む。

 そこそこ広く、すでに矢などが少しだけ置かれている。

 また内部の天井には人一人が悠々と通れる程の穴が開いていて、根を伝って塔の上まで登ることができそうだ。

 ちょうど張り巡らされた根が梯子の役割までしている。

 さらに塔の頂上まで登らなくとも、途中にいくつか弓矢を射るための場所と窓まで整備されている。

 見た目はあれだが櫓としての機能は申し分ない。

「物見櫓的ななにかですよ」

 ミアが少し自慢げにそういうとエリックも頷く。

 普段狩人などしていて弓矢の扱いが巧みな町民などは、この塔に登らせて高所から弓を射ってもらったほうがいいかもしれない。

「赤芋に頼んだら、これが出来たわ」

 スティフィは若干あきれながらそう言った。

「そうか。わかった! おーい、さっき運んでもらった武器をここへ持ってきてくれ! 向こうの芋の塔にも…… 向こうの塔も同じでいいんだよな?」

 エリックとしても機能面を見れば頼もしいと思うばかりだ。

 町民達に声をかけ、さらにもう一つの塔のこともミアに確認もする。

「はい! 同じものが建っているそうです!」

 ミアも元気に返事を返す。

「芋の塔…… まあ、そうなんだけど…… 残りの一体? 一個? は?」

 エリックがこの塔のことを芋の塔と呼んだのに対して、そのままなのだけれども受け入れがたいものがスティフィにはある。

 まあ、それはどうでもいいことだが。

 塔は二基なので、その両方の天辺に巨大化した赤芋が乗っている。

 とりあえずで巨大化させた赤芋は三個なので、もう一個どこかにいるはずなのだ。

「前線で待機しています! ほら、あそこに!」

 ミアは芋の塔から生える茎を掴んで少しだけ塔の外壁を登り、土の塀の向こうを見て、町の外の畑の真ん中に鎮座している巨大な赤芋を指さした。

 その赤芋はその場にいるだけでなく、剣や斧、槍どころか盾までも器用に根や蔓で絡め持ち構えている。

 人間とは違い赤芋から生えてくる根や蔓は無数にあるので、無数の武具を構えている赤芋は、やはり異様な姿だ。

 赤芋自体が外道種と言われてもその姿から信じられるほどだ。

「蔓? 根っこ? で、武器まで持って…… やる気満々ね」

 魔力は感じられなくとも芋から放つ殺気をスティフィは感じ取る。

 スティフィも蔓に手をかけて塔の外壁を同じように少しだけ上り、塀の向こう側の様子を見る。

 芋が殺気を放つのはおかしなことだが、古老樹の眷属が殺気立っていると考えれば理解できる話だし、殺気を放っているということは赤芋の知覚では外道種をすでに察知しているのかもしれない。

 北側の森にすでに外道種達が身を潜めていてもおかしくはない。

 自分に仕込まれた魔術が生きていたならば、それにだって気づけたかもしれないのに、とスティフィは表情には出せないが悔しがる。

 ただサリー教授の見込み通りで、襲撃が近いのは事実かもしれない。

 実際、ここまでの準備で日も暮れかかって来ている。もうすぐ日が暮れる。

 日が暮れたら北側の森から攻めてくる外道種の様子がスティフィには簡単に予想できてしまう。

「ああ、それとミアちゃんよ」

「はい」

「残りの赤芋は丁度、この芋の塔と芋の塔の中心辺りに中央の広場から移動させてあるから、ミアちゃんはそのあたりで待機だってよ。フーベルト教授からの伝言な」

 エリックはフーベルト教授からの伝言を、そもそもここにミア達を探しに来た伝言を伝える。

「わかりました!」

 ミアは元気に返事をし、それを見たエリックも満足そうに頷く。

「で、赤芋軍団の振り分けだけど、北側の防衛に七、残りの半分をフーベルト教授の指揮下に、残りをサリー教授の指揮下に入るようにしてくれってさ」

「わ、わかりました。七割をこちらの防衛に、残りをフーベルト教授とサリー教授で半分ずつですね。そうお願いしてみます!」

「よろしくな。あっ、あと、スティフィちゃん」

 更にもう一つ言伝を思い出したエリックはスティフィに向かい声をかける。

「なによ」

 そんなエリックに対して、スティフィはぞんざいに返事をする。

「サリー教授が呼んでたぞ」

 と、エリックが言うと、スティフィは血相を変える。

 すぐにでも向かわなければならない。

「先にそれを言いなさいよ、ミア、行ってくるわ。ミアは前線に出ちゃダメだからね? エリックも戦いになってミアが前線に出たら留めなさいよ?」

 一応エリックに注意を促しておく。

 エリックのことは信頼はしてないが、多少なりとも効果があるかもしれない。

「おう、分っているぜ! 赤芋軍団はミアちゃんあってのことだもんな!」

 返事をしたエリックはこの町の騎士隊と共に前線で戦う予定だ。

 ミアが前線に出ようとしたら、さすがにわかるはずだし止めてくれるはずだ。

 何より赤芋軍団がこの防衛戦の鍵でもある。

 その赤芋軍団の元締めがミアなのだから、無事でいてもらわなければ困るのだ。

「そうよ。で、サリー教授はどこにいるの? 広場の天幕でいいのよね?」

 中央広場に恐らくはいるとスティフィは目星をつけてはいるが、念のためサリー教授の居場所をエリックに確認する。

「おう! そこから全体の指揮するんだってさ」

 エリックはスティフィに返事をする。

「じゃあ、行ってくるわ」

 そう言ってスティフィは足早に町の中央広場にある天幕へと向かう。

「行ってらっしゃい、スティフィ、気をつけて」

 そんなスティフィに向かい、ミアは手を振って無事を祈る。

「ミアの方こそ、気を着けなさいよ」

 スティフィも振り返り、ミアに手を振り返す。




「サリー教授、お呼びになっていると聞いて……」

 そういって、気配をうかがいながらスティフィは天幕の中に入る。

 天幕の中には数人いた。

 フーベルト教授、サリー教授、ジュリー、この町の騎士隊長のアラン、それと数人のまだ若い町民がいる。

 フーベルト教授が表立って会議の議長を務め、それにサリー教授が訂正や意見を出し、アランが周辺の情報を出して会議が進んでいっている。

 ジュリーはそれを真剣に聞いているが、半分も理解できていない顔をしている。

 その他の町民達はおそらく伝令役だ。町民達は戦い慣れしてないせいか、皆、険しい顔をしている。

 サリー教授がスティフィに気づくと、そこで会議はいったん止まる。

 フーベルト教授は休憩とばかりに水を飲み、アランは額の脂汗をぬぐいため息をつく。

 アランの表情からはこの町の状況がよくないことが分かり、フーベルト教授の表情からは何も読み取れない。

 そんな二人を気にする様子もなくサリー教授はスティフィを手招きする。

「探していました…… スティフィさん、あなたにはここを…… 防衛して欲しいの…… ですが……」

 天幕の中央のいくつかの卓をつなげて大きくした卓の上にある町の地図の一か所をサリー教授は指さす。

 その場所は町の東側の門だ。

 西から続く街道がこの町で終わっているので、街道とつながっている西門と比べ、かなり小さい門となっている。

「東側…… ですか?」

 なぜ東側なのかスティフィには理解できなかったが、サリー教授がいうからにはスティフィには従うしかない。

「恐らく…… ですが、グレッサーを中心とした外道種の遊撃部隊が…… そちらから…… 来ます…… ので、その対応を…… お願いします……」

 サリー教授は少し迷いながらそれをスティフィに伝える。

 適任者はスティフィかサリー教授自身なのだが、サリー教授はこの町全体の指揮をとらなければならない。

 そうなるとスティフィしか適任者がいないのだ。

 だが、サリー教授はスティフィを偵察に行かせて、一度スティフィを死なせるところだったのだ。

 その経験がどうしても頭をよぎる。

 だが、現状ではスティフィしか人材がいないのも事実だ。

 防衛だけを考えるなら、ミアを配置してもよかったのだが、そうすると荷物持ち君や赤芋軍団もそちらに移動してしまう。

 それは過剰戦力だし、主戦場はやはり北側なのだ。

 ミアは北側にいてもらわなければならない。

「はい、わかりました」

 死にかけたことなど気にも留めないようにスティフィはその命令を承諾する。

 相手がグレッサーという外道種ともなると、スティフィも自分が無事でいられるとは思っていない。

「赤芋も何体か…… つける予定ですが…… 最初はスティフィさんだけで、お願いします…… 警戒されない…… ために」

 その説明でスティフィも大体の役目を理解する。

 自分は餌であり門番なのだと。

 血水黒蛇という名の妖刀に宿っている魔力は、外道種達にもよい目印にもなることだろう。

 その妖刀を持ったスティフィなら弱すぎず強すぎずで、相手に不信感を与えない程度の戦力に相手からも思えるはずだ。

 逆に荷物持ち君や大量の赤芋軍団を配備させてしまうと、東門からの侵入は無理と相手にそう思わせてしまうかもしれない。

 そういう意味ではスティフィはちょうどよい戦力なのだ。

「グレッサーですか…… 今の私に止められるでしょうか?」

 ただグレッサーという外道種は非常に厄介な相手だ。

 体に仕込んだ数々の魔術を失った今のスティフィには手の余るようにも思える。

 そもそも闇に潜んだ漆黒の獣であるグレッサーを魔術なしに発見できる気がしない。

 今のスティフィは夜目も利かない。

「あの外道種を止められるとしたら、この町にいるのは、私か…… あなただけです……」

 ただサリー教授はスティフィの兵士としての、いや、戦士としての技量をちゃんと評価している。

 幼い頃より厳しい戦闘訓練を乗り越え、実戦経験も豊富なスティフィであれば問題はないはずだと。

 それにこれは良い機会だ。

 邪道とも言うべき魔術に頼りきりだったスティフィが、今一度、一人の戦士として立ち直る機会でもあるのだ。

「サリー教授なら…… 確かに可能だと思いますが、今の私には……」

 ただ、スティフィには今の自分にそれほどの戦闘力は持ち合わせていないと考えている。

 特に闇に潜み音もなく忍び寄ってくるグレッサーという外道種の接近を気づける自信がないのだ。

 そして、グレッサーという外道種相手にその接近を気づけなかったら、その時は死だ。

 グレッサーという外道種はそういう相手なのだ。

「大丈夫です、あなたは仕込まれた魔術がなくとも…… 一流の戦士です……」

 確かに、攻撃用の使徒魔術もほとんど失ったスティフィでは不安なところもある。

 だが、だからこそ、邪道じみた魔術の力に頼らない、鍛えられた戦士としての力を極限まで引き出せるのだ。

 そして、それこそが今のスティフィに必要なものだとサリー教授は考えている。

「わかりました。できる限り力を尽くします」

 スティフィもこんなところで死ぬつもりはないが、それでも死をも覚悟して返事をする。

「それと…… 目録にはありませんでしたが、ヤミホウシもいるかもしれません…… 気を着けて」

 サリー教授は目を細め、少し心配そうにスティフィを見る。

 たとえ全盛期のスティフィでも、グレッサーとヤミホウシを同時にすることは絶対に不可能だ。

 それにヤミホウシは余り情報のない外道種でその実力も未知数だ。

 グレッサーと同じく闇に潜み暗殺特化の外道種らしいが、実体があるのかないのかも不明で、ほとんど情報が明らかになっていない。

 倒した後も闇に溶けるように消えてしまうので、その生態はまるで分っていない。

 スティフィは、白竜丸がヤミホウシと争っていたことを思い出す。

 大きなかぎ爪を持つ案山子のような相手だったが、あの時も他人の戦闘を気にするほど余裕があったわけではない。

 どんな戦い方をする外道種だったかまで覚えていない。

「ヤミホウシ…… それだけで私の手を余るんですが……」

 それもまた事実だ。

 そもそも、闇と同化しているような外道種だ。グレッサー以上にその存在を気づけるかどうかも不安だ。

「その妖刀が…… あなたの手助けを…… してくれます…… 体内の魔術を失ったことで…… より一層…… 強く…… 影響を与えてくれ…… ます……」

 ただ、サリー教授も勝算がなくスティフィを送り出すわけではない。

 体内に埋め込まれた魔術を失ったことで、より妖刀からの影響をより強く受けるはずだ。

 通常ではそれは危険なことだが、妖刀の柄に絡みついた荷物持ち君の根が不利益なことのみを除去しスティフィに力を与えてくれるはずだ。

 それは大きな助けとなる。

「血水黒蛇がですか?」

 スティフィは腰に差している妖刀の柄を強く握る。

 柄に根が絡みついているので持ちにくいはずなのだが、頼もしいくらいその柄はスティフィの手によく馴染む。

「ですが…… 無理はしないでくださいね…… 少しでも…… 無理だと思ったら…… あとは赤芋軍団に任せてください……」

 サリー教授はそう言ってスティフィに笑いかける。

 それに対して、スティフィも無言で頷く。

 死を厭わないとはいえ、スティフィもこんな場所で死ぬつもりもない。

 どの程度の実力があるのか不明だが、自分の手に負えないのであれば赤芋軍団に任せるつもりだ。

 そんなスティフィを見て、サリー教授も少しだけ安心する。

「それと…… フーベルトは町の南側から西側をお願いします」

「はい」

 と、フーベルト教授は分かっていたかのように頷く。

「結局、回り込まれるってことなのですか?」

 当初の話では北側からしか攻めてこないというはずだった。

 だが、開けてみれば結局全方位を守るような話になっている。

「いえ…… 外道種がこの町を…… 取り囲むのは最初から想定…… しています……」

 だが、サリー教授は笑顔でそう言った。

「話と……」

 話と違う、その言葉をスティフィは飲み込んだ。

 相手はオーケン大神官の娘なのだ。

 スティフィが意見していい相手でもない。

 それにそれを言っていたのはフーベルト教授だったはずだ。

「いえ…… 攻めて来るのは北側が主ですよ…… 後は恐らく遊撃部隊が防備の薄い東から…… 後は人間を逃さないために町を包囲してくるので…… 用心のため…… です」

 そこでスティフィも気づく。

 フーベルト教授も教授の職に就いているとはいえ、学者肌の人間で戦闘が得意な人間ではない。

 特に敵味方で入り混じる集団戦など向いていない。

 だがら、攻めてくるかどうかもわからない西側と南側の担当にしたんだろう。

 自分の夫だから贔屓してのことだろうが、欲望を是とするデミアス教徒スティフィからすれば、それをおかしいこととも思わない。

 ただ、その他のことで気になることはある。

「人間を逃さない? 相手は外道種ですよね? 虐殺ではなくですか?」

 相手は外道種だ。

 降伏した相手を捕虜にするようなことはないはずだ。

「それなら、威力偵察の…… 時にやっているはずです……」

 サリー教授は微笑みながらそのことを指摘する。

 以前攻めてきた外道種たちの目録を見る限りでも、サリー教授の言う通りだ。

 威力偵察の時点でこの町を殲滅させるだけの戦力は十分にあったはずだ。

 それをせずに外道種達が引いたということは、それなりの理由があったはずだ。

「確かにそうですね」

「目的はわかりませんが、我々を捕らえて…… 食料にでもする気なのかも…… もしくは、この町を外道種達の…… 拠点として使いたいのかも…… 知れません」

 サリー教授は自分が考えていることを口にする。

 恐らくは拠点のほうが目的で、その過程で捕まえた人間を食料に、家畜にでもする気なのだろう。

 この戦いに負ければ地獄のような生活が待っている。

 通常の外道種であれば、そんなことはせず即食い殺されるだけだろうが、外道種をまとめ上げる存在がいれば、そういうことも十分にあり得るかもしれない。

「なるほど…… 確かに組織だって行動する外道種なら、そういうことをしてきてもおかしくはないですね。わかりました。東門の守備に当たります」

 スティフィは自分の役割を把握して、気合を入れる。

 今の自分には手に余る役割に思えるが、これをこなすことができれば、少なくとも自信を取り戻すことはできそうだ。

「無理なら、逃げて構いません…… ただ、グレッサーの…… 確認だけはおねがいします……」

 サリー教授はスティフィの反応を見て少しだけ安心しつつも、グレッサーの確認だけは念を押す。

 それだけ驚異のある外道種であり、ほっておけるような相手ではない。

 ほっておけば内側から、この町をすべて食い殺すような相手だ。

「わかりました。それと…… あの赤芋軍団の戦闘力はどう見ていますか?」

 後を任せるにしても、赤芋軍団の実力は把握しておきたい。

 今のスティフィには動き回る大きな芋にしか見えてない。

 その実力を図ることもできない。

「低く見積もっても…… グアーランでは相手にならないくらいには…… 強いはずです」

 巨大化赤芋に秘められた魔力量からしても、鹿を二足歩行にしたグアーランという外道種では相手にならないはずだ。

 それはグアーランが弱いわけではない。

 グアーランも人と比べれば、その身体能力は遥かの上の存在だ。

 厳しい雪山でもものともしない頑健さ、大柄な肉体から繰り出させる膂力は、人と比べるまでもなく上だ。

 人間がグアーランに勝っている部分は魔術を使えるところと、器用さくらいのものだ。

「正面からぶつかってですか?」

 そのグアーランと正面からぶつかって赤芋軍団が勝てるというのであれば、戦力として申し分ない。

 恐らく外道種側の主戦力がグアーランなので、それに打ち勝つというのであれば、この防衛戦にも勝機は見える。

 そうなってくると、なおのこと遊撃部隊のような存在のグレッサーという外道種の所在が重要となってくる。

「はい…… なので、戦力として…… 頼ってください……」

 スティフィはサリー教授の顔を見て、本気で勝つつもりなのだと理解する。

 仮にこの町を見捨て逃げ出すにしても、西側は淀んだ地脈の流出により通行不可能だ。

 南側は地理的に海しかない、東側へと逃げるしかない。

 そういう意味でも、東門は死守しなければならないし、逃げるにしてもグレッサーを野放しにして逃げるというのはあまりにも危険過ぎる。

 グレッサーだけは東門で何としてでも仕留めなければならない。

 それが自分の役目なのだとスティフィはちゃんと理解している。

「私は誘い餌ってところですか?」

 スティフィはそれらをすべて理解した上で、サリー教授に問う。

「言い方…… は悪いですが…… すいません、それしか…… 良い作戦を思いつけなくて……」

 聞き返されたサリー教授は視線を下げ、申し訳なさそうにそう言った。

 スティフィは再度気合を入れる。

 勝てるにしろ、逃げ出すにしろ、東門の安全確保は重要だ。

 それを任されたのだ。

「いえ、そういうのは慣れていますので問題ないです」

 スティフィは不利になれば逃げ出すつもりでいたが、これではそう簡単に逃げ出すわけにもいかないと覚悟を決める。

「最重要は…… グレッサーの所在です…… 後は赤芋任せで問題ないです……」

 そんなスティフィの覚悟を見抜いたのか、サリー教授も最重要はグレッサーという外道種の所在であると告げる。

 それだけしれれば逃げても構わない。そうサリー教授は言っているのだ。

「承知いたしました」

「ボクはサリーの当てが外れたときの保険ですね」

 フーベルト教授はそもそもこの防衛戦を勝つ気でいるし、不安もない。

 サリー教授の戦巫女としての能力をよく知っているからだ。

「襲撃は…… 早ければ今日の日が暮れてからすぐ…… だと思います……」

 サリー教授はそう言って何度も何度も繰り返し頭の中で想定する。

 この防衛戦の行く末を。




「襲撃は今日の夕方から夜明けにかけての間、って話らしいぞ」

 エリックは芋の塔の出来に満足しながらミアにそう言った。

 見た目は少々不気味だが、その性能は素晴らしい。

 土でできてはいるが石のように硬いうえに壊れても赤芋の根がすぐに修復してくれている。

 想像以上のものだ。

「そうなんですか? なら、もう他の赤芋を巨大化させていいんじゃないんですか?」

 戦い慣れしてないミアは気持ちがすでに高ぶっているのか、何かしていないと落ち着かないといった感じだ。

「あの赤芋、どれくらいあのままなんだ?」

 エリックがそれをミアに聞くが、

「わかりません!」

 と、元気に返事が返ってくるだけだ。

 けれど、永遠に赤芋が巨大化したままというわけでもない。

 必ず巨大化していられる制限時間はあるはずだ。

「なら襲撃が来てからでいいだろ?」

 制限時間のことを考えればそうなる。

 そのための櫓であり芋の塔なのだ。

 しかも、見張っているのは古老樹の眷属なのだ。

 人が見はるよりも確実だ。

 それに赤芋を巨大化させた時もたいして時間を要していなかった。

 一度にどれほどの赤芋を巨大化できるのか不明ではあるが、順次巨大化させていけば問題ないはずだ。

 それくらいの時間はこの町を囲う土壁だけで稼げる。

「やっぱりそうなんですかね? どうも気がやはってしまって」

 ミア自身、自分が落ち着いていないことは理解している。

 だから、それを誰かに止めて欲しいし、指示して欲しいのだ。

 一人でいると、もうあれやこれを、もうやってしまったほうがいいのではないか、そんな気持ちになる。

「あの芋の塔に鐘ついてるから、それが鳴ってからでいいだろ」

 エリックはそんなミアに気づいてか、気づいてないのか、それはわからないが芋の塔を見上げ、その頂上に吊るされている金属製の鐘を見てそう言った。

「はい!」

 ミアも少しだけ落ち着きを取り戻し、あの鐘が鳴ったら赤芋を巨大化させる、と心の中で繰り返す。

 リグレスの時は分厚く丈夫な壁に囲まれていて、闇の小鬼に侵入されるまで実感がなかったが、この町を取り囲む塀はそれほど高くない。

 背の高い外道種なら、そのままよじ登り乗り越えて来てしまう程の高さしかない。

 それ以前に戦いに慣れている者が少ない。

 町民たちも戦うつもりはあるのだが、ほとんどのものがすでに怯えている。

 リグレスの時の戦いとは状況は似ているが、戦いの雰囲気そのものは違う。

「そのあたりも荷物持ち君に聞いてみたらどうなんだ? 赤芋軍団の隊長みたいなもんだろ?」

 エリックからしたら迷ったら荷物持ち君に聞けばいい、そう考えていただけに、ミアが戸惑っていることのほうが不思議なのだ。

「聞いても頷くだけで、どっちでもいいような反応しかしてくれないんですよ」

 ただミアも実は相談済みで、何度か荷物持ち君に確認はしているのだ。

 肝心の荷物持ち君は、どちらでもいいような反応しか返してくれていない。

「それってさ、赤芋軍団の継続時間内に襲撃が来るからてことか?」

 それを聞いたエリックにはそう思えた。

 だから、荷物持ち君はどちらでもいいような反応を返しているのだと。

「え? そういう事なんですか? 荷物持ち君?」

 ミアが慌てて荷物持ち君を見ると、荷物持ち君は頷いて見せる。

「おっ、頷いているな。やっぱり今日、というか、これから来るみたいだな、襲撃。サリー教授の言う通りだったな。一応このことを知らせてくるから、ミアちゃんはこの赤芋前に待機な。鐘が鳴ったら順次、赤芋を巨大化しだしてくれよ」

 エリックはそうミアに告げ、町の中央へ向けて走りだす。

「は、はい!! わかりました!」

 残されたミアも赤芋が運ばれた場所へと走って向かう。




「あれは白い人の…… 死体ですか? 人でもないですが人が多いですね、それにこの外道種の総数も異様に多いですね。何の外道種ですか?」

 マーカスは辺りにいる外道種、白く変色した死体のようなものを不気味そうに見てそう言った。

 もう日が落ち始め、外道種達が活発になってきている。

 そんな中でも白い死体のような外道種達は周囲に多く存在し、目的もないように辺りをさ迷い歩いている。

「これは…… シキノサキブレですねぇ。珍しいはずの外道種なのですがぁ、この量となると…… 外道の王は、シキノサキブレかもしれませんねぇ」

 アビゲイルの中でこの外道種達を率いている王、その正体に気づく。

「シキノサキブレ? それが外道の王なのですか?」

 自分のせいで学院内に出没した外道種という話だ。

 マーカス自身はそれがどういった外道種なのかよくわかっていないが、その存在が外道の王とは聞いていない。

「はぁい。まあ、魔術師学院に出たというのは、本体から放出された胞子のようなもので、その本体が、という話ですがぁ」

「どんな奴なんですか?」

 マーカスの聞いた話は、死蝋化した死体にとりつく外道種だということだけだ。

 それ以外は、どんな外道種なのかまるで分かっていない。

「恐らく大元のシキノサキブレは人間側では…… ほとんど認知されていない存在ですよぉ、マーちゃんは蛸って知ってますか?」

「蛸? ああ、海に住んでいる生物ですか?」

 蛸と言われたマーカスは一瞬何のことだか理解できなかったが、海に住む生物でそんな存在がいることを思いだす。

「おっ、博識ですねぇ。姿形は陸に打ち上げられた蛸に姿形は似てますがぁ……」

 海は精霊の世界であり、基本的には人間が自由に立ち入れる地域ではない。

 そこに住む生物も一般的にはあまり知られてはいない。

 なので蛸を知っていたマーカスをアビゲイルは褒めたのだ。

「アビゲイルは、その実物を見たことあるんですか? シキノサキブレの大元とやらを」

 まるでアビゲイルがそのシキノサキブレの本体を見てきたかのように話すのでマーカスも気になる。

「沼地の奥地で一度だけ遭遇…… まあ、遠くから観察してただけですがぁ。あれは人が勝てる存在じゃないですよぉ。ディアナちゃんが一緒じゃなければ、間違いなく逃げていましたねぇ。滅多に地上まで出て来るような存在でもないと思うんですがぁ……」

 普段は日光を嫌い地中の奥底に潜んでいて地上にまで出てくる外道種ではない。

 乾留液のような不定形で七色に光を反射する粘ついた粘液の塊であり、その姿はアビゲイルの言う通り陸に打ち上げられた蛸、もしくは腐りはてた玉ねぎに酷似している。

 無数の粘液の触手を生やし、生きとし生きるものを自身の体内に取り込み、そのまま体内で死蝋化させて使役する外道種だ。

 カビの外道種であり、微細な生物の集合体的な存在でもあるそれは、斬っても叩いても大した効果もなく、通常の火では燃え上がることもなく、人の手ではどうやっても倒しきることができないほどの存在だ。

「地下に? 確かに地脈をたどって胞子が流れて来るという話でしたよね?」

 それで放置したままだった黒次郎の体が死蝋化してしまい地脈からシキノサキブレに取り憑かれたのだ。

 マーカスも険しい顔をする。

「始祖虫を倒してしまったから地上に出てきたぁ、とかだったり?」

 アビゲイルはなんとなく頭に浮かんだことを口にした。

 今までは始祖虫という存在がいたためシキノサキブレも表立って行動できなかったが、その始祖虫も最近竜種により絶滅させられたのだ。

 それにより表立って行動しはじめたのではないかと。

 まあ、それはアビゲイルが今しがた思いついただけの話で確証も何もない話ではあるが。

「なら、始祖虫以下という訳ですよね、それを聞いて少しだけ安心しましたよ」

 マーカスはそう軽口を叩くが、始祖虫自体がやはり人にはどうこうできる存在ではないため、何も安心できることはない。

 本当にただの軽口だ。

「いやですねぇ、ただの予想ですよぉ。失敗したら私達もあの白い蝋人形の仲間入りですねぇ」

 アビゲイルは辺りをうろつく死蝋化した死体を見る。

 人間の死体が主だが、中には動物の死体もいる。

 それらの多くは毛皮部分は完全に腐り落ち、肉部分のみが死蝋化している。

 また白く死蝋化している死体の周りにコバエのような黒い存在が無数に飛び回り、よくよく見れば、死蝋化した死体から黒いコバエのような存在が出入りしている。

「ゾッとしませんね、それは……」

 それを見たマーカスは気分を害する。

 正直にこうはなりたくない、そう思った。

「ほら、見てください、黒い霧みたく胞子が飛んでいますよぉ、あの胞子、一匹一匹も外道種で鋭くよく切れる剃刀のような牙も持っているので注意してくださいねぇ」

 そうこうしていると、黒い霧のようなコバエの群れが見え始める。

 霧は非常に濃く、完全に闇に閉ざされているようにすら思える。

 それでも白竜丸は歩みを止めない。

 しっかりとした歩みで黒い霧目指して進んでいく。

「あんなの注意のしようがないじゃないですか。霧そのものですよ」

 どう防げばよいのかわからずマーカスはぼやくしかない。

 そして、自分の影に潜んでいる幽霊犬と、いつでも飛び出せるように意識を繋ぐ。

「決戦は近いですよぉ!」

 けれど、黒い霧を前にしても、アビゲイルは楽しそうに笑うだけだ。




 日が暮れた直後、カーンカーンカーンと二本の塔から強く鐘を叩く音が響き渡る。

 外道種による襲撃がついに始まった合図が打ち鳴らされたのだ。







あとがき

 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 先週はパソコンが壊れて、更新できませんでした。

 ごめんね。





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