最東の呑気な守護者たち その3
「外道の王ですかぁ…… うーん、私達でやっちゃいますぅ?」
アビゲイルは少し迷った後、突拍子もないことを言いだした。
私達、とはアビゲイル本人とマーカスとディアナのことだろう。
後、人間ではないが鰐の白竜丸も含まれはするが。
ただ、その言い方があまりにも軽く、まるですぐそこの商店にでも買い物しに行くかのような、そんな感じで提案してきたのだ。
「そんな気軽に……」
と、マーカスは困り顔でそう言いつつも、案外それが良い案なのでは、と思う。
もしかしたら、そうすることが自分達の役割とさえ思える。
だから、ミアのところになんらかの理由で居づらくなったアイちゃん様もこちらにやって来た、とも考えられる。
「ディアナちゃんがいるなら気軽ですよぉ。私達は白竜丸ちゃんに乗って、外道の王の元までディアナちゃんを連れて行くだけで良いですからねぇ」
アビゲイルの言う通り、ディアナが、現在は二柱の御使いをその身に宿しているディアナがいれば、それで事足りるだろう。
相手が外道の王であったとしても、御使い相手ではどうしようもない。
一番の大仕事は御使いに任せてしまえばいい。
「まあ、確かに。二柱も御使いがいるのなら、外道の王が相手でも問題はなさそうですが…… それをミア達にバレずにやるということですか?」
問題は自分達の存在をミアに気取られてはいけないということだ。
なぜそんな枷を背負っているのかはマーカスにはわからないが、そういう話らしい。
ディアナ、ひいては彼女に憑いている御使いがそう言っているし、それには、ロロカカ神の御使いであるアイちゃん様も同意しているようだった。
人間にはわからない何かが、そこにあるのかもしれない。
だが、御使いの攻撃は何かと派手だ。
ただの外道種相手でさえ派手な火柱が立ち上がる。
距離があったとしても、それを見られないという保証はない。
まあ、そのあたりのことは御使いも把握しているだろうから、人であるマーカスが心配することではないのかもしれないが。
「ですねぇ、どうですかディアナちゃん?」
アビゲイルが背後からディアナを抱え込み、提案すると、
「使命! 使命! 使命! やる! やる! やらなければ! ならねば!」
と、ディアナ自身、いや、ディアナに憑いている御使いも賛成してくれたようだ。
「決定ですねぇ。おや、アイちゃん様も同意ですか?」
自分を見ている肉塊の目玉に気が付いたアビゲイルが問うと、その目玉も頷いて見せた。
「てことは、本当に外道の王がいるというのは確定なのですか? 俺は初めてですよ」
そう言って、マーカスは身を震わせる。
外道の王と呼ばれる存在は、他の外道種とは完全に一線を画している存在だ。
その力は上位種にも及ぶものだと、そう一部では言われるほどの存在だ。
人が対峙する場合も、個人ではなく軍での対応が普通で、その上で作戦を練って対策していくことが必要となってくる相手だ。
通常は数人で立ち向かう様な相手ではない。
「外道の王ともなると早々出会えるもんじゃないですよぉ。リグレスで見れた人は幸運ですねぇ、まあ、闇の小鬼はどれが王か判断できないですけどもぉ」
アビゲイルはそう言って笑みを浮かべた。
普通の人間からすれば、外道の王と出会うことが幸運なわけがない。
出会えば、ほとんどの場合、それは死を意味する。
「おまえたちだけで本当に行くのか?」
話を聞いていた騎士隊隊長が聞いてくる。
御使いの反応を見るに、確かに外道の王がこの地にいるのだろう、そのことは隊長にも予想ができる。
まあ、その御使いもただの肉塊の眼玉なのだが。
少人数で外道の王に挑むなど、勇者の所業か、それともただの蛮勇かだ。
今回の場合は勝算があるので、少なくとも蛮勇とは言えないが、それでも御使いの力を知らない隊長からすれば、どうしても無謀に思えてしまう。
神から使命を帯びた者達とはいえ、御使いが本当に力を、そんな都合よく貸してくれるとは隊長には思えない。
御使いとはそんな存在だ。
人に、使徒魔術として契約すれば力は貸してくれても、本来は人間に興味を持つ存在でもない。
「ええ、まあ、我々は全員別々の神より命を授かっていますので」
だから、御使いも我々になら力を貸してくれる、そういう意味を込めて、けども、マーカスが少し遠慮がちに言った。
恐らくはアビゲイルを気遣ってのことだ。
彼女は無月の女神の巫女候補だ。
代表的な祟り神と関わり合いのある者だ。
秘匿の神が治めるリズウィッド領ならまだしも、この地は違う。
騎士隊とはいえどういった反応を見せるかわからない。
「わかった。それを我々が止めることはできん。人員はいるか?」
それを聞いた隊長は支援を申し出る。
アビゲイル達を騎士隊として、監視しておきたかったのかもしれない。
だが、
「聖獣となった白竜丸はあまり人をその背に乗せたがりませんし、冥府の神の聖獣ですよ? 乗りたいですか?」
と、マーカスに問われ、聞こえた者達から動揺が見える。
誰も好き好んで冥府の神と縁を持ちたがる者はいない。
それは死と縁を持っていることと同義だ。
そして、白竜丸に乗らなければ、淀んだ地脈を超えて行くことはできない。
「いや、それは……」
隊長ですら口ごもる。
義理堅い隊長は部下に死ねとは言えないし、自分が行く気にもなれない。
ここ最近南側では騎士隊は人数不足に苛まれている。
指揮をとれる程、経験を積んだ人材は特に貴重なのだ。
今の騎士隊で自分を失う訳にもいかない。
隊長はそのことを十分に理解している。
「どちらにせよですよぉ、私達はあの村の後始末も使命の一環らしいのでぇ、外道の王をさっくりと倒して、また戻ってきますぅ」
アビゲイルは張り付いた笑顔のままそう言った。
アビゲイルはただ単に、いや、隊長の申し出がめんどくさかったので、隊長を安心させるために言ったのだが、逆に隊長はアビゲイルの言葉に、裏に何かあるのでは? と勘ぐってしまう。
そういう怪しさが、いや、胡散臭さがアビゲイルにはあるのだ。
「そんなお使いに行くような感じで……」
と、マーカスは隊長の表情でおおよそのことは察しつつ、付いて来られても厄介なことになるだけだということはわかっている。
いとも簡単に外道種を葬っていた、御使いのあの力を目にした騎士隊の反応など、あまり想像したくはない。
神の巫女相手に騎士隊が何かしてくるとはマーカスも考えはしないが、監視対象くらいにはなるかもしれないし、更なる厄介ごとを持ち込まれかねない。
普段ならそれでもよかったが、マーカス達にもこの旅の予定がまるでわからないのだ。
できるかぎり不安材料は抱え込みたくない。
「何度も言ってますが、今のディアナには二柱の御使いが憑いているんですよ。どうにでもなりますよ」
二柱の御使いが一人の少女に憑いている。
しかも別々の神に仕える御使いがだ。
恐らく世界でも類を見ない事だ。
本来なら、ディアナを注目されたくないのなら、強調して言うことではない。
マーカスはわざとそのことを強調して、騎士隊の隊長に告げた。
それはミアから目を逸らさせるためでもある。
ディアナも十分に特異点といってよい神の巫女ではあるが、マーカスにはミアの方がどこかおかしく尋常じゃないと、そう感じられる。
本当に不味いのは、ミアがこれ以上注目されることだ。
ミアの旅路を邪魔して、良いことがあるとは思えない。
ミアには既に監視役としてエリックが付いている。
だが、エリックはエリックだ。
ある意味、適材適所だ。
ハベル隊長も本気でミアを監視しようとは考えていない。だから、エリックがミアの監視者のままなのだ。
騎士隊の体として、ハベル隊長はミアを監視対象にしているに過ぎない。
いや、ハベル自身、ミアにはあまり関わるべきではないと、そう悟っているのかもしれない。
それは個人的な、ハベルが持つ竜の因子とミアの持つ竜王の卵の関係性もあるのだが、ハベルは騎士隊の隊長として、ミアに必要以上に干渉してくることはないことだけは確かだ。
だが、この騎士隊隊長がハベルのような話の分かる人間とも、マーカスには思えない。
なら、ディアナには悪いがディアナに注目を集めてもらうつもりだ。
その方が幾分か安全に思えるし、ディアナなら喜んでその役を買ってくれるはずだ。
そう思って、マーカスは先ほどの言葉を言ったのだが、騎士隊隊長はマーカスのその言葉にも興味を示さなかった。
マーカスの想像以上に、ただ騎士隊として実直な隊長だったのだ。
騎士隊の元来の役割は外道種の殲滅だ。
それを第一に考えている。
「わ、わかった。頼んでいいか?」
御使いが外道の王を倒してくれれば、それでいい。
そう隊長は判断している。
外道の王を葬れる機会などそうあるものではない。
確かに、リズウィッド領で長年封じ込めることしかできていなかった闇の小鬼が倒されたという話を聞いた。
それには御使いの力も、名は伏せられているがとある神の力が関わっていると、聞かされている。
もしかすると、いや、しなくても、ディアナという名の巫女の左肩にいるのが、その闇の小鬼の慣れ果てなのだろう。
そう考えるのが自然だ。
なら、騎士隊としては感謝こそすれ、協力こそすれ、ディアナ達を止める意味はない。
それに隊長自身が感じ取っている。
この若者たちには、確かに神の加護があると。
なにかしらの神の使命を帯びた者達なのだと。
邪魔をすべきではないと。
「我々も使命でやってますので、頼むも何もないですよ」
それを、隊長の心を読むかのように、マーカスはその言葉を発する。
聞いた隊長も自分が感じていたものが間違いじゃなかったと確信する。
そして、今、この辺境の地で世界的な何かが始まっているのだと感じずにはいられなかった。
「さてさて、どの王が相手ですかねぇ、私の知っている存在だと良いのですがぁ」
アビゲイルは張り付いたままの笑顔で、外道の王と対峙でもしたことがあるかのように言った。
「君たちは一体…… いや、それ以上にミアという巫女か」
そこで、騎士隊の隊長も気づく。
大元は、この元凶は、ディアナという巫女ではなく、先行している存在だと、確か、ミアという名の巫女だったと、そのことに。
マーカスは少しまずいか、と、顔を歪めるが、元々隠す気もないアビゲイルは、
「ですねぇ。ミアちゃんのことを知りたかったら、ハベルさんにでも聞いてくださいよぉ、ミアちゃんとも面識がありますよぉ」
と、ハベルの名を出す。
ハベル隊長の管轄はリズウィッド領だが、南側全体の地域でも、その名は竜の英雄として知れ渡っている。
それにハベルのおかげでリズウィッド領の始祖虫という存在を駆除できたとも。
「なるほど。シュトゥルムルン魔術学院の生徒か……」
その名を出されたら隊長も信用せざる得ないし、そもそも疑ってもいない。
何か隠していることには気づいているが、それを聞き出そうとも隊長は考えていない。
「私達もですよぉ?」
「そ、そうか……」
アビゲイルの言葉に、隊長は逆に疑い始める。
マーカスはともかく、ディアナもアビゲイルも、どう見ても生徒という技量の魔術師ではない。
「俺は休学中です」
けれども、マーカスがそう言ったことで、隊長も疑うこと自体をやめた。
理解せずただ受け入れて、手助けすればいい。
彼らは神の使命を持った人間なのだから、と。
「ああ、わかった。わかったから、とりあえず頼んだぞ。あ、待て、名を聞いてなかったな」
騎士隊として、この者達の行動を妨げることはない。
けど、名前くらい聞いておいて損はない。
もしかしたら、外道の王を葬り去る、英雄となる者達かもしれないのだ。
「マーカスです」
と、マーカスは今更ながらに名乗る。
「アビゲイルですよぉ、アビィちゃんと…… あなたに呼ばれても嬉しくないので呼ばないでくださいねぇ」
アビゲイルも張り付いた笑顔のままそう言った。
「で、こちらがディアナです。魔術の神の巫女です。彼女のことは…… シュトゥルムルン魔術学院にいるグラディスオス神の殉教者たちにでも聞いてください」
マーカスがそう言うと、隊長はただ頷いただけだ。
その言葉を疑っているようには見えない。
「で、その竜のような獣が、白竜丸か」
と、隊長はそれだけを確認してきた。
「はい」
マーカスが返事をすると、
「では、改めて頼んだぞ、勇者達よ」
そう言って、騎士隊の隊長はマーカス達に激励を飛ばした。
「勇者ですってよぉ、マーちゃん」
アビゲイルにまでそう言われた、マーカスは少しだけ照れた顔を見せる。
エリックではないが、男として一度は憧れるものだ。
そして、憧れたからこそ、マーカスも騎士隊に一度はなろうとしたのだ。
「外道の王の討伐に行くなら、まあ、そうですよね」
そして、マーカス自身も自覚する。
これはまさに勇者が行う様な行為だと。
「これが赤芋? 本当に赤い芋ね。中も赤いの?」
穀物庫から持ってこられた赤芋を見て、スティフィは物珍しそうにそういった。
「中は黄色でしたよ」
ミアは思い出しながらそう答えた。
ただ焼いただけの芋なのに妙に美味しかったことを思い出す。
絶妙な自然の甘さだったことを。
「火を通せばな。焼く前は白よりだ」
それをアランが補足する。
「ボクも見るのは初めてですので、最初は…… 試しに数体だけで、おねがいします」
フーベルト教授の言葉に用意された山隅の赤芋の中から、ミアは三本だけ無作為に手に取り、それを地面の上に丁寧に置いていく。
「荷物持ち君、杖を」
さらに荷物持ち君から古老樹の杖を受け取る。
古老樹の杖を強く握り締め、ミアは願う。
これは魔術ではない。
だから手順ではない。呪文も手で印を作ることもしなくていい。魔法陣もいらない。
ただの願いだ。古老樹に願い、そして叶えてもらうだけのものだ。
魔力すら借りなくていい。
言ってしまえば、まさしく奇跡の類だ。
「では、行きます! 朽木様! お力を再び貸してください! この赤芋たちに、その力を授けてください!」
ミアの手に握られた古老樹の杖が、発した言葉と共に、その先端に刻まれている解読不能の文字の一つが緑色に輝きだす。
そうすると三つの赤芋が急激に成長し、芽を生やし、根を生やし、そして巨大化していく。
馬ほどの大きさになった赤芋は根で自立して、そして、ミアの前にかしづくように控える。
「これほどとは……」
その光景をみたフーベルト教授は心底驚く。
人間が扱える魔術とは明らかに違っている。
原理も過程もまるで分からない。
「これが…… 古老樹に授けられた巫女の力……」
そこへ偶然買い物から帰ってきたサリー教授も目を輝かせる。
神への信仰を捨てた彼女にとって、古老樹はある意味では新たな神にも等しい存在だ。
だが、古老樹は神とは違い、人に力を貸してくれることはまずない。
ミアが行った奇跡は、サリー教授からすれば、望んでも得られなかった力なのだ。
「芋が巨大化したのか…… 何人分になったんじゃ?」
長老が巨大化した芋を見て、場違いなことを言う。
すべての芋がこれだけ巨大化してくれれば、備蓄の分配で頭を悩ませなくて済むという、長老ならではの悩みを抱えていたからではあるが。
「で、この子たちに何をしてもらいますか?」
自分の前にかしづいている芋たちを見て、ミアはこの赤芋たちが命令を待っているのだと感じる。
実際に、この芋達はそういった存在だ。
ミアはそう思わないかもしれないが、ミアの下僕、と言っても間違いはない。
「城壁は…… 流石に無理だから、とりあえず村を囲う壁を作ってもらう?」
スティフィがそう提案する。
「お願いしても良いですか? 外道種からこの村を守る壁が欲しいのですが?」
と、ミアが芋たちに問いかけると、芋はコクリと頷き、根を奇妙にばたつかせて各々三方へ、根をのたうち回るように移動していった。
その姿は、どう見ても味方ではなく、芋の外道種が現れたのではないか、そう思える光景だ。
ただ、長老により既に話は町全体に行き渡っているはずなので、騒ぎ出しはしないはずだ。
「で、結局これは…… な、なにを…… しているんですか!?」
ジュリーと自分の服を買い終え戻ってきたサリー教授はとりあえずなんかの儀式的なものをしていたので、それを見守ってはいたものの、状況はわからないままだ。
「あっ、サリー教授! 赤芋軍団です! それで外道種達に対抗します!」
ミアの返事に、なにも事情を知らないサリー教授は困った表情を浮かべるだけだ。
「で、なにを…… しているんですか?」
サリー教授はフーベルト教授の方を見て、少し不機嫌そうに問いただす。
先ほどミアが使った力は、不用意に使っていい力ではないはずだ。
「ボクから説明しますね」
サリー教授が、自分の妻が不機嫌になっていることをすぐに悟り、フーベルト教授はサリー教授の元に駆け寄り説明を始める。
サリー教授と共に帰ってきたジュリーは移動していった大きな芋を見送った後、スティフィに話しかける。
「あの巨大な芋? も、ミアさんの仕業ですか?」
「あんたもあの時…… 目が見えてなかったっけ? それともいなかったっけか。まあ、ミアの仕業よ」
無月の女神の館で当事者のはずだが、あの時のジュリーはそもそも目を負傷していたし、なんなら途中で戦線を離脱していったので、ジュリーも巨大植物をその目で見るのは初めてだ。
そうこうしていると、フーベルト教授の説明を聞いたサリー教授も一応の納得をする。
「わ、わかりました…… 荷物持ち君が…… 良いというのであれば…… 私達が口出しすることでは……」
だが、その顔はどう見ても納得できていない。
不満があると、表情から漏れ出している。
それを見たジュリーはしばらく近寄らないと心に決める。
「けど、知らない人が見たらどっちが外道種かわからないわね」
スティフィは根をのたうち回らせて移動していく赤芋軍団を思い出しながらそう呟いた。
「んー、それは確かにな」
それにエリックも同意する。
外道種特有の嫌悪感は感じないが、見た目は外道種といわれたら素直に信じてしまうものだ。
「とりあえず三個だけで様子見しますか?」
ミアはまだまだいけるとそう言った雰囲気を出している。
何ならここにある山積みされた赤芋すべてを巨大化させることも出来るといった顔をしている。
「一端様子見しましょうか。どの程度の能力を有しているか誰にもわかりませんし」
フーベルト教授は改めて周りを見る。
この町の人々のほとんどが集まっている。
その者達は騒ぎ出す、というよりは、今は訳も分からずに呆気に取られている、といった感じだ。
「古老樹の眷属ということで呪いの類には強いと思いますよ! ニンニクさん達は呪いの塊に向かっていきましたし」
周りの様子を確認しているフーベルト教授に向かい、ミアは元気に報告をする。
「そ、そうですか。報告を受けてはいますが、改めて聞いても何一つとして理解できないですよ。サリーはできますか?」
ただ、実際目に見ても何一つ理解できなかったフーベルト教授はそう言ってサリー教授に話を振る。
「す、少しなら…… 物凄い生命力と魔力を秘めて…… ます…… あれなら外道種にも十分に対抗で…… きます…… が……」
ミアの言う通り、呪いの類にはめっぽう強いかもしれない。
ただ地脈から力を受け取っていたようなので、場所の影響を強く受けるのだろうと予想もつく。
滅んだ村のような、淀んだ地脈がある場所でこの奇跡を使ったらどうなっていたかまでは、サリー教授でも想像できない。
外道種にも対抗できる、という言葉を聞いて、近寄らない、と心に決めていたはずのジュリーは既にその決めたことを破る。
「師匠、どれくらいですか? どれくらいの外道種に対抗できるんですか? 私は外道種との戦闘とか絶対に無理ですよ?」
ジュリーからしてみれば、外道種と戦うなどできることではない。
無論、人が少なくなる地域には外道種が多くなる、という話はジュリーも知っている。
だが、ミアの周りに居れば、荷物持ち君がいるのだ。
そんな心配などしていなかったのだ。
サリー教授もフーベルト教授から聞いた情報から、外道種が群れをなしているという点からも、外道の王の可能性を考える。
それならば、赤芋軍団も仕方ないのかもしれない。
通常の外道種であれば、あの赤芋数体で迎え撃つことは可能だろう。
だが、外道の王が相手となると、そういう訳にもいかない。
あの赤芋だけでは不十分にサリー教授には思える。
「あれを…… どれだけ用意できるんですか?」
なので、ミアにそのことを問う。
それでも数が居れば、外道の王にも対抗できるかもしれない。
「赤芋があればあるだけ? ですかね? 私にもわかりませんけど……」
ミアはそう言って古老樹の杖を見た。
この奇跡はミアに何の負荷もかかっている物ではない。
古老樹の杖に願うだけで、叶えられる奇跡だ。
どれくらい赤芋軍団を用意できるかなど、古老樹の杖次第なのだが、それはミアにもわからない。
「ミアさんに負荷はない…… のですね…… これだけの奇跡を起こしておいて……」
ミアの様子を見て、ミアは何にも負荷や代償を支払っていないのだと、サリー教授も気が付いた。
どれだけの物をミアは古老樹から、朽木様から授けられたのだと、サリー教授は改めて驚く。
「どのくらいの時間あの芋はあのままなんだ?」
エリックは遠目で赤芋軍団が村を囲うように土の壁を築き上げ始めているのを見ながらミアに聞いた。
「それもわかりません!」
考えるまでもなくミアも知らない事だ。
「元に…… 戻るんだよな?」
と、アランが恐る恐る聞いた。
芋が元に戻るのであれば、ここにある芋を赤芋軍団とやらに変えてしまい、打って出た方が良いのでは、とアランには思えて仕方がない。
そうすれば少なくとも町を戦場にすることはない。
「恐らくは戻りますよ! ただ役目を果たすかやられるまで、あのままなんじゃないでしょうか? 役目を終えると以前は元に戻っていました。あと多分食べれます!」
ミアは以前巨大化した植物がいつの間にかに元に戻っていたことを思い出しながら、そう言った。
そのうちの一つであるホウズキもミアには理由がわからないが馬車に積んである。
「そ、そうか……」
流石のアランも外道種と戦った後の赤芋を食べるのはどうなんだ、と考える。
もし返り血でも付着していたら毒ではないのか、とそう考えてしまう。
「た、食べるだなんて!!」
サリー教授が目を大きく見開いて…… その後何をどうしたいのか、サリー教授自身わからなくて、言葉は繋がらなかった。
「そうさな。神物として神棚に捧げんとあかん!」
奇跡を目の当たりにしたこの町の長老は、そう言って頷いた。
ただしその言葉には、だからもうこれ以上芋を使うな、と無言の圧を込められている。
「長老……」
そのことがわかったアランは、町が滅ぶかどうかの時に何を気にしているんだという視線を向ける。
「古老樹の力なので、神様は関係ないですよ」
神棚と聞いて、ミアはそう訂正するのだが、その言葉を聞いている者は誰もいない。
「そういえば、この領地の主神は?」
フーベルト教授はふと気になってアランに聞く。
ここら辺の地理にはフーベルト教授も詳しくない。
ここなんという領地なのか、フーベルト教授にも既に分からない。
それでも主神がいるのなら、その力を借りれるかもしれない。
借りられればそれは大きな戦力となるはずだ。
「ここはどの神の領地ではありません。空白地帯です。だから主神もなにも……」
アランは少し目線を下げて、フーベルト教授の問いに答える。
「な、なるほど……」
アランの回答にフーベルト教授も驚く。
今の国、いや、領地は神が神代大戦が終結した際に自分の土地だと宣言した土地だ。
つまりこの地は神が居なかった、見捨てられた土地ということでもある。
神々の恵みがない、そんな土地ということだ。
だからこそ、滅んだ村も、あの状態でそのまま放置されていたのだろうが。
「空白地帯なのに騎士隊が詰所を作ってやっていけるの?」
スティフィが素朴な疑問をぶつける。
騎士隊は王直属の部隊だが、その資金面ではその土地の領主に依存していたりもする。
だから、スティフィにはそのあたりがどうなのか、疑問に思っている。
「だからこそだ。この辺りの村の安全を騎士隊が守っている」
だが、アランはそういった土地だからこその騎士隊だと主張する。
その結果、
「六人しかいないじゃない」
と、スティフィに言われてしまう始末だが。
「それは……」
そして、それはその通りで、この町の騎士隊は万年人材不足だ。
だから、まだ若いアランが隊長を務めている。
アランが渋い顔をし始めたので、
「スティフィ!」
と、ミアがスティフィの名を鋭く呼ぶ。
「これくらいにしとくわよ」
仕方なくスティフィは、これからが面白そうなのに、と思いつつもアランをからかうことをやめる。
そんなことは意にも介してないエリックが、
「おい、見ろよ。あの赤芋、土で壁作っているぞ。物凄い勢いで!」
と、楽しそうに叫んだ。
実際、村を覆うように土壁がものすごい勢いでできていっている。
巨大化した赤芋が根を大地におろし、内部からその根を使い土を盛り上げて壁を作っていっているのだ。
見た目だけなら、勝手に大地がせり上がり壁が出来ていっているようにすら思える。
「ただの…… 土壁じゃないです…… 地脈の力で強化されています…… 見た目以上に強固な壁です……」
遠目ではあるがそれを見たサリー教授が驚く。
せり上げた土壁に、いや、地脈ごと壁にしているといっていい、それは想像以上に強固な壁だ。
「土を強化って…… あんまり聞いたことないわね」
サリー教授の言葉を聞いたスティフィがポツリと漏らす。
特に自然の土をそのまま強化して壁として使うなど聞いたことがない。
「難しいですからね。自然の土は特に。それこそ万物強化の魔術でもない限り、人間には不可能に近いですね」
それに対してジュリーが補足する。
専用に用意した土なだまだ知れず、自然の土を強化する魔術など人間が扱える魔術ではない。
例外があるとしたら、万物強化という魔術くらいのものだ。
「構成する成分が…… 複雑すぎて…… できなくはないですが…… 普通は大した効果が期待できないんですよ…… なのに……」
サリー教授も驚いて、せり上がっていく壁に見惚れる。
次々とせり上がっていく土の壁は、石壁よりも強固であり、多少穴があけられたところですぐにふさがってしまう様な物だ。
ミアの命令通り、外道種にもそう簡単に破られない壁が次々と出来上がっていく。
「あの土壁はそうじゃないというわけですね。半日でこの村を城塞化できる勢いね……」
今のスティフィにはその壁の凄さが今一わからない。
ただサリー教授の驚きようを見るに、その壁が凄いということだけは理解できる。
「とりあえず芋三個で、壁のほうは十分そうですね」
ミアはそう言って満足そうに頷く。
その様子を見ていたスティフィが、
「お昼ご飯みたいに言わないでくれる?」
とだけ、突っ込んでおいた。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!
赤芋=サツマイモですね。
甘芋とどちらが良いか迷いましたが、赤芋にしておきました。




