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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者

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滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その10

 サリー教授、ジュリー、ミアの三人は、淀んだ地脈の気が満ちた細い地下通路を進んでいく。

 明かりの頼りは、ジュリーの火の精霊だけで少し心もとない。

「この衣、大丈夫ですよね? いきなり力を失ったりしませんよね?」

 ジュリーがサリー教授に向かって不安を口にする。

 何かを喋ってないとジュリーも不安で仕方がないのだ。

 薄い空気の層のような物に守られているが、その外側は、淀んだ地脈の気が満ちる死の世界なのだ。

 ジュリーも気が気じゃないのは仕方のないことだ。

「この衣は間違いなく神器ですので……」

 ジュリーをそう言って嗜めるサリー教授自身も不安だ。

 それは誰よりも地脈という力の流れに詳しいからだ。

 サリー教授自身、こんなにも淀んだ地脈を見たことがない。

 それでも身に着けている衣は神器であり、信頼に足る力を有しているもののはずだ。

 サリー教授もすべての不安を払拭はできないが、ジュリーほど取り乱してもいない。

「そんなにまずいんですか? 私にはよくわかってないですが?」

 ミア一人だけに不安がない。

 ロロカカ神の魔力に慣れ親しんでいるミアだけが、この淀んだ地脈を危険だと認識できていない。

「ミアさんは…… 穢れというか淀みに強い耐性があるようなので…… それが選ばれた理由なの…… かも…… ですね」

 ミアは育った環境か、生まれつきか、それはわからないがミアは負の方向の属性をもった魔力に強い耐性があることだけは確かだ。

 常人では震え上がってしまうロロカカ神の魔力を身に纏えているのも、ある種の才能の一つだったのかもしれない。

 ただそれは人間からすれば少し逸脱した才能ではある。

 これほどの淀みを抱え込んでいる地脈に対して何も危機を抱けないのは、どこか壊れてしまっているともとれるものだ。

 ミアはサリー教授の言葉に歓喜して、

「ロロ…… あ、ここは他の神の領域でした」

 その神の名を言いそうになるのを、慌てて口を噤む。

 今いるこの場所は別の神の領域なのだ。

 軽々しく他の神の名を口にしていいわけではない。

「はい…… その名はあまり…… 言わないでください……」

 その名を聞いただけで、神が逃げ出すような神の名だ。

 この場で名を出さない方が良い。

 フーベルト教授の話では、ミアは既に一度出してしまっているようだが、これ以上は出さないことに越したことはない。

 それにより地母神よりこの村の盟約の破棄を仰せつかってしまったのだ。

 それがなければ、今頃はこの村から逃げ出せていたはずだ。

 神嫌いのサリー教授からすればそう考えてしまう。

「地脈って、そもそもなんなんですか?」

 ミアは口を噤み、ロロカカ神の名を飲み込んだ代わりに、地脈のことをサリー教授に質問する。

 ミアからすると神から借りた魔力と同等かそれ以上の物が、なんで大地の中を流れているのかがわからない。

「大元は…… 確証はないですが…… 地脈も元は神の…… 御力、その行き着いた先、らしい…… です」

 サリー教授も地脈の正体を正確には知らない。

 魔術学院の上位組織、学会と呼ばれる場所では、神から借りた魔力が霧散した後、流れ着いた先が地脈ではないか、そういわれているだけだ。

「地脈の力がですか?」

 ミアは少し信じられないと言ったように聞き返す。

「はい…… 神の御力を、我々人が、魔力を借りて魔術を行使した後…… ほとんどの魔力は…… 世界に霧散していきます……」

 魔力は神の御力だ。

 そして神は不滅の存在だ。その魔力も魔術で使ったからといって消えてなくなるものではない。

 神より仮借された魔力は、使用後にそのまま霧散していくのだ。

 その霧散先について、ミアは今まで気にしたことがなかった。しかし、その先が地脈だと考えられているという話なのだ。

「なるほど!」

 たしかに霧散した魔力の行先と考えれば地脈の力強さも頷けるというものだ。

「その魔力が…… 地にしみこみ流れ出した物が地脈と…… 言われています……」

「様々な神の力が混じりあっているから、地脈の力は混沌として使いづらいという話ですよね」

 さらにジュリーがその話を補足する。

「そう…… 言われています……」

「そういえば、神様は魔力を回収しなくていいんでしょうか?」

 ミアの中で新たな疑問がわき上がる。

 魔力は神より仮借されている物だ。借り物なのだ。

 それを返したことはない。

 ミアは捧げものをできる限りしているが、そんな物を送らずとも神は人にその御力をかしてくれる。

 そして、それに対してどの神も人に対して見返りを求めてこない。

「神々は…… 意図的に魔力を流している…… そう言われています」

 ミアの疑問に対して、サリー教授は少し言いづらそうに答える。

 それは何の確証もない、ただの憶測にすぎない、推論でしたかないものだからだ。

「なんでですか?」

「この世界を…… 成長させ…… 完成させるため…… です」

 この世界はまだ未完成である。

 それを完全なる世界と成長させるために神々は人に魔力をかし、それを通じて世界に魔力を流し成長させているのだ。

 この世界の端は大きな滝があり、そこで世界が終わっているのだという。

 それこそが世界が未完成である証拠だ。

 かつて、それを確かめに行った船団もいた。

 その中の生き残りの一人が、シュトルムルン魔術学院の教授であるウオールド教授だ。

 世界の果てを見に行き、生還した一人だ。

 確かに世界は未完成だったと、それを人は既に確かめているのだ。

 ついでに、人に魔術という技術を伝えのは悪魔だそうなのだが、それすらも神の意図だったという話もある。

「成長させ完成?」

 ミアにはその言葉に実感がない。

 この世界が未完成だということは知識として知っている。

 だが、ミアにはこの世界が未完成だという実感はないのだ。

 自分の手の届く範囲がミアにとっての世界であり全てなのだ。もっと言ってしまえば、幼い頃はリッケルト村という村がミアにとっての世界のすべてだったのだ。

 ミアの世界はリッケルト村だけで既に完結していたと言っても過言ではない。

 実は世界が未完成だったと言われても実感がない。

「この世界は、地を地脈、空を天道が…… まだ、確認はされてないですが、恐らく海にも…… 似たような力の流れが…… 世界を巡っているのです」

 サリー教授の言葉に今度はジュリーが驚く。

「海にもなんですか? 私もそれは初耳です」

 ジュリーも気を紛らわすように、少しでも不安を考えないようにと話に入ってくる。

「海は…… 人の領域…… ではないので…… それらが世界を巡ることで世界を作り…… 徐々に世界を成長させ…… て、いっている…… というのが学会での考え方…… ですね」

 あくまで学会という場所でまとめられたことでしかない。

 それを神が正しいと保証されていない、仮定の知識でしかない。

 だから、サリー教授も講義として、生徒に教えることのない知識だ。

 地脈の大元が人々が魔術で使うために借りた神の御力というのも、それらが世界を成長させているというのも、今はただの憶測にすぎない仮定の知識だ。

「なるほど。じゃあ、魔術がない時代はどうだったんですか?」

 ミアの疑問も最もなことだ。

 魔術という技術がもたらされたのは、神代大戦の後期頃だったというのが魔術という学問での常識だ。

 それ以前の世界では、なにが世界を成長させていたというのだ。

「創世神が…… 世界を創って…… ですね……」

 その質問にもサリー教授は答えづらそうに答える。

 やはりそれも憶測でしかないからだ。

「存在していたかどうか、怪しい神様、ですよね?」

 創世神の名を聞いて、ミアは顔を訝しむ。

 ダーウィック教授の講義でもあまり名の聞くことのない神の名だ。

 この世界の創世神話は、神代大戦を終わらせた法の神が降臨したときに作られた物だ。

 ただ、それ以前に世界がなかったわけではない。

 なのに、人々の間では、それが創世神話といわれている。

 一部では、創世神を法の神が神代大戦の際に駆逐してしまったからだと、そう考えている学者たちもいる。

 そうでなければ、この世界を創った偉大なる神の名が伝わっていないのはおかしい。

 今、その創世神の名を知るのは王都に住むこの世界唯一であり、法の神に認められた王の一族だけだという。

 それ以外の者が、その名を知る事すら禁忌とされているほどだ。

 そんな歴史を持っている神だ、学者の中には、いたかどうかも不明の神、と言い出す者までいて、ミアもそれらの影響を受けているだけだ。

「私は…… 存在していたと、考えて…… います」

 一息ついて、サリー教授はその言葉を発する。

 そうでなければ、この世界がそもそも存在していないのだ。

 少なくとも、この未完成の世界を創った存在は必ずいるはずなのだ。

「なるほど」

 ミアが納得したところで、サリー教授は足を止める。

 狭い通路が終わり、少し広い空間へと繋がっている。

「部屋に…… でます…… ジュリー、精霊を……」

 大きな部屋とはいえ、天井も低く、ミアでギリギリ、サリー教授は少し屈まないと立てないような部屋だ。

「はい」

 サリー教授の言葉に従い、ジュリーは火の精霊に、部屋の中を照らす様に命じる。

 照らされてわかるが、そこは円形の部屋で床にびっしりと神与文字が描かれている。

 ここがこの村の中心部であり、足ものとにあるのが地母神と盟約を交わした魔方陣なのだろう。

「これは……」

 サリー教授はその魔方陣にさっと目を通す。

 そして驚愕する。

 盟約は盟約であるのだが、この魔方陣の内容は地母神をここに縛り付けるかのような、そんな内容の魔方陣だ。

 フーベルト教授は地母神がロロカカ神の名を聞いても逃げなかった、と言っていたが、この魔方陣の内容では逃げられない。

 この魔方陣の内容は、地母神を、その一部とはいえ縛り付けられているようなものだ。

「門の下にあった聖骸と同じようなものもありますよ。こちらのは寝ていませんけれども」

 一番後ろのミアが身を乗り出すように部屋の中を覗き込んで、部屋の中央にある聖骸を見つける。

 西の門の地下にあった聖骸と同じように、手足が切り取られたような跡が見える。

 ミアにはあまりわからないが、その禍々しさは西の門の地下の聖骸とは比べ物にならないほど禍々しいものだった。

「が、外見はそうですけど…… 全然雰囲気が違いますよ! そ、それに、躯に重なるように居ます、幽霊もいます…… この方は…… 頭部が門では…… ヒッ!!」

 禍々しいだけではない。

 ジュリーには、その才能開花し死者を見れる眼を持ってしまったジュリーには、より悍ましいものが見えてしまう。

 まだ人の形をしているのは上半身だけだ。

 頭部は四つあり、折り重なるように存在している。

 下半身は木の根のようになっていて、そこに追いすがるように幾人もの人のようなもの人型のようなものが同化している。

 同化している人型は、辛うじて人型なだけで、人とはもう呼べないようなものだ。

「どうしたんですか、ジュリー?」

 ミアが悲鳴を上げて、ブルブルと震えだしたジュリーに声を掛ける。

「頭が…… 頭が…… 頭が…… 重なっている…… いくつも、いくつも、いくつも、折り重なっています。な、なんですか、あれは…… ふ、震えが止まりません……」

 その霊の姿を見た瞬間、ジュリーは震えが止まらなくなっていた。

 なにが怖いのかもわからないほどの強烈な恐怖をそれから感じ取れていた。

 ジュリーは本能であれはいけないものだと、人が関わるべき存在ではないと、そう考えていた。

「幽霊自体が…… 呪術の一部、呪物化しているのですか……」

 サリー教授はジュリーの反応からそれを予測する。

 いや、この村は、最初からこうなることを予期して作られていたのだ。

 この呪術は、これで正常なのだ。

 間違ったことがあるとしたら、村の住人たちが戦う術を失ってしまったことだけだ。

 今もこの村が外道種と戦うためだけの戦士の村であったなら、この村を守る呪術としては、正常だったのだ。

「なにも見えません」

 ミアからしたら幽霊など何も見えない。

 きょろきょろと部屋の中を見渡すが、聖骸が西門の地下のものとは違い槍のような物を抱えているだけで、後は床にびっちりと神与文字が書かれているくらいだ。

「敵意は…… ありますか?」

 サリー教授はそれだけでもジュリーに確認する。

 それにより対応が変わってくる。

「わ、わかりません…… こ、怖くて…… 震えが止まらなくて…… まともに…… 見ることも……」

 だが、当のジュリーはその存在をもうまともに見ることができないほど取り乱している。

 今はサリー教授の腰に追いすがるかのようにして、何とか立ってはいるが、腰自体は既に抜けてしまったようだ。

「地母神の衣を着ているんですから、襲われたりしませんよ」

 ミアは自信満々にそう言ってジュリーを元気づけるがジュリーにはその言葉はまるで届いていない。

「それを…… 信じて…… 今は盟約の破棄を…… 急ぎましょう……」

 サリー教授は、とりあえず近くの神与文字の解読を始める。

 あまりにも危険な場所だということだけは、間違いがない。




 少しの時間がたったが、三人はまだ部屋の入り口のあたりにいる。

 流石にジュリーも平静を少しだけ取り戻し、自分の足で立てるようにはなったが、体の震えが収まっている訳ではない。

「何かわかりましたか?」

 ジュリーを支えるように抱きかかえながらミアが、神与文字を解読中のサリー教授に声を掛ける。

「大地の槍で…… 盟約の魔方陣を貫けと…… ここに書かれていますが……」

 入口の付近に書かれている文字は魔法陣を構成するものでなく、盟約の魔法陣を破棄するための手順が丁寧にも書かれていた。

 それを流し読みしたが、サリー教授には大地の槍が何を指しているかわからない。

 衣の他にも必要なものがあるのではないかと考え始める。

 もしかしたら他の門も掘り返さないといけないのかもしれない。

「槍なんて……」

 と、ジュリーが震えながら考えるが、この村で槍など見た覚えはない。

 実は目の前にあるのだが、ジュリーには幽霊の方が気になり、視界に入っていない。

「槍!? 槍、あ、あります、あります、あの聖骸の手元に…… あの聖骸が抱え込んでいます!! 槍を!!」

 けど、サリー教授も幽霊を刺激しないようにと、あまり中央に安置されている聖骸の方を見ていなかったが、しっかりと見ていたミアだけはそのことに気づく。

 確かに、この部屋の中央に安置されている聖骸は槍のような物を抱えて持っている。

「え!? ええ!? そ、それを取りに行かなければならないと言うことですか?」

 ジュリーが震えながらそれをサリー教授に確認する。

 ミアに指摘されて、サリー教授も伏目がちで聖骸の方を確認する。

 それだけでサリー教授も寒気がする様な恐怖を感じ取れてしまう。確かに聖骸の周りに何かしらが存在しているのだろう。

 同時に聖骸が槍のような物を抱え込んでいるのも確認できた。

 だが、それだけに、

「これは…… あの聖骸を破壊しなければ…… なりませんね……」

 恐らくはあの聖骸も木乃伊のように干からびているはずだ。

 そんな躯から抱えるように持っている槍を取るとなると、聖骸自体を破壊しなければならない。

 それがどれだけ危険な行為かいうまでもない。

「そ、そ、そ、そんなことして、この方、お、怒りませんか?」

 それに対して、ジュリーはミアにしがみ付きながら、涙目になる。

「幽霊は…… 生前の自分の…… 体に、執着すると…… 聞くので…… 怒ると…… 思います……」

 サリー教授もそう言って顔を顰めさせる。

 だが、現状ではあの聖骸が抱え込んでいる槍を手に入れるには、それしかない。

 木乃伊化どころか化石になってもおかしくはないほど長い年月の間放置されていた聖骸だ。

 化石化してないのは、ただ単に埋没していなかっただけだろう。

 そんなものが抱きかかえている槍をすんなりと取れる訳がない。

「ど、ど、ど、どうする…… んですか! む、無理ですよ、あんなのと敵対しようものなら命なんてありませんよ!」

 ジュリーはそう言ってミアに力いっぱいしがみ付く。

 あの幽霊を怒らせて無事でいられるとはジュリーには到底思えない。

 そう考えていたジュリーのその力が強かったので、流石のミアも痛がる素振りを見せるのだが、ジュリーはそれを気にしている余裕はない。

 だが、ミアには大精霊というべき精霊が付いている。

 ミアの意志とか関係なく、大精霊がミアを守るために、ジュリーをミアから、たいした力ではないにしても、力づくでジュリーをミアから引き剥がす。

 ジュリーも不可視の力に押し返されたことで、ミアに憑いている精霊のことを思い出す。

 もっと、ミアに危害が及ぶほどの力でしがみ付いていたら、今頃自分はこの精霊に吹き飛ばされていたかもしれない、と言うことを。

 それで少しだけではあるが、冷静さをジュリーも取り戻す。

「無月の女神の館にいたのと、どっちがまずそうなんですか?」

 ミアからしたら自分からジュリーが急に離れた様に感じていた。

 まさか大精霊が自分から引きはがしていたなんて考えもしない。

 なので、ジュリーも平静を取り戻したのだと、そう思い、そんな事を聞いた。

 ミア的にはあの館にいた呪詛の塊の方に恐怖を感じている。

 目の前の聖骸からは特に何も感じていない。

 それはただ単に敵意を向けられているかいないか、それだけの差かもしれないが。

「どっちもどっちですよ!! 比べさせないでください!!」

 それを聞かれたジュリーは感情的に叫ぶような声で反射的に答える。

 ジュリーの答えとしては、どっちも最悪でおぞましい、だ。

 片や呪術の天才の手により数々の伝説的な呪具を集められ人工的に育てられた物と、恐らくは数千年もの間淀んだ地脈によって育まれた呪物だ。

 比べようもない。

 ジュリーの叫びにも似た回答を聞いたミアは少し考える。

 ジュリーは恐怖で未だに取り乱している。

 サリー教授ですら、たじろいでいる。

 なら、自分がやるしかない、と。

「じゃあ、私が槍を取って魔方陣に突き立てますので、後は急いで逃げましょう!」

 ミアはそれを提案する。

 それほど難しい事ではない。

 もし、幽霊がミアに敵意を向けてきても、自分なら精霊が守ってくれるはずだ。

 幽霊相手でも簡単にやられはしないという自信がミアにはある。

「えぇ!?」

 信じられない物を見るようにジュリーはミアを見る。

 だが、ミアにはジュリーが見えているものが見えないし、地脈の淀みも感じられないから仕方がない事だ。

 この状況で緊張せずに行動できるミアに任せてしまうのは、ある意味では正しい選択なのかもしれない。

「いいの…… ですか?」

 サリー教授としても、それが一番成功率が高いように思えてしまう。

 なにより、サリー教授が行動するにしても、この魔法陣を全て解読してからになる。

 そうでないと流石に怖くてサリー教授も行動できない。

 それまでこの衣の力が持ってくれるとは限らない。

「地上まで帰れれば荷物持ち君もいますし、私には今も精霊が憑いているはずなので大丈夫ですよ!」

 確かに通路はそれほど長い道ではない。

 走れさえすればすぐだ。

 地上に戻るのに梯子を上らないといけないが、障害があるとすれば、それくらいなものだ。

「たし、たしかに!! そ、そうしましょうよ! 師匠! ミアさんに、全部! やってもらいましょう!!」

 ジュリーはミアの提案に大賛成だ。

 ただ、サリー教授からすると、それは賭けでしかない。

 それにミアの提案する方法は、巫女が三人も必要ない。そこが気がかりだ。

 正式な手順があるはずなのだが、それを確かめている時間も今は惜しく感じてしまう。

 サリー教授とて、このような場所に長居したくないし、正常な判断を下せないでいる。

「肝心の…… 魔方陣…… ですが……」

 そう言って、サリー教授は盟約の魔法陣の目星をつけ始める。

「この部屋全部がそうですよね? どこに突き立てましょう?」

 ミアは最悪この部屋の全てに槍を突き刺して逃げる気でいる。

「こ、こういうのは、真ん中ですよ! 真ん中に突き立てましょう!」

 そう言って、ジュリーは中央を指さす。

 のだが、そこにあるのは聖骸であり、異形とも言うべき幽霊がたたずむ場所だ。

 ジュリーは慌てて、指した指を引っ込める。

「真ん中は…… あの聖骸がある場所ですよね?」

 槍を聖骸に突き刺すというのは流石にミアも躊躇する。

「この…… 辺りが…… 重要そうな文言が…… 書かれていますが…… ダメなら…… いろんなところに突き刺して…… 周ってもらって……」

 サリー教授も現状では正常な判断を下せていない。

 聖骸を破壊して槍を取った上に、その聖骸に槍を突き刺すなど、それこそ幽霊を激怒させるような行為だ。

 とりあえず、地母神を解放すればいいはずだから、地母神を縛っている文言の場所をサリー教授は指さす。

 それでダメそうなら、いろんな場所を槍で刺して盟約自体を無効化させてしまえばいい。

 この状況下だ。地母神も多少は大目に見てくれるはずだ。

「後は流れに身を任せるんですね! それなら得意ですよ!」

 サリー教授の言葉聞いてか聞かないでか、ミアは恐れることなく部屋の中へ足を踏み入れていく。

「ええ!? 師匠! そんな適当な!!」

 サリー教授の提案にジュリーが驚く。

 いつも冷静なサリー教授の言葉とは思えない。

「今は…… 時間が…… 早く終わらせましょう…… 正気を失う前に……」

 サリー教授自身、正気が削られていることを感じ取っている。

 この場所がいかに危険か、サリー教授には理解できている。

 例え、神器と呼ばれる様な物に身を包んでいてもだ。


 ミアはなるべく神与文字を踏まないように避けて、聖骸のところまでやって来た。

 やはり聖骸が抱えている物は槍だ。

 恐らくはこの槍も神器の類だ。

 その証拠にこんな場所にあるのにもかかわらずまるで新品のような金属の輝きを放っている。

 聖骸はその槍に縋りつくように抱きかかえていて、聖骸を破壊しなければやはり槍を取り出すことは不可能そうだ。

 他の、少なくとも西の門の地下にあった聖骸は寝かされた状態だったのに対して、この聖骸は死ぬ寸前までこの槍に縋りついていたような恰好をしている。

 ミアはとりあえず槍に手をかける。

 槍は刃の方を上にし、石突の部分が部屋の中央にある低い台座に突き立てられている。

 その台座にも神与文字がびっしりと書き込まれている。

 それを見たミアはこれを槍でつけばいいのではないか、そう思えた。

 肝心の槍は少し力を込めるくらいでは、聖骸から引き離すことはできない。

 ただ、固定はされていないのか、多少動きはする。

 それこそ、この聖骸を取り除ければ、恐らくは槍は自由になる。

 それを確信したミアは深呼吸をして、槍を両手で持つ。

「二人とも逃げる準備だけはしておいてください、なんならもう逃げてください!」

 ミアは未だに部屋の入口にいるサリー教授とジュリーに向かい声を掛ける。

 なにせ通路は狭い。

 一人ずつしか通ることはできない。

 なら先に避難してもらっていた方が良いのかもしれない。

「私はともかく…… ジュリーが居なくなると明かりが……」

 サリー教授がそう言ってジュリーを見る。

 ただサリー教授自身、精霊魔術を使えない訳ではない。

 むしろジュリーなどより何倍も上手に扱うことができる。

 それをしなかったのは、なんとなく人数がいたほうが良いとそう考えていたからだ。

「え? ええ? あ、はい? こ、ここにいていつでも逃げれるようにしてればいいんですよね?」

 訳も分からずジュリーはそう言って通路の中へと身を隠した。

 サリー教授も覚悟を決めて無言でミアに向かって頷く。

 それを確認したミアは両手で持った槍を力任せに引っ張る。

 木の根が裂けるような音がして、聖骸の体が割れ始める。

 それには流石のミアも顔を顰めながら、槍を聖骸から引きはがす。

 徐々に力を込めていき、槍を力尽くで揺すり、半ば聖骸を半壊させる形で、ミアは槍を手に入れる。

 その瞬間だ。

 ミアでも身震いするほどの敵意をすぐそばから向けられる。

「ミ、ミアさん! 幽霊が、怒り狂ってます!! は、速く!! 逃げましょう!!」

 ジュリーが悲鳴のように叫ぶ。

 ミアはとりあえず槍を回転させ床の台座に突き刺そうとするが、地下室の天井が低くそれに手こずる。

 次の瞬間、ミアの目の前の何かがものすごい勢いで吹き飛ぶのを感じた。

 続いて奥の壁からものすごい振動と衝撃音が聞こえて来る。

 ミアに憑く精霊がミアを害そうとした幽霊に対して反撃したのだ。

 地下室に物凄い衝撃が走る。

 ミアはそれに動転することなく槍を何とか下方向に向けて台座に突き刺す。

 恐らくは石でできている台座が簡単に割れる。

 続いてサリー教授が指さしていた魔法陣の辺りも槍を使いズタズタに切り裂く。

 床も石材ではあったが、この槍であれば簡単に切り裂くことができた。

 その上でミアは目についた神与文字を槍で突き刺しながら通路の入口まで走る。

「ジュリー! どうなっていますか!?」

 そうしながらミアは叫ぶ。

 ジュリーは精霊に反対側の壁まで吹き飛ばされた幽霊を見て希望を見出す。

「ゆ、幽霊が吹き飛びました! さ、流石ミアさん!!」

 ミアに憑いている精霊は精霊王になりかけの大精霊なのだ。

 あの幽霊にだって負けるわけがない。

「これ以上は…… 危険ですので、逃げましょう」

 ただ精霊の力が強すぎたのか、ところどころでこの地下の石室に崩落が起き始めている。

 サリー教授はミアにも逃げるように呼びかける。

 そして、通路の先でうまく歩けずにもたもたしているジュリーを力ずくで先へと押し込んでいく。

「お、押さないでください、師匠! 足が絡まってうまく歩けないんですよ!」

 慌てながらジュリーはそう言って何とか前に進もうとするが、恐怖が全て拭えたわけではない。

 その歩みは随分とゆっくりな物だ。

「いいから、急いでください!!」

 サリー教授も怒ったように叫ぶ。

 明らかにこの場所の均衡が崩れ出した。

 間違いなくこの場を支配していた呪術が破綻し始めている。

「私はもう少し槍を突き刺して」

 だが、ミアには神から言われた、盟約を破棄させるという使命もある。

 できるだけ多くの場所を槍で、突き刺し、魔法陣を無効化していく。

「ミアさんも早く……」

 ジュリーを通路の奥へと押し込みながら、サリー教授が叫ぶ。

 それを聞いたミアも、目についた部分は大体槍で突き刺したと、と判断し満足したのか部屋の入り口を目指す。

 少なくともこの魔法陣はこれで無効化されたはずだ。

「もういいですよね? 私も向かいます!」

 そう言ってミアは槍を持ったまま通路に向かう。

 それを見たジュリーが叫ぶ。

 通路へと向かうミアを追うように真後ろから異形の幽霊がきていることを。

「み、ミアさん! 後ろに幽霊が迫っています! 気を付けて!!」

 それを聞いたミアはくるりとその身を反転させ槍を構える。

「うぉりゃ!!」

 そして一歩踏み出して、槍を、大地の槍を、神器である槍を、全身全霊の力を込めて投げ放った。

「な、なにを!?」

 流石にその行為に、サリー教授が悲鳴のような声を上げる。

 ミアの投げた槍はミアを追ってきた幽霊を貫き、そのまま聖骸の残骸に突き刺さる。

 ジュリーの眼には、それで幽霊がその場に縫い付けられ動けなくなっているのがしっかりと見ることができた。

「すごい、幽霊にまで槍が突き刺さってますよ! ハハ、アハハハハハ!! すごい! ミアさん!! すごいですよ!!!」

 ジュリーはそれを見て笑い出す。

 自分が恐れていた存在をあんなにも容易く対処してしまったミアに対して、笑い声しか出てこなかった。

 そんなジュリーを転がすように通路にサリー教授は押し込む。

「とりあえず逃げましょう! 槍も投げてしまいました」

 ミアもそう言って通路に走り込む。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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 聖骸という言葉を使ってますが、イメージ的には即身仏です。



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