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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
最東の呑気な守護者たち

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最東の呑気な守護者たち その5

「凄いですね。外道種の展示会のようですね」

 マーカスは内心ひやひやしながらも、そんな軽口を口にした。

 滅んだ村からかなり北東へと向かった深い森の中に外道種達は集結していた。

 様々な種類の外道種が、まるで出番を待つようにその場に控えている。

 そのすべての外道種が殺気立っていることから、ミア達がいる町への襲撃も近いのかもしれない。

「世界中の外法の者達が集まってますねぇ」

 アビゲイルも白竜丸の背にまたがったまま、辺りを見回しその種類の多さに驚く。

 外道種達の巣窟と言われる東の沼地でも、これほどの外道種が集まっているのを見たことがない。

 そんな中をまるで気にすることなく白竜丸は進んでいく。

 外道種達もその歩みを止めようとする者もなぜかいない。

「外法の者って、外道種の古い言い方ですよね」

 マーカスがそう聞くと、アビゲイルがいつもの張り付いた笑顔で答えてくれる。

「そうですねぇ、私はこう見えて結構年を取ってますからねぇ」

 アビゲイルはかなり若い時に、それこそ十代のうちに歳を取ることをやめている。

 魔術師にとっても、歳をとるのをやめること、不老になることは難しい。

 それを十代のうちに出来ているのはアビゲイルの才能あってのことだ。

「その辺の話はいいですよ、にしても、見たこともない外道種がうじゃうじゃいますね」

 そのことに関しては、マーカスは特に興味がない。

 なにせ自分とは関わり合いがないことだ。

 それよりも、これほどの外道種に囲まれている方が、マーカスにとっては落ち着かない。

「マーちゃんは私に興味がないというんですかぁ? 下着まで貸した仲だというのに」

 そう言ってアビゲイルはこんな状況でも寝ているディアナを挟んでマーカスに抱き着く。

「いえ、色んな意味で興味はありますが……」

 マーカスはそれを振り払う訳でもなく、されるままで答える。

 それはもちろん天才的な呪術師として、そして、破綻している性格についてだ。

 自分もいい性格をしているとは思うが、それでもアビゲイル程ではない、どう育てばこんな性格になるのだろう、と、マーカスは不思議に思う。

「例えばどんなですかぁ?」

 マーカスにそう言われて、アビゲイルは少し嬉しそうに聞き返す。

「なんで俺達はこんな呑気に外道種の真っ只中を進めていることとか、ですかね」

 それに対してマーカスは心底疑問に思っていることを口にする。

 周りには異様な姿の外道種がうじゃうじゃいる中で白竜丸も自分達も特に邪魔されることなく進むことができている。

 これもアビゲイルの術のおかげなのだが、マーカスからするとそんな便利な魔術があるほうがおかしい。

「ハッハッハッ、こういった術でもなければ、東の沼地には住めませんよぉ」

 アビゲイルは当然といった感じで答える。

 マーカスも、それはそうかもしれないが、これほどの外道種に囲まれていて気づかれない術があること自体が信じられない。

「そりゃ、そうですが…… どんな術なんですか、これ…… 騎士隊が知ったら絶対欲しがりますよ」

 間違いなく騎士隊が知ったら欲しがる術のはずだ。

 騎士隊の本分は外道種の撲滅が第一なのだから。

 特に斥候部隊などからは喉から手が出るほど欲しい魔術のはずに違いない。

「いやー、騎士隊は知っても使わないんじゃないですかねぇ、呪術も呪術ですよぉ」

 マーカスの言葉にアビゲイルはせせら笑う。

 騎士隊は多種多様な人種、宗教の集まりだが、一貫して人道的な組織ではある。

 呪術のようななんらかの負債を伴う様な魔術は、騎士隊では嫌われる傾向にある。

「確かに騎士隊ではあまり呪術を使いませんが、それは危険だからで…… あぁ、この術も相当危険なんですね?」

 アビゲイルが当然のように扱っているこの魔術も、普通の術者からすればとんでもなく高度で扱えない魔術だったのかもしれない。

 それは十分にあり得ることだと、マーカスは納得する。

「まぁまぁ危険ですよぉ。それ以前にこの術の源が…… 呪術ってどういう魔術かわかりますかぁ? マーちゃんは?」

 だが、アビゲイルはマーカスの問いに、いつもの張り付いた笑みではなく、心の底から嬉しそうな、それでいて気味の悪い笑みを浮かべ始める。

 そして、嬉しそうにマーカスに問い返すのだ。

 呪術とはどういった術なのかと。

「人や神の恨み、嫉みを練り集めて行使する術だと…… 爺様から聞いたことがありますね」

 マーカスは、自分は才能がない、だからこんな爺になるまで生きていられた、そんなこと常々言っていた自分の祖父のことを思い出し、その祖父のまた別の言葉を口にする。

「まあ、基礎的なことはそうですねぇ。だから、場合によりけりですが、神様から魔力を借りなくても行使できる術もいくつかあるのですよぉ」

 基本的に今の魔術は神から魔力と呼ばれる御力を借りるところから始まる。

 それが前提であり基本なのだ。

 だが、呪術は少し違う。

 魔力を神々から借りなくとも、術としての効果を出すことが可能だ。

 呪詛の元となる呪痕といった触媒などは必要となるが。

 それらを使用することで、いや、呪術からすれば、より適性のある力の源として扱うことが可能なのだ。

「そうなんですか?」

 マーカスの知識では呪術でも結局は魔力を借りなければ術は行使できないと思っていただけに驚く。

 それと同時に、オーケンも呪術を好んで使い、そもそも神から魔力を借りることを嫌っていたことを思い出す。

「はぁい、そもそも人も微弱に魔力を持っているのは知っていますかぁ?」

 アビゲイルは嬉しそうに話を続ける。

 まるでマーカスを呪術の世界へといざなうかのように。

「ええ、それはもちろん。魔力酔いも神々から借りた魔力と自身の持つ魔力の相違により起こる物ですよね?」

 これは魔術の基本的な事だ。

 魔術師が魔力酔いを起こすのは、自身が普段持っている魔力よりも、桁違いに多く、あまりにもその波長が違い、濃すぎる魔力の密度、それらの差から乗じる相違により引き起こされるものだ。

 魔術を扱う者にとって切っても切れない問題だ。

 だから、魔力の先払いが可能で即座に発動できる使徒魔術は戦闘では重宝される。

「そうです、そうですよぉ。まあ、人が持つ魔力なんて微弱すぎて、本来は魔術では使えたものじゃないのですがぁ」

 そこでやっとマーカスもアビゲイルが言いたかったことに気づく。

「ああ、だから練り、集めると?」

 人一人の魔力では足らないけれども、それを多数からかき集め、束ね、練り上げれば、それはそうではなくなるという話なのだろう。

「そうですぅ、呪術の基本は練り集めるですよぉ。主の館でもそうでしたぁよねぇ? 数々の呪物に宿ったものを練り集めた結果、あんな素晴らしい化物が誕生してましたよねぇ」

 アビゲイルは楽しそうに言葉を続ける。

 あの呪物の化物ですら、アビゲイルは素晴らしいもののように、そう言っている。

 だが、外道種達に囲まれていなければ、マーカスももう少し真剣に聞いていたのだが、この様な環境ではそれもままならない。

「この外道種に気づかれない術もそういったものだと?」

 人の感情を集め練り固めた末に出来た呪術だから、神から借りた魔力よりはその波長は人に近く相違は生じにくい。

 長期間にわたって魔術を発動しておくことも可能なのかもしれない。

 だが、これほどの術だ。

 この高度な術は、数多の外道種の真っ只中を進んでも気づかれないような驚異的な術だ。

 人の感情だけをどれだけ集めて練り上げたところで、届き得ない領域の魔術のはずだ。

「まあ、そうですねぇ」

 そう言ってアビゲイルはマーカスからは見えないだろうが含み笑いを浮かべる。

「だいたい理解しました。でも…… 聞いて良いんですかね? この術を作るのに何人犠牲にしたんですか?」

 マーカスもマーカスでおおよその予測はつく。

 この魔術は人の命の、それも相当な数の命をすり潰し、かき集め、練り上げて、作られているはずだと。

 如何にアビゲイルが天才的な魔術師だからといえ、そうでもしないとたどり着けない領域の魔術だ。

「合計では…… 百人以上といったところでしょうかぁ? まあ、私を追って東の沼地まで来ていた方々ですので、碌な人達ではないのですがぁ」

 アビゲイルはこともないようにそう言って、イッヒッヒッと笑う。

「それは確かに騎士隊では使えないですよ。しかし、そうですが、百人程度でこれほどの術が……」

 確かにそれでは騎士隊では使えない。

 だが、それと同時にアビゲイルの才能があるとはいえ、マーカスには人の命百人程度でこれほどの術が作れるのであれば、より多くの人を救えるのではないか、そういう考えに自然とたどりついてしまう。

「マーちゃんは、やっぱり呪術師向きの性格ですねぇ」

 だが、それすらも、マーカスの考えすらも見抜いたかのように、アビゲイルは声を掛ける。

 そういった損得勘定でも持っていなければ、呪術師としてはやっていけない。

 アビゲイルの見立てではマーカスの考え方は、まさに呪術師向けだ。

「まあ、なんていうか、そういった家系ではありますのでね」

 マーカスはそう言いはするものの、自身は呪術自体、それほど学んではない。

 マリユ教授に目をつけられて一時期色々と関わり合いはあったくらいだ。

 それも、マリユ教授に縁のある動物を連れて来いと言われ、実家で大事に世話をしていた牛を連れて行ったら、翌日にはその牛は呪具にされ、それに怒り文句を言ったら逆に、見込み違いだった、と言われたくらいだ。

「ついでにこの外法の者に気づかれない術ですが、相手からは我々も外法の…… 外道種に見えているからですよぉ」

 アビゲイルがそんなことを言いだす。

 その言葉に、珍しい鰐という生物の上、白子である白竜丸なら確かにそう見えるか、とそう思う。

 ただその背に人間が三人も乗っているのは誤魔化しようがないが、自分達はどんな外道種に見えているのか、少しだけ気になりはする。

「そうなんですか? なら人には見られないほうがいいですね、この外道種の群れの中に人がいるとも思えませんが」

 いるとは思えないが、もしこの外道種を討伐しに来た何者かと出会う事だけは避けたい、そう思いながら言ったのだが、その心配もないようだ。

「いえいえ、人からは、ちゃんと人にしか見えない安心仕様ですよぉ」

 と、アビゲイルは笑ってそんなことを言う。

 マーカスの想像以上に高度な魔術だ。

 どういう構造をしているのか、まるで想像がつかない。

 恐らく一般的な魔術、神与文字で描かれた魔法陣、神霊魔術とも系統そのものが違っているのだろう。

 マーカスには理解することすら不可能かもしれない。

「それは便利で凄いですね」

 と、言いながら、その状況下で、これほど外道種に囲まれて襲われてない状況で、他の人間に見られたら、どちらにせよ問答無用で外道種と認定されても文句は言えないだろう、とマーカスはなんとなく思う。

 外道種の中には人語を話し、人を欺く様なものもいるので、討伐に来たような者なら恐らく話も聞いてもらえないで攻撃されることは間違いない。

 ただ、そんな連中はこの状況下で流石に居ないと理解しつつも、それだけは避けたいとそう思っている。

「ただ、ディアナちゃんまでも誤認させられるとは思えなかったのですが、今のところ平気ですねぇ」

 マーカスがそんな事を考えていると、アビゲイルもアビゲイルで少し不思議そうな顔をして、今更とんでもないことを言い出した。

 その言葉に、マーカスの方が驚く。

「え? どういうことって…… ああ、御使いの存在ですか?」

 確かにディアナには御使いが憑いている。

 それも今は二柱もの御使いが憑いている。

 それなのに外道種に気づかれもしないのは、アビゲイル的にも少しおかしいと感じていることだ。

 いくら何でも御使いの存在を誤魔化せるほど呪術ではないのだ。

 とはいえ、御使い達も全面的に力を貸してくれているので、御使い達も御使い達自身で外道種に見つからないようにしてくれているのかもしれないが。

「ディアナちゃんが寝ているおかげかもしれませんが、アイちゃん様はなんで見つからないんですかねぇ?」

 ディアナに元々憑いていた魔術の神の御使いは完全に隠れているのかもしれないが、アイちゃん様の方は今もディアナの左肩に乗っかっているだけだ。

 その姿も、それが発する力も、アビゲイルには特に隠しているようには思えない。

「そもそも、アイちゃん様は外道種の肉に宿られているからでは?」

 マーカスはそう言うのだが、

「にしてもですよぉ、この術は流石にそこまで効果がないと思うのですがぁ。そのあたりはどうなんですかぁ? アイちゃん様?」

 それだけではアビゲイルがどう考えても説明がつかない。

 だが、アビゲイルも気が付く。

 世界の敵と認定されている外道種達に唯一敵対していないかもしれない種族がいることに。

 今はもう滅ぼされた種、巨人族だ。

 外道種と同じく神の敵対者である巨人族、アイちゃん様は元々その巨人族だったという話だ。

 今でこそ神々に仕える御使いでも、元々は巨人族だという話だ。

 そのあたりに何かあるのかもしれない。

「そんなことまで答えてくれるんですか?」

 アビゲイルが少し期待してアイちゃん様の返答を待っていると、マーカスが振り返りそう聞いてきた。

「睨まれるだけで、答えてはくれないですねぇ」

 ディアナの左肩についている肉の塊についている目はアビゲイルをギョロリと一瞥しただけで、それ以上の行動は何も起こさない。

 アビゲイルにはそれが不満だ。

 もし、巨人族が抱える神への敵意を集めることができたのであれば、それはまさしく規格外の恐ろしい呪術になることに違いないのだから。

「それはともかく、このまま、まっすぐで良いんですか?」

 アビゲイルが巨人族で作った呪術がどんなものになるかと妄想していると、マーカスにそう言われて現実に引き戻される。

 確かに今はそんな妄想しているような状況でもない。

 アビゲイルとて、これだけの外道種に囲まれた状況など、早々体験したことはない。

 実はアビゲイルとて余裕でいられるような状況でもない。

「たぶん? 流石に私にだってわかりませんよぉ? あ、アイちゃん様が頷いているので良さそうですよぉ」

 聖獣であり冥府の神に印を与えられた白竜丸は自分の行くべき場所がちゃんとわかっているようだ。

 そのあたりは心配することはない。

 それに、それを後押しするかのように、アイちゃん様が頷いて見せる。

「しかし、なんですか、この外道種の量は…… 見つかったら流石に命はなさそうですね」

 マーカスもほとんど名の知らない、特に普段南の地に住む外道種以外の外道種が多いように感じる。

 図鑑でしか見たことのないような外道種がほとんどだ。

「沼地よりも種類も数も多いとは私もびっくりですねぇ、相当力を持った外法の王でもいるんですかねぇ」

 そんな外道の王と御使いの戦いを、一番席で見れることにアビゲイルも胸を高鳴らせる。




 一通り、町を見て回り必要なものを感じ取ったスティフィは、村の中心に張られた天幕で、外道種の注意事項を書き写しているミアの元へと戻ってきた。

 ついでにエリックはそのまま現場に残り、戦慣れしていない町民に色々と指示を飛ばしている。

「ミア、手の空いた赤芋に物見櫓でも作らせてくれない?」

 まだ外道種達の襲撃は来ていない。

 まずは一早く襲撃を知れる、そのための物見櫓が欲しいと、スティフィは考えた。

 後は間に合えば、堀の準備や火器防御対策もしたいが、それよりも今は櫓を用意して欲しいとスティフィは感じていた。

 まわりに遮蔽物はなく畑と平原が続くような場所だ。

 櫓があればいち早く敵を発見でき、その後も高所を取り続けることができる。

「あっ、はい! ちょうどきりがいいのでそっちに行きます。後はお願いして良いですか?」

 ミアはちょうどきりよくチラシを書き終え、後のことをジュリーに頼む。

「え? はい、私はこれくらいしかできないので……」

 ジュリーもジュリーで、これから外道種との戦闘になることから、現実逃避しながらできる作業に救われている。

 何か作業をしていなければ、恐怖で取り乱し、周りに迷惑をかけ始めているかもしれない。

「それと、フーベルト教授とサリー教授で大規模な結界陣を描くって話よ」

 スティフィがミアを急遽張られた天幕から誘い出して、そのことを告げる。

「それも見てみたいですね! とりあえず櫓ですね? ところで櫓ってなんですか?」

 ミアも大まかなことは理解できている。

 だが、正確にはよく理解できていない。

 齟齬を生じさせないために、それをスティフィに詳細を確認したいのだ。

「ちょっとした高い塔みたいなもの? 高い場所から敵の接近をいち早く発見するための物ね。その後も高所から矢を射れるような場所ね。それと簡易的な武器庫の役割もあるわね」

 スティフィは少し考えて、ミアの為に噛み砕いて説明する。

「なるほど。じゃあ、北側に作った方が良いですか?」

 ミアもその説明で理解して提案をする。

「手が余ったら西や東も。そこから矢を射ることも出来るから」

 戦い慣れしていない町民達は間違いなく近接戦は無理だ。

 赤芋軍団がどれくらいの戦力になるかわからないが、近接戦はそちらに任すしかない。

 騎士隊の資料上では、威力偵察でしかない襲撃でも、かなりの種類と数の外道種が確認できている。

 本格的な襲撃の規模は、相当大きなものとなるはずだ。

「わかりました」

 と、ミアはそう言って気合いを入れる。

 そして、奇妙に動き回っている赤芋達に声を掛ける。

「手のあいてる赤芋さんはいませんか?」

 大声でミアが叫ぶと、三体全部の赤芋達がワラワラと集まってくる。

 その様子はどうにも奇妙なものだ。

「うげ、動き方、何度見てもきもいわね」

 スティフィが隠しもせず素直な感想を言うほどだ。

「櫓ってわかります? それを作って頂きたいのですが? あ、はい、わかりました、それでおねがいします。建てる場所は…… 少し待ってください、確認しますので」

 ミアが訪ねると、巨大な赤芋軍団は、根や、少しの時を経て生え出した芽を揺らしながら反応する。

 そして、ミアに待ってください、と言われて、その場に大人しく待機する。

 町を取り囲む塀を作っていた時は根が生えていただけだが、今は芽が生えて赤芋の苗のような状態にまで育っている。

「なんて?」

 ミアと赤芋軍団の間で何かしらの受け答えがあったのだが、それは当人達にしかわからない。

 スティフィがミアに確認する。

「櫓自体はわからないけど、さっき私達が話していた物を作ってくれるそうです。高くて敵の接近を発見できて、武器を置く場所があって、弓を撃てて、それらの条件を満たす物を作ってくれるそうです」

 さっきのやり取りで、どうしてそこまでのことがわかるのかスティフィには理解できなかったが、ミアは適当なことを言う人間でもない。

 きっと期待通りの物を赤芋軍団は用意してくれるはずだ。

 それ以上にスティフィが気になったのは、

「私達の会話、聞かれていたの?」

 ということだ。

 ミアと櫓の話をしていた時、周囲にはまだ赤芋軍団は居なかったはずだ。

 なのに聞かれたということは、相当耳がいい。

 赤芋のどこに耳があるのかはわからないが。

「みたいですね、耳が良いんでしょうか?」

「どこが耳よ」

 スティフィ自身もそう考えていただけに、ミアの発言に突っこみを入れてしまう。

「さあ? 今のところまだ他の赤芋は巨大化させなくていいんですよね?」

 赤芋軍団と意思疎通できるミアも、どこが耳なのかわからないようだ。

 それは置いておいて、いつ残りの赤芋を巨大化させ赤芋軍団にしたら良いのか、ミアも迷っているようだ。

「いつまで巨大化しているかわからないし、あの調子ならすぐ巨大化できるみたいだから、外道種の襲撃が発覚してからで良いんじゃない?」

 ミアが三個の赤芋を巨大化させたときは、すぐに赤芋たちは巨大化していた。

 特に魔術としての儀式も過程も存在していない。

 ミアが古老樹の杖に願うだけでいい。

 なら、赤芋が巨大化していられる時間制限があるかもしれないことを考えると、外道種の襲撃が始まってからでいいはずだ。

「はい!」

 スティフィの答えにミアも納得して元気よく返事をする。

 いつになくやる気に満ち溢れているミアを見て、スティフィはミアに問う。

「ミア、実は戦いにワクワクしている?」

 その問いに、ミアは気合いの入った目をスティフィに向ける。

「相手が外道種ですからね、倒すのも役割です! しかも、今度はちゃんと倒せる相手なんですよね?」

 リグレスで闇の小鬼と戦った時は、それが不死の外道種と知っていたので、ミアも最初から倒すことを諦めていた。

 事前に闇の小鬼が如何に不死なのかを、知識としてよく知っていたからだ。

 だが、今回は違う。

 神の仇敵が、ミアが敬愛してやまないロロカカ神の敵でもある外道種が、攻めて来るというのだ。

 なら、神の巫女として滅ぼさない訳にはならない。

 無論、優先すべきはリッケルト村に無事に辿り着くことだ。

 それはそれとして、ロロカカ神の巫女として、仇敵をそのままにしておくのも憚られる。

 ミアが気合いを入れるのももっともな事だ。

「クリーネの奴が盗賊団に捕まった時もそうだったんだけどさ、ミアって実は戦闘になると性格が変わったりする?」

 あの時のミアは妙に高揚していた。

 普段のミアはどちらかといえば、ロロカカ神のことが絡まな限り平和主義者だ。

 だが、あの時のミアは確かに戦いというか、蹂躙を楽しんでいた節もあるのをスティフィは覚えている。

「え? そうですか? でも、倒してもいい相手だと安心ですね」

 ミアは自覚していないかのようにそう言った。

 倒してしまっても問題ない相手だから、安心できると。

「安心? なにが?」

 スティフィの方が理解できなくて聞き返す。

「やりすぎても良いってことじゃないですか! 外道種は敵です! 神様の敵です! ロロカカ様の敵じゃないですか! それが襲ってくるなら殲滅しないとダメじゃないですか!」

 スティフィの問いにミアは隠しもせずに本心を答える。

 ミアの目には強い意志と敵を打ち滅ぼすことだけが見えている。 

「あ、うん…… そうね。普段は割と平和主義者なんだと思ってたけど…… 敵には容赦しない感じね。そりゃ、ミアの性格からすればそうか……」

 ミアの性格を考えればそれもそうかと、スティフィも納得する。

 天幕の前でそんな話をしていると、

「何か物騒な話をしてますね」

 と、フーベルト教授が一旦、天幕へと戻って来ていた。

「あ、フーベルト教授! どこに大規模な陣を描くんですよね? 櫓を立てようと思うんですが、邪魔にならない場所を教えてくれますか?」

 ミアは元気にフーベルト教授に駆け寄って行き、助言を乞う。

「ああ、はい、えっと地図はありますか?」

 フーベルト教授がそう返すと、ミアが懐に入れていた紙を取り出し、フーベルト教授に手渡す。

「はい、町の地図です」

「なら…… この辺りと、この辺りに」

 手渡された地図にフーベルト教授は丸で二か所だけに印をつける。

 ミアはそれを赤芋軍団の三つの芋にも見せてやる。

 そうすると、赤芋達はすぐに作業に入るのか行動し始め、根をばたつかせて移動していく。

「二か所だけで平気?」

 それを見送った後、スティフィがフーベルト教授に確認する。

 丸が付けられた場所はどちらも北側で、それ以外の場所にはつけられていない。

 回り込まれでもしたら、そちらの守備は足りないようにも思える。

「恐らく主力は北の森からしか攻めて来ませんよ」

 そんなスティフィにフーベルト教授はやさしく声を掛ける。

「なんでよ?」

「我々を侮っているからですよ」

 威力偵察の戦力でも十分にこの町を滅ぼすことができたにもかかわらず、外道種達が引いたのは何か理由があるからだ。

 恐らく人間の捕獲、もしくはこの町をできるだけ破壊せずに手に入れたい、そういった目論見でもあるのだろう。

 そして、威力偵察の結果、町ごと制圧するのも簡単だと分かったのだろう。

 そうでなければ、外道種がわざわざ威力偵察のような事はしない。

 外道種達を率いている存在は少なからず、闇の小鬼達とは違い、ある程度の知性を持ち合わせている。

 本能だけで行動している集まりではない。

 フーベルト教授とサリー教授の予想では、外道種達の狙いはこの町そのものだ。

 ここを外道種達は拠点として抑えるつもりなのかもしれない。

 見晴らしがよく街道の端でもあるこの町は、人間達に戦いを挑むには良い立地でもある。

 更に恐らくではあるが、外道種達は捕虜を、いや、食料を確保するために家畜を、この町に住む人間を家畜として確保する腹積もりなのかもしれない。

 それほどの戦力差があると外道種達は踏んでいるし、侮っているのだと、フーベルト教授は考えている。

「そうなんですか?」

 少しミアは憤慨するようにフーベルト教授に聞き返す。

 だが、ミア以上にスティフィはフーベルト教授の発言をいぶかしんでいる。

 もちろん、主力は最短距離で来るだろうとはスティフィも思うが、それでも回り込んでくる外道種も少なからずいるはずだ。

 特にグレッサーという名の奇襲を得意とする外道種などに回り込まれて、町の中で暴れでもされたら面倒極まりない。

「これにはサリーも同意見ですよ」

 訝しんでいるスティフィの顔を見てフーベルト教授は笑う。

 スティフィの考えていることなど、全てお見通しの上でそう言っているのだと。

 間違いなくグレッサーなどの外道種は回り込んでくるはずだ。それはスティフィの考えている通りだ。

 その為に対外道種用の大規模結界を張るのだ。

 それらの処理は正面の外道種を打ち破った後で処理すればよい。

「なら、そうですね。サリー教授がそういうのであれば私からは何もないです」

 スティフィはサリー教授がそういうのであれば、とすぐに納得する。いや、納得せざるを得ない。 

「ハハハッ、指揮はサリーが取るので心配ないですよ」

 サリーの名であまりにも簡単にスティフィが引き下がったので、フーベルト教授もついおかしくて笑ってしまう。

「え? 大丈夫ですか?」

 逆にミアが不安げな表情を浮かべる。

「それはどういう?」

 フーベルト教授はサリー教授の能力を十分に知っているので心配はしていない。

 けどミアはそれは知らないのだ。

「その…… 声が小さいので…… サリー教授は」

 ミアは遠慮しがちにそういった。ミアの意見はもっともだ。

 サリー教授は講義の時ですら、その声は小さく聞き取りづらい。

 良い内容の講義なのだが、サリー教授の講義に人気がないのはそういった点もある。

「そこはジュリーをつけますので」

 だが、そんなことは既に対策済みとばかりに、フーベルト教授は再び笑顔になる。

「納得です!」

 ミアも適材適所だと笑う。

 戦いに慣れてないジュリーもサリー教授の言葉を大声で復唱するだけなら、問題なくこなしてくれるはずだ。

 逆に心配がなくてよい。

「あの…… サリー教授が強いのは知ってますが、集団戦闘の経験とかあるんですか?」

 だが、逆にスティフィには少し疑問がある。

 サリー教授が個としての戦闘能力が高いのは十分に知っている。

 だが、個の強さと集団戦の戦い方はまた違うものだ。

「サリーに関してだけは、相も変わらず敬語なんですね。彼女は巫女としてそういった役目をしていたから心配は不要だよ。どちらかというと、そちらの方が得意なんですよ」

 けれども、フーベルト教授はそう言ってスティフィを笑い飛ばす。

 恐らくオーケンの仕業でスティフィにも、オーケンの娘であるサリー教授の情報がまともには入ってこないのだろう。

 だから、スティフィも知らない。

「なら、心配はありません」

 フーベルト教授の反応を見て、スティフィも安心する。

 この期に及んで、フーベルト教授も嘘はつかないはずだ。

 なら、サリー教授は個としての強さよりも、集団戦での指揮の方が得意というわけだ。

 サリー教授の個としての強さをよく知っているスティフィはその言葉だけで安心できる。

「巫女ってそういったこともするんですか? 私はしたことないですよ?」

 逆にミアは、違った意味で少し不安になる。

 神の巫女であるミアはそんな事をした覚えがないし、そもそも役割だとも思っていない。

「サリーが生まれた地域ではそうだったらしいですよ。マサリー家の戦巫女の話を知りませんか?」

 そう言って、フーベルト教授は笑みを浮かべる。

「知らないです」

「私も」

 ミアもスティフィもその名を聞いたことがない。

 その名はかのオーケンが目をつけるほど優秀な巫女の、それも外道種と戦うことで有名な巫女の家系なのだ。

 あまりにも優秀で、逆に目立ちすぎてマサリー家が信仰していた神が、実は神の名を語る悪魔だった、なんてことが明らかになるくらいにはだ。

「そうですか。まあ、機会があったら…… 本人が話してくれるんじゃないですかね。今は準備を急ぎましょう」

 事情を詳しく知っているフーベルト教授は少しだけ困った表情を浮かべてそういった。

「はい!」

 それに対してミアは元気に返事をする。









 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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