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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時

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収穫祭と結婚式、そして、旅立ちの時 その1

 ミアは目を覚ました。

 自分の寝台でだ。いつもの時間、いつもの部屋、第二女子寮、別名魔女科専用寮とも言われる寮の、ミアの自分の部屋で、だ。

 今となっては、その別名である魔女科専用寮の意味合いも多少変わってきてしまっている。

 ミアが、学院の魔女と呼ばれるようになってしまったからであり、別名の魔女寮という呼び名も真実味を帯びてきている。

 そんなどうでもいい事は、本当にどうでもいいことだ。

 ミアは目が覚めた瞬間、自分の左側に誰か寝ているかのような感覚がする。

 ミアが左側を見ると、大きな、人の頭ほどの肉塊がある。

 脈打つ肉塊だ。

 大きな目玉の肉塊だ。

 それが触手を生やし自分の左肩に巻き付いている。

 ミアがその肉塊、ロロカカ神の御使いが受肉した物を見ると、大きな目がミアを見返す。

 その大きな目が合う。

「おはようございます、アイちゃん様」

 と、ミアは挨拶をする。

 アイちゃんと呼ばれた御使いは瞬きすることで、それに答えた。

 アイちゃんという名は、御使いの本当の名からとったあだ名のような物で、夢の中で御使い自ら、アイちゃんと呼べ、とミアに伝えて来たからそう呼んでいる。

 ただ、ミアからすると御使いなのだ。ロロカカ神の御使いなのだ。

 ちゃん呼びで呼べるわけがない。

 なので、ちゃんの後に様を付けて、アイちゃん様と呼んでいる。

 ミアは寝間着を脱ぎ、冬用の服に着替える。

 アイちゃんは器用に触手を動かし、ミアの着替えの邪魔にならないようにしている。

 ミアも初めこそ慣れなかったが、数週間も共に暮らせば自然と慣れもするものだ。

 今では日常生活で、もうアイちゃんの存在に特に戸惑うこともない。

 だが、その左肩の存在が、ミアをより一層、学院の魔女という名の説得力を深めて行ったことは間違いがない。

 ミアは着替え終わると、そのまま顔を洗いに寮の一階にある共同の洗面所まで行く。

 冷たい水で顔を洗うと、アイちゃんが触手で手拭を取ってくれる。

 ありがとうございます、と、ミアは返事しつつ顔を拭く。

 もう大目玉の肉塊との生活も慣れた物だ。

 ただ、部屋に帰る途中で出会った他の生徒は、ミアとその左肩に乗せている存在に驚き、自然とミアに道を譲るのは、まあ、仕方のない事だ。

 なにせ、ミアの左肩にいる目玉は、人の頭ほどの肉塊に目玉であり、それは絶えず脈打ち、触手を生やしていて、上位種であり火曜種でもあり、神の御使いなのだから。

 人が無意識のうちに避けるのも無理のない話だ。

 ただ、その存在がミアのことを学院の魔女という別名にどんどんと真実味を帯びさせていっている事だけは事実だ。


 身支度を整えたミアは寮の自分の部屋から廊下に出ると、既にスティフィがミアの部屋の前、寒々とした廊下で待っていた。

 スティフィの身支度も既に終わっている。

 何なら、裏山に行くのも準備万端と言った感じでだ。

「スティフィにしては最近早起きですね」

 なんだかんだでスティフィは基本的には朝に弱い。

 なので、ミアが朝に裏山に入るときはついてくることも少ないのだが、ここ最近は裏山に行く行かないにかかわらず、ミアに合わせてスティフィも早起きをしている。

 それが、ミアからすれば珍しいと感じているのだ。

「その…… 肉塊? が、ミアについてからより一層ミアを監視しろって言われてんの」

 スティフィは特に隠すこともなく、命令されていることをミアに伝える。

 御使いが受肉して顕現するなど本当に珍しい事だ。

 そのうち中央から調べるために、どこぞの有名な教授でも来るんじゃないかとも言われているほどだ。

「監視って…… それ私に言ってもいいんですか?」

 そう言ってミアは少し不満そうな顔をするが、どこか笑っている。

「別に構わないでしょう? はじめっから何も隠してないんだし」

 と、スティフィは特に悪びれずに答える。

 そもそも、スティフィはミアの目の前でダーウィック教授から、ミアの友人となりミアをデミアス教に引き込めと命令されてミアに近づいているのだ。

 今更、更に監視の目を強くしろと、言われたくらいで何とも思わないし、スティフィがミアの為に命を張ったことも一度や二度ではない。

 二人の間には、それなりに強い信頼は築けている。

「それはそうかもしれませんけど……」

 ただそれはそれとして、ミアは少し不満そうな顔を見せる。

「今日午前の講義はないわよね? 裏山でも行くの?」

 スティフィはミアに確認してくる。

 そこでミアもスティフィが既に野外用の装備を身に着けていることに気が付く。

 スティフィははじめっから裏山に行くことを想定していたようだ。

 だが、

「いえ、材料は足りているので久しぶりに自分の工房にでも行こうかと……」

 そろそろ、新しい使徒魔術の開発や魔力の水薬の補充もしたい、と、ミアはそう考えていた。

 それにせっかく借りた工房も、最近ではあまり自分では使えていない。

 高い金額を払い借りているのだから、使ってやらなければもったいない。

 たまには自分でも使わないと、あの工房はジュリーに占領されつつあるのだから。

 既に、ミアの工房にはミアの私物よりもジュリーの私物が多くなり、前の土地にもジュリーが使う薬草が多数植えられているほどだ。

「そうよね、ジュリーに占領されちゃっているものね、取り返さないと」

 スティフィもそう言って面白そうに笑う。

 ジュリーは元々優秀な生徒ではあったが、サリー教授の元で学ぶようになり、魔術師としての才能を開花させつつある。

 サリー教授とも、そのサリー教授が教える自然魔術とも相性が良いようだ。

「自由に使っていいとは言っているので」

 なんだかんだでサリー教授にも世話になっているし、先輩でもあり友人でもあるジュリーに工房を貸すのもミア的には問題はない。

 なんなら、最近は水薬生成の分野などでも、ジュリーに教わることの方が多いくらいだ。

 魔術具作成の分野においては、ミアよりもジュリーの方に才能があったようだ。

「そうは言ってもミアよりもジュリーの方が使っている時間長いでしょうに」

 スティフィはそう言って少し残念そうな顔をする。

 スティフィ的にはミアに追い出される哀れなジュリーの姿を見たかったのかもしれない。

「私は講義を少し取りすぎてしまったので」

 そもそもミアが自分の工房を使えないのは、受ける講義を取りすぎてしまっているせいだ。

 それで講義がある時期は工房に行く時間が中々とれないのだ。

 今は祖父からの支援があるので、水薬などを作って生活費を稼ぐ必要もない。

 更にミアの今の知識的にも工房で試行錯誤するよりも、誰かに教わった方が効率がいい時期でもある。

「それもそうよ、付き合わなければならない私の身にもなってよ」

 そう言ってスティフィはため息をついた。

 スティフィもミアに合わせて、ミアが受ける講義を全て受けているのであまり時間がない。

 既に魔術師としては優秀なスティフィだが、それだけに魔術学院の生徒としては品行方正な生徒とは本来は言えなかった。

 そのスティフィが真面目に講義を受ける品行方正な生徒だと評価されるくらいに講義で予定が埋まっている。

 スティフィはスティフィでミアについていくので精いっぱいで余裕がないのだ。

 それで優等生として学院からは思われているのだが、スティフィはデミアス教徒だ。

 スティフィ的には、なんとなくだがデミアス教徒としては不名誉な事だと思いつつも、悪くもないと感じている。

「まだ朝早いですし、とりあえずは朝食を取りに食堂に行きましょう」

 ミアはそんなスティフィに声を掛ける。


 ミアがいつもの食堂に行くと、既にルイーズが優雅に朝食を食べていた。

 魔術学院の食堂ではなく、高級な料亭の朝食のような物をルイーズは食している。

 この地方の主食ではある麺類のサァーナではなく、果実を主として朝食をとっているようだ。

「おはようございます、ミア様」

 食堂に入って来たミアにルイーズが気づき挨拶をする。

「ルイーズ様、おはようございます」

 ミアも挨拶を返す。

 ただ、あまりにも自然に魔術学院の食堂に、この領地の姫様がいるのでスティフィは少し呆れる。

「お姫様さぁ、あんたいつまで家出してんのよ。なに学院の生活を満喫してんのよ」

 スティフィはそう言ってルイーズをからかう。

「リグレスの町の復興もまだですし」

 ルイーズはそう言いつつ、スティフィから視線を外す。

 スティフィの言う通り、ルイーズはルイーズなりにここでの暮らしを、自由を満喫しつつあるのだ。

 それを正面から言われ、少し後ろめたいものを感じずにはいられない。

「あんたのうちは、リグレスじゃなくてこの領地の首都、フーヘラッドでしょう?」

 更にスティフィがルイーズに突っこむ。

「あそこは古いだけで何もないんですよ……」

 ルイーズはそう言って大きなため息を吐きだした。

 姫としては余り良くない態度だが、今はまだミアとスティフィしかいないし、ルイーズの護衛であるブノアとマルタは見て見ない振りをしている。

 あまり領主の娘としてふさわしくない態度ではあるが、ルイーズにも息抜き、そして、本音を話せる相手は必要なのだ。

 それがデミアス教の信徒なのは少しいただけないが、そもそも物おじせずにグイグイとルイーズに話かけるような人種の方が少ない。

「神殿都市と呼ばれているんですよね? 私、少し気になるんですが?」

 なんでも神殿都市と呼ばれ、神殿を中心として発展した都市であり、随分と歴史ある都市、と言うことはミアも聞き及んでいる。

 だが、それくらいしか情報がない。

 いや、実のところ、この領地の首都はそれくらいしか特色がない。

 規模としては、それなりに大きな都市ではあるが、特色が本当に神殿を中心とした都市であること以外は何もない。

 言ってしまえば、華がないのだ。

 物凄く地味な都市なのだ。この領地の首都は。

 だから、交易で栄えたリグレスが都などと呼ばれ、首都よりも首都っぽいなどと言われているのだ。

 それに、このリズウィッド領の主神は秘匿の神だ。

 だからなのか、フーヘラッドの都市には、なにかと秘密が多い。

「秘匿の神の神殿ですよ? 一応は実家でもあるのですが、ほぼ立ち入り禁止ですよ」

 と、ルイーズはうんざりした顔でそう言った。

 確かに、秘匿の神の神殿は広大な神殿であり、リズウィッド家の家でもあり、王城でもあるのは事実だ。

 だが、その大半は代々立ち入り禁止なのだ。

 領主であるルイでも、その神殿の全容を知らないでいる程だ。

「え? お姫様でも立ち入り禁止なの?」

 スティフィがそれに驚いて聞き返す。

「お父様でも…… です」

 ルイーズは少し目をピクピクとさせながらそう答えた。

 実家ではあるが、慣れ親しんだ神殿というわけではない。

 リズウィッドの神殿は秘匿された物が多すぎて、気が抜けない場所でもあるのだ。

 ルイーズの実家ともいえる神殿は色んな意味で秘匿された物が多すぎるのだ。

 また、表に出せない様な物を秘匿して欲しいと他の領地から送られてくる品々があとを立たない。

 それが南で一番リズウィッド領が栄えた切っ掛けにもなったことなので、リズウィッド家としてもそれを今更断れないでいる。

 そんなわけで、フーヘラッドの神殿には見てはいけない物、知ってはいけない事であふれかえっている。

 ルイーズにとっても何かと気の置けない実家なのだ。

 だから、栄えているリグレスに領主の別荘があり、その大半をその別荘で過ごしているくらいなのだ。

「なにそれ……」

 その話を聞いてスティフィも少し呆れる。

 ただミアはルイーズからも神殿都市のことを大して聞けないと分かると、興味は別の方へと向かう。

 きょろきょろと食堂内を見回し、誰かを探し始める。

「まだディアナ様来てないですね」

 ミアが探しているのはディアナだ。

 ディアナは元神憑きの少女で、今はその身に神の代わりに、御使いを宿す少女だ。

 左肩に御使いを乗せているミアの先輩のような存在だ。

 ミアとしても、御使いと共に暮らしていく上で色々と教わりたいことが尽きない。

「寝ているんでしょう、寝るのが仕事みたいなもんでしょうし」

 スティフィがミアの疑問に答える。

 ミアはディアナに色々と教わりたいことはある。

 だが、元神に憑かれていたディアナの精神状態は常人とは異なっている。

 御使いを宿す先輩としての話を聞けた試しはない。

 それでもミアがディアナから話を聞きたがっているのは、ロロカカ神の御使いであるアイちゃんに失礼があってはまずいと思っているからだ。

「やはり御使いのことをお聞きに?」

 と、ルイーズが確認する。

 ルイーズ的にはディアナは御使い憑きの少女というより、餌付けしてしまった幼い少女に思える。

 年齢的にはディアナの方が少し上なのだろうが、ディアナの精神は既に壊れかけだ。

 人としての精神状態は、とても幼いようにルイーズには思える。

 なので、ルイーズにとっては懐いた妹のような存在でもある。

「はい、御使いと一緒に暮らす上での先輩ですからね、色々と話を聞きたいのですが」

 正直なことろ、ミアもこの肉塊の御使いとどう向き合えば良いのか迷うところだ。

 まず見た目がどうにも印象深すぎる。

 脈打つ肉塊で目玉であり、触手が生えているのだ。

 その見た目なのだが、ミアの信じる神の御使いなのだ。

 それなのに、その御使いは、自らをアイちゃんと呼べと、そう夢で伝えて来たのだ。

 ミアとしてもどう接したらいいか判断に困っている。

「まともに会話にならないでしょう、特に最近は」

 それに対して、スティフィは朝食に何を食べようか迷いながら、ミアにも突っ込む。

 スティフィの言っていることは確かだ。最近のディアナの様子はどこか以前にもましておかしい。

「うーん…… まあ、そうなんですよね。最近はなに聞いても、運命運命運命、って、繰り返すだけなんですよね」

 ディアナはディアナで、ミアが正式な門の巫女となったことに喜んでいるようだ。

 だが、それだけにまともに意志疎通ができていない。

 最近のディアナはミアが何を聞いても、運命、という言葉を繰り返し、その場で踊るようにくるくると回るだけで会話にならないでいる。

「そう言えば、朽木の王と朽木様に挨拶に行くのよね? いつ?」

 そこでスティフィは話題を変える。

 ミアが正式に門の巫女となり、神の印も貰ったので、精霊王の朽木の王と古老樹の朽木様に知らせにいくことになっているはずだ。

「はい、正式に巫女になったので、お知らせにとは思っているんですが、どうも時間が取れなくて。収穫祭と、それとフーベルト教授とサリー教授の結婚式の後でしょうか……? またサリー教授に付き添ってもらわないといけませんし」

 片道一週間ほどかかる位置に、朽木の王と朽木様はいる。

 それにその二人がいる辺りは精霊の領域であり、知識ない者が訪れても二人の元へたどり着けもしない。

 教授の付き添いは必須だ。

「結婚したばっかりの新婚夫婦を早速離れさせるのね、ミアは」

 往復で二週間だ。

 新婚の新婦を二週間も借りなくていけないのはミアとしても心苦しいのだが、上位種である二人をこれ以上待たせる訳にも行かない。

 ただ収穫祭も大事な行事だ。

 そちらもおろそかにできるものでもない。

 その期間はどの教授も忙しいし、特にフーベルト教授とサリー教授の結婚式が控えているので、この二人は特に忙しそうだ。

 収穫祭と二人の結婚式が終わるまでは動けそうにない。

「うぅ、だって…… 仕方ないじゃないですか! 正式な巫女になったら挨拶しに行くって約束しているんですよ」

 ミアは悪いと思いつつも、朽木様と朽木の王に約束してしまったことを思い出す。

 正式な巫女になったら知らせると、そう約束している。

 それに上位種の二人に会うのはミアも楽しみである。

「正式な巫女…… なにか変わったことはあるんですか?」

 ルイーズがそう聞くと、ミアは顔をあからさまに明るくさせる。

「額に印が! ロロカカ様の印を頂きました!」

 そう言ってミアはおでこに浮き上がった神の印をルイーズに見せびらかす。

 とはいえ、ルイーズももう何度もミアに見せびらかされている後だ、今更興味も湧かない。

「ミアも印持ちかぁ」

 と、スティフィはミアの額の印を観察しながら、少し羨ましそうにそれを見る。

 その印は三日月形の印の中に、複雑な紋様が描かれた物で、紛れもなく神の印だ。

 それがあれば、自分の寿命も伸びるのかもしれない、とスティフィはそれを羨むのだ。

 今のままでは、色々と魔術的な改造を施されたスティフィの体は持ってもう十年あるかないか程度なのだ。

 そこがスティフィの寿命なのだ。

 だから、神の印を与えられ、永遠ともいえる寿命を持ったミアを羨むのだ。

「ダーウィック教授も印持ちなのですよね?」

 スティフィが羨んでいる事など知りもしないように、ミアはスティフィに聞く。

「そうよ。デミアス教の大神官と呼ばれる人間でも、第六位のダーウィック大神官様までね、神から印を頂いているのは」

 ただダーウィックに心酔しているスティフィにとっては、それを聞かれることは嬉しい事でもある。

 自分の事の様にスティフィは嬉しそうにミアの問いに答える。

「じゃあ、オーケンさんも持っているんですか?」

 そこで、ミアはダーウィック教授よりも大神官としての位が高いオーケンのことを思い出す。

「当たり前でしょう、あの方も五百歳以上のはずよ、なんなら、生きた伝説よ。印を持たない人間は魔術で誤魔化しても精々二百歳ちょっとが限界のはずよ」

 スティフィはそう言って少し気分が良くなる。

 自分のことではないが、自慢できることは自慢しておいて気分が良くなってしまっている。

「他に持っている人はいないんですか?」

 ミアはそう言われ納得する。

 確かにダーウィック教授もオーケンも優れた魔術師だ。

 どこか常人とは違う何かを持っているように思える。

 ただ、身近に二人もいると更にそんな人物がいるのではと思えて来る。

「うーん、噂では学院長も印持ちって聞いたことあるけど…… 本当かどうかはわからないわね」

 スティフィはそう言って少し考えこむ。

 ポラリス学院長の事は少し調べたが、デミアス教の情報網でもよくわからなかった。

 ただわかったことは、ポラリスという名が偽名だと言うことくらいだった。 

「ディアナ様がそうじゃないですか」

 そこで、ルイーズがもっと身近にいるじゃないですか、と意外そうな顔をしてミアに伝える。

「ああ、そう言えば…… ディアナ様は神憑きとか御使い憑きの印象が強くて……」

 そう言われたミアはハッという顔をする。

 ミアからすると、ディアナは神憑きの巫女という印象の方が強すぎていて神の印持ちと言うことが頭からすっぽり抜け落ちていた。

「でも、あの子は年相応らしいわね」

 スティフィが更に情報を付け加える。

 ディアナは見た目通りの年齢であり、長く生きているわけでもない。

 また神憑きだったディアナの寿命は逆に短いとされている。

 寿命がいくら伸びようが、魂自体が摩耗してしまっていて、どうにもならないと言うことだ。

 神の印は別に与えられた者を不死にする祝福ではない。

 不老にはなれるが、不死になれるわけではない。

 そう言った意味では、スティフィは勘違いしているが神の印を貰えたからと言って彼女の寿命が伸びるわけでもない。

「まあ、あの方は神をその身に宿していたのですからね……」

 ルイーズはそう言って難しい顔をする。

 ブノアから聞いた話では、ディアナの寿命は後もって一~二年がいいところだという話だ。

 自分に懐いてしまっているだけに、ルイーズとしてはやり切れない所がある。

「神憑き…… そういえばマーカスさんも、もうずいぶんと経ちますが、まだ帰ってきませんね」

 ミアもルイーズと同じことを考えてしまい、話題を変える。

 ディアナ的にも死ねば神のみ元へ導かれることなので悪い事ではないのだろうが、ミアもその事は十二分に理解できてはいても、それはそれとして寂しさはあるのだ。

 そう考えていること自体にミア自身が少し驚く。

 学院に来る前の自分なら、神の御許に導かれて幸せのはずだ、としか考えなかったはずだ。

 ついでにマーカスは冥府の神に会いに行ったまま、まだ帰ってきていない。

 相手が冥府の神だけに、ミアも心配になっている。

 神に気に入られること自体は悪い事ではないが、良い事とも言い難い。

 それが冥府の神であるならば、そのまま冥府に連れていかれることだってある。

 それはもちろん死を意味していることだ。

「もう冥府に囚われて戻って来れないんじゃないの」

 ミアが心配そうな表情を浮かべるなか、スティフィはそんな事を笑みを浮かべながらミアをからかうように言う。

 ミアにもスティフィが本気で言っているのかどうか判断が付かない。

「冗談でもそう言うこと言わないでくださいよ」

 なので、ミアはそう言ってスティフィを諫める。

「オーケン大神官の話でも、今は視界の共有も出来てないらしいわよ」

 けれど、スティフィは更に情報を、今度は真剣な表情でそのことをミアに伝えた。

 マーカスの額にはオーケンが施した入れ墨があり、それを通してオーケンはマーカスの視界を盗み見ることができていたのだが、それすらもできなくなっているらしい。

 それが本当の事だと、ミアにもスティフィの表情を見ればわかる。

「え? そうなんですか…… 少し心配ですね」

 マーカスと別れてから色々あったが、マーカスからの連絡は一度きりしかない。

 白竜丸が聖獣になる、と言う連絡があって以来、まるで連絡が取れていない。

 そこへ勢いよく、食堂の扉を開け放ち、エリックが食堂に入ってくる。

 もう寒くなっていると言うのに半袖の服しか着てないし、なんなら汗までかいている。

 恐らく騎士隊の訓練の後、急いで食堂にやって来たのだろう。

「おはよ! スティフィちゃん! それと、ミアちゃんとルイーズちゃんも!」

 エリックは元気よく挨拶をする。

 ルイーズの後ろに立っているブノアが、ルイーズをちゃん呼びしたことに、目をピクリとさせるが、それ以上のことは何もしない。

「エリック、あんた凄いわね。領主の娘をちゃん呼びで」

 その代わりに、スティフィがからかうようにエリックにそう言うのだが、

「ん? だろ? 俺、実は凄いんだって」

 と、まるで分っていないような反応を返すだけだ。

「いや、いいわ……」

 スティフィはそう言って、からかいがいのない奴と興味を失くす。

 その代わりにミアがエリックに反応する。

「エリックさんは朝練の帰りですか?」

「おうよ! 朝練自体はまだ続いてるけどな。ミアちゃんがもう食堂に来るだろうからって、食堂に行けって言われてんだよ」

 そう言って、エリックはスティフィの隣の席に座る。

 それに対して、スティフィは迷惑そうな顔をエリックに向けるのだが、エリックはまるで気にしない。

 むしろスティフィが自分の方を見ていたことに機嫌が良くなるだけだ。

「どこもかしも、ミアを厳戒態勢で監視したいみたいね」

 スティフィはエリックに呆れたあと、しみじみとそんなことを言った。

 ただ実際、監視態勢になるのも分かる話だ。御使いが降臨しただけでなく、受肉までしたのだ。

 本来、御使いは肉体を持たない火曜種なのに、一部とはいえ肉体を得ているのだ。

 周りの人間達が警戒を強め動向を探りたいのも分かる話だ。

 ただマーカスがいない今、騎士隊の情報源がエリックしかいないのは騎士隊にとって大きな出遅れになるし、正確に情報が伝わっているのかもわからない。

「まあ、御使いが受肉されていますしね」

 ミアもそう言って、悟ったようにお茶を啜る。

 そして、朝食に何を食べようか本格的にお品書きを見つめだす。

「いや、あの魔術もたいがいやぞ。騎士隊の先輩がさ、あれを見たんだけど皆腰抜かして泣いてたらしいかんな。神の奇跡じゃなかったら今頃どうなっていたかわからないぞ」

 エリックはそう言って笑ったが、そんなエリックをミアは睨む。

 スティフィがギョッとした顔をして、動向を見守り始める。

「ロロカカ神の御手ですが…… 私も見てみたかったですね」

 そこへルイーズが素直な感想を言う。

 次の領主であるルイーズも言ってしまえば巫女的な立場の人間だ。

 ルイーズ自身も、この領地の主神である秘匿の神に選ばれた一族の末裔なのだから。

「あれは見ないほうが…… ああ、こ、神々しすぎてね? ミア、神々しすぎてという意味で、見ないほうがいいからね?」

 動向を伺うはずのスティフィがうっかりと、口を滑らす。

 慌てて取り繕うが、エリックに向けられていた視線はスティフィへと向けられている。

「なんですか、スティフィ、取ってつけた様に」

 ミアはスティフィを睨みながらそう言うと、エリックが助け舟のつもりで更に口を挟む。

「ミアちゃんもあんまりムキになんなって。だから、学院の魔女って呼ばれてんだよ」

 と。

 ミアの顔がムッとしていくのが誰にもわかる。

 エリック以外の全員が背筋に冷たいものを感じ始める。

 ただ、スティフィだけは自分から意識がそれたことに関してはホッとしている。

「私は巫女です! 魔女ではありません!! なんと言っても正式な巫女になったんですから!」

 ただ、ミアは怒るよりも喜びの感情の方が大きかったようだ。

 他人に何と言われようとも、ミアはロロカカ神から選ばれて巫女と、正式な巫女となったのだ。

 ミアにとっては他人の戯言などどうでもいい事だ。

「そうですよ。魔女とは師匠のような人のことですよ、あっ、おはようございます、皆さん」

 そこへアビゲイルが、疲れた様子で食堂へと入ってくる。

 何日も徹夜明けしたような、そん案雰囲気が漂っている。

「アビィちゃん、おはよ…… 相変わらず目の下のクマが凄いですね」

 ミアの言う通り、アビゲイルには最初から目の下のクマはあったのだが、それがより一層大きく濃くなっている。

「寝る暇もないんですよぉ、師匠の新居の工事が終わらなくてぇ!! その癖、今はミアちゃんから目を離すな、とか、講義もサボらずにちゃんと出ろ、とか言われててぇ!! 流石のアビィちゃんもまいってますよぉ」

 そう言って項垂れた。

 その様子を見るに、食堂よりも寝室へ行った方が良さそうなのだが、ミアが食堂にいる時間だからと、わざわざ来たのだろう。

 その証拠にアビゲイルは食堂に来ているのに食堂の今日のお品書きを見ようともしない。

「あんたも大変ね……」

 と、スティフィが同情する。

 自分もミアに付き合い大量の講義を受けているのだが、それ以上に今のアビゲイルからは余裕が全く見られない。

「本当にですよぉ……」

「そう言えば、アビィちゃんは印持ってないんですか? 凄い魔術師ですよね?」

 ミアが興味あるようにアビゲイルに話を聞く。

「神の印ですか? それを持っているのは師匠ですねぇ。それと、私は凄いもぐりの魔術師なのですよぉ、正確には。才能はあっても魔術師としての資格がないんですぅ」

 アビゲイルはミアの問いに若干拗ねながら答えた。

 神の印を持っていないことに拗ねたのではなく、魔術師としての資格がないことに拗ねているだけだが。

「え? マリユ教授も印持ちなんですか…… 意外と多いんですね。印持ちの人って」

 ミアが驚いてそんなことを言った。

 そして、意外といるものなんだと、そう思ってしまう。

「この学院が変なんですよ。まあ、それはカリナさんがいる時点でそうなんですがねぇ。普通は印持ちの魔術師が魔術学院に一人いれば良い方ですよぉ」

 アビゲイルはそう言って完全に食堂の机に身を投げ出した。

 そのまま、浅い呼吸を繰り返す。

 完全に寝ているわけではないが、意識はあまりなさそうだ。

「あ、ルイーズ様、皆さま、おはようございます」

 そうしていると、今度はジュリーが食堂にやってくる。

 ジュリーはルイーズがいると分かると一早く挨拶をする。

「ジュリー様、おはようございます」

 ルイーズもそれに答える。

「おはようございます。ジュリーもなんか疲れてますね」

 ミアはそう言って、ジュリーを見る。

 アビゲイルとは比べようがないが、ジュリーも少し疲れているように見えなる。

「あ、はい、徹夜で工房を使わさせていただいてましたので……」

 そう言って、ジュリーはミアに笑顔を向ける。

 ジュリーが魔術工房を使えているのはミアのおかげなのだ。

 感謝してもし切れていない、そんな表情をしている。

「何かしているんですか?」

 と、ミアが興味本位で聞くと、ジュリーも嬉しそうに答える。

「はい、新しい水薬の…… えっと、飲み薬のほうの開発をですね」

 と、嬉しそうに説明しだした。

 飲み薬の水薬の作成は色々と制約や条件が厳しいのだが、ジュリーはそれらの難題を難なく突破している。

 ついでにミアは、魔術学院で学んでいる年数不足で飲み薬の方の作成は許可されていない。

 一年先輩であるジュリーだから許可が降りたことだ。

「ほら、ミア、工房乗っ取られるじゃない?」

 スティフィがそう言ってミアをからかう。

 だが、慌てだしたのはミアでなくジュリーの方だ。

「あ、工房を…… つ、使いますか? す、すぐに片づけますので……」

 と、あからさまに慌てだし、ぶつぶつとかたずける内容を独り言の様にジュリーが言い出した。

 それを聞いたミアは、今日の予定を変えるしかなかった。

「あっ、あぁ…… いえ、大丈夫ですよ、ジュリーが使ってください。私のは急ぎでもないですから」

 それも事実だ。

 今日はなんとなく工房で魔力の水薬、それの改良をして新作でも作ろうと、そう思っていただけだ。

 新しい知識を色々と得ているのでそれを試そうと考えていただけだ。

「す、すいません……」

 ジュリーは完全に委縮してミアに謝る。

「じゃあ、午前中暇になったわね、たまには午前中くらい、ゆっくりしましょうよ」

 と、スティフィも机の上に身を投げ出しながらそんなことを言った。

 午前中だけでもこの食堂でダラダラと過ごすのも悪くはない。

 なにせ、外はもう寒いのだ。

 この地方から始祖虫の存在が消え、冬山の王も天に帰るかもしれない、という話もあったが、そんなこともなく例年通りの厳しい冬が近づいてきている。

「久しぶりに図書館でも行きますか」

 ミアはスティフィの提案を無視し、そんな事を言った。

 多少なりとも知識を得て来たからこそ、調べたいこと、読みたい本などがミアにも出てきている。

「暇なら師匠の新居造りの手伝いをしてくださいよぉ!!」

 そこへ、机に顔をうずめたアビゲイルから、断末魔のような声でそう聞こえて来る。

「暇なのは午前中だけよ。午後一で私達は講義あるんだから。それにあんたは午前中も講義あるでしょうが」

 それに対して一早くスティフィが机から身をおこして答える。

 そうしないとミアが手伝うとか言い出すかもしれないと思ったからだ。

「なんで私の予定迄把握しているんですかぁ…… はぁ、誰か手伝ってくれる方いないですかねぇ」

 スティフィの発言にアビゲイルは若干の怖さを感じつつも、最後には人手を求めて嘆くだけだ。

「掲示板で募集してみたらどうですか?」

 と、ミアがそれに対して案を出す。

 魔術学院には依頼を出せる掲示板が存在する。

 生徒が依頼を出すこともできるが、それは稀で報酬も微妙な物も多い。

 けども、依頼元が騎士隊や教授からなど報酬が良い物も中には存在する。

「もうとっくにだしてますよぉ…… 無月の女神の館跡地と言うことで誰も応募してくれませんけどねぇ」

 だが、アビゲイルは更に依頼を出しているので、いじけるだけだ。

 元祟り神の領域跡地なのだ。

 そんな場所に、いくら報酬が良くても好き好んで仕事に行く者などいない。

「そりゃ、まあ、そうでしょうね…… 誰も好き好んでそんな場所で働きたくはないわよね。特に今は収穫祭前で他にも仕事が多いし」

 それに加えて今は収穫祭前だ。

 様々な神の収穫祭が魔術学院では開かれる。

 それの準備でどこも人手不足だ。

「収穫祭…… ですか……」

 ミアは少し寂しそうな顔をする。

「今年はミアも何かするの?」

 スティフィはミアに聞いてみる。

 ミアなら、ロロカカ神の為になにかやりそうなものだが、その気配がない。

「出来ないですよ。ロロカカ様の収穫祭はリッケルト村でやるものですからね」

 と、ミアは遠い目をしてスティフィからの問いに答えた。

 それに頷くように、ミアの左肩の肉塊の目が瞬きをする。





あとがき

 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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