旅は道なりではなく世は情けない その6
「結局、最後まで仕分けはさせてもらえませんでした」
馬車に揺られながらミアはしみじみと愚痴る。
ミア達はあの後、新シトウス砦、いや、旧シトウス砦跡地をすぐ後にした。
騎士隊から追い出されたわけではないが、ただでさえ問題を抱えている騎士隊に、これ以上問題を抱えさせてもかわいそうだ、というフーベルト教授の判断からだ。
そのフーベルト教授自体、キシリア半島に遺跡、いや、過去の神殿を見つけて浮かれていたのだが、その神殿の調査も当然打ち切りだ。
ニコニコと笑顔を浮かべているのは、一つの鉢植えを大事そうに抱えているサリー教授くらいのものだ。
後は、全員がどこか不満げな表情を浮かべている。
「ミア、まだそんなこと言っているの?」
そう言うスティフィの顔も不満気だ。
スティフィはなんだかんだで騎士隊から報酬が出ると踏んでいた。
実際、騎士隊は報酬を用意していたのだが、フーベルト教授がそれを迷惑をかけたからと断っている。
まあ、それを断った本当の理由は、サリー教授が抱えている鉢植えが原因なのだが。
「ミアさんは万物強化の魔法陣は覚えたんですよね?」
それだけでも十分な報酬といえるのに、それ以上の物も求めていたのかと、ジュリーはスティフィにではなくミアに確認する。
万物強化の魔術は、今は失われた伝説の秘術ともいえる魔術だ。
使用する上で制約がどうなっているのか、不明なので使うには危険すぎるが、危険を顧みないのであれば使用することはできる、はずだ。
ミアはそれを安全に使用できるように、再翻訳しようと試みてはいるが、それはおいそれとできる話ではない。
それはミア自身わかっていて、本人も勉強になるからとやっているに過ぎない話だ。
「はい、覚えてます。もう書き写していますし、解読の方も少しずつですが始めていますよ」
と、ミアは当然とばかりにそう言った。
複雑な図形となっていて、さらに複数の神与文字で書かれている魔法陣だ。
それを見て正確に覚えられるミアの記憶力の方がおかしい。
それどころか、解読するだけでも容易ではない物を翻訳までしようというのだから、ジュリーからするとできるできないにかかわらず凄い事だと感心せざる得ない話だ。
「流石ですね…… よく覚えられますね、魔法陣なんかを」
ジュリーは素直に感心しながらそう言った。
常人では絶対に辿り着けない領域な事だけは確かだ。
少なくとも魔方陣を丸覚えする人間はあまり聞かない。
それもミアのように複数の魔方陣を短時間で、となると、ジュリーからするとミアくらいしか知らない。
「というか、結局、俺らは教授が二人もいるのに追い出されたって感じ?」
そう言ったのはやはり不満げな顔をしたエリックだ。
エリックとしては、あれだけ労働して手伝ったのに逃げだすように出て来たのが、どうしても気に入らないらしい。
エリックからすると報酬うんぬんよりも、そちらの方が気に食わないようだ。
それに関しては、フーベルト教授も面目ないとしか言えない。
ただ、追い出されたわけではなく、迷惑をこれ以上かけないように自ら出ていったという方が正しいのだが。
実際、あのままシトウス砦に残っていたら、更に問題は大きくなっていた事だろうし、それによりサリー教授の笑顔すらなくなっていたかもしれない。
「そうですね。力が及ばず申し訳ない」
素直にフーベルト教授はエリックに謝る。
そうすると、エリックの方もそこまでは求めていない、と言った表情になる。
エリックとしてもフーベルト教授が素直に謝るとは考えていなかったらしく、少しバツが悪そうな顔をする。
「まあ、騎士隊としては、これ以上問題ごとを抱え込みたくなかったんでしょうね。なにせ古老樹だもの」
スティフィがそんなことを言って、場を柔らかくする。
スティフィがそんな事をするのは、ミアの機嫌取りの為に過ぎない。
場の雰囲気が悪いと、ミアがふさぎ込んでしまうかもしれない、そう思ったからだ。
なにせ結局はミアが原因だからだ。
仕分けの仕事が中途半端だったのも、報酬を受け取れなかったのも、エリックなりに真面目に働いたのに評価もされなかったのも、見つけた神殿の調査も打ち切るしかなかったのも、ミアが原因ではあるのだ。
ミアがその辺の植物を古老樹化できるだなんてことを、割と気軽にやってしまったことが原因なのだ。
そのことで誰もミアのことを責めはしない。
というか、ミア自身、自分が原因だと気づけてもいない、それでも一応はスティフィはミアを気遣って見せたのだ。
ミアが自分が原因だったと気づいてしまった時、自分をよく印象づけるために。
それは打算的な行動からだ。
けれど周りの者も、恐らくミアもなにかの打算的な行動だと気づいているので、あまり意味のない行動ではあるのだが。
だが、それでもスティフィの意図はわかるので、皆一様に黙り、それにより逆に微妙な空気が流れだす。
そんな中に一人だけ隠せないほど笑顔の人物がいる。
サリー教授だ。
サリー教授は愛おしそうに抱えた鉢植えに植えられているラダナ草を見ている。
それはもちろんミアにより一度、古老樹化したラダナ草だ。
「というか師匠、その鉢植え…… 魔術学院に送ってもらったんじゃないんですか?」
沈黙に耐えられなくなったジュリーはそのことを聞く。
そのはずだった。
流石に一時期とはいえ古老樹化した植物を、魔術学院の教授とはいえ一個人に託すことはできないというのが、騎士隊での見解で魔術学院のサリー教授の研究室宛に送る、という話にまとまったはずだった。
サリー教授も魔術学院に送る、と言うことで納得していたはずだった。
なのに、送ったはずの鉢植えを、サリー教授は今も大事そうに抱えているのだ。
「すり替えて…… おきました…… 学院には、欲しがる人が…… 多そうなので……」
そう言って、サリー教授はニタリと笑った。
普段のサリー教授からは想像もできないほど、欲望にまみれた笑顔だ。
スティフィはその笑顔を見て、確かにこの人はオーケン大神官の娘だと、そう思ったくらいだ。
「まっ、まあ、そうですよね。グランドン教授やマリユ教授は欲しがりそうですよね……」
そう言われたジュリーもそれには同意だ。
恐らくグランドン教授は金に物言わして正面から交渉してくる。それでもサリー教授としては押しの強いグランドン教授の相手をするのは骨が折れることだ。
マリユ教授は、確かにサリー教授と仲が良い。が、それでもマリユ教授はマリユ教授だ。
しれっと素知らぬ顔して、鉢植えをすり替えることくらいやってくるだろう。
「あと、父も……」
と、サリー教授が付け足す。
まず間違いなく動くはずだ。
そして、一番危険な人物だ。娘は大事にするオーケンだが、娘の物まではそうではない。
むしろ、娘の物も自分の物とそう考えるのがオーケンだ。
「あー、そうですね……」
ジュリーとしては、半笑いの表情を浮かべるしかない。関わりたくない相手だ。
「欲しいなら量産しますけど?」
その様子を見たミアがポツリとそんなことを言った。
そんなに欲しいならと、ミアは親切心でそう言ったまでだが、それを聞いたサリー教授は慌てだす。
「むっ! むやみやたらと! その力は…… つ、使わないで、くっ、ください!! た、大変なことになってしまいます!!」
実は古老樹には縄張という物がある。
それが本当かどうかはともかく、少なくとも人間はそう考えている。
古老樹が一本、大地に根を下ろすとその地域には他の古老樹は現れないと、人間の間ではそう言われている。
それを裏付けるかのように実際に同じ地域で古老樹が複数本確認されたことはない。
なので、荷物持ち君も本来は普通の樫の木として生まれて来るはずだった。
いや、大地に植えていれば、そうなるはずだったのだ。
それを神の手で苗木として取り上げられ、ミアに与えられたのだ。
泥人形だけに根を下ろしている荷物持ち君は、朽木様の領域でも、いや、だからこそ古老樹として存在していられるのかもしれない。
そう言う意味では、サリー教授が大事に抱えているラダナ草もそうなのだが、古老樹のいない土地へともっていけば、このラダナ草が将来的に古老樹化する可能性は十分にあるのだ。
それもあってサリー教授はこの鉢植えをすり替えたのだ。
これから向かう場所は辺境中の辺境だ。
そこに古老樹がいなければ、その地にこの鉢植えを植えるつもりでいる。
自然魔術の専門家としては、大地の管理者と呼ばれている古老樹を自分の手で育てる以上に光栄なことはないのだ。
オーケンやマリユの手に渡れば呪術の触媒にされたり、呪具にされたりと碌なことにはならない。
グランドン教授の手に渡れば使い魔にされるどころか、大事に保管されてそのまま使われない事すらもあり得る。
サリー教授としては、この古老樹になるかもしれないラダナ草を育てる事は自分の教授人生をかけるに値する宝物なのだ。
まあ、その宝もミアにかかれば、量産できてしまうのだが。
ただ、それは危険な行為でもある。
同じ地域に二本目の古老樹は生えたらどうなるのか。
それは古老樹同士の争いになると言われている。
実際に古老樹同士が争ったという、その記録はないのだが、そう噂のように囁かれている。
そうなると地脈は乱れ、大地は荒れ果ててやがて砂漠になる。
事実かどうか、それを人の身では確かめられないが、少なくとも、それが通説となっている。
この辺りは力ある古老樹、朽木様の土地なのでそんな事にはなりはしないが、それでもおいそれと古老樹の候補を作り出すことは危険な事だ。
恐らくではあるが、この地の古老樹、朽木様が、その名の通り本当に朽ちたとき、その跡を継ぐのは、朽木様の子である荷物持ち君になるはずなのだから。
朽木様に貰った力とはいえ、おいそれと使って良い力ではないだろう。
「はっ、はい……」
サリー教授の剣幕に、ミアも驚きながら頷く。
何も説明されていないミアには、何がいけなかったのか、それが理解できないままだが。
そんなことをどうでもいいとばかりに、エリックが口を開く。
「なぁ、で、次はどこ向かうんだ?」
と。
それに乗っかるように、フーベルト教授が後でミアにも分かるように説明しておかねばと考えながら答える。
「この領地の首都ですね。まだ途中に小さな町などはありますが、とりあえず首都のフーヘラッドへと向かいます。最短ではないですが、やはり街道に沿うのが安全ですので」
首都と聞いて、ミアの目の色が変わる。
「神殿都市…… 気になります。神殿を見学できないでしょうか?」
目を輝かせてミアは期待に胸を膨らましている。
ミアはやはり自分のしでかしたことに気が付いていないようなので、スティフィも安心する。
なにせ、ミアが落ち込んだら慰めなくてはいけないのはスティフィ自身だからだ。
落ち込んだミアを慰めるのは何か気を使わねばならないので、めんどくさいのだ。
「ルイーズの家よね? 姉ですって言えば入れるんじゃないの?」
そんな事、言わなくても領主でありミアを娘と思っているルイがいれば良いのだろうが、ルイも今はシュトルムルン魔術学院の方にいる。
リグレスやその周辺の復興の為に、そちらの方が便利だからだ。
そうなるとフーヘラッドにいるのは恐らくルイーズの母くらいのものだろう。
ルイーズの母がミアを見てどう行動するのか、スティフィには少し興味がある。
後先考えないのであれば、面白いものが見れるのではないかとはそう思うのだが、スティフィの立場的にはあまり良くはないだろう。
「姉じゃないですよ」
と、ミアはそれを否定する。
ミア自身そう考えているし、貴族や領主という地位にも興味はない。
自分には関係のない事だと、そう本気で思っている。
「家って…… でも、ルイーズ様もあまり居たくない場所って言っていましたよね?」
ジュリーはそう言いつつも、自分の家は、まあ、家だったと、隣に住む正真正銘の農民の家と、そう変わりない家だったと、その事実を思い出す。
だが、ルイーズは、この領地は違うのだ。
南側で、一番裕福で発展した領地の領主の城であり神の神殿なのだ。
それを、家と言ってよい物かどうか、ジュリーには判断が付かない。
ルイーズが余り神殿にはいたくない、そう言っていたことよりも、ジュリーはそちらの方が気になってしまう。
「そういやそんなこと言ってたわね…… 秘匿の神の神殿だけあって、あんまり私にも情報入ってこないのよね」
何もかも覆い隠す秘匿の神。
それがこのリズウィッド領地の主神だ。
そんな神の神殿だけにあまりその情報も入ってこない。
ダーウィック教授が裏で領主と提携を結び相互不干渉であるというのもあるが。
スティフィにもリズウィッドの情報が入ってこないと言うことは事実だ。
ミアはロロカカ神以外の神の存在を知り、ロロカカ神以外の神にも興味が出てきている。
ただ、その根底にあるのはロロカカ神への崇拝からだ。
自分はあまりにもロロカカ神のことを知らなかった、そのことに気づいたミアは他の神を比較することでロロカカ神を間接的に知ろうとしているのだ。
「気になりますね! そういえば、フーベルト教授は遺跡を発見したんですよね? どんな遺跡だったんですか?」
そんなミアだ。
キシリア半島の神にも興味がある。
その調査を自分のせいで打ち切ることになったとは気づけていないので、そんなことをフーベルト教授に聞いたりもする。
ただ、フーベルト教授もそのことは気にしていない。
そもそも、今はミアに付き添ってロロカカ神に会いに行く旅の途中なのだ。
いくらゆっくり帰ってこい、と言われていても、流石に遺跡の調査は寄り道が過ぎるという物だ。
キシリア半島の神殿は帰ってきて、また調査したらよい話なだけだ。
魔術学院からもそれほど遠いというわけではない。
「もう朽ちていましたし、恐らくは闇の小鬼の仕業でしょうね。かなり破壊もされていましたが、良い発見でしたよ! 秘匿の神の恐らくは従属神で、本や知恵なんかを司る知識の神の一種なんじゃないでしょうか…… もう少し詳しく調べられたら良かったのですが」
フーベルト教授はそこまで一気に言って、言葉を止める。
ミアはそんなことは気にせずに、更に質問する。
「でも、その神様はもう信仰されてないんですよね? 闇の小鬼を封じ込めれるために自分の土地を貸し出してくれたのに」
と。
ミアの言う通りでキシリア半島の神の名は記録にも残っていない。
長い年月の間に失われたのか、わざと秘匿され隠されたのか、今となってはそれも不明だ。
あのままフーベルト教授が遺跡となった神殿を調査していれば、その神の名くらいは判明したかもしれないが。
「そうですね、土地を失った事で信仰は途絶えてしまったようですね…… とても残念です」
間違いなく知識の神ではあると残されていた神殿をフーベルト教授が調べた限りではわかっている。
そこにあったはずの様々な知識もその神殿と共に失われているが。
だが、ミアが気にしたのはまた別の事だ。
「そういった神様ってどうなるんでしょうか?」
信仰されなくなり、人と関わらなくなった神はどうなるのだろうか。
ミアにはそっちの方に関心がある。
「神は神よ。人に信仰されなくたって関係ないでしょうに」
と、スティフィがミアに茶々を入れる。
だが、それにフーベルト教授が同意する。
「ですね。神は神です。名を変えて、また別の神となり既に人前においでになる、と言うこともあります。神は、神族はなぜか人と関わりたがりますね」
そう言ってフーベルト教授自身、その理由を考えだすがその答えは出ない。
人間は神の所有物ではあるので、神からしたら自分の所有物の様子を見ているだけなのかもしれない。
もちろんフーベルト教授はその答えを、一般的な回答を知ってはいるが、それだけではないように思えるのだ。
「なぜ神様は人に力を貸してくれるんでしょうか?」
ミアの疑問は尽きない。
神々は人間にさほど興味はない。それもまた事実だ。
だが、人が願えば神々は力を貸してくれる。
中には例外もいるが、ほとんどの神は人にとって友好的ではあるのだ。
「なぜって、法の神がそう定めたからよ。だから、地の精霊は人間に友好的だし、天と海の精霊はそうじゃないのよ。すべて法の神が定めたからよ」
それにスティフィが当然とばかりにそう言った。
そして、それは本当にそうなのだ。
それが一般的な魔術師としての回答だ。
この世界の法を作った神が、そう決めたからそうなったのだ。
「では、法の神ってなんなんですかね? 神代大戦の時にいきなり現れたって教本には書かれていましたけど、神代大戦前にもいたという記述も存在しているしで……」
ミアはそう言って頭を捻る。
法の神は神代大戦をまるで終わらせるかのように降臨し、光の勢力と闇の勢力の神々の戦いを中断させている。
だが、それ以前の記録にも、法の神の名はあちらこちらに出てきているのだ。
しかも、どれもこれも信憑性のあるものなので、それを研究している学者たちの間でも、その答えは出ていない。
「その辺は本当に曖昧ですね。一応は学会では、ですが、神代大戦の時に降臨し、神代大戦を終わらせ、世界の理を決めていったというのが見解ですね」
ただそれでも一応の通説という物はあり、それはフーベルト教授の言った通りの話だ。
神代大戦前には法の神は世界に存在していなかった、そう言うことにはなっている。
ただ、それを否定する材料は山のように存在している。
「あー、あの神話ですよね。一週間の」
ミアはそう言って、この世界の創世神話という物を思い出す。
「そうよ、その時、唯一、法の神に立ち向かったのが、我らが暗黒神よ!」
そして、スティフィが得意そうにそう言った。
「そのせいで、神の曜日が、日曜日と月曜日になったって聞いたぜ?」
エリックも話に入ってくる。
エリック的には神話には興味ないが、暇なので、と言った感じではあるが。
「まあ、それも諸説ありますが、法の神と暗黒神が戦っていたので神々の名を呼ぶのに二日になってしまった、というのが、やはり通説ですね。他の有力なのは神々の数が多かったから、何てのもありますね」
創世神話には、法の神と暗黒神が戦ったなどと言う事は書かれていない。
だから、諸説、通説、としかフーベルト教授としても言えないのだ。
ただ、デミアス教でも暗黒神は法の神と戦い負けた、と言うことになっている。
暗黒神を崇めるデミアス教がそれを、崇める神が負けたのだと、そのことを、不利なことを事実と認めているのだがら、恐らくは事実なのだろう。
「主に男神が日曜種で、女神が月曜種なんですよね」
ミアはそれも疑問だ。
公平なはずの法の神が、男神や女神だかと呼ぶ順番を決めるというのも。
ミアの質問に、フーベルト教授は笑顔で答える。
「その辺は、あまり気にしないほうが良いですよ。男神でも月曜種や女神でも日曜種に分類されている神は多いですし、そもそも、人間がそう分けているだけなので意味はないですよ。神々は神々ですよ」
そもそも、日曜種だ月曜種だ、というのもあまり意味はないし。
金曜種など、その存在も明らかになってもいない。
「ふむぅ……」
ミアは納得できないような表情を見せる。
「納得出来なさそうな顔ね、ミア」
スティフィがそう聞くと、
「ロロカカ様は日曜種なのか月曜種なのか、気になりまして……」
と、ミアはそんな事を言い出す。
「そう言えば、ダーウィック大神官様にそう言って食って掛かってたわね……」
「だって、そのせいでロロカカ様が呼ばれるのが遅れたら、嫌じゃないですか!」
と、ミアは頬を膨らませてそんなことを言った。
スティフィをそれをミアらしいと、呆れて見せる。
「ロロカカ神が古代神なら先に呼ばれていた可能性が高いですよ」
そこへフーベルト教授がそう言って、ミアを落ち着かせようとする。
ミアはロロカカ神の事になると、すぐに熱くなりすぎるのだ。
「そうなんですか?」
もちろん、ミアはそれに食いつく。
「これも諸説あるので、それを念頭に置いて置いてくださいよ? まず重要な役割を持つ神の名を呼び、次に法の神は自分の身近にいる神を順々に呼んでいったという、そういう説もあります」
これもあくまで説の一つだ。と、念の押してからフーベルト教授はそう言った。
「古代神なら…… あれ? でも古代神って、神代大戦前と後に現れた神様でわけるのですよね? じゃあ、その場にいたのは全員古代神なんでは?」
だが、ミアには新しい疑問が生まれる。
「それも…… 諸説あるというか、そもそも分類が曖昧なんですよね。古い書物はどうも矛盾が多くて……」
古代神という定義も曖昧だ。
その根本にあるのが、世界ができる前、元からいた神が古代神、世界が出来た後やって着たり生まれたのが、その他の神、なのだが、では、いつ世界ができたのか、という話になる。
法の神の力が尋常ではないことから、この世界に法が出来た、その時が世界創世の時だという一つの考え方がある。
だから、創世神話は創世神話と呼ばれ、法の神の話なのだ。
だが、それ以前に世界がなかったのかと言われると、そんな事はない。
この世界自体は創世神が創り、創り終える前に創世神はどこかへと消えた、とされている。
それは法の神も同じで、この世界の法を創り、そして、いずこかで眠りについた、とされている。
なので、この二柱の神を同一視する者や、夫婦神であるという者も少なくはない。
「古代神は…… 元から存在してた原初の神、と、いう説も…… あるんです……よ」
サリー教授がフーベルト教授を助けるように付け加える。
「おお! きっとロロカカ様はそうですね! 偉大な神ですので!」
ミアはそう言って拳を作って力強く握り込む。
「実際、ボクもそう思いますね…… 力の強さも他の神々の対応もなにかと特別なので、十分にあり得ますね」
特に他の神の対応が、ロロカカ神に対しては異様すぎる。
何かしら、神としても重要な役割を持つ神であることは間違いはない。
その神に、これから会いに行くのだと思うと、フーベルト教授は恐ろしいと思う反面、楽しくて仕方がないのだ。
「ああ、また面倒ごとがやってきやがったか……」
その言葉は、トラヴィスの口から自然と漏れ出た。
外が騒がしいとそう思って天幕から出てきてトラヴィスが見たものは巨大で真っ白く竜のような生物だった。
その背にまたがっている人物にトラヴィスは覚えがある。
そして、トラヴィスとしてはとても嫌なことに、その白い生物の前進に刻まれている刺青とも紋様とも取れる印にも覚えがある。
自ら信仰している神により刻まれた紋様でまず間違いがない。
濃密な死の気配を、冥府の気を発している。
死を避けるために、人として生きるために、それを避けるためにトラヴィスは、そのことを知っている。
だから、トラヴィスには白い鰐が、白竜丸が、死の獣そのものに思える。
以前、マーカスに見せてもらった幽霊犬もそうだが、それ以上に、あの白い獣は死の気配が異様に強い。
「おや、こんなところでトラヴィスさんに会うとは奇遇ですね」
竜のような白い死の獣、鰐の白竜丸に乗ったマーカスはトラヴィスに気づき声を掛ける。
トラヴィスという人物は、マーカスからしてみればカーレン教授に紹介された冥府の神の信徒だ。
色々と相談に乗ってもらった過去がある。
だが、その相談も今となっては無意味な物となってはいるが。
「マーカスよ…… その獣から主の力を感じるぞ……」
トラヴィスは恐れながらもその場に跪いて、白竜丸を仰ぎ見ながらそう言った。
そして、その後、額を地面につけ両手の掌を上にして投げ出して見せる。
この地方に伝わる冥府の神への挨拶の一つだ。
「はい、この白竜丸は冥府の神の聖獣となりました」
その様子をマーカスは白竜丸に乗りながら見て答える。
そんなマーカスを、トラヴィスは地面から仰ぎ見て、
「お前とその聖獣、ただならぬ縁を感じるが?」
と、鋭い視線でそういった。
あれだけ忠告したのも関わらず、マーカスは死に近づきすぎたのだ。
「ええ、まあ。俺も色々ありましてね」
と、マーカスはそう言って細い目を更に細くして笑う。
「あれ程、深く関わるなと言っていたのに…… おまえ、自分がどうなるか分かっているのか?」
トラヴィスは確認するようにマーカスに問う。
「もちろんですよ。ただ冥府の神は義理堅い神ですよ、本当に」
マーカスももちろん分かっているとばかりにそう言った。
「そうか、理解していているならいい。だが、私には関わらないでくれ」
そう言ってトラヴィスは立ち上がる。
「そうですね、トラヴィスさんと関わると迷惑をかけますね。けど…… なんで、ここの騎士隊は殺気だっているんですか?」
と、マーカスはトラヴィスに聞いた。
確かに白竜丸は一見して竜にも見える生物だ。
けど、竜は始祖虫を倒してくれた存在でもあるはずだ。
白竜丸は竜ではないが、ここまで警戒される理由がマーカスにはわからない。
「つい先日、ラダナ草を古老樹化させた少女がいてな。そう言えば、お前と同じ魔術学院の……」
と、トラヴィスもそこまで行って気づく。
すべては、あの娘、ミアに繋がっているのだと。
「ああ、ミアですね」
と、マーカスは嬉しそうにそう言った。
「私達もミアちゃん係なのでぇ」
で、同じく白竜丸に乗る女、アビゲイルが、やはり嬉しそうにそう言った。
「トラヴィスさん、悪いのですが騎士隊の方に口をきいてもらえますが? 我々は神の、いえ、神々の使命を受けているので急がないといけないんですよ」
マーカスがトラヴィスにそう言うと、
「直接言ってくれ、この間信用を失ったばかりだ。取次はしてやる」
とだけ、トラヴィスはそう言って、ここの騎士隊の責任者いる天幕へと向かい歩き出した。
「なんか迷惑をかけたようですいませんが、まあ、お願いします」
マーカスはそう言って、白竜丸から降りた。
アビゲイルは寝ているディアナを抱きかかえているので、白竜丸に乗ったまま、騎士隊を見下ろして楽しそうな表情を浮かべただけだ。
恐れ戦く騎士隊を見下ろすのはとても気分が良いと。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
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Q.一時的に古老樹化した植物は本当に危険?
A.既に古老樹がいるような土地では危険ではないです。古老樹がいない土地であれば古老樹化する可能性は十分にありますので、ある意味危険です。
ついでに本文の中で、古老樹同士が争うという文がありますが、争いません。
なんなら、同じ土地に古老樹が同居することもありますが、時間がたてば片方の古老樹が開いている土地に移動していきます。
古老樹はそう言う生態をしています。
生態というか、彼らは神に管理されているこの世界のシステムの一部のような存在です。
Q.なら、あの場でミアの言うように量産しても平気だった?
A.はい、平気です。古老樹的にはですが。
主に呪術の物凄い触媒になったりするので人間的にはあまり平気ではなかったりします。
特にマリユやオーケンの手に渡ると(既にわたっているが)、基本的に碌な事にはなりません。
古老樹は呪術に強い耐性がある → 一時的にとはいえ古老樹になったのでその植物にも呪術に対する強い耐性が宿る → なので、より強力な呪術をたくさん詰め込むことができる。
といった感じです。
ついでに鰐は、呪術に対してほぼ完全な免疫を獲得しているので、逆に触媒には不向きです。
耐性が高すぎて呪術の触媒として機能しなくなります。
そんな設定。




