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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時

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収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時 その2

 ミアは目を覚ます。

 瞬間的にミアは眠りより覚醒する。

 そして、勢いをつけて身を起こす。

 まだ薄暗い早朝に自分の寮の自室の寝台の上でだ。

 そして、ミアは服を戸棚を開けて、自分の巫女服を取り出し、それに袖を通す。

 この服の袖に手を通すのも何だか久しぶりというのを感じながらも、急いで自室から駆けだすようにでる。

 顔も洗わぬまま、ミアはそのまま寮の外へと飛び出す。

 学院の事務所へと向けて駆けだした。


 ミネリアはシュトゥルムルン魔術学院の事務員の一人である。

 ミアちゃん担当と事務員の中では、そう言われているような事務員である。

 当初は色々とミアのことを恐れていたミネリアだが、ミア自身は、まあ、真面目な生徒だ。

 少々、いや、かなり熱心な神の信者ではあるが。

 その信じている神もミネリアからすればよくわからない、恐らくは祟り神ではないかと言われている神でもあるけれども、ミア自身は、まあ、真面目な生徒である事に違いはない。

 そんなミアが崇めている神は祟り神なのかもしれないが、特殊な条件、ミアの被っている帽子を他人が被らない限り、祟りらしい祟りは今のところ起きてはいない。

 ミネリアとしても、ミアの対応をすると特別手当が支給されるので最近はそう悪い事ばかりではない、とそう思っている。

 とはいえ、ミネリアは水晶眼と呼ばれる普通は見えないはずの精霊を見ることが出来る人物でもある。

 ミアには大きな水の精霊が憑いているので、ミネリアにとっては、やはりどこまで行ってもミアは恐怖の対象であることは間違いはないことも事実だ。

 最近ではそれに加え、左肩に異形の目玉まで乗せている。

 ミネリアからすると、それが神の御使いと聞かされていても、どうしてもその肉塊が、それを肩に乗せているミアが、化け物に見えてしまうこともある。

 それらのことは一旦、脇に置いておいてミア本人は真面目な、ちょっとめんどくさい生徒であることはわかってはいるのだが、それでも特別手当が出るし、神の事が絡まなければミアはまっとうで善良な人間には違いない。

 ミネリアとしてもミア自身を恐れはするが嫌う道理はない。

 そんなミアが、学院の事務所の前に、朝早くから直立不動で立っているのを見かける。

 ミネリアが事務所にやってくるところを今か今かと待ち構えていた。

 ミネリアは物凄く嫌な予感を感じつつも、ミアに話しかけるしかない。


「え? 休学ですか?」

 ミアが急に魔術学院を休学すると言い出したのだ。

 なんでも急遽故郷であるリッケルト村に帰らなくてはいけないらしい。

 夢でそうお告げを受けたのだというのだ。

 その左肩にいる肉塊の目玉から。

「はい! ロロカカ様が呼んでいるそうなのでリッケルト村に早急に帰らなければなりません」

 それが理由らしい。

 ミアが、ミネリアは何の巫女か良くわからないが、正式な巫女になったとは聞いている。

 恐らくはそれが理由なのだろう。

 神が関連しているならば、魔術学院としても対応しなければならないし、休学するのもそれほど難しい話ではない。

「そう、ですか…… えーと、では、こちらの書類を書いておいてください」

 そう言ってミネリアは休学の書類をミアに手渡す。

 ミアの名前と休学理由が書くだけだ。

 後は学院長が判子を押せば、それだけで休学できる。

 休学理由も神に呼ばれたから、であれば十分すぎるほどだ。

 それに、大概そう言う理由で休学する生徒は、もう学院に戻って来ることはない。

 魔術学院の事務員という経験上、ミネリアはそれを知っている。

 少し寂しくなる、と、ミネリアがそんな事を考える。

 だが、ミアはミアだ。

 ミネリアが予想もしなかったことを口にしだす。

「はい! わかりました。あと、教授を一人お借りしたいんですか?」

「は?」

 ミネリアの脳がミアの言葉を理解できない。

 神に夢見で地元に戻ってこい、と言われる話は理解できる。

 そもそも、ミアはその夢見でわざわざ離れたこのシュトゥルムルン魔術学院に魔術を学びに来ていたのだ。

 急に呼び戻されても不思議ではない。

 だが、それに教授を借りたい、となると話は変わってくる。

 少なくともミネリアの常識では、神がそんな事を言ってくるなど理解できない。

 今回の場合は神ではなく、その御使いかららしいが、ミネリアからしたらどっちも似たような物だ。

「アイちゃん様が言ったんです。立場ある人間を一人連れて来いと。立場ある人となると教授の地位にある方じゃないですか?」

 そう言ってミアは自分の左肩に乗っている肉塊の目玉を見る。

 その目玉も同意するように瞬きをする。

 だが、ミネリアはまるで理解が出来ない。

 そして、とりあえず何も理解できないが、ミアに事実だけは伝える。

「へ? えーと…… 事務所では教授の貸し出しはしてませんよ……」

 周りの他の事務員が心配そうにミネリアの方を見守っている。

 見守っているだけで助けには来ない。

 ミアの信じているロロカカ神が祟り神ではないか、そう言う噂があるからだ。

 それに加え、その御使いが肉塊の目玉なのだ。もちろん、それが本体と言うことはないのだろうが、それでもその肉塊の目玉が放つ視覚的情報の大きさは大きい。

 誰がどう見てもまっとうな御使いには思えないし、そんな御使いが仕えている神だ。

 その神もやはり祟り神では、とそう考えてしまうものだ。

 そうなると、祟り神には触らないほうが良いし、ミネリアが特別手当をもらっているのはもう知れ渡っている。

 誰も助け船は出さない。

 そのための特別手当なのだから。

「なら、どこに行けばいいんでしょうか?」

 ミアは当然のように聞き返して来る。

 だが、その質問はミネリアにとって前代未聞のことだ。

 魔術学院の教授は一流の魔術師であり、地位も名誉も持った人物達だ。

 その人数も魔術学院により統制され限られた、本当に才能ある魔術師でしかならない職業だ。

 それを一般の生徒に貸し出すなど聞いたことのない話だ。

 そもそも、神が、今回のミアの場合はその御使いが、だが、そこまで人間の事情に関与してくること自体が稀だ。

 神や御使いが、人間の証人を連れて来ないなど、そんな話をミネリアは聞いたことがない。

 ミネリアは迷った挙句、一つの回答にたどり着く。

「んーと、が、学院長? ですかね?」

 自分の手に余ることだ。

 しかも、教授をどうこうできる立場となると、ミネリアには学院長くらいしか知らない。

 仕方なくミネリアは学院長にすべて任すことにしたのだ。

「わかりました! 学院長に会いに行きます!」

 ミアは元気にそう言って、気合を、その有り余っている気合を入れ直す必要もない程既にみなぎっているのに入れ直す。

「はい、話しは通しておきますので…… えっと、今から向かいます?」

 ミネリアがまず学院長に話を通して、それで了承を得てからミアに返事を…… と手順を考えていたが、ミアを見る限り今にも、今すぐにでも学院長室に乗り込もうというのが見て取れる。

 なので、ミネリアもこのまま連れて行った方が良いのだろうと判断する。

 ミアも神の御使いに言われて意気込んでいるのだろうし、きっとすぐにでもしたいのだろう。

「もちろんです!」

「はい…… 一応、付き添いますね、学院長室の前まで」

 ミネリアはそう言って、ミアに気づかれない程度のため息を吐きだす。

 大事にならなければ良いのだけど、そう願いながら。

「ありがとうございます!」

 ミアの元気なお礼だけがまだ朝早い事務所に響き渡る。




「と、いう訳で緊急会議だ。講義も収穫祭の準備もあるなか、皆、すまない」

 そう言って、ポラリス学院長が急遽集まった教授達に頭を下げた。

 ここは環状の机があるいつもの会議室だ。

 状況を簡単に整理すと、夢見でミアがその左肩にいる御使いから、ロロカカ神のいる東の最果てにあるリッケルト村まで戻ってこい、とお告げを受けたのだ。

 そして、ミアに直接会って話があると言うのだ。

 それだけなら、緊急会議が開かれることなどない。

 ミアが休学でもして里帰りをすれば終わる話だ。

 だが、ミアが言うにはその際に、証人となる立場のある人間を一人、ミアにつけろ、という話なのだ。

 御使いがそう伝えて来たと言うことは、神がそう言っているのも同義だ。

 学院としても、それに従わなければならない。

 だが、神や御使いが、そんな要求をしてくること自体稀だ。特に立場ある人間を指定するなどあり得ない事だ。

 元来、神は人間にそこまで興味がないのだから。

 それが御使いを通してだからなのか、神がそう初めから要求してきたのかはわからない。

 ただ、どちらにせよ、学院としては対応せざる得ない話だ。

 問題はそれに、ミアに誰が付き添うか、という話だ。

 ロロカカ神という未知の神だ。証人で呼ばれたからと言って、無事で帰って来れるとも限らない。

 少なくとも、ミアの話だけでも、その姿を見ただけで祟りが起きるという話はあるのだ。

 その神に、直接会うなど、何が起こるかわからない。

「すみませんがよろしくお願いします」

 そう言って、入口付近にある席で立ったままのミアも教授達に頭を下げた。

 教授達の視線はミアに向いてはいるが、ミアを見ているのではない。

 その左肩に乗っている肉塊の目玉を誰もが見ている。

 何とも不気味ではあるが、御使いが目玉だけ受肉した物と言われれば、どうしても興味が沸いてしまうものだ。

 そもそも、魔術学院の教授というのは学者でもあるのだ。

 それに、御使いが受肉したという珍しい事象に興味が出ないわけはない。

 ただ、その御使いを見ている者のほとんどが同行は遠慮したい、と思っている。

「ミア君、一体どういうことですかね?」

 と、事情を概要くらいしか知らないグランドン教授が訪ねる。

 それと共に、御使いの一部でも見本としてもらえないか、などと考えるがその考えをすぐに拭い去る。

 あれは闇の小鬼達が封じ込められた肉塊ではないか、という話もある。

 それを御使いが封じ込めているのだと。

 だとすれば、不死の肉体という物に興味はあるが、当然自分の手に余るものでもある。

 もし、倒されたはずの闇の小鬼が再度復活でもすることになれば、教授の立場を追われるどころの話ではない。

 それは身を亡ぼす物だと、わからないグランドン教授ではない。

「どなたかリッケルト村、しいてはロロカカ様のもとへ参じるときに一緒に来ていただきたいのですが」

 ミアは少しだけ申し訳なさそうに、それ以上に、とても名誉な事です、と、大声で言いたそうな、そんな自信に満ち溢れた顔でそう言った。

「神に会いに? 直接? ミア君の?」

 グランドン教授はそう言ってあからさまに嫌そうな顔をした。

 グランドン教授はロロカカ神の神与文字を見て、ロロカカ神が祟り神ではないのではないか、そう考えていた時期もあったのだが、リグレスでの一件を聞いてその考えを改めている。

 カーレン教授から話を聞く限り、まっとうな神の気配ではなかったという話だ。

 カーレン教授の経歴も知っているグランドン教授はカーレン教授のその判断を疑いはしない。

 それに、実際に神の御手を見たという他の者達からの話でもそうだ。

 あれは混沌や恐怖、祟りそのものだったと、そう言う意見が圧倒的に多い。

 とにかく、その御手を見た瞬間、恐怖が全身を駆け巡ったのだと、そう言う話だ。

 そうなると、グランドン教授もロロカカ神は祟り神ではないのか、と、考えを改めざる得ない。

 なら、そんな神に会いに行くなどもってのほかだ。

「はい! ロロカカ様が直々に会ってくださるそうです! その際、この学院の立場ある方を一人、証人として連れて来いと言うことだそうです!」

 ミアの話を信じるならば、恐らくは命は保証されるのだろう。

 証人として。

 だが、それ以外を失う可能性はある。

 神の前では人間などただの数いる家畜に過ぎない。

 どうなるかなど分かったものではない。

 そもそもその姿を見ただけで祟られるという話の神だ。

 直接会って話すなど、何が起こるかわからない。

「うーん…… それは…… 我は遠慮したいですな」

 グランドン教授は冷や汗をかきながら、本音を告げる。

「な、なんでですか!?」

 ミアの中では全員が挙手して連れて行ってくれと、そう言われるのだと確信していただけに断られるのは想定外の事だ。

 ミアが本気で驚いている。

 そして、その驚愕の視線をグランドン教授に向ける。

 返答次第では、例え教授であろうとただではおかない、そんな無言の圧力がミアからグランドン教授に向けられる。

「いや、むむむっ、ああ、我は使い魔達を色々な所へ貸し出しているので、その面倒を見なくてはいけませんからねぇ、長い間ここを離れなれないのですよ」

 グランドン教授は慌ただしくそう言って黙り込む。

 もうそれ以降、ミアとも視線を合わせない。

 それに助け舟を出す、というわけではないが、マリユ教授が口を開く。

「私はここから出たら、どうなっちゃうかわからないから、いけないわねぇ…… 逆に迷惑になっちゃうし」

 マリユ教授は正真正銘の祟り神の巫女である。

 秘匿の神が治めるこのリズウィッド領だからこそ、教授の地位につけてはいるが、他の領地であれば問答無用で投獄され、離隔されてもおかしくはない危険な存在なのだ。

 マリユ教授の言う通り、彼女が同行すれば逆に迷惑になり、リッケルト村にたどり着くことも怪しくなりかねないというのも事実だ。

 ただ、マリユ教授自体はロロカカ神という神に興味がある。

 会えるものなら会ってみたいとさえ思っている。

 自ら仕える嫉妬深い祟り神が、その巫女を助けろ、というほどなのだ。興味がないわけではない。

「私もこの地を離れるつもりはありません」

 それについでと言うばかりに、ダーウィック教授が同行を拒否する。

 また理由を言う気もないのか、目を瞑りミアと視線を合わせもしない。

 その様子を見たカリナが、少し情けないようにため息を吐く。

「ワシも何かと忙しいからのぉ…… 東の果てじゃろ? 流石に遠すぎる」

 ウオールド老も同行を拒否する。

 実際ウオールド老は忙しい。

 自分の後任育成に、副学園長としての仕事とリグレスでの神官長との仕事を兼任している。

 この地を離れるのは無理がある。

 その結果、誰も立候補しない。

 なので、ポラリス学院長が消去法で公正に決めようとする。

「この学院の会計をしてもらってるサンドラ教授を除いて、後は、私、カール教授、エルセンヌ教授、ローラン教授、カーレン教授か。今回は、これから新婚になる二人は省かせてもらうおうか」

 流石に新婚の二人を引き離すのは、かわいそうだろうとポラリス学院長は判断する。

 リッケルト村までは遠い。

 片道でも三ヶ月以上は確実にかかる道のりだ。

 そもそも未開の地過ぎてどれくらいかかるか正確にはわからない。

「学院長の長期不在はまずいじゃろ? お前さんもダメじゃぞ」

 そんなポラリス学院長にウオールド老がダメ出しをする。

 それにポラリスには役割がある。

 長期間この地を離れるわけには行かない。

「私はかまいませんよ」

 と、ローラン教授があの御手を思い出しながらそう言った。

 太陽の戦士団、その隊長のローラン教授ですらあの御手を見て震えあがった。

 恐怖を御しきれなかった。

 その本体を見て、自分がどうなるのか、試練的な意味でローラン教授は興味がある。

 もし、あの御手の本体を見てその恐怖に打ち勝てるのであれば、自分はまだ成長できる、そんな確信すら持っている。

 それらも、リグレスで自分の不甲斐なさを実感しての発言ではあるが。

「問題はない」

 と、だけカーレン教授はそう言うが、その顔は少し嫌そうな顔をしているのだけは、誰が見てもわかる。

 いつもの仏頂面なのだが、カーレン教授もリグレスでロロカカ神の御手を見て、その力のありようを感じ取れている。

 できれば、関わり合いになりたくない類の神だ。だが、仕事ならば、魔術学院の教授としての仕事ならば、とそう発言したまでだ。

「私は…… あまり気が進みませんが、学院長がどうしてもと言うのであれば」

 エルセンヌ教授も嫌だという顔を隠しもせずにそう言い切った。

 自分が同行するなら、かなりの貸しを作ることになりますよ、とそう発言している。

 それらを聞いて、ポラリス学院長も黙り込む。

 祟り神かもしれない未知の神に会いに行けとは流石に気軽には言えない。

 だが、誰もがミアとの同行を拒否したいように見えたが、結局は立候補と言うことで落ち着く。

 手を上げたのは結婚を控えているフーベルト教授だ。

「ボクで構わないのなら、ボクが行きます。ロロカカ神には興味がありますし。ただ条件を付けさせてもらいたいです」

 フーベルト教授は手を上げながらそう言って、少しだけ楽しそうな顔をする。

 様々な神を研究しているフーベルト教授としては未知の神に会える機会など、滅多にない機会だからだ。

「なにかな?」

 ポラリス学院長も少し安心したような、そんな表情を浮かべ聞き返すが、フーベルト教授の条件にも心当たりがある。

「まあ、その…… 新婚と言うことでサリー教授も連れて行きたのですが……」

 少し照れながらフーベルト教授がそう言った。

 それはポラリス学院長の予想通りの要望でもある。

 そこへ、おずおずとサリー教授も手をあげて発言する。

「あ、あの…… 新婚旅行と…… 言うことで少しお休みを貰えませんか? わ、私も東の地には少し興味があります…… 中々行ける機会はないので」

 自然魔術と呼ばれる魔術はいろんな雑多な魔術を一まとめにしたような魔術体系だが、その大元は自然との調和だ。

 大自然の力を借りて奇跡を起こすという物だ。

 それだけに、人の世とは根本的に隔離され独自の進化を遂げているであろう最果ての地にはサリー教授も興味がある。

 一度は行ってみたいと考えていたほどだ。

「そうか…… 二人がそう言うのなら問題はない。異論がある者は?」

 ポラリス学院長のその問いに異論を唱える者はいない。

 ほとんどの教授が一安心したような顔をしている。

 ただウオールド老だけが、二人が抜けたときの体制のことを危惧する。

「教授が二人も抜けると大変じゃのぉ。フーベルト教授の代わりは、まあ、元々やっていたワシがするとして、サリー教授の穴はどうするかね? 最近は講義も人気が出て来たと聞いているぞ」

 優等生のジュリーが弟子入りしたのをきっかけに、ジュリーが魔術師としての才能をメキメキと開花させ行く様子をみた周りの生徒達も、今までさほど人気がなかったサリー教授の講義に出るようになってきている。

 今までは魔道具作成の講義しか、人気がなかったサリー教授の講義が自然魔術のほうも講義を受ける人が増えてきている大切な時期でもある。

 そんな時期に、サリー教授が講義を休むのは当然痛手となる。

 それ以上に自然魔術の教授として、サリー教授は対外的に有名な教授でもある。

 生徒には理解されないが、その道の他の魔術学院の教授達からなどの評価は高い。

 他の学院から良く尋ねられるほどだ。

 それらの相手となると代わりを務められる者はいない。

「わ、私の…… じょ、助教授にでも…… 彼は…… 優秀ですから……」

 それはサリー教授も分かってはいるが、ぜひとも東の地には訪れてみたかったし、結婚した直後にフーベルト教授と離れ離れになるのは嫌だ。

 なので、慌てて自分の下に一人しかいない助教授に白羽の矢を突き立てる。

 実際、優秀は優秀なので問題なく講義を行ってはくれるだろう。

 それでも生徒に対する講義以外の事となると、さすがに実力不足と言わざるを得ない。

 だが、

「いいや、俺がやってやるよ、サリーちゃん」

 そう急に会議室に声が響く。

 会議室の戸は開かれていない。

 最初から、その男はこの場にいたのだ。

 それにほとんどの者の存在に気づけてすらいなかった。

 教授達にすら、その存在を今まで隠し通していたのだ。

 デミアス教の大神官、オーケンという男は。

「おぬし、どこから湧いて出たんじゃ……」

 ウオールド老が驚きながらそう言った。

 ポラリス学院長は特に驚く様子もなく、オーケンに話かける。

「オーケン大神官殿。デミアス教の大神官である貴方であれば実力は疑うまでもないが教授とは残念ながら資格制なのだ。おいそれと認めるわけには行かない」

 あくまで事務的に話を進める。

 カリナはそれを目を瞑り黙認している。

 恐らくだが、この二人は最初から知っていた、いや、オーケンに頼まれて、何らかの取引をして会議を聞くことを了承していたのだろう。

「おいおい、俺を誰だと思っているんだ? 魔術学院の教授の資格くらい持っているに決まってんだろう? まあ、他の領地のだけどな」

 オーケンはそう言ってニタリと笑う。

 この男がその資格を持っていても何ら不思議ではない。

 この男は間違いなく、もっともすぐれた魔術師の一人であることは確かなのだから。

「なんとも、まあ。驚きはせぬがな。ついでにどこの領地じゃ?」

 半ば呆れるようにウオールド老が興味あるように聞く。

「西の大国、オベカンド領のだよ。今、書類は手元にはないが後で送ってもらうよぉ」

「オベカンド領ですって? デミアス教の大神官である貴方が? 光の勢力の魔術学院の教授の資格をどうやって?」

 それを聞いたエルセンヌ教授が驚愕の声を上げる。

 そもそも西側の領地は光の勢力が占める地域だ。

 その中でもオベカンド領は強い力と影響力を持つ領地である。

 もちろん、その領地にある魔術学院は光の勢力化にある魔術学院のはずだ。

 闇の大神官とも言うべき男が、そんな領地の教授の資格を持っているというのはエルセンヌ教授からすると信じられない話だ。

「実力で黙らせてやっただけだよぉ。無理難題を押し付けてきやがったから、それを軽くこなしてやっただけの事だよぉ、へへっ、あの時は面白かったぜ?」

 オーケンはそう言って笑って見せる。

 どんな難題だったかはわからないが、この男であれば、それも難題ですらなかったのだろう。

「その資格が本物であるのであれば、当学院としては問題はない」

 ポラリス学院長は私情を挟まずにそう判断する。

「おぅおぅ、流石天下のポラリス学院長様だ、ハハッ、話しが早い」

「良いんですか? 学院長!?」

 と、エルセンヌ教授が驚いて確かめるのだが、

「何か問題があるのかね? エルセンヌ教授?」

 と、ポラリス学院長に言われて言い返せる言葉もない。

 もし本当にオベカンド領の魔術学院がオーケンに教授としての資格があると認めているのであればだが。

「いえ……」

 エルセンヌ教授は結局何も言えることはない。

 オーケンの実力は、エルセンヌ教授でも一目見ればわかる。

 まさに生きた伝説のような魔術師だ。

 おおよそ人という範疇を大きく逸脱した人物であることだけは間違いはない。

 ただとてつもなく厄介な迷惑者でり、本人の意志に関わらず問題ごとを引き寄せる人物でもあるのだが、そんな事はこのシュトゥルムルン魔術学院では日常茶飯事だ。

 そうでなければ、祟り神の巫女であるマリユを教授に迎え入れたりはしない。

「では、後で必ず資格の証明だけは提出して頂こう。また、一時的には当学院の教授となるにあたり、当学院の規則には従ってもらう」

 ポラリス学院長は目を細めて、オーケンに首輪をつけようとする。

 普段のオーケンならそんなことを許しはしないのだが、

「はいはい、かわいい娘の為だ。それくらいは我慢するよぉ…… なあ、サリーちゃん、少しは見直してくれたぁ?」

 オーケンはそれを甘んじて受け入れる。

 そして、ニヤリと笑い娘の顔をみる。

 それに対して、サリー教授は不本意な表情を見せながらも感謝の言葉を述べる。

「あ…… ありが…… とう、ございます……」

 そして、フーベルト教授がそれに嬉しそうに続く。

「ありがとうがとうございます、義父さん!」

 だが、オーケンは即座に嫌そうな顔を浮かべる。

「まだだ、まだ父と、おまえが呼ぶんじゃねぇよ!!」

 と、本気で吼えるようにオーケンは叫ぶ。

「すいません……」

 フーベルト教授は肩をすくめて謝るが、オーケンを恐れはしない。

 だが、それは不本意ながらもオーケンという男にとって好感を持たせる行為でもある。

 オーケンは、何ともやりきれない顔を隠しもしない。

「では、この方向で話を進めてくれ」

 ポラリス学院長はそう言って、この緊急会議を終わらせる。

 学院長であるポラリスもまた忙しいのだ。

 色々と、闇の小鬼、始祖虫、その始祖虫と竜が戦った後の後始末がまだまだ残っているのだ。

 今も、ルイーズの父でありこの領地の領主であるルイが、この学院に作られた執務室で仕事をしている。

 魔術学院としても、手伝わないわけには行かない。

 復興作業にも魔術師は何かと役立つ。

 それに、魔術学院は領主であるルイが運営資金を出していると言ってよいのだから、学院長として何もしない訳には行かない。

 さらに言ってしまうと、今は収穫祭の時期だ。

 様々な信徒が集まる魔術学院では何かと混沌とした祭りが開かれる時期だ。

 なにかと問題が上がってくる元から忙しい時期でもあるのだ。

 法の神の信徒として、ポラリス学院長は学院長としてではなく、それらを調停する聖職者としても忙しい時期なのだ。

「ああ、後はワシが進めて置くから、おぬしはさっさと仕事に戻れ」

 ウオールド老がめんどくさそうに頭を掻きながらそう言って、ため息をついた。

「任せる」

 その言葉だけを残し、ポラリス学院長は会議室を出て行く。

 それにカリナも続いていく。

 その際、カリナはダーウィック教授を少し睨むような顔を見せるが、ダーウィック教授はそれに目を合わせない。

 ミアはなんとなく教授達の反応に納得できない物を感じつつ、フーベルト教授とサリー教授が同行してくれることは素直に嬉しかった。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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