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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
旅は道なりではなく世は情けない

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旅は道なりではなく世は情けない その3

 ミアとスティフィに加え、翌日からはジュリーも埋もれた図書室から本を持ち出し、仕分けする作業をすることとなった。

 ミアが埋まった部屋に入り本を入口まで運び、それをスティフィが入り口で受け取り、ジュリーが内容を見て仕分けする。

 そう言った感じだ。

 それを延々と作業する。

 一番大変なのはやはりミアだ。

 埋まっていると言っても、部屋自体がかなり斜めになっているし、ミアが床として歩いている場所は、もともとは壁だった場所でどうにも歩きにくい。

 その内部も本棚が積み重なるように乱雑に倒れているし、本もそこら中に投げ出されている。

 いつこれらが崩れて来るか、いや、部屋自体が崩れるかもわからない環境下での作業になっている。

 しかも奥の方は昼でも光が届いていない。

 そんな場所での作業なのだ、肉体的にも精神的にもきつい。

 スティフィは左手が動かないので、縄を伝わらなければ降りられない図書室に入っても本を持ち出せない。

 ジュリーはどんくさい自分が入ると、本の雪崩を起こしそうだから、という理由で図書室に入ることを拒否した。

 ジュリーの言葉に、確かに、と、ミアもスティフィも納得している。

 ミアは埋まった図書室で、積み重なった本のなるべく上側から本を取る。

 本と言っても一冊一冊がかなり大きく、その大きさも形もてんでばらばらで、一度に一冊、頑張っても二冊程度しか持っていけない。

 そして、その大きな本を持って入り口から吊り下げられた縄につかまり、荷物持ち君に引き上げてもらう。

 引き上げてもらうと言っても、その間、本を抱え込むようにしないと本を途中で落としてしまう。

 そして、引きあげられた後も、縄に捕まりながらスティフィに本を取ってもらわないといけない。

 本当に大変な作業だ。

 それを朝から続けている。

 昼になり一旦昼食と休憩をと騎士隊により貸し出された天幕に戻る。

「あぁぁぁぁ、疲れました。あと手が痛いです」

 そう言ってミアは昨日と同じように上半身を机に投げ出す。

 そして、そのまま少しの間だけ動かなくなる。

「お疲れ様、ミア。午後は休む?」

 それを見たスティフィがミアに声をかける。

 流石のミアもかなり疲れているようだ。

「いえ、やります。本をあのままにしておくのはなんだか気が引けますし」

 けれども、貴重な本がたくさんダメになってしまうと思うと、ミアとしても居てもたってもいられないようだ。

 そうして、机から何とか身を起こす。

 そこへジュリーがミアの分の食事も運んでくる。

 ミアの仕事ぶりを見て、せめてこれくらいは、と食事を運んできたのだ。

 騎士隊から配給される食事で、様々な野菜や肉を動物の乳で煮込んだ煮物だ。

 トロトロになるまで煮込まれているものでかなり汁気もあり、ほんのりと乳の甘い良い匂いの中に香辛料のピリリとした香りも漂ってきている。

 とても旨そうだ。

「そう言えば、さっきミアさんが引き上げた本の中に壁の生成方法が書かれた本がありましたよ」

 ミアの前に出された煮物に、ミアがそれに目を奪われ、涎を出し始めているのを見ながら、ジュリーはそのことも伝える。

 ミアの視線は完全に美味しそうな煮物に固定されながらも、ジュリーの言葉も気になる。

 午前中に運び出した本の中に、長年闇の小鬼を封じ込めていた壁の生成方法が記された本があったのだという事に。

「え? 闇の小鬼を封じ込めていたという壁のですか?」

 ミアが確認のために聞き返す。

 だが、ミアの視線はやはり受け取った煮物に釘付けだ。

 視線は煮物に釘付けだが、顔の向きだけ器用にジュリーの方を向いている。

「はい、なので、第一目標は達成ですよ」

 そして、それをジュリーが認める。

 騎士隊に言われていた第一目標は達せられたのだ。

 もうこの地には闇の小鬼はいなく、必要ない物ではあるが、少なくても数百年単位で闇の小鬼を封じ込めておけた実績のあるものだ。

 他の闇の小鬼のいる場所で流用可能かもしれない。

 恐らく図書室の原形が残っているのも、この技術の応用の成果なのかもしれない。

 建築技術としてもかなりの技術だろう。

 いや、そもそもそれが建築技術というわけでもないのかもしれないが。 

 後はこの技術がどこから、いや、どの神からもたらされた物で、利用条件はどうか、それを確認しなければならない。

 それらを知っていた者達は始祖虫と闇の小鬼達によりいなくなってしまった。

 ただ、魔術は技術でもある。

 利用条件次第では、その本を、その本に描かれている魔法陣さえ覚えられればミア達にすら利用できるかもしれない。

 その魔法陣もミアが午前中に持ち出した本に記されているはずだ。

 ミアの興味が湧くのも無理のない話だ。

「じゃあ、今日は仕分け作業する? ミアもいい加減疲れたでしょうに」

 ミアの顔を見てスティフィはそう提案する。

 恐らくミアも本を運び出すよりは、その中身を見たいはずだ、そう言う顔をしている。

 いや、今は少なくとも、その表情の半分以上が早く煮物を食べたい、と言った顔をしていることだけは確かだ。

「そうしますか…… 仕分け作業もまだまだなんですよね?」

 ミアが知識欲に負けて、そう言いだす。

 ミアの体力なら、疲れてはいるのだろうが、午後もまだまだ本を運び出すことは出来たはずだ。

 だが、ミアは運び出した本の中身を見たいという知識欲に負けたのだ。

 スティフィはそのことにニヤリと密かに笑みをこぼす。

 欲望に忠実なことを是とするデミアス教徒ならではだ。

「それに運び出された本も溜まる一方ですね」

 スティフィの笑みなど知らずに、ジュリーはうんざりとしたようにそう言った。それも事実だ。

 仕分けするには中身を確認しなければならないのだが、流石に本一冊運び出すよりも時間がかかる。

 ミアの働きにより本はたまっていく一方だ。

「エリックの奴は何やってんのよ。アイツこそ降りて本を持ってくる役をしなさいよ」

 スティフィはそう言ってエリックの姿を探すが少なくとも天幕の中にはいない。

 今も荷物運びでも手伝わされているのだろう。

 ここいらはまだ瓦礫の山が、それこそ山のようにある。

「ああ、でも、ずっと力仕事やらされてましたよ。大きな瓦礫を運ばされているのを見ましたよ。あっちもあっちで大変そうですね」

 ジュリーはそう言って笑う。

 普段のエリックからは想像できないが、肉体労働をしているだけなら、まともな好青年に思えたからだ。

「そもそも、報酬も出ないのにやる意味あるの?」

 スティフィがそう言ってため息をつく。

 しいて言えば、今食べている食事と、今使っている天幕を貸してもらっていることが報酬と言えば報酬だ。

「何言っているんですか、スティフィ! 本なんて高い物が、それも貴重な資料がダメになってしまうかもしれないんですよ!」

 そう言ってミアは憤慨するが、そのまま煮物を食べ出して、とても満足そうな表情を浮かべる。

 動物の乳で様々な物を煮込んで香辛料で味を調えた物のようだが、とても濃厚な味わいでミアも大満足のようだ。

 怒りより煮物のうまさの方が完全に勝ってしまっている。

「あー、はいはい、未だに貧乏性なのね……」

 なにかと常識離れしているミアだが俗世的なところもちゃんとある。

 特にミアは値段の高い物、高級品などに弱い。

 もう金銭に困るようなことはないのだが、高級品と呼ばれるような物に本当に目がない。

 だが、今回はジュリーもミアの意見に賛成だ。

 もっとも、ジュリーはミア以上に、高級品、という物、いや、言葉自体に弱くはあるのだから当たり前だが。

「それに貴重な本ばかりですしね。闇の小鬼をどうにかできないかと、集められた魔術書もいくつかあるんですよ。それも魔術学院でも見れないような、禁呪の類もですよ」

 ジュリーはそう言って呆れたような笑みをこぼす。

 特にジュリーは禁断の魔術に興味はないが、仕事のついでで、公的にただで盗み見ることができると言うのであれば話はまた別だ。

 そのどれもこれも、というわけではないが、禁呪と言っても良いような術も中には存在している。

 魔術師として、それを目指すものとして、興味がないわけがない。

「そうなんですか?」

 けど、ミアはその言葉にも興味をそそられる。

 魔術を学べと自ら盲信する神に言われたのだ。

 機会があれば、どんな知識でも吸収したいとミアは考えている。

 普段閲覧できないような物であれば、それこそ良い機会となる。

「はい、それらを合法的に見れることが今ならできますよ」

 ジュリーはそう言って頷く。

 それこそが真の報酬ではないかと、そういう顔をしている。

「じゃあ、じゃあ、午後は私も仕分けします!」

 ミアは顔を輝かせてそう言った。

 スティフィは欲望を美徳とするデミアス教徒だ。

 欲に満ちているミアの顔に満足しつつスティフィ自身も騎士隊の持っている魔術に興味はある。

 様々な人種が協力し合っている騎士隊だ。そこに集まる技術も魔術も、様々な物があり、そこから新たに生み出された物もまた混沌としている。

 その危険性から門外不出となっているものも多いという話だ。

 その一端の技術や魔術の知識を盗み見れる機会なのだ。

 スティフィとて興味がある話だ。

「へー、どんなな魔術書があったの?」

 スティフィがジュリーに確認すると、ジュリーは少し困ったような表情を見せつつもそれに答える。

「対象が死ぬまで消えない黒い炎の魔術書とか、対象を腐敗させ続ける呪術書なんかもありましたね。後は…… 失敗の記録でしたが海の精霊と契約する試みが書かれた物もありましたね」

 確かにどれも禁呪に指定されかねないような魔術だ。

 特に海の精霊との契約など大津波を引き起こしかけない危険なものだ。大規模な災害を引き起こしかねない。

 大地に属する精霊と違い、海に属する精霊は人間に友好的ではない。

「おおー、なんかすごいですね。ほら、スティフィ! 持ち出して良かったじゃないですか! 午後は仕分けしましょう仕分け!」

 ミアが目を輝かせながらそんなことを言う。

 仕分けという名目で公に普段目にしないような魔術に触れられるのがミアも嬉しいようだ。

「あー、はいはい、でも、確かにそれは興味が出てくるわね」

 スティフィとしても何か利用できるような魔術が見つかるかもしれない、そんな期待を持ってしまう。

 それに追い打ちをかけるように、ジュリーが告げる。

「使徒魔術のもありましたよ、というか、使徒魔術がやっぱり多いですね」

 と。

 どうしても攻撃的な魔術となると使徒魔術が多くなる。

 それらが事細かに、まるで仕様書のように書かれている資料だ。

 魔術書としての価値もかなり高いはずだ。

 それに使徒魔術なら、力の源となっている御使いの名前さえわかれば、大体は同じ契約を交わすことができるのも大きい。

 スティフィはニヤリと笑いつつも、

「ふーん」

 と、それほど興味ない、という顔をスティフィは見せる。

 その胸を期待で膨らませながら。

 なにせ不死の外道種相手に開発された使徒魔術だ。

 強力なものが多いに違いない。

「あっ、ほら、スティフィも興味出てきてますね」

 それを目ざとくミアに見抜かれ、スティフィも隠すのを止め、嬉しそうな表情を見せる。

「ああ、もう、私も仕分け手伝えばいいんでしょう」

 そして、スティフィは少し楽しみにしつつ、そう言って食事を取り始める。

「素直なのが一番ですよ」

 ミアにそう言われて、スティフィは癪だったがそれは事実だ。




「これ…… 万物強化の魔術…… ですね。う、失われた…… 秘術の…… 一つです…… よ? こんな場所で…… お目に出来るだ…… なんて……」

 サリー教授が壁の生成方法が書かれた本を読みながらそんなことを言った。

 その顔はとても驚いている。

 サリー教授の言葉を聞いて、フーベルト教授もサリー教授の元にやって来て、二人より添い合うように本を確認しだす。

「万物強化? なんですかそれは?」

 と、ミアが聞き返す。

「魔力で物をなんでも強化できるっていう奴よ。普通の強化魔術は、素材となる物に合わせて組み上げていくけど、万物強化の魔術は対象を選ばない、って言われているわね」

 スティフィも驚きながらミアに解説してやる。

 物体を強化する魔術は数あれど、基本はその物質を構成する素材に合わせて、魔術をその都度組み、素材に刻み込んでいく物だ。

 その物体を構成する素材でなければ、効果を発揮できないものがほとんどだ。

 だが、万物強化と言われる魔術は、その名の通り素材を選ばない。

 すべての物質に対して、等しく効果を発揮でいる万能の強化魔術だ。

 非常に便利で強力な魔術ではあったが、昔に失われた魔術の一つでもある。

 失われた理由は、あまりにも強力で使い勝手が良すぎた魔術だったため、それが元となり争いが起き、との技術が途絶えた、という話だ。

 もしくは、人間にはまだ過ぎた力だったため、神により回収された、なんて話もある。

 それも昔のことでどちらが正しいかなど、もうわからないが。

「そうです…… 魔力次第で際限なく強化できるという……」

 サリー教授はそう言いつつも、壁の製法書を読み進めていく。

 ただ、ここに書かれている万物強化の魔術は完全な物ではないようだ。

 不完全ながらにも、どうにか流用し改造し続け実用段階までこぎつけた、その過程もこの本には記されている。

 それでも物凄い技術であることは確かだし、内容が余りにも複雑だ。

 サリー教授とて、その魔術の全容を把握しきれないでいる。

 だが、サリー教授にはこの魔術に、よく知っている人物の癖を見つけだす。

 そして、クスリと笑う。

「凄い魔術なんですね? よし、魔法陣を丸覚えしておきます! 後でロロカカ様の神与文字に変換しましょう!」

 ミアはそう言って、いくつかに分けられて書かれている魔法陣をじっと見つめだす。

「魔法陣を丸覚えできるなら、そのまま使用しなさいよ! 相変わらず化け物じみた記憶力ね……」

 スティフィが呆れるようにミアに突っこむ。

「なるほど。長年に渡り闇の小鬼を封じ込めていた石壁を補強していたのが万物強化の魔術だったんですね。それは興味深いですね」

 ミアが魔法陣を見だしたので、フーベルト教授は本の頁をめくることを諦めて、顔を上げる。

 そして、サリー教授の方を向き、確認するようにその言葉を紡いだ。

「しかも…… 地脈から魔力を得るように…… されているもので…… 物凄く…… 高度な魔術です…… ね」

 サリー教授は分けて描かれた魔法陣を、解読できるところだけでも解読しながら上の空で返事をする。

 あまりにも高度な魔術だ。

 この魔術を完全に理解できる魔術師など、世界にも数人程度しかいないだろう。

 失われて当然の技術だ。

 ただ魔術は技術でもある。

 スティフィの言う通り、魔法陣を丸写しするだけでも、その魔法陣の内容を解読できなくとも、効力は発揮できる。

 そして、恐らくだが、この魔法陣の元を描いた人物にサリー教授は心当たりがある。

 だが、この本の、壁を作るための魔術書、正式名称も本の表題もないため、そのように呼ぶしかないこの本の著者はまた別人であり、また、この本は複数人によって継ぎ足すように書かれている。

 この万物強化の魔術の大元を描いたのは、まず間違いなくマリユ教授だ。サリー教授にはそれがわかる。

 それを誰かが模写でもしたのだろう、ただ内容が余りにも複雑なため、その模写すら完璧にはできなかったのだ。

 だが大元の魔術を元に、どうにか実用段階にまで複数人がかりで持っていったものがこの本のようだ。

 その為、この魔術書は魔術書としては不完全なものになっている。

 それでも闇の小鬼を何百年も封じ込めれていたのだから、相当な物だろう。

 シュトルムルン魔術学院に戻ったら聞きたいことがまた一つできた、とサリー教授はそんな事を考え、一人でほくそ笑む。

「地脈を? ですがこんな複雑な魔法陣に地脈の粗い力を…… ですか? なるほどここで制御を…… こんな方法で? けど、この辺りと記述の仕方がまったく別ですね。これは難解ですね」

 フーベルト教授も魔法陣を解析しようとし始める。

 ただ解析しようとすればするほど、難しい顔になっていく。

 解析しようとすればするほど、自分の手に余るものだと言うことがフーベルト教授にはわかる。

 それでもフーベルト教授にも気づいた点はいくつかある。

「わかりますか? この魔術の制作には複数人が関わっていますね。恐らく大元の魔術は…… もっと完成されていて、驚くほど高度なものでしょうけど……」

 今のこの魔法陣は不完全なものだ、という言葉をサリー教授は飲み込む。

「あっ…… あー、大元はマリユ教授ですよね? あの人もあの人で何者なんですか?」

 その言葉を聞いてフーベルト教授もサリー教授が既に気づいていることを知る。

 そして、口にするかどうか迷っていたことを口に出す。

「え? わかる…… んですか?」

 サリー教授も驚いて自分の夫を見る。

 フーベルト教授はサリー教授に驚きながらも見つめられ、少し照れながら、

「神与文字から推測できますよ。無月の女神の文字も特徴的ではありますからね」

 と、そう言って見せる。

「なるほど…… 流石ですね……」

 言われてみれば確かに、とサリー教授も納得できる。

 魔法陣に書かれている内容が解読できなくても、フーベルト教授の知識なら、それがどの神の神与文字で書かれているかなどすぐにわかるはずだ。

 それが無月の女神の物ともなれば、この地で誰が書いたかなどすぐにわかることだ。

「え? これ、あの教授が書いたものなの?」

 それを聞いたスティフィが驚いた顔を見せる。

 教授達の話から推測する限り、マリユ教授は万物強化の魔術、その完成形をも知っている可能性があると言うことだ。

 この場に、アビゲイルがいれば当然という顔をしているだろうが、残念ながらこの場にはいない。

「恐らくは…… 教授になる前の物でしょうが……」

 流石にあのマリユ教授がどういった経緯でこれを、この元となった魔術を騎士隊に提供したのかまではわからない。

 いや、マリユが書いたものが偶然騎士隊の手に渡っていた、というだけの話もあるが、あのマリユ教授がそれをそのままにしておくとも思えない。

 やはり、過去のマリユ教授がなんらかの理由で騎士隊に提供したものだのだろう。

 それがなぜ不完全な物であったのかまでは、サリー教授にもわからないが。

「あの教授は何歳なのよ…… あの教授だけ調べても何もわからないのよね……」

 スティフィが悔しそうにそう言いながら自分の親指の爪を噛んだ。

 デミアス教の情報網をもってしても、マリユ教授の素性だけよくわからないままだし、最近はオーケン大神官と懇意にしているようなのでこれ以上調べることも出来ないでいる。

「え? これマリユ教授が書かれた物なんですか? ああ、でも確かにこの辺りの神与文字は見覚えがありますね」

 ミアも驚いてはいたが、確かに分けられて書かれている魔法陣に、無月の女神の館の地下で見た魔法陣に書かれていた神与文字が使用されているのを思い出す。

 そうなってくると、確かにマリユ教授という人物が思い浮かんでくる。

 彼女は神に印を与えられた人間であり、寿命といったものもないはずだ。

 闇の小鬼をキシリア半島に封じ込めたという時期に生きていてもおかしくはない。

「ミアの記憶力は本当に化物ね…… 私にはこれが文字には見えないわよ」

 スティフィは素直に褒める。

 スティフィの目には象形文字や、そもそもなにかの絵柄にしか見えない。

 それを文字とではなく、絵柄としてしか認識できていない。

 ただ、スティフィの改造された目は、それを絵柄として完璧に記憶することはできる。

 それは本来の人が持つ記憶力とはまた別のものだが。

 だからこそ、ミアの記憶力の凄さがよくわかるのだ。

「けど…… 複数の神々が関わっている魔法陣…… ですね、これは…… それだけに利用条件がどうなっているかも不明です…… むやみやたらと使う…… のは、危険すぎます……」

 元は無月の女神だけの神与文字で書かれていた魔法陣だったのだろう、どういう経緯でそれに手を加えられていったのかまでは推測できないが、他の神の、それも複数の神与文字が使用されている。

 これではどういった利用条件でこの魔術を行使してようかなど誰も見当がつかない。

「ですね、これはボクでも使用をためらいますね…… 割と危険な神の神与文字もちらほらと見られます」

 強力な祟り神である無月の女神の魔法陣に書き加えなければならなかったのだろう。

 付け加えられている神与文字もそれなりに力を持ち、どちらかと言えば全うでない神々の物が多くみられる。

 それらをよく知っているからこそ、フーベルト教授はこの魔法陣を使いたくない。

 不用意に使えば、ろくなことにはならないはずだ。

「だからこそ、ロロカカ様の文字にするんですよ! そうすれば条件などの問題もすべて平気です!」

 ミアはそう言って見せる。

 ミアの言っていることは確かにそうだ。

 フーベルト教授が見ている分には、ミアがその神与文字を使用して魔法陣を描く限りでは、そうなのかもしれない。

 恐らくはロロカカ神はミアに対してなんの制約も科していない。

 もし、ミアが本当にこの魔法陣を全て解読し翻訳してしまえば、万物強化の魔法を使いたい放題となるだろう。

 それはとんでもない事だ。

「それはそうですが…… これを…… 翻訳…… するんですか?」

 サリー教授は驚いてミアを見た。

 正直なところ、これを他の神与文字に翻訳するのは無謀すぎる話だ。

 そもそも神与文字同士の翻訳は翻訳不可なことも少なくはない。

 なのに、複数の神の神与文字が使われている魔法陣を翻訳するなど普通は考えもしない。

「道中暇でしょうし、いい勉強になります。辞書役のフーベルト教授もいます!」

 ミアは自信たっぷりにそう言った。

 辞書役と言われたフーベルト教授はどういった顔をして良いかわからないでいる。

 頼られているのだか、舐められているのかもわからない。いや、恐らくはその両方なのだろうが。

「辞書役…… ですか? いや、まあ、できる限りは力にはなりますが……」

 そう思いつつも、フーベルト教授としても興味がある。

 これを翻訳するということは、この魔法陣を全て解読すると言うことだ。

 様々な神々の神与文字が入りじまったこの魔法陣をだ。

 それはフーベルト教授にとっても、とても興味深い事だ。

「これを翻訳…… できたら…… それだけで教授に…… なれるかもしれません…… よ?」

 目を輝かせ始めてしまった二人を見て、サリー教授は苦々しく笑いながらそう言った。

 二人がやろうとしていることはそれほどの代物だ。

「教授には興味ないですが、魔術には興味があります。いい勉強になりそうですよ」

 ただミアはそう断言する。

 それにはフーベルト教授もサリー教授も苦笑いを浮かべるしかない。

「そ、そうですか……」

 サリー教授も諦めるように納得する。

 それに確かにミアの言う通り、良い勉強にはなるだろうし、フーベルト教授は恐ろしく多くの神与文字を理解しているのも事実だ。

 もしかするともしかするかもしれない。

「師匠、そんなこと可能なんですか?」

 ジュリーがサリー教授に確認する。

 ジュリーの認識ではこれを解読すること自体が不可能に近い。

 それを別の神与文字に翻訳するなど夢のまた夢の話だ。

「無理…… では、ない…… ですよ。フーベルトが…… いるので……」

 サリー教授はそう言ってフーベルト教授を頼もしそうに見る。

 確かにまだ教授としては頼りない彼だが、彼の持つその膨大な知識だけは本物だ。

「まさに辞書ってこと?」

 微笑んでいたサリー教授に、ポツリとスティフィがこぼした一言で、その微笑みが固まる。

「ちょっと扱い酷くないですか?」

 と、ぼやくようにフーベルト教授がそう言うのだが、それをまともに聞いている者はここにはいない。








 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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 年末年始は仕事はなくても、家のことで逆に時間取られてしまう……

 先週休んでごめんね。






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