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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し

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海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し その5

 ミア達が町につき案内された場所は、今は使われていない古い教会だった。

 ここが黄咳熱の患者の為の離隔所になるらしい。

 今はもう使われていない建物で、広く、古くはあるがボロボロということもない、元教会なので看病もしやすい、更に街の外れにある、それらの理由で選ばれたのだとか。

 スティフィを寝台に寝かせ、ミアは騎士隊の男に、この領地の神の魔術を使える者を紹介して欲しいと願う。

「ああ、それはもちろんだが…… この領地の主神は言ってしまえば悪神だ。それを扱う魔術師も貪欲だ。色々と要求されるだろうが、それをわかってくれ」

 騎士隊の男はそう言った。

 この領地の主神の魔術が一般的ではない理由はこれだ。

 ここでも、触らぬ神に祟りなし、と言うことで、この領地の主神の魔術を扱える、いや、扱おうとする者自体が少ないのだ。

「悪神?」

 と、ミアは表情を曇らせる。

 ここまでの道中に聞いた話では、昔リズウィッドとこの領地は争いをしていたそうだ。

 今は休戦の時代で戦ってはいないが、人はともかく、神同士は未だに仲が良くないのかもしれない。

 だから、あの御使いが怒ったのではないか、ミアはそう考えていた。

 リズウィッドの直系らしい自分が、その悪神の怒りに触れてしまったのではないかと。

 ただそれはミアの思いついた考えであって真実とは限らないが。

「風と疫病の神ですね…… 悪霊の神とも」

 そんな神が主神の領地だ。

 あまり良い噂を聞きはしなくはあるが、領地内が荒れているわけでもない。

 だが、そんな神だからこそ、中立であるはずの秘匿の神の領地を神代大戦時代に侵略して来たのだ。

「でも、神様は神様ですよね? とにかく時間がありません。その方を頼りたいのですが?」

 ミアは気持ちを切り替える。

 神は人を助ける、そう法の神が、世界をそうと決めたのだ。

 それは、法の神がこの世界に顕現したとき決めたことだ。

 今はそれに悪神も従ってはいるはずだ。

 悪神であろうとも、願えば助けてくれるはずだ。

「わかった。わかった。だが、まずすまないが、会いに行く者はもう一度病払いをしてくれ。念のためにな。黄咳熱は厄介だからな」

 騎士隊の男はそう言った。

 黄咳熱は感染力が強い厄介な疫病だ。

 今でこそ治療はできるとはいえ、一旦流行ってしまっては、魔術師の手が足りなくなり手の打ちようがなくなる。

 だからこそ、こうやって離隔しないとならない。

「とりあえずはボクとミアさん、かな」

 フーベルト教授はそう言って、病払いの陣を教会の床に描き始める。

 離隔所として使われる施設なら、そのまま魔法陣を、簡易陣として残しておいても良いだろう。

 この病払いの魔法陣は、魔術師であれば比較的簡単に扱える。

 更に話を聞いていたサリー教授が、

「私は…… ここに残り、受け入れ準備を…… します……」

 あの場にいた、野盗だか難民だかが収容されてくるはずだ。

 とりあえずは黄咳熱が落ち着くまでは、ここに軟禁される形にはなる。

 その後で身柄を騎士隊へと引き渡される形となるはずだ。

「師匠を手伝います」

 ジュリーはそう言って、馬車に魔力の水薬を取りに走る。

 なんだかんだで、これから必要になるはずだ。

 ミア達が乗って来た馬車には、結構な量を積んでいるし、なんなら馬車を走らせながらでも簡単な調合なら馬車の後部でできる。

 ミアとジュリーは旅をしながら補充もしているし、それを売って路銀にもできる。

 何よりやる事のない馬車の旅での暇つぶしにもなる。

「んー、俺は?」

 手持ちぶたさだったエリックがそう発言すると、

「エリック君もここに残ってサリーの手伝いを。なにかと力仕事もあるでしょうし」

 病払いの陣を描きながら、フーベルト教授が指示する。

「わかった」

 エリックは素直に頷く。

 とはいっても、今は手持ちぶたさのままだ。

 近くにある長椅子にエリックは腰かけ目を瞑り、すぐに寝息を立て始める。

 なんだかんだでエリックは一晩中御者をやり、馬車を走らせ続けたのだ。

 疲れも溜まっているはずだ。


 ミアとフーベルト教授が病払いの魔術を終えた後フーベルト教授は、

「えっと、騎士隊の……」

 まだ互いに自己紹介もしてなかった騎士隊の男に話しかける。

「デュイだ。デュイ・ホングだ。騎士隊だが、この領地の生まれでもある」

 少し年配の男は、そう言ってフーベルト教授に握手を求める。

 フーベルト教授もそれに応じ握手する。

「では、デュイさん、案内をお願いします」

 笑顔を向けてお願いする。

 その笑顔を見て、デュイは少し不安になる。

 魔術学院の教授なのだから、優れた魔術師なのだろうが、人が良すぎるようにデュイには感じたからだ。

 これから会いに行く魔術師は腕は確かだが、如何せんがめつくしたたかだ。

「ああ。だが、恐らくかなり吹っ掛けられるぞ」

 間違いなく高い報酬を吹っ掛けられる。

 それだけ危険な行為でもあるので、それを咎めることはデュイにも、そして、フーベルト教授にもできない。

「こう見えて魔術学院の教授ですよ」

 だが、フーベルト教授はそう言って笑顔を崩さなかった。

 その笑顔の裏で、フーベルト教授は持ち合わせが足りない時はミアに頼ろう、そう考えてはいたが。

 頼るのはミアというか、ミアの貴族としての、領主の娘としての、伝手だが。

 ミアが正当なリズウィッドの血族と認められた今、領主であるルイに頼めば、それぐらい喜んで応じてくれるだろう。

 スティフィを助けるためであれば、ミアも嫌な顔はしないはずだ。




 案内され通されたお屋敷の部屋を見て、

「魔術師と言うよりは商人の家ですね……」

 と、言う感想がミアの口から出て来た。

 客間なのだろうが、色々なものが見せびらかすように飾られている。

 ただ、どれも硝子の箱に覆われていて、直接触れることも出来ないし、硝子の箱にはなんらかの魔術がかけられている。

 フーベルト教授はその硝子の箱にかけられている魔術を見て、中々腕の良い魔術師だと一目でわかる。

 悪神の魔術を扱うに足る人物なのだろう。

 ミアはミアで飾られている物を見て回っている。

 既に結構な時間をこの部屋で待たされているので、無理もない話だ。

 ついでに、デュイはお屋敷の外で馬車の番をしてもらっていて、この場にはいない。

「色々飾られてます…… あれ? これは……」

 その中でミアは良く見覚えのある物を見つける。

「どうしたんですか?」

 フーベルト教授は交渉する前から揉めないでくれよ、と、そう思ってミアに声を掛ける。

「あの一番目立つところに飾られている服です!」

 ミアはそう言って、ボロボロの服を指さす。

 それは見事なまでに、ボロボロな服だ。

 雑巾ほどではないが、そんな汚れ方をしている服だ。

 なぜそんな物が大事そうに、しかも、一番目立つところに飾られているのか、フーベルト教授にもわからない。

 何か魔術的な価値があるのかと思ったら、一見しただけでは、それはわからない。

 わからないのだが、ただのボロボロの服にフーベルト教授には思えた。

「ボロボロの? あれがどうかしたんですか?」

 フーベルト教授は、ミアに聞き返した後、服が飾られている台座にある名札を見る。

 そこには、名もなき聖者の服、とそう書かれていた。

 名もなき聖者、その言葉をフーベルト教授は脳裏で探すが、その答えは出てこない。

 だが、次の瞬間、その答えはミアの口から発せられる。

「あの服、私のですよ! 置き引きされた荷物に入っていた!」

 フーベルト教授は驚くが、一瞬の事だ。

 なんとなくだが想像できる。

 あの服自体には価値はない。恐らく付いていたいたのだろう。

 ミアの髪の毛が、あの着替えの服に。

 それですべて納得できる話だ。

「置き引きされた? そう言えば、この辺りで、と言う話でしたね」

 フーベルト教授が納得したところで、部屋の扉が開かれる。

 そして、恰幅がよく堀の深い顔をした男が入ってくる。

「待たせましたな。ワシが高名なる魔術師である、ヒエン・ロンズだ。魔術学院の教授とお聞きしましたぞ」

 ヒエンと名乗った魔術師は笑顔でフーベルト教授を見る。

 まだ若造だと一瞬だけ考えるが、魔術学院の教授ともなれば、老いを止める事自体はそう難しくはないはずだ、とすぐに考えを改める。

「はい、シュトゥルムルン魔術学院で教授をさせていただいているフーベルト・フーネルです」

 フーベルト教授は椅子から立ち上がり、軽くお辞儀をする。

「フーベルト…… 教授ですか? 聞かぬ名ですな」

 シュトゥルムルン魔術学院の事は、ヒエンもよく知っている。

 この辺りの魔術学院としては一番大きな学院だろうことも。

 だが、フーベルトと言う名の教授を、ヒエンは聞いたことがない。

 ヒエンがそんな事を考えている間に、フーベルト教授は再び席に着く。

 それに合わせて、ヒエンも席に着く。

 交渉の始まりだ。

「去年、教授の職に就いたばかりですので。ですが、妻は知っていると思いますよ。サリー・マサリー。今はサリー・フーネルですが」

 フーベルト教授は少し嬉しそうにそう言った。

 そうすると、ヒエンの顔がわかりやすく笑顔になる。

「おお、自然魔術の…… ふむ。で、今日は何ようですかな」

 フーベルト教授のことを知らなくとも、サリー教授の事は知っているようだ。

 フーベルト教授は、ヒエンの機嫌が良いと判断し、そのまま話に入る。

「この領地の御使い、黒い炎の御使いをご存じですか?」

 フーベルト教授がそう言うと、ヒエンの眉が一瞬だけ、ピクンと跳ね上がる。

 ヒエンに心当たりはあるようだ。

 それをヒエンも隠そうとはしない。

「ええ、この領地でも、今となっては、学者の間くらいでは、ですが、英雄扱いされている御使いですな」

 ただ伝承ばかりで、その御使いが実際に現れた、と言う話はヒエンも聞いたことがない。

 何度かその御使いを呼び出して使徒魔術の契約しようとする者もいたが、誰も御使いの名がわからず叶えられていない。

「その御使いにかけられた呪いを解いて欲しいのです」

 笑顔のまま、フーベルト教授は目的を話す。

「むっ…… それはただ事ではありませんな」

 ヒエンは即座に難しい顔をする。

 ヒエン自身、魔術学院の教授との伝手は持っておきたい、しかも、貸しを作れるのであればなおのことだ。多額の報酬をもらうことはもちろんのこと、できれば頼みごとを引き受ける気でいた。

 だが、御使いにかけられた呪いを解くとなると、話は変わってくる。

 場合によっては命懸けの話になってくるし、命を支払ったところで願いは叶えられないかもしれない。

「はい。お願いできますか」

 笑顔のまま、フーベルト教授は確認する。

「それは、野良悪魔、と言う認識でよいですかな?」

 だが、ヒエンは慎重な男でもある。

 まずは状況の確認を、どういう過程で呪いをかけられたのか、それを知る必要がある。

 その理由により、呪いを解く難易度は大きく変わってくる。

「それがそうとも言えません。あの御使いは、主の命によりこの地を守護している、そう言っていました」

 フーベルト教授は包み隠さずにそのことを告げる。

 呪いを解く難易度に関わってくるだけでなく、呪いを解く要因にも関わってくるからだ。

 ここで安易に引き受けさせるために嘘をつく様な魔術師は、魔術師として失格だ。

「むむっ、そうなってくると……」

 自分の手には余る、ヒエンはそう判断する。

 野良の悪魔がかけた呪いなら、その主である神に願えば呪いを解くことは容易だ。

 だが、例え、自由意志を持つ悪魔であっても、主の命により動いているのであれば、呪いを解くことは格段に難しくなり、ヒエンにとっては文字通り命懸けとなってくる話だ。

「御使いは、呪いをかけた者の命を奪わずに、この地を早急に去れ、と、申していました。御使いの要求は既に叶えています」

 フーベルト教授は更にそのことを告げる。

 御使いがわざわざスティフィを生かして返したのだ。

 それには意味があるはずだ。

 脅すのであれば御使いなら、その姿を見せるだけで十分なのだから。

「なるほど。ただそう簡単にできる話ではないですぞ?」

 確かにフーベルト教授の言うことは最もだ。

 普通に考えれば、御使いが人間を生かしておく理由はない。

 なにか殺せない理由があったから、生かしているのだ。それは間違いはない。

 恐らくではあるが、話通りであれば神に願えばその呪いは解けるだろうと、ヒエンも判断する。

 けれども実際は、どうだかわからない。

 呪いをかけられた者をまず診なくてはならなし、それだけでも危険は付きまとう。

 ヒエンとしても、当然報酬は貰わないとやってられない。

 しかも、相手は魔術学院の教授だ、ふんだくってやろうと、ヒエンはそう考え始める。

「それはわかっています」

 笑顔のまま、フーベルト教授は頷く。

 そして、目線をミアに移す。

 フーベルト教授の目線を追ったヒエンはミアに気づく。

 少し不思議な少女だ。室内でも大きな帽子をかぶっているのはどうかと思ったが。

「で、そちらの娘は?」

 少なくともこの少女に呪いは掛けられてはいない。

「こちらは…… そうですね。神の使命を帯びた巫女であり、リズウィッドの直系の者です」

 そこで、フーベルト教授は満面の笑みでミアを紹介する。

 その言葉に嘘はない。

「え?」

 だが、ミアがまず驚く。

 なぜ急にそんな風に紹介されたのかがミアには理解できない。

「なんと?」

 ヒエンも驚きミアを再び見る。

 だが、多少不思議に思えても、普通の少女にしか、ヒエンには思えない。

「彼女の左手の神器を見てください。それが証拠です。リズウィッドに問い合わせてもらってもかまいません」

 フーベルト教授に言われるままに、視線をミアの左手首に、そこにある黄金の腕輪に移動させて、ヒエンも納得する。

 それは一目で神器と分かるほど強力な物だ。

 装飾された黄金でできた腕輪で大きな紫色の宝石が付いている。

 報酬にこれでも、と、一瞬、ヒエンは思ったが、そんなことをすれば、恐らく身を滅ぼすと、すぐに理解できる。

 それほど強力な神器であるし、恐らく自分では扱えない物だ。

 間違いなく使う人を選ぶ神器なのだろう。

 この少女はその神器を与えるに足る人物なのだろ。

 だが、リズウィッドの直系と言う話は、ヒエンにはあまり信じられない。

「確かに。並々ならぬ神器ではありますが…… しかし、リズウィッドの領主は皆美しい黄金の髪を持っていると聞き及んでおりますぞ。彼女は、神秘的ではありますが黒髪ですよね?」

 そのはずだ。

 ヒエン自身、直接見たことはないが話だけでは聞いたことがある。

 リズウィットの者は黄金の美しい髪を持っていると。

「そうらしいですね。でも、秘匿の神と領主のルイ様はもうお認めになっていますよ。そうでなくとも、彼女は元々、ステッサ家の者です」

 フーベルト教授は笑顔でそう言った。

 神を出したと言うことは、それが嘘ではない、そう言っているような物だ。

 それに、ステッサ家の話はヒエンも聞いたことがる。

 表向きは普通の貴族でしかないが、実はリズウィッド領を仕切っているのはステッサ家だと言う噂を。

「ステッサ…… ですと?」

 リズウィッド領主の娘にしろ、ステッサ家にしろ、ヒエンからしたらどちらも関わり合いを持ちたい人物だ。

 このウオルタ領とリズウィッド領では、発展度合いも領地としての規模も違いすぎる。

 南側の領地の貿易の中心はリズウィッド領であり、ウオルタ領はそのおこぼれに預かっている立場だ。

 親しくしておいて、伝手を持っていて、恩を売っておいて、間違いはないはずだ。

 ヒエンは自然と笑顔がこぼれる。

「はい」

 笑顔でフーベルト教授も肯定する。

「わかった。それが本当なら応じましょう。だが、まずは患者を診てからでないと何とも言えませんな。それと、診るだけでもそれなりの報酬は覚悟してください。うちの神は何かと…… 厄介な神なのでね」

 ヒエンにとってかなりおいしい話だ。

 呪いが強力な物であれば、診るだけ診て断ってしまえばいい。

 ただ、ヒエンとしてもこの機会に伝手を得ておきたい。

 出来れば、力になってやりたいと思っている。

 フーベルトと名乗った魔術学院の教授は、少なくともリズウィッド領の主神である秘匿の神が、ミアをリズウィットの直系と認めたと、そう言ったのだ。

 神の名を語るッての事だ、少なくともそこに嘘はないはずだ。

 それにヒエンの言う通り、悪神であるこの領地の神はなにかと厄介名のも事実だ。

 すべてを計算しても、ヒエンにとっては美味しい話だ。

 後は、その呪いをかけられた者の呪いが強いものでないことを願うばかりだ。

「ええ、ただ……」

 ここへ来て初めてフーベルト教授は浮かべていた笑みをやめ、少し困り顔を浮かべる。

「ただ?」

 急に笑顔をやめたフーベルト教授にヒエンは何かを感じながらも聞き返す。

「呪われた者なのですが、デミアス教の信徒なのですよね」

 困り顔で、そして、内心はほくそ笑みながら、フーベルト教授はそう言った。

 デミアス教の神、暗黒神は闇の勢力、邪神や悪神の親玉のような神なのだ。

 もちろん、このウオルタ領の神も、暗黒神の配下とされている。

 そうなってくると、また少し話は変わってくる。

 だが、通常の魔術師はそんな事を知らない、そのはずだった。

 辺境の、小さな領地の神、しかも悪神とされる様な神のことを知っている者などいない。ヒエンはそう考えていた。

 ヒエンは今になって、自分が上手くやり込められていることに気づく。

 相手は、名を聞かない新人の教授だとしても、やはり魔術学院の教授なのだと、やっと理解できた。

「んぐっ!? デミアス教の?」

 そして、動揺が表にまで出てしまう。

 ヒエンは慌てて取り繕うが、もう遅い。

「はい、あっ、彼女もまた使命を与えられた者です」

 そう言って、フーベルト教授は深く頷く。

 だが、ここでは神の名は出さない。

 スティフィが与えられた使命はデミアス教の大神官からのものだ。暗黒神からではない。

 それを、ヒエンに教えてやるつもりは、フーベルト教授にはなく、勝手に神の使命を与えられた者だと思ってくれればいい。

「ああ、わかった。わかった。ただ、報酬はもらう。ワシも危険な事には変わりないからな」

 ヒエンは、もうぼったくりはできない。

 そう判断した。

 デミアス教を敵に回すのは避けたい。

 ただ、無論タダ働きはするつもりもない。

 それになんだかんだで魔術学院の教授や領主の娘との伝手を持てると言うことは、一魔術師であるヒエンにとっても悪い話ではない。

 ミアは報酬と聞いて、

「ルーベルト教授、おじいちゃんに相談しておいた方が良いですか?」

 と、フーベルト教授に確認する。

「どっちかと言うと、ルイ様の方にお願いします」

「はい……」

 そう言われて、ミアは少しだけ浮かない顔を浮かべる。

 ルイであれば喜んでその報酬も支払ってくれることだろうが、なんとなくではあるが、それがミアにとってはむずがゆくなる何かを感じるのだ。

「何者なのですか?」

 ヒエンは改めて、フーベルト教授にではなく、ミアの目を見てミア自身に問う。

「私はロロカカ様の巫女です」

 ミアはヒエンの目をしっかりと見て、言葉を返す。

「ロロカカ? それが秘匿の神の名ですか?」

 聞きなれない名に、ヒエンはそれが秘匿の神の名なのか? そう思い当たるが、

「違います」

 と、ミアに即座に強く否定される。

 リズウィッド領の直系の娘が、秘匿の神以外の神の巫女になる、そのことの方がヒエンには驚きだった。

「ふむ? まあ、色々と事情があるのでしょう」

 ヒエンは逆に首を突っ込まないほうがいい事柄なのでは、と今更ながらに考え始める。

 他の神の巫女なのに、秘匿の神はその巫女に神器を授けたか、もしくは与えたままになっている。

 色々と、魔術師の常識からは、離れてたことが起きているのではないかと。

 自分はあまりこの巫女に関わるべきではないのだと、今となってミアという少女が得体のしれない存在に思えてきたのだ。

「後、すいません。一つ質問があるのですが?」

 少し呆然としているヒエンにむかい、今度はミアが声を掛ける。

「はい、なんでしょうか?」

 ヒエンは作り笑顔をして、ミアに向き直る。

 リズウィッド領主の娘で神の巫女と言うのであれば、下手に出ておいた方が良いし、何かと恩を売っておきたい、それには違いはない、と、ヒエンはそう切り替えた。

 だが、次にミアの発した言葉に、ヒエンは運命めいたものを感じずにはいられなかった。

「なんで置き引きされた私の着替えがそこに飾られているんですか?」

 そう言って、ミアは自分の着替えを指さす。

 ヒエンの中でおぼろげながらに色々なものが繋がって行く。

「あの…… 服の持ち主なのか? あんた、いや、あなた様は!?」

 目をまん丸くして、ヒエンはミアを見る。

 確かに、このミアと言う少女は見事なまでの黒髪だ。

 美しい、あの、奇跡ともいえるような、あの黒髪とよく似ている。

 なぜ、それに気づけなかったのか。

 帽子だ。よく見れば、この帽子も強い力を、それでいて目立たないように隠されている帽子だ。これも、この帽子も恐らくは神器なのだろう。

 あの奇跡の髪を守るための帽子なのだと、ヒエンには理解できた。

「え? ええ…… そうですけども?」

 ヒエンの食いつきに、ミアの方が戸惑う。

「そうか、その黒い髪!? す、すまんが、その帽子を取っていただくことは可能ですか?」

 既にヒエンの中では既に確信できている。

 運命めいたものがヒエンを突き動かしている。

 この方が自分が聖人と崇め、感謝してきた人物であると。

「え? この帽子私以外が被ると危険ですよ?」

 ミアは神器である帽子が、この魔術師の興味を惹いているのだと思っていた。

 だが、違う。

「帽子も…… 神器ですよね。ですが帽子はいいのです。と、とにかく、一度でいいから、髪を確認させてくだされ」

 だが、ヒエンは拝むようにミアに頭を下げて懇願してくる。

「は、はい。とりましたけど……」

 ミアも動揺しながら、頭まで下げられたら帽子を取ることくらいはする。

 それをヒエンは見上げる。

「これは…… 確かに…… やはり、あの髪の毛の持ち主であられたか! 娘の命の恩人が、こんなにも若い巫女様だったとは……!!」

 涙を流して、ヒエンはミアを見つめる。

 そして、帽子を取ったミアの存在感に心を強く惹かれる。

 恐ろしいまでに力を秘めた黒髪だ。間違いなくこの少女は神の巫女という特別な存在なのだ。

 それをこの帽子は周囲にばれないように隠しているのだ。

 それほどの存在なのだと、ヒエンは感動し、流した涙をぬぐいすらしない。

 逆にミアは若干ヒエンの様子に引いていた。

「どういうことですか?」

 流石にフーベルト教授も、そこまではわからなかったようだ。

 ミアの髪の毛の件をネタに報酬を少しでも渋ろうと、そう考えていただけなのだが。

 想像以上の事が起きているようだ。


 ヒエンの態度は一変した。

「報酬はいりません。無償でやらさせて頂きます。このヒエン、いくら腐っても受けた恩を仇で返すような者ではございません!」

 そう宣言して、ヒエンは座っていた椅子から立ち上がり、ミアに対して敬礼でもしているかのように直立して見せる。

「え? どういうことですか?」

 ミアの方が訳も分からずに聞き返す。

「話してくださいますか?」

 フーベルト教授はとりあえず話を聞く。

 だが、とりあえずここへ来た用件だけは無事達成できたと、胸を撫でおろしもする。

「はい、私の娘は不治の病を患っていました。この領地の風土病のような物で、神由来の病とも言われていたものです。それは人にうつるような流行り病ではないのですが、ゆっくりと確実に患者の命を蝕んでいく不治の病です」

 話し始めたことにより、一旦落ち着いたヒエンは、椅子に座り落ち着いた口調で語りだす。

 不治の病と言うからには黄咳熱とはまた別の病なのだろう。

 黄咳熱は今はもう不治の病ではない。

「それと私の着替えとどう関係が?」

 フーベルト教授は既に理解できているが、それだけに驚きもある。

「着替え…… あ、後でお返しします。服は感謝の証に飾っていただけです。娘の病の治したのは服についていた一本の、奇跡の髪の毛でした」

 そう言って、ヒエンは帽子を脱いだままのミアの髪の毛を見る。

 恐ろしく美しく闇のように黒く、どこまでも強い力を秘めた、まさに奇跡の髪の毛だ。

 娘を助けるに至った髪の毛は、このミアの黒髪で間違いはない。

「なるほど。ミアさんの髪の毛を触媒にでも使ったのですね? それで娘の病を治した、この髪の毛を使い……」

 そう簡単に扱える触媒ではない。

 あのマリユ教授やオーケンですら、そう簡単に手を出さなかったのが、ミアの髪の毛だ。

 それを、この魔術師は使い、魔術を成功させたのだ。

「はい…… ワシには、とても強力な呪物に思えましたので……」

「となると、ヒエンさん魔術師としての腕は、本当に確かのようですね。この髪の毛を…… ミアさん、もう帽子をかぶっておいてください」

 フーベルト教授にはミアが成長するごとに、この髪の毛も強い力を発していくように思える。

 最初、フーベルト教授がミアに会った時より、格段にその力は深く強くなっているようだ。

「あっ、はい」

 ミアはそう言われて帽子をかぶる。

 ミアとしても帽子をかぶっていた方がなんだか落ち着いてくる。

「ワシも命懸けで儀式をして、運よく成功させることができたのです。ワシは運が良かった、ただ、それだけです」

 実際、そうなのだろう。

 恐らくマリユやオーケンと言った世界最高峰の魔術師ですら、ミアの髪の毛を安定して扱うことはできない。

 それほどの力を秘めた物で、利用しようとしても、逆に身を滅ぼしかけないほどのものだ。

「だいたい事情はわかりましたけど……」

 ミアはそう言って難しい顔をする。

「あっ、そうですね。あの服は盗品市場に流されていました。ワシは偶然、というか、魔術師が故に気づきました」

 気が付いたようにヒエンは立ったまま、あの服を得た経緯をざっと話す。

「ミアさんの髪の毛にですね?」

 フーベルト教授がそれを確認する。

「はい」

 と、毒気の抜けたような顔をしてヒエンが答える。

 この辺りはフーベルト教授の想像通りだ。

 魔術師だからこそ、ミアの髪の毛の異常性に気づけたのだろう。

「だいたい事情は分かりました! では、スティフィを助けてください!」

 ミアとしての結論はそれだ。

 自分の髪の毛が使われたことなどは、どうでもよい事だし、今となっては着替えなども取り戻したいほどのものでもない。

「はい、喜んでお手伝いさせていただきます。ミア様」

 ヒエンはそう言って、ミアに深々と頭を垂れる。

「あと、父? ルイ様にお手紙も書いておきます。ヒエンさんへの報酬を送って欲しいと」

 流石に命を懸けるほどの危険な魔術を行ってもらうのだ。

 恩義はあるのかもしれないが無報酬と言う訳にもいかない。

 手紙を書けば、ルイであれば恐らくではあるが、快く応じてくれるはずだ。

 いや、ミアからのお願いだと、涙を流して喜んで叶えてくれるはずだ。

 ミアにとっては、それがとても気恥ずかしい話なのだが。

「あ、ありがとうございます」

 ヒエンはさらに深々とミアに頭を下げる。

「スティフィはデミアス教徒ですから。きっとそっちの方が喜んでくれます」

 それに対して、ミアは嬉しそうにそう言った。










 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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