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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し

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海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し その6

 ヒエンはスティフィを診て、顔を歪めた。

 とんでもない状態だ。呪いが少女の体にしがみ付き、侵食していっている。

 呪いが燃え上がり、スティフィと言う名の少女を炎で燃やしているかのようにも、ヒエンには見えた。

 これは自分がどうにかできる呪いではない、その光景を、スティフィの現状を、一目見ただけでヒエンはそう思った。

 とてつもなく強い、禍々しいほど強力な呪いだ。

 念のため、その呪いに触れてみるが、すぐに手を引っ込めた。

 触れるだけでも、生きた心地がしない、ないはずの痛みを感じる、そんな呪いだ。

「ミア様…… これは、この呪いは、ワシがどうにかできる範疇の呪いではない……」

 例え、ヒエンが命を懸けて解呪を試みようとも、この呪いには到底届きはしない。

 そんな呪いだ。

 人が神に願ったとこで叶えられるものではない。それほどまでに強力で強固な呪いだ。

 だが、それだけにヒエンには不可解だ。

「そう…… ですか…… ありがとうございます……」

 ミアにもわかる。

 この呪いは人がどうこうできる範疇にない事は。

 それでも、呪いをかけた御使いの主である神なら、その神を通して呪いを解いてもらえるのではないか、そう考えていた。

 それも叶わなかったわけだが。

「ですが…… これはどういうことなのだ?」

 確かに、この呪いは人には、たとえ神に力添えして頂いたとしても、解呪に至ることはないだろう。

 だが、この呪いには、いや、呪いを通して刻まれている言葉が、ヒエンが呪いに触れた瞬間、ヒエンの脳裏に忽然と浮かんできたのだ。

 それ通りなら、逆にこの呪いは解呪はしてはいけない物のはずだ。

 これは神の、神々の意志なのだから。

 ヒエンはその瞬間、悟る。

 これは、自分が今この場にいることが、自分がこの世界に生まれて来た意味であったのだと。

「なんですか?」

 ヒエンの異常な様子にミアが咄嗟に聞き返す。

 まだスティフィを助ける方法があるのではないか、そう思っての事だ。

「いや、呪いに、この呪いには言伝が、御使いからの伝言が記されています……」

 ヒエンは呪いに言葉が刻み込まれていることを伝える。

 恐らくは、御使いの主、その魔術を扱える、神与文字を読める人間にしかわからないように。

 しかも、巧妙に隠され、ただその神代文字が読めるだけでは気づけない、隠された伝言が呪いに刻み込まれている。

 実際に目に見えるわけではなく、呪われたスティフィと言う少女を、選ばれた者がその呪いに直接触れることで見えて来る言葉が、呪いに刻まれていた言葉が、神代文字として脳裏に浮かんでくる、そんなものだった。

「言伝? 呪いにですか?」

 フーベルト教授も、そんな事は聞いたことがないとばかりに聞き返す。

「はい、これは…… ミア様だけに伝えたほうが良い気がします」

 ヒエンは直感でそう感じた。

 伝言にはそんな事は書かれてはいない。

 だが、この呪いはそう言う風にヒエンに訴えかけてきている。

 それが、自分が、ヒエンがこの世に生を受けた理由であると、そう悟るほどのものだ。

 それに脳裏にい浮かんでくるのは言葉だけではない、様々なことをヒエンに悟らせてくる。

「どういう…… ことですか?」

 サリー教授も疑問に思い話に入ってくる。

 呪いで伝言をしてくるなど、前代未聞の話だ。

 サリー教授からしても不可解な話だ。

「これは神々の意志である、それと、恐らくは御使いの名が記されています……」

 ヒエンは呪いに刻まれている言葉の一部を口にする。

 問題は、御使いの名だ。

 これを伝えて良いのは、恐らくはミアにだけだ。

 ヒエンにはそう思えて仕方がない。

「御使いの名?」

 フーベルト教授が聞き返す。

 黒い炎の御使い。

 その名がわかれば御使い自体を魔術的に呼び出すことも可能となる。

 ヒエンもその名を知ったので、御使いを呼び出すことは可能だろう。

 だが、ヒエンはそれをしたいとは思わない。

 その名には力があり、とてもじゃないが自分が呼び出してよいようには思えなかった。

 まるですべてを拒絶するかのような力を、その御使いの名からは感じ取れている。

「はい、ですが、その名を伝えて良いのは…… 門の巫女にだけに、と、ワシには思えます」

 門の巫女。その言葉はヒエンは聞いたことなかったが、それも脳裏に忽然と浮かんできた言葉だ。

 恐らくは、ミアの事だろうと、ヒエンにもすぐに想像がつく。

 その意味までは分からないが。

 ヒエンは口には出さないが、ミアをじっと見つめる。

 この少女こそが、そうなのだろうと確信を持っている。

 門の巫女と言う言葉を聞いて、フーベルト教授は驚きと共に安心する。

 ミアが神々にとっても重要な人物であると、あの御使いは知っていると言うことだ。

 ならば、スティフィの命を取らなかったことも、なにか理由があり、スティフィもまた神々の意志により生かされている、と言うことでもある。

 スティフィが今後も生かされる可能性も高い。

「ヒエンさんの予想通り、ミアさんの事です。門の巫女と言うのは」

 フーベルト教授はヒエンにそのことを補足する。

「あれ? 私が門の巫女ってことは、ヒエンさんに伝えましたっけ?」

 ヒエンが確信をもってミアを見つめていたので、ミアはそんなこと言ったかと、不思議そうな顔をする。

「伝えてないですね」

 フーベルト教授はヒエンとの会話を思い出し、そんな事は話していなかったことを確認する。

 フーベルト教授が言ったのは、神の巫女だ、と言うことだけだ。

「と、とにかくお伝えします、お耳をお借りします」

 ヒエンは、ミアに、門の巫女に、御使いの名を伝えるのが、それこそが自分の使命だったのだと、そう理解している。

 だから、自分には悪神である神の魔術を扱う才能があったのだと。

 いや、その才能があったからこそ、この役目を与えられたのかもしれない。

 ミアはその神秘的な黒髪をかき分け、耳を出す。

「はい」

 ヒエンは細心の注意を払い、その黒髪と帽子に触れないように、また、ミアにのみ聞こえるように、その名を告げる。

 フーベルト教授はともかく、サリー教授にはその名を聞くことも出来たが、サリー教授は意図的にそれを避け、自ら耳を塞ぐ。

 恐らくミア以外が聞いても良いことはない。

「イシュヤーデ…… それが御使いの名です。この名を忘れないでください」

 ヒエンはミアに耳打ちする。

「わ、わかりました……」

 ミアの心にも、その名は刻み込まれる。

 そうすると、スティフィに変化が始まる。

 見た目的には何も変化はない。

 だが、御使いの呪いを感じる事が出来るヒエンには、その変化を感じ取ることができる。

「それとですが…… もう始まっていますね…… この呪いは役目を終えました」

 ヒエンはそれを言葉に出す。

 呪いが自然と解けていく。

 あれほど強力で禍々しかった呪いが、まるで何事もなかったかのように消えていく。

 やはり、御使いのかけた呪いは、ミアに御使いの名を告げるのが目的だったようだ。

「呪いが…… 急激に…… 力を失って……」

 サリー教授も呪いが力を失っていく様子が感じ取れる。

 あれほど猛々しく燃え盛る業火のような呪いが、その勢いが、急激に衰えていく。

「御使いの名をミアさんに教えるのが目的だった? 神々の意志、ですか。単体の神ではなく……」

 フーベルト教授にはヒエンが言っていた言葉が気になる。

 神、ではなく、神々の意志、と、ヒエンは言ったのだ。

 フーベルト教授にはそれが気になる。

「スティフィは……?」

 ミアがそう言ってスティフィを見ると、スティフィは既に安らかな表情とはいかないが、苦悶の表情は消えており、安定した呼吸は見せている。

「呪いは既に解けました」

 それを後押しするようにヒエンがミアに声を掛ける。

「あ、ありがとうございます!」

 ミアはヒエンに感謝の言葉を述べるが、ヒエンとしては困惑するばかりだ。

 ヒエン自身、魔術の一つも使っていない。

「いえ、ワシは本当に何も…… 呪いを診るために触れたら、先ほどの言葉がワシの脳裏に浮かんできただけで……」

 どういう理由があったか不明だが、それはヒエンの役目だったことだけは間違いない。

 自分はこのために、ミアに御使いの名を伝えるための役目を神から仰せつかっていたのだと、ヒエンは理解している。

 だからこそ、ミアにお礼を言われる立場にない。

 これは自分自身の役目だったのだと、やるべきことだったのだと、ヒエンにはそう思えて仕方がない。

「すべて…… 意味があった…… ことなのでしょうか……」

 サリー教授は不可解そうに首をひねる。

 ミアに御使いの名を伝えるだけなら、ミアにだけ伝わるように、直接、伝えればいい話だ。

 御使いなら、そんなことも容易かったはずだ。

 なぜこんな回りくどい事をしたのか、サリー教授には理解できない。

「門の巫女とは、我々が思っているよりも、重要で複雑な存在のようですね」

 フーベルト教授は、門の巫女が、ミアが、想像していたよりもはるかに特異な存在だと今更ながらに感心する。

 もしかすると、そんなミアと神に会いに行く旅に同行していることは、とても名誉な事だったのでは、と、そう思えるほどだ。

「あっ、ミアさんの神器の腕輪が……」

 少し離れた位置から様子を伺っていたジュリーがその変化に気づき声を上げる。

「え? どうかしました?」

 と、ミアは腕輪ではなくジュリーの方を向く。

「ほ、宝石の色が……」

 ジュリーがその変化を指摘する。

「あ、青くなっています」

 ミアが自分の左手首にはめられている腕輪を見ると、綺麗な紫色をしていた宝石が青色に変わっている。

「その神器も役目を終えたと言うことですか……? なんだかわからないことだらけですね」

 何か重大な意味があったのだろうと、フーベルト教授も思えるのだが、それを人間の身で理解することも出来ない。

 ただ、一旦はこの腕輪は役目を終えたように、フーベルト教授にも思える。

 だが、そんな事よりもミアにとっては、

「と、とりあえず、スティフィは助かった、と言うことで良いんですか?」

 そちらの方が大事だ。

「はい…… 呪いは既に消えています…… 一応、病払いは…… しておきましょう」

 サリー教授がそう言ってミアに微笑む。そして、ジュリーとエリックにスティフィを運ぶように目配せする。

 ジュリーはすぐに駆け寄ってきたが、エリックは未だに長椅子に座ったまま、いびきをかいて寝ている。




 それから、さらに三日後のことだ。

 スティフィが目を覚ましたのは。

 目を覚ましたスティフィは、体のあちらこちらから鋭い痛みを感じていた。

 それを顔に出すスティフィではないが、スティフィはその痛みの理由に、内心は焦っている。

「結局、どういうことだったのよ、ミア」

 一応、教授達からも話を聞かされたが、スティフィも理解が追い付いていない。

 寝台に寝たまま、寝台の横で本を読んでいるミアに声を掛ける。

 スティフィが目覚めた後も、ミアはスティフィの傍にこうやっていて看病をしている。

 とはいえ、今はただ声にも出さずに本を読んでいるだけだが。

「私にだってよくわかりませんよ」

 今のミアは読んでいる本に夢中で、スティフィからの問いに素っ気なく答える。

 これで傍にいる意味があるのか、スティフィにはよくわからない。

「手紙代わりに使われたってこと? 私は」

 教授達から聞かされた話ではそうだ。

 その結果、一週間近く意識を失っていた。

 未だに状況を整理できていないし、体もボロボロでスティフィは未だに寝台からも起き上がれもしない。

「そうなんですかね……? 何だったのでしょうか?」

 ミアは本を読みながら答える。

 ミアにだって何も理解できていない。

「あの御使いの名をミアに伝えるだけ? 随分と大掛かりね、私なんか死にかけたのに」

 状況的に意図的に生かされた、と言うべきか。

 死んでいてもかしくなかった。

 けど、何か意味があって生かされた。そんな風にスティフィには思える。

「何か意味があることなんでしょうけど…… わかりませんね。それはそうと、もう体は大丈夫ですか?」

 ミアもそう感じてはいるが、それを理解しようとはしていない。

 あの御使いの名を自分が知ることが重要だったのだと、ミアはそう思っている。

「想像以上に色々やられたわね。あの呪いで私の体に仕込んでいる魔術のいくつかが破壊されたわよ。そのせいで体中に痛みが走るし、しばらく起きれないかも」

 狩り手というデミアス教の実働部隊として、スティフィの体は魔術により色々と強化されていた、その魔術のほとんどが呪いの力で破壊された。

 スティフィは、いくつか、と言ってはいるが、体に仕込まれていた魔術はほぼ全滅していると言っていい。

 体内に仕込んでいた使徒魔術の契約術式までもが破棄ではなく破壊され尽くしている。

 それにより体に負荷がかかり節々が酷く痛むのだ。

 まともに動けた物ではない。

「人体に魔術を仕込むのは良くないですから、逆に良かったんじゃないですか?」

 ミアは読んでいた本から、やっと視線をスティフィに移しそんなことを言った。

 だが、スティフィからすれば、

「今更の話よ。それはそうと何を読んでいるのよ?」

 本当に、今更の話だ。

 スティフィの体に仕込まれた魔術が呪いにより無効化されたとして、今更スティフィの寿命が延びるわけでも、ましてや戻ってくるわけはない。

 代償を払って得た力が、代償を払ったままなくなっただけの話だ。

「ヒエンさん、この領地の神様の魔術を使える魔術師さんですが、その方から貸して貰った魔術書ですね。中々興味深い内容です」

 ミアはそんなスティフィの心情には気づけず、読んでいる本の説明をする。

 領地が違うからか、神が悪神と呼ばれる神だからか、そのどちらかだかミアには判断できないが、シュトルムルン魔術学院の図書館で読んでいた魔術書とはまた一風変わった物だ。

 しかも、悪神の魔術関連だからなのだろうが、その傾向はどちらかと言えば呪術向きのものとなっている。

 ただ内容はミアが希望した通りの内容で、治癒を行うための魔術が書かれているものとなっている。

 風と疫病の神、もしくは悪霊の神だけあって、病や悪霊を追い返したり、病状を先送りにしたりと、変わった内容の魔術が書かれている。

 それらは今までミアが目にしてこなかった魔術の類だ。

「悪神だっけ…… そんなもの読んで平気なの?」

 祟り神ほどではないが普通はそう考える。

 よくない神、悪い神だから悪神なのだ。

 ただ、ミア自身はそのあたりのことを深く考えないようにしている。

 ミアも、祟り神の巫女ではないか、そう魔術学院で言われていたのだ。

 そんなことをいちいち気にしていたら、それこそたまった物ではない。

 無論、ミアも面と向かって言われれば、即座に怒りをあわらにし訂正を促すが。

「魔術書の内容はまた別ですよ。分野的には呪術ぽいですが、治療の魔術書です」

 魔術書にはその神がいかにどう悪神なのか、という内容は別に書かれていない。

 ヒエンが書いた魔術書ではあるが、ヒエンもヒエンなりに、領地の神のことを考えて、書かれている魔導書だ。

 悪神の魔術ではあるが、それでもこの領地由来の魔術なのだ。

 誰が見ても、わかりやすい様に中訳が書かれており、これらの魔術を、技術として後世にちゃんと伝えるような内容となっている。

「治療の魔術?」

 スティフィは、悪神なのに? と、思いながらミアに聞き返す。

 思ったことを口に出さなかったのは、まあ、相手が悪神だからだ。それ以外に理由はない。

 けれど、ミアは少しだけ勘違いをして受け取る。

「スティフィが倒れて私には何もできなかったので」

 と、ミアはそう答えた。

 俗に言いうところの傷を治すような、魔術的にそんな分野は本来ないのだが、医療魔術や治癒魔術と呼ばれている魔術はどれも非常に高度な魔術だ。

 人それぞれを構成する物質も微妙に違うし、人に微弱に流れている魔力も性質が人それぞれ異なる。

 それらを対象に一様に副作用なく治癒させる魔術など、人間に扱う事など不可能なのだ。

 スティフィも傷を癒せる使徒魔術を扱えはするが、あれは人間の持つ再生能力を一時的に高めているもので、非常に対象者の体力を消耗させると言う副作用もある。

 それ故に傷を癒しきれない様な傷にその魔術を使うと、逆に死を早めたり、御使いから契約破棄されると言う危険性すらある。

「ああ。でも、古老樹の杖で助けてくれたって聞いたわよ」

 そんな魔術のことを身をもって知っているスティフィは、古老樹の杖の話を聞いて驚いているし、そんな杖があるのであれば、ミア自身が治癒を促す魔術など扱えるようになる必要などないはずだ。

「あれは古老樹の力であって私の力ではないですからね」

 ミアは魔導書に目を通しながらそう答えた。

 それに、ミア的には原理を知っていれば、古老樹の杖もまた違った使い方もできるのではないか、そう考え始めている。

 ミア自身、魔術学院で約一年半魔術を学んできて、自分が如何に魔術を知らずに使っていたのかと、顧みることがある。

「相変わらずマジメね。で、今はどんな魔術のところを読んでるの?」

 スティフィは話を少しだけ変える。

 悪神の医療魔術と言うものには少し興味がある。

「簡単に言うと…… 病は気から、ですね」

 けれど、ミアから出た言葉は魔術らしからぬ言葉だった。

「なにそれ?」

「心の持ちようで、病状が左右されることがあるそうなんですが、それを魔術で学術的に応用したものです」

 と、ミアは得意そうな顔をして答える。

 特に、学術的、と言うところに力を込めてだ。

「随分とまた胡散臭そうね。辺境ならではの魔術って感じね」

 それに対してスティフィは素直な感想を返す。

 どの言葉には、どこが学術的なの、と言う皮肉がたっぷりと込められている。

 だが、そんな皮肉を気にする様なミアでもない。

「そうなんですか? 私には納得できる内容ですけど…… 早速なのでスティフィで実験させてください」

 スティフィにはミアの言葉が本気かどうか判断が付かない。

「いやよ! 病み上がりで実験しようだなんて、なんてことしようとしているのよ!」

 スティフィ的にはそんな怪しげな魔術に付き合う気はない。

 しかも、自身の体内に仕込まれていた魔術のほとんどが破壊され、まるで別人の体のように重く感じているのだ。

 そんな状態で訳も分からない魔術をかけられるのは避けたい。

「むー、でも内容的には素晴らしいですよ」

 ミアは本気だったらしく、口を尖らせている。

「えぇ…… あ、それよりもミア、後で万物強化の魔法陣を写させてくれない?」

 そんなミアに呆れながらも、実験に付き合わされたらたまった物ではないスティフィは話題を変え、自分が失った魔術のことを思い出す。

 その中には、万物強化と言う秘術ともいえる魔術の魔法陣を記録しておいた魔術も含まれている。

 スティフィとしたら手痛い失態だ。

 オーケンに渡らぬように、直接ダーウィック大神官に献上しようとしていたのが仇となって、万能魔法陣の写しはスティフィの記憶からは失われている。

 それをどうにか取り戻したいと、スティフィは考えている。

「え? 良いですけど? 覚えているようなこと言ってなかったですっけ?」

 ミアは首をひねる。

「魔術で覚えていたのよ。その術も呪いで壊されたわ。しかも、それだけじゃなくて、私の中にあった魔術をいくつも壊されたわよ! たまったもんじゃないわよ」

 げんなりとした顔でスティフィはミアに愚痴る。

 スティフィにとって、特にミアに隠すことでもない。

 それに、現状ではスティフィの感覚も大分鈍くなっている。

 どの魔術が生きていて、どの魔術が壊されたのか、それを把握するだけでも、今のスティフィには大変な作業となっている。

 だが、万物強化の魔法陣を記録していた魔術が破壊のは事実のようで、スティフィも既に確認済みだ。

 眼に見たものをそのまま記憶して置ける何かと便利な魔術だっただけに、スティフィとしても手痛い。

「自分で覚えないからですよ」

 と、ミアはそう言ってため息をつく。

「普通は魔法陣なんて覚えれないわよ」

 通常はそのはずだ。

 だが、ミアはそれに異論の声を上げる。

「ええー、フーベルト教授もサリー教授も覚えていますよ」

「そりゃ、教授ならね…… 普通の魔術師は魔法陣なんか覚えれないわよ……」

 魔法陣を丸覚えできる人間の方が異常なのだ。

 特にミアのように一目見ただけで、完全に覚えきれる方がおかしい。

 教授達ですらそんな真似はできない。

 それでも魔法陣を丸覚えできるのは、一部の異様な才能ともいえるものを持っている人間だけだ。

 逆に言えば、そんな異常な程の才能を持った人間でないと、魔術学院の教授にはなれない。

「そう言えば、ジュリーも覚えれないって言ってましたね。エリックさんは簡易魔法陣しか使えないって言ってましたので論外です」

 ミアはそもそも魔法陣をほとんど描けない、と、そうほざいたエリックに、この場にはいないエリックに向かい渋い顔をした。




 スティフィの呪いが解ける前まで時間は遡る。

 森に入ったマーカス、アビゲイル、ディアナ、そして、それらを乗せている鰐の白竜丸はその存在に目を奪われていた。

 黒く燃える人型の炎が宙に浮き、彼らを見下しているのだ。

 今まで眠っていたディアナも目を覚まし、何かをわめきたてている。

 ただ、ディアナの御使い自体は表に出てきていないようだ。

 その代わりと言うわけではないが、ディアナの左肩にいるロロカカ神の御使いであるアイちゃん様だけが、睨むように黒い炎の御使いを見ている。

「久しい……」

 そんな言葉が黒い炎の御使いから聞こえて来る。

 実際に言葉に出されているのではない。

 頭の中に響きわたる様にその場にいる者に伝わってくる。

「争う気はない…… すべて神々の意志だ…… そこに我の意志は関与していない」

 黒い炎の御使いは更に言葉を続ける。

 マーカス達にはアイちゃん様の声は聞こえてこないが、どうもアイちゃん様と会話をしているようだ。

「案ずるな。時期に呪いは解ける……」

 会話は続いているようで、更に御使いの言葉が脳内に響き渡る。

「わかった、力を貸そう……」

 黒い炎の御使いはそう言葉を発した後、その指先をマーカスへと向ける。

 そうすると黒い炎の火の粉がマーカスの元に舞い降りる。

 どうしていい物かわからず、マーカスはそれを両手で、空から降って来た雪を受け取るように、おっかなびっくりと掌の上に乗せる。

 それはマーカスの手には触れず、掌から少し浮くようにして、空中に留まる。

「それを使うべき時に使え…… 使命は果たした、我は神の元へと帰る……」

 黒い炎の御使いはそう言い残し、天へと帰って行った。

 どこまでも高く、マーカス達の目には見えなくなるほど高くだ。

 アビゲイルはそれを見て、笑みを浮かべる。

 やはり神々の座は天空にあるのだと、今、その証拠をこの目で見たのだと、そう確信したからだ。

「もう、何だったんですかぁ…… やけに力を持った御使いでしたねぇ……」

 その喜びを隠すように、そして、アビゲイルが呆れるように、それでいてわざとらしく嘯くように言った。







 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!




 黒い炎の御使いの名、イシュヤーデは私の別の作品に出て来る妖魔の名ですが、それとは関係はないです。

 世界が繋がっているとか同一個体とかそういう話ではないです。

 ちょっとしたお遊び的な感じです。


 ついでに、裏話的な話ですが、秘匿の神がくれた腕輪がなかったら、アイちゃん様はミアちゃんに憑いたままで、黒い炎の御使いとアイちゃん様のガチ戦闘が始まりミアちゃんと同行人のフーベルト教授以外に相当な被害が出ていました。

 そんな設定だったりしました。

 まあ、起きなかったのでどうでもいい事ですけど。


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