滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その9
社の敷地内にあった地母神の名が書かれた石碑。それに向かい荷物持ち君は腕を向ける。
どうもこの石碑の下に、衣があるらしい。
だが、神の名が書かれているせいか、荷物持ち君はその石碑に触れようとはしない。
「この石碑の下に衣があるんですか?」
と、ミアが確認すると荷物持ち君は大きく頷いた。
それでも荷物持ち君はやはり石碑に触れようとはしない。
淀んだ地脈をも防ぐという衣はこの石碑の下にあるので、石碑をどうにかしないといけないのだが荷物持ち君がどうにかしてくれない以上、人力でどうにかするしかない。
「これ、あんたなら運べる?」
スティフィが荷物持ち君の様子を見てエリックに聞く。
「ん? んー、ちょっとやってみる」
エリックは珍しく余り自信がないように言って、石碑を動かそうとするが、人間一人の力でどうにかなるような物ではない。
石碑自体かなり大きなものだ。
「ダメか」
エリックはまだ大きな石碑相手に力んでいるようだが微動だにしていない石碑を見て、スティフィは早々に諦めているようだ。
恐らく石碑が単純に重いだけでなく魔術でも固定されているのだろう。
「これは無理だ。数人がかりでも無理だぞ、びくともしない」
しばらく石碑相手に頑張ってみたエリックも揺れすらしない相手に諦めをつける。
「どうしますか?」
ミアが困ったようにフーベルト教授に問うが、それに対してフーベルト教授は少し考えているようで何も答えない。
そこにエリックが、
「斬っちゃダメか?」
と、問う。
普段なら、誰もが止めることだが、それを止めようとする者は今はいない。
ミア達全員が、この村に長居することは危険だと、そう思い始めている。
「契約の破棄を依頼されているとはいえ…… しかし……」
ただの石碑なら破壊してしまっても問題ないはずだ。
だが、この石碑には神の名が神与文字で刻まれている。
その神から依頼されていることはいえ、それを破壊するとなるとフーベルト教授には踏ん切りがつかない。
「荷物持ち君、この石碑を壊したらダメなんですか?」
ミアがそう聞くと荷物持ち君は固まる。
しばらく荷物持ち君が動かなかったが、急に動き出し両手を使って丸を作った。
まるで何か別の存在と通信か何かをしていたかのようにも周りの人間には思えた。
「なんかいいみたいですよ」
荷物持ち君が両手で丸を作ったので、ミアがそれを伝える。
「地母神に問い合わせてくれたんですか?」
フーベルト教授が荷物持ち君に聞くが、荷物持ち君は特に反応を示さない。
そもそも、基本的に荷物持ち君はいくつかの例外はあるがミア以外の問いかけに反応することはない。
「う、うーん、まあ、古老樹が良いと許可を出してくれるなら……」
フーベルト教授は古老樹である荷物持ち君が石碑を破壊することを許可したことに驚きつつも、名を刻まれた地母神の方も、この村との関わり合いを早く絶ちたいのかと考える。
ここまで地脈が淀んでしまった土地との縁など神からしても、厄介なものなのかもしれない。
「けど、この石碑は魔術で…… 竜鱗の剣なら問題ないのか。改めて凄いわね、その剣」
確かにこの石碑は魔術で固定されているが、それでも竜鱗の剣であれば問題なく断ち切れてしまう。
改めて恐ろしい武器なのだとスティフィは認識する。
つまりそれは神の力すらも断てるということなのだから。
「だろ?」
エリックはそう言って竜鱗の剣を誇らしそうに鞘事掲げて見せる。
「念のため、神の名前が記述してある部分は避けてくださいね」
フーベルト教授はそう言って、神の名が書かれている場所を指し示す。
本来なら神の名が刻まれた物を破壊するのは避けたいところだし、神の名が神与文字で刻まれた物を破棄するときは、それなりの準備をしなければならない。
それ自体に、神与文字で書かれている名に、強い力が宿っているせいだ。
だが、その準備をしている時間が今は惜しい。
この村の地下には即死級の淀んだ地脈が今も流れているし、昼間だろうと外道種が現れるような場所だ。
「んー、この石碑の下にも石室がある感じなのか? 俺は実物を見てないけどさ」
エリックは石碑をどう斬るか悩んでいる。
下に何かあるということは、この石碑を斬った後、結局はそれをどかさなければならないということだ。
できるだけ邪魔にならないように斬り落としたい。
ただエリックは門の下にあった石室も見たわけではない。
石碑の下がどうなっているかもわからない。
だから、どう斬り落とそうか迷っているのだ。
「どうなんですか? 荷物持ち君?」
ミアが聞くと荷物持ち君は少し傾きながら頷く。
恐らくこの石碑の下にも石室が造られているのだろうが、それらとは少し違うものなのかもしれない。
「とりあえず、あるみたいですね」
荷物持ち君の様子を見て、ミアも曖昧に答える。
「んじゃ、石碑部分を梃にして…… それも無理か? 微動だにしなかったしな」
石碑の神の名が書かれた部分だけを斬り落として、後は石碑部分を倒せばどうにかなるのではないかと、エリックは頭の中で想像するが、そもそも自分が全力で押しても微動だしなかった石碑だ。
なら、根元からざっくりと崩れ落ちるように斬った方が良いのではと考え直す。
悩んでいるエリックに、サリー教授が助言する。
「恐らく…… 石碑が動かないのは魔術的要因…… なので…… 石碑自体を一度両断すれば……」
それで動くようになるはずだとサリー教授は考えている。
というか、神の名が書かれている部分だけでも切り分けられれば、恐らく荷物持ち君がどうにかしてくれるはずだ。
「まあ、試してみるか。斬っちゃっていいんだろ?」
とりあえずエリックは言われた通り、神の名が刻まれた部分を斬り落とすことにした。
「お手柔らかに頼みますよ? 神の名が刻まれた石碑なんですよ?」
はらはらしながら、フーベルト教授がその様子を見守る。
斬り落とされた石碑、神の名が刻まれている部分を荷物持ち君が丁寧に受け取り、ゆっくりと地面の上に置く。
そして、荷物持ち君はその石碑に向かい腕を伸ばす。
しばらく荷物持ち君が切り取られた石碑に腕を掲げていると、その石碑が急に崩れ出し砂の山となった。
普段なら時間がかかる神の名が刻まれた物の破棄を、荷物持ち君が代理で行ってくれたようだ。
それを見たフーベルト教授は、それができるなら最初に教えてほしかったという気持ちで荷物持ち君を見る。
もしかしたら、地母神からこの村に名を残さないように頼まれていたのかもしれないが。
フーベルト教授だけがその様子を見て、とりあえずの安堵のため息を吐きだす。
それ以外の者は、魔術で固定されていたものを無理やりこじ開け、動くようになった石碑をエリックが無理やり動かした後に出て来た物に目を奪われていた。
「石室、というよりは梯子だな」
それは一見して墓穴にも思われる物だった。
石碑の下に石材で作られた四角い井戸のようなものがあり、そこに地下へと降りられる梯子が取り付けられている。
「これ降りていくの? 淀んだ地脈で満ちてたら、それこそ死ぬだけじゃない?」
スティフィがその真っ暗な穴を覗き込んでそう言った。
今のスティフィには、かび臭い以外なにもその穴からは感じられない。
それでも、この穴の中に降りていくのは生理的に嫌悪感をもたらすものだった。
「この中からは…… 淀んだ…… 地脈の力を感じないです……」
サリー教授がぽっかりと開いた穴に手を伸ばして、そこから漏れ出て来る気配を感じ取りつつ答える。
よく見ると、周りの石材に神与文字がびっしりと刻み込まれている。
これらがこの中に地脈が入り込まないように堰き止めているのだろう。
「とりあえず、ボクが最初に降ります。サリーは外で待っていてください。何かあったら頼みますよ?」
フーベルト教授が意を決して提案する。
この中で何かあった時一番対応できる知識があるのは自分であり、サリー教授を安全な場所に待機させることで、何かあった時の救助も期待できる。
まずはこれが最善の策だと、そう判断しての発言だ。
「はい……」
サリー教授も固唾を飲んで頷く。
結局のところ、石碑の下にあった梯子を下りた先は、小さな石室があるだけで危険はなかった。
石室の中は完全に日の光が届かなかったので、ジュリーに火の精霊を呼び出してもらい、石室の中に明かりを灯す。
石室は小さい小屋くらいの大きさで、三体の人形が置かれていて、それらが衣服のような物を見につけていた。
これが衣なのだろうが、布面積が非常に小さいのに、ひらひらとした飾りだけはたくさんついている。
後、どう見ても女性用の衣装だ。
「これは……」
フーベルト教授は照らされたものを見て感じ取る。
間違いなく神器の、それもかなり強力な物だと。
確かにこの衣なら、淀んだ地脈からも守ってくれるかもしれない。それだけの力を秘めているようにも思える。
「随分と際どい衣ね」
梯子を降りてきて、スティフィが飾ってある衣を見て言った言葉はそれだった。
実際、身に着けるべき布地より、周りのひらひらとしている部分の布地の方がかなり多い。
「どう見ても女が着るもんだな」
それを聞いて、エリックがさらに付け加える。
今、衣を着て飾られている三体の人形も女性型の物だ。
「ここにも本がありますよ」
最後に梯子で降りてきたミアは人形よりもその前に置かれている台座の上にある本に目が行く。
ただ、その本は門の地下に埋められていた石室のものよりも大分古い、年季の入った本に思える。
「それを、この本を持って一旦上に上がりましょうか……」
この石室は狭い上に暗い。そして、壁一つ向こうには即死級の淀んだ地脈が流れている。
あまり長居したい場所でもない。
狭い地下室に、サリー教授とジュリーを覗く四人全員が入って来てしまってはいるが、ここでこの本を読むわけにもいかない。
フーベルト教授は台座に置かれている本を手に取り、一番最後に降りてきたミアに梯子を上るように促した。
フーベルト教授が持って帰って来た本を読んでサリー教授が、
「衣を着られるのは…… 巫女の資質を持つ女性…… のみだそうです……」
そう言った。
持って来た本は地母神より授けられた神器の取扱説明書のような物だった。
まだ触りしか読めてないが、石碑を壊してしまったことにより、この村の結界にも変化が起きておかしくはない。
何か起きる前に、早急に盟約を破棄してこの村から立ち去りたい。
衣を着れるのが巫女だけと聞いたスティフィは、
「ミアだけってこと?」
と、顔を歪ませる。
「そうなんですか?」
と、ミアも少しばかり強張った表情をする。
それは淀んだ地脈の中に入らなければならない事よりも、あの際どい衣装を着なければならない事に対してだ。
あまりにも布地が少なくて、ミアにとっては恥ずかしいことこの上ない。
「ジュリーも…… ですね」
サリー教授にがそう言ったことで、
「え? 私ですか!?」
と、ジュリーは心底驚く。
後はミアに任せてしまえばいいと、そう思っていただけにその驚きは大きく、すぐにジュリーの顔色が即座に曇る。
ジュリー自体はその衣をまだ見てはないが、際どいと言われている衣を着て、淀んだ地脈の中を進まなければならないのだから、それは当たり前のことだろうが。
「ああ、そう言えば、あんたも一応、領主の一族だったわね」
スティフィはジュリーも一応は神に選ばれた領主の一族の血を引いていることを思い出す。
神に選ばれた領主の一族であるのならば、巫女の資質を持っているような物だ。
あまりにもジュリー自身もジュリーの実家も貧乏で忘れていたことだが。
「服は三着ありましたけど?」
ミアが石室で見たものを思い出しつつ声を掛ける。
これは、あんな衣を着なければならないなら犠牲者は多い方が良い、そんな思惑もあっての発言だ。
「スティフィちゃんかサリー教授か?」
エリックはそう言って、二人を見る。
二人ともあの際どい衣が良く似合う体系をしている。
エリックは自然といやらしい笑みを浮かべる。
「私は…… もう巫女という…… 年齢ではない…… ですよ」
冗談ではない、とサリー教授が否定する。
サリー教授も領主ではないが、優秀な巫女の家系だ。
すでに結婚しているとはいえ、巫女の資質がないわけではない。
中には未婚、処女を巫女の条件にあげる神もいるが、今回の地母神はそういった神という訳でもない。
なんなら多産の御利益がある地母神だったりもする。
「私も巫女の資格はないと思うけど?」
スティフィも辞退する。
際どい衣装を身に着ける事自体には抵抗はない。
だが、スティフィはいわば孤児だ。血筋も何もわからない。
その上で、体の中に色々と魔術を仕込んでいた人間だ。巫女とは程遠い位置にいる。
なにより魔術全般に対して感覚が鈍っている今のスティフィに任せるには危険が多すぎる。
「ここは二人に任せるしかないですね。ジュリーさん、ミアさんには淀んだ地脈を危険な物だと認識できていません。頼みましたよ」
フーベルト教授はとりあえず話をまとめて、ミアとジュリーに今回は託すしかないと判断する。
ミアもジュリーも優秀な魔術学院の生徒だ。
特にジュリーは無月の女神の館で、マリユ教授の魔法陣の解読を試みようとした実績もある。
それに元より巫女しか入れないような場所の想定なら、盟約の魔法陣自体はそれほど手の込んだ物でもないはずだ。
今のこの二人でも盟約の破棄くらいはできるはずだ。
「え? えぇ…… 私ですか……」
ジュリーは際どい衣装を着なければならなくて、その上で、淀んだ地脈の中に入らなければならないことに対して恐怖しか感じていない。
その上で、女神との盟約の破棄という大役までやらされるのだ。
ジュリーとしては気が気でない。
「がんばりましょう! ジュリー!」
ミアはとりあえず自分だけが恥ずかしい衣装を着るわけではないと安堵している。
淀んだ地脈の方に関しては特にミアからは感じ取れるものもないし、神と盟約を交わしている魔法陣を見れることの方が知的好奇心を持てて嬉しい。
ミアにとって不安なのは際どい衣装を着ることだけだ。
「は、はい……」
ミアの言葉にジュリーは諦めたように返事をする。
「じゃあ、衣に着替えてきますね」
ミアは一人じゃないとばかりに梯子を落ちていく。
それにジュリーも続いていく。
「これを着るんですか?」
おっかなびっくりと梯子を降りて行き、自分の精霊により照らし出されている衣装を見て、ジュリーは絶句する。
「ティンチルで着た水着みたいなもんじゃない」
地上からスティフィが声を掛ける。
完全にジュリーをからかってだろう。
「ええ、そうですね、スティフィさんが着てたのに似ていますよね……」
ジュリーは顔を引きつらせて、ほとんど布面積がない衣とやらを見て呟いた。
周りを飾られているヒラヒラな部分を除けば、ティンチルでスティフィが着ていた水着そのものにジュリーには思える。
「全然違いますよ、ヒラヒラがいっぱいついてますよ!」
ミアはそう言って自分に合いそうな衣を人形から丁寧に取り外し始める。
「この村の人々は何を考えてこんなものを作ったんですかね……」
ジュリーはそう言って、深いため息を吐きだす。
そして、ミアに習って一番自分に合いそうな人形の前に立つが、これに着替える勇気が湧かない。
ジュリーは茫然と立ちつくす。
そんなジュリーに向かい、頭だけ石室に突っこんで、
「そりゃ、スケベ心だろ?」
と、エリックが着替える様子を伺いながら発言する。
エリックをジュリーが鋭く睨むと、エリックは顔をゆっくりと引っ込めて行った。
「あ、いえ、恐らく神器の類ですので」
恐らくは神から授かった物なのだろう、もしかしたら神自身が身に着けて衣装を人間に合わせた物なのかもしれないとフーベルト教授は想像する。
「地母神様がですか? はぁ、なんでですかね…… 私が荒れ地の神を信仰しているからなんですかね……」
こんな際どい衣装を身につけなければならないだなんてと、ジュリーは大きくため息を吐きだす。
既に人形から衣装を全部取り終え、着替え始めているミアをジュリーは見る。
それにジュリーも観念して、人形から衣を脱がし始める。
着替え終わった二人は地上に上がって見られるのも恥ずかしかったので、地下の石室から声を掛けた。
「で、盟約の内容が書かれている魔法陣へと続く入口はどこにあるんですか?」
ミアの言葉に荷物持ち君は石碑の下から出て来た梯子の方向に腕を向けた。
ただ、その様子は地下の石室にミアからは見ることができない。
「ん? その中には特に他の繋がる道は…… もしかして巫女が三人必要なのですか?」
フーベルト教授は自分が降りた時は、他に繋がる道もなかったと思い起こす。
だが人形が三体あったということは、巫女は三人必要なのかもしれない。
フーベルト教授の問いに答えれる者はいない。
「どうなんですか? 荷物持ち君?」
それを察知したミアが地下から、声を掛ける。そうすると荷物持ち君は頷いて見せた。
ミアには見えないが、周りの者にはわかる。
「スティフィさんかサリー、どちらかも必要のようですね」
フーベルト教授はそう言って二人を見比べるが、答えは見比べるまでもない。
「なら、サリー教授、ですよね?」
スティフィが恐る恐るそう言うと、
「確かに、サリーも元々巫女の家系ですからね」
仕方ないとばかりにフーベルト教授もそれを認める。
「し、仕方ありません…… 私も行きます……」
大きく息を吐いた後、サリー教授もゆっくりと地下の石室へと梯子を降りていった。
「どうだ? 着替えたか?」
エリックがそう言って再び石室に顔を突っ込もうとする。
「覗かないでください!」
と、ジュリーが鋭い悲鳴のような声を上げる。
「少しくらいいいだろ!」
それに対して、エリックが文句を言う。
「ダメです! 絶対ダメです!」
ミアですらそう言って地下の石室で顔を赤らめる。
「サリー準備が出来ましたか?」
それらの反応を見て、梯子を降りることを諦めたフーベルト教授が地上から声を掛ける。
「はい…… 恐らくは…… ここに三人で立てば…… その入り口からも離れていて…… ください…… 地脈が流れ出るかも…… しれません」
人形の前に少しだけ盛り上がった台のような物があり、それとは別の方向、社の中心方向の壁を見ながら、サリー教授は答える。
降りてきてわかったが、この石室の壁の向こう側は淀んだ地脈の力で溢れている。
恐らくこの壁の先にまた別の部屋か通路があるはずだ。
そこはもう淀んだ地脈の気が満ちている。
「わかりました。くれぐれも三人とも気を付けてくださいよ」
フーベルト教授はそう言って、入口周りに簡易的な護法陣を書いて置く。
神与文字を使わないお呪い的な魔法陣だが、気休めくらいにはなるかもしれない。
それも仕方のない事で、この社の敷地内は地母神の領域だ。
他の神の魔術を使えば何が起こるかわからないし、地母神の神与文字で新たに魔術を作るには時間がかかりすぎる。
「はい……」
サリー教授も意を決したように返事をして台の上に三人で立つ。
そうするとサリー教授の睨んだ通り、石室の壁がゴゴゴッと音を立てて左右に分かれていく。
すぐにあふれ出して来る。
混沌に満ち、腐った汚泥のような、地脈の力が。
淀んだ地脈の力が石室を満たすが、衣の力は強く淀みをまるで寄せ付けさせない。
「凄い、これが神器の力なんですね…… 初めて身につけました」
死はすぐそこに存在しているのに、ジュリーが手を伸ばすとその死そのもののような地脈の気は、ジュリーを避けるように逃れていく。
見えない何かに守られているように思えるし、実際そうなのだろう。
「では、進みます…… なにがあるかわかりませんので…… 気を着けて……」
だが、流石に罠の類はないだろうし、この淀みだ。
なにかしらの生物が入り込んでいることもない。外道種ならば、この淀みの中でも生きていくことはできるかもしれないが、この村にはそもそも外道種は入れない。
考えられる範囲でも危険はない。
そのはずなのだが、薄い衣のすぐ外側に死が満ちていると思うと、サリー教授とて、どうしても緊張してしまう。
「はい!」
ただ、ミアだけは今も元気だ。
淀んだ地脈の怖さを理解できていないし、地母神の盟約の魔法陣が見れるということで、一人わくわくしている。
そんなミアを見てジュリーは、
「わ、私真ん中で良いですか?」
と、不安そうに発言する。
壁が開き現れた通路は人一人がやっと通れるような大きさだ。
並んで進むしかない。
それに、この中で何かしでかすとしたら、恐らく自分だという確信がジュリーにはあったからだ。
その発言を聞いて、確かにそれはそうかもと、サリー教授は小さく息を吐き出す。
「では…… 私が先頭、ジュリーが真ん中、ミアさんが殿で……」
そう言ってサリー教授は慎重になりながら、暗い通路へと足を踏み入れる。
ひんやりとじめじめした空気がサリー教授の肌に触れる。
そもそも今は冬の季節だ。
この衣は物理的に寒い。
「はい!」
真ん中で良い、ということでジュリーは少しだけ安堵する。
「わかりました!」
と、ミアは相変わらず元気に返事をする。
ジュリーの呼び出した炎の精霊が放つ明かりを頼りに、三人は暗く淀んだ地下通路を進んでいく。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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