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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
日常と非日常の狭間の日々

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日常と非日常の狭間の日々 その6

 ミアが目を覚ますとそこは寮の自室で寝台の上だった。

 目が覚めてミアがまず最初にしたことは自分の手の甲を確認することだった。

 そこには普段通りの自分の手があった。手の甲に黄緑色の出来物などはなかったし、その痕もない。

 心の底からミアは安心する。

 ロロカカ神の怒りを買うようなことをしてしまったのかと、意識を失う寸前そう思っていたから。

 では意識を失う前、手にできていた出来物は見間違いだったのだろうか、ともミアは考えたが、その真相は自分だけではわからなかった。

 ミアはとりあえず寝台から身を起こす。気だるくもなくいつも通り元気だ。

 時刻は早朝だろうか、まだ部屋は薄暗い。もうしばらくすると日が照りだし一気に蒸し暑くなる。

 その前に風はもう吹いているはずだからと、それと少しでも光を取り入れるために、窓の鎧戸をあけようとして気が付く。

 部屋に誰かいる。

 スティフィがもしかしたら看病でもしていてくれたかもしれない。

 ミアはそう思いもしたが、椅子に座り机に突っ伏して寝ている人物はスティフィではなかった。

 が、見覚えがある。

「サリー教授?」

 ミアが小さく声に出して呟くと、机に突っ伏している人物、サリー教授が目を覚ました。

 起きて立ち上がっているミアを確認すると、サリー教授は嬉しそうに声をかけてきた。

「ああ、良かった。本当に良かった。ごめんなさい、私のせいで……」

 サリー教授はそう言って申し訳なさそうに微笑んだ。

 ミアが無事に起きてくれてサリー教授は安心してくれたようだが、感謝こそすれ謝られる理由がミアにはわからない。

「なにがどうしたんですか?」

 ミアは自分がなぜ急に倒れ、意識を失ってしまったのかもわからない。

 わからないことが多すぎる。

 わからないことだらけではあるが、一番ミアが気にしているのは、ロロカカ神を怒らせてしまったかもしれない、という事だ。

 怒らせてしまったからこそ、自分は祟られ、倒れ意識を失い、手の甲に黄緑の出来物ができていたのではないかと。

 もしロロカカ神を怒らせてしまっていたら、命を賭してその怒りを鎮めねば申し訳がない、そう考えていた。

「はい、順を追って説明します。今日は、というかしばらくはですね。全講義中止となっていますので、まずは落ち着いて、ここに座って話を聞いてくれますか?」

 サリー教授は座っていた椅子をミアに明け渡し、自分は寝台へと腰を下ろした。

「はい」

 と、素直に返事をしてミアはその指示に従い、明け渡された椅子に座った。

 部屋はまだ薄暗いままだったが、窓を開けるようなことはなかった。

「まずはごめんなさい。謝らせてください。あなたが一時的にとはいえ、祟りの対象になってしまったのは私が渡したお守りのせいなの」

 そう言って、サリー教授は丁寧に頭を下げた。

 ミアの印象では、サリー教授はなぜかおどおどしている印象があったが、今はとても落ち着いている気がする。

 しっかりとしていて、何かにおびえている様子がない。

 が、ミアが気にしたところはそんなことではない。

 一時的にはらしいが、自分がやはり祟りの対象になっていたことだ。

 ロロカカ神を怒らせてしまった可能性が高いのだが、とりあえず今の自分には祟りの症状は出ていない。

 それに原因は、あの渡されたお守りのせいだというが、判断するには情報が足りない。

「そうなんですか? でも、どういったことなんですか?」

 ミアは少し難しそうな表情を浮かべた。

 お守りが原因。そう言われてもミアは困惑するばかりだ。

 よくわからないお守りを付けたことをお怒りになっているのであれば、やはりロロカカ様のお怒りを鎮めねばならない。

 今までミアがロロカカ様を怒らせるようなことはしたことがないが、怒りを鎮めるためならば命を投げ出す覚悟など最初からできている。

 誰が原因だとかそう言ったことを攻めるつもりもない。

 ミアにとって大事なのはロロカカ様がお怒りになったかどうかだ。原因の排除は二の次だ。

 もし、ロロカカ神がお怒りになっておられるのならば、まず第一にやらなければならないことは、ロロカカ神の怒りを鎮めなければならない、という事だけだ。

 そのためだったら、ミアはなんだってやるつもりだ。そこに躊躇など一切ない。

「あれは、あのお守りは上位存在、特に神族に対して対象を隠す効果のあるものなのです。それだけに、既に居場所のばれている、あっ、あなたの、神様には…… たいしては効果はないはずだったんです……」

 そう言ってサリー教授は視線を落とした。

 そして震える身を両手で抑え込んでいる。マリユ教授の話では神族恐怖症とのことらしいが、やはりロロカカ神のことを恐れているようにミアは感じる。

 が、今はそれよりも現状を把握する方が先決だ。

「ではなんで?」

 ミアがそう聞くと、サリー教授は机に置いてある帽子を指さした。

「その帽子をあなた以外が被ると祟りがあります。その祟りを起こしていたのは、あなたの神ではなくその御使い、とのことがこの度判明しまして……」

「え? そ、そうだったのですか?」

 そもそも授けてくれたのも御使いだという話だ。ミアもジュダ神から最近聞いたことだ。

 しかも、込められているのはロロカカ神の神の魔力で御使いのものではないという話だ。

「ええ、神相手ならばそのような効果だったのですが、今回は対象が火曜種、御使いであったため、私が渡したお守りのせいであなたを見失ってしまい、帽子を他人が被っていると判断してしまったらしく…… 申し訳ないです……」

「いえ、そうだったんですね。そういえば、ジュダ神もそのようなことを言っておられたような気がします」

 ミアも自分がロロカカ神を怒らせたわけじゃないと分かり心底安心した。

 なら、後はミアにとってすべては些細なことでしかない。

 今こうして無事にいられるのだ、ミアにとっては何も問題ない。

 ロロカカ神がお怒りになられていないと分かりミアも上機嫌だ。

 機嫌が良さそうなミアをサリー教授は不思議そうに見つめた後、言葉をつづけた。

「そうなんですよ、その帽子に込められているのは確かに神族の魔力なのですが、それを行使しているのが御使い、という大変珍しい、というか他に類を見ない神器だったんです。その帽子をお借りして調査したのはマリユさんと私なのですが、その時はまるで気づけませんでした。通りで帽子自体になんの術もかけられていないはずです…… 恐らく御使いがその都度、術を発動させていたんですね」

 サリー教授は少し落ち込んでいるようにも見える。

 魔術学院の教授という職は一流の魔術師の中でもほんの一握りの者しかたどり着けない職である。

 その分野で比類なき才能を持つ者達だけがたどり着ける地位である。

 その教授たちが見抜けなかったのだ。しかも他に類を見ない物だという。

 それを見抜けなくて落ち度というには厳しいものがあるし、ミアはそのようなことは考えもしない。

 なんなら、ロロカカ神の御使いが授けてくれた帽子は、やはり尋常ではなく大変珍しく素晴らしい物だと再認識したくらいだ。

「な、なるほど…… でも、もう私は祟られていないようなので…… 大丈夫です。気にしないでください。私も焦りました。ロロカカ様を何か怒らすようなことをしてしまったのかと……」

「ご、ごめんなさい、私の失態です」

 サリー教授は申し訳なさそうに目線を落とすばかりだ。

 ミアは本当に気にしていないので、どうしていいか困るばかりだ。

「いえ、そんな、サリー教授は私を助けるために…… そ、そう言えばジュダ神の方はどうなったのですか?」

 困った末に、ミアは別の話題をふることにした。

 それは正しい判断だったらしく、サリー教授は説明するために顔を上げてくれた。

「そ、そちらも概解決しました。ジュダ神はただ偶然この地に訪れていただけで、もう旅立たれていてこの地にはいないそうです。もちろん、あなたを狙うようなこともないそうです。これも、あなたの神の御使いからもたらされた情報です。それでも念のため、社を作ったり、移転の手続きの準備だけは進めるという話ではありますけどね」

 口には出さないが、その他にも、その情報の裏を取るために他の神々に神託を求めていたり、破壊神が行く当てのない旅をしているという情報を他の魔術学院に流すための準備はもうすでに始まっている。

 ポラリス学院長が昨夜のうちに書簡を何通も書き早馬で通達がなされているはずだ。

「す、すいません、私のせいでそんな大事に……」

 今度はミアが申し訳なくなる。

 あの日、ジュダ神と出会わなければこんな大事にはなってなかっただろう。

 とはいえ、ミア的にはロロカカ神の御使いのことを知れたり、帽子の秘密がわかったりで大変有意義な邂逅ではあったのだが。

「それは違いますよ、偶然あなただったから、ジュダ神の友であるあなたの神の巫女であったから、この程度ですんだのです。もし全く別の、これはたとえ話ですけど、仮にジュダ神と敵対している神がいたとして、出会ったのがその巫女だったとすれば、戯れに山ごと一つ消し去っていってもおかしくはないんです。本来、神というのはそういった存在です。しかも相手は破壊を司る神なのです。何もなく無事に去ってくれたことに感謝することなのです。それに、破壊神が裏山に立ち寄っていたという事だけは事実なんです」

 サリー教授がそう力説すると、ミアはそれに呼応するようにサリー教授を見つめた。

「つまり……」

 という言葉がミアの口からこぼれ落ちた。

「つまり?」

 サリー教授は固唾を呑んで次の言葉を待つ。

「ロロカカ様は素晴らしいってことですよね」

 真剣な表情でミアがそう続けた。

 一瞬サリー教授はミアが何を言っているのかわからなかった。

「え? えっと、まあ、今回はそう言うことになる…… んでしょうか。そ、そうですね。たぶんそうです」

 サリー教授も、そうなのかしら? そうなのかも。と、なんとなく同意する。

「さすがロロカカ様です! 破壊神とも友であらせられるとか! そう言えば、古代神ってダーウィック教授が言っていましたが、古代神ってどういう神様のことを指すのですか?」

 そう言って椅子から立ち上がり、サリー教授に詰め寄った。

「いっ、一般的には…… ですけど、古い神って意味です。一般的には…… 文字通りの…… 魔術学的には、この大陸ができる以前から存在していた神を、古き神、古代神として…… 区別していますね。で、古代神には、世界の創世や維持、破壊など、そう言ったことに…… 関わる神が多いんです。そこから派生して…… 古代神という言葉は、創世神や調和神、破壊神などの世界の創世に関わる神々…… のことをさす意味も今はあるんです」

「もし仮に、ロロカカ様が古代神であらせられたとしたら、ロロカカ様はどの神にあたるのでしょうか?」

 ミアは目を輝かせている。

 フーベルト教授から聞いた話や神託の結果では、ロロカカ神はかなり神格が高く、また危険な神である可能性が高いという。

 わざわざ博識の神が神託で大変危険な神と伝えて来るくらいだ。ロロカカ神も破壊神の可能性がないとは言い切れない。

 何より破壊神の友なのだ。ロロカカ神自体が破壊神であることも十分あり得る。

 だが、破壊神が疫病のような症状の出る祟りをわざわざ起こすか、と言われれば疑問が残る。しかも、その御使いを使ってまでだ。

 破壊神ならばそんな回りくどいことはしない。ただ対象を破壊するのが基本だ。

 そう考えたサリー教授は、とりあえず、

「とっ、とりあえず創世神ではないと思います…… よ?」

 と、答えることにした。こちらは確実に違うと言える根拠がある。

「なんでですか?」

 と案の定、質問が返ってくる。

 創世神のことについて触れる教授は少ないので仕方のないことだ。

 ダーウィック教授であれば、なおさら触れはしないだろう、とサリー教授は思う。

「創世神はこの大陸を作った神で一柱しかいないとされています。また我々人を作った神でもあらせられると言われています。ですが、その名は秘匿されていて、歴代真王にのみ受け継がれているという話です。ついでに…… ですが、調和神や破壊神のほうは複数の神々が確認されていますね。もしあなたの神が古代神…… であるのならば、そのどちらかの可能性が高いかもしれません…… ね」

 サリー教授がそう言うと、ミアは即座に反論してきた。

「秘匿されているというのなら、ロロカカ様が創世神であらせられている可能性はあるじゃないですか」

 ミアの言い分はわかるのだが、ちゃんと否定できる要素はいくつかある。

「確かにそうですが…… 創世神と破壊神は仲が悪いとされているのが通説なので、破壊神側が友と言っている以上は……」

「ああ、そうなんですね」

 ミアは簡単に納得した。

 サリー教授は素直な子と思う反面、少し危うさも感じる。少し人も神を信じすぎるのではないかとも感じる。

「ですので、もしあなたの神が古代神と呼ばれる神々の一柱なら、調和神か破壊神ではないかと…… でも、山の神として祀られているならば、恐らくは調和神なのでしょうけど」

 と、サリー教授はそう言ってみるものの、実は何にも確証はない。

 ただ一番確率が高そうだ、というくらいか。

 ただフーベルト教授から聞いている話では山の神というのも大分怪しいらしい話なのだが。

「調和神ですか…… お優しいロロカカ様ですからそうかもしれませんね」

 ミアは満足そうな表情を浮かべている。

 フーベルト教授の話ではミア自身、ロロカカ神のことを、実はそれほど深くは理解できていないとも聞いている。

 ミアは山の神と思っていたようだが、フーベルト教授がミアから聞き出した話をまとめると、実は何の神かよくわからない、とのことだ。

 ただ山を拠点としているので、山の神とリッケルト村の人々は思っているだけの可能性もあるのだと判明したらしい。

 少なくともロロカカ神自らがそう名乗ったわけではない。

 そのことでミア自身、ロロカカ神のことをより深く知りたいと思うようにもなっている。

 ただ、調和神と祟り神を兼任している神も多く存在している。

 サリー教授にとって、あまり長く話したい話ではない。特に彼女はよくわからない神が魂が震えるほど怖いのだ。

 なので、少しだけ話を変えることにした。

「つ、ついでになんですけど…… 一番有名な調和神は法の神ですね。法の神は創世神にも片足突っ込んでいるような神でいらっしゃいますが……」

「え? そうなんですか?」

 ミアは驚いたように表情で食いついてきた。

 かなり知識欲が高いようで、新しいことを知りたいのかもしれない。

 これはダーウィック教授の教えのせいかだろうか。

 悪くはないことだが、あまり偏った教え方をして欲しくはないとサリー教授は思う。もちろん面と向かってダーウィック教授に言えやしないが。

「はい、あんまり表立って言っていいことではありませんし、創世神を信仰している方の前では決して言ってはいけませんよ? 創世神は…… この世界を創り途中で、力尽きたか世界を創るのを…… やっ、やめてしまった、と言われているんです。その後を継いで…… 世界に法をもたらし、創りかけの世界を完成させようとしたのが法の神と言う訳なんです。ただ、その法の神も現在は眠り続けていると言われていますけどね」

「習った創世神話でもそんな感じでした。ただ創世神の話は聞きませんでしたけど」

 ミアは少しだけ不思議そうな顔をしている。恐らくはなんで創世神が講義で出てこなかったのかと考えているのだろう。

 ダーウィック教授が教えているのであれば、そうでしょうね。とサリー教授は予想できる。

 ダーウィック教授の講義では不確定なことを避ける傾向にある。実に堅実な講義だ。暗黒神に仕える大神官の一人であり畏怖の対象ではあるのだが、実は真面目な人なのでは、とサリー教授は考えている。

 それはそれとして、やはりダーウィック教授はサリー教授にとって恐怖の存在で近づきたくはない人間ではある。

「創世神の存在は…… とても不確かなのですよ。学者の中には、創世神など元々いなかった、というものまでいるくらいです。または法の神こそが創世神であると、唱える者もいます。なぜなら、創世神は一切その痕跡が確認もされておらず、創世神の御力を借りることもできないと聞きます。とはいえ、創世神の御名を知らないので試しようもないですが」

「そうなんですね…… え? でも、御名って拝借呪文なんかには関係ないのでは?」

 確かに拝借呪文を唱えるとき、その神の名を心で思い浮かべはするが、拝借呪文自体に神の名が入っているわけではない。

 ミアはそもそもロロカカ神以外の神の御力を借りるつもりはないし、ロロカカ神の名であれば最初から知っている。

 そのことに気づきなどしない。

「実はあるんですよ。拝借呪文はその神の御名を知っていないと、ただ呪文を唱えても魔力を借りることはできません。まあ、その御力を借りようというのですから、その名を知っていないとダメですよね。それと御力を借りれない、というところでも、あなたの神が創世神でない事も説明できますよね」

 これも口には出してはいないが、もし仮にロロカカ神が創世神であったとしたら、既に王家が何らかの行動を起こしているはずだ。

 それがないことを考えると、やはりロロカカ神は創世神ではないのだろう。

「そうですね、ロロカカ様は願えばその御力をすぐにお借りすることを許してくれます」

 ミアは、確かにと言った感じで何度か頷いている。今の説明で納得してくれたようだ。

 サリー教授自身、創世神のことはいろいろ思うところがある。

 居ないと辻褄が合わないことがあるし、逆にその存在自体によって辻褄が合わなくなってしまうこともある。

 だが、神自体が怖いサリー教授は創世神のことに対しても深く考えるようなことはしなかったし、もちろん研究対象にもなるわけがない。

 あまり深く質問されると困る分野ではある。

「あっ、あと…… 他に何か聞きたいことはありますか?」

 少し困り顔をしながら、そう聞くと、ミアも困った表情を浮かべた。

「そ、そうですね…… えっと、あの、すいません。まだ混乱していてすぐには思い浮かばないのですが…… あっ、これ聞いてもいいかわからないのですが、サリー教授はなんで神様が苦手なんですか? 少なくともロロカカ様は、恐れるところのない素晴らしい神様ですよ!」

 純真無垢な、ただ好奇心だけの質問だった。

 ミアはダーウィック教授に、気になったことは何でも質問するように教えられている。

 そのせいだろう。そのことはサリー教授も気づいてはいるし、他にも色々突っ込みたいところはあった。それに場違いの質問でもある。

 けれど、サリー教授は今、ミアに負い目を感じている。

 軽くため息を吐いた後、口を開いた。

「そ、それを聞くんですか? えっと…… ですねぇ。簡単にいいますと、私も昔、神に魅入られてしまったことがあるんです。今回の件と少し…… だけ、似ていますね」

「え?」

 と、驚く表情を浮かべた。サリー教授には薄々分かっていたことだが、ミアは神族に対する警戒が、危機感が、なさすぎる。

 本当に神の巫女として幼い時より神と、ロロカカ神と共に生きて来たのだろう。そうでなければ、こんな育ち方はしない。

「私の場合は…… 私が昔、住んでいた地域には、神を騙っていた悪魔がいたんです。その悪魔に生贄を要求するような輩で…… まあ、その、それに私が選ばれました。良くある…… 話です。けど、私は生贄にされることはありませんでした。神を騙った悪魔を罰しに来た神…… によって私は救われたのです。が、今度はその神に魅入られたのです」

 そう言ってサリー教授は表情を隠すように俯いた。

 その後、また話し出す。

「偶然、居合わせた…… 自然魔術師により私は神の目…… から隠され、事なきを得ましたが、あの時のことは今も私の心に深い…… とても深い傷跡を残しているんです。生贄にしようとした悪魔よりも、私を救ってくれた神の方に…… 私は…… えも言われぬ底知れない…… 恐怖を感じました。機会があれば…… ですが今度詳しくお話しいたしますね…… 今はこれくらいで勘弁してください」

「なんというか、なんて言って良いかわかりませんが…… いろんな神がいるのですね……」

 そう言っているミアの表情は、ただただきょとんとしている。

 やはりこの少女は神の恐ろしさがまるで理解できていない、と思う。

 そして、身近にもう一人そんな人間を知っている。

 フーベルト教授だ。

 彼は神に対する研究熱心がすぎる。危機管理はしていると本人は言っているが、その知識欲が強すぎて、少々神に近づきすぎる気がする。

 サリー教授が知るだけでも、すでに数度、神を研究するという名目で死にかけていたりする。

 知恵の神を信仰しているので、その知識欲に逆らい難いのはわかるが、ほどほどにして欲しいとも思っている。

 またフーベルト教授は未知の神のことを知りたくて、ミアからもロロカカ神のことについて色々話を聞いている事も本人から聞いている。

 その時にでも、もう少し神族に対する危機感もこの少女に少しでも教えて欲しいと共に自らも律してほしいと、サリー教授からすれば思うばかりだ。

「まあ、そうですね…… 人間もいろんな人間がいる、それ以上に神もいろんな神がいらっしゃるん…… ですね。そのこと以来、私は悪魔よりも神の方が怖い、と思うようになってしまったんです…… 自然魔術を学びだしたのも、助けられた魔術師にあこがれてと言うよりは、神の目から自分を隠したくて、というのが本音です」

 サリー教授は何とも言えない表情をしてそう言った。

 さらに、サリー教授は言葉を続ける。

「ああ、今は、より神格の高い神のご助力により、私を魅入った神は剥がされましたので…… 安心してください。でも、そのことがあって以降、どうしても神族には恐怖を感じますし、特に出自がわからない神のことは…… 恐れてしまうのです」

「それは仕方がない気がします」

 と、ミアはあっさり同意してくれたが、サリー教授にはなんだか実感がわかない。

 どれだけ神が危険であるか、微塵もわかっていないミアに同意されても苦笑しか出てこない。

「でもミアさんは最初からあまり怖がってなかったように思えましたけどね。さて…… 日も出てきたことですし、今後のことについて少し説明していきますね。まずは…… ミアさんはグランドン教授の元、最優先で泥人形を完成させていただきます。完成したら、朽木様に会いに行き許しを請いましょう。私も…… その時は同行させていただきます」

 恐らく朽木様は激怒するだろうが、破壊神の名を出せば朽木様とはいえその矛先を向けるようなことはしてこないだろう。

 しばらく朽木の王への訪問もできなくなるだろうが仕方のないことだ。

「は、はい、がんばります」

 と、笑顔で答えている。

 事の重大さがわかっていない、そんな感じだ。

 恐らくだが、泥人形の作成を失敗すれば、ミアの命はない。

 破壊神ジュダが仮に見逃したとして、朽木様がそれを許すわけがない。

 朽木様は今でこそ温厚な性格だが、本来は祟り神とそう変わらない上位存在だ。

 泥人形の作成を成功させれば破壊神の言葉通りに行ったと言い訳が立つが、失敗したとなれば、朽木様の苗木をただ無駄にしただけだ。

 あの朽木様が怒らないわけがない。

 けれど、サリー教授も失敗することはあまり考えていない。使魔魔術の専門家であるグランドン教授は、事使い魔にかけては天才的と言っていい。

 彼が付き添うのであれば、泥人形の作成を失敗するわけはない。

 なんなら、一度失敗した状態から無理やり成功させることだって可能だろう。その点で特に心配することではないが。

「後は頂いた知識の権利の話ですね、落ち着いたらサンドラ教授からちゃんと説明があると思いますが、ミアさんとグランラさん、お二人に権利があり、その知識で得た利益、おおよそその半分をミアさんとグランラさんで山分けになります。これで得た収益には税金もかかりません」

「え?」

 と、ミアが驚愕の表情を見せた。

 今日一番どころか、サリー教授が知っている中で一番ミアが驚いた表情だった。

「今回授けられた知識は、酵母の作り方とその酵母を使って作るパンの焼き方です。その酵母とパンで得た利益の大体四分の一より、若干すくなくなりますが、まあ、それがミアさんの正式な取り分ですね」

「え? ええ? 何かよくわからないのですが……」

 なぜかミアは手をあわあわさせている。

 まるで思いがけない大金を手に入れてしまったかのようだが、それは間違いではない。

 この知識によりパンが作り始められれば、ミアには使えきれないほどの金が舞い込んでくることになる。

「都で売られている今大人気のパンは、一つ銅貨二枚ですが飛ぶように売れているそうです。聞いた話では一日数百個単位で売れてるという話です。パンというものは本来は主食にあたるものらしいのですが、今は目新しく嗜好品として扱われているようですね。ついでに同じ銅貨二枚で売ると、パンが一つ売れるごとに、ミアさんの手元に大体穴あき銅貨が一枚来るくらい…… ですかね。詳細と正確な金額は、サンドラ教授が計算してくれると思いますよ」

「え? は? えええええ!?」

 驚いた表情のままミアは固まった。

 身動き一つしないし、反応もなくなった。

「まあ、詳しくはサンドラ教授から聞いてください」

 と、もう一度言うと、ミアはやっと動き出した。

 その顔はとても明るく希望に満ちていた。

「は、はい! 詳しく!! 詳しく聞きます!!」

「後は…… 恐らく講義は再開されるのは早くても週明け、来週からになると思いますが、ミアさんは今日の午後にでもグランドン教授を訪ねてください。少しでも早く泥人形の作成を開始してください。彼の研究室に恐らくいるはずです」

「わ、わかりました。早めに昼食を済まして向かいます!」

 ミアはやる気も十分にあるようだ。

 なぜミアが泥人形を作ろうとしていたか、サリー教授にはわからないが、自ら望んで楽しく魔術を学んでいるように思える。

 ミアはその信仰する神に言われて学びに来たと聞いていたので、義務や強迫観念で学んでいると思っていたがそんなこともないようだ。

 魔術は学問だ。自らの意思で臨んで学んだ方が大成しやすい。ミアはきっと良い魔術師になるだろう。

 サリー教授は、そんなミアに侘びがてらに一つ贈り物をしようと思いついた。昔作ったはいいが結局使わず研究室の場所を取っている品がある。

 今回の件にもちょうどいい物だ。

「それと…… そうですね、私からお詫びというわけ…… ではないんですが、ミアさんに受け取って欲しい物もあるので、グランドン教授の研究室を訪ねる前に…… 私の研究室にも寄ってください。昔作ったもので結局使わなかったものなので遠慮もいらない…… し、今回の件でも役に立ってくれると思うので」

「は、はい、わかりました。ありがとうございます。ああ、そうだ、忘れていました。倒れた私を見ていてくれたのですよね、ありがとうございます」

「いえいえ。迷惑をかけたのは…… 私が先ですので。では、私はミアさんが目覚めたことを報告しに行きます。ミアさんはもう少し休んでから行動してください」

 そう言った後、サリー教授はミアが無事目を覚ましてくれたことに心から感謝してか笑顔を見せてくれた。




 誤字脱字は山のようにあるかと思います。

 指摘して頂ければ幸いです。


 ちょっと突貫工事気味で書いてしまいましたが、まあ、いいかな…… いつものことだし。

 サリー教授は事務的な話は普通に話せるが、それ以外は、たどたどしく話す人、という設定なのですが難しい……

 誰だよ、そんな設定考えた人は……





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