滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その8
「教授! グランドン教授! 十年に一度の祭典! 使い魔王戦の招待状が届きました!」
助教授となったライアンが一通の封筒を持って、グランドン教授に駆け寄ってくる。
自分の研究室で作業をしていたグランドン教授は、作業をやめ、つまらなそうに視線を上げる。
使い魔王戦。
この世界唯一の王、法の神に王と認められた一族が開く十年に一度、最強の使い魔を決める使魔魔術師達の最大の祭典だ。
とはいえ、優勝は決まっているような物だ。
神から授けられた神器であり使い魔。守護騎オーゼンブルグ。
白銀に輝き実際に燃え盛る炎の輪を背負った使い魔だ。
守護騎オーゼンブルグを打ち破れた者は未だに誰もいない。
その為、最強を決めるというよりは、どう守護騎オーゼンブルグに挑むか、というものになっている。
招待状が来たということは当然グランドン教授にも使い魔王戦に参戦する権利を得られた、ということだがグランドン教授は乗り気ではない。
ミア、ひいては荷物持ち君がいないからだ。
この学院に、荷物持ち君がいたのなら、その招待状を心待ちにしていたことだろう。
今度こそ、守護騎オーゼンブルグを打ち破る機会を得られたのだと。
自分を中央より追い出した、グランドン教授から見れば使い魔を造ることすらやめてしまった、もはや使魔魔術師とも呼べない連中を、見返す機会だったはずなのだ。
だが、荷物持ち君はいない。
ミアと共に東の果てへと旅立ってしまった後だ。
この学院に帰ってくるかどうかも怪しい。
だから、グランドン教授はその招待状を受け取っても、今は落胆の気持ちの方が強いのだ。
「ふむ…… しかし、間に合いますかな? そもそもミアさんは帰ってくるでしょうか?」
グランドン教授はそう言って遠い目をする。
ミアが、荷物持ち君がいてくれるのであれば、今日という日はさぞ心躍った日だったに違いない。
「あの泥人形を出場させる気だったのですか?」
ライアンは少し表情を強張らさせてグランドン教授に質問する。
確かに荷物持ち君は規格外の使い魔だ。
だが、荷物持ち君という名の使い魔は守護騎オーゼンブルグ以上に使い魔という枠組みから外れているように思える。
そもそも自立して稼働する使い魔を使い魔と呼んでいいかどうかも、使い魔の操者であるライアンからすれば疑問だ。
その上、ライアンは荷物持ち君に対しては恐怖という感情しか持ち合わせていない。
あれは人間の手に余りある存在に思えて仕方ないし、それは正しい感情でもある。
荷物持ち君は上位種である古老樹であるのだから。
ライアンからすれば、あれはただの古老樹であり、泥人形に根を下ろしているだけの存在だ。
「守護騎オーゼンブルグを打ち破れるのは、それくらいでしょうし」
神から授けられた守護騎オーゼンブルグは非の打ち所がない使い魔だ。
人間がどんなに工夫を凝らし、造り上げた使い魔も足元にも及ばない。
それ故、中央と呼ばれる地域の、使魔魔術師達は使い魔の製造はしない。
中央の使魔魔術師にとっては、使い魔は神から与えられる物と、そうなってしまっているからだ。
グランドン教授はそれが許せない。
使魔魔術は自分で使い魔を造ってこそなのだ。
そう言う意味では、荷物持ち君もグランドン教授からすれば、半分は邪道の域なのだが、今は守護騎オーゼンブルグを倒せればなんでもいいと、そう考えている。
「確かにそうかもしれないですが、大丈夫なんですか? あれは古老樹そのものなんですよね?」
ライアンは守護騎オーゼンブルグも荷物持ち君も大差ないとばかりに、グランドン教授に問う。
そのことはグランドン教授にもよくわかっている。
今は守護騎オーゼンブルグの無敗神話を、どうにか打ち破らなければならない。
そうしなければ、使魔魔術という魔術は停滞してしまうのだから。
それにより古来より受け継がれてきた技術も途絶えてしまうことはどうしても避けたい。
「守護騎オーゼンブルグなど、神が与えた神器そのものではないですか、まだ人の手で造られた分マシですよ」
一応は、荷物持ち君という使い魔は人の手により造られてはいる。
だが、守護騎オーゼンブルグは神から与えられたそのままなのだ。
人の手が関与することなど一切ない。
「核となる苗木は神が与えたと聞き及んでいますが?」
そこにライアンが、痛いところを突いてくる。
さらにいってしまえば、使い魔の動作を制御する刻印も古老樹の朽木様により高度な物へと書き換えられている。
荷物持ち君も、また人の手を離れた使い魔には違いない。
しかも、自立して動く分、操者を必要とする守護騎オーゼンブルグよりも、歪なものにライアンは荷物持ち君がどうしても思えてしまう。
「え? そうなんですか? 流石ミア様ですね」
グランドン教授の研究室の一角で黙々と作業していたクリーネがライアンの言葉に反応して顔を出す。
ライアンに痛いところをつかれたグランドン教授はここぞとばかりに、クリーネに話題をふる。
「クリーネさん、あなたの使い魔の進捗はどうなんですか?」
少し厳しい口調でグランドン教授はそう言ったのだが、当のクリーネは顔を明るくさせる。
そして、自慢げに胸を張り、
「顎の骨格、いえ、支え部分でしたっけ? それが丁度できた所ですわ!」
と言って、それを持ち上げようとするが、クリーネには重すぎてまともに持ち上げられない。
仕方なくグランドン教授は席を立ち、クリーネに与えた作業をしている場所まで行く。
グランドン教授の研究室の一角に厚手の布を敷き、更にその上に木製の作業台、というか板が置かれている。
作業台は所々焦げているのは、クリーネが作っている骨格は溶接で作っている物だからだろう。
作業台の上には確かに大きな爬虫類の骨格な様な物が出来上がっている。
「どれ…… ほほぅ、初めて作ったにしてはよくできてますね。ライアン君よりも使い魔作成の腕は上じゃないんですか」
はじめは憂さ晴らしにとクリーネに使魔魔術を教えていたが、クリーネは意外にも使魔魔術の、それも使い魔作成の才能があった。
それに本人のやる気もある。それはリチャードにより気に入られたいという邪な動機ではあったが、やる気の原動力には確かになっていたのだ。
初めて使い魔の骨組みとなる支えを作ったにしては、それは本当によくできている。
グランドン教授の目から見ても、実戦で使っても問題ないように思えるほどだ。
「わ、私は…… 作成の方は才能がないので……」
操者としては天才であるライアンは、使い魔の作り手としては二流以下だ。
ライアンは俯きながら、そう言って恥じる。
「そちらも知識だけでも得ておきなさい。しかし鰐の顎をよく再現出来ていますね」
グランドン教授はライアンに小言を言った後、クリーネの作った顎の骨格を改めて見て驚く。
恐らくは鰐の顎の骨を再現した物ではあるが、本当によくできている。
「実はこれは鰐じゃなくて竜の骨格を模倣しております!」
褒められたことで、更にクリーネが得意げになる。
さらにこの骨格は鰐の物ではなく竜の物だというのだ。
「ああ、なるほど。始祖虫と竜が争ってくれたおかげで竜の素材をたくさん確保できましたからな。南では竜の標本など今までなかったですからな」
始祖虫と竜が争った際、実は竜の方にも被害が出ている。
まだ未熟な若い竜が数体ほど、始祖虫によって屠られている。
その竜の躯は、この地にそのまま捨て置かれている。
それらを魔術学院の方で回収して回っており、グランドン教授の手元にも竜由来の素材が大量に入手することができている。
ただ竜の素材はどれも優秀なれど加工が難しく使いたくても使えない、というのが現状ではある。
魔術学院の方で素材の回収された素材も、この間、竜の骨格標本が出来たと学院長が発表していた。
骨格標本ならまだ加工も楽な方だ。それでも竜の皮を剥ぎ、肉を剥ぎ取る作業はかなり難航したと聞いている。
クリーネも出来上がったその標本を見て、この支えを作ったのだろう。
「この素材は……」
グランドン教授はこの地に協力的な竜が一匹でもいてくれれば、竜鱗も加工できるのにと口惜しみつつ、クリーネの作った銀色に輝く金属の顎に触る。
冷たく硬く重い。
その素材のことをグランドン教授も知っている。
とても高価な物だ。貴族とはいえ、ほぼ没落しているクリーネが用意できるような物ではない。
「リチャード様におねだりして取り寄せて貰ったシニマ聖鉄です!」
その言葉を聞いて、グランドン教授はクリーネがリチャードに想像以上に気に入られていることに気が付く。
確かに領主の弟であり、ティンチルとリグレスのいう町の本来の領主であるリチャードの財力は大きいし、なによりグランドン教授の後ろ盾がリチャードだ。
それでも、シニマ聖鉄など、そうそう手に入る代物ではない。
精霊銀と並ぶほど貴重な金属だ。
「さすがリチャード様ですね。そんな貴重な素材を素人に託すなど」
しかも、用意されているシニマ聖鉄はかなりの量だ。
クリーネはリチャードに余程期待されているらしい。
「リチャード様もクリーネさんが鰐型の使い魔を造ると言うことを聞いて、喜んでおられましたからね。あの方は変わった物が好きですからなぁ」
確かにあの変わり者であれば、クリーネに投資するのも分かる。
グランドン教授がクリーネを預かった際、クリーネが鰐型の使い魔を造りたがっていると報告するとリチャードは面白そうに笑っていた。
なにより、クリーネにはその期待に応じれるだけの才能も恐らくだがある。
意外とリチャードとクリーネは相性の良い相手なのかもしれない。
親子ほど年の差は離れているが、まだ独身のリチャードがクリーネを娶ってもおかしくはない、そうグランドン教授は思いなおす。
少しクリーネに対する態度を改めなくてはならないのかもしれないと。
「しかし、鰐ですか。白竜丸でしたよね。学院で飼っていた鰐の名は」
ライアンは学院の地下下水道に住み着いていた鰐という存在のことを思い出す。
白く大きな、竜に似た姿をしている生物は確かに幻想的なものを思い起こされる。
その背にも乗ったというクリーネが憧れるのも分かる。
「ライアン君的にはどうです?」
グランドン教授にそう問われたライアンはすぐに操者としての考えを口にする。
「操作は、まあ、置いておいて。どうしても動きが鈍くなる気がして、私にはうまく扱える気がしませんね」
鰐に瞬発力がないわけじゃないことはライアンも知っている。
だが、短い手足はどうしても旋回性能に疑問を抱かせてしまう。
「ライアン君は素早い動きと精巧な操作が得意ですからな。しかし、シニマ聖鉄は耐久性は高いですが随分と重くなりますよ? 核は何を予定しているのですか?」
確かにライアン向きの使い魔には仕上がらないだろう。グランドン教授もそれはそう思う。
この顎の構造から予想しても全体像はかなり大きな使い魔になるはずだ。
なによりシニマ聖鉄は非常に重い。
原動力となる魔力を宿して置く核となる素材も、それなりに出力が出て魔力を大量に貯め込める物を積まなければならない。
だが、それに対してもクリーネは対策済みと言わんばかりに。
「竜骨です! これもリチャード様が用意してくれましたわ!」
と、自信満々に答える。
それを聞いたグランドン教授は難しい顔をする。
確かに竜骨であれば、核としての性能は申し分ない。使い魔の核にできるのであれば、だが。
「竜骨ですか…… ふむ」
「どんな核になるんですか?」
ライアンですら竜骨の核など聞いたことがない。
どんな核になるのか、わからないでいる。
「いってしまえば、この学院では竜骨を核にすることはできませんね」
そんなライアンとクリーネに、グランドン教授は白けた顔を見せてそのことを告げる。
「え? そうなんですか?」
クリーネは驚いて即座に聞き返す。
「はい、竜骨が硬すぎて刻印することがまず不可能です。使い魔の核としては申し分ないというか、最上級の物にはなりましょうが……」
竜骨はあまりにも硬すぎて、加工することが不可能だ。
竜骨で武器を作る場合も、他の竜骨を用いて削り出すことでしか加工できない。
それが竜鱗であれば、竜の吐息をもちいて熱し、打ち直すこともも可能だが、竜骨はそれも不可能だ。
そんな物に刻印を刻み込むことなど不可能だ。
「この学院の刻印機でも不可能なんですか? 古老樹にすらできたというのに」
この学院の刻印機はグランドン教授とサリー教授が共同開発したもので、かなりの性能を有する圧縮刻印機だ。
その性能をもってしても竜骨に刻印を施すことは難しい。
「あれは古老樹が協力的だったからですよ。しかも、そのあとに刻印自体を朽木様に書き換えられてもいますしね」
本来なら古老樹にだって刻印を施すことは不可能だったはずだ。
それが出来たのは荷物持ち君が苗木の時からミアに協力的だっただけに過ぎない。
「なるほど……」
ライアンはグランドン教授の言葉に納得する。
「えぇ…… せっかくリチャード様がご用意してくださったのに……」
クリーネも残念がっている。
だが、竜骨に刻印を刻み込めない訳でもない。
この学院の刻印機では不可能だというだけの話だ。
「中央まで行けば可能かもしれませんねぇ」
中央にある、それこそ神が授けてくれた神器である刻印機ならば竜骨にも刻印を施すことは可能だろう。
使い魔を自ら作ることを辞めてしまった中央の使魔魔術師達には、そもそも無用の長物でもある。
「一度行ってみたかったです! 中央!」
クリーネが中央と聞いて、目を輝かせてそんなことを言いだした。
その様子はどう見ても都会に憧れる田舎娘の目だったが。
「なら、使い魔王戦の時、クリーネさんも行きますか? 良い刺激にはなるでしょうし」
グランドン教授は少しつまらなそうにそう言った。
クリーネが中央の使魔魔術師達の現状を見てどう反応するか見ておきたい。
その反応次第で、本格的に使魔魔術をクリーネに教えてやっても良いとグランドン教授は考える。
「はい! 付いて行きます!」
クリーネは何も考えずに、中央に付いて行くと返事を返す。
「まあ、まだまだ先の話ですが…… 我も一応は新しい使い魔を用意をして行きますか。珍しい素材も確保できていますし」
そう言ってここ最近手に入れた、外道種、始祖虫、竜の素材を思い起こす。
どれも癖のある素材だが非常に強力な物だ。
上手く組み合わせられれば、それだけで強力な使い魔が作れることだろう。
グランドン教授はアビゲイルから預かっている壺に目をやる。
元々は伝説的な呪物の壺なのだが、今はほとんど力を失った壺だ。
それでも危険が付きまとうため、アビゲイルの作った自立型の使い魔が壺の中に住んでおり、呪物の安定化を図っている。
その使い魔に相談してみるのも良いかもしれない。
あれは人語を理解することができる、いや、自分の意志と長年培った知識を貯えた非常に珍しい使い魔だ。
その上、儀式の補佐用に作られた使い魔で、その保有している知識は魔術にも深く大きな物だ。
良い相談相手になってくれるはずだ。
「始祖虫の抜け殻に竜の素材も手に入りましたからね」
ライアンはそう言ってグランドン教授を熱望する。
それらの素材を使いグランドン教授がどんな使い魔を造るのか、ライアンは楽しみでならない。
「まあ、竜の素材は最小限にしたいですがね」
ただどれも癖のある素材だ。
外道種の素材などそもそも禁忌として扱われる品だし、始祖虫の素材など魔力自体を遮断してしまい、そのままでは非常に使いにくい。
さらに竜の素材は加工しにくいというのもあるが、
「あー、竜に認められてない者が、それを使うと竜に目をつけられるんでしたっけ?」
と、いう訳だ。
ライアンは思い出したかのようにそのことを告げる。
竜は自分達の力を自分達が認めた者にしか貸さない。
それは竜が死んでいても、死体となっていても同じことだ。
「とはいっても、竜の死体を、まるごとそのまま使うでもない限り平気ですがね。しかし、目標が出来てしまいましたな……」
使い魔王戦。
なんだかんで、守護騎オーゼンブルグに公的に挑める機会だ。
そして、守護騎オーゼンブルグを公的に打ち負かすのがグランドン教授の悲願でもある。
最近、アビゲイルやオーケンといった世界最高峰の魔術師と出会い感化されたというのもある。
さらにアビゲイルの作った使い魔に、その異質なほどの才能に、打ちのめされはしたが刺激にもなったことは間違いがない。
グランドン教授も使い魔王戦という明確な目標ができ、やる気が出て来たことも事実なのだ。
荷物持ち君がいなくとも、今の自分が守護騎オーゼンブルグにどこまで挑めるのか、それはそれで気になることだ。
「おお、グランドン教授の目に光が!」
ライアンがやる気を見せているグランドン教授を嬉しそうに見る。
「そんな物はとうの昔に、中央から追い出されたときに消えましたが、奴らに一泡吹かせるなら、その輝きを再び灯すこともやぶさかではないですよ」
ミア君が無事に帰って来てくれれば一番いいのですがね、その言葉をグランドン教授はひっそりと飲み込んだ。
「サリー、大丈夫ですか? やはりその本には呪いの類が?」
西門の地下の石室に埋まっていた本を読み、苦悶の表情を浮かべている自分の妻に向かいフーベルト教授は心配そうに声を掛けた。
あんな石室に安置されていた本だ。本自体が呪物であってもおかしくはない。
「いいえ、呪いの類では…… ないです。でも、内容が…… とても凄惨なもので……」
この本自体、魔術で保護されてはいるが呪物ではなく、ただの記録だ。
それに加え、この村の結界を、地母神との盟約の破棄の仕方まで書かれているものだ。
更にこの村の儀式について、書かれ、書き足されているものだ。
その内容は、何人もの人柱を門に捧げたというものだ。
この本によれば、最初は四姉妹を人柱とし、中央と、北、東、西の門に聖骸として埋め、南門には毎年、新しい人柱を、神にではなく聖骸となった四姉妹に捧げる生贄として捧げていたのだ。
四姉妹を木乃伊にした後、四肢を切り落とし、それぞれ交換している。
この本に寄れば左足だけ自分の物だが、それも一度切り落とし、再度縫い付けられている。
それ以外の右手、左手、右足は他の姉妹の物が縫い付けられているという。
そうして呪術の核となった聖骸を淀んだ地脈に浸し、結界の一部として、外道種を呼び寄せ、外道種だけを通さない結界として機能させているのだ。
とんでもない呪物だ。サリー教授の気分が悪くなるのももっともだ。
「そうですか。掻い摘んで聞いても?」
フーベルト教授が聞くと、サリー教授は少しだけ目を瞑り、頭の中を整理して答える。
「この村は…… 本来…… 外道種を狩るための村です……」
そう、この村は元々外道種を狩るための村だった。
「なるほど。そういうことですか」
その一言で、フーベルト教授もこの村の現状を理解する。
強力な結界を持ちながらも、この村は外道種を呼び寄せることもしている。
不可解な側面があった。それもそういうことであれば納得がいく。
「最初は戦士の村だったようですが…… 時が経つにつれ…… 人が離れていき…… ただ外道種から怯えて、暮らすだけの村へと……」
この本によれば、この村の歴史は古く千年以上前にも、神代大戦が終わった直後に、法の神が外道種を排除するとそう宣言されたときに作られた村だという。
当時の選りすぐりの戦士たちが集まり、この村を作ったという話だ。
だが、それも昔の事で代を重ねるごとに、この村は戦う力を徐々に失っていき、村からは戦う力が失われ、結界を維持するだけの村へと変わっていったのだ。
その経緯までもがこの本には書かれている。
「そんな事まで書かれているのですか?」
「はい…… 追加で…… ですが書かれています。これはこの村の…… 議事録のような…… ものですね」
最終的には、この村はこの結界を解くことすら、地母神との盟約を破棄することすら、自力ではできなくなったと綴られ、この本を見つけ手に取れるような者であれば、それも可能であると盟約の破棄の方法までもがしっかりと書かれている。
「肝心の盟約を破棄する方法は?」
「それも…… ちゃんと書かれています…… 社の地下にある魔法陣を…… 無効化するだけでいいそうです……」
ただ話を聞く限り、門の地下にある石室でさえ、淀み腐った地脈の力が充満していたのだ。
村の中心である社の地下ともなると、人が立ち入れるとも思えない。
「床下にあった魔法陣ではないですよね?」
念のためにフーベルト教授が確認する。
床下にあった魔法陣で良いのであればさほど難しい事ではない。
「あれは制御しているだけで…… また別です…… あの魔法陣の地下…… と、書かれています……」
「あの魔法陣の地下ですか。入れますかね?」
フーベルト教授は西門の下に埋まっていた石室を思い出しながら自問する。
あんなような状況であれば人が入り込めるものではない。
「対策が…… 必要です…… 特殊な…… 汚れた地脈を防げる地母神の衣が…… あるとも、書かれています……」
ただ見つかった本には、それを着れる資質がある者が村にはいなくなったと、そう書かれてもいる。
だから、この村はこの盟約の破棄を出来なかったのだ。
これほど淀んだ地脈の影響を防げる物であれば、地母神より授かった神器の類なのかもしれない。
だとすれば、神器が扱う者を選ぶのも頷ける。
「地下の入口探しと衣探しでしか。まあ、荷物持ち君にでも頼めば、どちらも一発ですね」
古老樹である荷物持ち君であれば、そんなものを見つけるのは簡単な話だ。
「ですね……」
「サリーは少し休んでおいてください。ミアさんに今のことを伝えてきますので」
顔色が悪く気分も悪そうなサリー教授を、フーベルト教授は気遣う。
「いえ、まだこの本を読み進めます…… まだ、なにかあるかもしれません」
この本もまだ半分も読めていない。
できる限り読み進めておきたいと、サリー教授は気を引き締め、本を開く。
「程々にしてくださいよ」
「はい……」
「ん? 地下と衣探し?」
エリックがフーベルト教授の話を聞いて一番最初に反応した。
「それを荷物持ち君に探してもらえば良いんですか?」
ミアがそう言って荷物持ち君の方を見る。
「はい、おねがいします」
「結局この村は何だったの?」
感覚が鈍いせいか今一現状を把握できていないスティフィが急かすように聞いてくる。
サリー教授とフーベルト教授の様子を見て、この村が相当ヤバイ場所だとは勘づいてはいる。
「この村自体が外道種を呼び寄せて倒すための罠のような村だったらしいです。元々は戦士の村だったそうですよ」
フーベルト教授は簡潔に伝える。
「戦士の村? ただの農村にしか見えないけど?」
スティフィはそう言って村の様子を見る。
村の敷地内に中にまで畑がある、ただの滅んだ農村にしか見えない。
「最初は、です。長い時が流れ、人が少なくなり、村の外の外道種におびえながら暮らしていたそうです」
なるべく村の外に出ないでも生活できるようになった結果だろうか、この村は畑だったような場所が村中にある。
「滅びた理由はそれか」
「最後は、流行り病で医者も呼べずに滅んだそうですね。比較的最近のことのようですが」
そんな状況下なら村を捨てて逃げれば良かっただろうに、とフーベルト教授は思うが、もしかしたら流行り病がそれすらも許さなかったのかもしれない。
「と言うことで、荷物持ち君、その衣と地下への入口はわかりますか?」
そうすると荷物持ち君はすぐに頷いて見せる。
「じゃあ、先ずはその衣からおねがいします!」
ミアがそういうと、荷物持ち君は中央の社へと向かい歩き出す。
ミア達はそのあとをついて行く。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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