旅は道なりではなく世は情けない その11
「それで朝起きたらそれがミアの左手につけられていたと?」
それは黄金の腕輪だった。
大きな、赤ちゃんの掌ほどの大きさの紫の宝石もつけられている。
腕輪からとても強い力をスティフィも感じる。
ミアの話を聞く限り神器の類だが、ミアは一人でどれだけの神器を授かるのかと、スティフィが呆れる。
「リズウィッドの神器の、恐らくは新たな一つですね…… 私が授かった物より大分と力が強いようですが……」
ルイーズはそう言ってミアの左手の腕輪を確認している。
今までの、秘匿の神が授けた神器の記録には、こんな腕輪はなかったはずだ。
それに、どこか身がすくむような力を、この腕輪からルイーズも感じている。
ただの神器というわけではないように思える。
「なに? 嫉妬してるの?」
それをみたスティフィは即座にルイーズをからかう。
「それは…… そうですが、ミア姉様は背負っているものが違うので仕方がないですよ」
ルイーズもそれを素直に認める。自分とは違うのだと、そのことを素直に認めたのだ。
ミアが腹違いの姉であることは、この腕輪が証明してくれている。
疑ってはなかったが、目に見えて証拠も突きつけられたのだ。
秘匿の神が神器を授けるのはリズウィッドの直系の者だけだ。
ルイーズもこの神器を見て、ミアが自分の姉なのだと実感してきている。
その上で、自分とミアの差を思い知る。
明らかに自分が苦労して授けられた神器よりも、強い力を持っているのがミアに与えられているとルイーズにもわかる。
そんな物をミアは、まあ、ミアの話ではだが、特に苦労するでもなく得ているのだ。嫉妬するのも仕方がない。
「あら、素直ね」
と、スティフィが少し驚いてルイーズを見る。
「嫉妬するだけ無駄なことも知っていますので」
これもルイーズの素直な感想だ。
ルイーズはミアに嫉妬はするものの、ミアのようになりたいか、そう聞かれたら、恐らくは、いいえ、と答える。
ミアはルイーズの理想の姿というわけではない。
ルイーズの理想は、このリズウィッドの領地を正しく治められる統治者だ。
ミアはそこからはかけ離れている。
それだけは間違いないことだし、ミア本人もそれを望んでいない。
「まあ、そうよね」
スティフィにもその気持ちは理解できる。
自分が文字通り死ぬ思いで会得して来た魔術の水準を、ミアはあっという間に超えていくのだ。
もちろん、ミアが努力してないわけではないし、なんなら人一倍努力もしているのも知っている。
それでも、スティフィにも簡単に受け入れられないものもある。
「なんの話です?」
ミアがルイーズとスティフィの会話に入ってくる。
「ミアの話だけど、ミアには関係のない話よ」
スティフィはそう言ってはぐらかす。
「なんですか? それは」
ミアは納得できなさそうな顔をするが、深くは聞いて来ない。
「でも、まあ、そんな話ですよ」
スティフィだけでなくルイーズまでそんなことを言うので、ミアも驚く。
「ルイーズ様まで!?」
ミアの発言にルイーズは少し困った顔を浮かべる。
「昨日も言いましたが、もう様付けはやめてください。対外的にも困るのですよ」
神がミアがリズウィッドの血族と認めたのだ。
そして、状況的にミアはルイーズの姉になる。
確かにミアは正妃の子ではないが、主神である秘匿の神が認め、神器まで授けたのだ。
もうミアを領主の娘と認めない訳にはいかない。
「え? えぇ…… 私はおじいちゃんの孫で十分ですよ」
ミアはそう言って、やはり迷惑そうな表情を浮かべる。
人間の政など本当に興味がない、と言った顔だ。
「それも本心なのでしょうが…… どうしたものですかね。こんな時にお父様は居ませんし」
もしこの場に、ルイがいたらいたら涙を流して喜んでいたかもしれない。
そして、リズウィッドをミアに継がせると、そうのたうち回っていたかもしれない。
この場にいなくてよかった、そう思いつつも、父親に頼りたくなる自分がいることにルイーズ自身、辟易する。
「いたら、今度はお姫様の方がいなくなるでしょう?」
そんなルイーズの表情を読み取り、本当に良い笑顔でスティフィがルイーズをからかう。
「まあ…… そうですけども! そうなんですけども! はぁ、色々と馬鹿らしくなりますね」
ルイーズは一通り地団駄を踏んだ後、それでも冷静になる。
ルイーズが落ち着いた様なので、スティフィも話題を変える。
これ以上からかうのは、手痛い反撃を貰うとそう判断してだ。
「ところでミアが貰ったその腕輪はどんな力が秘められているの?」
「わからないですよ」
ルイーズは即答する。
秘匿の神から与えられた神器は、与えられた人物が死ねば神に返還される。
そして、また別の機会に時を経てリズウィットの者に与えられる。
それが繰り返されている。
だから、大概の神器はその秘められた力が事前にわかっている。
けれども、ミアに授けられた神器は、今までの記録にないものだ。
どんな力が込められているか、現時点では見当もつかない。
「私が頂いたののは髪飾りで、姿を隠せるような物、でしたよ」
一応、言葉を選んでルイーズは説明する。
流石にデミアス教徒であるスティフィの前でその詳細を言うつもりはない。
それでも、あまり目立たない位置に髪飾りとして使われているものをスティフィが目を細めて観察する。
「へー、あっ、いや、わかってるわよ。これ以上は聞かないから睨まないでくれる? ダーウィック大神官様と協定があるのは知ってるから!」
だが、すぐにブノアの浮かべている表情に気づき、スティフィは弁明をする。
そんなスティフィを少しだけ、いい気味だ、と思いながら、ルイーズはミアの腕輪のことを考える。
ミアも自分で腕輪を触りながら、
「やっぱり秘匿に関係するような、何かを隠したりする力が込められているのでしょうか?」
と、ルイーズに聞いて来た。
「そうとは限りませんが…… 必要な時には自動的にその力を示してくれると思います。私もそうでしたので」
秘匿の神が、リズウィッドの直系の者に、授ける神器は基本的に本人の身を守るものだ。
武器のようなものは滅多に授けられはしない。
ルイーズが授けられた髪飾りも、ルイーズを狙う者から身を隠す力を秘めているものだ。
その力は限定的な条件下で発動するものだが、とても強力な物だ。
「でも、神様から頂いたにしてはルイーズ様の髪飾り、あまり目立った位置にはしてないんですね」
ミアはそれが疑問だった。
自分がロロカカ神から頂いた物であれば、自慢でもするように目立つところに身に着けてしまうはずだ。
「見せびらかす物ではないし、奥の手の一つですので…… ミア姉様の授かった腕輪は大きさ的にも隠しようがないですね。後、様はいりませんよ? こちらも困りますので、そろそろお願いします」
ルイーズもその神器を授かった時は嬉しくて目立つ場所につけていたものだ。
だが、その神器を力を知った時、これは見せびらかす物ではない、と言うことを悟った。
ルイーズの神器はそう言ったものだ。
ただミアの神器は黄金の腕輪で大きな紫色の宝石までついている。
どうしても目立つものだ。
目立つと言えば、ミアの帽子も神器でありよく目立つ。
ルイーズには、それに張り合うように授けられたようにも思える。
「は、はい、ル、ルイーズ…… さん……」
ミアは少し照れながら、そう言って見せる。
「はい、それでいいです。ブノア、系統だけでもわかりませんか?」
巫女としては凄い才能はあるのだろうが、領主としては自分の方が上だと、ルイーズはそう確信して自信を持つ。
そして、ブノアならこの神器のことをわかるでのはないか、そう思い聞くのだが、
「今までに授けられた神器ではないのは確かですね。記録にもないかと思います」
と、即座に回答が返ってくる。
ブノアが知らないのであれば、恐らく父であるルイでも知らない神器なのだろう。
そうなると、どんな力が秘められているか、まるで見当がつかない。
授けたのが悪戯好きな秘匿の神だ。一癖も二癖もあるものだろう。
「そうですか。まあ、ミア姉様の身を守るものな事は確かですよ。秘匿の神から与えられる神器はそういうものですので」
ただ、ミアの腕輪からはどこか怪しい気をルイーズは感じ取っている。
持ち主の身を守るだけではなく何かある、そんな、悪戯好きの神の一面を思わすような気配をだ。
「はい!」
ミアは元気に返事をする。
「あと、夢の内容はあまり口外しないでくださいね。さっきのように……」
自分は、夢の中での話だが、一週間近くかかり飲まず食わずで、やっとの思いであの迷宮を彷徨い死ぬ思いで迷宮から脱出したと言うのに、ミアは一本道だったのだと言うのだ。
迷いもしない。街並みを見て、歩いていたらすぐに出口についた、と、そう言うミアに、ルイーズはどうしても嫉妬してしまう。
それと同時にルイーズは、その嫉妬が無意味なことも既に知っている。
「す、すいません……」
ミアはそう言って素直にルイーズに頭を下げる。
更に、どう見ても自分が姉だとおもって行動していないのだ。
まあ、それは仕方がないことなのだろうけども。
「しかし、迷宮から出る試練なのにミアは一本道ねぇ」
スティフィはそう言って笑う。
神の試練すら、試練になっていない。
そんなミアの特異性に笑うしかない。
「単純ってことでしょうか?」
ミアはそう言って悩んでいる表情を浮かべる。
「迷いがないってことですよ。でも、これ以上は口外しないでくださいね?」
ルイーズは軽くため息をつきながらミアを注意する。
リズウィッドの主神が課した試練がただの散歩だったなど、あまり広めたい話ではない。
「あっ、すいません……」
「スティフィ様も!」
どちらかというと、この情報が広まるとしたらデミアス教徒であるスティフィの方から広まる気がするが、相手がデミアス教徒だけにそれを止めることはできない。
デミアス教とは強者には服従しなければならないのだから。
スティフィに口止めしても無駄だ。それをわかりつつも一応は釘をさしておく。
「わかってるわよ」
スティフィのその言葉も信用できるものではない。
「あと、これはやっぱり私以外が触ってはいけない物ですか?」
ミアの身に着けている神器にはそのようなものが多い。
帽子や杖はその類だし、竜王の卵もカリナにより似たような力を得ている。
「どうでしょうか。基本的にリズウィッドの領主の血を引いている者であれば誰でも扱えるのが通例ですが……」
どう見てもミアに授けられた神器は特別製だ。
通常の神器に当てはめるのは危険だ。
だが、それを聞いたミアが起こした行動はルイーズには信じられないものだった。
「じゃあ、ルイーズ様、じゃなくて、ルイーズさんに預けておきますね」
そう言ってミアは左手の腕輪を外し、それを両手で持ってルイーズに差し出したのだ。
「は? いえ、なんでですか?」
あまりにも行動にルイーズは面を喰らい思考停止してしまう。
「私はこれからロロカカ様の元へ行くんです」
だが、ミアは真剣な表情をしてルイーズにそう告げた。
もうこの神器を返す機会が訪れないかもしれない、そうミアは言っているのだ。
「それは聞いていますが……」
だからと言ってルイーズはそれを受け取りたくはない。
受け取ってしまったら、それは認めてしまうことになる。
「行くんです」
ミアは力強くその言葉をもう一度言った。
決意が、覚悟が、信仰心が自分とは違う。ルイーズは痛いほどそのことを理解する。
「いえ、し、しかし……」
受け取れない、受け取りたくはない。
ルイーズは、もし受け取ってしまったら、それこそ、本当に今生の別れになるのではないか、そんな気がしてならないのだ。
「行くので」
もう一度、ミアはそう言って黄金の腕輪をルイーズに差し出した。
ルイーズもどうしたらいのかわからない。
「ミア」
スティフィが見かねて声を掛ける。
「なんですか?」
「神がわざわざ与えてくださったものよ? 意味があるのよ」
それも事実だ。
これからロロカカ神に会いに行くと言うときに、秘匿の神がわざわざ授けた神器だ。
それに意味がないわけがない。
「そう…… ですかね?」
そう言われたミアも、考えを改め始める。
もし神器を返せないことになっては迷惑が掛かると、そう考えていたのだが、スティフィが言うように神が授けてくれた神器だ。
何かしら意味があるのだろう。
「そうよ。神からすれば未来の事なんて全部わかっている事よ。それでも与えてくれたのよ? 必要ってことよ」
スティフィはそう言って笑う。
「なるほど。それは確かに。では、有難く頂戴させていただきますね」
ミアは納得して黄金の腕輪を自分の左手につけ直す。
そんなミアを見てルイーズは不安になる。
「ミア姉様、帰ってくるのですよね?」
そして、その不安を言葉にしてかける。
自分が領主になると言うのであれば、ミアはきっと帰って来ないほうがいいはずだ。
それでも、ルイーズはミアに帰って来てほしい、そう考えてしまう。
「何事もなければそのつもりです。どうなるかは私にもわかりませんが」
ミアはそう言って、ルイーズに笑顔を向ける。
「私は待っていますよ」
ルイーズはそう言ってミアに抱き着いた。
「ありがとうございます」
抱き着かれたミアは少し驚きながらも、その言葉しか頭に思い浮かばなかった。
「それが秘匿の神から授けられた神器ですか…… うーん……」
宿に帰って来て、ミアに見せられた黄金の腕輪を見てフーベルト教授は何とも言えない顔をした。
自分が神器の専攻ではないが、それにしてもそれがどんな神器か、まるで見当がつかないからだ。
「フーベルト教授、何かわかりますか?」
と、ミアに聞かれはするが、フーベルト教授にわからない。
だから、フーベルト教授は素直に答える。
「まるでわかりませんね、サリーはなにかわかりますか?」
だが、自分にわからなくとも、魔術具作成に長け、数々の神器を鑑定して来たサリー教授であれば話は別かもしれないと妻に話を振る。
「いえ…… 強い力が宿っている事しか。恐らく…… ですが、調べてもわからない類…… ですよ」
ただ、サリー教授の結論はすでに出ている。
特に秘匿の神が授けた神器だ。
力を実際に発揮するまで、その秘められた力を人の力で解き明かすことなどできない。
腕輪を一目見て、サリー教授の出した結論はそれだ。
「ミアは一人で何個神器を所持する気よ? 一個でも持てば凄いってのに」
基本的に神器を一人で何個も所有している者はいない。
それこそ、英雄と呼ばれる様な人物でもない限りは。
ミアの場合、門の巫女という立場がそれにあたるかもしれないが。
「スティフィの剣も神器って聞いてますよ! それに、エリックさんの剣だって神器と同等の物ですよね」
ミアもそう言って言い返すが、複数所持しているという点では、ミアだけだ。
「まあ、そうだけどもさ……」
スティフィはそう言って血水黒蛇という呪われた刀、それが収められている鞘を見る。
神器には違いないが、それは呪われたものだ。
今は荷物持ち君のおかげで安全に使えてはいるが、本来なら使用者の命を奪う類の妖刀だ。
あまり誇れるようなものでもない。
「まあな、なんたって竜鱗の剣だぜ?」
エリックはスティフィとは逆に自慢するように竜鱗の剣を鞘事掲げる。
竜の鱗を竜の吐く火を使い打ち直された剣は、単純な武器という点ではだが、神々が人に与える神器より性能は確かに上かもしれない。
「ええっと、帽子、杖、荷物持ち君、大精霊、竜王の卵に、黄金の腕輪…… 他になんかあったっけ? もう全身神器ね」
スティフィは実際に羅列して、それに呆れる。
改めて羅列するとスティフィにはミアが歩く宝物庫に思えて来る。
「この巫女服は!」
と、ミアがそう言って自慢するように着ている巫女服を見せつけて来るが、便利そうではあるがどう見ても人の手で作られたものだ。
「それは流石に違うでしょう、便利そうではあるけれども」
スティフィは呆れてしまう。
ミアにとっては帽子はともかく、他の品々はロロカカ神の巫女服に劣っていると、そう考えているのかもしれない。
流石のミアもそのことを口にはしないが。
「でも、荷物持ち君や古老樹の杖、大精霊は神器じゃないですよ、もちろん竜王の卵もです!」
神に与えられていないから神器とは言えない。
確かに人が決めた分類に当てはめるならそうだ。
だがそれは無意味な事だ。
ただ単に人か勝手にそう分けているだけで、どれも人の手に有り余るものであることは確かだし、下手な、いや、大概の神器よりも、ミアが手にした品々に秘められいる力は上なのだから。
「ある意味神器よりも珍しいですからね。どれもこれも」
フーベルト教授がそう言って笑う。
いや、笑うしかないと言った表情だ。
「それより、御使いはまだ戻ってきてないの?」
神器というわけではないし、ミアの話では護衛者という立場でもないらしいが、ミアには御使いすら傍にいたはずだ。
その御使いの姿が秘匿の神の神殿に入ってから見かけていない。
「はい、消えたままです…… てっきり秘匿の神殿を出たら帰って来ていただけるものと思っていたのですが」
スティフィの言葉に、ミアは少しだけ不安そうな表情をする。
アイちゃん様ことロロカカ神の御使いが、闇の小鬼を封じ込めている御使いが、未だにミアの左肩に帰って来ていないのだ。
リズウィッドの首都、フーヘラッドから少し離れた森の手前でマーカス達が野営をしていると、白竜丸の上で寝ていたはずのディアナが突如として騒ぎ出した。
「そんな、そんな、そんな、そんな、そんな、ありえない、ありえない、ありえない、ありえません」
そう言って、駄々をこねるように白竜丸の上で暴れ出す。
寝ていた白竜丸は迷惑そうにしている。
鰐なので表情などないのだが、わかるはずはないのだが、それでも、マーカスからしてみると白竜丸は真夜中に騒がれ迷惑そうだった。
「ディアナ、どうしたんですか?」
マーカスは迷惑そうにしている白竜丸を宥めながら、ディアナに声を掛けると、ディアナはマーカスの顔をがっしりと両手で鷲掴みにする。
「見失い、見失った、見失いました、いない、いない、いない、巫女様、巫女様、どこですか? どこですか?」
そして、マーカスに問うのだ。巫女様はどこだと、つまり、ミアはどこだと。
ミアを見失ったと。
ディアナが見失うと言うことは、ディアナに憑いている御使いがミアを見失ったと言うことだ。
神の次に偉大な種である火曜種が、神の御使いが、ミアを見失ったというのだ。
「ミアちゃんを見失ったんですか? 御使いがぁ?」
寝ていたアビゲイルも起きて、その事実に驚く。
そして、何かを考えこむ。
恐らくは神族の介入、もしくはミアの左肩についている御使いがなにかをしたのか。
考えられるのはそれくらいのものだ。
「って、ディアナの肩に火が!」
ディアナに頭を掴まれたままのマーカスが悲鳴のように声を上げる。
頭を掴まれている、マーカスの目の前でディアナの左肩から火が上がっているのだ。
マーカスは必死でディアナを振り払おうとするが、ディアナの力は存外に強い。
いや、なんの遠慮も配慮もなく、ディアナが全力でマーカスの頭部を掴んでいるせいだ。
「御使いが憑いているディアナちゃんに火が? 何が起こっているんですかぁ?」
ディアナを害せる者など存在しないはずだ。
そのディアナが燃えているのだ。
アビゲイルも何が何だかわからない。
「白竜丸、ぼおっとしてないで、どうにか…… な、なんですか、これは…… あの薄気味悪い目玉は……」
マーカスが悲鳴のように声を上げる。
ディアナの肩が燃えていたと思ったら、今度は炎の中から不気味な肉塊が現れ、それが割れて大きな目が現れたのだ。
さらにそれは触手を生やし、ディアナの左肩に居座る。
なにか、とてつもない外道種が襲って来たのではないか、マーカスにはそう思えた程だ。
だが、それを見たアビゲイルは逆に安心する。
「あっ、あー…… あれはミアちゃん所の御使い様ですよぉ、大丈夫…… だと思いますよぉ……」
もし御使い同士がこの場で争い始めたら、巻き込まれて間違いなく死ぬ、とアビゲイルは考えつつも、今争っていないと言うこと今後とも争うことはないのだろうと、そのことも理解できている。
「これが? こんな不気味な…… ものが?」
話には聞いていたが、マーカスが目にするのは初めてだ。
どう見ても外道かなにかにかにしか見えない。
「まあ、不死である外道の王を封じているようなものなので、あれが御使い本体ということじゃないですよぉ」
アビゲイルはそうマーカスに説明していると、マーカスはディアナによってもう邪魔だとばかりに投げ払われる。
そして、
「なるほど、なるほど、なるほど、そういうことですが、ことですか! 承知、承知、承知いたしました」
と、ディアナは、恐らくディアナに憑いている御使いは状況をすべて理解したようだ。
御使い同士で連絡を取り合ったのだろう。
だが、それらの情報がマーカス達には伝えられはしない。
「どういうことですか? 説明は…… ないですよね」
投げ捨てられたマーカスが地面から立ち上がりながら、そう言った。
「心強い同行者が増えたと思えばいいんじゃないですかねぇ…… 多分ですがぁ」
状況を理解し、嬉しそうにしているディアナを見て、更に投げ捨てられたマーカスを面白そうに見ながら、アビゲイルは投げやりにそう言った。
もう人間にどうこうできる話ではないし、説明もないのだ。
情けない話だが、天才的な魔術師と言われるアビゲイルですら、人の身ではもう流れに身を任せるしかない。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!




