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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
旅は道なりではなく世は情けない

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151/187

旅は道なりではなく世は情けない その10

「じゃあ、今日はここに泊まっていって良いんですか!」

 ミアが目を輝かせてルイーズにそう言った。

 こことは秘匿の神殿から少し離れた場所にある離宮のうちの一つで、マルグリットと面会した場所だ。

 秘匿の神の神殿内に正宮と呼ばれるような場所もあるにはある。そこがルイーズの本邸でもあるのだが、あまり好んで住み込む者はいない。ルイーズもそうだ。

 リズウィッド家の者でも、正宮ではなく離宮で普段は暮らしているのが通例となっている。

 なにかなければ、正宮に寝泊まりすることはない。

「え、ええ、まあ、ミア様、いえ、もうミア姉様の家でもあるのですよ。秘匿の神が認めた以上、異を唱える人はいませんよ」

 ルイーズ自身、戸惑いながらそう言っている。

 神が認めた、そうは言ってもそれを主張しているのはミアだけだ。

 けれども、今ミアが無事ということは、ミアの主張が正しいということでもある。

 数いる様々な神々に唯一とも言える共通点があるとしたら、神の主張を偽る人間を神々が許さないことだ。

 神の言葉を偽ることは死にも等しいと言える。

 それはこの世界の常識でもある。なので神々の言葉を偽る者はいない。

 しかも、その神の領域内で偽る様な場合、即座に神罰が執行されていてもおかしくはない。

 ミアがこうして無事でいるということは、ミアが言っていることは、少なくとも秘匿の神からしても認められているということになるのだ。

 ミアの無事が、それの証明と言って良いことなのだ。

「じゃあ、フーベルト教授にそのことを伝えておかないといけないですね!」

 ミアがそう言って、興奮している。

 何に興奮しているのか、ミア以外わからないし、実はミアも分かっていないのかもしれない。

 ただロロカカ神ではなくとも神に直接会えたことがミアを興奮させているのだろうが、本人もそのことに気づいていない。

 マルグリットと会っているときはそれをミアも実感できてなかったのだが、だんだんとミアも神との邂逅を知らず知らずのうちに実感しているのだろう。

「あの二人はもう宿へ帰られたそうなので、使いの者を向かわせますよ」

 と、ルイーズはそう言った。

 そして、やはり秘匿の神殿は観光地としては今一であると、ルイーズは思い知る。

 そのことを、特に神族の熱心な研究家でもあるフーベルト教授までもが、すでに帰ってしまっている事実に、ルイーズも落胆を隠せない。

 昔から観光地として開かれてはいるので、そういう物だとルイーズは考えていたが、いかんせん、立ち入り禁止区域が多すぎる。

 あまり見て回れるような場所もないのだ。

 というか、肝心な場所はすべて立ち入り禁止と言ってよい。

 見て回れるのは神殿内にいくつか庭園のような場所と、図書館らしき場所くらいの物だが、それらは秘匿の神とそう関りもない。

 図書館と言ってもリズウィッドで預かっている物、秘匿されている物の目録があるだけで、何かの知識が得られるような物でもないし、その目録にも必要最低限の情報しか書かれていない。

 誰が何を預けたとかわかるようにもなっていないし、目録だけでは何が預けられているのかもわからない。

 目録として役に立っているかどうかも不明なものだ。

 観光地としては魅力がないのだ。

 では、なぜ観光地とされているのか、それはルイーズにも予想はつくが確信はない。

 昔からの習わしか、もしくは秘匿の神が神隠しするための場所が欲しいから、まあ、考えるまでもなく後者なのだろうが。

「エリックはどうするの? あんたもここに泊まる…… のは、まずいでしょう?」

 と、スティフィがエリックを見ながらそう言った。

「ん? なんでだよ、スティフィちゃん?」

 エリックは不思議そうな顔をする。

 それに対して、スティフィが、

「あんたねぇ…… ここは領主の館でその妃が住んでいる場所よ? あんたみたいのが泊まれるわけないでしょう?」

 そう主張する。

 もっともな意見なのだが、少々ルイーズが困り顔で、

「そう言うわけでもないですが……」

 と、主張する。

 たしかにルイーズの母、マルグリットも住んでいる離宮でもあるが、そのような制約もない。

「あっ、そうなの?」

 ルイーズの言葉にスティフィの方が呆気に取られる。

「はい、別に男子禁制というわけではないので。ここもただの離宮の一つなだけですので」

 主にマルグリットが気に入り使っている離宮というだけで、マルグリットのための離宮というわけでもない。

 数ある離宮の一つでしかない。

「離宮ってことは正宮もあるってこと?」

 この離宮も随分と立派な建物だ。

 使われている石材も、町を構成している赤褐色の石材ではない。

 白い、大理石ではないが、白く少し透き通るような綺麗な石材が使われ建てられている。

 別の土地から仕入れた物だろうが、この離宮もかなりの大きさで、何も知らない者がこの離宮に案内されれば、ここを正宮と思ってもおかしくないほどの物だ。それだけに、領主の、リズウィッドの力が強い事を示しているものでもある。

「あるにはありますが…… リズウィッドの者以外が、入るだけならまだしも一晩泊るのであるならば…… 命の保証はないですよ? この離宮なら、まず大丈夫だと思いますが……」

 ルイーズとしては神の手前、あまり言えることはないのだが、出来れば正宮には近づかないで欲しいと考えている。

 実際、ルイーズですら、あまり長居したい場所ではない。

 あそこは、この秘匿の神の神殿にある正宮は、それほどまでに異様な雰囲気の場所だ。

「あっ、わ、私、も、宿へと戻ります!」

 それを聞いたジュリーが慌てて発言する。

 ジュリーも既に感じている。

 この秘匿の神殿がただならぬ場所であることに。離宮とて安全とは思えない。

 関りのないものが長居して良い場所でもない。

 だから、あの二人は、教授である二人は、早々にこの神殿を去ったのに違いないと、ジュリーはそう考えた。

 利便性が悪いから、という理由だけでなく、この首都がリグレスの町などより栄えてない理由を、ジュリーは肌に感じているのだ。

 この秘匿の神殿は人間からしたら、だが、あまり住み心地の良い場所とは言えない。

 秘匿の神を主神と仰ぐリズウィッドの民の中でも、特に信仰深い信者達くらいしかこの神殿どころか、首都全体にいたくともいつけないのだ。

「んー、ジュリー先輩が戻るなら、俺も戻ろうかな!!」

 そうすれば宿で二人っきりになれる。

 そう考えたエリックが鼻の下を伸ばしながら発言する。

 あまり信仰心が強くないエリックからすればその程度の事だ。

 信仰心が強くないと言うならば、ジュリーもそうなのだが、彼女はその代わりと言うわけではないがとても怖がりだ。

「良かったわね、ジュリー、エリックと今晩二人っきりよ」

 スティフィにそう言われて、明らかに嫌な表情をジュリーは浮かべる。

「やっぱりここに泊まります…… 泊まらせてください……」

 と、考え直す。

 流石にエリックと同じ部屋に二人だけというのは身の危険を感じてしまう。

「なら、俺もこっちだな!」

 エリックはそう言って満足そうにうなずく。

 その表情は何も、本当に何も考えていない。

「まあ、部屋は全員分ちゃんと分けますので、その点は安心してください」

 ルイーズがそのやり取りを少し呆れながらみてそう言った。

「私はミアと一緒でも良いけど?」

 スティフィはそう言って、ミアを抱き寄せる。

 ミアはそれに対して迷惑そうな顔をするがスティフィを跳ねのけたりはしない。

 ルイーズは苦笑いを浮かべながら、

「今日は流石にやめておいた方が良いと思いますよ」

 そう助言する。スティフィはルイーズの顔色を見て少し真面目な表所を浮かべる。

「なんか干渉されるの?」

 と、スティフィもルイーズに確認する。

「夢見でよく現れる神でいらっしゃりますので……」

 恐らく今晩の、ミアの夢にも秘匿の神は再び現れるだろう。

 秘匿の神はなにかと悪戯好きな神でもある。

 今晩あたりミアに、ミアがリズウィッドの血を引いているのであれば、何かしらちょっかいをかけて来るは間違いがない。

「そう。じゃあ、やめておこうかしら」

 スティフィはそう言ってミアから離れた。

 流石にスティフィも神相手には何もできる事などない。

「私抜きで話を進めないでくださいよ! あっ、なら、私は正宮の方でも良いんですよね? そっちに泊まってみたいです!」

 ミアはただの好奇心でそう言った。

 いや、秘匿の神がロロカカ神の名を言ったことが嬉しかったのだ。

 ミアはもしかしたらロロカカ神のことを何か聞けるのではないか、そんな淡い期待を抱いている。

 だから、離宮より、より秘匿の神に近いはずの正宮の方がミアにとっては都合がよい。

「ミア…… 怖いもの知らずね、ほんと」

 スティフィが呆れながらにそう言った。

 ミアは神を恐れない。

 普通の人間は神を敬いもするが、恐れるものだ。この世界にとって神とはそういう存在でもあるのだ。

 だが、ミアは神を恐れない。敬い愛するが決して恐れはしない。

 ルイーズもスティフィと同意見だが、ミアが自分の姉であるのであれば、その行為を止めることはできない。

「私は…… 離宮の方にいます、流石に付き合えませんよ? いえ、うーん…… 私からは何も言えませんが…… 本当におすすめはしませんよ?」

 ルイーズは自分が正宮で最後に寝泊まりをしたのは、いつの事だったが思い出そうとするが、それも思い出せない。

 少なくとも数年はそうした記憶はないし、よほど嫌だったのか、思い出そうとしても思い出せない。

 ただ、おすすめできない事だけは確かだ。

 あそこは、秘匿の神の神殿内にある宮殿は、人が暮らしていける場所ではない。

 ある種の狂信的な信者のみが生活できる場所だ。

 まさしく神の領域であり人が暮らす場所ではない、そのことだけは事実だ。

「またお会いできるのであればロロカカ様のことを聞いてみたいです!」

 ミアは目を輝かせてそんなことを言っているが、スティフィですら頭を抱えながら、

「やめなさいよ、ミア、命知らずにもほどがあるわよ!」

 と、ミアを本気で嗜める。

 流石に神に対して礼儀が無さすぎる。

「そ、そうなんですか?」

「まあ、一般的には、スティフィ様の言う通り命知らずな行為ですね…… その神の領域で他の神ことを聞くなど……」

 ルイーズもミアの発言に、いや、秘匿の神に会っていながら、そう言い切れるミアに自身にも驚きつつも、これもスティフィと同意見だ。

 その神の領域で他の神の話を聞くなど、神を怒らせても仕方のない行為だ。

 ただルイーズにはあの秘匿の神がそんな事で怒るとは思えないが。

 けれど、それを口実に厄介なことを言ってくるかもしれない。

「そうですか? ならやめておきます。でも、せっかくなので正宮の方で良いですか?」

 それでも、ミアはもしかしたらこちらから聞かなくても、聞かしてくださるかも、とそんな期待を捨てきれずにいる。

「良いですけども、ただ急な話なので…… ああ、私の部屋が、私の部屋と言ってもほとんど使ってない部屋なのですが、そこがあるので使ってください。ブノア、構わないでしょう?」

 ルイーズはそう言ってブノアの表情を伺う。

 ただブノアはなんの表情も見せない。

「はい、秘匿の神が認めた以上、それを拒否できるのはルイ様くらいですので」

 ミアがルイーズの姉であるならば、それを神が認めているのであれば、ブノアにもそれを理由なく止める権利はない。

 ただ、ブノアはルイーズの護衛でありミアの護衛ではないのだ。

 ミアの身に危険が降りかかろうと知ったことではないし、それがこの領地の主神というのであれば止めようもない。

 むしろ神がそう望むのであれば、それを手助けする立場だ。

 けれど、ブノアからしてもミアの立場が特殊すぎて判断が付かない、というのが実情なのだ。

 もう流れに身を任せるしかない。

「なら、問題ないですね…… あのミア姉様、私は止めましたからね? 明日の朝、文句を言わないでくださいよ?」

 流石に秘匿の神も命を奪う様なことはしないだろう、ルイーズはそう判断して、ミアを説得するのを諦める。

 そもそも、ミアを説得できるとは思っていない。

 ミアは紛れもなく巫女であり、その直感はなんだかんだで神の意志とどこか関わり合いがあるのだ。

 迷ったら、それが良いか悪いかはともかく、直感に従う方が神の意志に沿えるというものだ。

「ルイーズ様に姉って言われるの、なんだかむず痒いですね……」

 そう言ってミアは笑う。

 そんなミアにスティフィがポツリと、

「見た目はミアの方が幼いくらいだしね」

 言葉をかける。

 背丈もそう変わらない。

 顔つきは確かにルイーズの方に幼さは残るが、体つきはミアが栄養不足からか貧相に対して、ルイーズはしっかりと育っている。

「え? そうですか?」

 ミアはそう言って、ルイーズを自分を見比べる。

 ミアの目からすれば、だが、そう変わらないように思える。

「背はほとんど変わらないけど、体つきがね」

 と、スティフィに言われ、確かに、とミア自身もそう思いつつも、

「なっ!! スティフィ!!」

 怒りがこみあげて来るの事実だ。

「なあなあ、ルイーズ様」

 そんな様子を横目で見ていたエリックがルイーズに話しかける。

「エリック様、どうなされたんですか?」

「正宮の方に泊めると何が起きるんだ?」

 エリックの問いにルイーズは少しだけ言葉を詰まらせる。

「それは…… あまり私の方からは言えないのですが、リズウィッドの血に連なる者以外だと神隠しに合う可能性がかなり高いですね」

 噂では、いや、伝承では、神隠しに会った人間は神の神殿で召使として取り立てられている、そう言うことになっている。

 だから熱心な信者程、この神殿に住みたがる。神に召し抱えてもらえる機会を望んで。

 けれども、戻って来た者はほとんどいないので、それが事実かどうかは分からない。

 ただ人が消える、その事実しか存在しない。

 リズウィッドの血に連なる者、要はこの領地の貴族であれば、神隠しに会うことは滅多にないし、命にかかわる様な事も起きない。

 それでも何かしらの干渉を受け、安眠はできないどころか悪夢にうなされることだけは間違いない。

 それが神殿の正宮と呼ばれる場所だ。

「ああ、だから護衛もお貴族様ってわけなの?」

 スティフィが気づいたようにその言葉を発する。

 そして、ブノアを筆頭とするルイーズの護衛達を次々に思い出していく。

 誰もかれもこの領地の貴族という身分の者達だ。

「ええ、まあ……」

 とルイーズが答えるが、その視線はブノアの顔色を窺っている。

 その顔色はあまり良くはない。

 明らかに、探るな、という顔をスティフィに向けている。

「ああ、探っているわけじゃないわよ? ただの興味本位、もうこれ以上は聞かないわよ」

 スティフィも慌てて取り繕う。

 ブノアというルイーズの護衛は、ただの護衛騎士というわけではない事はスティフィも理解している。

 少なくとも自分より強い、とスティフィは評価しているが、どれくらい自分より上なのか、それがスティフィにも見定められないでいる。

 まさに実力の底が見えない、という奴だ。

「ん? じゃあ、別にミアちゃんが泊まる分には平気なんだろ? 神様が認めたって言うんなら」

 エリックはブノアとスティフィのやり取りなど興味ないとばかりに話を続ける。

「その…… 秘匿の神は…… いたずら好きなんですよ」

 ルイーズは少し困った表情を浮かべながらそう言った。

「いたずら?」

 エリックがそう聞き返し、

「え? それってどっちの意味で?」

 スティフィはいろんな思考を巡らせて、その結果、直接そのことを聞く。

「スティフィ様の思っていないほうの意味ですよ」

 ルイーズは顔を赤くさせて答える。

 神々の中には確かに女好きの神もいる。

 だが、秘匿の神はそういった神ではない。

 目の前の少女、スティフィのように人をからかうのが好きなのだ。

 その趣向はまた別方向だが。

「ああ、そう。命を取られるってわけじゃないんでしょう?」

 スティフィは念を押してそれだけは確認する。

「まあ、そうですが、安眠は中々できないですね。代々リズウィッドの領主があまりこの首都にいない理由ですし、離宮がたくさんある理由でもありますよ」

 ルイーズはそう言って軽くため息を吐いた。

 まず間違いなく悪夢を見させられる。

 それもじわじわと精神的に来るような、そんな悪夢を見させられる。

「え? なんですか? なにかまずいんですか?」

 ミアも自分が考えていたよりも大事ではないのか、そうやっと考え始める。

「私からはなんとも。でも、私は離宮で過ごすのをおすすめしますよ」

 ルイーズはきっぱりとそう言うが、それでもミアが望むのであれば止めることはルイーズにはできない。

「ミアも離宮の方で寝なさいよ、その方が良いわよ」

 スティフィもミアにそう言うのだが、その言葉はミアに届いていない。

「こういう時の荷物持ち君…… は、神殿の外ですし…… あっ、アイちゃん様、戻って来たんですか? なにかまずいですか?」

 ミアはそう言って自分の左肩に無から突如浮かび上がって来たロロカカ神の御使いを見る。

 この秘匿の神殿に入った時から、ミアも気が付かなうちにその姿を消していた御使いが戻って来たのだ。

 他の神の領域なので遠慮しているのと、そう考えミアも特に気にはしてなかったが。

 けれど、この瞬間に戻ってきたと言うことは何かあるのだろう、ミアはそう思い御使いの大きな目を見る。

「好きにしろって事ですか?」

 ミアはその御使いの大きな目を見てそう理解した。御使いがそう言っているように思えたのだ。

 そして、アイちゃん様ことロロカカ神の御使いは再び、ミアの左肩から消え、その姿が見えなくなる。

「ミア姉様は、やっぱりあの御使いと意思疎通ができるんですか?」

 ルイーズがもう見なれたとはいえ、いきなりミアの左肩に現れ、そして、目の前で空中に溶けるように消えていった異形の御使いに言い知れぬ恐怖を感じながらミアに確認する。

「いえ、そんな気がしているだけで…… 確実なわけではないですよ」

 だが、恐らく御使いはミアに、好きにしろ、とそう伝えるためだけに姿をあわらしたのだ。

 ミア以外の人間からすれば、それは常識では信じられないことだ。

 どれだけミアが上位存在に大切にされているのかが分かることでもある。

「というか、あの目玉、いや、御使い…… さっきまでいなかったわよね? どこ行ってたの? また消えたし……」

 目玉と呼んだスティフィをミアが凄い勢いで睨んだので、御使いと言いなおした。

 そして、再び消えてしまった御使いの行方を気にする。

「恐らくですが、ここは秘匿の神の領域なので……」

 と、ミアに言われて、失念していたことにスティフィも気づく。

 ここは秘匿の神の領域なのだ。他の神の御使いが自由にしていて良い場所でもない。

 ロロカカ神の御使いが姿を隠すのも無理のない事だ。

 あまりにもあの御使いが普段堂々とミアの左肩にいたので、そのことがスティフィの頭から抜け落ちていた。

「遠慮してる? そりゃそうか……」

 御使いは御使いだ。

 他の神を攻撃するための先兵として生み出された種族ではあるが、他の神に対して配慮がないわけではない。




「じゃあね、ミア。生きていたらまた明日会いましょう」

 スティフィはそう言って正宮から早く立ち去りたい、と、そう素直に感じている。

 確かにここは他の場所、離宮などとは明らかに違う。

 自分が、いや、人間がいて良い場所にはとてもじゃないが思えない雰囲気がある。

 ミアの付き添いでとりあえずついてきたが、それすらも失敗だったと、ジュリーのように離宮で見送るべきだったと、そう思えるほどだ。

「酷いこと言いますね」

 と、ミアはそんな軽口を言っている。

 ミアにとってはそれほど居心地が悪いと言うことはないらしい。

 これも巫女の適正なのかと、スティフィは考えつつ、自身は既に逃げ腰だ。

 早くこの正宮から逃げ出したいとそう考えている。

「だって、ここ、私にもわかるくらい尋常じゃないわよ?」

 スティフィの素直な感想だ。

 間違いなく神に見られている。

 そう感じる場所だ。

「そうですね、もうおいでになっていそうですね、圧も感じます」

 ルイーズも普段以上の圧を感じ取っている。

 既に秘匿の神がミアに会いに来ているのだろう。

 自分達は早く立ち去るべきだと、ルイーズの直感が告げている。

「わ、私はもう戻ります…… 私は止めましたからね?」

 なので、ルイーズもそう言って足早に去ろうとする。

「大丈夫ですよ、ルイーズ様」

 だが、ミアは笑顔だ。

 笑顔でそう言っている。

 これだけの圧が、神からの圧がかかった空間で、平然としていられるミアがルイーズには理解できない。

「もう私に様はつけなくとも…… ああ、そろそろ限界です、色々と思い出してきました。ブノア、離宮に戻りますよ」

 ルイーズはミアに答えつつも、自身はふらつく。

 ブノアがそれを支えるが、ブノアの表情もかなり険しい。

 ルイーズを支えながら、正宮からの出口へと導いている。

「何を思い出したのお姫様?」

 スティフィも額に汗を垂らしながら、それに付き添うように歩き出す。

 強がりで軽口を言っているが、スティフィは走ってでもここから逃げ出したい、そう本心では考えているくらいだ。

「言うわけないじゃないですか、というか言えませんよ。ではミア姉様…… おやすみなさい」

 ミアが泊まる、自分の自室であるはずの部屋の入口から、既に異様ともいえる室内を見て、ルイーズはそう言って最後にもう一度だけミアを見る。

 ミアは笑顔だ。

 無理をしている様子もない。ミアにはこの圧を、神からの圧を全く感じていないようにしか思えない。

「はい、ルイーズ様」

 そう言ってミアはルイーズに手を振る。

 ルイーズには手を振り返す余裕すらないと言うのにだ。

「ですから、様はもう…… いえ、続きは後日にでも……」

 そう言って、ルイーズは自室を後にする。

 これ以上はこの場にいられそうにない。

「これはジュリーが正解だったわね、ついて来ないほうが良かったわね。じゃあ、おやすみなさい、ミア」

 スティフィも今回ばかりは、自分もついて来るんじゃなかったと、後悔している。

 死を恐れているわけではないが、それでも怖い物は怖いのだから。

「はい、おやすみなさい」

 ミアがニコニコの笑顔でスティフィとルイーズを見送る。


 その後、少しだけルイーズの私室を探検し、想像以上に使われた痕跡はなく、なにも面白い物を発見できなかったミアは早々に寝台に横になる。

 するとすぐに眠りにつく。

 そして、夢を見るのだ。

「ここは…… 街中? この都市の?」

 ミアは自分が夢を見ている、そう自覚しながら辺りを見回す。

 一面、赤褐色の街並み。

 ミアはその大通りに立っていた。

 人はミア以外は誰もいない。

 広大な街の中、その非常に大きな大通りの真ん中に、ミアは一人で立っていた。

 その大通りがどこまでまっすぐ伸びているのか、ミアが見ると町の外までまっすぐに大通りが続いているのが見える。

 ミアがその光景に見入っていると、どこからともなく声がする。

「そうだよ。ここは我が迷宮にして、おまえの迷宮だ」

 姿はないが、確かに昼間に聞いた秘匿の神の声だ。

「あっ、秘匿の神……」

 そう言ってミアはその場に跪く。

「頭を垂れる必要はない。これはただの夢だ。そして、ここは迷宮であり、おまえの心の迷いだ」

 声は優しくミアに語り掛ける。

「私の心の迷い……」

 そう言ってミアは大通りをもう一度見る。

 とても大きな通りで町の外までまっすぐに続いている。

 まるで迷いがない様にすら思えるほどだ。

 それは秘匿の神にとっても同様のようだ。

「まあ、普通の人間はもっと迷いがあるのだが。気持ち良いほど大通りがまっすぐに出口まで続いてしまっている」

「すいません」

 秘匿の神が少し落胆するように言ったので、ミアとしても謝るしかない。

「これでは褒美をやるようなことではないな」

 そして、秘匿の神は少し笑いながら、でも、残念そうにそう言った。

「す、すいません」

「おまえが謝ることではない。迷宮が複雑なら褒美にロロカカのことを少し話してやろうと思っていたが、これではそれに値しない」

 まるでミアの心を見透かすかのように秘匿の神はそう言った。

「うっ…… すいません」

 聞きたい、その気持ちをミアは何とか抑え込み、もう一度ミアは謝罪の言葉を述べる。

「いやいや、これはこれで面白い、良いものが、いや、珍しいものが見れたというものだ」

 そう発言する秘匿の神の言葉は確かに清々しいと言ったものが感じられる。

「そ、それならよかったです」

 ただ当のミア本人は何が良いのか分かりもしないが。

「だが、ロロカカのことを話すには値しない」

 そんなミアにその言葉がかけられる。

 それはミアを心から落胆させるに十分な言葉だ。

「は、はい……」

 見るからに落胆しているミアを秘匿の神は笑いながら見ているのか、

「そう落胆するな。それほどの神と言うことだよ、ロロカカは」

 と、声を掛ける。

「はい!」

 ミアもその言葉で元気づく。

「代わりというわけではないが、この迷宮から出られたら、と言っても、大通りをまっすぐ歩くだけだが、それでも迷宮は迷宮だ。褒美を与えよう。そう言うことになっているのでな」

 秘匿の神は笑いをこらえながら、これでは迷宮の試練でも何でもなく、ただの散歩だと、そう思いながら、ミアに褒美を与えることを約束する。

 それが自分で決めた習わしなのだ。

 本来なら、本当に迷宮のような街を永遠とも思える時間をかけて出口に向かう試練なのだが、これは試練でもなんでもない。

 そして、その迷宮は本人の迷いから生まれる迷宮なのだ。

 それを本人だけで解くのは非常に困難なことなのだが、ミアにはそもそも心の迷いがない。

 秘匿の神としてもこれは笑うしかない。

 そして、流石はあのロロカカが選んだ人間であると、そう認めざる得ない。

「ありがとうございます」

 ミアは確かに姿の見えないはずの秘匿の神にむかい頭を下げた。

 そのことに秘匿の神は再度驚かされる。

 見えてはいないはずなのに、感じ取れるのだろう。

「起きたら持っていくが良い。では、張り合いはないが出口へと迎え」

 たかが人間に二度も、いや、昼間の邂逅で、庭園に足を踏み入れられた事にも驚かされたので、一日に三度も驚かされことを秘匿の神は喜ぶ。

 なら、褒美もそれなり物を与えなければならない。

「はい!」

 ミアは元気に返事をし、町の出口へと足を向けた。

 この迷宮は迷宮にはなりえない。

 すぐに出口へとたどり着くだろう。




「今度はミアちゃん達、フーヘラッドにいるみたいですねぇ」

 アビゲイルはそう言って、焚き火に枝をくべた。

 生乾きの枝は燃えはするが、やたらと煙を出し始める。

「ディアナは今日、何か食べましたか?」

 白竜丸の世話をしながら、マーカスはアビゲイルに聞く。

「ええ、今日はお粥を一杯食べてましたよぉ」

 すっかりディアナの世話係になったアビゲイルはそれに答える。

 世話係と言ってもほとんど寝ているので世話するようなこともないのだが。

「そうですか、それはよかった」

 最近食事の量も減ってきているディアナを心配しつつマーカスが笑顔で答える。

「白竜丸ちゃんのほうは?」

 アビゲイルがディアナの世話係なら、マーカスは白竜丸の世話係だ。

「今の白竜丸は聖獣ですよ? 食べ物など本来ならもう必要ないですよ。ないですが、まあ、野鳥の類を数匹丸呑みにしていますね、今日だけで」

 特に白竜丸は冥府の神の聖獣だ。

 無駄な殺生は嫌うはずなのだが、食欲には勝てないようだ。

 いや、食事を無駄な殺生とは考えていないだけかもしれないが。

「文化的な生活が恋しいですねぇ」

 白竜丸の大きな体を布で拭いているマーカスに向かいアビゲイルは提案する。

 そろそろ町かどこかで一休みしないかと。

 強い欲望を込めてそう発言したのだ。

「それはそうですが、我々は神々の使命で動いているんですよ、そうも言ってられないじゃないですか」

 マーカス自身もそうなのだが、今、ここにいる三人の人間はそれぞれ神は違えど、神から使命を授かった人間達なのだ。

 使命を全うしないわけには行かない。

 それにはミア達に気づかれずにあとをつけなければならない、ディアナの話ではそうらしいのだ。

「それなんですよねぇ。町によっても買出しだけして、すぐにミアちゃんを追わなければならないのは流石に辛いですねぇ」

 アビゲイルはそう言ってため息を吐く。

 別にアビゲイルにとって辛い旅というわけではない。

 それでも、つかずはなれず後を付いて行かなければならない。

 どうしても野宿が多くなり、文明的な生活が恋しくなるのは仕方がないことだ。

「ディアナが、正確にはディアナに憑いている御使いの許しが出たらですが、そろそろ一度どこかで休むのも確かにありですね」

 マーカスはそう言いつつ、それを、人間の都合を御使いが理解してくれるとは思えない。

「我々はともかくディアナちゃんは…… 平気ですねぇ、なにがあってもこの子だけは命尽きるその時まで無傷でしょうし」

 アビゲイルはそう言って今も白竜丸の座席で眠っているディアナを見る。

 寝てはいるがこのままここに置き去りにしても、ディアナは平気だ。

 あるべき時、いるべき場所にたどり自ずと着いているはずだ。

 今は運んでくれるから寝ているだけで。

 アビゲイルにはそのことがよくわかっている。

 今のディアナは運命に生かされている。人の手でそれを手伝うことが出来ても、その運命を変えるほど干渉する事はできない。

「ほとんど寝ているようですが大丈夫ですか?」

 ただマーカスにはそこまでの事はわからない。

 ずっと寝ているディアナを心配している。

「流石の私も分かりませんよぉ。御使いが人にここまで憑いた例なんてほとんどないですよぉ」

 更にディアナの場合は神憑きを経て、御使いに憑かれている。

 魔術的に、分類するならだが、ディアナの場合は悪魔憑きに分類される。

 まあ、一般的に見るなら、天使憑きと言ったところだが。

 通常はここまで強く御使いに憑かれるようなことはない。

 それだけディアナの資質が高く、強い使命を持っていると言うことなのだろうが。

 だが、それは人としての終わりを意味している事だ。

 もうディアナを人間と言って良いかどうか、アビゲイルにも判断はつかない。




 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!


 すっかり前回、前々回とアイちゃん様の描写を忘れてた……

 アイちゃん様は御使いなので、他の神様の領域では遠慮して姿を消していました……

 マルグリットさんがアイちゃん様に触れなかったのは、見えていなかったからです。

 そう言う設定だったはず……?

 あれ、触れてなかったよね? 最近、ちょっと忙しくてちゃんと読み返せてなくて。


 

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