海岸沿いを行けば出会う野盗と恩返し その3
「ん? 禁足地? どういうことだよ?」
エリックが辿り着いた港町、その騎士達の詰め所に行き、まず最初に場所を伝えたとき、返って来た言葉が、禁足地という言葉だった。
「いや、あの辺りは禁足地でな。というか、リズウィッドとの緩衝地帯の意味でもあるしな」
騎士隊の男はそう言って難しい顔をした。
今更、リズウィッドが何か言ってくることもないし、何か言う権利も今はないのだが、この辺りの土地は神代大戦時代に、このウオルタ領がリズウィッド領から勝ち取った土地だ。
手を伸ばすように海岸沿いから、リズウィッドの首都へと迫るような立地となっているのだが、当時進軍を強行した結果だと言われている。
ただ、今のウオルタ領はリズウィッド領と争うには力を失いすぎている。
逆にリズウィッド領は力を増し続けている。
停戦の時代が終われば、ウオルタ領はリズウィッド領に、この辺りを土地を無条件で返還するつもりでいるくらいの力の差が今はある。
そう言う意味で、ウオルタ領にとって禁足地でもあるのだが、また別の意味でもその地は昔から禁足地でもある。
「んん?」
エリックは訳も分からないと言った顔をする。
「そもそも、このウオルタ領とリズウィッドは神代大戦のときは敵対していてだな。我らウオルタ領の神、その御使い様がリズウィッドの聖地目指して進軍して奪った土地なんよ、その辺りは」
「はぁ?」
だが、エリックは遥北からやって来た人間だ。
この辺りの歴史に詳しいわけもないし、エリックは歴史にも興味がない。
ただエリックが今話している男は騎士隊の者だが、地元の者と言うことだけはわかった。
「んで、大戦が終わり、境界付近は緩衝地帯として、名目上はウオルタの土地としつつも、実際は空白の土地てして扱ってはいるんだが……」
騎士隊の受付の男は、そう言って頭を掻く。
そこで何か起きたというのなら、大問題だ、そう思いながらだ。
この若い騎士隊見習いの男がなぜその土地のことを言いだしたのか、その理由をまだ聞いてはいない。
「だが?」
「あの場所には、いまだに大戦時代に活躍した御使い様がいると言われていて、そう言う意味でもウオルタ領では特に禁足地扱いでな」
神代大戦で活躍した御使いが未だに眠っている。そう言う伝承がある。
だから、あの辺りには町や村すらない。
リズウィッド領との交易には不便だが、そもそも陸路は使われずに船での交易がおこなわれているくらいだ。
あの辺りにあるのは、一応の街道くらいだ。
その街道も細々としか使われてないはずだ。
「初耳だな」
「まあ、大戦があったってのは千年以上も前のことって話だしな。リズウィッドの方で知られてないのも無理のない話ではあるが……」
騎士隊の男はエリックのしている腕章を見て、リズウィッドの訓練校所属の訓練生と言うことは、言わずとも理解できている。
昔こそ敵国であったが停戦している今では重要な貿易相手であり、物流という意味ではリズウィッドは生命線ですらある。
停戦の時代が終わっても、もうウオルタ領の人間にはリズウィッド領と争うつもりはない。少なくとも人間は、だが。
ウオルタの神の判断がどうなるかまではわからない。
ただ、少なくとも人間達だけの争いではウオルタ領に勝ち目はないは事だけは事実だ。
「そうなのか」
「ああ、ウオルタでも、もうあんまり知られてないしな。ただ禁足地ってことだけ伝わっててだな」
そう言って騎士隊の男は少し困った顔をする。
今となっては禁足地に神代大戦時代に活躍した御使いがそのままになっている、かもしれない、と言うことを知っている人間は少ない。
なぜなら、その御使いは深い眠りについており、その姿を現したことはなかったからだ。
ウオルタ領でも本当に御使いが眠っているのかどうか、わからなくなっているし、そういった存在を今の時代に起こしても良いことなどない。
そういう意味でも、あの場所は本当に昔からの禁足地なのだ。
「んー、そんな場所にあいつら住み着いてたのか」
エリックはそんな事をぽそりと言う。
その言葉を聞いた騎士隊の男が、目を真ん丸にして驚いて聞き返す。
「は? なんだって? 禁足地に住み着いてた?」
「ん? 野盗がな。しかも、えーと、なんだっけ? 黄咳熱? だったか? それがその村で流行ってるってさ。俺はそれを知らせに来たんだよ」
エリックはそう言って今になってその報告をする。
「待て待て待て待て、それを先に言えよ!! 一大事じゃないか! ええっと、まず領主に連絡して…… 黄咳熱? なんで今頃流行ってんだ? 違う病気じゃないのか?」
騎士隊の男は慌て始める。
ただごとじゃない。
もし禁足地に本当に御使いが、自由意志を持つ御使いがいるのであれば、領主に連絡してウオルタ神に指示を仰がなければならないかもしれない。
それとは別に黄咳熱は厄介な伝染病だ。
それが本当なら、早急に動かないといけない。
広がってしまってからでは、手を打つのは大勢の魔術師が必要となる。
「いや、教授達が言ってたから間違いはないんじゃねぇかな?」
「教授? 魔術学院のか?」
騎士隊の男の顔が、見る見るうちに青ざめていく。
魔術学院の教授というのならば、間違いはないのだろう。
「おう、シュトゥルムルン魔術学院の教授二人だぞ」
「大きな魔術学院だよな…… 一大事じゃないか!! と、とりあえずは領主様に連絡で……」
騎士隊の男は大慌てで、いや、慌てすぎて何も手が付かなくなっている。
「なあ、あんた、落ち着けって」
エリックがそう言って騎士隊の男を落ち着かせようとするが、
「なんで、おまえは落ち着いていられるんだよ!! ああ、待て、うん、とりあえず領主様に連絡で、黄咳熱に対応できる魔術師と、その野盗ってのは何人規模なんだ?」
エリックがなぜこんなにも、のほほんとしているのか不思議で仕方がない。
それでも、多少の冷静さを取り戻して、エリックに確認する。
「あー、すまん。俺は確認する前に馬で知らせに走ったからな。わからん」
「何をやって…… いや、病を広げないためにはそっちのほうが良いのか? と、とりあえず先遣隊を用意するから案内してくれ」
確かに、エリックがその住み着いたという野盗の詳細を調べている間に、黄咳熱に感染する可能性もある。
早い段階で、知らせに走らせたのは魔術学院の教授の指示なのだろうと、騎士隊の男も思いなおす。
存在するかしないか、定かではない御使いの事は一旦置いておいて、黄咳熱は恐らく事実なのだろうし、まずはそちらの対処をしないといけない。
本格的に流行る前に手を打たないといけない流行り病の一つだ。
「任せなって」
そう言って、エリックは頼もしく微笑む。
「おまえ、まだ見習いだろ? なんでそんなに落ち着いているんだよ」
騎士隊の男は大丈夫なのか、と不安になりつつも、様々な手配をし始める。
「俺は竜の英雄を目指しているからな!」
そう言ってエリックは拳を掲げるが、その様子を騎士隊の男はもう見ていない。
やることが山積みになっているからだ。
「あ、あの! アイちゃん様に祈ったら、腕輪が光り始めたのですが?」
ミアがアイちゃん様という愛称のロロカカ神の御使いに祈り始めると、いや、偶然にも重なり合うようになっただけで腕輪が光り出したのは別の要因からなのだが、秘匿の神より授けられた神具の腕輪、その紫の大きな宝石が光り出す。
「え? やはり何か関係が?」
フーベルト教授が目を細くして、光出したミアの黄金の腕輪を見る。
だが、フーベルト教授に抱きかかえられたサリー教授が顔を上げ叫ぶ。
「き、来ます…… 御使い、野良の悪魔が…… すぐそこまでもう来てます!!」
そう言って、サリー教授は空を指さす。
そこには黒い大きな人影がある。
黒い炎に包まれた鎧を着た人型。
それはそんな存在だった。
背中から燃え盛る炎を翼代わりにでもするように空を飛び、それはこの集落の上空にやって来た。
「黒い炎の御使い……」
ミアもその姿に目を奪われ、そうポツリとその言葉を漏らした。
それはミア達を見下ろすようにして、何かを投げ捨てた。
それはスティフィだった。
病に侵され昏睡状態となったスティフィだ。
ミアは即座に、投げ捨てられたスティフィに駆け寄り、その安否を確かめる。
意識はないが荒い呼吸を繰り返していることを確認し、とりあえずミアは安心をする。
そして、黒い炎の御使いを見上げる。
その御使いはスティフィを投げ捨てた後、なにをするでもなく宙に浮いたままだ。
フーベルト教授らも、その様子を見守る事しかできない。
逆に何かしようものなら、御使いの機嫌をさらに損なう、そんな張り詰めた気配がある。
今は御使いの出方を待つほかない。
フーベルト教授もサリー教授も、そう考えていたし、ジュリーなどは身を縮こませて座り込みガタガタとその身を震わせている。
野盗達も腰を抜かし、身動き一つできる状況下ではない。
だが、動いたのは御使いでなく、ミアの方だ。
「わ、私はロロカカ様の巫女です。ロロカカ様に呼ばれ故郷に向かう途中です」
そう言ってミアは額の前髪を上げ、ロロカカ神の印を御使いに見せる。
特にその様子を、御使いが見ている様子はなかったが、御使いが反応する。
「知っている…… オマエの事は…… あの時の…… 我は主よりこの地の守護を任されている…… この地を早々に去れ……」
そんな言葉が耳からではなく頭の中に、ここにいる全員に響き渡る。
そうして、黒い炎に包まれた鎧の人型は、ゆっくりと元来た方へと去って行った。
その御使いが去った後も、しばらくの間、その場から動ける者はいなかった。
皆固まったように、その場から動くことすらできなかった。
それだけの衝撃があったのだ。
「え? アイちゃん様の知り合いがこの辺りにいるんですかぁ? それはどんな方なのですか?」
ウオルタ領とリズウィッド領の境界の辺りで野営をしていて、暇を持て余しているアビゲイルはアイちゃん様に色々聞き込んで居た。
マーカスはそんなことまで聞き出せるようになったのだと感心するくらいだ。
「でも、答えようがないですよねぇ」
だが、アビゲイルの問いにアイちゃん様は何も答えない。
アビゲイルはそう言って残念そうな表情を浮かべているが、マーカスには不思議でしかたがない。
瞬きでしか意思疎通が図れないのに、どうしてそんなことまで、知り合いがいると言うことをアビゲイルが知り得たのか、マーカスには想像もできないからだ。
「そもそも、知り合いってなんですか…… 巨人ですか? それとも、御使いですか?」
マーカスは呆れながらにそう言って見せる。
アイちゃん様は元は炎の巨人という話だ。
それがどういう訳か、神の御使いになっている。
巨人は神の敵として滅ぼされたはずなのにだ。
確かに御使いの中には、他の種族を神が向かい入れることもあると言う。
だが、神の敵であるはずの巨人を迎え入れる、と言った話は聞いたことがない。
今で言うならば、外道種を御使いとして向かい入れた、と同じような話だ。
マーカスには、その御使いを目にしてなお、にわかに信じられない話だ。
「まあ、御使いでしょうねぇ、この辺りには色々と伝承が残ってますし」
アビゲイルはマーカスに向かいそう言った。
恐らく巨人と言う種は、カリナを巨人とするならば、だが、カリナしかもう残っていない。
他の巨人がこの地上に巨人として残っていることはないはずだ。
その例外の一つが、今、ディアナの左肩についているこのアイちゃん様なのだが、そのアイちゃん様も今は巨人ではなく御使いなのだ。
「そうなんですか?」
リズウィッド領の民であるマーカスもそんな話聞いたこともない。
そもそも、他の領地の情報などほとんど入ってこない。
この時代は、他の領地に行く者の方が極端に少ない。ほとんどの者はその領地ないでその生涯を終えると言ってよい。
特に領地間で行き来は禁止されていないのだが、神に与えられた土地を理由なく離れる者は想像以上に少ないのだ。
「そうですよぉ。疫病を操る御使いで、神代大戦時代にはリズウィッドを随分と苦しめたって言う話でしたねぇ」
アビゲイルは得意げにそう言って見せる。
歴史の生き証人であるマリユから聞いた話だ。間違いはないだろう。
「そうなんですか? 俺は聞いたことないですね」
マーカスからしたら信じられない話だ。
それこそ、この場所はリズウィッドの首都から、そう離れていない場所なのだから。
「まあ、神代大戦の時代の話ですかねぇ、知らなくても無理はないですよぉ」
アビゲイルはそう言って笑う。
「でも、神代大戦時代と言うことは、神々や御使い同士の戦いですよね? そんな中で病を扱って意味はあるんですか?」
御使いや神が病にかかるとも思えない。
なのに、疫病を操るを操る御使いがそんな活躍したとはマーカスには思えない。
「いやいや、神々の戦いと言っても結局は陣取り合戦で、土地を占領しているのは人間がやってたんですよぉ」
アビゲイルはそう言って笑う。
結局、戦うのは神々でも、その神々を地上に呼び出すのは人間が行っていたという話だ。
なので、人間に効果が絶大な疫病などは陣取り合戦という意味では多大な影響があったわけだ。
それと同じように神代大戦では、土地を呪い、自分を信仰しないと呪われる土地を神々が作り出すようになる。
その結果、様々な呪いが何重にも重なりあり、今は暗黒大陸と呼ばれる人どころか神も住めない土地が出来上がった。
そして、逃げて来た先でも争いは規模は縮小されつつも続いたのだ。
法の神が神代大戦を終わらせるまで。
「へー、そうなんですか。でも、なるほど。いくら御使い同士や神々の戦いで勝てても占領する人間が病で無力化されたら…… と、言うことですか」
マーカスはそう言って納得する。
「ですねぇ、それにほら、病に侵されたら看病しないといけないし、勝手に感染していくしでぇ、人間からすれば厄介極まりなかったって言う話ですねぇ」
確かに自由自在に疫病を流行らせることができるのであれば、人間相手には効果が高かったことだろう。
そんな御使いが今もこんな場所で眠っているというのだ。
マーカスには、あまり信じられる話ではない。
「それで陸路での交流はあまりないのですね」
確かにそんな御使いがいるのであれば、陸路での交流が余りないのも納得ができる。
ウオルタ領との交易が航路で主に行われていた理由をマーカスは今となって知る。
「そもそもリズウィッドとウオルタは仇敵同士だったらしいですからねぇ」
その言葉に、マーカスは驚く。
まあ、争っていたというのだから、そうなのだろうが、マーカスからしたらウオルタ領は良き交易相手という認識でしかない。
「え? そうなんですか? 知らなかったですよ。良い隣人で貿易相手としか認識してませんでしたよ」
そう言いつつもリズウィッドの民であるマーカス自身、隣の領地であるウオルタのことをまるで知らない。
マーカス自身、リズウィッド領を出るのも今回が初めてなくらいだ。
「まあ、そんなもんですよぉ」
と、アビゲイルは笑って見せる。
そんなアビゲイルを見ていたマーカスの目に何かが写る。
いや、実際に見えるわけではない。感じる、と言った方が正しい。
「これは……」
マーカスは意識を研ぎ澄まし、その存在を確かめる。
そして驚く、一体や二体ではなく、思ったよりもその数が多い。
「どうしたんですかぁ?」
と、アビゲイルに聞かれ、寝たままのディアナはアビゲイルに抱きかかれたままなのを確認してから、マーカスは答える。
「死者が彷徨っていますね…… この辺り冥府が、いや、死後の世界がないようですね」
冥府の神と縁を持ち、信者となったマーカスには死者を見えずとも感じ取ることができる。
そして、死者が死後の世界に行けずに彷徨っていると言うことは、死後の世界の神の力が及んでおらず死後の世界がないと言うことだ。
死後の世界がないから、死者は地上で彷徨うのだ。
「流石、死後の神の信者ですねぇ」
アビゲイルにそう言われ、少しだけマーカスは驚く。
冥府の神の信者になった覚えはないのだが、神からの使命まで受けている以上、信者と言われて否定できる物でもない。
いや、もはや立派な信者で間違いはない。ただ自覚していなかっただけだ。
「信者…… そうですね、もう立派な信者ですよね」
我ながら危うい道を歩いているものだと、マーカスは思うのだが、マーカス自身にも選択肢などない。
それにマーカスは後悔もしていない。
今は自分の影の中に住んでいる幽霊犬の黒次郎をそっと影の上から撫でる。
「どうしますか? 送ってあげますかぁ?」
アビゲイルが少し興味でもあるのか、そんなことを聞いてくる。
滅多に見れない冥府の神の魔術に興味があるのだろう。
「いえ、それなりに数がいるようですので、道しるべだけ作っておきます。そもそも、ここは冥府とかなり離れているんですよ。俺じゃ送り切れません」
さらにいってしまうと、ここは別の領地だ。
リズウィッドとは違う死後の世界がこの領地にもあるはずなのだ。
それを勝手にリズウィッドの冥府に送っても良い物なのか、マーカスには判断が付かない。
だが、死者をこのままにしておくのも忍びないので、リズウィッドのではあるが冥府の方角へと道しるべくらい作って置くことにした。
それでも多少は効果が、少なくとも死者が彷徨うことはなくなるはずだ。
「たしかにリズウィッドの神話だと、冥府はリズウィッドの西側にあるって話ですもんねぇ」
「首都であるフーヘラッドが冥府から離してあるのか、リズウィッドの主神、秘匿の神と仲が悪いのか、それは知りませんがね」
アビゲイルの話を聞いて、マーカスも笑う。
「まあ、主神と死の神が仲が悪いのは、神話の定番と言えば定番ですからねぇ」
アビゲイルはそう言って笑った。
黒い炎の御使いが去った後、しばらくしてフーベルト教授が、
「すぐにこの場所を離れましょう」
我に返り、ミアに提案する。
「でも、まだ立てない人も多いのにどうやって? スティフィも……」
スティフィは恐らくは病に侵さて意識がない。
スティフィくらいなら馬車に乗せて運べばいいが、この村の病人全てを運び出すのは無理だ。
それに馬車を運ぶための馬も一頭はエリックが乗って行ってしまっている。
「ミアさん、人は神の意志に逆らえません。そして、自由意志を与えられているとはいえ、結局、御使いという存在は神の意志に従っているものです」
無論例外はある。
特に野良悪魔は神の意志に沿ってはいないはずだ、本来なら。
だが、さっきの御使いは、我は主よりこの地の守護を任されている、と言っていたのだ。
神の意志に沿ってこの地にいることは間違いない。
野良の悪魔ではなく、神の命をを持ってこの地にいる悪魔、いや、御使いなのだ。
「はい……」
ミアも納得せざるない。
神々の意志は人間にとって絶対だ。
「後はエリックさん、いや、この地の騎士隊に任せるしかありません」
その言葉を聞いて、
「騎士隊? 騎士隊に報告したのか……」
野盗の一人が空を仰ぎながら聞き返して来た。
ただ、フーベルト教授に敵意を向けることはない。
それ以上に、御使いと言う存在を見て、この場にとどまるのがいかに危険かも理解できている。
「元々訓練生が同行していますし、黄咳熱ともなれば騎士隊に知らせなければなりません」
フーベルト教授がそう言うと、その野盗も現状を理解していたのか、
「いや、いい。捕まった方が生き残れる者も多いだろう。あのままでは近いうちに全滅だった。それだけは間違いがない」
そう言って項垂れただけだ。
他のこの村とも呼べない村の者達も、反論はないようだ。
そもそも野盗のようなまねごとをせず、リズウィットの領主に保護を申し出るべきだったのだ。
「この辺りが…… 禁足地とは聞いていましたが…… あの御使いが原因だった…… のですね……」
サリー教授もこんな場所に悪魔が存在していたことに驚いている。
禁足地とは聞いてはいたが、それはリズウィッドとの関係を悪化させないためにそうしているものだと、そう考えていた。
「サリーも知らなかったんですか?」
比較的新しく南の地に来たフーベルト教授とは違い、サリー教授はリズウィッド領にも長い間住んでいたはずだ。
しかも、サリー教授は優秀な魔術師だ。そのサリー教授が知らないと言うことはフーベルト教授は驚きを隠せない。
「はい…… そもそも、東側には用事もないですし……」
南側の地域では、リズウィッド領が最東端と、そう考えている者も少なくない。
リズウィッド領の東には小さな領地が点々とあるだけだ。
リズウィッドに住んでいいれば、それよりも東側に用があること自体ないのだ。
確かにそれもそうか、と、フーベルト教授もサリー教授の言葉に納得する。
「それは、そうですね。とりあえず動ける者で街道まで病人を運びましょうか」
とりあえずいち早くこの地を離れた方が良い。
少なくともその意志を、行動を、見せておかなければならない。
「フーベルト教授……」
病人たちをとりあえず街道沿いにまで運ぶ作業を始めたところで、ミアが暗い顔をしてフーベルト教授を呼び止めた。
「どうしました?」
「スティフィの病状が…… 病払いをしても…… 全く改善しません」
ミアが言ったことにフーベルト教授も驚く。
病払いの魔法陣の上に乗せられたスティフィは未だに病に侵されているように思える。
「黄咳熱ではない? 別の病ですか? サリー、診てもらってもいいですか?」
フーベルト教授はサリー教授にスティフィの診断を任せる。
「はい…… 今行きます」
少し離れていたところで作業をしていた、サリー教授もすぐに返事をし駆け寄ってくる。
「どうですか? サリー教授」
サリー教授はスティフィの病状を見る。
既に黄咳熱の特徴であり、咳の原因ともなる黄色い痰が喉に作られ始めている。
熱もかなり高い。
病状だけ見るのであれば、間違いなく黄咳熱だ。
だが、スティフィが患っているのはただの黄咳熱ではない。
「黄咳熱は黄咳熱です…… ただ……」
「ただ?」
と、ミアが聞き返す。
「ただの病ではなく…… これは…… もう呪いです…… 御使いによる……」
そう言ってサリー教授も目を伏せる。
自分が頼んだことでこうなったのだ。
サリー教授も責任を感じている。
だが、手の施しようがない。
少なくとも人間にはこの呪いを解くことはできない。
いくら病払いをしても、スティフィにかけられた呪い自体を解かなければ、病を癒すことはできない。
「そ、そんな」
ミアが明らかに動揺している。
そんなミアにフーベルト教授は声を掛ける。
「なら、この地を早く去るべきです」
「どうして?」
ミアはあの御使いに頼み込んで呪いを解いてもらおうと考えていたくらいだ。
だが、フーベルト教授はこの地を離れるべきと、言っている。
「御使いがスティフィを生かして連れて来た理由は、去らなければこうなるぞ、と、我々に見せつけるためでしょう。なら、去れば呪いが解ける可能性もあります」
確かに一理ある。
だが、御使いがわざわざ人を助けるとも思えない。
この地を離れたからと言ってスティフィの呪いが解かれる可能性は限りなく低い。
それでも、御使いによってかけられた呪いを解くすべなど人にはない。
もしくは、あの黒い御使いの主であるウオルタ領の神の力を借りられれば、呪いを解くことはできるだろう。
あの御使いは、自由意志は持っていても主の意志に従っている。
つまり、ウオルタ領の神の意志なのだ。
その神の力を借りるにしても、御使いには従っておいた方が良い。
「わ、わかりました……」
ミアもそう言うしかない。
そして、スティフィを馬車に運ぶためにスティフィを抱きかかえる。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!
という設定シリーズ。
この物語の設定で、乗合馬車はあるが、それは領内を循環しているだけで、他の領地へと向かう乗合馬車は基本的に存在しない。
領地外へ赴く人は、騎士隊の関係者、神に何か言われた人、商いの神に仕える行商人と言った感じです。
必要に応じて外の領地から魔術師を向かい入れることもあります。
後は、何か理由がない限りは生まれた領地内で生活しているのが基本です。
ついでに、領地外へ行く場合は自分で馬車を用意するか、歩きとなります。
そんな世界観です。
魔術学院や貿易をしているような場所以外では他の領地の情報は、一般人にはほとんど入ってきません。
そんな設定。




