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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時

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収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時 その3

「ちょっと、ミア! 休学ってどういうことよ!」

 ミアが教授達との会議を終えて、いつもの食堂に戻って昼食を食べようとしていると、スティフィが食堂に怒鳴り込んで来た。

 食堂にはミアの他に既にエリックやジュリー、アビゲイルやルイーズなどがいて既に昼食を取っている。

「ああ、スティフィ。ロロカカ様に呼ばれたんです! ついにこの時が来たんですよ!」

 それに対してミアが嬉しそうに報告する。

 ミアがあまりにも良い笑顔なので、スティフィも毒気を抜かれ、怒りも抜けていく。

「え? ああ、うん? で、なんで休学に?」

 スティフィは頭を冷やし、理由を聞くが、その理由は既にミアの口から語られている。

 ロロカカ神に呼ばれたからと。

 ただスティフィもダーウィック大神官から、ミアについて行け、としか言われてないので色々な情報が抜けている。

 それをまず事情を知りたいし、スティフィからすればミアが休学するくらい遠い場所に行くことしかわからない。

「リッケルト村まで帰るためですよ。順調に行っても片道三ヶ月以上かかるみたいですし」

 ミアはまるで他人事のようにそう言った。

 それで、スティフィも大体のことは察することが出来た。

「ミアは半年かけて来たんだっけ?」

 路銀が少なく馬車に乗れず徒歩だったミアは半年近くかけて、最果てと言ってよい東の辺境の地から、死に物狂いでこの魔術学院までやって来たのだ。

 それが今や他人事のように言っている。

「はい、だいたいそれくらいかかりました」

 ミアはそう言って当時のことを思い出し、確かに辛く厳しく、なによりもひもじい旅だったと思い返す。

 だが、今回は教授が二人もついてくるのだ。

 そんな思いはしなくて済むし、なによりリッケルト村に戻れば、ロロカカ神と会えることが約束されているのだ。

 そう言う約束を御使いとしたのだ。

 ミアにとって、それが気が狂うほど嬉しい事であるのは言うまでもない。

「私もそれに付いて行け、と、そう言われたんだけど、もちろん良いのよね?」

 スティフィは一応確認する。

 ダーウィック大神官からそう命を受けてはいるが、それもミアの許可が、いや、ロロカカ神の許可が降りればの話だ。

「はい、もちろんですよ! スティフィも宗教的な理由なのでしょう?」

 だが、浮かれているミアはそんな事は頭にないのか笑顔で了承するだけだ。

 それにスティフィも上からの命令でついてくるだけだ。

 断ってしまうのもかわいそうだし、故郷に帰る旅が楽しいものになるとミアは素直に喜んでいる。

「まあ、それはそうだけれども……」

 ただ、スティフィは微妙な表情を浮かべる。

 ついていく気ではいるが、スティフィはダーウィック大神官の監視という名目でこの魔術学院に来ている事になっている。

 それを放っておいて良いものか、スティフィには判断が付かない。

 そのあたりも確認しないといけないからだ。

「あっ、俺もついて行けって言われたぞ」

 微妙そうな顔をしているスティフィをよそに、昼ご飯を食べていたエリックも会話に入ってくる。

「え? エリックさんもですか? なんでですか?」

 と、ミアは本当にわからないと言った顔をする。

「ん? んん、さあ? ハベル隊長から直々に、そう言われたんだからな。俺も断れないぞ。スティフィちゃんが同行するなら断る気もないけどな」

 なぜ? と聞かれたエリックは頭の中でその理由を考えるが、エリックはその理由を知らなかった。

 いや、ミアの監視の為だと、ちゃんと聞かされたはずだが、既に忘却されている。

 ただハベル隊長に言われたことは事実なので、エリックは深く考えずにミア帰郷への旅に同行することを既に決めてはいるが。

「え、エリックさんもなんですか、私も師匠についていくことになりました…… 良い機会だからと……」

 ジュリーが隠しもせず、少し嫌そうな表情を浮かべながらそう言った。

 今は学生の身でありながら、ミアの工房を占拠しているおかげもあり、今のジュリーはかなり稼げているのだ。

 それが休学となると、その稼ぎもなくなってしまう。

 旅費は師匠であるサリー教授が出してくれるにしても、かなりの長旅だ。

 それなりに必要な物も出て来るので何かと費用は掛かる。

 それに対しての嫌な顔だ。ミアについていくこと自体はそれほど嫌ではない。

 ミアの人となりは既にジュリーもよく知っているし、師匠であるサリー教授が居なければ今のジュリーからするとこの学院で学ぶことなどない。

「ミアちゃん係大集合だな。マーカスは…… まだ帰って来てないのか」

 エリックはミアちゃん係ならマーカスもいるはずだと、思い出すがマーカスは未だに冥府の神の元から帰ってきていないし、連絡も何一つ取れていない。

 もうマーカスが戻ってこなくなって一ヶ月以上経っている。流石にエリックですら心配にはなってくる。

「私は行きませんよぉ…… 今はそんな暇ないですからねぇ」

 そこに昼食のサァーナを食べながら、アビゲイルも会話に入ってくる。

 そんなアビゲイルは相変わらず疲れた顔をしている。

 未だに寝る暇もないほど忙しいようだ。

「お姫様は流石について来ないわよね?」

 それはともかくスティフィがルイーズにも一応確認する。

 可能性は低いが、ルイーズが同行するなら旅は限りなく豪華なものになるだろうと期待してだ。

「当たり前じゃないですか…… 行けるわけありませんよ。でも、そうですか……」

 ルイーズは当然行くわけないと、そう言いつつ少し寂しそうな表情を浮かべる。

 自分を姫として、領主の娘として接しないような、そんな友達のような、慣れ親しんだ者達のほどんどがいなくなってしまうのは、年頃のルイーズにとって寂しいものだ。

 だが、彼らは元々、ミアの元に集まった人物だ。そのミアが旅立つというのであれば、止めることなどできはしない。

 そもそも、ミアは神の命で動いているのだから、ルイーズとて止めることなどできはしない。

「あら、お姫様、私達がいなくなって寂しい? これをきっかけに家出も止めたら?」

 その心境をルイーズの表情から鋭く察したスティフィがルイーズをからかう。

 ただ、それでルイーズが怒ることはない。

「もし今、家出をやめたとしても、リグレスの領主邸が使えないので魔術学院に住むことに変わりないですよ」

 そして、冷静に事実を告げる。

 もうリグレスの領主邸自体の修繕は終わってはいるのだが、防衛面で問題がある、と言うことで領主邸が壁で囲まれるまで利用を禁止されている。

 なんなら、領主のでありルイーズの父でもあるルイも今はこの魔術学院で生活しているくらいだ。

 既に家出と言ってよい物かどうかも不明だ。

「実家に戻りなさいよ……」

 それにスティフィが冷静に突っ込む。

「私にも色々あるんですよ…… 実家というか、あの神殿に長く住み続けると精神を病むんですよ」

 ルイーズはそう言って難しい顔をする。

 秘匿の神も中立に属している神だが、どちらかと言えば、まっとうな神ではない。

 なにもかも隠してしまう様な神だ。

 だからこそ、世界的に見れば辺境とも言われるような南の地でもリズウィッドは繁栄している。

 いつの世も隠して置きたいことは多いのだ。

「どんな神殿なんですか?」

 ミアは少し驚きながら、自分の崇めるロロカカ神の事は置いて置いて、驚いた顔を見せて聞き返す。

「色々ありますが私の口からは言えることなどありませんよ」

 ルイーズはそう言って少し嫌な顔をする。

 秘匿という特性を持つ神なので色々あるのだろうが、それを伝えることもできない。

「あとは、ディアナか。あの子、最近見ないけど……」

 ディアナはどうするのか、ミアは少し気になるところでもある。

 自分を守るようにと神に言われているディアナだ。

 ついてくる可能性は高い。

 ただ、ディアナが付いてくるとなると、そのお付きである白装束の魔術の神の信徒達も同行することになる。

 そうなるとかなりの大所帯になり、根本的に旅の規模を見直さないといけなくなる。

「ディアナさんもディアナさんで色々あるみたいですね。昨日、学内でですが白装束の方々と話しているのを見ましたよ」

 ルイーズがそう言うと、不意にミアの元に白装束の人間が駆け寄ってくる。

 そして、ミアに向かい、唐突に口を開く。

「ディアナ様は、今回の旅にミア様とはご同行しません」

 白装束、声色からして恐らく女性の信者はそう言うと、ミアに深々と頭を下げた。

 咄嗟の事でミアは反応できない。

「あっ、えっと……」

 と、ミアが反応できないでいると、

「では」

 と、そう言って白装束の女性は足早に去って行った。

 ただ、食堂内にはそのまま待機しているようだ。やはりミアの動向は気にしてはいるのだろうか。

 では、なぜミアと距離を取ったのかと言うと、恐らくミアとは深く関わり合いになるつもりはないのだろう。

 それが仕えている神の命なのかどうかまではわからないが、彼らの信じる魔術の神がその名を聞いて逃げ出すくらいには、ロロカカ神を避けている事だけは確かだ。

「は、はい、ありがとうございます」

 と、そのことを知らせてくれた事実は事実なので、ミアは白装束の女性が去って行った方に向かいお礼を述べた。

「魔術の神の信徒だっけ、相変わらず顔まで白い布で覆って不気味よね」

 と、全身真っ黒な服装をしているスティフィがポツリとつぶやく。

「あの方々も、まあ、良くも悪くも熱狂的な信者の方々ですからね。なにか色々とあるのでしょう」

 ルイーズはそう言って、どこの神様にも何らかの問題はあるのだと再認識する。

 ついでに魔術の神の一柱であるグラディスオス神は聡明な神とされている。

 ただ、その信徒はそうだとは言い難い。

 一応は光の勢力に属するのだが、熱狂的な信徒として世間では知られている。

 少し調べただけでも、ディアナの巡礼も様々なところで揉めながら旅をしていたらしいことがわかるほどだ。

 だが、その頃ディアナは本物の神の分け御霊をその身に宿していたのだ。

 その進行を止められる者はいない。

 それだけに、ディアナ達の殉教の旅を止められるものもいなかったのだが、起こす問題も多かった。

 ディアナが神憑きだったので、表立って大事になってなかっただけの話だ。

 それを考えると、今回、ミアについて来ないと言うことは、余計な問題に巻き込まれる可能性は低くなる。

 ただ、ディアナ自体の戦力は絶大であり、それが頼れないのは残念でもあることだ。

 そもそも、御使いの意志により行動しているディアナを説得することも不可能なのだけれども。

「詮索は無用ね。ああいうのに首突っこんでも良いことはないし」

 スティフィはそう言って、深く考えるのを止める。

 むこうもむこうで神や御使いの意志に添って動いているのだから、自分とそう変わりない話だ。

 それに首を突っ込んでも良いことはない。

 少なくとも今の神々は争いを望んではいないのだから。

「そうなると、ミアさんに同行するのは、師匠とフーベルト教授。私とスティフィ、エリックですか?」

 ジュリーが指を折りながらそれを確認する。

 この人数なら何とか馬車一つで済むはずだ。

 それなりに大きな馬車になるはずだが、教授達なら難なく用意できるだろう。

「話を聞いた感じですと…… そうですね。かなりの大所帯ですね」

 ルイーズはそう言って、その人数がこの食堂に顔を出さなくなると思うと寂しく思う。

 なんだかんだでこの食堂は賑やかで、ルイーズが退屈することはなかったのだ。

「久しぶりの旅ね。と言ってもリグレスから東にリグレス以上に大きな町はないのよね」

 スティフィは自分が旅に同行できるかどうか判断が付かないまま、話を進める。

 それはともかくリグレスは南側最大の都市だ。

 スティフィの言う通り、リグレスより東の地にはリグレスよりも大きな都市はない。

「この領地の首都があるんですよね? 私は来るときに立ち寄れませんでしたが」

 ミアが一度見て見たい、そんな顔をして、言葉を発する。

「あるけど、観光している暇とかあるの?」

 スティフィが不思議そうにミアに確認する。

 ミアなら寄り道せずにまっすぐ最短で帰るものとばかり思っていたからだ。

「それはですね。ゆっくり帰ってこいってアイちゃん様に言われたので」

 ミアはそう言って少し微妙な表情を浮かべる。

 ミアとしても、すぐに最短で帰りたかったようだが、ロロカカ神の御使いにそう言われは、そういう訳には行かない。

 恐らくミアの帰郷は寄り道だらけの旅になる。

「何て言うか、その御使い、その…… 妙に気さくよね……」

 スティフィすらも不気味で異様だと思う、肉塊の目玉を見ながら、一応は言葉を選んで発言する。

「はい、夢の中ではよくおしゃべりしてくれますよ」

 ミアは元気にそんなことを言ってくる。

 スティフィは、いや、それを聞いた他の人達は驚いた顔をする。

 御使いというのは、神と同様に本来は人間に興味がないのだ。

 お役所的な対応で、呼ばれたから仕方なく、対応している、もしくは、自由意志を持つ御使い、悪魔などは呼び出した人間を騙そうとするような御使いがほとんどだ。

 確かにミアの左肩にいる御使いは自由意志を持っており、魔術的には悪魔に分類される御使いではあるが、少なくともミアを騙そうとしたり悪意を持つようには見えない。

 だが、夢の中で楽しくおしゃべりをするというのも想像はできない。

「ああ、そうなんだ。なんか、なんかなぁ…… 御使いに対する心象が変わってくるわ」

 スティフィの認識では、御使いは天使であれ悪魔であれ、どこか事務的であるのは変わらないのだ。

 御使いは基本的に人間には興味がないはずなのだ。

 それをよく知っているスティフィやアビゲイルからすると、確かに御使いに対する心象が変わってしまうのも無理のない話だ。

「ですよね。私もここまでよくしてくれる御使い様だとは思っていませんでした」

 ミアもそこまで話してくれるとは思っていなかった。

 使徒魔術の契約の時は確かに事務的な対応だったのをミアも感じていたのだが夢の中で話すこの肉塊の目玉はやけに親し気なのだ。

「まあ、友好的なのは良い事ですよねぇ」

 アビゲイルがそう言ってミアを、その張り付いた笑顔で見る。

 だが、そこでエリックが全てを台無しにしていく。

「んー、スティフィちゃんやジュリー先輩と長旅か。色々と期待してしまうものがあるな」

 エリックは本当にいい笑顔で、嬉しそうに、そう言った。

「勝手に舞い上がってなさいよ」

 と、スティフィが呆れながらに言うが、エリックにその言葉が届くわけもない。

 なので、スティフィも相手せずに視線をミアに戻して質問をする。

「基本的に沿岸部を東へ向かえば良いのよね?」

「はい」

 スティフィの質問にミア自身があまり自信なさそうに答える。

 実のところミアもよくわかってはいない。

 ミアはシュトルムルン魔術学院までの主要都市の名前のみを頼りにやって来たのだ。

 最後の最後で路銀が完全に尽き、その時いた街の地図を見て、森並びに山を越えれば何とか魔術学院までたどり着けること知り、それを実行してたどり着いたのだ。

 その時だって山には慣れ親しんでいたミアですら一週間ほど野山を歩き回り、本当になんとかたどり着けていたのだ。

 そんなミアに道を聞かれても、自信がないのも当たり前だ。

「まあ、東の外周部は山と海に囲まれた狭く長い土地ですからねぇ、基本的には迷いはしませんよぉ」

 そんなミアの反応を見てか、見てないのか、アビゲイルが補足してくれる。

 東側のほとんどは内陸部であり険しい山脈に外縁部と完全に分断されている。

 内陸部も広大な湿地帯が広がり外道達が住む地にもなっていて、あまり人が踏み入れる土地ではない。

「アビィちゃんも行ったことあるんですか?」

 アビゲイルが詳しそうなので、ミアが嬉しそうに聞き返すと、アビゲイルは少し困った表情を浮かべる。

「私も途中までですねぇ。私が行こうとした時は…… もう結構昔ですねぇ。まあ、ミアちゃんには悪いですが、その時は、あまりにも未開の地だったので引き返しました」

 アビゲイルがマリユ教授の怒りを買いこの地を追い出されたとき、まずアビゲイルは東を目指そうとした。

 小さな領地がいくつかあるだけの、ほぼ未開の地と言っても良いような場所だっただけに、初めはアビゲイルも期待すらしていなかったのだが、想像以上に未開の地だったので、アビゲイルは東に行くことを諦め、一旦戻り中央を目指すことにしたのだ。

 本当にただ自然が広がるだけの場所で、神の存在も少なく当時のアビゲイルの興味を引く様な物は何もなかったのだ。

「未開の……」

 未開と言われて、ミアが驚きの表情を浮かべる。

 だが、驚きはするものの、リグレスやティンチルを知った今、ミアもそれを否定できないし、実際その通りなので怒ることもない。

「そのあんたが、結局は東の沼地に住んでたんでしょう?」

 ミアの代わりにとスティフィがアビゲイルに突っこんでやる。

 未開の地と言うことなら、まだ村などが点在する外縁部の方が内陸部の沼地よりはマシのはずだ。

「そうですねぇ、わからないものですねぇ。まあ、好き好んであそこに住んでいたわけじゃないですよぉ。追われた結果、逃げ込んだ場所がそこだっただけでぇ」

 アビゲイルとしても借金取りに追われて逃げ込んだ場所がそこだっただけで、言っている通り好き好んで住んでいた場所ではない。

 そもそも、普通の人間が住める場所でもないのだが。

「中央の東の沼地なんですよね? あんまり私の知っている東の方に沼地はないんですが?」

 ミアが不思議そうにそう言った。

 確かリッケルト村では水にだけは困ったことはないが、水源が豊富というわけでもない。

 ミアの認識だと沼地など滅多に見ない、というか、そもそも平地が少ない。

「中央の東と東外縁部は大きな山脈で隔てられてますからねぇ。もうまったく別の地域ですよぉ」

 アビゲイルはその事実をミアに伝える。

 とはいえ、どちらにせよ、未開の地と言えば未開の地なのだ。

 その違いは本当に未開の地なのか、そう呼ばれても仕方のない地域なのかの違いはあるが。

「未開の地、いや、秘境に行くのかぁ……」

 スティフィがしみじみとそう言った。

 ミアの反応から、既にミアがそのことで本気で怒らないことはスティフィにはわかっている。

「秘境って!! そこまでじゃないですよ!」

 ミアもそう言って怒りを露わにするが、本気で怒っているわけではない。

 ただそんなミアに対して、アビゲイルは憐れみの目を向ける。

「ミアちゃん、私も色々旅したけど東外縁部はねぇ、人が立ち入れる場所に限ればですが、秘境中の秘境ですよぉ」

 精霊の領域である海や、そもそも神すらも見捨てた暗黒大陸、虫しか存在しない虫達の楽園、そして、中央東にある大湿原。

 それらの人が基本的に立ち入れない場所を除けば、東外縁部という場所は、秘境中の秘境である。

 そもそも大陸の東側は極端に神自体が少ない。

 そのせいで人も少ないのだ。

「そ、そうなんですか……」

 ミアはそう言われて、少しだけ落ち込む。

 自分の故郷を秘境と呼ばわりされ、自身でも少しそう思うところがあるのであれば、それは仕方のない事だ。

「はい。そもそも東の方は神様方が圧倒的に少ないんですよぉ…… だから、東側は人が少なく、中央東の沼地が外法の住処になったりしているんですよぉ」

 アビゲイルはそう言いつつ、一つの事に気が付く。

 東側に神が少ないというのは、もしかしてロロカカ神がいるからなのでは、と。

 聞いた話ではロロカカ神の名を聞いただけで、魔術の神の分け御霊が逃げ出したのだというので、それもありそうな話だ。

 そこまで影響力のある神で、神から避けられるのならば、ロロカカ神の神格が高く力が強くとも、その名が広まっていない説明がつく。

 ただ、アビゲイルとしても、そこまで強大な影響力を持つ神なのか、という疑問は残る。

 そんな強い力を持つ神であるのなら、まず暴虐と欲望の暗黒神がその神を野放しにしているのはおかしい。

 かの暗黒神は、他の悪神や邪神達を力のみで従わせ、一つの勢力としてまとめ上げた神なのだ。

 その神が、それほどの力を持つ神をほって置くのもおかしいはずだ。

 だが、暗黒神がまとめ上げた神々の名の中にもロロカカ神の名は記されていない。

「それって、東外縁部も外道種が多いってこと?」

 スティフィがそう言ってミアの身を心配する。

 ミアが門の巫女と知られれば、外道種達はミアのことを狙うことは既に分かっている。

 ミアが正式な巫女となった今、何らかの方法で外道種達がミアの、門の巫女の存在を知りえても不思議ではない。

 そうなってくると、ディアナが同行しないのは本当に残念なことだ。

「中央東の沼地はともかく、東外縁部のほうは…… どうだかわからないですねぇ」

 アビゲイルも記憶の限り思い出そうとするが、特にそう言った記憶もそう聞い記載があった記録も思い出すことはない。

「え? そうなんですか? でも、師匠もフーベルト教授もいるから平気ですよね?」

 ただジュリーだけは心配そうにそんなことを言いだした。

 魔術師としての腕は上がったが、ジュリーの魔術は戦闘関連の物を学んでいるわけではない。

 彼女が主に学んでいる魔術は金策や荒れ地でもどうにか暮らしていけるような、そんな生存術や学問的な魔術ばかりだ。

「それ以前に、ミアちゃんの左肩に御使い様がいるじゃないですかぁ。安心ですよぉ、ああ、なるほど、それで御使い様を付けたんですね」

 アビゲイルは適当にそう言って、思いついたことを述べた。

 恐らくこの使徒は、闇の小鬼の再誕を封じる目的で、受肉しているだけだ。

 ミアを守るのはついでだろう。

「ミアの帰郷が大変な旅になるってこと?」

 だが、アビゲイルの言葉を真に受けたスティフィは渋い表情を浮かべながら呟く。

 観光しながらミアの故郷に向かえるという気楽な旅ではないのかもしれない。

「その可能性もあるって話ですよぉ。神々の考え何て人間にはわからないですからねぇ」

 ただ言い出しっぺのアビゲイルも余り自信はなさそうだ。

「ああ、私も休学の手続きしないと……」

 さらにスティフィはそう言って難しい顔をする。

 実際に休学して、ダーウィックの元を離れるのには、デミアス教の大神官、第四位の位を持つクラウディオ大神官の許可がいるはずだ。

 それを貰えるのがいつになるか、スティフィにはわからない。

 クラウディオ大神官は遠く離れた北の地にいるのだから。

「私は師匠に勝手に手続きされた後でした」

 ジュリーが諦めた表情でそう言った。

「意外とサリー教授って強引ね。まあ、オーケン大神官の娘だから、それもそうなのかもね」

 それに対してスティフィが、なんとなく納得する。

 サリー教授は対人、対神が苦手なだけで、実は我は強い人間だ。

 そして、その我を押し通すだけの実力を持っている人物でもある。

「そのこと本人の前で言うと、ひどい目にあうと思いますよ。絶対に言わないでくださいね? 多分、私も巻き込まれますので……」

 ジュリーが少し恐怖に怯えて言った。

 スティフィとしても、オーケン大神官の娘に喧嘩を売る様な真似はしたくないので、無言で頷いた。

 それに、恐らく実力も数段向こうが上だ。

「サリー教授は、一件オドオドしてますが、割と厳しい教授ですよ」

 ミアはしみじみと頷きながらそう言った。

 公私ともにフーベルト教授とサリー教授ともなにかと接点があるので、ミアもそのことをよく知っているのだろう。

「そうですね。優しいとか、甘い、と思っていると痛い目を見ますね。とても厳しい人ですよ、師匠は」

 ジュリーが半笑いでミアの意見に同意する。

 いや、確かに師匠と弟子の関係になるまでは、ジュリーにとってサリー教授も優しかった。

 だが、師弟の関係になった途端、サリー教授はジュリーにとって良い師匠であると共に厳しい師匠となったのだ。

「俺の方は一応任務ってことで、無事帰って来れれば正式に騎士隊加入だって言われたぞ」

 そんなやり取りを見ていたエリックは自慢げにそう言った。

 現在訓練生二年目のエリックにとっては、かなりの抜擢と言っても良い。

「おおー、おめでとうございます!」

 それを聞いたミアは素直に賛辞の言葉を送る。

「え? エリックが正式な騎士隊員になるの? 不安しかないんだけど?」

 逆にスティフィは不安がる。

 確かに、訓練生としては破格の戦闘力を持ってはいるし、なんだかんだで戦闘慣れもしている。

 だが、エリックはその性格に問題がありすぎる。

「いや、この間のリグレスの一件でだいぶ評価されたんだよ」

 そう言ってエリックは照れたように笑う。

「まあ、確かに随分と戦い慣れしていたように思えたけれども」

 戦士としての才能は確かに持っていると、スティフィもそれは認めざる得ない。

 たった数度の実戦で、エリックは恐ろしく成長している。

 もしかしたら、本当に英雄と呼ばれる器の人物なのかもしれない。

 だが、エリックは相変わらず人の話は聞かないし、自分の欲望に忠実なのだ。

 デミアス教でならそれでも良いのだろうが、エリックが所属するのは騎士隊だ。

 基本的に混成部隊となることが多い騎士隊では厳しい規則がいくつもあるのだ。

 エリックはそれを気にもかけていない。スティフィには正式な騎士隊員になったところで、すぐに訓練生に逆戻りな気がしてならない。

「俺は天才だからな!」

 だが、エリックはそう言って笑う。

「なんだかんだで竜鱗の剣や戦いの神の雷の弓も持っていますしね」

 ミアもエリックの活躍はその目で見ていたので、その点は手放しで褒めている。

「古老樹の杖や神器の帽子をかぶってるミアには言われたくはないわね」

 そのミアにスティフィは突っ込む。

 ついでに、エリックは道具に振り回されずに扱えていたが、ミアは道具に振り回されるどころか、あまり頼ってすらいない。

 あればあるで使うのだが、ミアが根底から信じているのはロロカカ神だけなのだ。

 だから、最高峰の触媒とまで言われている古老樹の杖は、荷物持ち君の籠の中にいつもしまわれていたりするだけで、普段は埃さえ被ってしまっているほどだ。

「スティフィだって、凄い刀を持っているじゃないですか」

 そう言われたミアは反撃とばかりに、そのことを告げるが、スティフィはその刀のことを思い出して嫌な表情を浮かべるだけだった。

「あれも確かに神器だけど妖刀の類よ? 荷物持ち君の根がなければ、まともに使えないのよ?」

 本来なら使用者を溶かして喰らうような妖刀だ。

 荷物持ち君の根が絡みついていてそれを防いでくれてはいるが、それがどの程度防いでくれるかもわからない。

 好き込んで使いたい物ではない。

「皆さん、いつの間にやら凄いですね…… 私だけ普通の人のままです」

 そう言ってジュリーは何か悟ったようにお茶を啜った。

「あんたもあんたで幽霊が見えるでしょう? 神々が少ないと言うことは、死後の世界の神もいないんだから、東の地には、いっぱいいるんじゃないの? それで役に立てるんじゃない?」

 スティフィはそう言ってニヤリと笑う。

 そう言われたジュリーは固まってしまい、ピクリとも動かなくなる。

 幽霊、つまりは死者を見ることが出来る様にはなったが、それを見れて楽しいと言うことはない。

「そう言えば、私も死後の世界の神様の話は聞いたことありませんでした」

 そもそも、ミアはロロカカ神以外の神の名を聞いたこともなかった。

 他の神がいることは知ってはいたが、リッケルト村では神と言えばロロカカ神の事なのだ。

 冥界や、冥府の神がいるなどと言った話はミアはそもそも聞いたことすらない。

 つまり、東の地にはそう言った死後の世界がない可能性すらある。

 そうなると死者がそこらにいても不思議ではないし、それが見えるジュリーはたまったものではない。

「えぇ…… あまり見ていて気持ちの良いものじゃないんですが……」

 ジュリーは本当に渋い顔をしながら、その言葉を口にした。

「あ、それでいつから行くの? 私はそれも知らないんだけど」

 ミアの事だ。

 明日どころか今日の午後からと言っても不思議ではないと、思いながらスティフィが確認する。

 だが、

「収穫祭が終わって、フーベルト教授とサリー教授の結婚式の後ですね」

 と、ミアはのんびりとしたようにそう言った。

「なんだ、本当にゆっくりね。まだ少し期間があるのね。準備ができるのは良いわ」

 それならクラウディオ大神官に確認を取れる時間はあると、スティフィは安堵する。

「そうですね。それに馬車で行くので多分楽ですよ」

 ミアはそう言って朗らかな笑顔を見せる。

 死に物狂いで来た時とは違うのだと。

「馬車と言ってもそれを引くの荷物持ち君じゃないわよね?」

 確かに荷物持ち君の引く荷車は早い。

 だか、揺れが凄まじいのだ。

 何日も乗っていられるような物でもない。

「はい、今回はちゃんとした、普通の馬車らしいですよ。ある程度の人数になるから学院側で用意してくれるそうです」

 ミアとしては早く帰りたい気持ちはもちろんあるのだが、ロロカカ神の御使いにより、ゆっくりと帰ってこい、とも言われているので、はやる気持ちを抑えゆっくりと、それこそ観光でもしながら帰郷しようかと考えている。

 今回はその余裕が、観光などしながら旅をできる余裕が、十分にあるはずだ。

「そう、それならよかったわ」

 ただ、スティフィはアビゲイルの言葉が、ミアが外道種に狙われるかもしれない、だから、ミアの左肩に御使いが受肉しているのかも、と言うことが気がかりだ。

「早いけど揺れるからな、荷物持ち君が引く馬車は」

 エリックは特に何も考えずにそう言って笑った。



 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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