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学院の魔女の日常的非日常  作者: 只野誠
西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由

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西門防衛戦と私が魔女と呼ばれるようになった理由 その1

【人物紹介】

・ミア

 はるか遠くの辺境の村よりやって来た少女。

 祟り神の巫女と目されている。


・スティフィ・マイヤー

 デミアス教徒の信者。ダーウィックに憧れ態々この魔術学院に入学してきた。

 元ではあるがデミアス教の狩り手という懲罰部隊に所属していた。


・マーカス・ヴィクター

 行方不明とされていた騎士隊科の訓練生。

 今はデミアス教の大司祭オーケンの使いっ走り。

 動物が好き。


・エリック・ラムネイル

 騎士隊訓練校の訓練生。

 かなりいい加減な性格をしている。


・荷物持ち君

 ミアが作った泥人形の使い魔。

 ミアを守る護衛者と使命を持っている。


・ディアナ

 アルビノの少女。

 魔術の神の巫女でその身に御使いを宿している。

 その影響で変わったことろが多い。


・カリナ

 人間とは思えないほど大柄で岩のような筋肉の肉体を持つ女性。

 ダーウィック教授の妻。


・ローラン・ダンベルグ

 使徒魔術、特に天使と呼ばれる御使いとの契約に長けた魔術学院の教授の一人。

 三大光の宗教、太陽の戦士団の隊長でもある。


・カーレン・ガーレン

 この世界ではとても珍しい悪魔崇拝者で、使徒魔術、特に悪魔と呼ばれる御使いとの契約に長けた魔術学院の教授の一人。

 顔半分に大きな傷跡を残す赤髪の男。




 これはミアが本格的に魔女と、学院の魔女と、呼ばれるようになった事件の話だ。

 無月の女神の巫女であるマリユ教授を差し置いて、その弟子である稀代の天才魔術師であるアビゲイルを差し置いて、この事件を期に学院の魔女という言葉は、ミアを指し示す言葉となる。

 また、彼女が生涯を通して作っていく伝説ともいえる逸話の始まりの物語とも言っても良い。

 ただ今までの話が霞むような、と言われると、それには少し語弊がある。

 この出来事を目撃した人が多かった。ただそれだけのことだ。

 そんな話だ。


 マーカス・ヴィクターは休学中の騎士隊訓練生だ。

 休学中の理由は様々だが、大きく分けて二つだ。

 一つはデミアス教の大司祭が一人、オーケンの使い走りをやらされているということ。

 もう一つは冥府の神デスカトロカから、門の巫女であるミアを守る使命を頂いたからだ。

 そんなマーカスが夢を見る。

 夢で出てくるのは全身を塗料で青く塗ったような筋肉質の老人だ。

 マーカスはその人物を、いや、神を知っている。

 冥府の神だ。

 その神が夢の中でマーカスに伝える。


「というわけで、冥府の神のところまで白竜丸を連れて行かなければならなくなりました。ご同行をお願いします」

 マーカスは事情を話し、ミアに頭を下げる。

 場所はいつもの食堂で、大体いつもの顔ぶれだ。

 ついでに、もう昼時でもある。

 白竜丸はミアの持つ竜王の卵の力により、言うことを聞いているだけで、ミアから距離を取ると途端に暴れ出し野生に返ってしまう。

 白竜丸を冥府の神のもとまで連れて行くには、ミアに同行してもらうしかない。

「ミアを冥府の神に合わせるっての? そんなの許されるわけないでしょう?」

 その話を聞いたスティフィが即座に難色を示す。

 冥府の、死後の神と縁を持つという事は、それだけ死に近くなるという事でもある。

 ミアを守るようにダーウィック教授より命を受けているスティフィが難色を示すのは当たり前のことだ。

「いや、冥府の神もそれは望んでないでしょう。近くまでで良いのでお願いします」

 恐らくだが、冥府の神はミアを、いや、ミアが崇める神をとても恐れている。

 ミアに会うつもりは、冥府の神もないだろう。

「なんでミアがっ、て、そうか、白竜丸はミアが近くにいないということを聞かなくなるのか……」

 スティフィが白竜丸の特性を思い出す。

 学院の地下下水道に住んでいた鰐に言うことを聞かせるには竜王の卵の力に頼るしかないのだが、それには有効範囲があるのだ。

 かなり広い範囲だが、離れすぎると白竜丸は竜王の卵の制御から抜け出て野生に返ってしまう。

「です」

 マーカスはバツが悪そうにそう言うのだが、当のミアは少し考えた後、

「どこまで行けばいいんですか?」

 と、ミアはついていくこと前提の話をする。

「わかりませんが、恐らくティンチルへ向かう途中の街道で良いはずです」

 マーカスもどこに連れて来いと言われてないが、恐らくは、港町のリグレスから観光地ティンチルへと向かうその街道の辺りで良いはずだ。

 後は神のお導きに頼るしかない。

「去年、亡者に襲われたところ?」

 スティフィがマーカスに確認してくる。

 確かにそのあたりで去年ミア達は亡者達に襲われるという、不思議な体験をしている。

「はい」

 だが、それもミア達が襲われた、いや、巻き込まれたのもマーカスのせいだ。

 そのおかげでマーカスは冥府の神から使命を貰うこととなった。

 神から使命を貰うという事は、大変名誉なことだ。

 それが、死を司る冥府の神であっても、それは変わらない。

「でも、なんでですか?」

 ミアが不思議そうに聞いてくる。

 マーカスも、そう言えば冥府の神に白竜丸を会わせる理由は言っていなかったと話し出す。

「白竜丸が最後に食べた幽霊が、どうも白竜丸でも消化しきれずにいるようで、このままだとまずいらしいです。死霊化して大変なことになるので、そうなる前に来いと……」

 マーカスには死霊化という物がどういったものなのか、あまり理解してはないが、神がわざわざ伝えて来るという事は、それなりの大事なのだろう。

「あー…… でも、それって冥府の神がわざわざ出てくるほどのこと?」

 スティフィがそう聞き返すと、今まで一心不乱にご飯をかき込んで食べていたアビゲイルが口の中の物を一気に飲み込んで会話に入ってくる。

「仮初とは言え一時期相当な呪力を持っていた幽霊、しかも、この場合は三人の複合霊ですからねぇ。それが死霊になるというのであれば、かなり厄介ですよぉ。神が言うなら、大人しく従ったほうが良いですよぉ。あれが元の力を取り戻したら今度こそただじゃすまないですよぉ」

 アビゲイルはそう言った後すぐに、またご飯を食べ始める。

 まるでゆっくりご飯を食べている時間がないという感じだ。

 実際、今のアビゲイルは物凄く忙しい。

 無月の館跡地に、マリユ教授の新居を建てなければならない。

 家の設計を一からして、その家に施す魔術の設計もした。

 そして、今はその建築現場の現場監督をやらされている真っ最中だ。

 わざわざ、この食堂まで食事を取りに来ることもないのだが、それはミアの様子を見に来ているからだ。

 アビゲイルもまた、マリユ教授の命により動いていて、ミアを監視している一人である。

「それはそうね」

 と、スティフィも納得する。

 吼えるだけで自分を失神させるような、化け物じみた呪いだ。

 それを実感できているスティフィだからこそ、その点には反論はない。

「そもそも、神様がそうおっしゃっているんですよ、私達に選択肢はないですよ」

 更にミアがもっともなことを言う。

 この世界において神は人の創造主であり、絶対的な支配者だ。

 ただ、神々が人の世に口出しすることは少ない。

 神が人に関与するときは、人から神へ何かを願った時だ。

 今回は神の方からマーカスに接触してきたので、少ない事例の一つでもあるが。

 それも恐らくは白竜丸の近くにミアがいるからなのだろう。

 門の巫女の候補であるミアは、神々からしても特別な存在なのかもしれない。

「まあ、ミアの言うことはもっともね」

 スティフィもそう言われたら納得するしかない。

 ミアを冥府の神の近づけるのは不安なことだが、神に言われたことに対して反論できるほどの事ではない。

「と、言うわけでお願いします。旅費は自分持ちで良いので」

 マーカスはそう言って苦笑した。

 その表情を見るからに手持ちに余裕がないのだろう。

「自腹でいいから俺も行くぞ。スティフィちゃんも行くんだろ?」

 そこにエリックが話に入り込んで来る。

 魔術学院の生徒が夏休みで暇でも、騎士隊訓練生のエリックはさほど暇ではないはずなのだが、そんなことは気にしている様子もない。

 ただ、エリックも騎士隊からミアの様子を見るようにと、監視役の責務を全うしているとは言い難いがその役割は負っているので融通は効くのかもしれないが。

「ミアが行くなら、もちろん行くけど……」

 と、スティフィはそう言ってため息をつきつつも、エリックが同行するなら、旅の道中の食事は少なくとも良いものにはなると、そのことには素直に喜んだ。

 どうせ、またいろんなものを持ち込んでくるに違いない。

「私も自腹で良いですよ。お金にはもう困ってませんし」

 ミアはマーカスの表情を見て、マーカスの申し出を断る。

 なんなら、全額ミアが出してもいいほどだ。

 去年、ミア自身が知ったことだが、ミアもこの領地の貴族の娘であり、貴族の祖父から毎月かなりの額を受け取っている。

 もう貧乏だったミアはどこにもいないのだ。

 それに自分は外道種に狙われているかもしれないと、そう思っているミアは何かと魔術学院に篭りがちになっている。

 何か理由がなければ、学院の外に出るのは近くの裏山に素材採取に行くくらいだ。

 せっかくの夏休み中なのだ。

 理由が、大義名分があれば、どこかへ出かけるのも悪くはない。

「じゃあ、私の分だけ? ジュリーはどうするの?」

 スティフィはマーカスのことを考えず、おごってくれるならおごられてやる、とばかりにそう言った。

 ただ、マーカスはスティフィ分だけで良いなら、と安心した顔を見せている。

 本気で全員分の旅費をどうにかするつもりでいたマーカスからすると、かなり助かる話だ。

「すいません、私はしばらくサリー教授の下で仕事がありますので」

 ジュリーはそう言って同行するのを断る。

 今のジュリーも色々と忙しい。

 実はこの間の幽霊事件でジュリーは魔力感知の才能を開花させている。

 その目覚めた能力の件でサリー教授の研究に色々付き合わされているし、仕事も任されるようになったからだ。

 今のジュリーは本格的にサリー教授の助教授になるべく奮闘している最中なのだ。

「ああ、幽霊を見たことで魔力感知の才能が開花したから重宝されてるんだっけ?」

 ジュリーは幽霊を見たこと、また呪いを目に受けたことで、一種の魔力感知の才能が開花したのだ。

 珍しいことではあるが、魔力感知の才能は神秘的な体験で急激に開花することがあるのも事実だ。

 それによりジュリーは霊的な物、呪い的な物をその目で見れるようになってしまっている。

 あまりない才能なだけに、サリー教授の興味を引き、その研究に付き合わされているのだ。

「はい! 瞳の色が少しだけ変化してしまいましたが…… まあ、それほど見た目ではわからないですけどね」

 本人が言う通り、それほど見た目が変わったわけではない。

 若干、赤紫の光彩が瞳に見られるようになっている程度だ。

「まだ弱いですが魔眼って奴ですねぇ。ただぁ、幽霊と呪いによって覚醒した魔眼なので、ジュリーちゃん的にはあまりいいものではないでしょうが、魔術師的にはかなり稀有な物ですよぉ」

 アビゲイルは口の中に詰め込んだ物を飲み込んで、口を開く。

 そして、今度はお茶を一気に飲み干す。

 今のところ、ジュリーの眼にはアビゲイルの言う魔眼と言われるほどの力はない。

 ただ霊的な物や呪いの類を視覚で確認できるようになったものだ。

 アビゲイルの言う通りジュリー的には、余計なものが見えるようになっただけなので、あまり良いものではない。

 だが、稀有な物というのも事実で、サリー教授はかなり喜んでくれている。

 それはサリー教授の助教授を目指すジュリーにとっては嬉しい限りだ。

「ジュリーは幽霊が見えるようになったってことなんですよね?」

 ミアが少し羨ましそうにそう言った。

「そもそも、幽霊はいないので見えないですよ。まあ、呪いの方は少し見えるようになってしまいましたが……」

 ジュリーはミアの問いに答えてため息をつく。

 幽霊は確かにいない。

 だが、呪いという物はこの地に満ち溢れている。

 それはジュリーの日々の生活を鬱屈させるのには十分すぎるものだ。

 まさに見なくてよいものを見れるようになってしまった。

 それにより、ジュリーはルイーズの護衛役であるブノアやマルタ、またアビゲイルから距離を取るようになっている。

 ジュリーには見えるのだ。

 ブノアやマルタが、その身に宿している呪印の力を。

 アビゲイルを取り巻く数々の強力な呪いを。

「アビゲイルは……」

 マーカスが無理だと分かっていても念のためにアビゲイルも同行するかどうか聞く。

 昼食をかき込んでいたアビゲイルが手を止めて、

「今の私がついていける暇があると思えますか? 今の私は建築現場の監督ですよ。お昼を食べ終わったら、また現場に戻りますよぉ」

 と、悲し気に声を上げる。

 結局、元無月の女神の領域だった場所の仕事をしてくれるまともな建築業者などおらず、グランドン教授協力の元、使い魔と魔術学院の生徒でマリユ邸を新築することになった。

 その現場監督であるアビゲイルは、元々あった目のクマが、更に濃くなるほどには忙しいらしい。

 今回はミアに同行している暇はなさそうだ。

「スティフィだけおごりですか? 自腹で行ったらどうです?」

 ミアがスティフィにそう言うのだが、スティフィは軽く笑うだけだ。

「嫌よ。せっかく出してくれるというんだから」

 スティフィは笑顔でそう言った。

 そんなスティフィを無視して、マーカスはディアナの姿を探すが今日は珍しく食堂にはいない。

 距離的には一泊二日程度の旅だろうし特に何もないだろう、とマーカスはそのことを特に気にしない。


「ブノア」

 と、その話を聞いていたルイーズが護衛の騎士の名を呼ぶ。

「ダメですよ。冥府の神が関わるというのであれば絶対にダメです」

 ブノアはルイーズの目を見ずに即座に言い切る。

 この領地の未来の領主が死後の世界の神と縁を持つなどあってはならないことだ。

「わかっています。でも、暇です。来る日も来る日も、この食堂でのんびりとしているだけなのですよ? 流石にそろそろ何かがあってもいいのでは?」

 ルイーズはつまらなそうにそういった。

 確かにルイーズはしばらく平穏な日々を過ごしている。

 一応、家出中と言う体ではあるが。

「なら、挨拶がてら我々はティンチルへでも向かいますか?」

 ブノアも確かにそろそろ息抜きしても良い頃合いではあると、そう思っている。

 ルイーズの周りでは、いや、ミアの周りでは立て続けに事件が起きている。

 ルイーズはその身分から、立場から、それらにあまり関わることは許されない。

 どれもこれも危険な話ばかりなのだ。

 この領地の未来を導かなければならないルイーズが関わってよい話ではない。

 ルイーズにできるのは、その話を聞くことくらいのものだ。

 ルイーズからしたら、すぐそこに面白そうなことが立て続けに起きているのに、それらすべてを離れて見なくてはいけないのだ。

 自分の立場をわかってはいるのだが、ルイーズもまだ子供だ。どうしてもその輪の中に入りたくなってしまうものだ。

 その気持ちを抑えきれないでいる。

 それをブノアも十分に理解しているので、ティンチルへ行くことを提案したのだ。

 ティンチルなら、ミア達と道中一緒に行動できるし、ルイーズの叔父にも挨拶するという口実で観光地で息抜きをすることも出来る。

 何より、ティンチルの地は安全である。

「むっ……」

 と、一瞬いぶかしむ表情をルイーズも見せるが、すぐにまんざらでもない表情を見せる。

 そこへ食堂の扉を勢いよく開け、一人の少女が入って来る。

「なら、私もご一緒いたします!」

 クリーネだ。

 今はまだ貴族という身分ではあるが、クリーネ自身が納める土地はなく平民落ちが約束されている貴族だ。

 ただクリーネもそのことが分かっていて、ルイーズの叔父であり、現領主であるルイの弟であるリチャードの元で使用人として雇ってもらう約束を取り付けている。

 それにより、最低限、元貴族としての威厳を保てるのだと、クリーネはそう考えている。

「あら、クリーネさん、お帰りなさい。ご実家はどうでしたか?」

 いきなりのクリーネの登場に、ルイーズは少し驚く。

 実家という物はもうクリーネにはなく、親戚の家に親子ともども居候させてもらっている立場で、その親戚の家へ帰っていたはずだが、戻ってきたところらしい。

「はい、ルイーズ様。両親は相も変わらずです。金に物を言わせて叔父の領地で好き勝手していました。あの様子では私まで財産が残ることはないですね。私の選択は正しかったのです」

 そして、クリーネはクリーネなりに考えていたようで、自分の選択は間違ってなかったと、そう確信している。

 領地の相続を諦めることで多額の金を受け取ったクリーネの両親だが、その額に目がくらみ贅沢三昧な生活を送っているようだ。

 そんな生活がいつまでもできるわけもない。

 そう言った点ではクリーネの判断は正しいのだ。

「まあ、叔父様にご挨拶に行くには、良い時期でしょうか?」

 連絡はしているが、実際にリチャードとクリーネはまだ直接会ったことはない。

 二人を合わせるのに良い機会かもしれない。

「そうですね、クリーネ嬢の挨拶ついでに行きますか。マルタ、もろもろの手配を。あとアイツらをリグレスで待機させておくように」

 ブノアも良い機会だろうと思う。

 クリーネがリチャードという男を知る機会でもある。

 それで嫌気がさせば、リチャードの元で働くのをやめればいいだけのことだ。

 リチャードも去る者を追ったりしないし、そもそも、それほどクリーネに興味をもったりもしないだろう。

 ついでに、ブノアの言うアイツらとはブノアの部下で今はリグレスで待機しているルイーズの護衛達の事だ。

 家出中という事で今はブノアとマルタのみが表立っての護衛として、魔術学院に滞在している。

 他の者達はリグレスで待機してもらっている。

 流石に呪印の力を持つ者が何人も魔術学院に滞在するのはまずい。

 呪印の存在は隠して置かねばならない物で、表沙汰にして良いものではない。

「はい」

 と、マルタが答え、早速とばかりに台所から出ていく。

 もろもろの手配とやらを早速しに行ったのだろう。


「ルイーズ様達はティンチルへと行くんですか! 良いですね」

 と、ミアが少し羨ましそうに言った。

 ミアとしてもティンチルと言う都市は別世界的な魅力があった。

 外道種達に狙われていないのであれば、ミアも、いけるなら今年も行きたかったほどだ。

「ええ、叔父様に挨拶とクリーネさんのご紹介を兼ねてですね」

 ついでに、ここでは我慢していた贅沢三昧でもしてこようと、ルイーズも密かに思う。

 家出中ということでルイーズにしては地味な生活を送ってきている。

 あくまで、領主の娘であるルイーズからすれば、だが。

「あー、クリーネさんは将来ティンチルで働くんですもんね、良いですね。あんなところで働けるだなんて」

 ミアはそう言ってティンチルに滞在していた時を思い浮かべる。

 去年のことながらに夢のような事だったと思い浮かべる。

「良いかどうかは置いておいて、まあ、安定はしているでしょうね」

 なにせ、この領地で一番の要である港町リグレスの収益をつぎ込んで作られた娯楽都市なのだ。

 しかも、本来のリグレスの主であるリチャードがティンチルに移り住むほど入れ込んでいる。

 リチャードが健在のうちは安定している事は確かだ。

「ああ、ミアさん達も途中まではお送りいたしますので、帰りの足だけは用意しておいてくださいね」

 ルイーズはそう言って楽しそうに、年頃の娘のように笑った。

「助かります!」

 と、ミアは返事しつつ、帰りは荷物持ち君の引く荷車になると思うと、少しだけ気が重い。

 荷物持ち君の引く荷車は酷く揺れるのでお尻が痛くなるのだ。




 リズウィッド領にはキシリア半島と言う場所がある。

 あまり大きな半島ではない。

 しかも、海岸部はほぼすべて断崖絶壁で囲まれた場所で海側からの出入りはできないような場所だ。

 リグレスから、かなり東に位置する半島で、そこに住む人間どころか、立ち入る人間もいない。

 そこに住んでいるのは、闇の小鬼と言う外道種だ。

 その王を筆頭に、そのキシリア半島に住んでいる。

 だが、闇の小鬼達とて好き好んでキシリア半島に住んでいるわけではない。

 彼らは追い込まれ、そして、キシリア半島に閉じ込められたのだ。

 キシリア半島と大陸を繋ぐ場所には大きく高く丈夫な石壁が作られ、騎士隊により絶えず封鎖されている。

 キシリア半島は不死と名高い外道種、闇の小鬼の王の為の監獄となっているのだ。

 そんな場所で大地が揺れる。

 地震ではない。

 その半島の住人である闇の小鬼達、その王にも動揺が走る。

 今まで感じたことのない恐怖が、危機感が、闇の小鬼達を襲ったからだ。

 大地の揺れに続いて大地が爆ぜる。

 そして、一匹の巨大な虫が地の底より這い出る。

 大きさこそ違えど、その虫は蛆虫のような姿をしている。

 ただ違うのは頭部にあたる部分が花開くように開き、まさしく大輪のような花を咲かすことだ。

 開かれた頭部の中央には大きな口があり、そこから、うねる様な触手が何本も垂れ下がっている。

 ところどころ七色に輝いて見えるのは、その虫の表面に虹色に光る鱗のような物が生えそろっているからだ。

 花のように開いた頭部の付け根には七本もの角が見える。

 七本角を持つ始祖虫だ。

 以前ミア達が遭遇した個体より、一回りも二回りも更に大きい。

 やがて巨大な甲虫となり別の世界へと旅立っていく。

 かつて天空にいる精霊王を地に落とし、名のある古老樹を枯らす寸前にまで追い込んだ虫の王と同じく七本の角を持つにまで成長した始祖虫。

 それが、キシリア半島に現れたのだ。

 始祖虫は触手を振るい目についた闇の小鬼達を屠る。

 始祖虫の触手を受けた闇の小鬼の一匹は跡形もなくはじけ飛んだ。

 闇の小鬼達も始祖虫に対して反撃を開始するが、眼に見えないほど早く振るわれる触手に対して何も出来ることはなかった。

 不死の外道種その王と外界から来た虫種の王の対決が、人知れずに始まったのだ。






 万が一、いや、千が一、百が一……

 十が一、誤字脱字があればご指摘ください。

 指摘して頂ければ幸いです。

 少なくとも私は大変助かります。


 もし気に入ったらで良いので、いいね、ブックマーク、感想等ください!




 特に章分けはしませんが、この話までが第一章と言う感じになります。

 やっとここまで来た!

 と、私的にはそう言う感じですが、まあ、あまり変わりません。

 一章が終わっても恐らく通常運行です。



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