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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者

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滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その7

「なあ、教授、さっきから何やってるんだ? 地面に這いつくばって」

 エリックは村の外、その地面に左耳をつけるようにして這いつくばっているサリー教授を見て疑問に思っていた。

 一体何を聞いているのかと。

 そんなエリックに対して、サリー教授はほんの少しだけ苛立ちながら、

「少し…… 静かに…… していて…… ください…… 地脈の流れを……」

 と、中途半端に答える。

 耳で地中の音を聞いているわけでなく耳の感覚で地脈の流れを感じ取っているだけだ。

 それを上手く言語化できなくて、サリー教授は言葉を詰まらせる。

 そもそも、人に教えられるような技術でもない。

 この能力はサリー教授だけの特殊能力のような物だ。普通の人間に地脈の流れなど正確に感じ取ることはできない。

 他の者では大まかな流れを把握できれば良い方だ。

 だが、サリー教授は地脈の流れを正確に把握することができる。それには高い集中力と自然との同化が必要なのだ。

 サリー教授がそれをエリックに、どう伝えようか迷っていると、

「ん? でも、ここは村の外だぞ?」

 と、エリックが再度質問してくる。

 それももっともな事だ。

 だが、サリー教授も村の中で、地脈の流れを感じ取るような事はしない。

 あの村の地脈は明らかにおかしいし、あれほど淀んだ地脈を直接感じ取るようなことをすれば、気がふれてしまうかもしれない。

 だがら、一旦村の外に出て、村の周りの地脈がどうなっているのか、それを調べようとしているのだ。

「村の…… 外と中の…… 流れの違いを…… ですね……」

 神どころか、人との関わり合いも苦手なサリー教授はエリックを少し苦手な人間だと思いながら、どう伝えようか迷う。

 それでも地脈を調べている間は、護衛役のエリックは必要だ。

 こんな真昼間から外道種が現れるとはサリー教授も考えてはないが、野生動物はそうでもない。

 この辺りなら、熊などが居てもおかしくはないし、熊でなくても猪でも無防備な時は十分に危険だ。

「で、俺は何をすればいいんだ?」

 サリー教授がどう伝えようか迷っているうちに、エリックは新しい疑問をサリー教授に投げかける。

 そこでサリー教授もエリックに伝えることを諦める。

「地脈の…… 流れを…… 感じとるには集中…… したいので…… どうしても…… 無防備に……」

 地脈の流れを感じ取る行為は自分を捨てる行為でもある。

 無我の境地と言っても良い。

 自分を無にすることで自然と一体化し、地脈の流れを自然の一部として感じ取るのだ。

 それ故にどうしても無防備な姿を晒してしまうことになる。

 エリックにはその状態の自分を守っていて欲しかったのだが、エリックはそもそもサリー教授を集中させてくれないでいる。

「あー、はいはい、教授の護衛だな? わかったよ」

 大袈裟な仕草でエリックはそれを了承する。

 そもそも護衛して欲しい旨は先に伝えてあったのだが、エリックは理解できてなかったようだ。

「頼みますから…… 集中させてください……」

 話しかけられては、サリー教授も集中することは出来ない。

「護衛なら任せてくれよ」

 エリックにサリー教授の言葉は届かない。

 得意げに大きな声でエリックは喋り続ける。

「…………」

 サリー教授がエリックを無視し、集中しようとする。

「なにか、わかったか?」

 ほんの少しの間を置いて、エリックはサリー教授に声を掛ける。

 ガサツで大きくよく通る声のエリックの言葉はどうしても無視しきれるものでもない。

「静かに……」

 怒りを込めてサリー教授がそういうと、エリックもその僅かばかりの怒気に押され、少しだけ後ずさりする。

「はいはい、っと。今日の昼はなに食うかな」

 エリックはなんでサリー教授が怒っているのか理解できずに、今度は昼食のことを考える。

 昨日、食べていた猪はもう残っていない。

 干し肉にしている鹿を頂くか、燻製にした鳥を頂くか、どちらにせよ肉だ。

 肉が不味いはずがない、とエリックは昼食に想いを馳せる。

「…………」

 それも無視してサリー教授は地脈を感じ取ろうと集中する。

 だが、今度は大きな足音が聞こえて来る。

 サリー教授は集中しようとして、それすらもエリックの足音として無視する。

「ん? 猪か?」

 だが、その足音、振動はエリックの物ではない。

 エリックもその足音、足音としてはかなり大きな振動に気づき、竜鱗の剣を鞘から抜いて構える。

 猪ならまた肉が手に入ると、エリックは舌なめずりを始める。

「…………」

 サリー教授はそれらをすべて無視し、自我を消すべく集中しようとする。

「こんな場所に牛かよ」

 だが、エリックの言葉に現実に引き戻されたサリー教授は苛立ち、目を開けて現状を把握しようとして驚く。

「静かに…… って、ウィンシャラン!?」

 エリックが牛と言っていた存在は牛ではない。

 確かに大まかな外見は牛に酷似している。

 だが牛の額があるべき場所には大きな人間の顔程の目が付いている。

 そして、牛の目が本来ある場所には何もない。

 全身赤黒い毛皮に覆われていて、頭部から生えている角は丸太のように太い。

 サリー教授が叫んだ言葉は、とある外道種の名を指す言葉だ。

 つまりエリックが牛と言った存在は外道種だ。

 こんな朝から外道種に、しかもかなり強力な外道種に襲われると思っていなかったサリー教授は驚く。

「なんだ? 牛の名か?」

 エリックはそう言って、竜鱗の剣を力強く握り直す。

「げ、外道種です! それも強力な!」

 サリー教授が叫ぶようにそう言って、即座に戦闘態勢に入る。

 今のサリー教授は軽装だ。

 集中したいために余分な装備はすべて村の中に置いてきている。

 もちろん武器になるような物も持ってきていない。

 といっても、ウィンシャランという外道種相手に武器など何の意味はない。

「そう言えば、この牛、一つ目だな」

 相手に、牽制するように竜鱗の剣を突き出しつつ、エリックは相手の様子を伺う。

 突き出された剣に反応してかウィンシャランという名の外道種は口を大きく開き、

「ンモォォオッォォォォォオォォォォォォォォォォォォ!!」

 唸り声のような鳴き声を上げ始める。

 その開いた口は、異常で裂けるように大きく開く。それは顎が地面につくほどだ。

 そして開いた口からは、真っ赤な口の中には、額についているのと同じような巨大な目玉が存在していた。

「凄い口な奴だな」

 と、エリックが見たまんまの感想を言う。

「相手の、口の中の目を見てはいけません…… 動けなくなりますよ」

 それに対して、サリー教授は目を伏せて、素早く警告する。

 ウィンシャランの口の中の目は人を惑わし拘束する力を有している。

 それとは別に、ウィンシャランの額の目には外敵からウィンシャランを守る力がある。

 同時に目の力を発揮することはないと言われてはいるが、それでも強力な外道種だ。

 特に口の中の目の拘束力は強力で、一対一での状況ではまず勝てない、そう言われている程、危険な外道種だ。

「わかった! 竜の英雄候補、エリック・ラムネイルに任せてくれよ」

 だが、そんなことも知らない、いや、知っていてもたじろぐこともないエリックは宣言するだけだ。


 苦戦の末、エリックの竜鱗の剣でウィンシャランの額の目を貫き、サリー教授の地脈の力を利用した魔術はウィンシャランを肉塊へと変えた。

「はぁはぁはぁ…… なんだよ、こいつ…… 牛の割に強かったじゃないかよ」

 エリックが地面に腰を落とし、息を荒げながら今はただ肉塊となっている難敵を見る。

 流石の竜鱗の剣も届かなければ切り裂くことはできない。

 ウィンシャランの額にある目は、不可視の力場を作ることができ、その力場のせいで竜鱗の剣もウィンシャラン自体には届くことはなかった。

 サリー教授の神から魔力を借りる代わりに地脈の力を利用した魔術でウィンシャランの不意をつき、体制を崩したところをエリックの竜鱗の剣でまずは額の目を貫いた。

 その後、ウィンシャランは口をすぐ開き、口の中の目でエリックを拘束し抵抗を見せていたが、サリー教授の放った魔術でウィンシャランは肉塊となった。

 拙い連携ではあったが、何とか勝利を得られた。

 そもそも、一対一では勝つのも難しい相手だった。

「ウィンシャラン相手に…… よく無事でいられました……」

 前衛にいたエリックも大した怪我は負っていない。

 それはサリー教授による援護があったことが大きいが、エリックも実戦の中で成長していっている証拠でもある。

 ウィンシャランという外道種相手に、なにも準備せずに出会ったにはしては、大戦果をあげたといってよい。

「でも、目を見ちゃったから、右半身まだ動かねぇよ」

 右半身は未だに痺れたように動かないエリックは少し困った表情を浮かべる。

 エリックが腰を落としているのは、戦闘による疲労というよりは右半身が動かなかったからだ。

 上手く力の制御ができず、握ったままの竜鱗の剣も硬直したように、今も柄から手が離せないでいる。

 筋肉が硬直して、エリックの意志と完全に切り離されている状態だ。

「半日もすれば…… 動くようになります……」

 ウィンシャランの拘束の魔眼は呪いの類ではなく精神的な物で持続力はない。

 エリックの体の痺れも時間が立てば完治するものだ。

「そうか、なら、まあ、いいか。これ、埋めなくていいのか?」

 地脈の力をそのまま噴き出した魔力、エリックから見たら、まさに地面が爆発したような魔術であり、原型をとどめていない肉塊となっているウィンシャランを見る。

 この外道種も埋めておいた方が良いだろうと思いつつも、この肉塊はかなりの量がまた広範囲に飛び散りもしている。

 これを埋めるのは一苦労だと、エリックは息を吐き出す。

 少なくとも半身が痺れたままのエリックだけでは不可能な作業だ。

「ウィンシャランには…… 毒は確認されてないので……」

 実際は埋めておいた方が良いだろうが、これを人の手で埋めるのは確かに一苦労だ。

 後でミアに頼んで荷物持ち君にでも埋めてもらった方がよいと、サリー教授は判断する。

 それに昼間からウィンシャランのような強力な外道種が現れたのだ。

 村の外は本当に危険なのかもしれない。

 サリー教授が、このまま村の外での調査を続けるべきかどうか迷っていると、

「食えるのか? これ?」

 と、外道種の肉塊にエリックはとんでもないことを言って来た。

 確かに毒はないし、外見は牛に似てはいるが外道種を食べようとするエリックにサリー教授は呆れかえる。

 それと同時に、そう思う人間はエリック一人ではない事をサリー教授は知っている。

 過去にそれを実際に試した人物がいる記録が既にあるのだ。

 その男は大馬鹿者であり最強の魔術師でもあり、サリー教授の実の父親でもある。

「食べれは…… しません……よ。消化…… 出来なくて…… お腹を下しますよ……」

 その記録によれば、この法の外にいる生物でもある外道種の肉は消化することはできないようで、まず間違いなく腹を下すという話だ。

 なにも消化されずにそのまま排出されてくるという。

「牛みたいなのに食えねえのかよ」

 エリックは少し残念そうに、ただの肉塊となった物を見てそう言った。




 南側の門は出入りに使うので、ミア達は恐らく昨日ジュリーが見た幽霊が向かったであろう西側の門を掘り返すことにした。

 大きな石畳が敷かれている門を掘り返すことは大変かと思ったが、ミアには荷物持ち君がいる。

 人力では大変な作業でも、荷物持ち君からすると大した作業ではない。

 荷物持ち君にかかれば、簡単に大きな石畳を引き剥がすことができた。

 大きな石畳を引き剥がすと、石畳の裏側にはステイル平野の地母神の神与文字が描かれている。

 またその石畳の下には、小さな石室が作られていて、その壁にも神与文字が描かれ、石室の中には木乃伊、神に捧げら聖躯となった干からびた遺体が置かれている。

「意外と簡単に開きましたね……」

 ミアは木乃伊には特に触れずに、何かしらの妨害があるかと思っていたにも関わらず、何事もなく掘り返せたことに驚いているようだ。

 ミアはそう言ってはいるが、実際は荷物持ち君だから簡単に石畳を引き剥がすことができただけで、通常ではそう簡単にできる事でもない。

 それ以上に、この石畳を開けようとするだけで、石室にたまっていた淀みに淀んだ瘴気ともいえる地脈の魔力をもろに浴びることになる。

 人間であればそれだけで命がなかった程の濃度の物だ。

 人がこの石室を暴くことを想定した造りではないのかもしれない。

「これは…… 呪術も呪術、それもおぞましいほどの物ですね……」

 フーベルト教授の方は石室に安置されている木乃伊を見て顔を歪める。

 安置されていた木乃伊は、ただの木乃伊ではない。

 首と胴体は正常だが、両手足だけ完全に別物だと一目でわかるような四肢が縫い付けられている。

 木乃伊にしてから別の手足を取り付けたのか、生身の時にそうしたのか、それまではわからない。

 なにしろ門の下にある石室は淀んだ地脈の魔力で満たされているのだ。

 石室に入って調べることも出来ない。遠目で判断するしかない。

「な、なんですか…… この木乃伊は……」

 瘴気ともいえるような地脈の淀んだ魔力に吐き気を催しながらジュリーは木乃伊を見てそう言った。

 間違いなくこの木乃伊も呪物そのものだ。

 ジュリーには淀んだ地脈を吸って木乃伊が呪物としてさらに成長しているようにすら思える。

「手足につなぎ目がありますね」

 やっとミアが石室に安置されている木乃伊の事に触れる。

 遠くからわかるほど太い紐で木乃伊の両手足は胴体に縫い付けられている。

 紐自体にも神与文字のようなものが描かれているが、流石に遠くてそれを判別することはできない。

「そう言うことですか…… これは思った以上に危険ですね」

 だが、フーベルト教授はおおよその、この結界を張る呪術のおよその原理を理解する。

 ジュリーが幽霊が南門から西門へと向かっていった、という言葉も理解できる。

 この木乃伊は人柱で神に捧げられたと同時に、やはり呪術で結界に組み込まれた呪物の核そのものだ。

 東西南北の門、それと恐らく村の中心にある社。

 その地下に、この石室と同じようなものがあるのだろう。

 木乃伊の両手足は恐らく別々の人間の物で、幽霊達がこの聖骸となっている木乃伊を巡るように、自分の手足を求めるように、縫い付けられているのだ。

 フーベルト教授は想像以上の呪物であるこの木乃伊に吐き気を催す。

 村を守る結界の為とはいえ、ここまで酷い呪物と化した遺体は見たことがない。

「フーベルト教授、あそこに、木乃伊の頭の付近に本がありますよ」

 そんな木乃伊も、淀みに淀み瘴気となっている地脈の魔力も気にならないミアだけが、石室の聖骸が安置されている、枕元にある一冊の本に目が行く。

「無暗に近づかないでください。石室の中には入らないように。酷い臭気です」

 ミアが手を伸ばそうとしているので、フーベルト教授は急いでミアを掴んで止める。

「確かに少しかび臭いですね」

 ミアはなんで止められたかわからない顔をしながら、鼻を鳴らして石室の臭いを嗅ぐ。

 その臭いは確かに少しかび臭い。

「いえ、そういうことを言っているわけではないですよ。ミアさんにはこれほどの臭気も……」

 そう言ってフーベルト教授はロロカカ神の魔力を思い起こす。

 確かに、ロロカカ神から貸し出される魔力に比べれば、石室に溜まっている瘴気など可愛い物かもしれない。

 ロロカカ神の魔力とこの地脈の魔力はまた別の属性を持っている。

 ロロカカ神の魔力は恐怖を、底冷えするような畏怖を抱かされる物だが、この地脈の魔力は淀み腐ったような臭気だ。

 その違いがあるにもかかわらず、ミアにはその臭気を、地脈が腐りきっている臭気に気づけずにいる。

「え? 私、鼻はいい方ですよ?」

 ミアが自分の鼻を指で刺しながらそう言うが、ミアの危険な魔力への鈍感さに、いや、異常なまでの負の魔力への耐性というべきか、フーベルト教授は驚きを隠せない。

 ロロカカ神にミアが選ばれた理由もそこにあるのかもしれない。

「魔力の、この場合は地脈の淀みですね…… 酷く淀んでいて非常に危険です。絶対にこの石室には入らないでください。それと、ジュリーさん、何か見えますか?」

 もしかしたらミアならこの石室に入っても平気かもしれない。

 だが、それを試すことはないし、そんな危険を冒す必要もない。

「いえ、今は何も…… ただ、昨晩感じたような嫌な感じが感じられます」

 ジュリーの方は地脈の瘴気で吐き気を催し、それを手で押さえながら、なんとか答える。

 霊を補足できるジュリーの眼にも今は幽霊の姿を捕らえることはない。

 フーベルト教授はジュリーの反応が普通で、やはりミアが特殊なのだと改めて確信する。

「それが地脈の淀みの臭気です。瘴気といってよいものですね。危険ですので忘れないように。これを感じ取れたら即座にその場から離れてください」

 ミアにはその臭気も瘴気も危険と認識できていない。

 恐らくは幼い頃よりロロカカ神の魔力を身に宿して来たからだろうが、それは利点でもあるが欠点でもある。

 ミアはこの吐き気を催すような瘴気を危険として認識できないのだ。

 この瘴気自体も危険な物だが、それだけではないのだ。

「危険なんですか?」

「地脈の淀み自体も危険ですが、この臭気は、いや、瘴気は外道種を呼び寄せます。通りでこの辺りに外道種が多いはずです」

 毎晩、この村に外道種がやってくるはずだ、とフーベルト教授はそれにも納得する。

 日が暮れた後、幽霊達がこの地脈を掻き回し、周囲に淀んだ地脈の臭気をまき散らして外道種達を呼び寄せているのだ。

 それでは村を守る結界の意味がない。

 村を守りながら、外敵を呼び寄せているような物だ。

 あまりにも不可解すぎる。

「なら、あの本どうしますか?」

 ミアが本を指さしながらそれを聞く。

 確かにあの本に何か書かれているかもしれない。

 少なくともこの結界を理解する上での手掛かりにはなってくれるはずだ。

 フーベルト教授としても入手したい。

「棒か何かで取れないでしょうか?」

 ジュリーが石室から漏れ出す瘴気に後ずさりながらも声を掛ける。

「荷物持ち君、あの本取れたりしますか?」

 ミアがそう聞くと、荷物持ち君でも石室に入ることが嫌なのか、それとも石室の壁に描かれている神与文字のせいか、荷物持ち君も石室には入らずその手を石室の本の方に伸ばす仕草をした。

 そのあと、荷物持ち君の腕から黒く細いものが無数に生え本へと延びていく。

 それは荷物持ち君の体内に練り込まれているミアの髪の毛だ。

 それ自身が強力な呪物のような物である髪の毛は、まるで生きているかのように動き、本を絡め捕り、ミアの手元へと運ぶ。

「なっ……」

「これは……」

 フーベルト教授とジュリーはその光景に恐怖する。

 ジュリーにいたっては、ティンチルの使い魔格闘場でそれが動き、銀色の使い魔をねじ切るところを見たことはある。

 それでも、事前に知っていてなお、畏怖する程の恐怖をその黒髪からジュリーは感じ取れてしまう。

 ミアに本を渡した後、髪の毛は荷物持ち君の中へと戻っていく。

「ありがとうございます」

 ミアは荷物持ち君に礼を言って、石室の中にあった本を受け取る。

 魔術で補強でもされているのか本はまるで傷んでいる様子はない。

「見せてもらっても良いですか?」

「どうぞ、私には読めません」

 ミアは不用心にもその本を開き、読もうとするがそこに書かれている文字が読めずに諦める。

「共通語ではないですね」

 フーベルト教授もその本に書かれている文字をまともに読めはしない。

 だが、その文字に見覚えはある。

「神与文字ですか?」

「いえ、文字に力を感じません。共通語になる前の、古い言語ですね、失われたはずの……」

 神代大戦が起こる前に、世界が一時的に統一される前の時代に使われていた文字の一つだ。

 フーベルト教授にもいくつか読める文字はあるが、単語までは理解が及ばない。

 ただ、サリー教授であれば、この本を読むことができるかもしれない。

「他の門も掘り返しますか?」

 ミアは思ったよりも収穫はなかったとばかりに、フーベルト教授に提案する。

 だが、フーベルト教授はこれ以上結界の魔術に干渉するのは危険だと判断する。

 少なくともこの本をサリー教授が読めるかどうか、それを判断してからでよい。

「今はこの本を読みます。多少ならボクでも読めますし、そもそもサリーなら読めるかもしれません」

「流石ですね、じゃあ、戻りますか」

 ミアはそう言って少し嬉しそうな顔を浮かべる。

 馬車がある門へと帰ることには昼食の時間にはなっているからだろう。

 掘り返されたままの門の床を見て、ジュリーがこのままで良いのかと確認してくる。

「掘り返した門はこのままでいいのですか?」

「引き剥がした石で蓋だけしていきましょう」

 もしかしたら石畳を開けて、この臭気を少しでも入れ替えしておいた方が良いのかもしれないが、それもそれで外道種を呼び寄せる行為だ。

 それを考えれば、とりあえずは蓋をしておいた方が良い。

「この石にも何か彫り込まれてますね」

 ミアは今更ながらに、石畳の裏に絵が描かれている神与文字の存在に気づく。

「これらはステイル平野の地母神の神与文字です。この石で淀んだ地脈が漏れ出さないように蓋をしているのかもしれませんね。と言うことは、地脈が淀むことは想定されていた?」

 そして、念のためにその文字を自分の手帳に、素早く書き写していく。

 また、フーベルト教授はミアに説明し、口にすることでそのことに気づく。

 この村の結界はそもそも、地脈が淀むことを想定されていたのではないかと。

 そうでなければ幽霊達が門を行き来する理由もないはずだ。

 それらのことも今自分の手にある本に書かれていれば良いのだが、とフーベルト教授は何も書かれていない本の表紙を見つめる。

「荷物持ち君、お願いしていいですか?」

 フーベルト教授が書き写したのを待ってから、ミアは荷物持ち君に声を掛ける。

 そうすると荷物持ち君は大きな石畳を簡単に持ち上げ、何事でもないかのように石室の上に戻す。




「どうです? サリー、読めますか?」

 門の地下にあった石室で見つけた本をサリー教授に渡し、その成果をフーベルト教授は聞く。

 自分の妻が外道種に襲われたことは心配ではあるが、門の下に安置されていた別人の手足を縫い合わされていた木乃伊を見たフーベルト教授は、終わった脅威よりも現在晒されている脅威の方を心配している。

 そのことに関しては、サリー教授も同意見だ。

 話を聞いた限りでは、サリー教授もこの村をなるべく早く出ることに賛成であり、その為にこの本をいち早く読む必要がある。

 それに村の中にいる限り外道種の脅威は一端はないはずだ。

「どうにか読めます…… ただ…… 正しいかどうかまでは……」

 古い文字だ。

 だが、初見の文字は少ない。

 単語の意味もおおよそではあるが理解できる。

 これなら自分でも読めるはずだが、わからない文字や古い言い回しも多い。

 そのあたりは周囲の文脈から予想していくしかなく、正確な解釈とはいいがたい。

「概でも内容が分かれば手掛かりになるかと…… この村の結界は想像以上に恐ろしいものかもしれません」

 一早く地母神との盟約を破棄させて、この村を出て行くべきだと、フーベルト教授は改めて確信する。

 この滅んだ村は色々と不可解な点が多い。

 サリー教授が見つかった本を読み始めて、そこか会話が途切れたのでスティフィはうまく立てずに地面に座り込んでいるエリックに話しかける。

「あんた、ウィンシャランと戦ったんだって? よく無傷でいられたわね、サリー教授がいたとはいえ」

 スティフィ自身、ウィンシャランと戦ったことはない。

 だが、ウィンシャランの噂は色々と聞いている。

 それほど厄介な事で有名な外道種だ。

「んー、無傷なんか? まだ右半身まともに動かないぞ。片手が動かないのがこんなにも不便だとは思わなかった」

 エリックは未だに竜鱗の剣の柄から手を離せず、力んだままの手で抜身の竜鱗の剣を持っている。それを左手で押さえているような状態だ。

 硬直している自分の右手を見ながらしみじみとそう言った。

 スティフィはこんな状態で今まで戦っていたのかと思うと、その実力差を嫌でも実感してしまう。

「呪いの類なら術者が死んでも残る可能性もあるけど、ウィンシャランの瞳術は呪いの類じゃないらしいから、しばらくすれば治るんでしょう? ならいいじゃない」

「みたいだな」

 スティフィの言葉にエリックも安堵する。

 一生右半身が痺れたままだった、竜の英雄になることも諦めねばならないところだったはずだ。

 エリックは左手で自分の右手の指を、竜鱗の剣を握っている右手の指を引き剥がそうとするが、右手の指は石でできているかのように動くことを拒んでいる。

 現状ではどうにもならなそうだ。

「牛の外道種ですか? どんなのだったんですか?」

 ミアがウィンシャランのことを聞くと、スティフィが説明しだす。

「北側や南側ではあんまり聞いたことないけど、西側では割と有名というか、主な生息地が西側の外道種ね。確か…… 名前の意味が、栄光を転落させる者とかそんな意味だったはず?」

 本来は西側の地域、その山間部で夕暮れ時に現れる外道種で、人を襲い人を喰らう。

 先ほどエリック達が遭遇したウィンシャランは、南の地に移り住んだ亜種だったのかもしれない。

 その名は英雄と呼ばれる様な人物達を何人も屠って来た故の名だ。

「ですね。名前の意味もそれで正しいですよ。南側の地域でウィンシャランの名はあまり聞かないですね」

 フーベルト教授もよく二人とも無事いてくれたと、今更ながらに安堵する。

「そんな有名な外道種なんですか?」

「ええ、二種の魔眼を持つ雄牛として有名ですね。外の目は守りの魔眼、内なる目は拘束の魔眼…… 内なる目が口の中にあったというのは、ボクも初耳ですが、どちらも強力な魔眼で一人では対処できないと言われていますね」

 ミアの問いに、フーベルト教授が答える。

 魔眼と聞いてエリックが反応する。

「魔眼なのか? なんなんだよ、あれ、竜鱗の剣も届かなかったぞ」

 愚痴でもいうかのようにエリックは吐き捨てる。

 振り下ろしたはずの竜鱗の剣は、ウィンシャランに触れる前に不可視な壁でもあるかのように届かなかったのだ。

 それがウィンシャランの額にある守りの魔眼の力だ。

 力場を作り何者もウィンシャランに危害を与えることが出来なくなる。

 竜の骨と牙が以外、なんでも切り裂けると言われる竜鱗の剣でも触れないのであれば、それを切り裂くことも出来ない。

「念動力のようなもので物理的なものを全て寄せ付けない魔眼らしいんですね」

 フーベルト教授はそう言って、サリーはともかくエリックも大した怪我も無くよく無事だったと感心する。

 エリックのことをフーベルト教授は見くびっていたが、評価を改めなくてはならない。

「ほんと、良く勝てたわね…… サリー教授のおかげ?」

 スティフィもエリックが想像以上に実戦向きな戦士であると考え直している。

 このまま、順調に経験を積んでいけば、本当に竜の英雄になれるのではないか、少なくともその資質を持っていると感じている。

「ん? まあ、そうだな。俺だけじゃ何もできなかったな!」

 エリックはそう言って笑う。

 その笑顔も右半分は痺れているのかどこかぎこちない。

「私…… だけでも、ウィンシャランは…… 倒せません…… よ」

 サリー教授は一度読んでいる本から目を離し、会話に混ざる。

 その間も頭の中では本の内容を整理していっているが。

「サリー教授でも手に負えない外道種なんですか? エリックさん、凄いですね」

 ここ数日でサリー教授の実力を肌で感じたミアは素直に驚く。

 少なくとも、自然魔術と魔具作成の教授というミアの評価から、なんか色々とすごい教授に評価が変更されるくらいにはだ。

「だろ?」

 と、エリックは鼻を高くしている。

「対人じゃなくて、対外道種なら私よりも、もう強いんじゃない?」

 色々と弱体化してしまい、ほとんどの魔術を失ったスティフィからするとそう思える。

 そこには確かに自虐的な評価も入ってはいるが、技術よりも膂力が物をいう外道種との戦闘では、今後スティフィよりもエリックの方が役に立つ可能性は高い。

「マジか? そうかそうか!」

 スティフィにそう言われたエリックは素直に嬉しそうな顔を浮かべる。

「すぐ調子に乗るところがダメね」

 それを見たスティフィもそう言って笑って見せる。












 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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