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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由

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西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その3

 レグレスの町に着いたミア達は、ルイーズ達と一旦別れ別行動することとなった。

 ルイーズ達はブノアの部下とすぐに合流して、そのままティンチルへとすぐに向かったようで、既にリグレスから出発している。

 ミア達は、白竜丸を乗せていた荷車をそのまま借り受けて、それを荷物持ち君が引くことで移動手段とした。

 背が低いのに力が有り余っている荷物持ち君が荷車を引くので乗り心地は余り良くないが、速度を出さなければそこまで乗り心地が悪いわけでもない。

 借り受けた荷車も普通の物ではなく、とても高価な物で揺れが少ないというのもある。

 だが、その荷車にも今は荷物持ち君と白竜丸の入った檻、それとエリックの用意した野営の為の荷物が置いてあるので少し狭いくらいだ。

 リグレスの西門の辺りで、ミア達は昼食を取りながらスティフィの帰りを待っている所だからだ。

 荷物番を荷物持ち君に任せ、ミア達は手頃な食堂へと入り、昼ご飯を食べている。

 港町だけあって、海鮮料理がやたらと美味しい店だ。

 食堂のおススメの料理、特製海鮮のサァーナを食べつつミアとエリック、それとマーカスはスティフィの帰りを待っている。

 スティフィはデミアス教徒の者達と情報を交換しに行っているところだ。

 ただそれは長い時間とかけているわけではない。

 ミア達が昼食を、特製海鮮のサァーナを食べ終わるころには、もうスティフィがミア達の元へ帰って来て合流していた。

 ミア達がどこにいるかなど、スティフィからすればすぐにわかることだ。

 なにせ、荷物持ち君も白竜丸も目立つことこの上ない。

 ミア達と合流したスティフィは、ミアに一応情報交換をして得た成果をミアに知らせてやる。

「特にこの辺りで何か起きているような情報はなかったわ。でも、一応すぐにハベル隊長に連絡できる準備だけはしておいたから」

 スティフィはそう言って一安心でもしたのか、息を一気に吐き出した。

 これで始祖虫が現れても迅速に騎士隊のハベル隊長まで連絡が行くための連絡網を用意できた。

 始祖虫討伐の為の竜種への連絡が滞りなく可能だ。

 今、始祖虫相手にスティフィに出来る事と言えばこのくらいだ。

 後は成り行きに任せるしかないし、そもそも始祖虫が出る可能性があるというだけで、ミアの元に現れる確証はない。

「ダーウィック教授ではなくハベル隊長になんですか?」

 ミアが少し不思議そうに、そんなことをスティフィに聞いてくる。

「始祖虫が出たときの為にね。どうしても迅速にハベル隊長には知らせないとね。それにダーウィック大神官様には元から逐一報告してるわよ」

 それに対してスティフィは既にダーウィックには連絡しているとそう言った。

 ミアはいつの間にと、驚いて見せる。

 魔術師てしてミアが優れているからと言って、スティフィからすればミアは隙だらけの人間には違いない。

 スティフィの本業は魔術師ではなく潜入任務が主な間者だ。

 ミアの目を盗んで連絡を入れることくらい、スティフィからしたら朝飯前だ。

 マーカスの額に刻まれている目を模った刺青を通して、オーケンにも情報は行くが、情報を得るのがオーケンだけにハベルにまで情報が行く信頼性が皆無だ。

 それ以前に、一度騙されたハベルがオーケンを嫌い、オーケンには会おうともしないで、オーケンが伝えようとしても門前払いされる可能性すらある。

「そうですか。スティフィは昼ごはんどうしますか? 私達はもう済ましちゃいましたけど?」

 ただ、スティフィがミアの情報をダーウィックに逐一報告していることはミアにとっても当たり前のことだ。

 スティフィは、そもそもダーウィックの命でミアの護衛のような事をしているのだし、連絡を上司にするのも当たり前の話だ。

 ミアからすれば、それよりもスティフィのお昼をどうするかの方が重要なくらいだ。

「私も済ませて来たから良いわよ。にしても、随分と旅の快適さがなくなったわね」

 道すがら屋台売っていたもので軽く済まして来ただけだが、スティフィも特にお腹が空いているわけではない。

 それよりも荷物持ち君の引く荷車で旅をすることになった方が不安だ。

「仕方ないですよ、ルイーズ様と別れちゃったんですから」

 ミアも少し名残惜しそうにそういった。

 短い旅の予定だが快適な旅にはもうならないだろう。

「ミアも貴族でしょうに。もう少し豪華な旅にしてよ」

 スティフィは本気でそんなことを言った。

 ミアもこの領地の貴族ではあるのだ。

 それを考えれば、もう少し豪勢な旅に出来たはずだ。

 とはいえ、今回、行きはルイーズと一緒だったために、ミア自身は何の準備もしてはいない。

 ルイーズに任せておいた方がなにかと失敗はないし、そういう事をミアがどうにかできる伝手はないので、結局はルイーズかその配下のマルタに頼らなければならない。

 ルイーズと同行している以上は同じことだったのだ。

 ミア自身になにかできることはない。

 それに、

「お金の大半は研究費と仕送りに消えます!」

 祖父であるベッキオから、毎月それなりの金額がミア宛てに送られてきている。

 が、それらの大半はミアの研究費用で消え、残りもミアの故郷であるリッケルト村へと仕送りされている。

 ミアの生活が貧乏ではなくなり余裕はあるのは確かだが、それほど豪勢ではないのはそのせいだ。

 そもそも、魔術学院で生徒の二年目の生徒の段階で、ミアのように魔術の研究を始められる生徒などほぼいない。

 魔術の才能があっても、ある程度の財力がなければ魔術の研究どころか、自分の工房を持つ事すらできない。

 ミアが自身の工房を持ち、日々魔術の研究に勤しめるのは貴族という立場があるからこそだ。

「ん? スティフィちゃん戻って来たか。ちゃんと食材も買い込んで来たから、料理は任せてくれよ」

 ミアとスティフィが話していると、昼食を食べ、食堂の椅子にもたれかかり軽く転寝していたエリックが目を覚ます。

 そして、野営料理なら任せてくれよ、と自慢げにしている。

 騎士隊訓練生として、度々遠征にも行っているエリックからすれば、そのあたりはお手のものだろう。

「野営でも料理が美味しい事が救いかしらね」

 エリックの作る料理は確かに美味しい。

 家で作る家庭料理などはまた別だが、野営で作る様な料理となるとエリックの料理の腕は確かだ。

 だが、その腕も貴族の家の出だが、幼き頃よりこの領地全体の領主であるルイに仕え、今は領主の娘であるルイーズの給仕をやっているマルタに敵うものではない。

 その腕はそこらの料理人に負けるような物でもない。

 だから、日頃マルタは、ルイーズが占拠してしまった食堂で料理人の真似事までしているのだ。

「でも、向こうにはマルタさんもいますから、きっと料理も向こうの方がおいしいですよ」

 ミアが何の気もないし、そんなことを言った。

「あっちと比べないでよ。悲しくなるから」

 スティフィは軽く流し、エリックは元から気にする様な性格をしていない。

 そもそも、本物の姫であるルイーズと比べるのが間違っている。

「そのルイーズ様達は、途中で一泊せずに馬を変えつつティンチルまで一気に行くらしいですよ」

 当初はルイーズ達もティンチルまでの途中の宿場町でミア達と一緒に一泊していく予定だったが、急遽予定を変更している。

 とにかく何か大変なことが起こるかもしれないミアからルイーズを遠ざけたかったのだ。

「私達は途中で一泊するのよね?」

 スティフィがミアに確認する。

「はい、去年も利用した街道沿いの宿場町ですね。そこで一泊する予定です」

「あそこに泊まるなら、ほぼほぼティンチルまで行くことになるのよね」

 それを聞いたスティフィはならほぼティンチルまで行くような距離だと、なら、もう一度あの豪華な街の暮らしを堪能したい、と去年のことを思い出す。

 それと同時にその帰り道で亡者に襲われたことも思い出す。

 そのスティフィの表情を見て、ミアも悟る。

「それを考えると一緒でも良かったかもしれませんね。まあ、私のせいで厄介ごとに巻き込むのは悪いですが」

 ミアが、門の巫女が外道種に狙われている、そのことは事実で外道種自らがそう言っていたくらいの話だ。

 ただ、ミアの存在を感知で出来たりするわけでもないようで、ミアの、いや、門の巫女だと外道種に堂々と名乗らない限りは平気な程度の物のようだ。

 今の段階では、ミアが気にするほどの話ではない、という話だ。

 それでも未遂だが襲われたことは事実だし、護衛者という存在自体がその証明でもある。

 何かに襲われるからこそ、護衛者という名が付き、役割があるのだ。

 さらに言ってしまうと、今回はディアナから、神の御使いをその身に宿す者から、何か起こると、そう言われたようなものなのだ。

 領主の娘であるルイーズ、その護衛が警戒するのも無理のない話だ。

「私達は…… まあ、エリック以外は元からミアの護衛のようなものか」

 スティフィは改めて自分の立場を顧みる。

 デミアス教徒であるスティフィは上の者の命令は絶対だ。

 スティフィ自身が崇拝しているダーウィックより、ミアの護衛を言付かっているのだ。

 デミアス教徒にとってそれは命懸けでやらなければならないことだ。

「そうですね」

 と、マーカスもそれを認める。

 マーカスも冥府の神より、ミアを、門の巫女を手助けするように、そう使命を貰っている。

 神の使命を持つ者としてマーカスも命を懸けてでもミアを守らなければならない。

「ん? 俺もハベル隊長からミアを守るように言われているぞ」

 ついでにだが、エリックも一応そう言う立場だ。

 ミアの崇めている神が祟り神かどうか未だ不明なので、祟りを受けていないエリックがミアちゃん係として今も任命されている。

 既に騎士隊の方でも、むやみやたらと祟りを起こすような神ではない事は薄々分かっては来ているが、他の適任者もいないので、そのままエリックに役回りが来ている。

 それはとは別に、今の騎士隊の隊長であるハベルは、竜の英雄という竜との契約者であるため、竜王の卵を持つミアの命令に、ハベルの意思にかかわらず服従してしまう。

 その為、ハベル自身はミアと距離を取り、元々ミアと仲が良いエリックに不安を持ちながらもミアのことを一任しているのだ。

 とはいえ、性格に多少難あれど能力的には優秀なエリックでもある。

 エリックも訓練生としては優秀な男なのだ。

 ただ、監視役や連絡役としての役割は、エリックには皆無なので、騎士隊としては頭痛の種だ。

 その点は騎士隊訓練生を休学中のマーカスの方から騎士隊にもちゃんと情報を流しているので今のところ問題はないが。

「そうなの?」

 スティフィがエリックを見ながら疑問を抱く。

 どう見ても本能に従って行動しているようにしか見えない男にスティフィには思える。

「ああ」

 と、エリックはスティフィの疑問に力ずよく答える。

「じゃあ、今いるのは全員護衛みたいなもんか。ところでミアの実家から派遣されるような護衛はいないの?」

 スティフィは不思議に思う。

 スティフィの知っている貴族は、ルイーズやクリーネと言ったような人物だ。

 護衛を雇い自らを護衛するような、そんな連中なのだ。

 なら、貴族であるミアに護衛がいてもおかしくはない話だ。

 特にミアの家、ステッサ家は特別な家系であり、優秀な魔術師を輩出する家柄のはずだ。

 その当主の孫娘のミアに護衛がいてもおかしくはない。

「そんなのいないですよ。どちらかというと、私が護衛する側じゃないんですか? ルイーズ様とか領主様を。ブノアさんやマルタさんみたいに」

 そう言われて、スティフィも納得する。

 ブノアやマルタも貴族という身分であるにも関わらず、普段はどう見てもルイーズの護衛や使用人でしかない。

 実際にマルタなどはミアとかなり近い血縁関係であり、優秀な魔術師でもあり、ルイーズの護衛役の一人でもある。

 マルタも本来は領主の護衛役の一人であったが、ブノアの部下に年頃の女性がいない事と、ルイーズが家出という立場を取っているので、特別に領主ルイより派遣されてきているのだ。

 ミアが順当に貴族として育っていたら、マルタの代わりにミアがいたかもしれない話だ。

 ただ、ミアにはルイの娘でありルイーズの姉である疑惑もあるので一概にはそうとも言えないが。

「ミアの家、ステッサ家だっけ? その一族って不思議よね。裏では強い影響力を持っているのに、表の貴族としての地位はそれほどないんでしょう?」

 ミアも良くは知らないし興味もないが、そう言う話だ。

 裏では、領主、世が世なら王族を名乗れるリズウィッド家よりも影響力のある貴族として知られている。

 実際、クリーネなどはそのことを知っていて、ルイーズよりもミアのことを恐れ敬っていたりもする。

 それは実際に。クリーネがミアの魔術の実力や荷物持ち君の存在を目の辺りにしたというのもあるが。

「らしいですね。代々ブノアさんの家と一緒に領主の一族を護衛する役割を担って来たらしいですからね。そのせいじゃないんですか」

 ミアはあまり興味ないとばかり答える。

 そして、忘れ物がないかの確認などをし始める。

「私も貴族のお家の事にまで首を突っ込むような真似はやめよ、ろくなことにならないし。それじゃあ、私たちもぼちぼち行きましょうか?」

 ミアが支度をし始めたので、スティフィも会話を打ち切り、出発を促す。

 とはいっても、スティフィを待っていただけに、エリックもマーカスも準備は終えている。

 ミアも忘れ物がないように再度確認をしただけだ。

「まだ時間に余裕はあるそうなので、ゆっくり行きましょう。ミア達は夏休みの思い出くらいの気持ちでいてください」

 マーカスはそう言って、昼食を取った食堂を出て、表に止めてある御者台に腰かけた。

 とはいえ、荷車の中央には白竜丸の入った大きな檻があるので、荷台の方も居心地が良いとは言えないし、荷車を引くのは荷物持ち君なので御者台に誰かいる必要もない。

 まあ、形だけでも御者はいたほうが良いだろうが。

「ディアナの言葉がなければ、そのつもりだったんだけどねぇ」

 スティフィはそう言って、荷台の一番場所が開いている席へと乗り込む。

「冥府の神のお使い中に手出しするとなると、やはり始祖虫か外道種でしょうか?」

 ミアもスティフィの隣に腰かけそんなことを言い出す。

 スティフィ的には外道種達より、始祖虫に出くわす可能性の方が大きいのではないかと考えている。

 ミアは何かしら面倒ごとを引き寄せる体質な気がしてならない。

「神の話もあるし、まず間違いなく始祖虫のほうでしょうね」

 何より破壊神が今年中に再度現れるようなことを言っていたし、ディアナの言葉もある。

 そうなると出会うのは始祖虫になると、嫌ではあるがどうしても考えてしまう。

 始祖虫との遭遇を考えると、どうやって生き残るか、スティフィは色々と考えるが思い浮かばない。

 始祖虫相手に人間ができることなどありはしない。

 あれは人間がどうこうできる生物ではない。

 鰐である白竜丸を天敵の竜種と見間違えてくれないかとスティフィは期待したが、始祖虫を狩る様な竜種は竜種の中でも歳をとり力を持つ竜だけとのことだ。

 逆に若い、まだ未熟な竜は始祖虫に狩られたりもするとの事だ。

 ハベル隊長から聞いた話なので、まず間違いはないだろう。

 そうなると、白竜丸に竜の真似事を期待するのも無理な話だ。

「でも、ジュダ神も始祖虫に、私が狙われるとは言ってないんですよね?」

 それもまた事実だ。

 始祖虫も竜も外の世界からやって来た種で、この世界とは本来無縁の生物だ。

 この世界に関わる門の巫女だからと、ミアを特別視したりしない。

 ただ、外道種からすれば門の巫女は狙うべき存在ではあるとのことだが。

「今年中に現れるって話だけで、ミアの言うとおりね。だから、私も多少は楽観的に思ってたんだけど……」

 破壊神が今年の初めに忠告してくれたのは、今年のうちに脅威が来るので竜と関わり合いを大事に、というだけだ。

 だが、竜種に頼るとなると始祖虫の存在をどうしても思い浮かべてしまう。

 特にこの地には遠い過去に始祖虫の卵が持ち込まれ、去年、実際にその姿を露わにしているのだ。

 それにより魔術学院の騎士隊のほとんどが壊滅してしまう被害も出ている。

 それに加え、御使いを宿した巫女ディアナの言葉も今回はあるのだ。

 ミアに何か起こると言っているような物だし、それが始祖虫関連であると、どうしても考えが行ってしまうものだ。

「ディアナの言葉ですか」

 マーカスもポツリと言葉を漏らす。

 その言葉を聞いたスティフィも嫌な顔をせざる得ない。

 だが、それは同時にディアナがどうこうしなくとも何とかなる、そう言うこととも取れる。

 荷物持ち君やミアに憑く大精霊でどうにかできる、だからこそ、御使いは同行しない、と。

「それよ…… まあ、油断せずに行きましょう。こちらも神の命で動いているんだから、無視するわけにもいかないしね」

 しかも、死を司る冥府の神の命だ。

 安易に無視すれば何が起こるかわからないし、実際、その神はマーカス目当てで亡者を嗾けていたりもしているのだ。

「何が来ても、この竜鱗の剣でぶった切ってやるよ」

 エリックだけが上機嫌にそんなことを言った。

 やや小ぶりの剣ではあるが本物の竜鱗の剣であり、エリックの言葉ではないが、大抵のものはその剣でぶった切ることが本当にできてしまう代物だ。

「頼りにしてるわよ、炊事係さん」

 スティフィはそう言ってエリックをからかうのだが、

「おう、そっちも楽しみにしてくれて良いぜ!」

 と、エリックには通じなかったようだ。

 人をからかうことが好きなスティフィは少し残念そうな顔をして、

「ああ、はいはい、じゃあ、こっちも出発しますか」

 と、声を上げる。

 ミアは全員の顔を見て問題がないことを確認する。

「荷物持ち君、あまり急がずに揺らさないで行きましょう!」

 その後、ミア達は心配していた通りにはならず普通に宿場町に着き、そこで一泊する。

 朝早くその宿場町も出発し、木々の多い街道をゆっくりと行く。




「確かこの辺りよね。亡者に襲われたのは。何も起きないけど? ここであってんの?」

 スティフィの記憶上でも地図上でも、確かこの辺りで亡者に襲われた場所だ。

 だが、あの時は霧に覆われていたし、なんなら恐らく現世とは切り離された空間にいたかもしれない。

 見た目などあまり意味はないのかもしれない。

 だが、マーカスには何かしら感じるものがある。

 それは冥府の神と明確な縁が出来てしまっている証拠でもある。

「いえ、上手く説明はできませんが気配を感じます。ミア、荷物持ち君に言って止まってもらってください。それと…… ミア達はこの辺りで待っていてください。俺は白竜丸と行ってきます」

 マーカスは一早く冥界の気配とも言うのか、その冷たい死の気配を感じ取る。

 そして、その気を改めて感じ、他の者は関わらせるべきではないと、マーカス自身が強く思う。

 その気配はやはり死そのものと言っても良い程の物だ。

 生きている人間が関わるべきでない物だ。

 ミアもすぐに荷物持ち君に指示を出す。

「荷物持ち君、道を外れた…… そこ! 広く開いているあの場所! あの辺りで止まってください。それと白竜丸との距離は大丈夫そうですか? 暴れたりしませんか? 私はついていかなくて平気ですか?」

 街道から少し外れた余り草も生えていない空き地をミアは指さす。

 その後でミアは白竜丸のことを心配する。

 ミアにはどの程度離れれば、白竜丸が野生に帰るのか、判断がつかない。

「白竜丸も神の前で暴れるようなことはしないでしょうし、結構離れても平気なはずですので」

 言葉にはしなかったが、それほど無茶なことを言う神でもない、と、マーカスはそのことを知っている。

 それに白竜丸も山一つ分くらいは離れていても平気なはずだ。

 最悪、幽霊犬の黒次郎で白竜丸を短時間ではあるが、ある程度誘導することも出来る。

 後、マーカスは白竜丸の世話を一年近く親身になってやって来たのだ。

 多少なりとは自分に懐いていて欲しいとマーカスも思っている。

「ん? 俺らはここで野営してればいいのか?」

 馬車の上で昼寝をしていたエリックが起きて状況を把握し、そんなことを口にする。

 荷物持ち君が引く荷車でも速度を出さなければ、昼寝できるくらいの揺れで済むようだ。

「はい、待っていてください。俺としてもミアを冥府の神に会わせるつもりはないですよ」

 マーカスもこの気配を感じているだけで身震いがする。

 まだ暑い残暑の中でも、鳥肌になるほど冷たい死の気配だ。

「気をつけて…… と、神様に会いに行くのにそう言うのも変ですね」

 ミアが、マーカスに心配の言葉を掛けようとして、思いとどまる。

 マーカスはこれから神に会いに行くのだ。

 気を引き締めても、気をつけるようなことはない。

「まあ、行ってきますよ。いつ帰るか…… それはわかりませんが、食料とかがなくなりそうなら、学院まで帰ってくれていてかまいませんので」

 マーカスはそう言って白竜丸を檻からだし、白竜丸に乗り森の中へと入っていく。

「それじゃあ、白竜丸を野生に返させないためにミアが着いてきた意味ないでしょうよ。早く帰ってきなさいよ」

 と、その背中にむかいスティフィが言葉を投げかけるが、返事は返ってこなかった。

「じゃあ、こっちはこっちで野営を楽しむか。ってか、気が付けば両手に花だな!」

 エリックはそのことに気づいて本当に嬉しそうだ。

 そして、エリックは嬉しそうに天幕の設営に取り掛かる。

「あんたは楽しいそうでいいわね、ほんと」

 流石にエリック一人に天幕の設営をさせられないので、スティフィはそう言いながら設営を手伝い始めた。




 マーカスが森へ白竜丸と入っていって三日目になるが、マーカスが戻ってくる気配はまるでない。

「もうそろそろ食料も水も尽きるぞ? どうする?」

 持ってきた食料の在庫を見ながらエリックはスティフィに声を掛ける。

 幸いこの辺りは森でもあるので、狩りでもすればもうしばらくは滞在できそうでもある。

 なんなら、ここは街道沿いでもあり、リグレスからティンチルなどへ通じる道でもあるので人通りは多い。

 商人も通るのでそこから、水や食料をある程度仕入れることも可能だではある。

 ただ、こんな場所で野営しているので、野盗か何かと間違われたのは、実は一度や二度ではない。

 そろそろ、ティンチルかリグレスの町から兵士かなにかが事情を聴きに来てもおかしくはない頃合いだ。

「一旦帰るしかないわね」

 ただスティフィは断言する。

 スティフィも死の気配を感じ取り、あまりこの辺りに長居はしたくないと感じ取っているからだ。

 人間の方のいざこざもあるが、それは実際に神の使命の手伝いとして、この場所にいるのだ。

 それを説明すれば咎められることはない。

 ただ、野営を既に娯楽として楽しめているミアは、

「ええー、大丈夫でしょうか? こんな場所に取り残されたら大変ですよ」

 と、難色を示す。

 確かに街道沿いとはいえ、こんな場所に一人で鰐と放りだされたらたまったものではない。

 白竜丸が言うことを聞く内はいいが、野生に帰りでもしたら、それこそ、たまったものではない。

「とりあえず今日一日だけでも待って、明日の朝は宿場町を目指しましょうか」

 スティフィは色々考えながらそう答えた。

 死の気配は嫌なのだが、この気配があるからこそ、ミアは今も襲われることがないのではないか、そうとも捉えられるからだ。

 神の指示することだ、それくらいのことがあっても不思議ではない。

 スティフィ的には迷い所ではあるが、無駄にこの場にいても仕方がない。

 神に呼ばれたマーカスがいつ帰ってくるかなど、見当もつかないのだから。

「でも、マーカスは元々この領地の生まれだろ? 平気だろ?」

 それにエリックが適当なことを言って付け加える。

 ただ、ミア達はマーカスが教えていないので知らないが、マーカスの故郷はここよりももっと東側で朽木の王と朽木様がいる場所より東側の地域だ。

 マーカスもこの辺りの事はそれほど知らないのだが、そのことをミア達が知る由はない。

「そう言えばそうね、歩けない距離でもないし」

 スティフィは他人事なので適当なことを言う。

 それに三日も待てば義理は果たしたことになる。

 そもそも、マーカス自身が食料が尽きたのなら帰ってくれとも言っている。

「でも白竜丸はどうするんですか? あの子が暴れないために私はついて来たんですよ?」

 白竜丸はかなり大型の鰐だ。

 その上で魔術も効きにくい。

 人一人で抑え込めるような生物でもない。

 だから、竜王の卵を持つミアが、わざわざここまでついて来たのだ。

 ここでミアが帰ってしまったら身も蓋もない。

「流石の鰐も神の前では大人しくしてくれるでしょうし、神が…… 何この気配?」

 確かにそうではある、とスティフィも思いはしたが、どうミアを説得するか、とそちらに思考を裂こうとしたときだ。

 異様な気配をスティフィは感じる。

 濃い死の気配だ。

 今までのように漂っているだけの死の気配ではなく、濃厚で塊のような死の気配がゆっくりと近づいてきている。

「なんか、妙に冷たい気配がしますね」

 ミアもそれに気づき、身を震わせる。

「おいおい、マーカスの野郎、何かやらかしたのかぁ?」

 と、エリックが背中の竜鱗の剣の柄に手を掛けながら辺りの様子を伺う。

 そうしていると森の中から一体の亡者がよたよたと歩いてくる。

 手には何か紙のような物を持って、それを差し出すように前に出して、アァーと息を吐き出すだけのような声を上げ、ミアを目掛けてよたよたとゆっくり近づいてきている。

「冥府の神の使いですか?」

 と、ミアが物怖じせずに聞くと、亡者がアァーとだけ答える。

「肯定、否定、どっちよ! 判断つかないじゃない!」

 と、スティフィが叫んで荷物持ち君を確認する。

 だが、荷物持ち君は特に反応していない。

 なら、この亡者は安全なのだろう、とスティフィは判断する。

「恐らく使いみたいですね、それを受け取ればいいんですか?」

 と、ミアが再び聞くと、亡者はアァーとだけ返事をする。

 エリックが判断に困っていると、ミアが無造作に前に出て、亡者からそれを受け取る。

 ミアがその紙を受け取ると、亡者は踵を返しヨタヨタと森の中へ帰っていく。

 亡者が完全に森の中へ消えてから、スティフィはミアに視線を移す。

「何を受け取ったの? マーカスからの知らせかなにか?」

 ミアも亡者の使者を見送った後、受け取った物を確認する。

 それはやはり手紙だ。

「手紙ですね、待ってください……」

 ミアはその亡者が持って来た紙を開いて見る。

 そこにはマーカスの筆跡で様々なことが書かれていたが、要約するとしばらく帰れそうにないので先に帰ってくれて平気だという事だ。

 白竜丸のことも神の元、しつけられ聖獣となるので心配はいらない、そう書かれている。

「白竜丸が聖獣になるみたいです。それに時間が掛かるので先に学院まで帰ってくれとのことですね」

「聖獣? あの鰐が?」

 聖獣とは、魔術の学問的には神に育てられた獣を指す言葉だ。

 神獣となると、神々の化身が獣の姿を取るとき、とされている。

 聖獣でも、かなりありがたい存在で場合によっては領主などよりも扱いが良かったりする場合もある。

 そんな物にあの白竜丸がなると聞いて、スティフィは微妙な表情を浮かべた。

「凄いですね、白竜丸。聖獣になるんですか!」

「おっ、かっこいいな。冥府の神の聖獣が鰐とか!」

 ミアとエリックはそんなこと言って騒ぎ出した。

「まあ、とりあえず朝になったら学院まで戻るわよ」

「そうですね、そこで聖獣になった白竜丸を待ちましょう!」

 ミアは嬉しそうにそう言ったが、そう上手くいく話ではない。


 ちょうどその頃だ。

 始祖虫によってキシリア半島にある、闇の小鬼を封じるための騎士隊の砦が完膚なきまでに壊滅させられたのは。

 始祖虫と闇の小鬼両方が争いながら野に解き放たれたのだ。


 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


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