滅んだ村の儀式と彷徨い迷う者 その5
その日、ジュリーは真夜中に目が覚めた。
サリー教授により課せられた基礎訓練をしたことにより、寝る前に喉が渇き、普段より多く水分を取っていたことが原因だろうか。
辺りが寝静まった中、ジュリーは起き、寝泊まりしている馬車から降り、村に設置してあった厠を目指す。
馬車が止めてあるところから、村の共同で使われていた厠までに村の入口である門を通らなくてはならない。
そこを通ろうとしたときだ。
ジュリーの真横を荷物持ち君がトコトコと歩いて追い抜いていく。
荷物持ち君はそのまま門をくぐり村の外まで出て行く。
その後、村の外から激しい戦いの音が聞こえてくるのだが、ジュリーにはその音は耳に届かなかった。
ジュリーの眼には、門の中心に佇む、青白い人影に目を奪われていた。
荷物持ち君が、古老樹であるあの護衛者が、その脇を通り過ぎていっているので、害のある存在ではないのだろう。
そのことはジュリーにも理解できている。
だが、その人影の異様さにジュリーは一時的に固まってしまっていた。
それは恐らく女性、いや、少女というくらいの年齢の人影だった。
青白く薄っすらと光っているように見えた。
それは素足で白い、服といってよいか、布といってよいか、そのようなものだけを身に纏っていた。
だが、それらのことはどうでもいい。
その人影の一番の特徴は頭部だ。首から上だ。
頭部が、人であれば顔があるはずの部分が、村と外を分ける門そのものになっているのだ。
もちろん人間の頭部に乗るような大きさになってはいるが。
そんな異様な人影だった。
ジュリーが茫然としている間にも、荷物持ち君の用事が終わったのか、その人影の横を通り過ぎて、そのままジュリーの脇を通り過ぎて、馬車の付近の御者台まで戻っていった。
しばらくジュリーは呆然としていたが、何事もなかったように厠に行き、そして、馬車に戻り再び眠りについた。
「って、いうのを昨日見たんですが……」
昨晩見たことを、ジュリーは自分の師匠であるサリー教授に相談する。
ついでに荷物持ち君の用は外道種の対応だったようだ。
翌朝に確認すると、村の外に何かが埋められたような跡が残っているだけだった。
それを掘り返してまで確認したりはしないが間違いなく外道種が埋まっていることだろう。
「寝ぼけて幻覚でも見たんじゃない?」
それに対してスティフィが半笑いでジュリーをからかおうとするが、ジュリーの視線はサリー教授に向いたままだ。
サリー教授はゆっくりと考えながら、少しの間を置いて口を開く。
「人柱…… に、された方…… かもしれません……」
その魂が今も門に縛られている。
何かの異様な力で頭部が門になっているのだろう。
そうなると、これはただの結界ではない。
ただ神の気を引くためだけの人柱ではなく、人柱として神に捧げられたわけではなく、結界の一部として人の魂が今も組み込まれている、どちらかというと呪術の類なのかもしれない。
そうなってくると、また話が変わってくる。
この村も安全ではないのかもしれない。
村が結界を維持するために人を取り込む、そういったことになっていてもおかしくはない。
ただ、そうなっていれば流石に荷物持ち君が何かしらの反応を見せるはずだ。
荷物持ち君が反応していないのであれば、新たに人を取り込むような事はしていないのかもしれない。
「そう言えば、そんなこと言ってましたね」
ミアも話に入ってくる。
頭部が門の、恐らくは幽霊といった存在だ。
人柱にされた者がそんな姿で現れるとなると、それには意味があるようにミアにも思える。
「ああ、だからジュリーにはそれが見えたんですね、なるほど」
そこで髭を剃りながら話を聞いていたフーベルト教授も髭を剃り終えて話に入ってくる。
「ですね…… ジュリーは、死者が…… 見えます…… ので」
サリー教授はフーベルト教授、自分の夫の目を見ながらそう言った。
その視線に、この廃村も安全とはいいがたいかもしれない、そんな言葉を声に出さずに込めて。
フーベルト教授もそのことに気づいているのか、ゆっくりと頷いて見せる。
ただ、ミアと共にフーベルト教授も、ここの地母神からこの村の盟約を破棄するように言われている。
それを実行するまでこの村を去ることも危険だ。
神との約束を破れば何があるかわからない。
「まあ、荷物持ち君が無反応ってことなら、問題ないんじゃない?」
スティフィはそう言って楽観視した。
最悪、その幽霊に襲われても、スティフィの所持する血水黒蛇という妖刀なら幽霊すら斬れると分かっている。
そのことがスティフィを慢心させる。
「いえ、待ってください。この村の盟約を破棄するのに必要な事かもしれませんので」
スティフィの意図をすぐに理解して、フーベルト教授はそれを、スティフィがやろうとしていることを止めるように提案する。
不用意にその幽霊を、恐らくは村の結界の一部となっている幽霊を傷つけることは何が起きるかわからない事でもある。
確かに、村の結界の一端を霊が担っているのかもしれない。
それだけにその幽霊を失えば、結界自体に敵と認定され排除されかねない行為でもある。
もしくは、その核の代わりを結界自体が求めだすこともある。呪術とはそういったものだ。
「どういうことですか?」
ミアが話について行けずにフーベルト教授に質問する。
ミアにはスティフィが、最後の手段ではあるが幽霊を斬ろうと考えているとは思いも及ばない。
「どうも社の床下にあった魔法陣単体だけで、この村の結界が稼働しているわけではないようですので」
フーベルト教授はスティフィがそんな行為に及ばないように説明し始める。
「この村自体が…… 魔法陣…… なのですね?」
サリー教授も既に察しているのか、フーベルト教授に確認をしてくる。
そうであるのであれば、この村自体が大規模魔法陣ということだ。
大きい魔法陣はそれだけでも強い力を持つ。
これだけの大きさになると一人で解読するのは困難ともなる。
サリー教授も魔法陣の解読の方を手伝わなければならないだろう。
「まだ確証はないですが、サリーの言う通りこの村自体が大きな魔法陣、村自体が大規模魔法陣だった可能性はあります」
フーベルト教授もほぼそれで確定だろう、そう思いながら話を進める。
ただ、そうでない場合もないわけではない。
この魔法陣はかなり古く、そして長く運用されている。
教授であるフーベルト教授でも魔法陣を解読するに難航していて、その全容をまだ把握できていない。
「盟約の魔法陣自体にも人柱が組み込まれているってわけ?」
スティフィがそう言って顔を顰める。
そうなってくると魔術でも呪術の分野となってくることはスティフィにも理解できている。
下手に手を出せば手痛いしっぺ返しを貰うことになるかもしれない。
そのことをスティフィも無月の女神の館の一件で学んでいる。
手順を間違えば、大事故につながるのが呪術という魔術だ。
「はい、恐らくは、ですが」
スティフィの顔を見て、とりあえずは手を出さない判断をしているようなので、フーベルト教授も一端落ち着く。
力を失ったとは言えスティフィは相変わらず頼りになる戦力ではある。
だが、今は特に感覚が鈍い。
相手がどういった存在なのか今のスティフィには判断が出来なくなっている。
なので、スティフィは目についた危険を、とりあえず排除するように考えるようになっているのだ。
ミアを守る者としては正しいかもしれないが、それが今は藪蛇になりかねない状況だ。
「って、ことはやっぱり大規模魔法陣か。そう簡単には盟約の破棄はできないわね」
スティフィはそう言って、手を出さない、と、意思表示をする。
同時に自分が幽霊をどうにかできると、そう考えていたことをフーベルト教授に見抜かれていたことを恥じる。
そこまで余裕が自分になくなっているのだと、改めて認識する。
「下手に魔法陣を傷つけることもできませんね。何が起きるか予想できません。少なくとも一早く魔法陣の全容を把握しなければ」
この結界がどういうもので、どういった効果があるのか。
それを知った上で対処しなければならない。
ただ村全体に魔法陣が及んでいるとなると、そう簡単に把握することも出来ない。
「んー、この村、四方に同じような門があったんだがけどさ、そこにも埋まっているのか? 人が」
エリックがこの村の手入れをはじめて気が付いたこと、初めて口にする。
それを聞いたフーベルト教授は半笑いを見せる。
「そうなのですか? 先に知らせてほしかったですね。それも恐らくは、ですね。今日はその四方の門を見て回りましょうか。すいませんが今日は狩りに行かずに今からミアさんもお手伝いおねがいします」
社の床下にあった魔法陣は確かに、村全体を覆う結界の核となる物だが、それでも不明瞭な部分が多かった。
だが、この村全体が盟約の魔法陣だったとすれば納得がいくものだ。
恐らく社の床下の魔法陣は村全体を覆う魔法陣を制御しているだけの陣だ。
社の床下の魔法陣を下手に無効化したら、この村全体の魔法陣は暴走していたかもしれない。
「は、はい!」
ミアも元気に返事を返す。
が、狩りに行けないことに対しては少し不満そうな顔を返す。
獲物が獲れないというよりは、ロロカカ神に捧げ物が出来ないのが理由だろうが。
「まあ、昨日は大量だったからね。加工の方が追い付いてないし」
スティフィはそう言って、道に並べられている昨日、仕留めた獲物を見ている。
昨日も昨日で獲物自体は大量だった。
ヤマドリに加え、昨日は小鹿や猪も獲れている。
血抜きは既に終わっているとはいえ、それらの獲物は内臓だけ抜き取られ、後はほとんど手つかずのまま放置されている。
「んー、俺らも村の手入れで中々手がな」
エリックはサリー教授と放置された獲物を交互に見つつそう言った。
サリー教授の指示がなければ、自分が獲物達を精肉しても良い、そう言いたそうだ。
「でも、昨日の獲物も内臓だけは取ったんですよね? じゃあ、一段落じゃないんですか?」
とりあえず早急に足の速い内臓だけは取り出している状態で、皮すら剥いでない。
もう冬の季節なので多少は長持ちするだろうが、昨日の早朝に仕留めてきた獲物だ。
できれば今日中には何らかの加工を施しておいた方が良い。
「まあ、そうだな。猪は燻製にするには大きすぎるし、今日、全部食べるか?」
エリックはそう言って、猪の近くまでいって様子を見る。
まだ腐敗は進んでいない。
だが、このままで明日まで持つかと言われれば、少し疑問だ。
「この猪、かなり大きいですからね」
ジュリーも猪のところまで来て、猪を確認する。
その時に、猪の魂が、つまりは猪の霊が、仕留めた猪の近くに佇んでいるのがジュリーにだけは見える。
ジュリーは何気なく、動物の幽霊が見えるのは珍しい、そんなことを思う。
「塩漬けに…… してもいいですし、バラしてもいいですし…… この人数なら、今日…… 食べてしまうことも出来ますね……」
ただ、その猪の霊もサリー教授の言葉を聞いてか、ジュリーにも地面の中に掻き消えるようにして見えなくなる。
動物は冥界や冥府といった死後の世界に行かず、地脈にその魂を同化させ流れていくという話もある。
ジュリーにはさっきの猪も、食べられると聞き、観念して地脈に溶け込んでいったように思えた。
それを見られるのも気づけるのも、ジュリーだけなのだが、そのことを口にしなかった。
動物霊が見えるのは珍しい、そう思っただけだ。
「私も…… 今日はフーベルト達と…… 門を見て回ります……」
サリー教授はそう言ってゆっくりと確かめるように頷く。
「わかりました。ジュリーも同行してください。その目で何か見えることがあるかもしれません」
フーベルト教授の言葉にサリー教授も無言で頷く。
「は、はい……」
ジュリーは嫌々ながらにも頷くしかない。
昨日の異様な姿の幽霊をもう一度見るのかと思うとジュリーは気が重い。
ミアもそちらに付いて行くのだからとスティフィが、
「じゃあ、私もそれに同行……」
と言いかけるが、それをサリー教授が止める。
「スティフィさん、あなたはここで…… 獲物の処理を…… おねがいします」
「え? 私が? ですか?」
サリー教授の言葉にスティフィが少し困惑した表情を見せる。
まさか獲物の処理、精肉を言いつけられるとは思いもよらなかった。
何より左手が動かせないスティフィには大変な作業となる。
「はい…… これも修行の一つです……」
そう言ってサリー教授はニッコリとスティフィに微笑む。
「は、はい、わかりました。獣を解体するのも習っているので問題ないです」
オーケン大神官の娘であるサリー教授の命だ。
デミアス教徒であるスティフィとしても聞かなければならない。
ただ、スティフィにも獣の解体が何の修行になるのか、それはわからなかったが。
「獣を通して…… 体の…… 構造を…… 把握しましょう…… 今のあなたには…… 必要な事なので…… 大事なことは後で伝えますので……」
サリー教授はスティフィの目を見ながらそう言った。
「体の構造……?」
それでもスティフィには理解できなかったが、その後のサリー教授の話を聞かされ理解する。
サリー教授はスティフィの左手すら、治るかのように話しているのだと。
「あっ、私も少し気になります!」
ミアも声を上げる。
どういった意図でミアが体の構造に興味を持っているのかはわからなかったがミアも体の構造に興味はあるようだ。
「後で教えてあげるから、ミアも後で見てきたことを教えなさいよ」
スティフィがそう言うと、
「はい!」
と、ミアは元気に返事を返す。
「やはり四方の門にも同様に人柱が埋められているようでした」
ミア、フーベルト教授、サリー教授、ジュリーの四人で村を一周し四方にある門をすべて見て来た。
今は馬車がある場所、位置的には村の一番南側の門の前まで戻って調べてきたことを、夕食を取りながら話し合っているところだ。
いろいろと調べながら村を一周すると、もう日は暮れ始めていた。
そこから、サリー教授がスティフィ、エリック、ジュリーに肉体についての講義をはじめ、ミアは仕方なく調理担当となった。
ミアが料理といっても、時間がなかったのもあり、手の込んだ物ではなく手持ちの香辛料を適当に振り肉を焼いただけのものだ。
今はそれを食べながら、村の中で見てきた物について話をしている。
村を一周して見てきた門は、どれも全く同じ構造であり、同じ形をしている。
結界の一部であるのか、どの門も全く朽ちてもいない。
間違いなく結界に関連していることがわかる。
「ただ昨日の夜見たような存在は居ませんでした」
ジュリーが見た限りは幽霊と呼ばれる様な存在を見ることはなかった。
幽霊が見えるというジュリーの眼も幽霊が必ず見えるというわけではない。
隠れている幽霊は見ることができないし、幽霊自体に隠れる気がなくとも物陰などに居られたら、そもそも見えないのだ。
幽霊を見れる眼ではあるが透視の能力があるわけではない。
さらに言うならば、幽霊自体が何か訴えるような、強い感情を持っていなければ、ジュリーの眼にも幽霊を捉えることはできない。
「危機に…… 外道種に反応して…… 現れる…… かもしれません……」
ジュリーの話から憶測でだが、サリー教授はそう言った。
「それとやはりこの村自体が大規模魔法陣でした。それは間違いがないです。エリック君、下手に村の物を壊さないでくださいね」
スティフィの手伝いを、精肉の手伝いをしていたエリックにフーベルト教授が注意を促す。
「ん? 俺は草刈りくらいしかしてないぞ」
と、エリックが答える。
その回答にフーベルト教授は、何かを飲み込むように、少しの間空を見る。
そして、笑顔をエリックに向けて、
「その際、竜鱗の剣を使うのをやめてください」
と、優しく諭すようにそう言った。
エリックの持つ竜鱗の剣であれば、この村の大規模魔法陣で強化されているものですらも容易に切り裂けてしまう。
そんな物で草刈りを、竜鱗の剣を使い草刈りをするエリックに、フーベルト教授も何とも言えない表情を隠せないでいる。
「おう! わかった」
ただ、エリックは意外にも目上の者の命令には素直に従う。
一応は騎士隊という組織に所属して成長しているのかもしれない。
問題があるとすれば、従ってはいるが意図的であるかないか、その両方か、その命令に違反しがちであると言うことだ。
一旦、エリックの事は置いておいてフーベルト教授は話を進める。
「サリー、地脈の流れから、他に魔法陣がどこにあるのかわかりませんか?」
間違いなくこの村の結界を維持しているのは地脈の力だ。
その流れをたどれば、新たな魔法陣を発見できるはずだ。
「この村の地脈の流れは…… 自然ではないので…… もう少し時間が欲しい…… です」
サリー教授は目を伏せる。
サリー教授もこの村の結界がこれほどまでに大掛かりな物だとは思っていなかった。
今日一日、この村を見て回ってわかったが、この結界は恐ろしく古く強い結界だ。
そして、呪術的なものが根深くかかわっている。
簡単に結論を出す訳にはいかず慎重にならざるえない。
「わかった。明日は地脈を主に見て回りますか」
サリー教授の感じた限りでは、この村の地脈は人工的に整備されている。
それは、地脈の流れを人工的に整備するなどという技術は、今は失われた古代の技術だ。
神代の時代に神より授けられた技術で現在は伝わっていない。
まだサリー教授にも確証はないが、この村の地脈は渦を巻くようになっていて、中心から外側へと、もしくは外側から中心へと地脈の力が流れている。
自然ではない不可解な地脈の流れだけに、サリー教授も戸惑っている。
「ジュリーはげっそりしてどうしたんですか?」
骨付き肉を持ちながらも、それを一向に口へと運ばないジュリーを見てミアが心配したように話しかける。
スティフィとエリック、それとジュリーは部位ごとに分けられた肉を見ながら、サリー教授はその部位ごとに対して、人間ならどの部分にあたるのか、事細かに説明していった結果だ。
そのせいでジュリーの食欲は無くなってしまっている。
エリックはそんなこと気にも留めないし、スティフィも気にはしない。
「獣とは言え、生き物の体の構造を実物で見て気が滅入っているだけよ、軟弱ね」
それをスティフィがせせら笑う。
「す、すいません…… 師匠が人の体で例えるので……」
この肉は猪の背中の肉だと、わかっているはずなのに、サリー教授が人間の部位で例えたことで、ジュリーにはこの肉が人の肉に思えてしまっている。
それで食が進まないのだ。
「肉体だけでなく、精神の修行も…… あなたには必要…… そうですね……」
そんなジュリーを見てサリー教授は軽くため息をつく。
確かにジュリーは優秀な生徒ではあるが、精神的にも肉体的にもサリー教授からすると弱すぎる。
「ヒッ!!」
サリー教授の言葉にジュリーが短い悲鳴を上げる。
「私もその講義を受けたかったです!」
ミアはフーベルト教授と共に今日調べていたことをまとめて、更には夕食の用意もしていたので、サリー教授が肉体について色々と教えていたことを聞いていない。
ミアも聞きたがっていたが、サリー教授はあえてミアにその話は聞かさなかった。
「講義…… じゃないけど、確かに肉体の構造を理解することは有用だったわ」
スティフィは思いのほか有意義な内容だったので満足している。
そして、自分の左腕には現在魂が、その力が通ってないのだと、そのことをサリー教授により教わった。
だから、左手は動かない。
魂が通ってないから自分の左手は動かないのだと。
肉体的には何も問題ないのに、だ。
けれども、人間に魂の在り方をどうにかできる術はない。
だから、人の手でスティフィの左腕をなすことはできないのだ。
ただ、サリー教授はスティフィに告げた。
それは地脈も同様のはずだが、この村の地脈は実際に人の手により整備されている、だからスティフィの左手も治療の希望がないわけではない、と。
しかも、それはミアの持つ古老樹の杖の力を使えば、恐らく叶うものだと。
もう諦めていたこととはいえ、スティフィも希望を持ってしまう話だ。
ただこの話はミアにはまだ早い話だ。
もう少しミアが古老樹の杖を上手く扱えるようになってからの話だ。
今のミアが古老樹の杖を使い、スティフィの左手を治療しようとしたら、今度こそ本当に手の施しようがなくなってしまうかもしれない。
だから今回はミアにそのことを知らせないために、ミアを外しての講義としたのだ。
「後で私にもちゃんと教えてくださいよ!」
そう言ってくるミアにスティフィはどうしても希望の眼差しを向けてしまう。
それと同時に今はミアに自分の左腕が治療できるかもしれない、と、いうことをまだ隠しておかねばならない。
上手くその部分だけ隠して、どう説明したら良いかと考え始める。
「それは良いけど、ミアも料理の勉強もしてよね」
エリックは料理は上手なのだが、その性格から何もかもが大雑把。
ミアはそれに輪をかけて大雑把なのだ。
そもそも香辛料もほとんどない村で育って来たので仕方がないのだが。
それでも、ただ焼いただけの肉なのに、味にむらがありすぎる。
「はい! スティフィは料理も上手ですからね、それも教えてくださいよ!」
そう言って、ミアは手に持っていた猪の骨付き肉に豪快にかじりついた。
ちょうど香辛料がまとまってだまになってかかっていた場所だったため、ミアも顔を歪める。
その後、ジュリーも観念して骨付き肉を口にする。
偶然にもちょうどいい加減の塩味と胡椒、溢れだす肉汁に、これを食べるのに何を躊躇していたのかと、思い知らされる。
二本目にジュリーが手を伸ばしたときだ。
それが見えたのは。
白い布を巻き付けただけのような存在が、頭部が門になっている少女が南側から西側へと歩いて行くのを目撃したのは。
肉を取ろうと伸ばした手が止まる。
その幽霊はミア達もその姿が見えるジュリーも気にすることもなく、ただ西門の方へと歩いて行った。
それだけなのに、ジュリーは恐怖を感じ始める。
なにかが伝播するように広がっていく感じを感じ取る。
それをサリー教授も感じとる。
地脈が激しく揺らいでいたからだ。
「これは…… なにが……? ジュリー? 何か見えたのですね……?」
サリー教授はジュリーの様子がおかしくなっていることに気づく。
ジュリーの顔は恐怖に彩られている。
「幽霊が…… 頭が門の幽霊が…… 門から門へと移動しています……」
ジュリーは身を震わせながらそのことを伝える。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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