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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し

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海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し その4

 馬車に揺られながらミアはスティフィを看病する。

 スティフィは意識を失いながらも、荒い呼吸に交じり湿った咳をしはじめ、高熱を発している。

 額からとめどなく大粒の汗が流れて来る。

 ミアはそれを拭いてから水で濡らした手拭いをスティフィの額に置いてやる。

 あれからどうなったのか。

 結局は騎士隊の、エリックの帰りを待つことになった。

 野盗、いや、もはや難民というべきか、難民達を騎士隊に任せ、事情を話し、ミア達はとにかくこの地から、黒い炎の御使いから離れることを優先した。

 そして、この領地の神の魔術を使える者がいると言う町を目指した。

 普通なら、領地の主神の魔術を扱える魔術師など多くいるものだが、この領地は少し特殊で主神の魔術を扱える者が少ない。

 それは秘匿の神が主神であるリズウィッド領もそうなのだが。

 ただ、その魔術師がいる町と言うのが、最寄りの港町から、もう一つ先の町なのだ。

 スティフィを助けるために、ミア達はそこをいち早く目指さなければならない。

 遅れてだが難民達も、そこへと護送されるらしい。

 それなりに大きな町で土地に融通が利き、流行り病である黄咳熱の隔離場所の確保もできるという話だ。

 だが、スティフィの容体はあまり良くない。

 本来、黄咳熱はすぐに病状が出て来る病ではないのだが、御使いに呪いをかけられたスティフィは急速に病状が悪化していっている。

 サリー教授の見たては、もって三日という話だ。

 黄咳熱で、というよりかけられた呪いが要因で、といった感じだが。

 ウオルタ領の主神である、ウ・ゴウウズ神の魔術を使える魔術師がいるというその町まで馬車を走らせて丸一日かかると言う話だ。

 その後、その魔術師との交渉やら準備などを考えると、そう猶予があるとも思えない。

 それに、もって三日、なのだ。それより早くスティフィの命が尽きる事の方が可能性としては高い。

「荷物持ち君、スティフィを助ける、少しでも助けられる方法はないですか?」

 ミアは藁にでもすがる思いで荷物持ち君に相談する。

 すでに人間には手の施しようがない。

 上位種である古老樹の荷物持ち君に頼るほかない。

 そうすると、荷物持ち君は背中の籠に入っている杖を太い腕で指し示す。

「古老樹の杖でどうにかできるんですか?」

 ミアがそう聞くと、荷物持ち君は微妙な反応を示す。

「完全に助けられはしないが、少しは助けになると言った感じですか……」

 フーベルト教授がそう言うと荷物持ち君がフーベルト教授の方を向いて頷いた。

「ありがとうございます、やってみます!」

 ミアはすぐに荷物持ち君の籠から古老樹の杖を取り出しスティフィにかざす。

「朽木様…… どうかスティフィを助けてあげてください」

 ミアが杖に祈りを捧げると、杖が白緑色に優しく光出す。

 その淡い光はスティフィを照らす。

 荒かったスティフィの呼吸が徐々に落ち着いていく。

「これは…… 癒しの力…… なのですか……? 患者の力を使わずに外部からなんらかの力を…… 注ぎ込んでいる?」

 サリー教授が驚きの目を向ける。

 基本的に癒しの力は、患者自身の体力を使い回復させるものがほとんどだ。

 病払いの魔術も、病の原因を取り除きはするが、そこから患者が持ち返すかどうかは患者自身の体力が肝となる。

 そういうものなのだが、古老樹の杖はそれをどこか外部からなんらかの力を、患者であるスティフィへと送り込んでいる。

 それは人間が扱える魔術の常識を超えるものだ。

 サリー教授はどうにか、その原理を紐解けないかと古老樹の杖を見るのだが、どういった原理なのかまるで理解が出来ない。

 物とは違い生物の回復は、簡単な話ではない。

 確かにサリー教授は壊れた物を元の形に修復させる魔術を扱う事が出来る。

 荷物持ち君の骨格に当たるものがそうだったりもする。

 それも人間が扱う魔術としては、かなり高度な魔術だが、それは対象が命を持たない物、しかも同一の物体だからできる事であって、生物の体で同じことができる訳ではない。

 特に微弱ながらに魔力を纏う命あるもの肉体は、その微弱な魔力の影響を受け、人それぞれで反応が違ってくるのだ。

 とてもじゃないが、人間の体を魔術でいじるのは危険すぎる行為だ。

 だから、基本的にその対象となる人間の体力を使い怪我や病気を乗りきったり、素早く治す、怪我や病気の原因を取り除く、と言うのが基本となるのだ。

 それでも非常に繊細で高度な魔術となってくる。

 スティフィのように人体に魔術を仕込む行為は、サリー教授から見ても自殺行為でしかない。

 だが、古老樹の杖は外部からの力を、スティフィの持っている元からの魔力に合うように調整して注ぎ込んでいるのだ。

 それは生命力、そのものを注ぎ込んでいるような物だ。

 もはやそれは人間が扱える魔術ではない。

 それがミアの願い一つで発動するのだ。発動には魔力の消費もない事を考えると破格の性能と言える。

 古老樹の杖は、常識を、人智を、逸脱した物であることだけは間違いがない。

「師匠、黄咳熱の薬が…… な、なんですか? これ?」

 そこへ馬車の後方部で黄咳熱の薬を調合していたジュリーが戻ってきて驚いている。

 死者が見えるジュリーなだけに、その異様さが一目でわかるようだ。

 ジュリーには古老樹の杖を通して、魂そのものの純粋な力がスティフィに注がれているように見えたのだ。

 それでも、ミアが古老樹の杖を使っていることで一応は納得する。

「薬の調合が…… 終わったのです…… か?」

 サリー教授は古老樹の力を理解することを諦めて、ジュリーに視線を移し質問をする。

 古老樹の力を理解することも大事だが、今はスティフィを助ける方が重要だ。

 それ以前に、これは人間に理解できるものではない。

「は、はい、これです」

 ジュリーはそう言って、調合したての薬をサリー教授に手渡す。

 それをサリー教授は目を細めて確かめる。

 調合された素材、分量、鮮度、込められた魔力量、どれも申し分ない。

 ジュリーは優秀な魔術師であることは間違いがない、サリー教授も師匠として鼻が高い、そう思えるほどの出来だ。

「はい…… よくできていますね…… この薬でも多少症状は落ち着くと…… 思います」

 この薬もこの呪いに効くものではないが、長時間黄咳熱の病状を抑えることはできる。

 古老樹の杖の力と、この治療薬でスティフィの容態も大分安定することだろう。

 それでも、スティフィは持って三日だ。

 それに違いはない。

 黄咳熱の病で死ぬのではなく、かけられた呪いの方がスティフィの体を蝕んでいる。

 黄咳熱の症状は呪いの副産物でしかない。

 ただし、スティフィの容態が安定するのであれば、今以上に馬車を急がせることはできる。

「では、馬車を急がせましょうか」

 フーベルト教授もそのことを理解していて御者台へと移動していく。

「はい……」

「エリック、馬車を急がせてくれ」

 そして、自らも御者台に座りつつ、エリックに急ぐように声を掛ける。

 普段は荷物持ち君が御者をしていてくれたが、今は騎士隊の先導がいる。

 流石に、優秀とはいえ、見た目は泥人形の荷物持ち君に御者を任せたままにはできない。

「ん? スティフィちゃんの容体は良いのかよ?」

 と、エリックが聞き返して来る。

 エリックは余り揺らせるような容体ではない、そう聞いていた。

「古老樹の杖のおかげと、薬の用意も出来ました。これから飲ますが、容体は安定するはずです。今のうちに時間を稼いでおきたい」

 フーベルト教授はそう言って、自分にも、今は容体よりも時間の方が重要だ、と言い聞かせる。

 時間が経てば経つほど、スティフィにかけられた呪いは凶悪になって行くようにフーベルト教授には思える。

 馬車を揺らさずに速度を落とし進むのが良いのか、馬車を多少揺らしてでも急ぐ方が良いのか、現状では判断が付かない。

 だが、スティフィの容体が安定するであれば、急いだ方が良いはずだ。

 それは間違いないはずだ、フーベルト教授はそう自身にも言い聞かす。

「わかった。なるべく揺れないように急ぐ」

 エリックはそう言って、馬の尻に鞭を入れる。




「おいおいおい、その話、本当なのか? いや、疑っているわけじゃないが、俺でもにわかに信じられねぇぜ?」

 魔術学院内の酒場で、オーケンが大袈裟に驚いて見せる。

 わざとらしい驚き方だが、オーケン自身、本当に驚いている。

「あら? 私を疑うんですか?」

 そう言ってマリユはオーケンを挑発するように妖艶に笑う。

「疑ってねぇよぉ、ただ、まあ、信じられないっていうのが本音だよぉ」

 持っていた杯の酒を一気に煽ってから、オーケンはマリユの目を見てそう言い返した。

 マリユの言った話は、オーケンでも到底信じられるものではない。

「アナタほどの男でも?」

 ちょっと落胆したかのようにマリユはそう言った。

 本当に落胆したわけではない。

 オーケンを挑発して楽しんでいるだけだ。

「うーん、まあな。色々知っているからこそ信じられないというか。いや、でも、そうか。それで神代大戦以前の出来事はぐちゃぐちゃなんかねぇ」

 オーケンはそう言って頭の後ろを掻いた。

 確かにつじつまが合う。いや、無理やり合わせたような話だ。

 神代大戦以前の歴史は、あまりにも矛盾が多かったが、それが一気に解決するような話なのだ。

「そうよ。その頃の人間は、言ってしまえば本当に家畜と変わりなかったですし」

 それはマリユ自身もそうだった。

 当時の人間には戸惑いしかなかった。

 神が導かなければ生きることも出来ないような、そんな生活を人間は送っていたのだ。

「そりゃそうだろう。時の流れがぐちゃぐちゃだったとか…… どういう感覚なのか想像も出来ねぇよ」

 マリユの話では、法の神が降臨して、時の流れを過去から現在を経て未来へと流れるようにするまで、時の流れなどなかったというのだ。

「そうね、一瞬先が三年後だったり昨日だったりしたわね。人間の感覚では何も理解できたもんじゃなかったわよ」

 マリユはそう言ってため息をつく。

 人間には理解しょうがない、何が起きているかも理解できない、あるのは戸惑いくらいで、ただ生きているだけで精一杯の、そんな時代だったと言うのだ。

 老人だったと思ったら翌日には赤ちゃんに戻り、次の瞬間には成人なる様な物なのだ。

 人間の意識ではその変化についてはいけないし、何も理解できるものではない。

 時の流れは人の感覚では、過去から未来へと流れる事しか感じる事ができないのだ。

 ただ家畜のように何も考えることも出来ずに、生きるだけで精いっぱい、そんな世の中だったのだ。

 まさに人は神の家畜だったのだ。

「だから、その頃は人間は本当に神の言いなりだったってわけか」

 自分なら、そんな状況でも真理を理解できるか、オーケンは自信に問う。

 恐らく無理だ。時の流れが混沌としていると、例え何かを理解したとしても、次の瞬間に数年巻き戻ったり、数百年先に変わったりするのだ。

 人間が対応できるわけはない。

 積み重ねやなにかを学ぶと言ったことが、人間にとっては全て不可能になってくるようなものだ。

 神から与えられた物を、それだけを頼りに生きていたようなものなのだろう。

「法の神が、時間が過去から未来に流れるように決めてくれるまでね」

 マリユにそう言われて、オーケンもあの創世神話を思い出す。

「創世神話の一週間って奴か、あれ、意味あったんだな。はぁ…… それがこの世界の真実ねぇ、時間すら混沌だったとは恐れ入ったよぉ」

 大元に混沌の海と言う存在があり、神々もその海から生まれて来たのだという話もある。

 それが真実かどうか、オーケンにすらわからない話だったが、マリユの話を聞いて、それが若干の真実味を帯びて来た。

 ただ、恐らくオーケンの目の前の女、マリユはそのことすらも知っているに違いない。

 それを聞き出すことは可能だろうが、オーケンからしたら癪に障る様なことだ。

「今となってはそれを知っている人間も、私と…… あなたのところの大神官くらいじゃないかしら?」

 マリユはそう言って笑う。

 ただ、あの奇怪な大神官達も自分よりは年下のはずだったはずだ。

 マユリはそんな事をお思い出して笑ったのだ。

 気が付けば純粋な人間では一番の年寄りとなっていたのだ。笑いたくもなるし嫌にもなる。

「あの化物どもか…… 確かに神代大戦時代の人間らしいな、奴らは」

 オーケンは嫌な顔を浮かべ、自分より上の大神官達を思い出す。

 第一から第三のデミアス教の大神官は異質だ。

 もはや、あれを人間と呼んでいいのかもオーケンには判断が付かないほどだ。

 間違いなく御使いに、神の使途に片足を突っ込んだ連中であることだけは事実だ。

 それに比べれば、今、デミアス教を仕切っていると言ってよい第四位の大神官、クラウディオなどまだマシな存在だ。

「ふふ、寂しくなったものね」

 マリユは自分と同じ境遇の原初の巫女と呼ばれる仲間達のことを思い出す。

 もう、その顔も名前も正確には思い出せないくらいの時が経っている。

 それに自分以外は全員死んでいる。

 一足先に主の身元へ行っているはずだ。

 ただ自分は恐らく主の怒りを買う。そういった行為を目の前の男とするつもりでいる。

 同じ場所には行けないのかもしれない、だがマリユはもう生きることに疲れたのだ。

 人間には長すぎる時を生き、生きることに辟易しているのだ。

 神の御使いに、望めばなれただろうが、生きることに、いや、存在することに疲れたマリユはそれも望まない。

 主の身元へと行けなくとも無になれるのであれば、それで良いと、そう本心で考えている。

 ただ、無へと帰る前に、最後に楽しく過ごしたい、とも。

「んー、じゃあ、あんたは実際は何歳なんだ?」

 オーケンはマリユの話を聞いて、一番気になったことを聞く。

 オーケンにとっては、世界の真理や成り立ちなどよりも、そっちの方が気になることだ。

「女に年齢を聞くとか礼儀がなってないわねぇ」

 オーケンにそう聞かれ、マリユは笑ってそう答える。

 元より答える気はない、というよりは、実はマリユ自身そんな事は知らない。

 覚えていない、のではなく、知らない、理解すらできていない。

 当時はどれだけ時が経っていたのか、そんな事すら人間には理解出来なかったのだ。

 混沌とした時の流れで生まれて来た人間だ、自分がどれくらい生きて来たのかなど知りようがない。

「もう、そういう問題じゃねぇだろ? とりあえず想像以上の姉さん女房だな」

 オーケンからしてみれば、年齢、そもそもは関係のない話ではある。

 それでも、自分が惚れた女がどれくらいの年齢なのか、そちらには興味があるのだ。

「正直ね、自分の年齢なんてわからないわよ」

 マリユはそう言ってこの話を終わらせようとする。

 神代大戦以前の事はあまり思い出したくないし、思い出しても情報の整理が何一つつかない。

 赤ちゃんの頃の記憶を、覚えているか、理解できるか、そう聞かれて答えられる者は少ない。

 マリユにとってはそのような感覚でしかない。

「まあ、そりゃそうか。時の流れがぐちゃぐちゃだったとか想像もできねぇよなぁ」

 オーケンはそう言って、どんな物だったのだろうと想像してみるが、それも想像でしかない。

 戸惑うどころか、まともに人として成長することも出来やしないだろう。

 マリユの言うように、人間も家畜のように、何も理解できずただ生きるだけだったに違いない。

「二千七百年前後だ。マリユ、おまえの生きて来た年数は」

 答えたのは大きな巨躯を持つ女。

 カリナだった。

「あら、カリナ……」

 マリユは驚いてカリナを見上げる。

「なんだよ、邪魔しに来たのかよぉ」

 そう言ってオーケンはカリナを睨む。

「あまり公にして良い話をしてなかったのでな」

 カリナがそんな事で怯むわけもなく、同じ席に、カリナ自身が持って来たカリナ専用の特製の椅子、というかただの丸太を置いて座り込む。

 二千七百歳と言われたマユリは少し憂鬱な表情を見せる。

 そんな年数を無駄に生きて来たのかと。

「止めに来たってわけかよぉ?」

 そう言ってオーケンはカリナに酒を注いでやる。

 口には出してないが、酒をやるから面白い話を聞かせろ、そう言っている。

「監視しに来ただけだ」

 カリナは杯になみなみと継がれた酒を簡単に飲み干す。

 カリナからオーケンに話せるような話は何もない。

 オーケンもそれがわかっているのか、もう酒を注がない。

 それに、カリナが底なしの事はもう知っている。

 注げば注ぐだけ酒を飲まれてしまう。それでいてカリナは少しも酔いもしない。

 酒を飲ませるだけ損という奴だ。

「一緒じゃねぇかよぉ。そう言えば、こいつもそうだったな。知ってる"人間"なんだよなぁ?」

 そう言って、オーケンは笑って見せる。

 カリナを人間と言ってよいのか、それは意見の分かれるところだ。

 だが、法の神が認めたと、そう言っている以上、カリナは人間と言うことにはなる。

 マリユが酒瓶を持ちカリナの空になった杯に酒を注ぐ。

 今、こうしてマリユが人間らしく生活で来ているのは、カリナのおかげなところが大きい。

 マリユからすれば酒くらいいくらでも注いでやるというものだ。

 どうせ支払いはオーケンなのだから。

 オーケンも面白くない顔をしつつも文句は口にしない。




「白竜丸が怯えているのですが?」

 マーカス自身も何か、鳥肌の立つような何かを感じつつ、何かにおびえている白竜丸を撫でてやる。

 この大きな鰐が、神の調教を受け、聖獣となったこの獣が、恐れる存在などそうはいないはずなのだが、白竜丸は確かに何かに怯えている。

「なんかヤバそうなのがいますねぇ。これは…… 御使いでしょうか? 伝承通りいたと言うことですねぇ。でも、ディアナちゃんはこれでも起きませんか……」

 アビゲイルにもひしひしとその存在の力を感じている。

 これならディアナも起きると、そう思ってぬいぐるみのように抱え込んでいるディアナを見るが、安らかな寝息を立てているだけだ。

 恐らくこの力の存在の目の前にでも立ちはだかりでもしない限り、ディアナが起きることはないのだろう。

「アイちゃん様はどうなんですか?」

 マーカスはアビゲイルに聞く。

 御使いが相手なら、こちらも御使いの力に頼るしかない。

 幸いなことにこちらにも御使いが、驚くべきことに二柱もいるのだ。

「うーん、少し機嫌がよくないようですねぇ……」

 アビゲイルはそう言ってディアナの左肩に間借りしている御使いを見る。

 アイちゃん様はどこか一点を睨むように見ている。

 とてもじゃないが、機嫌がいいとは思えない。

「そんな事まで分かるんですか?」

「半目でなんか睨んでいるので」

 マーカスの問いに、アビゲイルが素直に答える。

 マーカスも後ろを振り向き、半眼で一点を睨む今は目玉の姿をしている御使いを見て理解する。

 何かに対して、間違いなく怒っている。

 恐らくミアに何かあったのだろう。

 その怒りは、件の御使いに対してなのか、ミアを自分の代わりに守っているはずの神へなのか、そこまではマーカスにはわからないが。

「ああ、はい……」

 マーカスの口から、怒っているアイちゃん様を見てそんな言葉が、いや、そんな言葉しか出てこない。

「あっ、森の方へ入れと、アイちゃん様が指ではなく触手を指し示していますよぉ、どうしますか?」

 さらにアビゲイルからそんな言葉が聞こえて来る。

 マーカスは大きなため息を吐き出す。

 まだ、その時ではない。なら危険はないはずだ、そう自身に言い聞かせながら。

「なら、行かない訳には行かないじゃないですか……」

「ですよねぇ、恐らく御使いがいますが、こちらは二柱もいますし平気ですよねぇ?」

 あのアビゲイルですら、恐れているのか、そんなことを聞いてくる。

「御使い同士の争いなんて神代大戦以外では、聞いたことありませんよ。でも間違いなく巻き込まれたら死ぬんじゃないんですか?」

 マーカスはそう言いつつ、無月の女神の館の跡地を思い出す。

 あれだけ大きかった館が跡形もなく、それも地下まで焼け落ちていたのだ。

 聞いた話ではディアナに憑いていた御使いの攻撃の影響なのだと言う。

 あんなものに巻き込まれたら、それこそ命がいくつあっても足りるものではない。

「ですねぇ…… はぁ、私と言う存在は貴重なんですけどねぇ」

 アビゲイルも、御使い同士に争いにもで発展してしまったら、生き残れる自信はない。

 それに、無月の女神の巫女候補であるアビゲイルは、この世界にとっても貴重な存在であることも間違いはない。

 無月の女神の信者以外からすれば、世間一般から見れば、だが、祟り神に捧げられる生贄のようなものだ。

 自ら生贄になりたがる者など貴重だ。

「なんですか、それは?」

「知らないんですか? 望んで無月の女神の巫女になる様な、そして、なれるような人間はとっても貴重なんですよぉ」

 アビゲイルはそう言って鼻高々に笑う。

 ただの人間が無月の女神の巫女になれるわけではない。

 たぐいまれなる、それこそ稀代の才能を持つ者で、清らかな乙女だけが、無月の女神に愛され、巫女となれるのだ。

 だから、場所によっては、無月の女神の巫女は監禁されたりもするのだ。

 それほど貴重で危険な存在だ。

「それはそうですね…… 確かに貴重ですね」

 マーカスも言われて初めて、アビゲイルの貴重性を理解する。

 無月の女神が大人しいのは無月の女神の巫女がいるからだ。

 だから、かの祟り神は祟りを起こさずにいてくれるのだ。

 今はマリユ教授が、のちにこのアビゲイルがその巫女なのだ。

 それは全人類にとって、やはり生贄のような存在であり、必要不可欠な存在である。

「逆にマーカスちゃんは死を恐れていないように私には見えるんですが? 冥府の神と何か契約でもしちゃっているんですかぁ?」

 アビゲイルはマーカスにそんなことを問う。

 図星を浸かれたマーカスも笑うしかない。

「もし、しているとして、それを言えるわけなじゃないですか」

 そう言って、一応はとぼけて見せる。

「それもそうですねぇ。とりあえず気は進みませんが行くしかないですねぇ」

 どちらにせよ、御使いが、アイちゃん様が行けと言っているのだ。

 それに従うしかない。

 人間には選択肢などない。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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