滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その6
「幽霊が…… 頭が門の幽霊が…… 門から門へと移動しています……」
ジュリーはそれを直感で感じ取っていた。
実際にジュリーが見たものは頭部が門の幽霊が、ただ南側から西側へと移動していただけだ。
だが、ジュリーには幽霊が村の南門から西門へと移動しているのだと、そう直感で感じ取れたのだ。
それと共にむせ返るような嫌な臭気を辺りに漂わせてもいる。
ジュリーもまた、荒れ地の寂れた領地とはいえ領主の一族ではある。
神に選ばれた王の資質がある一族の血を引いているのだ。
その血が、感覚が、あの幽霊は門から門へと移動しているのだと、またそれが発する臭気はとても危険な物だと、ジュリーの本能に警告してきている。
「生贄にされた者が…… 門を回る……? 生贄にされた魂が…… 他の者の聖骸となった躯に憑りつくとでも…… 言うのですか?」
サリー教授はそのことが信じられないかのようにそう言った。
ジュリーの話と自分が感じ取った地脈の乱れから考えると、恐らくそういうことだろう。
現状調べたことと照らし合わせても、ありえなくはないことだ。
だが、生贄にされた魂は、基本的に生前の体に深く結びつく。
それでも捧げられた神ではなく、その土地の死後の世界の神々が、その結びつきを引き剥がし、その魂を回収していく、はずなのだ、本来なら。
この辺りの地域には死後の世界がまだないのか、この村を守る魔法陣のせいか、神に捧げられたはずの魂は生前の体ではなくこの村自体に深く結びつけられている。
それでも死者の魂が自分の躯が残っているにも拘らず、他人の躯を求めるなど、通常ではありえないのだ。
この村の現状は魔術的に見ても極めて異常なことだ。
村が滅んでいる理由とは、また別の話なのだろうが、この村が異質なことだけは確かだ。
「その話が本当なら、少々危険ですが門を掘り返してみないといけないかもしれませんね」
ジュリーの話を聞いて呟くように言ったサリー教授の言葉にフーベルト教授も反応する。
間違いなくこの村の結界は呪術の領域の魔術だ。
捧げられていた人柱も、ただ神の気を引くための物というわけではないのかもしれない。
それを調べるには門を掘り返し、その躯を調べなくてはならない。
流石に生前の姿のまま、というわけではないだろうが、人柱にされた人物の躯は今も門の下に存在しているはずだ。
門が全く朽ちていないので、その下に埋められているはずの人柱にされた人物の躯も原型をとどめているはずだ。
だが、それはとても危険な行為でもある。
呪術の魔法陣を無理やり力尽くでこじ開けるような行為だ。何が起こるか予想もつかない。
それと同時に、この村の不可解な結界の秘密に一気に迫れることでもある。
「村の…… 内部の魔法陣を…… 探すより、その方が確実…… ですね……」
サリー教授としても、この村に長居する方が危険だと判断する。
多少無茶をしてでも、地母神とこの村の盟約を破棄させて、早々に村から立ち去った方が良い、そう考えているので、門を掘り返すことにサリー教授も賛成だ。
「そんなことして大丈夫なんですか? 呪術なんですよね? この村の結界は」
ジュリーが心配そうにサリー教授に確認する。
呪術が根深く関与しているだろうこの村の結界に、その結界の要に手を出そうというのだ。
結界に外敵判定され、何か良くないことが起こる可能性は高い。
ジュリーの心配ももっともな事だ。
「だから…… こそです…… あまり悠長にしていると…… 私達も…… この村に取り込まれて…… しまうかも……」
数日滞在するだけなら、この結界は外道種から守ってくれる結界となってくれる。
だが、この村に長居するとなると話は変わってくる。
ましてやこの村の住人となるとその影響は計り知れない。
サリー教授の考えでは、その影響を緩和するこの村独自の魔術的な風習があったとそう考えているのだが、それを知る術もない。
少なくとも、それらを示した記録なども見つかっていない。
いや、この村の記録らしい記録が残されていない。
ならば、影響を受ける前に立ち去りたい、そう考えている。
そして、サリー教授の言葉を聞いて、ジュリーも先ほど見た幽霊の印象を言葉にする。
「昨日は、ただ立っていただけですが、今、歩いていた幽霊は…… 私にはあまり良い物には思えませんでした…… とても嫌な、なにか臭気のような物を発していました」
その姿を見たとき、その存在を感じたとき、ジュリーはとても嫌なものを感じ取った。
なにか、腐った果実を不意に見てしまう様な、淀んだ井戸の臭気を嗅ぐような、そんな顔を顰めたくなる嫌な気配をだ。
「どういうこと?」
それすらも今のスティフィには感じることができない。なのでジュリーに説明を求める。
「今も震えが止まりません……」
震えている自身の体をジュリーは両手で抑え込む。
ジュリーも上手く言葉で説明できないでいる。
よくないもの、としかジュリーにも言葉で言い表せない。
震える弟子の姿を見てサリー教授は一つのことを思いつく。
「この村の…… 地脈を…… 幽霊達が…… かき混ぜている……? でも、そんなこと…… できる訳が……」
だが、それを自身の知識が否定する。
幽霊になったといえど、矮小な人という存在が地脈を掻き回せるほどの影響を持てるとも思えない。
地脈の流れは荒々しく人間がどうこうできるものでもない。
「通常ではそうですが、先ほどの揺らぎは地脈の乱れ、ですよね、サリー?」
フーベルト教授も感じ取っている。
ただフーベルト教授にはそれを地脈の乱れとしか認識できていない。
地脈そのものが本来混沌としている物なので、それがどれだけ淀んでいるかなど早々に判断できるものでもない。
「はい…… それも相当濁っている地脈です…… この村の地脈は…… 異質です……」
だが、普段神の力に頼らずに地脈の力に依存しているサリー教授にはその判別がつく。
この村の地脈はかなり淀んで濁りきっている物だ。いや、腐りきってしまった地脈といってもよいかもしれない。
それも幽霊が地脈に影響を与えなければ感じ取れない、地脈の底に沈殿している汚泥のような物だ。
とてもじゃないが正常な地脈ではない。
「地脈が濁るってなんですか?」
ミアが食べていた肉を飲み込んでから質問する。
地脈も魔力の一種なので、魔術に応用できる力ではあるが、とても混沌とした力の奔流だ。それに対して神々の魔力は数々の属性はあるが純粋な物でとても扱いやすい。
人がいなくとも、魔力をくべてやらなくとも、地脈の力を使えば魔術を発動し続けることはできるが、それはとても高度で危険な技術でもある。
「地脈とは…… 本来、流れ続けている物なのですが…… 色々なものを取り込むせいか、そもそもが混沌とした力の源なのです……」
サリー教授はそう言って顔を歪める。
それほどまでに、先ほど感じた、ただ水面を揺らし、波紋が広がっただけの、そんな影響しかなかっただけの地脈の淀みに、顔を歪めている。
もしこの地脈の底にたまっている汚泥を掬いあげたら、と考えると、サリー教授も正気を保っていられる自信がない。
なので、サリー教授はその続きを言いよどんでしまう。
そんなサリー教授を見て、フーベルト教授が話を続ける。
「それ自体は問題ないのですが、地脈の流れが滞ると元々混沌としているものもあり、流れが止まると淀みを生むんですよ。それらは生物にはあまり良くないものですね」
その淀みや、神や人の負の感情を利用したものが呪術の根本であり本質だ。
呪術師からすればこの村は宝の山かもしれない。
もしくは、強すぎる力で近寄りたくもない、そう見えるかもしれない。
この村の地脈は巨大な呪詛の塊になっているような物だ。
「腐り淀んだ地脈の力は…… 神をも狂わす…… そういわれているほど強力な…… ものです……」
サリー教授もこの村と盟約を結んでいる地母神が盟約を終わらせたがっているのにも納得がいく。
神からしても、この村の現状は良くないものなのだろう。
「先ほど私が感じた寒気は…… あの幽霊の物ではなく…… 地脈の物なんですか?」
未だに身を震わせているジュリーが顔をあげてサリー教授をじっと見ながら聞いてくる。
それに対してサリー教授は少し自信なさげに、
「地脈の淀み……を緩和…… 少しでも、するためかも…… しれません…… 調査をしなければ、それもわかりませんが……」
と、答える。
実際に地脈を調査してみなければ、それも判断が付かない。
だが、現状ではそれくらいしかサリー教授にも予想が付かない。
フーベルト教授はそれらをまとめ上げる。
「明日は手分けしましょう。ボクとミアくんで門を掘り返し確認します。サリーは村の地脈について調べてください」
地脈の方はサリー教授でしか早急な調査はできない。
門を掘り返す方も危険でサリー教授の知識は大変有用な物だが、どうにかサリー教授抜きでやるしかない。
今日明日でどうにかなるわけではないだろうが、できるだけ早くこの村から去った方が良いと判断しての分担だ。
「はい…… ジュリーは門の方を…… エリックさんは私について…… 来てください」
幽霊を見ることができるジュリーは門を掘り返すときも役に立ってくれるはずだ。
そして、地脈を調べるサリー教授は村の外と村の中の地脈がどうなっているか、見比べる必要がある。
地脈を調べるとなると、その間、サリー教授も無防備にならなければならない。
村の外には外道種がいるかもしれないので護衛役にエリックが欲しい。
「はい」
と、ジュリーが返事をして、
「おぅよ」
エリックがなにをさせられるかわかってもいないのに得意気に返事をする。
「私は?」
スティフィがそう聞くと、サリー教授は少し考えた後、
「精肉したものを保存食に加工しておいて…… ください……」
と、スティフィに言い渡す。
少なくとも魔力の調整薬を飲んでいる間、スティフィはこの村では無防備すぎる。
ミア達が乗っている馬車自体も、それ自体が結界のような物だ。
スティフィはその近くにいたほうが良いと、サリー教授が判断しての事だ。
エリックと共に連れて行こうともサリー教授は考えたが、調査するのは今からではなく明日の昼間だ。
外道種が現れるとも思えない。
エリック自体が保険のような物だ。
ならば、スティフィには食料の加工をしてもらっておきたい。
これから、どれほど集落が存在するかもわからないような場所では、それも重要な作業だ。
「はい、承知しました」
スティフィは文句も言わず、それを了承する。
ジュリーがスティフィと役目を変わりたい、そんな表情をしながらサリー教授に質問する。
「門の下を…… お墓を暴くみたいなもの、ですよね?」
それに対して、答えたのはサリー教授ではなくフーベルト教授だ。
「それ以上に危険な行為ですね」
下手をしたらこの結界に外敵だと判断されかねない行為だ。
結界の防衛機能が作動したら何が起きるかもわからない。
本来なら、結界の防衛機能が描かれている魔法陣を無力化してから、掘り返したかったが現状では、それを探すのにも時間がかかりすぎる。
この村は意外と大きく、それでいて家屋と主要な通路以外はすべて藪の中だ。
その中から魔法陣を探し出すのは簡単な事ではない。
社の魔法陣が床下に隠されていたように、どこか、例えば地下などに埋められるように隠されていたら、それこそ探しようがない。
それに恐らくは防衛機能を司る魔法陣も、結界の要となっている門の地下に描かれている可能性は高い。
フーベルト教授もサリー教授もそう予想しての判断だ。
「神の命で動いているのに、そんなに危険なのですか?」
ミアも確かに地脈の乱れを感じてはいる。
ただ、ミアはロロカカ神のより深い混沌とした魔力に慣れ親しんでいるため、淀んだ地脈の気配すら不穏に思うこともない。
神の命で動いているのに、何で危険なのか、それほど理解できていない。
ミアの言い様にフーベルト教授はミアらしいと微笑む。
「恐らくは地母神は、それほどこの村に関与していないですね……」
そして、まだ私見ではあるが、そのことを答える。
フーベルト教授は最初、この村の結界は地母神の力を使い維持されていると考えていたが、そうでない可能性の方が今は高い。
恐らく地母神はこの村の地脈をいじるために呼び出され契約したのだろう。
この村の結界自体は、そのいじられた地脈の力を使い維持されている。
サリー教授の話ではこの村の地脈は人工的に加工され螺旋状に流れているとのことだ。
その部分にだけ地母神は関わっているのだろう。
それ以外は恐らくすべて呪術の類で、変えられた地脈の力を利用している。
だが、神の力を借りたとはいえ、不自然な流れに地脈を変えてしまった為、地脈が淀んできている、現状はフーベルト教授もサリー教授もそう考えている。
「それはどういう意味ですか?」
ミアにはなにも判断できずそう聞き返すしかない。
それはミアが呪術をあまり学んでいないからだ。
才能があるなしにかかわらず、神の負の感情すらも利用するような魔術である呪術にミアは興味がなかったからだ。
「この村の結界が、より呪術的な魔術だった、と言うことです」
「呪術…… こんなときアビィちゃんがいてくれたらよかったですね」
ミアがそう言って、アビゲイルのことを思い出す。
それを聞いたサリー教授も、
「あの子…… いえ、あの方がいれば…… 確かに苦労はないですね……」
確かにこの状況下であの稀代の魔術師がいれば、この村の問題も簡単に解決してたのだろうと思う。
「方?」
と、ジュリーがサリー教授が言いなおしたことに疑問を持つ。
そんなジュリーにサリー教授は笑いかける。
「私の倍以上…… 年上…… ですので……」
アビゲイルの実際の年齢はサリー教授も知らない。
だが、マリユ教授の話を聞く限り、倍以上生きていることは確信が持てている。
「そんなに? そうは見えなかったけど…… 魔術師ですもんね」
それを聞いたスティフィが驚く。
アビゲイルに関してはデミアス教の情報網をもってしても何もわからなかった。
それも当たり前のことで、魔境ともいえる中央東に広がる湿地帯に住んでいたというのだから、わかるわけもない。
「ウオールド教授と実は年齢が近いとか聞いたことありますね。本当かどうか確かめようがないですが」
フーベルト教授は副学院長であり、自分の実質的な魔術の師でもあり、恩師でもある教授の名を上げる。
「そ、そうなんですか? 知りませんでした」
ミアが驚いて目を丸くしている。
そこまで年齢が離れているとは思えなかったし、確かに物知りではあったが、アビゲイルからそんな貫禄のような物も感じられなかった。
「そもそも、あいつの話はどれも胡散臭すぎて、どこまで信じていいかわからないしね」
スティフィはそう言って、嘘か本当か判断に困るアビゲイル本人が語っていたことを思い出す。
どれもこれも、嘘か本当か区別がつかない。
「居ない人の話をしてもしかたないです。今は我々でどうにかしないといけないですからね」
フーベルト教授はとりあえず話をまとめて、明日以降の予定を組み始める。
至急というほどではないが、想像以上に急がなければならないことは確かだ。
それでも夜に行動しだすことはしない。
今までの反応を見る限り、外道種もこの村の結界も幽霊も、夜に活動的になっているからだ。
静かに朝まで待ってから、行動したほうが安全なはずだ。
新シトウス砦で奉仕活動をしていたトラヴィスは思うことあって旧友でもあるシュトゥルムルン魔術学院の教授であるカーレンを訪ねてきていた。
「ヨシュア。いや、今は違う名だったな、すまない」
トラヴィスがその名を、本当の名をカーレン教授に向かって呼ぶと、カーレン教授はその半分が火傷のような顔を歪める。
「トラヴィス司祭…… 今の名は、魔術師学院の教授であるカーレン・ガーレンだ。その名は神と共に捨てた」
カーレン教授はそう言ってトラヴィスを睨むが、トラヴィスは特に気にした様子はない。
それどころか、カーレン・ガーレンなる名前を聞いて、
「なんだ、そのあまりにも適当な名は…… もっとマシな名を名乗れ」
などと言ってくる始末だ。
「名など…… どうでもいい。それよりもなに用か?」
カーレン教授は軽く息を吐いて、なんの用があるのかと、トラヴィスを問いただす。
同時にこの名を名付けたウオーレン教授のことを軽く恨む。本当に適当な名だとカーレン自身が思っている。
それはともかく、トラヴィスは珍しい冥府の神の司祭だ。
それ故に冥府の神の勢力下でもある場所には基本的に姿を現せないはずだ。
トラヴィスは死を遠ざけるために死の神を崇めているのだから。
「いや、面白い巫女を見たのでな。少し話を聞きたくなった」
トラヴィスはそう言ってカーレン教授の研究室の椅子に勝手に座り込んだ。
それを見て、カーレン教授も長話になるのだと悟り少し困った顔をする。
「冥府の神を信仰しているあなたがですか?」
「ああ」
冥府の神を崇めるトラヴィスが面白い巫女という様な存在で自分と関わりがあるというと、
「ミアと会ったわけか?」
ミアしかカーレン教授には思い浮かばない。
確かに不可解な巫女だ。
「やはり知っておったか。あれは何者だ? 普通の人間とも、神に選ばれ巫女とも違いすぎる」
トラヴィスの言葉にはカーレン教授も同意する。
巫女は巫女なのだろうが、通常の神の巫女とはどこか違う、そのことはカーレン教授も気づいている。
だが、カーレン教授はそのことにそもそも興味がない。
ミアの事は優秀な生徒としか見ていない。
「詳しくは知らぬ」
ミアが門の巫女という存在だということは、カーレン教授も知っている。
それ以上のことは特にカーレン教授も知らないし、探ろうとも思わない。
神という存在に見切りをつけたカーレン教授は、神々のすることに興味がないし、邪魔するつもりもない。
「そうか。ああ、そう言えば、おまえから紹介された青年、マーカスとか言ったか。あやつにも再会したぞ、あやつめ、警告を聞かずにあんな死の気配を臭わせおってからに」
そう言われたカーレン教授はそう言えば、そんなこともしていたと、思い出す。
「冥府の神のところから戻るなり、ミアの後を付いて行ったと聞いていたので、ミアに会ったというのなら不思議でもない」
そもそも東に向かう街道は一本のみだ。
ミア達も、白い鰐に乗っているマーカス達もどうしても目立つ存在だ。
出会わないほうが不思議だ。
「みたいじゃの。あの一団も色々とおかしかったが」
そう言って、トラヴィスは笑った。
濃厚なほど死の気配を漂わせる青年、異様な呪術師、計り知れない寝たきりの巫女。
それらが白い大きな鰐の背に乗ってやってきたのだ。
気にならないほうがおかしい。
「神のすることに興味はない」
ただ、カーレン教授はそう言って話しを終わらせようとする。
話の内容に腹を立てたのではなく、次の講義が始まる時間が迫ってきていたからだ。
「そう怒るな。おまえが神を見限ったことは知っている。おまえは少し真面目過ぎる」
「そうなのか?」
諭されるようにそう言われたカーレン教授は、自分がひねくれ者だとは考えてはいるが、真面目過ぎるとは考えていない。
少し不思議そうな顔でトラヴィスに聞き返す。
「そもそも、神を見限ったおまえが悪魔を信仰するのが理解できん話だぞ」
トラヴィスがそんな話をし始めたので、これは長くなるとカーレン教授は講義の準備をするために立ち上がる。
「彼らは自由です」
そして、そのついでに答える。
講義の準備を始めているカーレン教授のことを全く気にせずにトラヴィスは話しを続ける。
「それは…… そうだが、彼らとて神の従順なる下僕ではあるぞ」
「そこに矛盾はない」
悪魔は自らの意志で神に従っているが自由だ。
自由であるから、稀にではあるが神の元を離れ、はぐれ悪魔となる御使いも存在する。
それはカーレン教授にとっては、悪魔は自由である、という証明に他ならない。
「相変わらずよくわからん考え方の上に頑固じゃの……」
「誉め言葉として受け取っておきます。では、講義があるので。この部屋でくつろいでもらっていてかまいませんので」
そう言っている間に講義の準備を終え、カーレン教授はトラヴィスに頭を下げ、自らの研究室を出て行こうとする。
「まあ、そんな話はどうでもいいわ。あの、オーケン殿が教授になったと聞いてな」
だが、トラヴィスもトラヴィスで話を終わらせるつもりもない。
そして、カーレン教授も気づく。ミア達の話はついでだったのだと。
「ああ…… そっちが本命ですか。臨時教授だそうです」
カーレン教授は窓から時計塔を見て時刻を確認する。
まだ余裕のある時間だが、ゆっくりと話している暇は流石にない。
「ふむ。実はアヤツには一つ恩があってな。貸しを作っておくのは怖いので返しに来た、というのが本当の理由だ。あの巫女の事ももちろん気になりはするがな」
「そうですか」
と、カーレン教授は興味なさそうに答える。
「まあ、全てはついでじゃよ。どちらも本命じゃよ」
そう言ってトラヴィスは笑う。
「あまり、あの臨時教授と関わらないほうがよいと思うが」
カーレン教授から見たオーケンは、物凄い、化物のような人間だ。
それこそ関わり合いになってはいけないと思えるほど強力な魔術師だ。
そして、それ以上に得体が知れない。
「そういう訳にもいかん」
トラヴィスもそのことはわかっているのか、嫌な笑顔をも見せる。
「ならば…… 夜にこの酒場に行くか、講義終わりに教室を尋ねるしかない。神出鬼没で捕まる人物ではない」
そう言ってカーレンは壁にかかっている学院の地図、その一角を指で指し示す。
学院の中央の北側に位置する半ば隠れた食堂で、夜は酒場になる場所だ。
ミア達が占領していた食堂とも、また別のものだ。
「酒場か。講義終わりよりは良いだろうな。高い酒でも持っていけば多少は円滑に行くか?」
トラヴィスはそう言って財布の中身を頭の中で計算しだす。
どれくらいの酒であの傍若無人な男が満足するのか、それとも安酒を大量に買っていったほうが良いのか、そんなことを計算する。
「さあ?」
まるで他人事のようにカーレンはそう言って、自分の研究室を後にした。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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