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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
旅は道なりではなく世は情けない

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旅は道なりではなく世は情けない その2

 エリックに連れられやってきた場所には、図書館どころか図書室のようなものも、どこにも存在してなかった。

 あるのは瓦礫の山の間に開いた穴だけだ。

 穴を覗くと、中に確かに部屋のような物を確認できる程度だ。

「え? 部屋まるごと埋まってるじゃないですか……」

 ミアは穴を覗き込んで思ったことをそのまま口にした。

 何がどうしてこうなったのか、ミアには想像すらできない。

 穴から覗く限りその部屋の中もめちゃめちゃになっている。

「そうだぞ。そのおかげで本の保存状態はそれほど悪くはないらしいぞ」

 エリックはなぜだか自慢げにそう言った。

 部屋まるごと吹き飛ばされて、そのまま地中に埋まったような感じだ。

 むしろ、部屋の頑丈さに驚くべきことなのかもしれない。

 通常の部屋ではなく、何か魔術的な防護でも施されていたのかもしれないが、今となってはその力も痕跡も失われている。

 いつ崩れ落ちて来てもおかしくないほどだ。

 その中に入れというのだから、中身もそれだけ重要なものというわけなのだろう。

「でも、中はぐっちゃぐちゃじゃない」

 部屋自体が辛うじて無事でも、中身はそうでもない。

 ミアの代わりに今度はスティフィが穴を覗き込みそんな事を口にした。

 入口から見える範囲だけでも数々の重そうな本が取っちらかっている。

 大きな本棚などが、普段見かけないあり得ない感じになっている。

「だから、応援を頼んだんじゃないか」

 と、エリックは不思議そうな顔をする。

 この中の本を運び出し、仕分けしてまとめてほしいという話なのだが、このいつ崩れるかもわからない穴の中から本を取り出すだけでも大仕事だ。

 まず、この埋まっている部屋に普通には入れない。

 開いている穴から、床、本来の図書室の壁だが、まで、かなりの高さがあり、入口から縄が降ろされているだけだ。

 それに本と言っても、どれも分厚く大きい物ばかりだ。

 ミアからすると一抱えもある様な本ばかりだ。

 それを、縄を伝って降りなければならないような場所から、運び出さなければならないのだ。

 ひっちゃかめっちゃかにかき回された部屋で、部屋自体も横に倒されているだけでなくかなり斜めの、不安定な場所で足場自体も悪い。

 そんな中から本を持ち出すだけでも一苦労となる。

 その上で、それらを仕分けしろと言っているのだ。

 本を運び出す体力も、本の中身を確認し正確に仕分ける知力も必要となってくる大変な仕事だ。

 ただミアは良い暇つぶしになるとやる気のようだ。

「荷物持ち君、この中に危険な虫種はいますか?」

 と、ミアが荷物持ち君に念のために聞くと、荷物持ち君は首を横に振った。

 この中には危険な虫種は居ないらしいので、ミアのやる気にも拍車がかかる。

「ん? ミアちゃん虫ダメだったか?」

 エリックがその光景を見て、そうだったかと不思議がりながら聞く。

 それに対しミアは少し苦笑いしながら、

「いえ、割と平気です。けど、気を付けるように言われているので」

 そう答えた。

 そのミアに対しスティフィが半目で睨みながら、

「私がいくら言っても聞かない癖に……」

 愚痴を漏らした。

 ミアはスティフィの方に向き直り、したり顔をする。

「スティフィの話を素直に聞いていると、デミアス教に入らされるので」

 そして、そう言って見せた。

 確かにそれはそうなのだが、スティフィは意外そうな顔をする。

「それはそうだけれども…… ミア、意外と私の事、信頼してない?」

 それなりには信頼されていると、そうスティフィは考えていたのだが、そうでもないのかもしれない。

「そんなことはありませんよ? ちゃんと親友として認識してます。ただそれはそれ、これはこれ、という物があるんですよ」

 スティフィの言葉に、今度はミアが心底意外そうな表情を見せる。

「それも結局はミアの気の持ちようじゃない……」

 結局、スティフィは呆れながらそう言うしかない。

「巫女としての勘と言ってくださいよ」

 そして、ミアは少しめんどくさそうにそう言うのだ。

 スティフィもたまったものではない、という顔を見せる。

「ミアちゃん、頑固だもんな」

 エリックが頷きながら、噛み締めるようにそう言った。

「え? そうですか? とりあえず荷物持ち君が調べでも危険な虫はいなさそうなので…… 部屋が完全に横? 斜め? になっていますね、どう入れば良いんですか、これ? なんか変な気分です」

 頑固者と言われてミアは心外という表情を見せるが、それ以上反応は示さない。

 ミアの興味はすでに、地中に埋もれている図書室の方へ向けられている。

 ミアが覗ける範囲でわかることはその部屋は完全に横どころか、斜めになっている室内が見えていて、その中があり得ないほど散らばっていることくらいだ。

 それと、普段見ない光景だけに、部屋自体が大きく傾いていると目が回る様な錯覚を起こす。

「そこの縄を伝って降りてくれ。結び目に足をかけてな」

 エリックが穴の付近に打ち込まれた杭に巻き付けられている縄を指さしてそう言った。

 それをつたわらなければ降りれないような場所らしい。

「確かになんか酔いそうな光景ね。普段ある物が斜めというか、横になってるだけで」

 スティフィも図書室を覗き込みながらそう言った。

「で、この状態で何をすればいいんですか?」

 ミアが再度エリックに確認をする。

「最終的には仕分けだな。この中の本を外の天幕に運んで目録の分類ごとに分けてしてくれ、ってさ」

 エリックはそう言って、やれやれと言った仕草をする。

 それに対して、ミアとスティフィが、お前が持って来た仕事だろう、と、言わんばかりの顔をする。

「大仕事ね。私達だけでしろって言うの?」

 スティフィの見立てでは、この埋まった図書室から本を持ち出すだけでも一苦労だ。

 そもそも、どれもこれも一冊一冊が一抱えもある本なのに、出入り口は縄をつたってでなければならないのだ。

 その時点で左手が動かないスティフィは戦力外だ。

「あ、うん、そうなんだけども、俺も手伝えないんだよね? 力仕事の方も人が全然足りてなくてさ」

 エリックはそう言ってにこやかに笑った。

 スティフィの表情が一気に険しい物となる。

「あのさ、私が左手使えないの知ってる?」

 流石にミア一人でどうこうできる仕事量ではない。

 仕事を振るだけ振って、手伝いもしないエリックをスティフィが凄い勢いで睨む。

「ま、まあ、やれるところまで? で?」

 エリックもスティフィの剣幕に慌てながらそう言った。

 そもそも報酬が出る仕事でもない。

 本当に手伝いの範囲での話だ。

「このままでは本がダメになってしまいますし、やりましょう! 私が頑張ります!」

 ただ、ミア当人は妙にやる気だ。

 今までやることがなかっただけに、嬉しいのかもしれない。

「ミア、私は左手使えないし、荷物持ち君は泥の塊よ? 本なんか運ばせられないからね? 理解してる?」

 そこで、スティフィがミアに現実を突きつける。

 スティフィも手伝えないどころか、荷物持ち君に本を持たせることも出来ない。

 荷物持ち君は結局は泥人形なのだ。

 荷物持ち君が何かを持つと言うことは、必然的に泥で汚れるということである。

 流石に本なんかを持たせるわけには行かない。

「大丈夫です! できるところまで頑張りますよ!」

 ミアは元気にそう言った。

「まあ、暇すぎてごろごろしているよりはいいか……」

 結局、スティフィはミア相手には折れるしかないのだ。




「流石に疲れました……」

 ミアはそう言って滞在中借りている天幕の中の机に体を投げだした。

 ミアが埋まった図書室に入り、本を抱え、そして、降ろされている縄につかまり、それを荷物持ち君が引き上げる。

 そう言った作業を延々としていたのだ。

 右手しか使えないスティフィには、ミアが持って来た本を受け取り、並べておくことしかできなかった。

 そんな作業を日が暮れるまで続けていたのだ。

 疲れもするという物だ。

「本と言っても一冊一冊が大きいですからね、というか、よくあれだけの量を運び出せましたね」

 フーベルト教授がミアを手放しでほめる。

 実際ミアはかなりの量の本を埋まった図書室より引き上げている。

 それも全体の二割も運び出されていない。

「仕分けくらい手伝ってくれても良かったじゃないですか」

 ミアは恨めしそうにスティフィに言うのだが、

「少しは手伝ったじゃない」

 と、スティフィは相手にしない。

 実際、受け取った本を並べるだけでも、片手しか動かないスティフィには大変な作業だった事も事実だ。

 本自体が片手で運ぶのにも大きすぎるものばかりなのだ。

 スティフィでなければ、片手でその本を受け取ることすら困難なものだ。

 その上で、仕分けもしといてくれというのは酷なものだが、ミアの作業は想像以上に大変な物だったのでスティフィも分かっている。

 これ以上は何も言わないでいる。

 それに、埋まった図書室の中は想像以上に環境が悪い。

 暗く、足元もおぼつかない。

 本棚が重なり合うように倒れていて、不安定で近寄るのも危険な状態だ。

 いつ崩れて本の雪崩が起きたり、生き埋めにされてもおかしくはないのだ。

 そんな中で、大きな本を一冊一冊丁寧に運び出したのだ。

 その大きな重い本をもって、荷物持ち君が引き上げてくれるとはいえ、縄につかまりながら運ばなければならない。

 流石のミアも相当疲れたようだ。

「それはそうですけども…… そうですよね。手伝ってくれていたんですよね、すいません」

 ミアはそう言って顧みる。

 スティフィが穴の入口で本を付け取ってくれなかったら、あの作業はより酷いものになっていたはずだ。

 ミアは素直にそれを認めて、スティフィに頭を下げる。

 それを見たスティフィも少し満足気に頷く。

「けど、闇の小鬼の不死性がよくわかる資料だったわね。アイツら血や肉片が復活地点になるぽいわね。戦う前に知りたかったわよ」

 そして、その運んだ本の内容に少し触れる。

 それがわかれば、もう少し戦いようはあったと、スティフィは愚痴っている。

「それもまだ憶測の範囲だって、書いてありましたよ。不確かな情報みたいじゃないですか。不確かな情報は信じちゃダメだとスティフィ自身が言ってたじゃないですか」

 けれど、そこをミアに突っこまれる。

 確かにミアの言う通りだし、スティフィ自身がミアに言った言葉でもある。

 何とも言えない表情をスティフィは見せる。

「そんなことしていたんですね。他にどんな本があったんですか?」

 ジュリーも騎士隊が大切に保管していた本に少し興味あるのか話に入ってくる。

 それと同時に口にはまだ出さないが、仕分けの方なら手伝えるとも考えている。

 それを口に出さないのは、それが厄介ごとかどうか、今は見極めようとしているからだ。

「そう言えば、ジュリーは前に図書委員をしてましたね。やっぱり興味あるんですか? 実際に闇の小鬼に行使した魔術の、もちろん写しですが、魔術書とかもありましたよ」

 ジュリーの問いにミアが嬉しそうに答える。

 ジュリーもジュリーで少し興味ありそうな顔をして、明日はそっちの手伝いをしても良い、と、改めてそう考えている。

 ただ、それをまだ口には出さない。

 ミアはともかくスティフィに付け込まれて、やらなくて良いことまでやらされるのではないかと、そちらも疑っているからだ。

「でも、あそこにあったのは全部闇の小鬼を倒せなかった魔術ばかりでしょう? それを保存してて意味あるの?」

 スティフィがそう言ってわざとらしく嘲わらう。

 ただ、人の手で、神の力を借りたとはいえ、人の行使した魔術で闇の小鬼を倒せたという事実は、恐らく歴史でも初の事だ。

 それをなしたミアは英雄として名を残しても良いのだが、現在そうはなっていない。

 どの神もそのことに関しては、話しを濁すか触れもしないので、魔術学院の上位組織である学会の方でも対応に困っていて、公に発表するのさえ控えているほどだ。

 それを考えれば、騎士隊の方で闇の小鬼を殺し切る方法を見つけられなかったのも、仕方がない事だし、長年の間、一カ所に封じ込め続けられていただけでも凄い事だ。

 また失敗から学べることも多い。それらの記録が事細かに保存されているものだ。

 特にその中で騎士隊が保管しておきたい物は、長年、闇の小鬼と閉じ込めていた壁の作成方法なのかもしれないが、少なくとも今日の作業でそれらが発見されることはなかった。

「ボクも少し読まさせてもらいましたが、事細かに試した結果が記録されていましたね。騎士隊もどうにかして、闇の小鬼を倒せないか日夜研究していたようですね。貴重な資料ですよ」

 フーベルト教授は騎士隊をほめる。

 そもそも、騎士隊の講師をしているフーベルト教授は騎士隊に対して悪い感情も持っていない。

 それに、残された資料はどうにかして闇の小鬼を殺すことはできないかと、悩みに悩んだあとがうかがえる物ばかりだ。

 結実はしなかったが血のにじむような努力が感じられるものだ。

 それを馬鹿にできるような感性をフーベルト教授は持っていない。

「結局、倒せないどころか、大解放しちゃったじゃない」

 そんなものは知らないとばかりに、スティフィはそう言って笑う。

 その言葉にエリックがムスッとした表情を浮かべている。

 スティフィはそれを見て楽しんでいるのだ。

 ミアがそんなスティフィとエリックを見て、何とも言えない表情を浮かべる。

 そこに夕食をもってサリー教授がやって来てフーベルト教授の席の隣に座る。

「相手が…… 悪かった…… ですね」

 流石に騎士隊も始祖虫の存在は想定していなかった。

 確かにこの地方には始祖虫の存在が示唆される伝承はいくつかある。

 だが、あくまでそれは伝承の中の話で、それ以外は、去年の夏まで、実際に始祖虫がこの地方に現れたことはなかったのだ。

 想定している方がおかしいし、それにどんなに想定していても人間では始祖虫の対策などできるものではない。

 始祖虫の力は、上位種と呼ばれる種に匹敵する力を有しているのだ。

「始祖虫ですか…… 会わなくて正解ですよ」

 ジュリーがそう言って身を震わせる。

「そうね、あんたが出会ってたら今頃肉片も残さず粉々よ」

 それを透かさずスティフィがからかう。

 そこにサリー教授が興味あると言った感じで話に入ってくる。

「それほど…… なのですか?」

 サリー教授としても虫種の頂点に存在している始祖虫という存在に興味がある。

 だが、サリー教授とて始祖虫をその目で見たこともない。

「はい、始祖虫の触手は人を血煙の様に粉砕していました。超高速での攻撃で人間では防ぐことも避けることもできません」

 サリー教授の問いに、スティフィが返事をし、いつになく真面目に答える。

「スティフィ、サリー教授には丁寧ですよね」

 それを普段のお返しとばかりにミアがからかう。

「当たり前じゃない、オー…… 大神官の娘なんだから」

 スティフィはその名を言おうとして、サリー教授の眉がピクっと反応したのを見逃さずに、その名を言うのをとめた。

 サリー教授としては、未だに父であるオーケンのことを快く思ってはいないようだ。

「ボクも一応、息子という立場になったのですが?」

 そこで、フーベルト教授がニコニコしながら、スティフィにそう言うのだが、スティフィは特に相手にしない。

「え? あー、はいはい、以後気を着けますよ、それで良いんでしょう?」

 スティフィはそう言って、フーベルト教授をあしらって済ませるだけだ。

「ボク、完全に舐められてますね」

 フーベルト教授は笑顔でそう言って自分の妻の顔を見る。

「彼女は…… デミアス教徒…… なので」

 それに対して、少し困ったようにサリー教授は答える。

 つまるところ、スティフィは自分より強いか、弱いか、また自分より目上の者か、またはそのお気に入りの人物か、で、その態度を変えていると、そう言っているのだ。

 それが、デミアス教徒であるとそう言っているのだ。

「それって、暗にボクは下に見られているってことですよね?」

「一戦闘においては。ですけどね」

 フーベルト教授の言葉に、スティフィ自身が補足する。

「スティフィちゃん、クソ強いからな」

 と、エリックもスティフィの実力を認めている。

 左手が使えないのも関わらず、スティフィの戦闘の技量は凄まじいものがある。

 騎士隊の中でも本気のスティフィと打ち合えるような者はほとんどいない。

「知識量だけならフーベルト教授も負けてないですよ! スティフィの知識は聞きかじりが多いですので!」

 けれど、そこへミアがフーベルト教授に助け舟を出す。

 出すのだが、その助け舟は溺れている人にものすごい勢いで突っ込んでくるようなもので、そのまま溺れている人ごと敵船にまで体当たりする勢いのものだ。

「ミアにも、もう気づかれてるか……」

 実際、スティフィの知識は付け焼刃は付け焼刃なので、ミアの言葉に反論できない。

 魔術の話でも、最近では何か口を挟もうとするなら、逆に突っ込まれかねないほどだ。

 一年半学んだだけで、これなのだからスティフィとしてはやってられない。

 才能の差というものを見せつけられているようなものだ。

「ボク、これでも一応は魔術学院の教授なのですが? 勝っているの知識量だけなのですか?」

 更に助け舟を出されたはずのフーベルト教授が少し情けなさそうにそう言った。

「あー、はいはい、ちゃんと魔術の腕でも負けてると思ってますよ。特に神霊術とかは、勝負にもならないわね」

 スティフィはそう言いつつも、使徒魔術であれば負けない、とも思っている。

 それだけでなく、フーベルト教授が研究室で学ぶだけの学者ではなく、現地へ赴く探検家としての一面を持っていることも知っている。

 その上でのスティフィの評価が、コレなのだ。

「まっ、まあ、それがボクの専攻ですからね。そこで負けてしまったら教授の顔がないですよ」

 と、少し顔を引きつかせながらフーベルト教授はそう言うのだが、そのやり取りを見て、ミアがぽかんと驚いた表情をしている。

 その表情はまるでスティフィがフーベルト教授に、神霊術でも負けを認めたことを驚いているかのようだ。

「ミア…… どうしたの、驚いた顔して。あんたまさか……」

 それを目ざとく見つけたスティフィはミアにそう言うと、

「い、いえ、なんでもないです」

 と、ミアが慌てて目線をそらした。

 それを見たフーベルト教授が、自分が生徒達の中でどのような評価だったのかを思い知る。

 まだ、スティフィの自分への評価はマシな方だったのだと。

「ああ、うん、ボクが徹底的に舐められているのは理解できたよ」

 自虐的にそうフーベルト教授は言って、少しいじけた素振りを見せる。

 それを見て、いや、それを見たサリー教授を見て、ジュリーがこのままではまずいとばかりに動き出す。

「でも、実際のところフーベルト教授って色んな神様と直接会っているのですよね? それって凄い事なんじゃないんですか? ね、ねえ? 師匠」

 と、そう言って、この場を取り持とうとする。

「そう…… ですよ。神に直接会うなど、そうそう…… できるものでもないんです……」

 サリー教授もそれに応える様に、その言葉を深く認識するように発する。

 実際、神にとって人間は家畜や作物のような存在だ。

 神に気にいられれば、愛されもするが、収穫もされる。

 神に収穫されると言うことは、命を収穫されると言うことだ。

 人にとっては死だ。

 それを喜ぶものもいれば、恐れる者もいる。

「それはそうね。その上で、こうして無事でいられるんだから、それだけでもすごい事よ」

 その点はスティフィも認めざる得ない。

 数々の地上に降り立った神に実際に会い、こうして五体満足でいられる人間の方が少ない。

 人間など、神の前では、気に入られすぎても、気に入られなくても、その命は簡単に奪われる物なのだから。

「ボクはそれが過ぎて、中央を追い出されたんですけどね」

 けれど、フーベルト教授はやはり自虐的にそう言って見せる。

 実際にフーベルト教授はそれで中央と呼ばれる地域にあるそれなりの魔術学院で助教授をしていたのにもかかわらず追い出されている。

「なんでですか?」

 と、ミアが理解できないとばかりに聞く。

 ミアはそのことが理解できないだろう。

 神という存在を人間の視点から、ミアは特に、一片的に、偏見的にしか理解できていないのだから。

「あんまりにも多くの神様との縁を作りすぎたんですよ。神との縁は強力なものですが、厄介なものでもあるんですよ」

 フーベルト教授はそう言って笑う。

 その縁はあまりにも強く自分だけでなく周りの者達にまで影響を及ぼすものだ。

 それを色んな意味で危険視、当時フーベルト教授の仕えていた教授はフーベルトに警告したのだが、フーベルト教授はそれに従わなかった。

 その為、破門され、中央を追い出されたのだ。

 そうして、フーベルト教授は中央に居場所をなくし、どこか離れた場所に行かなければならなくなった。

「そう…… ですよ。神との…… 縁は本当に……」

 と、サリー教授としても身に染みる思いでその言葉を口にする。

 神に気に入られすぎればどうなるのか、サリー教授には嫌というほど知っていることだ。

「特に師匠は苦労なされてますからね」

 事情を知っているジュリーも半笑いでそんなことを言う。

「中央をそれで追い出されて、カール教授を頼って来たのよね?」

 スティフィが確認するようにフーベルト教授に聞く。

 まるで事実を確定させるかのような、そんな聞き方でだ。

「そこまで調べているんですか? なんか怖いですね」

 フーベルト教授はスティフィが、デミアス教の懲罰部隊、狩り手と呼ばれる構成員の一人だったと言うことは知っているので、そりゃ自分よりも強いだろうと思いつつも、自分の過去まで調べ上げられていたことに驚く。

 そして、ミアと仲良くしている教授と言うことで、それもそうなのだろうと納得もする。

 あのダーウィック教授が目にかけるほどの巫女なのだ。

 ミアには何かあるだろうと、フーベルト教授も思っていたが、それは想像以上のものだっただけの話だ。

 今だにフーベルト教授も、門の巫女という存在がどういったものか分かってはいないが、世界が動きかねないほどの存在だと言うことは理解できている、そう思っていたのだが、その認識すらも甘かったようだ。

 どうも、フーベルト教授が考えている以上に、色んな勢力がミアに、門の巫女という存在に、興味があるようだ。

「あれ? でもカール教授は精霊魔術の教授ですよね?」

 ミアが不思議そうにポツリと呟く。

 それに対してフーベルト教授は神霊術の教授だ。

「ああ、別にボクの師匠とか、そう言う間柄ではないですよ。ただボクが学生の時に教わっていた教授の一人というだけで」

 恩師は恩師ではあるが、カール教授とフーベルト教授はそれほど縁があったわけではない。

 そもそも、カール教授とフーベルト教授では学ぶべき道が大きく違う。

 ただの生徒と講師の関係に過ぎない。

 それでもそれに頼らなければならないほど、フーベルト教授は当時追い詰められていたのだ。

 その後、カール教授の助教授という立場なのに、なぜかウォールド教授の使い走りのような存在となったのだ。

 とはいえ、フーベルト教授の幅広い知識は、様々な人間が集まる騎士隊ではなにかと重宝されるものであり、今はこうして教授という立場にいる。

「行く場所がないから頼ったと?」

 スティフィは納得しながらも、確認の為に聞き返す。

「ええ、まあ。それにこのリズウィッド領は秘匿の神を主神とする領地ですからね。神との縁を持ちすぎたボクには、まあ、ちょうど良かったんですよ」

 何かと秘匿の神の納める領地は当時のフーベルト教授にとっても都合がよかったのだ。

 またリズウィッド領とはそう言った者が流れ着く場所でもある。

「それは…… 私もですが……」

 それにサリー教授も同意する。

 何もかも秘匿してくれるこの領地はサリー教授にとっても安住の地である。

 もっともサリー教授の件は既に一応の方は付いてはいるが。

「これから、リズウィッド領を出ることになるんですが、お二人とも大丈夫なんですか?」

 ミアがそれを聞いて、二人に問う。

 まだしばらくはリズウィッド領内だが、いずれ出ていくことにはなる。

「私のは…… もうどうにかなりました…… ので……」

 サリー教授はそう言って笑って見せる。

 そして、机の下でひっそりとサリー教授の手を握り、フーベルト教授も発言する。

「それに、今から向かう東側は、そもそも神もほとんどいない土地ですからね。流石に平気でしょう」

 と。

「ふーん、二人とも大変なんだな。ん? じゃあ、カール教授はなんで南にいるんだ? なんでも精霊魔術でかなり有名な教授なんだろ?」

 エリックがふと思い立ったようにそんなことを口にする。

 フーベルト教授は若干だがエリックの言葉を聞いて咽る。

「エリック君、君は色々と失礼だね。いや、まあ、そうなんだけども。簡単に言うと……」

 だが、フーベルト教授の言葉はそこで途切れる。

 このこと言ってよいかどうか、フーベルト教授には判断が付かなかったのだ。

 だが、

「中央で精霊魔術の教授同士の権力争いに負けて追い出されたのよ」

 と、スティフィがその事実を口にする。

「言葉を選ぼうと、いえ、そもそも言ってよいのかも判断が付かなかったのに身も蓋もないことを…… でも、まあ、そういうことです」

 フーベルト教授は苦々しく笑みを浮かべながらそのことを認める。

「教授同士で権力争いなんかしているんですか?」

 ミアが驚いてそんなことを聞き返す。

 ミアからするとあまり理解できない範疇の話だ。

 信仰している神同士の仲が悪いから、というのはミアにも理解できるが、そうでもないのに、特に同じ精霊魔術の教授なのに権力争いが起こるなどミアには理解できない話だ。

「シュトルムルン魔術学院だって、そうじゃない。特にあのおばさん教授ね」

 スティフィはそう言ってエルセンヌ教授のことを暗に上げる。

 ただ、ミアはダーウィック教授とエルセンヌ教授が仲が悪いのは理解できている。

 なぜなら、信仰している神同士が争っていたいたのだから。

 それならばミアにも理解できる話だ。

 けれど、同じ精霊信仰をしている者同士が仲が悪いというのが、ミアには理解できないのだ。

「あー、あの人は…… まあ……」

 と、ジュリーがうんざりとした表情を見せる。

「ダーウィック大神官様が相手にしてないだけで、その気になればいつだって……」

 と、スティフィも息巻いている。

 良からぬ方向に話が流れて行っているで、フーベルト教授がまとめ上げ、この話を終わらせる。

「いや、その辺の話はこれくらいにしましょう。それに、これでもシュトルムルン魔術学院はそれほど教授同士の中が悪いわけではないですからね? 他の魔術学院に比べれば、ですが」

「そうなんですか?」

 と、ミアがそれに食いついたので、フーベルト教授は再び苦笑いをする。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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