西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その6
出城的な位置にある領主邸に続き、東門でも闇の小鬼との戦いが始まろうとしてた。
かなりの数の青白い小鬼がリグレスの町の外壁、その東門の前に集まって陣取っている。
東門で闇の小鬼を迎え撃つのは、一人でも圧倒的な戦力を持つカリナ、ローラン教授率いる太陽の戦士団の部下に加え、魔術学院とそこの騎士隊から派遣された援軍部隊、更にリグレスの衛兵とリグレス支部の騎士隊の混成部隊だ。
戦力的には外道種の王を相手取っても問題ない程だ。
と言っても、相手は不死だ。
まともにやり合うつもりもなく、とりあえずの撃退をしてリグレスの町に侵入させないのが目的だ。
闇の小鬼を町に侵入させた時点でこの戦いはある意味負けだ。
町に入られてしまったら不死の外道を止める術はない。
殺しても物陰から、新たに湧き出る闇の小鬼達を一生相手しなければならなくなる。
町中に入られた時点で、この戦いは負けと言って良い。
だから、外壁の門を閉じ籠城戦をするつもりだ。
幸い、闇の小鬼共にこの門を突破することは不可能だ。
長期戦にはなるだろうが、撃退させることだけならそれほどは問題ない。
だが、外塀の上から闇の小鬼の軍勢を見る限り、聞いていた話よりその数がだいぶ少ない。
せいぜい三百といった数しかいない。
そのことにカリナは顔を顰める。
「随分と数が少ないな」
その数を見たカリナがぼそりと呟く。
横に立つローレン教授がそれに答える。
「領主邸の方に過半数が行ってしまったのかもしれませんね。あそこは…… 結果的に出城的な場所になっていますし」
ローレン教授の考えでも闇の小鬼達は策を講じてくるような相手ではない。
少なくともこれまで得た人類側の知識では、そのような相手のはずだった。
だから、不死ではあるが封じ込めることができる相手でもあったのだ。
ただがむしゃらに正面から突っ込んでくる、そのような相手だったはずだ。
なので、闇の小鬼達が先に領主邸を狙ったことには驚きだったが、結局は東門まで戻り攻めてきている事にも疑問を持たない。
領主邸はリグレスの町、その北西にあるので途中にある北門を無視していることは少し気がかりではあるが。
「よりにもよって領主の別荘がなぜあのような場所にあるんだ」
ため息をつく様にカリナはそうつぶやく。
この地方を治める神、その神に選ばれたのが領主だ。それはその領地においては神の代理人ともいうべき存在だ。
別荘とは言え、住処が町の外壁の外、出城的な場所に建てられているのはどうかとカリナとしても思う。
「リグレスが発展した後、別荘として作ったからだそうですよ。そちらにはカーレン教授が学院の数部隊を率いて外壁の上から向かってくれています」
ローレン教授が再度カリナのつぶやきに答える。
本来は領主邸もちゃんと町の外壁で囲まれる予定であったが、その予算をティンチルの開発に取られてしまって、後回しにされているということはローレン教授も知らない。
「むぅ…… まあ、そっちはそれほど心配はしていない。領主の護衛達もいるからな」
この地の領主の護衛は、ほんの一部ではあるが巨人の力を受け継ぐ人間達だ。
不死の外道種とは言え遅れを取るような連中でもないだろうことを、カリナは知っている。
だが、その事を知っているのは本当に少数の限られた者達だけだ。
本来、巨人の力は忌むべきものだ。巨人は神々に戦いを挑み負けた種族なのだから。
隠すべきものだ。
それはカリナ自身もそうなのだ。
だから、普段は魔術学院の森の人目につかない場所に篭っているのだが、カリナはある程度大きな人類への脅威に対して動かなければならない。
そういった盟約がなされている。
今回もリグレスの町の人間に、その姿を見られてでもカリナは動かなければならない。
外道の王という存在は、そう言った、警戒すべき存在でもある。
「この領地の護衛は優秀だと聞いています」
本人もかなりの実力者であるローレン教授は、領主の娘であるルイーズの護衛の騎士ブノアという男を思い出しながら話す。
今年の年初めに数度会って話しただけだが、かなりの実力者だと感じ得た。
ただ、それだけではない、言い知れぬ、何か隠している、とんでもない異質な力をローレン教授はブノアから感じ取れている。
それは巧妙に隠されてはいるのだが、完全に消すことはできないほど強力な力だ。
ローレン教授はその力に気づきながらも深くは干渉しない。
相手も貴族であり、領主を何代も守って来たという護衛なのだから。
他の領地のことに、他の領地の貴族が深くかかわるべきことではない。
余程の事でない限り、口を出すことではないのだ。
今はそう言う時代でもある。
「まあ…… な。しかし、こいつらは厄介だぞ」
たしかに外道狩り衆は人智を越えた力を、巨人に伝わる呪印の力を有している。
カリナはそのことも承知している。
カリナとは別の巨人だが正式に一部の人間達に渡した力であるので、カリナ自身はそれに関与しない。が、カリナの立場的にあまり良い顔も出来ない。
神々に反旗を翻し、負けた者達の力なのだ。忌むべき力なのだ。
それはもはや呪われた力でもあり、人間には過ぎた力でもある。
使う者の寿命と引き換えに力を引き出すような禁断の力だ。
一時は闇の小鬼達を圧倒できても、戦いが長引けば不利になるのは外道狩り衆の方だ。
その隠された力に気づきながらも、その力の正体や代償にまでは知らないローレン教授はその事を把握していない。
それをカリナは知りながらも伝えることも出来ない。カリナは少し歯がゆさを感じつつも何もできない。
ローレン教授は、カリナの歯がゆささを感じ取ったのかカリナに問う。
「カリナさんでも、あれらを倒すことは出来ないのですか?」
この巨人であれば、この方であれば、不死であるはずの存在でも倒せるのではないか、そうローレン教授には思えてしまう。
だが、
「あれは精霊が外道種に落ちた奴らだ。お前は精霊を倒せるか? と聞いているような物だぞ」
と、カリナは少し笑みをこぼし、そんな答えを返した。
その答えにローレン教授は納得する。
精霊は限りなく不死に近い存在ではあるが完全な不死というわけでもない。
カリナほどの力があれば、恐らく精霊でも殺し切れてしまう。
ローレン教授はカリナの言葉でそれを実感できている。
だが、ローレン教授はこれ以上深くは聞きはしない。
カリナに迷惑がかかるかもしれないからだ。
彼女は数々の制約を科されることで神に認められ、その存在を今も許されているのだから。
「なるほど。しかし、そうなると撃退するのも一苦労ですね」
精霊のように神の威光も神の敵対者たる外道種には効かない。
神に頼って精霊のように追い払うこともできない。
実力で撃退しなければならない。
「いや、そうでもない。外道種に堕ちたことで奴らは、一応は精霊ではなくなり生物にはなっている、法の外の生物ではあるがな。その為、腹もすくし痛みも感じる。撃退することは精霊自体よりは容易い。それに、あの数なら問題もない」
カリナは遠くから迫りくる三百ほどの外道種を見てそう断言する。
カリナの知っている闇の小鬼という存在は群れを分けたりはしない。
だが、領主邸と東門で少なくとも二つに群れを既に分けている。
カリナからしても少し不可解な行動だ。
けれども、カリナにとって、それも問題ない程些細なことも事実ではある。
闇の小鬼達を圧倒した七本角の始祖虫を、太古の昔にこの地に現れた始祖虫を倒したのはカリナなのだから。
「なら、どこかへ追い込み、また封じ込める…… そのこと自体は不可能ではないのですね?」
カリナの言葉にローレン教授は安堵しつつも、それがどれだけ大変な事か計り知れないでいる。
闇の小鬼は身動きが取れなくなると自害し、毒のある血をまき散らして爆発するのだ。
捕まえて捉えておくこともおいそれと出来ない。
生きたまま一匹残らずどこかへ追い込まなければならないのだから。
それがどれだけ大変な事か、想像するだけで眩暈がするほどだ。
「まあな。地竜鞭の使用許可が下りれば食わせてしまえばいいのだが、今回は使用許可が下りなかった。それでも骨が折れるが不可能ではない」
地竜鞭とは地竜の王をそのまま武器にしたという伝説上の武器の一つだ。
その一撃は山をも吹き飛ばすと言われている。
確かにそんな武器でもあれば、容易く闇の小鬼を撃退できるだろう。いや、殺し切れるのだろう。
だが、ローレン教授が気になったのは、その武器の有無ではない。
「使用許可? 学院長のじゃないですよね?」
学院長とカリナがどういう訳で一緒にいて、カリナが学院長を護衛しているのかはわからない。
だが、カリナの立場はシュトゥルムルン魔術学院学院長ポラリスの護衛と言うことになっている。
本来はそんな立場をしている存在ではないのだが。
「それもあるが、大元は神の許可だ。どの神かは聞くな」
カリナは憮然とした表情をしてローレン教授に答えた。
「なるほど、興味深いですが、深入りはしません」
そう言ってローレン教授はカリナに軽く頭を下げた。
カリナの言葉が確かなら、竜種は闇の小鬼を食い殺すことが出来ると言うことにもなる。
ちょうど始祖虫の駆除の為に、はるか遠き北の地よりハベル隊長が契約した雲竜の群れを呼んだという。
彼らにいくら金銀宝石を払えば闇の小鬼も喰らいつくしてもらえるのだろうと、ローレン教授は考えてため息を吐く。
それはきっと驚くほど金銀や宝石を竜達に献上しなければならないはずだ。
ため息を吐きだしているローレン教授を見てカリナは少し笑う。
そして、自身の感じる歯がゆさを力にしてぶつけられる相手を見下ろす。
「さて、少し暴れてくる。門は絶対に開けるなよ。町に入り込まれなければ被害はそれ程でないだろう」
カリナはそう言って右腕を回し始めた。
それによりよそ風とは言い難い風が、ローレン教授の顔にかかりだす。
「わかりました。援護は?」
と、一応ローレン教授はカリナに確認をする。
「いらん。どうやっても長丁場になる相手だ。まだ温存しておけ」
そう言って、カリナは高い外壁の上から、まるで数段の階段を降りるかのように、気軽に飛び降りていった。
そして、辺りに地響きが鳴り響く。
闇の小鬼に対して、再び絶対的な強者による蹂躙が始まる。
「ミア、午前中の煙、どうも領主邸に火の手が上がったかららしいわよ。まず領主邸が狙われたのね。まあ、そうよね、あんな場所に建てられているんだし」
領主邸が襲われたのは午前中の朝早くの事だ。
午後も大分過ぎた今でも煙のような物が領主邸から上がり続けている。
領主邸での攻防はまだ続いているようだ。
「え? そ、そうなんですか? ど、どうしましょう?」
それを聞いたミアがあたふたとしだす。
そこへ丁度、エリックも戻ってくる。
エリックも領主邸に上がった火の手を見てこの町の騎士隊の詰め所へ確認しに行っていたのだ。
「戻ったぞ! そっちにはカーレン教授たちが救援に向かったらしいぞ」
そう言って、西門付近の馬車駅に設置されている長椅子に腰かけ息を整え、汗を拭う。
伝令の様にずっと走りっぱなしだったようだ。
西門をくぐってすぐの場所、馬車駅の広場にはかなりの人数が集まっている。
騎士隊やこの町の衛兵。市民からも参加している義勇兵らしき者達もいる。
また、魔術学院で募られた騎士隊の訓練生や魔術学院の生徒も多くみられる。
人数は多いが正規の兵は少ない、そんな印象を受ける。
それでも張り詰めた空気が馬車駅の広場には漂っている。
「そうですか…… わ、私達は西門の前で待機で良いんですよね?」
ミアがスティフィにわたわたとしながら確認する。、
「そうよ、ミア。私達はここが持ち場よ。ここを守備するの、良いわね?」
ミアが領主邸にでも向かっては厄介だと。
恐らくは戦いがないこの場所で待機していてもらうのが安全だと、スティフィは現時点ではそう考えていた。
「はい……」
と、ミアは古老樹の杖を強く握りしめて返事をする。
ミアもかなり緊張はしているようだ。
「そうだぞ! かなりの数の外道種が外壁沿いに、ここ、西門に向かっているらしいからな。こっちの方が激戦になるぞ」
そこへエリックがとんでもないことを言った。
それを聞いたスティフィは目をまん丸くして驚く。
「はぁ?! 何それ…… 現場じゃ騎士隊の連絡網の方が流石に情報が早いか…… ミア! 町の中心か港側に行くわよ」
平時で裏の情報を得るなら、騎士隊よりもデミアス教の情報網の方が優秀だろうが、こういった緊急時では流石に騎士隊の方が情報が早いようだ。
エリックの言うかなりの数というのがどれほどの数かわからないが、不死の外道種とミアを争わせるわけには行かない。
闇の小鬼達がミアを門の巫女と認識してしまえば、いの一番に狙われること間違いない。
ミアを守る役目のスティフィからすれば、西門の近くにいたくはない。
だが、スティフィは先ほどこの西門を守るとミアに言ったばかりだ。
「ダメですよ! スティフィも、さっきここを死守するって言ったじゃないですか!」
ミアにそう言われて、スティフィも顔を顰めるしかない。
「死守なんて言ってないわよ! ああ、判断を間違えた! どれくらい向かっているのよ!」
とりあえず死守などと言った覚えはスティフィにもない。
けど、ミアは既に死守する気になってしまっている。素直だが頑固者でもあるミアをここから説得させるのは難しい。
スティフィは判断を間違えたことを悔いる。
そして、次に気になるのはどれくらいの数が西門に向かっているのかだ。
「最初の半分くらいって話だぞ」
「半数? 五百匹ってこと? でも、闇の小鬼は小柄で非力なのよね? この門を破ることは出来ないわよね?」
外壁の上から一方的に攻撃できるのと、門を破られ白兵戦になるのでは大きく違いがある。
聞いた話、ではだが、闇の小鬼は余り道具や武器も使わず、非力というほどでもないが人間の少年と同じ程度の力しか持っていないという話だ。
それに不死であることと血などの体液が毒になるということだ。
そうであるならば、門が突破されることもなく外壁の上から延々と弓でも撃っていればいいだけだ。
「そう言う話だ。領主邸と東門ではもう戦闘が始まってるが、外壁内に入られたって話はまだ聞いてないな」
エリックの、騎士隊の情報でもそう言う話だ。
恐らく闇の小鬼にはこの町の巨大で丈夫な門を破壊するような手だてはないはずだ。
「じゃあ、外壁の上から適当に弓でも撃っていましょう」
そう言う話であれば、まだ安全だ。
相手の数が多くても一方的に攻撃し続けれている内は問題ない。
「正式採用されたあの連弩があるぞ。前の試作品よりも精度も威力も上がってるから、スティフィちゃんも試してみてくれよ」
エリックは自慢げにそう言った。
確かにあの連弩はかなり性能の良い物だ。
エリックの実家、ラムネイル商会はあの連弩の騎士隊採用だけでかなりの儲けを出している事だろう。
ただ外壁の上から獲物を狙うのが流石に距離がありすぎるようにもスティフィには思える。
「わ、私も使徒魔術で援護します! ふんじばりますか? それとも燃やしますか?」
ミアが古老樹の杖を両手でしっかりと持ち前に突き出しながらそう言った。
それを見たスティフィは突き出された古老樹の杖を、触るのは少し怖かったので、ミアの手をもって杖を引っ込めさせる。
「ミアの使徒魔術は性能は良いけど、すぐ魔力切れになっちゃうでしょう? まだ大人しくしてなさいよ」
そもそもまだ敵の姿も見えていないのだ。
ミアがやる気になるにはまだ早すぎる。
今からこの様子では闇の小鬼が西門に到着する前にミアは疲れてしまいそうだ。
それにスティフィが言っていることは事実だ。
使徒魔術を学び始めた初心者にありがちなことで、強力な魔術を考え、御使いとそう言う契約を交わすが魔力の消費が激しすぎて使いものにならない、というのはありがちな話なのだ。
使徒魔術は御使いとの契約次第では様々な効果の魔術を扱える。
なので、あれもこれもと、術に効果を付け加えていくと、やたらと魔力の消費が激しく一度使うだけで契約を破棄されたりする様な魔術が出来上がるのだ。
ミアの扱う使徒魔術もその類ではあるが、ミアが契約する御使いに恐らくは気に入られているため、消費する魔力にかなり手心が加えられている。
ミアが契約破棄されることもないだろうし、契約破棄されて触媒である古老樹の杖を破壊されても、古老樹の杖は再生できてしまう為、契約破棄される影響も少ない。
なのでミアには当てはまらないかもしれないが、普通は使徒魔術の熟練者になればなるほど、一つの魔術はできる限り単純にして、多く契約を結び、場面にあった最適な使徒魔術を選び行使するようになる。
そうすることで先払いしている魔力の浪費を抑えるのだ。
継戦能力は実戦において、特に終わりの見えない戦いでは、とても大事ことなのだから。
確かに拝借呪文で魔力を借りてからの使徒魔術を扱うことも可能ではあるが、それなら簡易魔法陣を用いた神霊魔術の方がより強力な効果を得ることができる。
使徒魔術が実戦向きと言われているのは、その発動が容易で早いから、というのが一番の理由である。
魔力の先払いができ簡単な動作のみで発動できる使徒魔術が実戦的なのは明らかだし、それに継戦能力も求められるのも実戦ならではだ。
だが、決して効果の高い使徒魔術が悪いわけではない。それらは俗にいうところの奥の手にはなるのだから。
「そうですが…… たしかに数度の使用で先払いした魔力が尽きてしまいますが!!」
ミアもそのことは理解しているので、スティフィに反論できることはない。
認めたことを繰り返すが反論はミアの口からは出てこない。
そんなミアをスティフィは諭す。
「役に立たないって言っているわけじゃないのよ、ミア。使い時を間違えるなって言ってるだけよ。まだ出番じゃないだけ。ところで時間を掛ければ五百匹同時に、あっ、ミアに無理なくね? 燃やす事は可能?」
奥の手にはなる。
特にミアの行使する使徒魔術は巨人の火を扱うもので、通常の火とは異なった原理で燃える炎だ。
言わば、理の外にいる外道種と同じく理の外で燃える火でもある。
不死であるはずの闇の小鬼を燃やし尽くせる可能性がないわけでもない。
ただ、その可能性は流石に低いだろうが。
それでも事態をひっくり返す奥の手になる可能性があることは確かだ。
「五百ですか? ふんじばりの方なら無理なくできると思いますが、一回で魔力が尽きてしまうと思います」
指定した物だけを燃やすミアの使徒魔術はミア自身が燃やす物と燃やさない物を区別して指定する必要がある。
その為、指定する数が多いとミアへの負荷がかなり高い。
人間の脳ではその情報を処理できなくなる。
だが、御使いの目を召喚する、ふんじばりの術と呼ばれる使徒魔術は御使いがその役割をしてくれるのでミアへの負荷はない。
その分、先払いしてある魔力の消費が多くなってはいるが。
「なるほど。燃やす方は?」
一時的にではあるが、五百匹もの外道を、それも恐らくは瞬時に行動不能にするのは恐ろしくも頼もしい魔術だ。
相手が不死でなければ、それだけで片が付いてしまうほどの使徒魔術となる。
「時間をかけていいなら、多少無理をしますができなくはないかと?」
急がなければ、それほど負荷がかかることはない、とミアは思うが、実際にそれを試したことはないのでミアも自信はない。
蜂の巣の蜂のように、対象が複数でも内部に内包されるような一塊で固まっているのであれば話はまた別だが、闇の小鬼は一群ではあるが一塊という訳でもない。
それでも時間をかければさほど負荷なく対象を選び終えることはできると、ミアはあくまで予想ではあるがそう考えている。
「無理はダメよ、戦闘中にミアに倒られでもしたら元も子もないからね? 相手は不死なのよ?」
そう言いつつもスティフィはそうなったら、そうなったらでミアを抱えてさっさと逃げ出そうと考えている。
それも一つの手だ。
それで西門が突破されようが、スティフィはなに一つ気にしない。
西門の防衛はスティフィの任務ではないのだから。
「倒れるほどまではいかないと思います。もちろん時間を掛ければですが。多分、軽い頭痛程度で済むと思います。恐らくこっちも一度に五百匹なら一回で魔力がつきますね」
ミアはそう言って半笑いの顔をした。
不死の外道種相手に一度相手を燃やせたからと言ってどうだと、ミアは考えているようだが、スティフィは逆に一度にすべての敵の行動を阻害したり燃やせるのであれば、そこからの仕切り直しも可能ということだ。
ミア一人でそれができるのだから、本当に奥の手になる話だ。
それに巨人の火であれば、もしかしたら闇の小鬼を殺し尽くせるかもしれない。
場合にもよるが、試すなら燃やす方が良さそうだ、とスティフィは頭の中で考える。
「なら燃やしたほうがまだ効果はありそうよね…… どっちにしろ、まずどんな相手かわかってからよ、様子を見た後、いい?」
そう言って、ミアに言い聞かせる。
「は、はい!」
と、ミアは訳も分からずに返事をする。
「とりあえず私達も外壁へ上りましょうか」
もう数人高壁の上へと移動している者達もいる。
ただ呑気そうに遠くを見て何かを探すような仕草をしているだけなので、まだ闇の小鬼達が西門へ来たわけではないようだ。
「この外壁、かなり高いですよね」
外壁内に設置された石造りの階段を登りながらミアはそう言った。
外壁の幅もかなり厚く外壁の上へあがっても、その場所は広く不自由もない。
「そりゃそうよ、こういう時の為だもの」
「うし、良い場所を陣取って迎え撃とうぜ!」
エリックは笑顔でそんなことを言ってくるが、その両脇に大量の弩用の矢を抱え自身も連弩を背負っている。
しかも、エリックの背負っている連弩はスティフィが扱う片手だけで扱える物よりも、一回りも二回りも大きい狙撃用の弩のようだ。
連弩ではないようだが、その分威力は高そうだ。ただ構造的にそれは両手で扱う様なもので左手が動かないスティフィには扱える物ではなさそうだ。
エリックもやる気だけは十分にあるので、かなりの重量の矢を抱えていても軽々と階段を登っていく。
「来ませんね、闇の小鬼達……」
もう外壁の上に登ってしばらく経つが闇の小鬼達は一行に来る気配はない。
西門は今も平和そのものだ。
「本当にこっちに向かってんの?」
スティフィもそう言ってエリックに確認するが、
「情報ではそうだと……」
エリックも自信なさそうに答えた。
「もしかして日が暮れるのを待っているの? 確か闇の小鬼は日光が苦手なんでしょう?」
スティフィの知識では、闇の小鬼という名の通り、日光が弱点ではないが苦手と言うことを聞いたことがある。
それで日光を避けているのではと、そう勘ぐってしまう。
「そうなん? そんな知性があるのか? 聞いた話じゃ悪知恵は働くが策を練る様な外道種じゃないって聞いたぜ?」
ある程度の知性はあるが、性格的にも策を用いるような存在ではない、というのがエリックも含め一般的な闇の小鬼という外道種に対する評価だ。
そしてそれは実際にその通りだ。
死んだ傍から湧いて出て来る闇の小鬼にとって策をわざわざ弄する必要などない。
性格的にも闇の小鬼は残忍で短絡的で暴力的な種なのだ。
日光が苦手でも正面から突っ込んでくるのが闇の小鬼、そう言う相手のはずである。
日光が苦手でも避けるなど、今までの闇の小鬼がしてくることではない。
では、闇の小鬼達はどこで何をしているのか。
それはスティフィにもわからないでいる。
「でも、さっき東門でも戦闘が始まったって情報が届いてましたよね? 領主邸からだと東門よりも西門の方が大分近いですよ」
ミアはそう言い終わった後、再度息を吸ってもう一つの疑問も口にする。
「それに領主邸を攻めてた闇の小鬼もカーレン教授に挟撃されて逃げ出したって情報も届いてましたよね? どうなっているんですか?」
西門で闇の小鬼を待っていると、そんな噂話もミアは耳にしていた。
そう考えると、西門に来るというのは間違いで、結局、東門へ向かったのではないか、ミアにはそう思えてしまう。
ミアが迷いだしているので、スティフィが言って聞かせる。
「ミア。情報は確かな物だけ信じなさい。東門で戦闘が始まったというのは騎士隊からの情報で信用できるけど、領主邸の戦闘が終わったというのはただの噂なので真に受けないで」
とはいえ、本格的に誰かの指揮下に入っての戦いはミアも初めてなので不安になるのはわかる話だ。
ある程度大規模な戦闘になれば、個人の活躍よりも全体の動きの方が重要になってくる。
大規模な戦闘で持ち場を勝手に離れるのは利敵行為と捉えられても仕方がない事だ。
そのあたりのことをミアはまだ理解できていないし、そもそも不確かな情報に踊らされるなどもってのほかだ。
「は、はい…… でも、実際はどうなんですか?」
「不死の外道種相手なのよ? そう簡単に終わるわけないじゃない」
スティフィはそう言ってミアに言い聞かせる。
何より、外壁から領主邸の方を見ればわかる、まだ煙が上がり続けている。
恐らくは領主邸での戦闘も続いているのだろう。
「そうですよね…… でも、西門に来るっていう情報は騎士隊からの情報ですよね? まだ来てないはどういうことなんでしょうか?」
ミアは不安になりスティフィにそのことも訪ねる。
スティフィとしても、なぜ情報通りに闇の小鬼達が来ないのか、その理由はわからない。
「まず確かな情報だけを信じなさい。領主邸が襲われた、それにカーレン教授が率いる部隊が援軍で駆け付けている、これは騎士隊の情報なので真。そして、東門で開戦したというのも真。領主邸の戦闘が終わったというのはただの噂なので不明。更に、西門に敵が向かっているというのも真。真の情報だけを重視するの、良い?」
「はい」
確かに領主邸の戦闘が終わったというのを信じたのは早計だったとミアも考え直す。
だが、今度は東門へ行かなくては良いのか、戦闘が終わってないのなら領主邸へ行かなくて良いのか、と、そうミアはそう考えてしまう。
ミアがそんな分かり易い顔をしているので、スティフィはミアの頭に手を乗せてこねくり回す。
「なら、私達がすることは、西門を守る、よ。大きな戦いでは個人の意志よりも自分に与えられた役割を全うしなさい」
そう言いつつもスティフィは自分の役割はミアを守ること、それと、ダーウィック大神官の情報を第四位の位にいるクラウディオ大神官に伝えることだ、それを改めて思い出す。
スティフィにとって西門を守ることはミアを守るついででしかない。
「私達はこうしてのうのうとしているのにですか? 他ではもう戦いが始まっているのに」
ミアはスティフィに頭をこねくり回されながら、そんなことを言っている。
「そう考えて勝手に移動して、手薄な西門を攻められたらどうするのよ?」
それにスティフィが突っ込む。
「そうだぞ、ミアちゃん。このリグレスの騎士隊長はハベル隊長程じゃないが優秀な隊長さんだぞ。その人が指揮をちゃんとしているんだから大丈夫だぞ」
エリックもそう言って笑う。
ただ、それにしても西門に全く外道種が攻めてこないのはおかしいとはエリックも思ってはいるが。
情報通りならもう既に戦闘が始まってもおかしくはないのだ。
「たしか、エバンスとか言う人だっけ? 大いなる海の渦教団上がりの奴よね? いけ好かないけど優秀だと聞くわね」
リグレスの町は港町だけあって海神の勢力が強く影響力を持つ。
数ある海神の中でも、特に大いなる海の渦教団は古来からある由緒正しき教団だ。
光の三貴神と呼ばれる神の一柱でもある。
リグレスの、この町の大いなる海の渦教団の神官長でもあるウオールド教授の思惑は多少入ってはいるが、それでも順当な実力を持っている人物だ。
「ウオールド爺さんの弟子の一人らしいぞ」
エリックがそれを付け加える。
「そう言えばあの教授はここの神官長のだったわね……」
スティフィが所属するデミアス教とは、本来は敵対関係なので良い顔はしない。
「学院の方は無事でしょうか?」
ウオールドの名を聞いたことで、ミアは学院のほうまで心配しだす。
「そっちは今のところ襲われたっていう情報はないわね。闇の小鬼は全部リグレスに来てるみたいね。第二陣の援軍を出すなんて話もあるくらいよ」
どうも闇の小鬼達は通りやすい街道をそのまままっすぐ来ているらしく街道から少し離れた町などは全く襲われていないという話だ。
それからもわかるように闇の小鬼は本来はとても短絡的な性格をしている。
だが、始祖虫との激戦が闇の小鬼達の数だけではなく性格まで変化をもたらしていることを誰も知らないでいる。
「それはどこ情報ですか?」
ミアが先ほど教わったことを実践するかのように聞くと、
「デミアス教の情報網よ、一番信頼できるわ」
スティフィは得意顔で答える。
「すげーな。騎士隊じゃリグレスの外の情報、今はほとんど入って来ないって言ってたぜ」
なにせ騎士隊の戦力も今はリグレスに集まっている。
外の情報を得る手段が少なくなってきている。
本来であれば、それでも余裕はあったのだが、去年、学院のほうの騎士隊が全滅に近い損害を被ったせいでリグレスの町の騎士隊でも人員の補充が間に合わず人手不足なのだ。
基本的に希望者のみで構成されている騎士隊はこういった時に急な増員が出来ないのが弱点でもある。
「まあ、得意不得意はあるでしょうね。という訳で、ミア、私達はここで待機、良いわね?」
スティフィはそう言ってミアを落ち着かせる。
「は、はい、わかりました!」
ミアもそう言って一旦は落ち着き、古老樹の杖を力強く握り込む。
そんなミアを見てスティフィは微笑む。
「あと、ミアの使徒魔術を使う時は私に任せて、いい?」
ミアの使徒魔術は戦況を一転できる力があることも事実だ。
使い時は選びたい。
「どうしてですか?」
ミアはその重要性を理解できていないので、不思議そうな顔をして聞き返す。
「戦場を一転させる力があるからよ。これはお世辞じゃないわよ?」
スティフィはそう言ってミアに笑いかける。
ミアも一瞬頬けるが、すぐに顔を引き締め力強く頷く。
「わ、わかりました! 荷物持ち君や精霊さんはどうしますか?」
そうなると戦闘が始まってもミアに出来ることは、荷物持ち君や精霊に命令することくらいだ。
どちらも十分過ぎる力にはなるが、それをどうすべきかミアには判断が付かない。
「荷物持ち君には自分を守らせなさいよ、それが第一よ。精霊は被害が大きくなるから今回は特に干渉しないで」
一瞬、荷物持ち君独りでどうにかなるのでは、と、スティフィが考えたが流石に多勢に無勢だ。
荷物持ち君だけでどうにかできるものでもないだろう。
大精霊の方は今回は論外だ。
大精霊の力は強すぎる。下手に動いて外壁でも壊されたら、それこそ大惨事だ。
そして、この二体の存在が闇の小鬼達を、その王を、西門を素直に攻めあぐねているその理由なことに誰も気づいていない。
「はい!」
ミアは返事をして、まだ緊張しているように古老樹の杖を強く握りしめる。
万が一、いや、千が一、百が一……
十が一、誤字脱字があればご指摘ください。
指摘して頂ければ幸いです。
少なくとも私は大変助かります。
もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!
誤字を指摘してくれる方、本当に助かっております。
これは自分で気づけた奴ですが、
東門で銭湯が始まった、うんぬんかんぬん
と、言う奴で戦闘シーンが、日常シーンになってしまいかねない誤字でした。
なんで誤字って気づけないんですかね、自分でも何度も読み返しているのに……
まあ、それ以前に誤字というか、誤用と気づけてないのもあるんですが!!
げふん……




