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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由

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西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その8

 大きく揺れる外壁。響き渡る数々の重低音。大地を揺るがすほどの振動が複数回。

 外門の近くで闇の小鬼達の火薬がいくつかが爆発した。

 そのうちの一個は門のすぐ近くで爆発している。

 だが、内側から見る限り門にも外壁にも別状はない。

 それでも、辺りには焼けた火薬が爆発した匂いが漂い、日が沈みかけた夕焼け空の下に立ち込めていた。

「くっそ、なんで闇の小鬼達が火薬なんか持ってんのよ!」

 大きく揺れた外壁の上で揺れに耐えながらスティフィは叫ぶ。

 それに対して、エリックが憶測だが答える。

「半島からリグレスに来るまでに、鉱山がある村があったはずだから、そっから持って来たんだろ」

 確かに鉱山がある村も闇の小鬼により壊滅している。

 その村なら火薬くらいあってもおかしくはない。

 だが、元来、光が苦手な闇の小鬼が火を使わなければならない火薬を持ち運ぶなどあるはずはない。

 それは今までの常識を覆すほどの事だ。

「そう言うこと言ってんじゃないの! それをどうして奴らが使うのかってことよ! 闇の小鬼が人間の道具、それも火薬を使うとか聞いたことない!」

 闇の小鬼の生態は人に割と知られている。

 それは闇の小鬼が不死だからであり、どこかに閉じ込めて置かなければならないことが多いからだ。

 それによりどうにかして殺せないか、そう言った研究もされているが、それが成功したという話は聞いたことがない。

 そう言った閉じ込められた環境下でも闇の小鬼は人が用いるような道具を使うことはなかった。

 あっても単純な武器を手に持ち振り回すことくらいだ。

 火薬を使うだなんて本当に聞いたこともない。

「そりゃ…… 便利だからだろ?」

 エリックは何も考えないし答える。

 確かに、それはそうかもしれないのだが、そう言う事なのだろう。

「ああ、もういい! とにかく火薬持ちのがいたら最優先で狙って!」

 だた、スティフィはこれ以上話していても仕方がないとばかりに、話しを打ち切り闇の小鬼達に矢を撃ち続け矢の入っている弾倉を空にする。

 ミアが伝令に行ったまま帰ってこないで、スティフィは右手だけでどうにか連弩の弾倉を取り換える。

 だが、片手だけではどうしてもうまく扱うことが出来ない。

 ミア以上に手間取りながら何とか弾倉を取り換えている。

「わかったよ、任しなって。あいつらを撃ち抜けば良いんだろ? スティフィちゃん」

 そんなスティフィを横目に、エリックは狙撃用の弩で闇の小鬼達を打ち抜く。

 だが、

「任した結果がこれじゃない!」

 と、スティフィが声を上げる。

 とはいえ、エリック一人ではどうにかできる数ではなかったのも確かだ。

 今のはただの八つ当たりに過ぎない。

 そこへ、

「スティフィー!」

 と、名を呼ぶミアの声が少し遠くからする。

「ミア?」

 と、振り返るとミアは壁の下で手を振りスティフィを呼んでいる。

「階段が崩れてしまい、そっちに向かえません!」

 そして、それを伝える。

 スティフィが階段があった場所を見ると確かに根元から階段が崩れている。

 階段部分だけどうも作りが雑で、木製の足場の上に後から石を積んで石畳の階段の様に見せていただけのようだ。

 それがさっきの爆発の衝撃で崩れてしまったようだ。

 木の足場に石を積んで無駄な荷重をかけていたせいで、先ほどの振動で崩れてしまったのだろう。

 それを目のあたりにしてしまうと、スティフィはこの外壁の強度に不安を覚え始める。

「なっ、そのまま下で待機、いや、門からは離れてなさい! 私の目の届く場所で!」

 スティフィはそう言って、ミアに指示を飛ばす。

「わかりました!」

 ミアは返事をした後、門から離れた位置まで移動していった。

 その場所をちゃんと見届けた後、

「確かに揺れたけど階段が崩れるほど?」

 と、疑問を口にする。確かに爆発の後に何か崩れ落ちる音を聞いたような気もする。

 ただ壁が崩れ落ちるほどの音ではなかったので、スティフィも気にはしていなかったが。

「あの階段は後付けでつけられた奴らしいぞ、観光用に市民が勝手にな。だからなんじゃないか? 外壁の方はちゃんと頑丈に作ってあるって聞いたぞ」

 エリックの返答にスティフィが顔を顰める。

「なにそれ…… ふざけてるわね。じゃあ、もともと、この門には外壁の上に登れなかったってこと?」

 外壁の上はかなり整備されていて、非常に戦いやすい。

 壁自体は確かな造りだ。

 それなのに内側から登る場所がないのでは意味がない。

 色々とちぐはぐだ。

「らしいな」

「間抜けすぎる……」

 と、スティフィが呆れながらそう言った。

 リグレスという町は、西側との間に運河が開通したことにより急激に発展した都市でもある。

 その為、街の整備が追い付いていないこところ多くある。

 その上、近年ではリグレスの資金がティンチルという町に流れて行っているのでなおのことだ。

「ミアちゃんの方は良いのか?」

 エリックが矢を放ちながら、スティフィに確認する。

「門が破られない限りは下にいたほうが安全でしょう。門が突破されたら私達も降りるわよ」

 スティフィは何の気なしにそんなことを言うが、

「ここ結構高いけど?」

 と、エリックは地上を見下ろしながら聞き返す。

 馬車駅とその広場と言うこともあるが、この付近にこの外壁より高い建物は存在しないほどの高さだ。

 簡単には降りられるとは思えない程の高さはある。

「このくらいなら壁伝いに降りれば余裕でしょう」

 スティフィは内側の地上を見ながらそんなこと言った。

 本気でそう思ったいるようだ。

「んっ、んんー、普通の人間には無理だぞ」

 エリックも身体能力は高い方だし、木登りなども得意だが、それでもこの壁を簡単に降りれるとは思えない。

「じゃあ、そのまま上から矢を撃っていなさいよ。それと竜鱗の剣、貸しなさいよ」

 スティフィはそう言うが、エリックは流石に嫌な顔をするだけだ。

「流石にスティフィちゃんでもそれはできないな。それにいい刀を持ってるんだろ?」

 エリックにとって竜は憧れそのものだ。

 偶然とはいえ手に入れた竜鱗の剣を他の者に貸したいとは流石に思わない。

 いい加減な性格のエリックにも譲れないものはある。

 それに神器であるはずの刀をスティフィも腰にぶら下げている。

 本来は扱うのも危険な神器だが、古老樹である荷物持ち君の力で安全に扱えるようになっていると聞いている。

「妖刀の類よ、あんまり使いたくはないのよね。まあ、いいわ。門を破らせなければいいだけだし」

 そう言って、スティフィは手頃な闇の小鬼に矢を撃ち放つ。

 スティフィとしては妖刀に乗っ取られかけた記憶があるので、安全とわかっていてもあまり使いたくはない。

 それにこの妖刀で何かを斬ると、少なからず心は高揚するのだ。

 冷静に計算して戦いたいスティフィからすると、それは邪魔でしかない。

「うわっ、火薬の第二陣が来たぞ!」

 狙撃用の弩で遠くの小鬼を狙っていたエリックがいち早く気づく。

 再び、恐らくは導火線に火をつけた火薬を掲げた闇の小鬼達が走り寄ってきている。

「どんだけ火薬を持ってきてるのよ! いや、待って、鉱山用ということなら黒色火薬よね…… ちょっとの火気でも簡単に爆発するはずね」

 さっきは火薬かどうか確信はなかったが、闇の小鬼達が持っているものは、辺りから漂ってくる火薬の臭いからも黒色火薬のもので間違いはない。

 闇の小鬼が持っている火薬が黒色火薬であるならば、爆発させてやるのは簡単だ。

「だろうな、転げ落ちただけで爆発してたしな」

 闇の小鬼達は長い導火線を持ち、それに火をつけて西門目指して特攻を仕掛けている。

 火が付きやすい黒色火薬なら誤爆や誘爆も楽にできるはずだ。

「闇の小鬼達がどれくらいの量を持っているかにもよるけど、とりあえず第二陣とやらは私の使徒魔術でどうにかするわ」

 スティフィはそう言って計算に入る。

 最初に小鬼共が持っていた火薬の量、第二陣とやらの手に火薬を持ち向かってきている数、それに一応、第三陣も勘定に入れておく。

 問題は範囲だ。契約している使徒魔術の範囲をかなり拡張しなければならない。

 だが、元が大した魔術でもないので追加で支払う魔力はそう多くない。

 拝借呪文を唱えるほどでもなく、魔力の水薬の残りでも賄えるだろう。

 それに元から燃えやすい黒色火薬に小さな火の粉を飛ばすだけでいいのだから。

 どれだけ対象があろうとも契約破棄まではいかないはずだとスティフィは判断する。

「任せて良いのか?」

 エリックがそ聞き返して来る。

 エリックにとっては絶望的な状況に思える。

 このまま第二陣とやらが門まで到達してしまえば、流石に門がどうなるかわからない。

「とりあえず、あんたは射程が段違いにあるんだから最優先で狙ってなさいよ」

 スティフィはそう言って少しの間、間合いを図る。

 魔力を後払いで範囲を拡張するにしても、もう少し闇の小鬼達を引き付けておきたい。

「了解了解!!」

 そう言っているうちに白い煙を掲げた四足歩行している闇の小鬼に乗る闇の小鬼が近づいてくる。

 伝令に効果があったのか、多くの者がそれを弓矢なので狙ってはいるが、火薬を持つ闇の小鬼の数も多い。

 少なくとも第一陣よりもその数は多く、二回目が、これが本番だと、そう言っているかのようだ。

 無数にいる火薬を掲げた闇の小鬼達は自爆覚悟で外壁へと急接近してきている。

 スティフィは右手中指、その指先の骨を触媒として契約している使徒魔術を行使するべく集中する。

 更に効果範囲を拡大させるために魔力を余分に払い魔術の効果範囲を拡大する。

 そのために残りの魔力の水薬に宿っていた魔力を全て支払う。

 中指の爪を相手に見せるように手を向けて、契約した使徒魔術の鍵となる呪文を唱える。

「荒れ狂う炎の使徒よ、業火に住まう御使いよ、盟約に基づきその力を見せ、我が障害を焼き払い目的を達せ!」

 スティフィは闇の小鬼が持つ火薬のみに火の粉を届けて、と強く願う。

 スティフィの中指に少しばかりの痛みが走る。

 スティフィが考えいた以上に闇の小鬼は火薬を隠し持っていたようだ。

 ただ今回は対象が燃えやすい火薬だったこともあり、スティフィの推測通り契約破棄されるほどではない。

 それでも量が多かったので触媒である右中指の先の骨に負荷がかかっただけだ。痛みの具合からして、骨にヒビくらいは入っているかもしれない。

 スティフィと契約を交わしている使徒の一人が契約に基づいた魔術を行使する。

 この魔術はただ対象に火の粉を届け、対象を燃やすという単純な使徒魔術だ。

 対象を確実に燃やせるだけの火の粉を届けるというだけの物だが、今回の対象は黒色火薬だ。ほんのわずかの火の粉だけで十分だ。

 本来は対象を燃やして証拠隠滅に使う様な魔術ではあるが、火薬のような物なら遠距離からも着火させることも容易だ。

 火力自体はあまり期待できないが、遠距離からでも書類などを燃やすことが出来る、本来はそんな使徒魔術だ。

 潜入任務の多かったスティフィからすると何かと便利な使徒魔術で攻撃用の物というわけでもない。

 それを範囲を拡大して使っただけだ。闇の小鬼が持つ火薬と限定して。

 それでも、かなりの火薬の量があったらしく先払いしておいた魔力がごっそりと持っていかれるのをスティフィも感じる。

 この使徒と結んだ使徒魔術はまた魔力を先払いしておかなければ、次は契約破棄される事になりかねないほどに。

 だが、効果は物凄かった。

 あちらこちらで闇の小鬼が持つ火薬が突如炸裂し、そこかしらで派手な爆発が起こる。それで誘爆でもしたのか更に爆破も次々と起きていく。

 かなり遠くまで誘爆が起こり、最後に大きな爆発まで起きた。そこから黒煙が上がっているのも日が落ちているのにも確認ができるほどだ。

 恐らく次々と誘爆していき、大元の火薬箱かなにかが吹き飛んだようだ。

「うおっ、すっげぇ、まとめて吹き飛んだぞ」

 急に爆発が起こり周囲もろとも次々に吹き飛んでいった。

「どう? 残ってるのいる? 範囲外にいたやつがいるかもしれないから気を抜かないで」

 スティフィが中指の骨の痛みを気にしつつも、エリックに注意を促し、自分も外壁の外の様子を確認する。

 ただ煙が凄く、日も暮れているのでちゃんと確認することはできない。

 それでも爆発の数と規模から、視認していた火薬はすべて爆発できたようだ。

「パッと見た感じはいないし、遠くでかなりの爆発も起きてたぞ、火薬そのものを処理できたんじゃないか?」

 エリックが楽観視して、それをスティフィに伝える。

「それなら、これで門が破られることはないわね」

 スティフィも満足そうにそう言った。

 戦闘用の魔術を浪費せずに、これだけの戦果を挙げられたなら十分だろう。

 スティフィですら、その戦果に満足する程だ。

 一つの御使いとの使徒魔術は再度魔力を払うまで使えないが、スティフィも様々な御使いと盟約を交わしている。

 使徒魔術自体はまだ使うことが出来る。




 カーレン・ガーレン。

 その名はウオールド教授が着けた偽名だ。

 神に疑念を持ち、神を信じなくなり問題を起こし、悪魔崇拝者となったカーレンが魔術学院の教授という職に就くにはそれが必要だった。

 悪魔崇拝者ではある彼は神を信じていない。

 だから、誤解されやすいのだが闇の神の勢力の人間というわけでもない。

 言うならばウオールド教授が魔術学院の均衡を守るために遣わした間者、と言ったらこれも語弊がある。

 なぜなら、カーレン教授は闇の神も光の神も、神、全てを信仰していないのだから。

 完全に中立の人間である。

 それを闇の勢力の教授達の力が勝りがちなシュトルムルン魔術学院の闇の勢力側の教授として招いたのだ。

 学院の均衡を守るためにウオールド教授が測ったことだ。

 とはいえ、ダーウィック教授もそのことには気づいてはいる。その上で気には留めてはいないし、シュトルムルン魔術学院自体の勢力にはあまり興味がない。

 そんな学院に招かれたカーレン教授は、すべての神を信じられなくなっており、自由奔放に生きる悪魔という存在を信仰するような人間である。

 だから、カーレン教授も自由奔放な悪魔に習い自由に振舞う。

 とはいえ、元が真面目な男だ。

 助けを求める者がいれば、必ず手を差し伸べる、そんな男でもあるのだ。


 カーレン教授は外壁の上、それも領主邸に一番近い場所に立ち、大きな一抱えもあり、厚みもある本を開く。

 豪勢な表紙とは裏腹に、薄く透けるような紙でその本の頁は構成されている。

 その一枚一枚の頁が使徒魔術の触媒であり契約書だ。

 カーレン教授はその一枚を無造作に破り、それをはるか遠くに見える、壁の上からでは豆粒の様にしか見えない闇の小鬼の群れにむかい投げつける。

 破られ投げつけられた紙は重力を無視するようにまっすぐに闇の小鬼まで飛んでいく。

 少なくとも薄い紙の動作でもない。

 そんな紙が宙を舞うでもなく、まっすぐ対象へとかなりの距離を向かっていくのだ。

 その紙が闇の小鬼にまで到達し、張り付いてしばらくすると周囲を巻き込んで破壊をもたらす。

 闇の小鬼が木っ端微塵に吹き飛ぶ。

 吹き飛んだ小さな血肉の一つが物陰に落ち、、闇の小鬼が新しくその陰から這い出て来るように湧き出て来る。

 それでもカーレン教授は本の頁を破り投げつけることをし続ける。

 本の頁をひたすら破り、そして、闇の小鬼に投げつけている。

 それを見た一人の生徒がカーレン教授に疑問を投げかける。

「それ、使徒魔術なんですか? そんなに無造作に使用し続けて良いものなんですか?」

 と。

 あまりにもカーレン教授が魔術を連続して使うので心配になったのだろう。

 かなりの威力を誇る攻撃用の使徒魔術に思えるのに、カーレン教授が余りにも無作為に術を使い続けているから心配になったのだ。

 そうするとカーレン教授は頁を破り投げつける作業をしながらも答える。

「これはそう言う、言わば禁術的な物だ。意図的に使徒に契約破棄を起こさせ攻撃するというな。だから、先払いした魔力を気にすることもない」

 その言葉に聞いた生徒は驚く。

 確かに御使いが契約破棄するときに起こす破壊は、凄まじいものである。

 だが、それは同時に御使いの怒りを買う行為でもある。

 それを利用する使徒魔術師など聞いたことはない。

 しかも、それをしているのが御使いを信仰している悪魔崇拝者だというのだ。

 生徒からすれば訳が分からない。

「意図的に契約破棄? ですか? そ、それ御使いは怒らないんですか?」

 通常なら盟約を結んでいる御使いが怒り他の盟約も破棄されてもおかしくはない話だ。

 だが、薄い紙になされた盟約は使用されるまで健在であり、対象まで飛んでいくという効果も出ている。

「怒っているかもしれんな。だが、再度契約はしてくれているので問題はないのだろう。が、扱いが難しいのは事実だ。オススメする、いや、人に伝える魔術ではないことは確かだ」

 本の頁を破り投げつけている作業をしながらカーレンは無表情に生徒からの問いに答える。

 一歩間違えば、いや、間違えなくとも通常なら御使いの怒りを買い、直接御使いが殺しに来ても文句も言えないことをカーレン教授は平然とやっているのだ。

「そ、そうですよね……」

 それを聞いた生徒は、それは本当に禁術じゃないですか、と言う言葉を出すことができなかった。

 それほどまでに驚いていた。




「援軍に来てくれた者の中に一人、ヤバイ奴がいるな」

 領主邸と呼ばれる領主の為にリグレスに建てられた館の守備を任されてる守護騎士達の隊長はそう言った。

 しかも、外壁の上からかなり距離があるにもかかわらず、闇の小鬼達を一人で的確に殺し続けている。

 使徒魔術のようだが、こんなに連続して行使し続けられる使徒魔術など聞いたことはない。

「あの術なんですか? 隊長ならわかります?」

 部下の一人が興味本位で隊長に聞く。

 聞かれた隊長にも行使されている魔術の原理はわかるが、やり方は全く持って不明だ。

「御使いに契約破棄させて、それを攻撃としている使徒魔術と言っていいかもわからん魔術だな。まあ、禁術だろ、そんなもん」

 確かに契約破棄自体を攻撃の効果としているのであれば、ほとんど先払いした魔力を消費せずに済む。

 せいぜい契約書である触媒の紙を敵まで誘導するだけでいい。誘導し終えたら契約破棄で敵ごと破壊。

 それがカーレン教授が行っている使徒魔術だ。

 契約の穴をついたような魔術だ。

 こんなことをすれば天使であれ、悪魔であれ、御使いは激怒するはずだ。

 御使い自らその契約者に罰を下してもおかしくはないし、二度と契約もしてくれなくなるような行為だ。

 それだけに、こんな連射するような真似は、本来出来ないはずなのだ。

 だが、援軍に着た魔術師の一人はそれを実行し続けているのだから、訳が分からない。

「契約破棄時の破壊? それを攻撃に使う馬鹿がいるんんですか?」

 別の部下がそんな言葉を発する。

 確かにそれはその通りでそんなことは通常しないし、あり得ない。

「そう簡単にできるもんでもないが実際にやっているのはすごいことだ。それに見ろ、あそこの小鬼。体が再生しきれてなく歪な形になっている。あの術なら多少なりとも闇の小鬼に効果があるようだな」

 隊長が別荘の露台の上から一匹の闇の小鬼を指さす。

 その小鬼は闇から這い出て来たばかりなのに、腕が折れ曲がったような歪な形をしている。

 御使いの力で破壊をもたらされた闇の小鬼の不死性がその力に抗い切れていないようだ。

「ほんとですね。うちらが本気で戦っても、ああはなりませんよ」

 例え呪印の力を使ったところで、闇の小鬼達は普通に完全体で再度湧き出て来ていた。

 だが、契約破棄の破壊で倒された闇の小鬼は体の修復が間に合っていないのか、不完全な姿で湧き出てきている。

「援軍に来られたせいで呪印の力は表立って使えなくなったが、あの魔術師になら任せても良さそうだな。使い手は誰だ?」

 隊長がほぼ豆粒くらいにしか見えない、リグレスの町の外壁に立つ一人の魔術師を見据えながらそんなことを言う。

「恐らく魔術学院の教授ですね、ミア様に会いに行った時に見た気がします。確か悪魔崇拝者だとかなんとか? そんな奴だったかと」

 隊長はその話を聞いて、ますます理解しがたい。

 悪魔崇拝者なのに御使いを、崇拝する対象を怒らすような行為をするものなのかと。

 恐らくはその御使いと特殊な契約を交わしているのだろうが、その内容はとてもじゃないが想像すらできない。

「流石は魔術学院か。そう言えばカリナ殿も来られていると?」

 だが、闇の小鬼に有効打を与えること自体、認めなければならない事だ。

 学会に報告すれば、偉業と称えられ後世にまで名を残せるほどの事だが、同時に禁術扱いに認定されることは間違いがない。

 闇の小鬼の不死性とはそれほどまでに、どうにもできなかったものだし、御使いによる契約破棄はそれほど危険なものだ。

 それとは別の話だが、巨人の生き残りと言われるカリナまで援軍に来ているという話だ。

 外道狩り衆とは直接かかわりはないが、巨人の力を行使する元外道狩り衆達にとってはなにかと心強いものがある。

「カリナ殿は東門の方と言う話です。あと、ミア様も西門の方にいると未確認ながら情報がありますね」

 部下の一人が言った言葉に守護騎士の隊長は顔を顰める。

「ミア様か…… こっちが片付き次第西門に行くぞ」

 領主であるルイも、自分達の頭であるベッキオもミアをいたく気に入っている。

 ルイは自分の娘だと思い込み、ベッキオも亡くなった娘の子、つまりは孫なのだ、その気持ちもわからなくはない。

 これで助けに行かなければ、二人から後で何を言われるかわかったものではない。

「片付けられるんですか? 相手は闇の小鬼ですよ」

 部下の一人がそんな泣き言をいう。

 外道狩り衆の頃ならぶん殴っていたところだが、今は外道を狩るための集団ではない。

 それに、相手は不死の外道だ。

 呪印の力を、巨人から受け継いだ力を使っても、殺し切れる相手ではないのも事実だし、歴史がそれを証明している。

「それをキシリア半島に追い込んだのも我らの祖先、外道狩り衆だ。我らにやって出来ないことはないだろう」

 それはわかっているのだが、隊長としては行動だけでも起こさなければ、後々本当に何を言われるかわからない。

 特にルイのミアへの溺愛振りは常軌を逸している。

 無理にでもやり遂げなければならない。

「ご先祖様でも殺すのは無理で、追い込むことしかできなかった、ってことですよね? 俺らじゃ殺せないって証明にもなりません?」

 部下の一人がもっともなことを言った。

 殺せなかったからこそ、半島に長い間閉じ込めておくことしかできなかったのだ。

 ついでに当時でも騎士隊やカリナの力を借りて、やっと半島に閉じ込めておくことが出来たくらいだ。

「そうかもしれんが、ミア様に何かあったら領主も親方様も何を言いだすかわからないぞ」

 と、少し疲れた顔で隊長はぼやく。

 部下の面々もそれには同意せざる得ない。

 この間もミア関連で動かされたばかりだ。

 その時に竜鱗の剣を手に入れる機会があったのだが、隊長はその機会を逃してしまっている。

 あれは良い剣だったと、あの剣があれば闇の小鬼も殺しきることができたかもしれない、と顔には出さないが内心悔しがる。

「そういやそうでしたね、けど、援軍は援軍で頼もしいですが、呪印も使えないですし、どうしたもんですかね」

 呪印の、巨人から授かった力は表立って使えない力だ。

 援軍が来た今、呪印の力を表だって使うことはできない。

「それをどうにかするのが護衛騎士の我らの務めだ。ブノアの奴め、ここに滞在しなかったのはこうなると知っていたからだな」

 隊長はルイーズがリグレスの町に滞在せずに素通りしていったことも知っている。

 ただ、それは流石にこうなると知っていたからではない。

 ブノアとて確証はなかった。

 言いがかり的なものが大きいし、ブノアの立場、ルイーズを守るという判断からすれば正しい判断でもある。

「隊長、一応はブノア様って言いましょうよ、あっちはビアンド家の当主様ですよ」

 部下が隊長を諫めるようにそう言うが、

「ハッ、嫌だね、あんな若造が」

 と、隊長は悪態をつく。

「ブノア様ももう結構な歳ですよ。若僧といったら、我らがリカルド様の方が本当に若僧じゃないですか」

 太陽の呪印を受け継ぐビアンド家と月の呪印を受け継ぐステッサ家、元外道狩り衆を束ねる二大貴族だ。

 ただ呪印の力は太陽の呪印よりも月の呪印が優れているとされ、親方という立場は代々ステッサ家が兼任してきた。

 それも月の呪印が、ミアの母であり、ベッキオの娘である、フィリア・ステッサによって持ち出され紛失している。

 それも踏まえ、時代錯誤の外道狩り衆の解散の解散の理由にもなっている。

 ただ、ベッキオにはフィリアしか後継ぎがいなかったため、近縁のロペス家の長男、リカルドがステッサ家に養子になる形となった。

 そのリカルドは実際に若く、隊長やその部下が若僧と言うのもわかる話だ。

「アイツが当主、次の親方様にねぇ、月の呪印もないってのによぉ」

 隊長はそう言ってぼやくが、実力からしても血縁関係からしても次期当主というのも納得している。

 ミアが見つからなければ、より早くそうなっていただろう。

 ミア、つまり現ステッサ家当主であるベッキオの孫は、神の巫女をしていて、ステッサ家は継げないと公言している。

 巨人の力を受け継ぐ元外道狩り衆とて、神の言葉には逆らえない。

 神やミアの意志を尊重するしかない。

「まあ、外道狩り衆自体は廃業してますからねぇ」

 そう言いつつも形骸的にもステッサ家の当主は元外道狩り衆の親方として残り続けはするだろう。

「そういやそうだったな。まあ、今はどうでもいい話だ。廃業したとはいえ、外道狩り衆の前に外道がのこのこ出てきやがったんだ、思い知らせてやらねぇとな? そんでもって西門行くぞ、おまえら!」

 今はこんな話をのうのうとしている場合ではない。

 外道種を狩ることを生業としていた一族の前に、外道種の方から現れたのだ。

 相手が不死の外道種だったからとはいえ、ただで返すわけには行かない。

「わかりましたよ、で、作戦か何かあるんですか?」

 部下にそう言われ隊長は少し考える。

「んなもん、相手が死ぬまで攻撃を止めなければいいだけだろ」

 そして、思いついた回答を述べる。

 自分達はそうして生きて来たのだ、とばかりに隊長はそう言った。

「隊長、マジっすか? 相手不死ですよ……」

 そう言いつつも、その部下は嬉しそうな顔をする。

 血が騒ぐのだ。解散したとはいえ外道狩り衆として脈々と受け継がれてきた血が。

「竜鱗の剣があれば精霊を殺しきれるっていう話じゃないか、クソう。誰だよ、俺の竜鱗の剣を買いやがったのは!」

 隊長はそう言って地団駄を踏む。

 地団駄を踏むごとに領主邸が厳かに揺れる。

「隊長…… まだあの剣に未練があったんですが、市場に流さずそのままちょろまかしたらよかったじゃないですか」

 話を聞いていた別の部下が茶々を入れる。

「んなことできるわけねえだろ」

 それがベッキオにばれたら、ただじゃすまない。

 規律内であれば大概のことは大目に見てくれるが、規律を少しでも破るとベッキオは鬼のベッキオに豹変する。

「後、隊長。竜鱗の剣じゃなくて竜牙剣の方ですよ、不死である精霊をも殺せると言われているのは」

「んあ、なんか違うんか?」

 南側の地には竜はほとんどいない。

 だから、隊長がそれを知らなくても無理はない。

「竜の牙より削りだした剣の方ですね、俺が聞いた話では」

 また別の部下もそんなことをそんなことをいう。

「んじゃ、どちらにせよか。休憩も終わりだ。我らも打って出るぞ!」

 援軍が駆けつけたことでいったん休憩していた領主邸の守護騎士たちはいっせいにその言葉で立ち上がる。

「オオッー!」

 まるで待ってましたと、そう声を上げ全員が勢い良く立ち上がる。




 スティフィはすべての火薬を爆発させたと思っていたが、スティフィが指定したのは、闇の小鬼が持つ火薬、だった。

 つまり、闇の小鬼が手に持っていない、第一陣の爆発に巻き込まれ、地に落ちていた火薬は対象外で火の粉は届けられていなかった。

 更に地に落ち、他の闇の小鬼に導火線を踏まれたことで火も完全に消えてしまっている、その火薬玉のことに気づけたのは、復活し影から這い出て来たばかりの、地に伏せていた一匹に闇の小鬼だけだった。

 闇の小鬼はそれを手で持つ。

 それを壁にある小さな穴に自分の腕ごと突っ込む。

 壁にある小さな穴。

 壁に寄って来た者を槍でつくための穴、狭間だ。

 かなり高い位置にあったのだが、壁に張り付き、そこまで何とかよじ登り、その穴へと火薬の詰まった筒を持つ手を腕ごと突っ込んだのだ。

 そうとも知らずその狭間を担当していた者は、闇の小鬼が何かしてきたと、慌てて槍を強く突き出す。

 しかも、その者は戦い慣れしてない志願兵だった。

 慌てて、それでいて力強く突いた槍の刃と穴の石が勢いよく触れあい花火を散らす……








 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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