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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由

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西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その2

 シュトゥルムルン魔術学院の正門でディアナが一心不乱に手を振ってミア達一行を見送っている。

 そのディアナをカリナが見下ろす。

 そして、カリナはディアナに声を掛ける。

「一緒には行かないのか?」

 と。

 この御使いを身に宿す少女はミアを守るために遣わされたのだ。

 それがミアに同行せず学院に残り、特に理由もなくミアを見送っている。

 カリナとしても、いや、御使いという存在をよく知るカリナからしたら、それは不思議でしかない。

 そうすると、ディアナはカリナを見上げ答える。

「きまっている、きまっている、きまっている。これは決まっていること。だから、だからだから、一緒に行かない、行けない。役割、役割、役割は今、今今、今じゃない、じゃない。これはこれはこれは、巫女様、巫女様の試練、試練……」

 ディアナの言葉にカリナは眉を顰める。

「そうか。何か大きなことが起きるのだな。となると、またあれが現れるのか? それともまた別のものか……」

 ポツリと呟いたカリナの言葉はもうディアナには届いていない。

 ディアナはミア達の乗った馬車が見えなくなった後も、その無事を祈るかのように手を振り続けている。




 豪華な馬車だ。そして、なによりも揺れない馬車だ。

 最近、ミアの長距離の移動手段と言えば、乗り心地の悪い荷物持ち君の引く荷車だったので、揺れない馬車にミアは感動をしていた。

 なんなら、馬車の中で紅茶まで振舞われている。

 茶器の杯に注がれた紅茶が、ほとんど揺れていない。それほど、この馬車は揺れていない。

 技術的な物だけでなく、魔術的なものも使われているのだろう。

 ついでに、振舞われている物は紅茶だけではない、茶菓子まで出てきている。

 ミアはそれに感動しつつ、出されたお茶や菓子を堪能する。

 どれもとても美味だ。

 菓子は焼き菓子なのに、しっとりとしていて柔らかく濃厚な卵の旨味と砂糖の甘味が、その中に詰まっている。

 また紅茶自体もミアが普段飲んでいるお茶は自作のものか、食堂で出された物なのだが、それとは全く別物に思える。

 ミアが自作したお茶はともかく、食堂で出されるお茶もルイーズお付きのマルタが用意したものなので、悪い物なわけないのだが、今、出されたお茶は別格に美味しく感じられる。

「なんですか。このお茶。物凄く美味しいですね」

 まず香りが違う。

 そして、味わいが、後味が、深みが、段違いなのだ。

 紅茶がこれほど美味しいものだったと、ミアは思い知らされたほどだ。

「ああ、それは西側から取り寄せた紅茶ですので」

 と、ルイーズは特に気にすることなく答える。

「西側のお茶は美味しいんですね……」

 ミアはそう言って紅茶を飲む。

 もうズズズッと音を立てて飲むようなことはミアもしない。

 これでも暇さえあれば、マルタに貴族としてのたしなみを教えられているのだ。

 その甲斐は…… まあ、あまりないのだが。

 それでも、音を立てて紅茶を飲むようなことはなくなったので、全くの無駄というわけではない。

「紅茶と言えば西側ですね。南と西の境あたりに大きな茶葉の生産地があると聞きます。たしか、これもそこで取れた紅茶ですよ」

 そこで採れた茶葉は船で西側の領地へ運ばれる。

 この紅茶は運河を行く茶葉を運ぶ為だけの船で、その中で茶葉を醗酵させながら加工所へと運ばれる。

 その後、西側の領地の出島的な場所で最終的な加工をされ紅茶となり、西側の領地へ本格的に運ばれて行くのだ。

 運搬をしながら加工することで、茶葉の劣化を防いでいる。

 それは紅茶としては最高級の物とされている。

「へー、そうなんですね。私の作る薬草茶とは全く違いますね」

 ミアはそう言って、再び紅茶の匂いを嗅ぐ。

 とても良い匂いがミアの鼻腔に入ってくる。

「ミアの作るお茶には必ずラダナ草が入るじゃない。苦くてまず飲めないのよ」

 そこにスティフィが突っ込みを入れる。

 とてもじゃないがお茶として飲めた物ではない。

 薬としてならまだわかるのだが、あれは少なくとも喉が渇いたからと言って飲む物ではない。

「滋養強壮には良いですよ!」

 と、ミアはスティフィに対して即座に反論する。

「どんな味がするんですか?」

 ルイーズはミアがそういった物を手広く作っていることは知ってはいるが、それらを試したことはない。

 一度だけ、ルイーズもマルタに頼んでみたが、マルタが顔を歪めて、あれは飲み物ではないです、と、返答が返って来ただけだった。

「ただひたすら苦味があるだけで、飲めたもんじゃないわよ」

 スティフィがその苦味でも思い出したのか、舌を出しながら言った。

 もっともミアは最初から味など気にはしていない。

 効能だけを考えて作っている。

 ミアがそれなりに味に気を使えば、それなりに味の良い物を作れる実力と技術は持ってはいる。

 だが、ミアが気にするのは効能のみだ。

 ミアにとって味など我慢して飲めば、良いだけの話だ。

「ラダナ草は優れた薬草ですよ!」

 確かにミアの言う通りラダナ草は優れた薬草だ。

 生命力がとても強く育てるのも容易で量も調達しやすい。

 だが、その味だけはどうにもならない。

 何とも言い難い、強い苦味があるのだ。

「サリー教授ですら、口に入れるのは推奨しない薬草だって言ってたじゃない」

 スティフィはそう言ってため息をついた。

 ラダナ草の苦み成分は、人間にとって毒ではない。

 むしろ有用な成分でもある。

 だが、大概の人間はそれを口にすれば反射的に吐き出してしまうほどの苦味なのだ。

「それはそうですが、それさえ我慢すれば効果は凄いですよ! 時期を問わずいっぱい採れますし!」

 冬でも雪の中で黄色い花をつけると言われるラダナ草は、この地方の厳しいい冬でも枯れることはない。

 それどころか雪の下で他の草が枯れてしまった場所を侵略するように増え広がるほどだ。

 恐ろしい程の生命力持つ薬草だ。

 それだけに季節問わず量を確保できる薬草ではあるので、値段はとても安くそこらの雑草と変わらないほどだ。

 それと、苦味があるだけでなく、匂いもまた苦味を感じさせるような香りがするので、薬品としてもなにかと使いづらい。

 とりあえず口に入れる類の薬としては推奨されていない。

 砂糖で包んで飲み込んでも、胃から苦味がせり上がって来るとまで言われている。

「ミア以外使わないからでしょうに……」

 スティフィはそう言うのだが、これには語弊がある。

 ラダナ草は安価で効能が高いだけによく使われる薬草でもある。

 ただ、口に入れたり、ラダナ草を主として使われないだけだ。

「スティフィだって一時期はまっていたじゃないですか!」

 ミアは一時期スティフィがラダナ草にはまっていたことを知っている。

 ラダナ草が精霊除けになるという噂があったからだが、それはガセだったと今ではスティフィも分かっている。

「はまっていたというかなんというか、間違った知識を教えられただけで…… あの助教授め……」

 そのことをスティフィに教えたサリー教授の下についている助教授の顔を憎々しげに思い出す。

 だが、そこでミアは思い出したような顔を見せる。

「あっ、お茶は持ってきてないですがラダナ草の草団子ならありますよ、おなか壊したときの薬ですが」

 そして、肩から下げている鞄をミアはごそごそと漁り始めた。

 ルイーズが少しだけ嫌な気配を感じ始める。

「それはお腹が痛くなくても食べても平気なのですか?」

 草団子というからには食べ物のはずだ、とルイーズは考えるが、ミアは胃痛の薬とも言っている。

 ルイーズには判断がつかないでいる。

「ええ、大丈夫ですよ!」

 ミアが笑顔でそう答えるのだが、それをスティフィが慌てて止める。

「やめときなさい、お姫様。絶対後悔するわよ?」

 そして、スティフィがルイーズに真顔で忠告する。

 けれど、ミアはスティフィの言葉に対して反論しだす。

「悪い物ではないですよ! お腹を壊しているときは、これで一発で治りますし!」

 そう、ミアは力説するのだが、スティフィは呆れるような顔をするだけだ。

「それを食べたジュリーが、腹痛の方がましだったと言うくらいだけどね」

 スティフィはルイーズにその真実を伝える。

 確かに、ミアの草団子を食べて、ジュリーの腹痛はすぐに収まった。

 だが、胃から這い上がってくるような苦味と臭いに、草団子を食べた日はより苦しんだという。

 その後、ジュリーはしばらく食欲を失っていたほどだ。

「逆に気になるのですが?」

 それを聞いたルイーズはどれだけ苦いんだと、逆に興味が湧いてくる。

「ルイーズ様、おやめください。今後の予定に響きかねません」

 そこで、ルイーズの使用人であるマルタが止めにかかる。

 今その草団子を口にしたら、恐らくは学院に戻って治療を受け、安静にしていなければならなくなる。

 そうなると色々と予定が崩れてしまうことを、マルタは危惧している。

「マルタまで……」

 と、ルイーズは大げさな、という顔を見せるが、マルタの表情は真剣そのものだ。

「どうしてもというのであれば、リチャード様に挨拶し終わった後にしてください。ですが、私は止めましたからね?」

 マルタはティンチルなら、魔術学院と変わらない医療を受けられるだろうと判断し、その言葉を口にした。

 ミアの作った草団子は別に毒ではない。

 毒ではないのだが、それを慣れていない人間が摂取すると、その後の行動に支障をきたすのだ。

「マルタ、それほどのものなのか?」

 話を聞いていたブノアが、少し驚いたようにマルタに確認する。

「私がこの間半休を頂いた理由ですよ」

 それに対して、マルタがすまし顔でそう言った。

「マルタが? わ、わかった、やめるわよ……」

 マルタもルイーズの使用人ではあるが、彼女自身貴族であり、また外道狩り衆という裏の顔を持つ人間の一人でもある。

 マルタとて一般人とは言い難い能力を持った人間である。

 そのマルタが休みを取らなければならない程のものという事は事実のようだ。

「一応、渡しておきますね。効果は凄いんですよ!」

 ミアはそう言って鞄から見つけ出した土器製の瓶を、馬車の中に設置されている机の上に置いた。

 茶色いその瓶からは、何か目に染みるような異様な雰囲気を漂わせている。

 実際に、苦味を臭いでわかることはないのだが、その瓶からは苦味という物が臭いのように漂ってくるのがルイーズにも感じられた。

 ルイーズにはその瓶が呪物の類とさえ思えるほどだ。

 流石のルイーズもその瓶に対して顔を歪める。

 それを見たスティフィが面白そうに付け加える。

「あ、お姫様。ついでにそれさ、騎士隊に卸している催涙弾の副産物だからね」

 と、茶色い瓶を指さしながらそう言った。

「は? 催涙弾?」

 草団子とは似ても似つかない、催涙弾という言葉にルイーズが聞き返す。

「非殺傷の制圧兵器として好評ですよ!」

 ミアは得意気にそう言うのだが、スティフィはミアの隣で、ミアを信じられない、と言った表情で見ている。

「ああ、聞いたことがある。新型の催涙弾がかなりの性能だと……」

 その話を聞いてルイーズの護衛であるブノアが言葉を発する。

 ミアの作った臭い玉を元に作られたもので、それをパチンコなどで投擲する物だ。

 その制圧力はかなりの物で、非殺傷兵器としてかなり優秀なものだ。

 なんでも始祖虫にすら効く程の物だというふれ込みだったはずだ。

「あれな。かなりえげつないぞ。俺も試しで喰らってみたんだけど、しばらくというか、半日くらい何もできなくなったぜ」

 エリックがそう言って、催涙弾を当てられたときのことを思い出した。

 全身で強烈な苦味を感じるほどの代物で、痛みではなく苦味で行動不能にさせるというものだ。

 口や目に入らなくても、肌から強い苦みのような物感じるほどで、今までにない感覚を受けるものだ。

 今までに味わったことのない苦味という刺激だけに、身体能力の高いエリックでも耐えようがない。

 密かにエリックが、その催涙弾の製法を実家のラムネイル商会に流す程度には有益な制圧兵器だ。

「それの副産物が腹痛のお薬になるんですか?」

 ルイーズもその催涙弾の話は聞いたことがある。

 人間相手なら、まず無力化できると言われるほどの物だ。

 その副産物が腹痛の薬になると言われても、あまり信じられるものではない。

「副産物というか出がらしを丸めて草団子を作っただけでしょう」

 スティフィがその事実を口にする。

 確かにその通りだ。

「違いますよ! ちゃんと薬学に則って調合した草団子です!」

 だが、ミア的にはそれだけではない。

 丸めた草団子を特製の薬液に漬け込んだもので、ただの出がらしというわけではない。

 そのおかげで確かに腹痛は治るのだが、苦味は格段に上がっている。

 いや、その薬液の方が問題なのかもしれないのだが。

「は、はあ? 一応貰っておきます。少し興味はあるので」

 そう言って机の上に出された茶色い瓶を手に取る。

 瓶に触れた瞬間、ルイーズは、チリチリとしたひりつきを手に確かに感じる。

 本当に食べていい物なのかと、ルイーズもその安全性を疑わずにはいられない。

「どうぞ! 学院の購買部でも買えるので気に入ったら買ってくださいね!」

 と、ミアは笑顔でそう言った。

 魔術学院の購買部で売っているものであれば、そこまで酷いものでもないのだろうとルイーズは一端安心する。

 ただ購買部では腹痛を治す劇薬として知られている品だ。

 確かに腹痛は一発で治るのだが、それ以上の強い副作用があると言われているもので、誰も腹痛の薬として買っていくものではない。

 購買の理由は、後学のためとか、劇薬だから、ここまで強力なら別の何かに使えるのではないか、そんな理由で、主に研究材料として買われていく品だ。

 その瓶についた張り札には、螺陀菜丸らだながんと書かれていた。

 ラダナガンのラダナはラダナ草の名からだろうか。

 丸は恐らく草団子が丸いからだ。

 だが、その名前をルイーズも聞いたことがある。

 一時期学院で話題になっていた商品だ。

「螺陀菜丸? あっ、これなら知っています。薬だか毒だかわからない物が売り出されたと一時期話題に…… これ、ミア様が作った物だったんですね」

 そう言うルイーズの頬を冷や汗が流れていく。

 少し前に、毒物ではないかと検査が入り販売中止になったが、毒物らしい物は発見できず、成分的にもなんでここまで苦味があるのかわからない、と判断され、再販されるようになった物だ。

 学院の生徒達の間で、度胸試しの品として、学院に密かに根付いていたりもするものだ。

 もちろん、名目上は腹痛の薬として売られている物ではあるが、それを腹痛の薬として買っていく者はやはりいない。

「く、薬です!! 正真正銘薬です!!」

 ミアは自信をもって断言する。

「サリー教授が痛みを伴う劇薬って評価してたの私は知っているわよ?」

 そこへスティフィが一言付け加える。

 確かに腹痛に対する薬としての効果が高い。

 ある種の寄生虫、虫下しとしても効果がある。

 だが、副作用がそれ以上に強力なのだ。

 慣れていない者、特にラダナ草の苦味に耐性のない人間だと寝込むほどの物だ。

「ただちょっと苦いだけじゃないですか!」

 そして、ミアの言うことも事実なのだ。

 苦味が強いだけ、なのだ。

 ちょっとやそっとの苦味ではないが。

 ラダナ草の苦味に耐性のある人間であれば、良薬ではある事も確かなのだ。

「ちょっとやそっとの苦味なら、そんな薬だか毒だかと話題にならないのよ!」

 スティフィも声を荒げる。

 なんであんなものが薬として認証されたどころか、店で販売できているのか、スティフィには理解できない。

 スティフィの味覚は繊細なのだ。

 毒を見分けるためにそういう風に訓練されているのだ。

 その舌に螺陀菜丸という劇薬は、あまりにも毒だっただけの話だ。

「うう、せっかく再利用できたのに」

 と、ミアがプリプリと怒りながらそう言った。

 ルイーズはその言葉を聞き逃さない。

 再利用と、そう言ったと、ルイーズは目を丸くした。

「再利用も何もラダナ草の出がらしでしょう? 荷物持ち君の腐葉土にすればいいじゃない?」

 スティフィがそんなことを言う。

 ただ、魔力の水薬のようにロロカカ神の魔力を一度通した物でもないので、荷物持ち君も喜ぶような物でもない。

 それに荷物持ち君の腐葉土用の物は別に大量に用意されている。

 それとは別に、螺陀菜丸に使われている出がらしは、騎士隊に納品している新型の催涙弾で使ったラダナ草の出がらしなのは事実だ。

「腐葉土はもう十分に確保できているんですよ。それでも、余った物をどうにかできないかと頑張って作ったんですよ!」

 そのスティフィとミアの言い合いにルイーズは顔を顰める。

 腐葉土と同じものなのかと。

 ルイーズも腐葉土が葉や草を腐らせて作るという物は理解している。

 だが、実際にそれを言われると顔を顰めたくなるのだ。

「ちょっと待ってください。腐葉土の材料と同じなんですか? それに出がらしなのにそこまで苦くなるものなんですか?」

 顔を顰めただけでは収まらなかったので、ルイーズは口に出して確認する。

 そもそも、出がらしなのになんでそこまで苦くなるのかという話がルイーズには理解できない。

「ミアが有能でバカだからよ! 大量に出がらしができるからって、それを無駄に高い技術で濃縮するから……」

 ラダナ草自体は大量に採取できる。

 それこそ山のように採取できる。

 逆に一度群生地になってしまうと駆除するのが大変なほどの繁殖力なのだ。

 だから、簡単に量を確保できてしまう。

 また、ミアも魔術師として、ここ最近腕を上げてきている。

 何も使徒魔術を使うことだけが魔術師ではない。

 水薬や魔道具などを作ることも魔術師として重要なことなのだ。

 幸いというべきか、ミアは魔術に関して多彩な才能を持っている。

 特定の成分を濃縮するなどミアからしたらお手の物なのだ。

 そして、ラダナ草はいくらでも大量に採取可能なのだ。

 また、騎士隊に卸す催涙弾に使う成分と腹痛用の薬用成分は、それぞれ苦味のある成分だが、別の成分なのだ。

 つまり、催涙弾を作れば作るほど、腹痛用の薬用成分は余っていく。

 それを濃縮して作られたのが、螺陀菜丸の薬液というわけだ。

「あ、ああ…… ミア様は優秀なのは聞いてましたが、なるほど。逆に興味が出てきました」

 つまりこの螺陀菜丸にはミアの魔術の才能ありきの品という事でもある。

 これを研究すれば、何かしらミアの才能の秘密を発見できるのでは、と、ルイーズも研究目的で興味が出てきている。

「ち、違いますよ!! 薬として効能がある成分を催涙弾の方に混ぜておくわけにもいかないじゃないですか! その効能のある成分も苦味が強いだけであって……」

 ミアは必死にそのことを説明する。

 だが、必死なだけにどうしても言い訳がましくなってしまっている。

 そこへ、スティフィが止めを刺すように、

「それを極限まで濃縮しようとしたのがミアなのよ…… ある程度のところで止めればまだマシなのに」

 と、告げる。

 そう、螺陀菜丸は薬用成分を必要以上に濃縮された薬液に付け込まれた草団子なのだ。

 だから、想像以上に苦く副作用も当然強い。

「わ、私は魔術師です! 探究者です! ロロカカ様に魔術を学べと仰せつかった者です! そんな私が中途半端なところで止めるだなんてできる訳がないじゃないですか! できる限りまでやってこそですよ!」

 ミアは自分は間違っていないと、自信満々にそう主張する。

 ミアの言うことも正しく魔術師として間違っていない。

 だが、腹痛の薬としては間違っているのだ。

 ただそれだけのことだ。

「まあ、そんな品ってわけよ。言ってしまえば、薬用成分を濃縮しすぎて毒にまでなっているっていう物なのよ。お姫様は飲むのやめときなさいよ」

 スティフィはこの話はここまでと、そう言った雰囲気を作り出してそう言い切った。

 ミアがロロカカ神の名を出してきたという事は、かなり感情が高ぶっているという事でもある。

 これ以上ミアを怒らせても、スティフィに利があるわけでもないし、ミアを怒らせたら怒らせたで、色々とめんどくさいことをスティフィは熟知している。

「は、はい、わかりました。それとミア様が想像以上に魔術師として優秀だという事も理解できました」

 ルイーズは茶色い瓶を眺めながらそう言った。

 離れていてもなんだか、臭いが、苦みのある臭いが漂ってきている気がするほどだ。

「それは…… まあ、そうだけども」

 スティフィもミアの才能は素直に認めている。

 ほぼすべての魔術の系統にて才能を持っている。

 下位の精霊で訓練できないという理由で、精霊魔術だけはその練度が低いが、ミアに精霊魔術の才能がないわけでもない。

 ミアは間違いなく優秀な魔術師である。

「ミア様の作った魔力の水薬の質の高さ、数々の薬品類、使徒魔術に神霊魔術、魔法陣の精度、魔力感知に魔力制御、どれも素晴らしいと聞いています。私では足元にも及ばぬほどに」

 ルイーズは当初、魔術師の才能でもミアに負けるとは思っていなかった。

 魔術学院に通う前から、専属の優秀な魔術師に習い、幼き頃より領主の娘、言うならばある意味この領地の神の巫女としても学んできたのだ。

 それを同じく巫女をしていたとはいえ、去年魔術学院で魔術を本格的に学び出したミアの足元にも及ばないなど思っても見なかった。

 才能に天と地の差がある、いや、魔術を学ぶ情熱に差がありすぎるのだ。

 家出して魔術学院に身を寄せ、暇つぶし程度に学ぶルイーズと、神の命を受け、命がけで魔術を学んでいるミアとはその熱量が、必死さが、そもそも違うのだ。

「まあ、ミアは確かに魔術師として天才の類よね…… 魔力感知も魔力操作の才能もズバ抜けているからね」

 どちらも先験的な才能だ。特に魔力感知は生まれついての物で、後は神秘的な体験をすることで、ジュリーのように才能が開花することもあるが。

 魔力操作も先験的な才能ではあるが、努力次第でこちらの方はどうにかなる。

 それでも、生まれ持った才能の影響はとても大きい。

 ミアはその両方の才能を持っている。

「なんなら、ミア様は魔力耐性も非常に高いので大量の魔力も借りれる方ですよ」

 マルタが更に付け加える。

 ロロカカ神の非常に強力な魔力を、幼き頃から巫女としてその身に宿して来たミアは魔力耐性も高い。

 魔力酔いしにくく、常人と比べ大量の魔力をその身に宿すことも出来る。

 まさに魔術師としての基本的な才能すべてを持っているようなものだ。

「急に貶したり褒めたりしないでくださいよ。どう反応していいかわからなくなりますよ」

 ミアは何とも言えない顔をしてそう言った。

 ただ、若干頬が緩んでいる。

 褒められたのは素直に嬉しいのだろう。

「まあ、そんなものだからお姫様は口にしないようにしなさいよ。絶対腹痛の方がましだから!」

 スティフィは最後に念押しして、この話を打ち切った。

 これ以上この薬の話をしてもミアの機嫌を損ねるだけだ。

「はぁ…… そう言えば、クリーネ様とマーカス様は?」

 ルイーズもそのことはわかっているので、話を変える。

 馬車の室内にその二人の姿がない。

「外の台車ですよ。白竜丸の様子を見ています」

 ミアが答える。

 念のために、檻に入れた白竜丸を外付けの荷台に乗せている。

 マーカスとクリーネは、その荷台に乗っているのだ。

「ああ、鰐の。え? クリーネ様がですか?」

 マーカスはまだわかる。

 あの鰐の面倒をずっと見てきているのだからわかるが、クリーネが付き合う理由がわからない。

「クリーネさんは白竜丸の事を随分と気に入っているようなので」

 ルイーズの疑問にミアが答える。

 クリーネはツチノコ探しの時に白竜丸に乗って以来、白竜丸のことが気に入っているようだ。

 度々餌の差し入れなどもしているほどだ。

「そ、そうですか…… 私は怖くて近くにもよれないですよ」

 ルイーズはそう言って白竜丸を思い出す。

 白く美しい獣ではあると思うが、竜のような迫力があり、ルイーズとしてはあまり近づきたくはない。

 遠くから見ている分には、まだよいのだが近づくとその迫力に圧倒されてしまう。

「私というか、この竜王の卵が近くにあれば平気ですよ」

 そう言ってミアは首から下げている首飾りをルイーズに見せる。

 本当に飾り気のない首飾りで、小指ほどの小さな楕円形の物体が紐に括られているだけのものだ。

「その首飾りもミア様の護衛者というものなのですよね。護衛者ってなんなんですか?」

 それが竜王の卵だとは言われてみてもにわかに信じがたいものだ。

 ルイーズにはそれが特別な物には思えない。

 それに護衛者という存在も、ルイーズにはあまり理解できる物でもない。

 そもそも古老樹のような上位種が人間の下につくなど、朽木様の伝承を幼い頃より聞いてきているルイーズは信じがたいものがある。

「要はミアの護衛よ。私と一緒。お姫様の護衛とそう変わりないんじゃない?」

 スティフィは適当にそんなことを言う。

 ミア的にはスティフィは友人であり、荷物持ち君は自分の使い魔であり古老樹だ。

 その違いは大きい。

「なら、なんでディアナ様は今回ご一緒しなかったんですかね? あの方もミア様をのことを神から言われているのですよね?」

 そこで、ルイーズは疑問に思っていたことを口にする。

 ルイーズとしてはディアナも白装束の集団ごとついてくる物だと思っていた。

 実際、そのための馬車も手配していたのだが、今回、ディアナも白装束の連中もついてくることはなかった。

「なんか、今回は手助けできないようなことを言ってましたね」

 ミアが思い出したかのようにその言葉を口にする。

「え? ディアナがそんなこと言ってたの?」

 それをスティフィが聞いて驚いた顔を見せる。

「はい」

「待って…… それ、なんか起きるって言われているようなものじゃないの……」

 ディアナが今回は手助けできない、つまりディアナが手助けするようなことが起こると言っているような物だ。

「そうなんですか? また外道種にでも襲われるんでしょうか?」

 ミアはピンと来ていない様子でそんなことを言っている。

「わ、わからないけど…… まずいんじゃないの?」

 ただスティフィも聞かされている。

 今年中に始祖虫が再度その姿を現すという話もあるのだ。

 それを伝えたのは神族という話だから、まず間違いはないだろう。

「むっ、リグレスまで行けば何とかなる」

 ブノアの顔が一気に険しくなる。

 ブノアにも始祖虫の話は伝わっている。

 外道種相手なら得意分野だが、相手が始祖虫ともなると伝承での話を聞く限り、外道狩り衆とはいえ何かできるとも思えない。

 それでも、リグレスまで行けば、頼りになる部下と合流できる。

 ブノアからすれば、ルイーズを守る上でそれがまず第一条件だ。

「人間じゃどうしようもないのが出てきたらどうするのよ。始祖虫とか。出るんじゃないの?」

 スティフィがそう言ってブノアの顔を見て、その真意を確かめる。

 どうしたほうがお互いのためか、その確認をしているのだ。

 スティフィはミアを、ブノアはルイーズを、その命を懸けて守らなければならない。

「そう言えば、今年中に出るらしいですね、始祖虫…… でも、始祖虫は私とは無関係なはずですよ?」

 ミアも始祖虫の話は聞かされている。

 だが、門の巫女と始祖虫は関係のない話だ。

 始祖虫は太古の昔にこの地方に持ち込まれたもので、ミアとは関係がない。

 以前、ミアが出会ったのもただの偶然だ。

 そのはずなのだ。

 しばらく、ブノアとスティフィがお互いに見合った後、

「まあ、あれね。リグレスでお姫様とは別れたほうが良さそうね」

 と、スティフィの方から提案する。

 ミアを守るのであれば、ルイーズと共にいる方が確かに安全だ。

 ルイーズの護衛であるブノアは強い。

 だが、ブノアはあくまでルイーズの護衛であり、ミアの護衛ではない。

 ブノアからすれば、ルイーズの護衛という話だけなら、外道種から狙われている可能性の高いミアは邪魔でしかない。

 外道種ならまだいい。

 だが、始祖虫ともなると、また話が変わってくる。

「助かる」

 と、一言ブノアはそう言った。

「ブノア!」

 逆にルイーズの方が驚いて声を上げた。

 だが、ブノアは冷静に言い返す。

 ブノアとしても部外者の前で、外道狩り衆の力を見せるわけにはいかない。

 護衛は外道狩り衆だけで固めておきたい。

「我々はルイーズ様の護衛です。それにミア様には我々以上の、いえ、人間以上の護衛がついているんです」

 そもそも、古老樹の護衛がついているミアに、人間の護衛などあまり意味のない話だ。

「それは……」

 ルイーズも反論することが出来ない。

 ミアが本当に自分の姉であるならば、無理を言ってでも一緒にいることはできるのだが、その確証は何一つない。

 ルイが、ルイーズの父が乱心して、ただそう言っているだけであり、ルイーズが家出している理由でもある。

「そうですよ、気にしないでください」

 当のミアはそう言って笑った。

「すいません。ミア様」

 ルイーズは申し訳なさそうにするしかできない。

 ルイーズ自身知っているからだ。自分の護衛であるブノア達が本気を出すのには部外者は邪魔でしかない。

「私としても巻き込む人が少ない方が気が楽ですので」

 ミアはそう言って笑う。

 別に作り笑いではない。

 本当にミアは、心からそう思って笑っているのだ。

 なぜ、ミアがここで笑えるのか、ルイーズには理解が出来ない。

「巻き込む前提なの?」

 スティフィが突っ込むと、

「何か起きるって言ったのはスティフィじゃないですか!」

 ミアは楽しそうに反論した。

「それは言ったのは私じゃなくてディアナでしょう? もっと言えば、ディアナについている御使いでしょう? なら、ほぼ決定事項でしょう! 私もリグレスに着いたら、デミアス教に話を通すからね」

 色々と裏で手を回す必要がある。

 始祖虫が出て来るのなら、まず第一にハベル隊長に話を知らせる必要がある。

 ハベル隊長を通じて北側の竜種達に連絡が行くからだ。

 もし本当に始祖虫が出るのであれば、迅速に連絡を取れる準備だけでもしておいて損はない。

「ええー、巻き込む人間は少ない方が良いですよ」

 ミアはそこまで考えが及んでおらず、少しムッとした表情を見せる。

 自分が狙われている自覚のあるミアとしては、無関係な人を巻き込むのを避けたいのだ。

「どっちにしろよ。はぁ、ほんとミアと一緒にいると退屈だけはしないわね……」

 スティフィはそう言ってため息をついた。

 何が起きるかまだ分からないが、碌な事でないことだけは確かだ。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!



【ネタバレ】

 多分だけど、というか、気が変わらなければだけど、螺陀菜丸の話を無駄に長く書いていますが、今回のお話には螺陀菜丸はもう出てきません!!

 じゃあ、なんであんなに長く説明を書いてるんだ……


 本当になんでだろうね。

 意味はないです。伏線とかではなく。




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